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69話目 勇者伝・三幕 狩人の民

「考えてみれば、クロードが居なければ、エルフの一部はまだ人間に敵対していただろうね」


 語り手は蓮華からメイヴへと変わった。


「あの頃は私も刺々しい対応をしてしまって、本当に申し訳ないと思っているよ。でもあの頃は、本当に人間への不信感……いや、違うね。エルフ至上主義を妄信していたんだ」




 エルフ、エル・フォレスト・メイヴは、苛立ちを隠しきれずに森の奥へと足早に進んでいく。

 本来なら戦争中の森の中、一人で森に入るなど普通はしないし、させない。

 だがメイヴの立場と剣幕、アールヴァニアのエルフたちは誰一人して、彼女に声をかけることが出来なかった。


「クソっ、なんでこんなことに……」


 メイヴは悪態を吐き捨てる。


「エルフは、もっと誇り高く、孤高の種族であるはずだ。誰よりも知識を有し、そして何よりも……」


 自然を愛し、それらを守護する。

 おぞましい人間やその他の存在から、自然を護る守護者として君臨する防人。

 それこそが、条理覆す魔法を使い、自然の権化たる精霊と手を取り合い、自然を愛する妖精たちと戯れる。


「それがエルフの在り方のはずだ! それを……あんな奴らに汚されるなんて」


 メイヴは一人激昂する。

 理想を抱き、命が潰え、次の機会を得ても尚、思うようにならない有様に跪く。



 それが弱さか、メイヴは自分を狙う一矢に気付けなかった。


「危ない!」

「っ!?」


 声と同時にメイヴの体は押し倒される。

 視界にある草木は流転し、メイヴは混乱する。


「な、何事だ!」


 ただし緊急事態であることは察した。

 メイヴはすぐに起き上がり、自分に覆いかぶさっていた人間を横にどかす。


「ぐぅ……」

「こいつは、たしか奴らの一味……どうして」


 青年、クロードの肩に突き刺さる矢を見て、メイヴの混乱は増すばかりだった。

 メイヴはすぐに立ち上がり、剣を抜き構える。

 すると二射目、三射目が来るが、片方を剣で弾き、片方は地面から突如伸びる木の根が絡め取る。


「夢の国が王、エル・フォレスト・メイヴの名において命ず。我に害なす敵を探し討て!」


 メイヴの言葉が木霊し響き渡る。

 木々がざわめき、周囲の植物が呼応するように動いた。


「な、なんだこの……」

「く、来るな、クソッ!」


 ある者は隠れていた草むらに、長く伸びた草に足を絡め取られ、ある者は身を隠していた木の上で、木の葉に身を刻まれ、枝に打たれて落下する。

 痛みに悶えるのは、褐色肌の女性だった。

 なんとか動き出し、メイヴを睨み、座位のまま後ずさる。


「その褐色肌、そして原始的な武具。アマゾネスだな?」

「くっ……人間がエルフを助けるとは、エルフは人間嫌いではなかったのか?」


 それは明らかな嘲笑の表情。

 メイヴもまた不快さを妾にする。


「貴様には、これから死にゆく者には関係の無いことだ」

「っ……!」


 だが、それに待ったをかけた男がいた。


「め、メイヴさん!」


 クロードの声に、メイヴは振り返らず、目の前の敵から目を逸らさずに応えた。


「目覚めたか人間。庇ってくれたことには、感謝しよう。だが、お前を信頼したわけではない。身の程は弁えろ」


 やや怒りの混じった声で言うメイヴは剣を振り上げる。クロードは食い下がる。


「待ってくれ!」

「なんだ!」


