68話目 勇者伝・二幕 深緑の者
「ああ、あいつは中々見込みがある奴だった」
語るのはエメラルドの髪の乙女。引き締まった筋肉と、しかし女性らしさを損なわない肢体は滑らかで、健康的な印象を受ける。
乙女の表情は常に不敵で好戦的な笑みを浮かべ、持つ理想がただならぬものだと察することが出来る。
「たぶん、大成するだろうなって感じはあったぜ。最初に飯を食って話してみた時にな」
クロードが無事に住居を獲得し、職業斡旋所へと足を運ぶ。
中世のような街並みに不釣合いなビルのなかにある職業斡旋所。その
どのような職業があるのかは、役員から貰った冊子に一通りが載っていた。
現実にある職業から空想的なものまで多種多様に存在する職業のなかで、クロードの目を引いたのは三つ。
一つは勇者。魔物の討伐や犯罪者に対する戦力を専門とする職業。狩猟者や冒険者、傭兵などと被る部分があり、ライバルが多い。
一つは騎士。国の兵士であり、いわゆる公務員。基本的に訓練、大規模な魔物討伐、難易度が高く、緊急性の高い魔物退治など。
一つは冒険者。危険な場所に足を踏み入れ、地図を作成したりレアアイテムを回収したり様々な役割を持つ。
憧れていた勇者になるのも良いが、騎士として武技を極めるのも良い。
だが、未知の場所を冒険するワクワク感も捨てがたい。
「うーん……」
「迷ったなら全部やればいいぜ!」
背後から声をかけられた。聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには昨日知り合ったばかりの蓮華と、隣にもう一人乙女が居た。
「よっ!」
「初めまして」
隣の乙女は相変わらず快活な蓮華とは正反対だった。
落ち着いた雰囲気で、静かに微笑んで挨拶する。
「蓮華ちゃんのお友達、ですよね? 私はローレライ・アンジュ。ローラと呼んでください」
「ローラは私の親友で、最高の魔法使いなんだぜ!」
「僕はクロード。よろしく」
クロードが手を出すと、ローラも応じて握る。
「それで、なんの職業にするんだ?」
「それが、僕も迷ってるんだ。君たちは?」
「私は見ての通り、挌闘士さ。フリーの任務を請け負ったりもしてるな」
「私は一応、魔女です。魔道具を開発して普及させています」
「挌闘士と、魔女?」
どれも職業一覧では見かけなかった。あまりに多いので見落としているということもありえたが。
「詳しい話は朝飯食いながらにしようぜ。奢ってやるからさ」
そしてクロード、蓮華、ローラの三人は朝食をとるために適当な飲食店に入った。
安い定食を提供する店で、クロードは遠慮して最も安いものを選ぶ。
「遠慮するなって。ちゃんと食べないと力が出ないぞ?」
と、蓮華は勝手に焼き魚定食を三つ注文し、ついでにオプションで納豆とタマゴまでつけた。
蓮華のみそこに牛丼が追加されている。
「蓮華は良く食べるね」
「体動かすからな。金なら割とあるし。いただきまっす」
「挌闘士ってそんなに稼げる職業なの?」
「もぐもぐ……ああ、挌闘士な。色々と稼ぐ方法はあるぜ」
蓮華は白米を口の中にかきこみ、焼き魚にかじり付き、味噌汁で流し込む。
ふと納豆を手に取り、混ぜながら説明を始めた。
「挌闘士の稼ぎ方で一番大金稼げるのは、やっぱりグランプリだな。色んな実力者を集めて戦わせて、優勝者には賞金が送られるんだ」
「蓮華ちゃんが参加したら誰も儲からないと思うよ?」
「ははっ! それもそうだな!」
ローラのツッコミに蓮華は笑う。
「あとは勇者みたいにモンスターをぶったおして報酬を貰ったり、騎士でも手こずる相手を倒して報奨金を貰ったり、冒険者みたいにレアアイテムを漁って高値で売りつけたり。なにはともあれ実力がものをいうぜ」
「じゃあ、魔女は?」
「そこはローラに任せるぜ」
混ぜ上がった納豆を白米の上にかけ、蓮華は食事に夢中になる。
かわって魔女の説明をローラが行った。
「魔女、というよりは魔法使いですね。インドア系とアウトドア系で内容が分かれます。インドア系は、魔法がその人の理想によって法則や仕組みにばらつきがあるので、それを本にして纏めたり、魔道具を開発、生産して売ったり。アウトドア系は、勇者や冒険者と共にモンスターを狩ったり、図鑑を作ったりしてます」
