表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネクストワールド ~理想の世界と妄想の旅人~  作者: めんどくさがり
肆ノ章 ―絶滅理想・性魔計画―
70/121

62話目 絶望の産物

 銀風はキュクロプスの記憶を読み取り、沈黙していた。


「銀風、どうした?」

「いや……これは、想像以上に、深い」

「深い、何が?」

「憎しみが」

「ソウダ、オレタチハ、ニンゲンガニクイ、コロス、コロス!」


 殺意をむき出しにしているが、約束なので銀風はキュクロプスの眼を治療した。


「……ッ!?」


 今までの苦痛が嘘のように消え去ったことに、キュクロプスは驚いているようだった。


「エッ、ナンデホントウニナオシテイル?」


 どうやらこちらの行いに驚いていたらしかった。


「ニンゲンノクセニ、ミョウナヤツダ」

「人間をなんだと思って……」

「いや分かる。人間なんて信用ならないからな」

「っ!?」


 驚く銀風を尻目に、結城はキュクロプスの前に座り込んだ。

 キュクロプスは困惑しながらもこちらに興味を示していた。


「オマエ、ハナシツウジソウダナ。ニンゲンキライナノカ」

「まあ好きではないな。不信感なら抱いている」


 地面の上に胡坐をかいて、片手で頭を抑えながら言う。


「まあ、此処であったのも何かの縁だ。よければ聞かせてくれよ、あんたの理想を」




 彼は勤勉な若者だった。

 成績も良く、大学にも入り、何事もなく卒業した。

 人生の多くを真面目に生きてきた。


「ナノニ、ナノニィッ……!!」


 社会は彼に厳しかった。

 勉学に励んだ彼を、社会はあまりに冷たくあしらった。


「就職難かぁ」

「ソウダ。オレハイクツモノキギョウニ、デモアイツラ、オレノコトナンテマルデ……」


 社会で生活するならば、その社会に適応できなければならない。


「あんたすげぇな」

「ナンダト?」

「で、その後は?」

「アア、ケッキョクチュウショウキギョウニシュウショクシタ。カリタショウガクキンカエスノモヒトクロウダッタ」


 その後もひたすらに働いた。

 法律なんて存在するだけでまったく機能していない労働環境で、身を削り、命を削り……

 そして彼は憎んだ。自分をこんな有様にした人間たちを、社会を。


 本当ならば、大学を卒業し、大企業に就職して、年収一千万で、三十までには結婚して、子供を育て……

 そんな幸福な未来を想い描いていた。

 結局、結婚も出来ず、ただひたすらに働き続け、やっと借金を返した。


「やっぱすごいなあんた」

「ナンダ、オチョクッテイルノカ?」

「いやいや、俺なんかそこまで勤勉じゃなかったし、そもそも労働なんて大嫌いだったから正社員ですらなかったし、非正規も長続きしなかったし……それに比べてあんたは立派だ。誇っていい」