 荒声のメイヴ、座り込んでいるアマゾネスも怪訝な表情で背後のクロードを見ている。

 クロードと言えば、矢の刺さったままの肩を押さえながら立ち上がる。


「これ以上、争いを続けちゃ、つぅ……殺し合いを続けちゃ駄目だ」

「平和ボケは貴様らで勝手にやっていろ。誇り高きエルフは、何者にも屈しないし、何事にも他者を頼らずとも切り抜けられる」

「でも、だけど……」

「その慢心が命取り」


 風を追い抜き、木の葉を散らし、枝葉を折り、大木を断つは、一つの影。

 その速過ぎる動きに、その場にいる誰もが反応できなかった。


「夢の国が王、エル・フォレスト・メイヴ、討ち取ったり」


 その凶刃がメイヴの首筋に当たる。


「クカカッ! ご機嫌麗しゅう? 枝葉の女王よ」


 逆立つ茶色の肌。褐色の肌には、呪術的な紋様が描かれている。

 鉤爪を向ける腕は、うっすらと乗る肉の下にある締まった筋肉を見せ、野生的ながら性を感じさせる胸部や臀部の肉付きは雄を欲情させるに十二分の、至高のモノだった。


「何者だ、貴様は……」

「エルフの女王が護衛もつけずに出歩いているという信じがたい情報を聞きつけて来て見れば、まさか事実とは」


 愉快そうに笑うアマゾネス。身長は、高いメイヴよりやや低い程度。ほぼ同じ目線。

 二本の刃を持つ鉤爪は、確実に急所を抉るために作られたものであることがわかる。


「今ここで殺しても構わんが、さすがに勿体無い。有用に使わせてもらうとするかのう」

「その身のこなし、並ではないな」

「何をしているか戯け。さっさとこいつを縛り上げろ」

「は、ははっ!」


 二人のアマゾネスが、メイヴを縛る。

 最中、紋様のアマゾネスはクロードのほうを向く。


「で、お前はなんだ? どうして人間がこんなところに」

「僕は、エルフとの交渉の……」


 手伝いを、と言う前にアマゾネスがこちらを覗き込む。


「ほほう、エルフ好きか。なるほどのう」

「えっ、いや。そうじゃなくて」


 確かにエルフという神秘的な存在に憧れを抱いたことはあるが、今はそういうことではない。

 と、説明しようにも、アマゾネスはお構い無しに話を進めていく。


「そうかそうか。だが残念だったなぁ。お前はエルフではなくアマゾネスに捕まってしまった」


 アマゾネス。クロードも聞いたことはある。

 女尊男卑の社会を形成し、女性は狩猟など行い、男は子種を提供し、また奴隷として扱われるという。


「えっと、つまり……」

「そういうことなんでな。せいぜい立派な子種を提供してくれるがよいぞ」




「メイヴが行方不明?」

「クロードがいない?」


 会合は終わり、晴れてエルフと人間は友好関係を築くことになった。

 とはいえ、すべてはこれから。

 人間とエルフ、それぞれがお互いを受け入れ、絆を深めるのには長い時間がかかるだろう。

 ならば、まずは自分たちから、とアールヴァニアの観光をさせてもらおうということになった。

 のだが、メイヴとクロードが見当たらない。そう思ったところで報せが入った。


「すごい剣幕で森に入っていったのは見たのですが」

「お供もつけずに、どうして行かせたのですか……」


 ティターナは怒りというより、呆れを感じさせる様子。

 蓮華はうーんと唸り、苦笑しながらローラのほうを見る。


「ローラ、どうしよ」

「あはは……たぶん、魔物に襲われたか、迷子か、もしくは一番まずい状況だと、アマゾネスに拉致されたというのも考えられますね」


 アマゾネスの女尊男卑は苛烈だ。

 炊事掃除洗濯をやらされ、扱いはシンデレラ。