そのほか、図鑑を作る際に未知の魔法アイテムの鑑定や、魔道具開発の依頼、飛空挺開発のために参考人として招待されたりなど、魔法使いが持つ役割は多い。
「クロードさんは、魔法とかはお使いになるんですか?」
「いや、僕は……」
「ローラ、こいつはまだ此処に来たばかりだから、自分の理想の力がなんであるかも知らないんだ」
「あっ、なるほど。それじゃあクロードさんの理想を教えてください。私の理想は……」
理想を語るローラの、雰囲気が一変した。
穏やかながら、しかし確固たる意志を感じさせる。
「人間と魔族が手を取り合える。誰もが争わずに済む、平和な世界を実現する。それが私の理想」
それは、数多ある理想の中でもお手本のような、最も理想と呼ぶに相応しいものの一つであった。
「ローラは優しいなぁ。あっ、私は昨日言ったとおり、地上最強になることだぜ」
蓮華の理想もまた真っ直ぐなもので、二人の理想を前に、自分の欲塗れの理想を僅かに恥じてしまった。
「それで、クロードは?」
「僕は、その……主人公になること」
「主人公? もうちょい詳しく」
「なんていうか、御伽噺の勇者みたいな」
「あー、なんとなく分かるぜ。いい理想じゃないか」
何もなく、いい理想だと言われ、クロードは少し肩透かしを食らう。
苦笑の一つもなく、人の理想を認められる。その器の大きさ。
さすが最強を目指す少女だと尊敬の念を抱き始めていた。
「クロードさんの理想とする勇者について、もっと詳しい情報があると、理想の力は覚醒しやすいです。何か、過去に憧れた人物とかありませんか? 剣術が強いとか、優れた魔法使いだったとか」
「そうだね……」
クロードは、憧れていた人物について詳細を、自分が改めて認識できるように呟いていく。
その人物は、特別優れた何かを持っているわけではなく、身体能力も、魔法の才能もそこそこな人物だった。
しかし、彼は道を歩く虫にさえ、踏まないようにと不安がる、優しい人物だった。
その優しさを認められ、主人公は聖騎士となる。
主人公は成長していくにつれて、世の中でおこるたくさんの哀しい出来事を知る。
その一つに、残酷な差別があった。
肌の色、思想一つで簡単に虐げられてしまう。或いは、誤った認識が横行し、本人の抗議さえ聞き入れられずに虐げられる。
魔女は邪悪な存在とされ、磔にされて焼かれて殺される。
妖精は悪魔と同類とされ、森より追い出されて排される。
異教は神罰の対象とされ、反する全てを責立て滅される。
その在り方に主人公は異を唱え、聖騎士を辞め、一人の勇者と名乗った。
元聖騎士である勇者は、異教とされる者たちにコンタクトを取る。
最初こそ信用などされなかったが、勇者の持ち前の優しさは、彼らの心を徐々に開いていく。
やがて、異なる者同士をも結束させ、やがては教団に対抗する勢力となる。
そして勇者も彼らに育てられ、成長する。
屈強な女戦士に鍛えられ、練武の末に大いなる技量を得た。
聡慧なる妖精に教えられ、思考の末に大いなる智恵を得た。
叡智持つ魔女に見せられ、練磨の末に大いなる魔道を得た。
優しさしか持たなかった勇者は、優しさでもって、大切な、頼れる仲間を持った。
そして仲間は、勇者を新たな希望、新たな平和の光と信頼してくれる。
心置きなく、心を預けられる。そんな仲間たちに囲まれて……
「僕はそんな主人公に憧れたんだ」
「なるほど……素敵な理想です」
ローラが賞賛する。クロードの理想には、ローラが理想とする平和があったからだ。
「クロードさん、私もあなたの理想、少しばかり手伝わせてください」
「えっ、いいんですか?」
「はい。そのかわりというか、私の理想も少し手伝っていただきたいのです」
クロードは喜びのあまりに席を立った。
「よ、よろこんで!」
「仲間の為に強くなろうとする……私もお前の理想が気に入ったぜ! ローラが協力するっていうなら、私もたまになら手伝うぜ」
新たな世界に足を踏み入れ、早速得られた仲間。クロードは感涙を禁じえない。
「じゃあこれから一緒に依頼を受けないか?」
「依頼ですか?」
