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66話目 執筆依頼と秘密結社

「それで、ご用件は?」


 結城は自室のいやに大きな円卓の向こう、二人の珍客に問うた。

 片方は見るからに魔女。もう片方は自分と同じであろう年齢の好青年。


「魔耶、やっぱりこんなことは……」

「クロード、英雄や勇者が増えつつある今、貴方が安全無欠の勇者として頂に立つためには、過去の功績をしっかりと書き残して人々に広めないと……最近は秘密結社とかいうのが人々の関心を惹いているのよ?」


 話が纏まっていないのか、用件一つ把握できない。


「急な訪問に応えていただけて感謝します。私たちは貴方に依頼したいことがあってまいりました」


 魔耶はやる気のようで、クロードは遠慮がち。

 二人の訪問は朝食が終わってすぐのことだった。




 時間は遡り、やや遅めの朝。

 穏やかな日々が続き、妄想世界の執筆も順調に進んでいる。

 銀風もたまに自作の性魔を見せびらかしに来たり、新月とは時々一緒にお茶をして和む。

 あまりに平和すぎて退屈ささえ感じ始めていたが、これでも幸福を実感できる。

 荒んだ前世とはまるで違う、過激な一時と、平穏な日々。


 そして今日もいつもどおり、結城はレイラン、新月と共に朝食をとる。

 眩い朝日と小鳥のさえずりが、今日も平和を歌っている。

 朝食を終えれば、新月は席を立つ。


「では私は失礼いたしますわ」

「前々から気になってたんだけど、新月は普段なにをやってるんだ?」

「それはもちろん、パーヴァートとしての技巧を極めたりとか、ですわ。あとは他の富豪との会合とか」


 新月はこの国でも指折りの大富豪であることが判明している。

 結城と蓮華がペアを組んで参加したグランプリの企画や出費も新月が結城をあぶりだすために行ったことだ。


「近々、ユートピアと合同のワールドグランプリを開くという案がありますわ。結城も参加してみてはいかが?」

「グランプリかぁ」


 グランプリとなれば、やはり彼女がでしゃばるだろう。となれば、優勝者はもう決まったも同然だ。


「あら、結城ともあろう者が、優勝する自信がありませんの?」

「あいつは、もうそういう次元じゃないからなぁ」


 ユートピアの秘密兵器ZOE、人工知能ユートピアに勝利したとしても、彼女と戦って勝てるかどうかは怪しいところである。


「まあ、考えておくよ」

「ええ、お願いしますわ。安全無欠の勇者、救国の英雄、そして理想の代行者がぶつかるとなれあ、集客率は爆上げですわ!」


 金を多く持つ者が金を稼ぐ手段を持つ。強者は強者ゆえに強者なのだと見せ付けられているようだった。


「それではごきげんよう」


 新月が退室し、レイランが食器を片付ける。


「マスター、私は食器を処理してまいります」

「あっ、じゃあ俺も」

「いえ、マスターは執筆に専念してください。そのために私がいるのですから」

「たまには体を動かした方が頭も回るんだよ」


 そう言うと、「そういうことでしたら、お願いします」とレイランは食器を一つ渡す。


「せめて半分くれ」


 厨房まで運び、レイランが皿を洗い、結城が横で拭く。


「なんかこれ……」


 新婚夫婦かなにかみたいだな、と呟きかける。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いや、なんでもない」


 ふと、来客を報せるチャイムが居る。


「来客だ」

「ちょうど洗い物が終わりました。私が出ますので、マスターは引き続き拭き取り作業をお願いします」

「えっ、速っ!」


 視れば、確かに汚れた食器はすでに無く、籠の中に濡れた食器が残っていた。


「さすがレイラン……」

「お褒めいただき光栄です。失礼します」


 レイランが立ち去った後も、結城は丁寧に水分を拭き取っていく。


「やっと終わった……」

「マスター、マスターにお客人です」


 振り返ると、厨房の入り口にレイランが佇んでいた。


「俺に?」

「はい、安全無欠の勇者、クロードと魔耶の二名。頼みたいことがあるそうです」

「頼みたいこと?」

「はい、内容まではまだ。いかがなさいますか?」

「まあ、気分転換にお喋りでもするか」




 そして今に至る。

 