 タチの悪い飼い主に当たれば虐待を受けるだろうし、場合によっては手足をもがれ、子種用の家畜として小屋に並ぶことになる。

 最悪は、子種として残す価値も無いと判断されたら廃棄される。


「出来る限り早急に救助する必要があります。ティターナさん」

「は、はい」

「さっそく、築いたばかりの友好関係を使うときです」




 木造の建物、鉄格子で区切られた内部に二人の姿があった。 


「お前は……腰に提げていた剣は飾りだったのか?」

「僕はこの世界に来たばかりで……」


 なるほど、とメイヴは納得する。だから戦うという選択肢も無かったのだろう。

 大人しく捕まっておくのが得策。その場で死ぬことはない。


「なら、お前だけでも逃げればよかったろう。なぜそうしなかった?」

「あなたを、放って行けるわけないじゃないですか!」


 その言葉に、メイヴは呆気に取られた。

 だが、すぐにクロードに侮蔑の目を向ける。


「ふんっ、善人面をしおって。人間は必ず裏切る生き物だ。自分の信条さえもな」

「そんな……」


 強く否定できないことに、クロードは悔いた。自分ではなく、人間を指摘されては、無責任なことは言えない。


「なら質問を変える。どうしてあの時、私を追ってきた?」

「そ、それは……」


 またもやクロードは返答に窮した。

 その様子は妙に気まずそうなものだったが、メイヴにはどうでもよかった。



「さて、どうやって此処を抜け出すか」

「もしかしたら蓮華さんたちが助けに来てくれるかも。下手に動いたら……」

「確証も無い希望的観測をアテにしているわけにもいかない。本当ならお前も見捨てていくつもりだったが……非常に癪だが、お前には借りがある」


 要するに、二人で此処を抜け出そうということであった。


「まずは現状を整理する。現在、私たちは閉じ込められているが、拘束はされていない」


 武器さえあれば何もできないと思っているのか、アマゾネスは武器を没収した後にティターナの拘束を解いていた。


「武器がどこにあるのかは分からない。私の剣もお前の剣も盾も行方不明だが、探している余裕は無い。次に」


 此処がどこであるか。アマゾネスの集落かなにかであることは分かるが、そこまではエルフすら通らないような獣道を通っていたため、ルートを把握することが出来なかった。


「私が使えるのは精霊の使役と魔法の行使。とはいえ、そこまで強力なことはできないし、少なくとも武器なしの状態でアマゾネスの群れに立ち向かうのは自殺行為だ」

「そんなに強いんですか、アマゾネスって」

「純粋な戦闘力だけで私たちエルフや、空を飛ぶカラス共と対等以上にやりあってくる」

「カラス?」

「天狗のことだ。鳥じゃない天狗もいるらしいが、私は知らん」


 アマゾネスの戦闘力は尋常では無いということは、メイヴの口から止め処なく溢れ出すこととなった。

 とにかく生身でありながら身体能力が高く、身のこなしの軽さや動体視力は猫のようであるという。

 その上に女性らしからぬ怪力であり、土塊のゴーレムを殴って壊す者が大半を占める。

 また、武器の扱いに非常に長けており、原始的な扱いの武器なら技巧という特殊な行動を起こし、武器本来の性能を遥かに上回る攻撃を繰り出せる。

 剣は岩石すら容易く切断し、時に刃に焔すら灯らせる。

 斧の投擲で飛翔する怪鳥を真っ二つにしたり、魔法も届かぬ超遠距離、しかも木々をも貫通させて弓矢を放てば命中させ、槍を使えば近づくことすらままならない舞いを見せ、棒を一本振り回しては無双を体現するだろう。