「さっきのところの隣の建物がいわゆるギルド? みたいなところで、見てきたところなんだ。依頼内容は確か……」
蓮華はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出し、机の上に広げる。
粗雑な扱いにローラとクロードは苦笑する。
「ほらこれ、東の森の調査だってさ」
「えっと……」
クロードは出された紙を覗き込む。
依頼内容は東の森の調査。
正確には、そこに生息しているモンスター、主にエルフ、アマゾネス、天狗の調査。
「まあ、私はそいつらと戦いたいからそれ選んだだけなんだけどな」
「私は人間と友好築くために……」
「三種族ともめっちゃ強いからな。危険度も高い分、報酬も高いぜ。クロードのデビュー戦にはぴったりだ」
「デビューって」
「デビューだろ? 勇者デビュー」
「あの、それで僕の能力って……」
「だから、それを確かめるためにも窮地に赴かないとだろ?」
能力を確認するために命をかけなければならないのかと思ったクロードだが、襲い掛かる危機に対して突如、力に目覚めるというのは確かに主人公らしい、と納得しかけてしまった。
「話を聞いた限りでは、クロードさんにはそこそこの剣と魔法の才能はあると思いますよ」
「そう、なんですか?」
「ローラのお墨付きなら大丈夫さ! そうと決まれば早速行こうぜ!」
勢いよく立ち上がる蓮華は、ローラとクロードの手をとり引っ張る。
「れ、蓮華ちゃん!」
「れ、蓮華? 蓮華さん!?」
「あ、さすがに丸腰相手じゃきついか。じゃあ武器屋だな」
蓮華の強引さを、クロードもローラも止めることはできなかった。
「好きなの選べよ。装備一式分くらいは奢ってやるぜ?」
蓮華の言葉に甘え、クロードは剣と盾、急所を保護する胸当てや小手、膝あてなどを買って身につける。
「クロードさんがこの世界に来れたお祝いということで、私も何か差し上げないと……とりあえずこれをどうぞ」
渡されたのは黒い宝石。
「私の作った魔道具の一つで、2回だけ死を回避できます」
「2回ですか?」
「その宝石の中には濃縮された魔力が込められています。心臓を打ち抜かれた、首を落とされた。溺死、焼死…そういった死に至る事象を急襲することで保有者への死を相殺することが出来ます」
チートじみた道具をお祝いというだけで貰ってよいものかと、クロードは遠慮するが、ローラは軽くその石を握らせる。
「そこまで大したものじゃありませんから」
「死を2回も回避できる道具が大したこと無いんですか…?」
「それはただの試作品ですから。完成品は何度死んでも大丈夫です」
その言葉で、クロードはこの二人は自分と次元が違うことを思い知らされた。
しかし何時の日か、この二人に追いつくことが出来ればと重いながら、蓮華に連れられ、森へと足を踏み入れる。
「着いた!」
「着いたね、蓮華ちゃん」
「ここが、エルフや天狗が住む森……」
森は人が出入りするようなものではなく、道と呼べるものは存在しなかった。
進んでいくごとに木々は増え、林となり、ついに森へと変貌する。
「さて、そろそろ何かしら出てくると思うんだが……」
「モンスター一匹出てこない」
「たぶん、私のせいかもしれないです。私の魔力が多いのと、この辺りの魔物とはそこそこ仲良くなりましたから」
「魔物と仲良くなんて出来るんですか」
「ローラは魔物と会話できるんだぜ。すごいだろ?」
魔物と会話。そんな能力があれば、確かに世界平和も実現できるように思える。魔物と友好な関係を築くのに大いに役立つだろう。
「あまり理解は得られないんですけどね。魔物も人間を食べないと生きていけないですからね。そのあたりをどうにかできればって言ってくれる魔物は多いんですよ」
人間を食べなければ生きていけない。魔物と共存する上で、この問題を解決しない限り、決して理想は実現できない。
しかし、ローラにはいくつか案があるという。
「この世界で罪人を魔物用の餌にするとか、人間を養殖するとかが出来ればもしかしたら……」
「それは人間の方から理解が得られるかどうか」
クロードが言うと、ローラの表情は暗くなる。