「ところで秘密結社ってなんだ」


 聞きなれない単語が出てきたので一応聞いてみる。

 引き篭もっていると世間知らずになってしまう見本のようなものだった。

 また妙なものが出来たものだと結城は首を傾げると、頭にふわりとチェリーが乗っかる。



「あの黒一色の二人組みが立ち上げた組織よ」

「神魔を降す闇黒の徒か?」

「私も良く知らないけどね」

「彼らは中二病とやらを流行らせようとしているのよ」


 魔耶の口から説明された、闇黒の徒の活動。

 それは自分と同じ中二病患者や邪気眼保有者を増やす。つまり同志を募っているのだった。

 始めこそ冷笑ものであったが、二人が戦争の際に国を護った救国の英雄であることが大きかったのか、二人に憧れる子供が続出。その次に若人と感染していき、存外に勢力を伸ばしつつあるという。


「このままでは安全無欠のこれまでの活躍が風化してしまうわ。クロード、これは貴方の理想のためでもあるのよ」

「それは……そうだね。分かったよ」

「で、結局、俺はなにをすればいいの」

「ああ、ごめん。結城にお願いしたいのは、その……僕のやってきたことを書物にして欲しいんだ」


 恥ずかしそうに言うクロードは結城の抱いていた印象とはまるで違い、いっそ少女の愛らしささえ感じさせる仕草だった。

 さて、と言われた言葉を再確認する。


「えっと、それはつまり……」

「安全無欠の勇者が行ってきた偉業を広めるための書物を製作して欲しい、ということよ」


 安全無欠。その名が現すのは、戦争において仲間を誰一人として死なせたことがないという奇跡。

 しかし聞いた話の中では、アルカディアが多種族を受け入れ、人間とモンスターが交友関係を築けたのも安全無欠の勇者の活躍によるものだという噂もあった。


「つまり、俺に安全無欠の勇者伝説を綴れと」

「ええ。報酬は望むものを用意するわ」

「望むものって言ったってなぁ」


 すでに結城は理想を叶える力と権限を有している。

 その上で更に欲をかけといわれても、困るところであった。


「でもなんで俺なんだ? 俺は別に人様に読ませるような筆者ではないし、文章能力だって立派なモンじゃないよ」


 結城は趣味で、というより自分の好きなことを好きなように打ち込んでいるに過ぎない。そんな人間に自分の人気の命運をかけた書物の作成を頼むなんて正気の沙汰ではないだろうと思うのであった。

 しかしクロードは微笑みながら応える。魔耶ではなく、クロードが。


「もし頼むなら、君にしたいって僕が言ったんだ」

「それまたどうして」

「君は、人の理想を笑ったりしない人間だからさ」


 そこで結城は思い出した。クロードの最終的な理想を。

 主人公になりたいと願ったクロードが、その次に成したい理想。


「あれか、酒池肉林か」

「しゅ……いや、まあそうだけど」


 いわゆるハーレムだ。もしかしてクロードが異種族と友好関係を築こうと活動したのは、人外系もハーレム要員にしようという目論見があったのかもと邪推する。

 現にエルフやらアマゾネスと手中に収めている。銀風の性魔のことを教えればきっと食い付くだろう、と思いながら、この仕事を引き受けるかどうか迷っていた。


 これは安全無欠の勇者からの、依頼だ。その責任はやはり重い。

 そもそも結城は労働を嫌う。安請け合いして、あーだこーだと指摘をされて嫌な思いをするのは嫌だった。


「難しく考えなくていいんだよ。これは君の友人としての頼みなんだ。気が進まないというなら他をあたるし、気にしなくていい」

「友人……?」

「えっ、あれ? 僕たちは友人、だよね?」


 友人。その言葉に、結城は目を見開いた。

 自分に友人が出来るなど、思いもよらなかったからだ。

 出来るとするなら、銀風のような戦友くらいのものだと思っていた。

 仲間でも、同志でもない、ただ単純な友人。


「僕は親友とさえ思っていたんだけど……あの、なんかごめんね。他を当たることにするよ」

「待て」


 席を立とうとしたクロードを、結城が呼び止めた。


「なるほど分かった。やってみよう」

「えっ、いいの? 本当に?!」

「その代わり条件がある。これは仕事ではなく、俺の趣味。俺が安全無欠の過去に興味を持ち、それを教えてもらう代わりに俺はお前の望む書物を作成する。それでいいな?」

「僕はそれで構わないけど。君はそれでいいのかい? もっとなにか……君自身の名誉とかは」

「名誉……別に興味ない。俺は俺がやりたいことが出来るならそれでいいんだ。それじゃあ早速始めようか」


 結城が立ち上がろうとすると、レイランが横からノートパソコンを差し出し、結城の目の前で開いた。


「どうぞマスター、こちらに」

「さすがレイラン」

「恐悦至極です」


 新しく買ったノートパソコン。出先でもすぐに執筆できるようにと思い買ったは良い物の、自分がそこまで外出する人間でないことを自覚させられ、使う機会はメインが壊れた時のヘルプくらいかと思っていた。