「お前たちが言う達人の域という奴らがゴロゴロしている。それがアマゾネスという種族だ」

「おい、さっきから何をペラペラと……」


 一人のアマゾネスが牢獄小屋に入る。

 見張り番の一人だろう。ポニーテールを揺らし、クロードとメイヴを敵意の篭った目で見ている。


「男……男か、新しい男は久しぶりだな」

「久しぶり?」

「最近はインテリ共やカラス共との戦争で、ろくな男も漁れなかったからな……お前は実に運がいい」


 話が見えず、クロードは困惑する。


「供給過多だった前までなら、達磨にして獣の餌か、子種の元として家畜にされるところだが……まあそれもお前次第か、精々頑張るんだな」


 得意げな表情を浮かべているが、その頬には赤みが差していた。


「と、ところでお前は、その、女性経験ってあるのか?」

「えっ、僕ですか? あー、いえ、僕は」

「あ、そう? じゃあさ、じゃあ私が飼ってあげても……」

「任務をサボって捕虜とおしゃべりか。アマゾネスもたかが知れるな」


 メイヴの挑発によって、ポニテの看守は怒りをあらわにした。


「な、なんだと!」

「しかもやることが男漁りとは、卑しい雌犬どもめ」

「こいつ……」

「おい、いつまでやってんだ」


 外からの声に、ポニテ看守は舌打一つ残して牢獄を出ていった。


「アマゾネスは性欲旺盛だ。あまりまともに関わりあうと食われるぞ」


 それを望むなら止めはしないが、とメイヴは言いながら、背後の壁面を見る。

 見据えるそこは、何の変哲も無い木造の壁に見える。


「何者だ」


 メイヴの声に、壁が答えた。


「……私は友好を望む者。そちらの、ティターナと手を取り合った」

「なるほど、お前が、奴を誑かしたか」

「……貴方たちを、逃がす」

「なに?」


 怪訝に思うのも無理は無く、しかし声は続く。


「私たちの側にも、手を取り合いたいと思う者がいることを知ってほしい。そして、信じて欲しい」

「何のために」

「私の友が、それを望んでいるから」


 謎のアマゾネスが言う友とは、ティターナのことか。

 それを判別することはできないが、メイヴは少し考え、答えた。


「どうやって私たちを逃がすつもりだ?」

「……私は、あまり頭がよくない」


 次の瞬間、迸る雷光のような斬撃が木造の壁を廃材へと変えた。

 メイヴは立ち上がり、クロードも流れを読んで立った。


「子供?」

「珍しいことはない。アマゾネスは女尊男卑だが、それゆえに女性なら子供も立派な戦士に教育される」


 そこに居るのは、三枚の刃を備える鉤爪を両腕に装備した、褐色肌の少女。

 そして背後には、数人のアマゾネスが装備を整えた恰好で待機していた。


「私はレイア。ティターナの友にして、友好の未来を誓い合った者」





 レイアの作戦……などという呼び方もできないお粗末な方法だった。

 ただ同志を結集させ、戦いながら二人を逃がす。

 そうすることで自分たちの意思を示し、困ったら向こうに匿って貰おうというもの。

 クロードとメイヴはレイアたちに案内され、森の中を走っていた。


「レイアァッ!!」


 背後の方から、鬼のような怒号が響く。

 走るレイアが振り返る。その表情には怯えが見えた。


「レイア様、今はご辛抱ください!」

「わ、分かっている!」


 すぐ隣に付き添っている、レイアより少し年上のアマゾネスの声で、再び走りだす。


「リューテさんっていうのはそんなに怖いんですか?」


 クロードはすぐ隣にいるアマゾネスに質問を投げかける。


「こんなときに世間話とは、人間は随分と肝が据わっているのか……リューテ様はアマゾネス族の頭首様だ」

「頭首!?」


 頭首が、いくらメイヴというエルフのトップが単独で行動しているという情報を聞いたとして、まさか最前線まで来るなど、クロードには到底信じられなかった。

 が、アマゾネスという種族は狩猟民族であり、そのトップは何よりも強くなければならない。