「そうなんです。魔物たちは良い案だって言ってくれたんですけど……」
「えーっと、ローラさんは平気なんですか? 食用に人間を養殖するっていうのは」
「あっはい。私は大丈夫です。むしろ人間は豚や鳥も養殖してますし、人間だって養殖されてもいいんじゃないでしょうか」
「ああ……そうですね」
クロードは話題を打ち切った。ローラという乙女が、自分とは根本的に、決定的に違うと察したからだ。
「私も色々魔物の肉は食べてきたけど、人肉はまだ食べたこと無いからなぁ。期待しているぜ」
蓮華も人肉の養殖には賛成だった。
クロードとしては、少し賛成はしにくい。とはいえ気分が悪いというだけの理由だから、そこまで強く反対する気もない。それが良いと魔物が言う上に、より良い代案も思いつきそうに無い。
「いずれは人肉養殖を確立して、魔物と一緒に食卓を囲みたいんです」
「おっと、エンカウントだぜ」
即座に身構える蓮華とローラ。遅れてクロードも構える。
しかし、周囲を見渡してもモンスターらしき影は見えない。
と思った次の瞬間、声のみが聞こえてきた。
「ここから先は人間の立ち入って良い場所ではない。立ち去れ」
「えっと、私たちは森の調査をするためにやってきました。出来ればご協力いただきたいのですが」
「聞こえなかったか。立ち去れと言っている」
一方的な警告を投げる、姿の見えない相手。
「4、5、……うーん、7人くらいだな」
「っ……すぐに立ち去れば危害は加えない。お前たちも命は惜しいだろう」
「同じ理想持ち同士、仲良くできないもんかねー?」
「邪な人間なんぞと仲良くなど出来るか。」
「それは偏見です。確かにそういった人間も居ますが、私たちは貴方がたと純粋に友好を……」
「もう一度言う。大人しく立ち去れ。さらば危害は加えん」
もはやこれ以上の話はできない。一触即発。
しかし、そこにあえて割ってはいる男が一人。
「待ってくれ!」
「いや待たない」
風を切る音と共に、木々の奥から何かがクロードへと飛来した。
「っ!」
「いい度胸だったぜ、クロード!」
気が付けば、蓮華の姿眼前にあった。
その手には、七本の矢が指に絡めとられている。
それを認識してすぐ、疾風がクロードの髪を煽った。
「怪我は?」
「あっ、いや、大丈夫……」
「かかれぇッ!」
掛け声と共に、草むらから飛び出してくる影は四人。
「奔れ、電光」
ローラがたったそれだけを呟くと、眩い電光が四つの影を正確に、素早く打ち抜いた。
「っ!?」
影は力なく地面に倒れる。
新緑の布と茶色の皮で出来た衣服、金色の髪、弓矢と剣。
「これは、まさか」
東の森・北方区域。別名、エルフの森。
「うぅっ……」
「だ、大丈夫か!?」
クロードは咄嗟に一人のエルフに駆け寄る。
「一応、命に関わらない程度に抑えてあります。でも早く手当てした方がいいですね」
「くっ、侵略者どもめ……」
「皆さん、一旦武器を納めてください。お願いです」
「ろ、ローラさん、本当にこの人、大丈夫なのか?」
苦悶の表情を浮かべるエルフを、クロードは本気で心配していた。
「大丈夫です。でも死ぬほど痛いと思います。あと一時的に体も麻痺しますね」
「ち、治療! とにかく治療を!」
「……あ、ああ、気遣いは無用だ、そこの青年」
すると草むらの影から三人のエルフが姿を現す。
三人ともが長身で、肌も白く、スタイルが良い。
真ん中に居るエルフだけが、二の腕に緑色の布を巻いている。
三人はクロードの傍らに倒れるエルフに近寄り、様子を見る。
「なるほど、大した腕だな。あの魔女は」
「あ、あの、僕にできることは……」
「あー、大丈夫だ。お前が思うほどエルフはヤワではない。連れて行け」
左手のエルフが倒れている仲間を軽々と抱きかかえると、遠くから眺めていたエルフも倒れている仲間を運んでいく。
「まったく、なんだお前は。緊張感が、争いの雰囲気がぶち壊しだ」
呆れながらも、そこに笑みを浮かべるエルフ。
友好的な反応だが、今のクロードにはそれに気付く余裕は皆無だった。
ふと横合いから話しかけられる。
「あの、お話だけでも……」
ローラもまた申し訳無さそうな表情で、罪悪感のせいか声も小さい。