「なんだか、よりいっそう息があってきたね。二人は」

「そりゃレイランだからな。俺なんかには勿体無いくらいだ」

「マスターは謙虚が過ぎます。私はマスターだからこそお仕えしているのです」


 出来上がったやり取りに、クロードは羨望にも近い思いを抱いていた。


「昼飯にもまだ時間があるし、もう始めよう。とりあえずは語ってもらうままに打ち込む。物語っぽくするのはその後で。さあ、どうぞ」


 促され、クロードは語り始める。


「さて、どこから話そうか。やっぱり僕がここに来たところからだよね」

「前世からでもいいと思うぞ」

「前世……そうだね、理想にも関わってくる」

「ハーレム願望持ちの勇者の話をどう美談にすればいいのか、先が思いやられる」


 意地の悪い言い方に、クロードは苦笑するほか無い。


「じゃあ、僕の最初の理想。<主人公になりたい>という理想を抱くところから始めよう」




 秘密結社。それは特異な能力を集め、裏で暗躍し、全てを支配する存在……

 二人の中二病が築いた秘密結社は、その名が知れ渡り始めている。


「ここまでは計画通りだ」


 アルカディアでは今、中二病が流行になりつつあった。

 救国の英雄によって中二病は株を上げた。

 これを好機と見たケイオスは、中二病の魅力を演説で語り、その詳細を記した本を出版し、中二病という存在を知らしめた。


「ククク……多くの者が中二病の虜となり始めている。俺の理想はようやく叶う」


 城壁から街を見下ろす二つの影。


「……ケイオス、少し良い?」


 キャラではない。素のクロウデル、神崎黒羽が問いかけた。

 が、ケイオスは崩さない。


「なんだ?」

「また裏切られるかもしれないのに、どうしてまた中二病を広めたいと思ったの?」


 現実を前に、理想の自分を手放した者たち。数多くの戦友が失われた。

 そのときの孤立、孤独、そして冷たい目、迫害……


「そんな分かりきったことを……クロウデル、お前にとって中二病とはなんだ」

「私は邪気眼だけど。そうね、生きる導、誇るべき生き様といったところかしら」

「そうだ。俺はただ、誇るべき中二病を誇っている、知らしめているだけだ。ただ強いて言うならば、中二病が責められないように、だな」


 仲間欲しいわけではない。ただ、理解されないまでも、それが責められたり、馬鹿にされたりといったことを防ぎたかった。

 それこそが中二病を、仲間を護れなかった自分が出来る過去への贖罪であり、使命なのだと。





 アルカディアの地下、深部。秘密組織の拠点がある。

 黒衣の二人の元に集いし、業火の赤、氷雪の青、疾風の緑、人間に留まらず、様々な種族が組織の門を叩いた。


「コードネームは無尽業火インエグゼスティブルヘルファイア。私に触れると火傷じゃすまないぞ」


 流れ出る溶岩のように煌々と輝く髪の人間が、鋭い眼光で威圧する。


「初めまして皆さん、変幻自在ファンタズマゴリア藍玉アクアマリン


 滝のような水色の長い髪、一見すれば少女のようにも見えるその愛らしい顔つき。


「余は魔性幻像院禍津国ましょうげんぞういんまがつくに。影の幻術士」


 黒い外套を着込み、その顔には大きな単眼の赤い模様が描かれた灰色の仮面を被っている。


「どうも殺傷王キリングキングです」

「我は「全能たる闇黒の太陽」。マスターオブダークライと呼ぶがいい」

「私はクライシスクロノス。運命と時間を操る者」

「下らない二つ名ばかりだな。俺の真名を聞け……」


 様々な中二病が揃い、それらが如何なる世界を作り、如何なる存在であると主張するかという、いわば交流会が開かれていた。

 彼らは楕円形の円卓を囲って座り、主催者である二人の英雄を待ち構えていた。

 そしてその時はついにやってきた。


「諸君、待たせたな」


 入り口の扉が開かれ、一組の男女が入室する。

 二人の雰囲気は室内に居るどの中二病患者よりも威風を感じさせた。

 それまで「設定」を披露し、互いに牽制しあっていた未熟な中二病患者らは、その瑣末さを英雄の登場だけで思い知らされた。


「神の国を陥落おとす絶対の混沌。無間なる深淵、無尽なる陰影シャドウ。我が名はケイオス。ケイオス・エル・ハザード・アブソルート」