 直接出向くというのもそう珍しい話ではなかった。


「そして、レイア様はリューテ様の一人娘」

「えっ、じゃあアマゾネスの族長の娘が、敵対しているエルフの女王と友人……?」

「そういうことになる」


 奇妙な話であった。

 一体どんな経緯でそうなったのか気になるクロードであったが、詳しく話を聞いている暇も無い。


「レェイャアァッ!!」


 鬼はすぐそこまで迫っているのだから。

 さすがのメイヴも引いていた。


「これが娘に対する親の在り方か」

「リューテ様はレイア様を一人前の戦士として育てておられた。何より、自分の遺伝子を受け継いだ子供が、このような愚かなことをしているのが非常に腹立たしいのでしょう」

「まあ、そうだな。それだけは私も同感だ」


 メイヴもティターナのやり方には頭を抱えている。

 それゆえの共感を禁じえなかった。


「愚かなんかじゃない」

「私もそう思います。愚かという者も居ますが、いくら狩猟民族とはいえ、殺し合いを続ける必要はないはずです」

「命を狩る者がよく言う」

「生きるための狩猟と、排他のための暴力はまったくの別物です。エルフでありながら、そんなことも判別つかないのでは、エルフが賢者というのもデマでしょうね」

「減らず口を、貴様ら野犬ごとき、簡単に」

「レェエエエイャアアアッッ!!!」

「ひぅっ!」


 もはや距離もあまりない。足止めをしている仲間ももう生きてはいないだろう。

 数多くの犠牲を払い、それでも成し得ぬ理想の遠さに、レイアの視界がぼやけはじめる。

 と、一人の男が立ち止まった。


「みんな、先へ行って、援軍を呼んできて!」


 クロードがレイアから返してもらった剣と盾を構え、反転する。


「だ、駄目!」

「何をやっている!」

「ただの人間ではリューテ様には太刀打ちできません!」


 しかしクロードは振り返らずに迫るリューテを待ち構える。


「女の子の理想も守れないで、主人公になんてなれない……さあ、早く行ってください!」

「っ……たぶん、殺されないと思う。必ず助けるから」


 アマゾネスにしては、やけに甘い言葉だった。メイヴにはそれが分かる。

 クロードは、ただ盾を軽くあげて返す。


「人間の分際でよくも……」

「メイヴ様、早くこちらへ」

「分かっているッ!」


 レイアと付き添いのアマゾネス数人、そしてメイヴは先を行き、そこにはクロードがただ一人……


「人間にしては骨がある」


 右を見ると、そこには二本の幅広の片刃剣を持つアマゾネス。


「人間ってほんと変わってる」


 左を槍と盾を持つアマゾネス。見ればそれは牢獄で見たポニテのアマゾネスだった。

 体が震えているのに、表情は不敵な笑み。まるで強がっているようだった。


「決めた。生きて帰れたら必ずあなたを飼うわ」

「それ駄目なヤツ……」

「貴様ら……覚悟は良かろうな?」


 何時からそこに居たのか、すでに眼前に立っていたリューテ。

 その気迫は確かに頭首と呼ばれるほどのもので、眼光は肉食獣のそれだった。

 ポニテのアマゾネスは思わず呟いた。


「やばい、ちびりそう」

「このリューテを煩わせた報い、まずは裏切り者から……」


 それはジョークか、しかし乾いた笑い一つ出てこない。


「まずは裏切り者からじゃ」

「ひっ…」


 一歩後ずさるポニテのアマゾネスに迫るリューテ。

 だがクロードがそこに割って入った。


「……なんだ人間、邪魔をしなければ生かしておいてやろう。今の私は機嫌が悪いぞ」

「それはできないです。よく分かりませんけど、あなたはもっと自分の娘さんと話し合うべきです」

「人の教育に首を突っ込むとは……いや、それより、お前はなんだ。なぜ私の前に立ちはだかる」


 リューテの表情は鬼のそれから、僅かに怪訝さを浮かべる。


「怖くは無いのか、怖ろしくないのか。せっかくの逃げるチャンスだというのに逃げもせず、アマゾネスに欲情して自ら残るわけでもなく、私の前に武器を持って立ちはだかっている……なんだお前は」