「はぁ……あーもう、分かった。おい、こいつらを案内しろ」
右手のエルフが頷いた。
クロードたちはエルフの先導を受け、森の中を行く。
そして、まるで鳥居のような木の下を潜る。
「到着だ。ここが私たちエルフの国、アールヴァニア」
アールヴァニア。物見やぐらの代わりとなる一際に高い木々は、城壁のように国の周囲を囲んでいる。
入り口はたった一つ。鳥居に似た木の枠の下を潜らねば、その森に宿る精霊の加護と、妖精らの魔法によって惑わされ、決して足を踏み入れることは叶わない。
かくして三人はエルフの国に辿り着いた。
エルフは普通に木造の家で暮らすが、平地のみでなく木の上にも建てたり、木をくりぬいて住居にすることもある。
「ここが、エルフの国……」
右も左も、前も後ろもどこを見ても、すらりとした手足と日に焼けていない白玉の肌を持つ、男性も女性も凛々しい美男美女。
稲穂のような金色の髪を靡かせて歩くエルフたちの国。
「すごい、本物のエルフなんて、はじめて見た」
「ふふっ、楽しそうですね、クロードさん」
「おーい、早く行こうぜ!」
野菜や果物を育てたり、パンを焼く匂いがしたり、魔術の本をコーヒー片手に読みふけっていたり、剣術の稽古をしたり、様々な生活が見られる。
のどかな場所だとクロードは思った。
平和で、平穏で、しかし堕落はしておらず、きちんと律していた。
クロードたち三人が連れてこられたのは、森の中でも一層太く、高い。雄大な一本の大木の上にあるコテージのようなところだった。
周囲は茨や尖った木の枝が多く、アスレチックのような足場ばかり。まさに自然の城塞といったところ。
見張りが番をする木製の扉を開けると、中は広い執務室だった。
他のエルフとは一味違った衣服に身を包んだ二人の女性が迎えた。
「で、お前たちはまた性懲りもなく、しかも仲間を一人増やしてきたわけだ」
「メイヴ、やめてください」
「やめない。我々エルフは、誰とも馴れ合うつもりは無い。今はアマゾネスが勢力を増しつつある。お前たちの相手をしている暇は無い」
上座に座る二人のエルフ。
片方は長い金髪。エルフの中でも一際に体付きがよく、凹凸がはっきりとしている。
絶世の美女の一人と言っても過言ではないほどの魅力を持ちながら、纏う雰囲気は朗らかで和やか。
その上に凜とした強かさも感じさせる、一国の統治者として納得の出来る乙女。
エル・リーフ・ティターナ。このアールヴァニアの女王である。
「私はエルフごとで差別するような、人間と同じような愚かな行為は犯したくありません。エルフは皆、手を取り合い、協力していくべきです」
「純粋なものに異物を混ぜ、不純なものとすれば、国もまた不純になる。お前の思想は一見平和だが、その平和は必ずや毒となる」
ティターナに異を唱えるのは、セミロングの金髪のエルフ。
ティターナよりも若干背が高く、美女とも美男子ともとれる端整な顔立ち。
緑色のドレスを着るが、その上から皮製の胸当てや防具を身につけ、ほとんど森の中で遭遇した兵士のエルフと変わらない。
ティターナのものと思われる弓矢は壁に飾られているが、彼女は腰に紋様の刻まれた直剣を提げ、常に武器を携帯していた。
夢の国の女王、エル・フォレスト・メイヴ。
彼女はここではなく、妖精が作り出す独立した空間、<夢の国>の王である。
アールヴァニアと夢の国、現在は協力関係にあり、戦力においては天狗やアマゾネスより一歩先を行っている。
のだが、現在二人の王は少々仲が悪かった。
「聞いたぞ。最近、アマゾネスの者と密会を行っているそうだな……まさか、異物だけでなく畜生共とも友達ごっこをする気か」
「酷い言い方をなさいますね、夢の王。私は争いの無い世界が一番だと思っています。それを実現しようとすることのなにがいけないのですか?」
「お前にはエルフとしての誇りは無いのか」
「誇りが他の者を不幸にしてどうしますか」
その様を見せ付けられ、ローラは声がかけづらく苦笑するしかない。、蓮華はエルフより内装として飾られている武器に興味を持ち、きょろきょろと見回している。
「あ、あの……」
クロードが勇気を振り絞ってなんとか切り込んでいく。