「闇黒の統べる最深の女神。混沌と対なる絶対者。シン・クロウデル・ダークロード」

「そして俺たちこそ、夜闇に蠢く百鬼夜行すら制し、混沌蠢く魔神をも降す、罪を飲み干し、罰を打ち砕く龍の牙。無限なる闇黒に君臨する黒点……」

「私たちこそ、魔境に蠢く悪鬼羅刹すら御し、深淵蠢く邪神をも滅す、黒に染め上げ、闇を切り裂く虎の爪。永遠なる暗黒に君臨する黒点……」

「「神魔ヲ降ス闇黒ノ徒!!」


 救国の英雄、と人は呼ぶ。

 過去に二度、ユートピアの戦力と正面からぶつかり合い、生き残った人物。しかも一度目は完全に撃退し、侵略からアルカディアを護った功績。


 まさに偉大なる英雄である二人、先に口火を切ったのは長い黒髪の乙女、クロウデル。


「さて、早速だが諸君らには……互いに打倒しあってもらう」


 早速を通り越して唐突すぎるその宣言に、設定を持ちながらも動揺を隠し切れない者がチラホラと現れる。


「お前たちは中二病を知り、そこに浪漫を感じ、熱い衝動と黒い歓喜を覚え、ここに集ったのだろう。だが、私は生半可な中二病など認めない。私たちはそれこそ、この中二病と邪気眼を理想にしてここまで来たのだ」


 クロウデルの眼差しは真剣そのものだった。


「だがそれは本来、理解されない孤独な戦いだ。だからこそ、ハリボテのような中二病で仲間を裏切るようなことは許されない。お前たちがどこまで本気で、誇り高い中二病を抱くのか、試させてほしい」


 それは過去の悲劇を繰り返さないために。

 大切な仲間を失うことは、もう二度としたくないし、させたくないというクロウデルの強い思い。


「この俺の中二病がハリボテだと言いたいのか」


 円卓を囲ううちの一人、血液のような髪の隙間から、鋭い眼光を向ける者が一人。


「活きが良いな」

「俺はエッジ・ザ・ブラッドストーン」

「なにが出来る」

「己の血液を刃にする。他人の血に触れればそれも操れる」

「なるほど。なら小手調べだ。来い」


 エッジは途惑いながらも、己に課した設定に準じながら臨戦態勢をとる。

 しかし、構えたのは良いものの、相手は英雄、その力は計り知れず、下手に動けない。


「なんだ。お前の想い描く中二病は英雄相手だと竦んでしまうのか?」

「安い挑発だな」

「設定を否定はしないが、その行為が意味するところを考えろ」


 クロウデルは邪気眼を切り替えるために両目を閉じる。

 その一瞬にエッジは跳ねた。

 足の裏の皮膚が裂け、地面を噛み、地面を弾く。

 空中で両手の五指の爪から鮮血の爪が飛び出し、クロウデルを襲う。


「さて」


 クロウデルは半身ずれ、襲い掛かる爪を紙一重で避ける。


「なっ!?」

「予知眼だ。お前の動きは瞼を閉じていても分かる。そして」


 着地したエッジは振り向き、再び加速。対してクロウデルは見開くと、片目が輝き、一本の黒剣が出現する。

 流麗な動きで柄を掴み、瞬く間に斬撃を繰り出す。


「設定の詰めが甘い、思い入れも足りない。それではまったく意味を成さない」


 鮮血の爪はすべてが切断され、気が付けばエッジは仰向けに落ちていた。

 床に体を打ちつけられ、衝撃で呼吸ができずにもがく。

 クロウデルはそれを横目で見やり、再び一同に目を向ける。


「一つ言って置く。私がコイツに容易く勝利したのは、私が英雄だからでも、ユートピアとの戦争を経験したからでもない。<設定>の創り込みと、思い入れが浅いからだ」


 それはこの世界でいう理想と変わり無い。

 想いの強い者が勝つ。中二病もまた同じ。


「中二病はファッションじゃない。自分をリメイクしたいだけなら整形手術でもしていろ。だが、本当に誇るべき<設定>があるならば、たとえ強大な敵に叩きのめされようとも、それを捨てずに深化、発展させられるならば、お前たちは私たちと肩を並べる戦友に、あるいは相対するライバルとなるだろう。打倒し合えというのは、その素質がある者の選定だ」

「つまり」


 クロウデルの演説を、ケイオスがまとめる。


「君たちの設定の力量を、想いの強度を見せて欲しい、ということだ」


 それぞれが抱く思いを胸に、中二病たちは蠢いていた。


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