「ぼ、僕は、とりあえず争いを止めたくて」

「争いを止める? それでお前になんの得があるというのだ。もしかすれば死んでしまうかもしれないというのに。せっかく得た理想を叶える機会を失うようなことを」


 指摘されればその通りではある。だが、自分の主人公になりたいという理想において、この状況を見過ごすという選択肢はなかった。


「お前の理想はなんだ?」

「僕の理想は、主人公になることだ」

「主人公……なるほど」


 リューテは全てを悟ったように、クロードを見下した。


「勇者と名乗り、英雄を気取りたいのか」


 見も蓋も無い言い方をされて、クロードの心が少し揺さぶられる。


「まあよい、なら試してやろう」


 剣を構え、くいっと鉤爪の先端で煽る。


「どうした、怖気づいたか? それとも玉無しか?」

「では……行きます!」


 恐る恐る、にじり寄り……そして意を決して飛び込む。

 見舞う斬撃を前に、リューテはあくびをかました。


のろい」


 斬撃を難なく鉤爪で受け止める。


にぶい」


 そして弾き返す。


「ちょっと待て、こんなもので……」

「てぇやあああ!!」


 尚も繰り返す大振りな太刀筋を、冷めた目で眺めながら避けていた。


「仮にもこの世界に来れるヤツが、これは……」


 浅い踏み込み、遅い剣速、覚悟の無い太刀筋。

 全てにおいて価値が無いと、リューテは大きな溜息をこぼす。


「もう良い」


 右手が消えたかと思うと、一閃。

 クロードの剣が宙を舞った。


「くっ!」

「お前のような軟弱な者の子種など、何の価値も無い。ね」


 重い斬撃をクロードは盾で受ける。

 だが盾は容易く斬り……というより、力で引き裂かれるように両断された。


「っ!?」


 そして爪の刃が横に大きく振りかぶられる。

 刹那の後、クロードの首は確実に切り裂かれる。


「あっ……」


 死に直面した人間の集中力。それがクロードに見せる、遅々とした景色。

 神速の太刀筋を誇るアマゾネスの斬撃さえも鈍間に感じるほどの流れ。


 走馬灯は、夢に見た主人公の幻想。遥かに遠き空想の彩。

 勇者と仲間たちは、互いに助け合い、障害を乗り越える。

 では、今の自分は、仲間を助けられる力があるか?


 幼いアマゾネスの王女に助けられ、二人のアマゾネスが未熟な自分の両隣に付いて居てくれている。

 そこまでしてもらっていながら、自分は何が出来たのか。

 ただ僅かな時間を稼いだだけだ。それでメイヴとレイアたちが助かるかどうか分からない。

 しかも、今ここで自分が死ねば、両隣にいる彼女たちもただではすまない。


 弱さ。自らの弱さを痛感する。

 力だ、力がなければ。

 か弱い自分には、主人公になるという理想しかない。

 貰った剣も弾き飛ばされ、盾も鉄屑にされた。

 それでもなお、このまま死ぬわけには行かない。

 彼女らを、仲間を守るために、ここで死ぬわけには行かない。


 生きるために、守るために、理想の為に、叶えるために…… 

 そして、気付けば刃は止まっていた。


「なんだ、その剣は」

「えっ?」


 リューテの刃を受け止める、一本の剣。

 白刃の剣を握るのは、間違いなくクロード。


「いつの間に剣を……いや、それよりも、どこにそんなものを隠し持っていた?」


 リューテの問いに対する答えを、クロードは持たない。

 だが、やるべき事……否、やれることは理解できた。

 クロードが握る剣に力が込められる。


「っ……!?」


 アマゾネスが、リューテが、推し負けつつあった。


「ウガァ!!」


 リューテが声を上げ、ようやっと互角。


「貴様、今頃引き継いだか」

「何を、なんのことを言ってるんですか!?」

「無知なヤツだ。それゆえに……ッ!」


 リューテの左手の爪がクロードの喉にわずかな傷をつける。

 だが即座に飛びのいたために掠り傷で済んだ。


「侮れん……が、得体が知れぬなら、事の前に殺せばよいだけよ」


 リューテはゆったりと、流れるような動作で前傾姿勢をとる。

 クラウチングのような前傾姿勢に咥え、両腕を引き、切っ先はぶれなく正面へ、敵へと向ける。

 必殺を誓った、渾身の一撃を見舞うための構え。


「お前が目覚める前に、力を発揮する前に、摘み取る。不死をも超える我が技巧……受けるがよい」


 殺気は濃く、強い。

 野山で熊に出会っても、サバンナで怒り狂った像に出会っても、北極で白熊にあっても、海洋で大型のシャチの群れに囲まれたとしても、ここまでの絶望に近い殺意は味わえないだろう。