「そろそろローラの話を」
「まあ、まずはそちらの方から片付けるとしようか」
なんとかクロードはローラとの会話を促すことに成功する。
本来ならばエルフという存在を目の当たりにして歓喜するところなのだが、場所と会話の内容の問題で自重していた。
「改めて用件を聞こう」
ローラはふぅ、と気持ちを整えてから、語り始める。
「今回は、森の生態系調査、またエルフ、天狗、アマゾネスの三大勢力の調査で参りました」
「人間の知的好奇心というやつか。愚かなことだ」
「ですが、私にはそれとは別にもう一つ用件があります。むしろこっちが私にとっての本命です」
「あなたの話は聞いています。私たちと友好関係を築きたいと」
「はい」
二人の反応はあまりに対極的だった。
ティターナは自分と似た目的を持ち、尚且つこちらに手を差し出してくれている存在に希望の光を見つけたかのような表情だ。
メイヴはそれとは正反対に、忌避するような、敵意をむき出しにした眼光を送っている。
「人間など信用できるか。むやみやたらに近づいて来るな」
「メイヴ! ……といっても、確かにエルフの多くは人間に不信感を持っています。それをどうにかしない限り、私の一存で決めるというわけには……」
「ティターナ様ご自身は、人間と友好を築けるならば築いても良いと仰るんですね?」
頷くティターナに、ローラは少し目を瞑る。
「私は人間ですが、あまり人間とは仲良く出来ません。そちらもエルフ同士で仲を違えている様ですね」
「ええ。互いに敵だと思い込んでしまっています」
「いや、敵だ。奴らは滅ぼすべき敵だ」
余計な口を挟むメイヴをティターナは悲しい目で見るが、ローラは続ける。
「分かり合えないなら、お互いに干渉しあわない。それが出来ている今はまだ大丈夫です。ですが、それもいつかは崩れます」
「……というと?」
「メイヴ様もこの世界の仕組みはご存知ですよね?」
「無論だ。理想への強い執着が力になる」
理想への執着、理想を手放さないこと、掲げ続けること。
「もし強い理想を掲げた者が、エルフを根絶させるような人間だとしたら?」
その問いが意味することを、メイヴはすぐに理解した。
「貴様……仮定の話で揺する気か」
「可能性はあります。逆に、そちらのダークエルフ。ひたすらに人間が憎いという者が現れ、アルカディアに攻撃した場合、人間は必ず反撃し、危険な存在であれば根絶しようとするでしょう」
それは人間を良く知り、人間を苦手とするローラだからこそ言えること。
エルフの二人がそれを想像するのは容易い。
「人間は弱く、しかし危うく、業深い。それを理解できる私たちと貴方がた……どうでしょう。手を取り合い、共存の道を歩めれば、きっと……」
きっと平和を実現できる。互いを理解しあい、認め合えれば。
人が行う愚を認め、他の善を称えれば、必ず実現できる。
ローラは信じていた。
そしてティターナは頷いた。
「分かりました。私たちアールヴァニアのエルフは、あなたと友好を……」
「私は反対だ。ティターナ、これから<夢の国>はそちらとは別行動をとらせてもらう」
「め、メイヴ、ちょっと待ってください!」
メイヴは聞かずに席を立ち、冷たい目でローラを一瞥し、部屋を後にした。
「ああ、メイヴ……」
ティターナは立ち上がりかけた体を、再び椅子に預けるしかなかった。
と、ここまで書き終えて、結城は一息ついた。
「エルフの国かぁ。一度行ってみたいな」
「じゃあ今度行きましょうよ。そしたら私が案内してあげるから!」
意気揚々と頭上のチェリーが主張する。
「そうだな。この仕事……じゃない。趣味が終わったら行って見るか。にしても、ティターナが出てきたな」
当然といえば当然である。結城としてはティターナからも話が聞きたいところであった。
「でもティターナさんはローラさんと話が通じ合うみたいだったし、ローラさんから聞いてもいいんじゃないかな」
クロードの提案を受け、結城はローラを見た。
「別に大したことはしてませんよ。ティターナさんは元々、そういう理想を持っていましたから、偶然話が合っただけですから」
「そうか。じゃあちょっと休憩したら続きだ」