 次の瞬間、自分は確実に死ぬのだという実感を


「ッッ!!!」


 光仄かな白刃の理由も分からず、凶刃がクロードを襲った。





「ははっ! よく耐えたな! 偉いぞ!」


 緑髪の少女が、クロードの前に存在していた。

 その両手には、アマゾネスの刃を握り締められている。

 刃そのものには触れないように、摘むように握っていた。


「何者だ……何者だ貴様はァァッ!!」


 獅子の咆哮を思わせるその怒号。

 リューテの形相に反して、余裕の笑みを浮かべる乙女。

 乙女はいつもの調子で名乗り上げた。


「私は蓮華。理想は地上最強だ!」




 そして結城は手を止めた。


「まーた蓮華か」

「でへへ、照れるぜ」

「別に褒めてないぞ」

「でも私のおかげでクロードは助かったんだぜ?」

「僕も感謝しているよ。蓮華さんには」

「蓮華でいいぜ」


 結城がふと見ると、ティターナとメイヴが微妙な距離を保って話していた。


「クロードと私が出会っていなかったら、今頃エルフという種族内でも対立が起こっていただろう」

「なにはともあれ、人間と友好関係を築けそうでなによりです」

「まぁ、こっちでの戦争でも、人間は思ったほど汚らわしいだけの生き物ではないと言うことも分かった」


 エルフは人間と友好関係を築いても良い、という結論を出しているらしい。それもクロードのおかげで、という。

 エルフがそこそこ親しげに話しているのに対し、剣呑な雰囲気で互いを見定めあうアマゾネス二人……リューテとレイアであった。


「クカカッ、懐かしいのうレイアよ」

「…………」


 余裕の笑みで見下ろすリューテと、野良猫のように睨み上げる。


「そう睨むな。あの頃は儂も若かった」


 しかしクロードが活躍していた頃というのはせいぜい10年前だという。

 それに、この世界では多くの人間は歳を取らない。

 理想を叶えるまでは、不死ではないが基本的には不老である。


「今は儂も人間とは友好くらいなら結ぼうという気はある。まあアマゾネスという種族が最強であることは譲らぬが」


 そのため、アマゾネス、エルフ、天狗は、今でも争いを続けているという。

 ある程度のルールが規定され、死者が出ることはかなり少なくなったが。


「……レイアよ、誇るがよい。お前の行動が儂に心変わりを起こさせた。この儂をだ」


 リューテは大きな溜息を一つこぼした。


「もはやお前にどうしろとは言わん。お前の好きなように生きるがよい。だが儂と相対した時、もはや母と娘ではあれんと思え」

「私はお前を母親だと思ったことは、あの時から一度たりとてないッ」


 レイアの眼光は、ふとした瞬間にリューテに飛び掛りかねない殺意を秘めている。


「なるほど、未だに引きずっているのかお前は」

「このッ……」


 レイアの体が弾かれるように動き、狙い定めた前傾姿勢から、一気に跳びかかろうとする。。

 だが、背後から誰かに抱き締められ、レイアは飛び出すことが出来なかった。



「レイア、落ち着いて」

「……止めるなティターナ、こいつだけは、絶対に殺す」


 物騒なやり取りに、結城は軽く身を引いた。


「クロード、あれはなんだ」

「いや、僕も詳しいことはよく知らないんだ……」


 アマゾネス、そしてエルフ。両者が、クロードと蓮華の窮地、エルフたちのどちらも間も無く語られることだろう。

 結城は再びキーボードに手を添えた。

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