「ヤサシイヤツダナ。デモケッキョクコノザマサ」


 人間への憎悪、社会への怨念は潰えることはなかった。

 最後の最期まで、人間なんてみんな滅べばいいと思いながら、過労死した。


「アンタハ、ハナシガワカルヤツダガ、デモダメダ」


 一人や二人、話の分かる人間に出会って変わる理想なら、この世界には来れてはいないだろう。


「死ぬほど憎いか」

「コロシタイホド、ニクイ」

「だろうな、人間は業が深い」


 結城は大きく頷いた。

 キュクロプスの目にしかと映った。


「ナア、アンタモコッチニハイラナイカ。アンタモニクインダロ?」

「結城を誑かそうとするなら……」

「悪い、それは出来ない」


 苦笑しながら、きっぱりと断る。


「俺は確かに人間なんて大嫌いだ。だがそんな彼らとは違う仲間がいる」

「ナカマ……ウラヤマシイ。オレニハソンナ」

「全員、俺の妄想だけどな」

「モ、モウソウ?」


 妄想。空想や幻想すらごちゃまぜに、自ら生み出した理想の存在も含めて、妄想が創り上げた仲間と世界。


「あの地獄のような現実で、俺を支えてくれたのは彼らだ。彼らのためなら……俺の理想を実現させるためなら、人間だって滅ぼしてみせるさ」


 結城は銀風をチラっと見た。

 銀風は青空を見上げたり、周囲を見回している。


「それに、この世界の人間は一味違うかもしれないぞ?」

「ニンゲンナンテカワラナイ。ミンナオナジ、クソダ」

「まあ、それはな」


 彼の人生は取り戻せない。

 だから今更、自分の理想を曲げることなど出来ないだろう。


 彼はモンスターの姿でこの世に現れた。

 暮らしていくうちに、自分と同じ、前世、人間であった者と知り合った。

 ユートピアの侵攻から免れ、アルカディアで暮らしていると、人間を憎むモンスターたちの組織があるという噂を聞いた。

 戦争が終わる頃には、組織の一員となっていた。


「今日はありがとう。参考になった」

「ダガ、ツギアウトキハ、マタテキドウシダ」

「まあ、今は仕方ない。それじゃ達者で」


 キュクロプスは山のほうへ、結城と銀風はバスのほうへ戻る。


「結城、一旦戻って状況を整理しよう」




 結城と銀風はアルカディアへと戻り、自宅で情報を整理する。

 銀風は移動中にキュクロプスから読み取ったことを説明していた。


 組織の規模は不明。

 経緯は違えど、とにかく人間を滅ぼしたい。そういう輩の集まりであるらしい。

 人間を滅ぼすという理想には、人間を滅ぼすに足る天敵の存在の姿を与えられる。

 それがモンスターである。


「結城、何をしてるんだ?」

「いや、ちょっとユートピアと連絡をな」


 結城が執筆に使っているパソコンはネットも繋がる。

 今ではユートピアが保有する巨大なネットワークも使える。

 そして結城はユートピアと会話が出来る掲示板にアクセスすることが許可されていた。



「ユートピア、久しぶり」

「結城さん。珍しいですね。あなたが来られるとは」

「ちょっと聞きたいことがあってな」

「私に答えられることなら」

「お前の理想は、正しくも優しい人間が救われる世界。そうだな?」

「はい。正しさが救われ、優しさがが報われる世界です」

「じゃあ、例えば正しかったし、優しかった人間が最後の最期に人間を憎んだら、その人は救えるか?」


 打ち込んだ直後にすぐ返答が書き込まれていたユートピア。

 質問への回答には、たっぷり5秒かかった。


「不可能です。別の正しさを排斥する正しさは、矛盾を起こして正しさを損ないます」


 正しい者を救うユートピアの理想は、正しさを排斥することを許さない。

 互いの正しさを認め合う優しさが必要だからこそ、優しさも報われるべきという理想を抱いている


「それがなにか?」

「いや、そういう理想の人間……じゃない、モンスターに会ってな。同情してしまった」

「同情?」

「奴らも苦労したんだ。欺かれて、虐げられて、貶められて……救ってやりたい。奴らが味わった辛苦を報わせてやりたい」

「……しかし、人間を滅ぼすという理想。他の全ての理想を蔑ろにする行いではないですか」

「そこなんだよなぁ」


 結城はディスプレイの前で項垂れる。

 人類を滅ぼすその意思、その理想の根源は、人間の原罪だ。

 人間が築いた社会というシステム。結城にも嫌な記憶は多い。


「平和なくせに、自由なんてほとんどないんだもんなぁ。働かないって選択肢すらない。そのくせ楽な労働ってものは皆無だ。贅沢しないと生きていけない世界とは」


 簡単な労働で、少ない給料でもいい。

 ただ平穏にやっていきたかった。そうでもなければ、大きな刺激が欲しかった。

 革命、反乱、ストライキやボイコット、デモ活動。

 輝ける場所が欲しかった。安寧に生きるか、過激に活きるか……


「マスター、悪い癖が出ていますよ」

「えっ、あっ……そうだな、悪い」

「結城は妄想力が強すぎてどうしてもな」

「世話をかける……」

「いや、私はお前の世話を焼くのは大歓迎だがな。完璧超人相手ではこちらも困る」


 ユートピアに一言お礼をした後、パソコンの電源を落とす。


「さて、どうするか」


 まだ何も解決していない。

 今の自分に出来ることは、もっと彼らを知ることだ。

 では……次はどうする。


「とりあえず、海にでも行くか」





 たまにはアトランティスに旅行でもと、結城と銀風は南にある港町から船に乗り、アトランティスへ向かう。

 未だに古きよき木造船を使っているのは、ユートピアの使う船は機械が多くて複雑だからだ。


「俺はこっちの方が好きだ」


 少し前に、海戦で飽きるほど見たはずの海が懐かしく感じられる。

 一面が青であり、しかし異なる鮮やかさと色濃さで描かれる空海の景色は、やはり何時見ても美しいものだった。


「ところで、なんでついてきたんだ。チェリー」


 海原を眺める結城の肩に、小さな妖精が腰掛けていた。

 ピンク色の長い髪と、半透明な羽。ピクシーと呼ばれる種族の妖精だった。


「いいじゃない、たまには案内妖精として一緒にいても」

「まあ別に構わないけど」

「飲み物を買ってきたぞ」


 人間が全く居ない海。これはこれで落ち着く。

 そんなことを考えながら銀風から受け取ったココナッツドリンクを飲みながら海に目を向けた。

 すると水平線に何かが見えた。


「銀風、なんかあるぞ」

「どうした。異物混入か?」

「違う、海のほうだ。あれだよ、アレ」

「妄想で千里眼でも使ってみるか」


 結城と銀風が妄想し、その目に千里を見通す視力を得る。

 一方、チェリーは身を震わせた。


「この感じ……海魔の類かな」


 水平線で蠢く何かは、徐々にこちらに向かってきていた。


「あれは、馬?」

「じゃあ多分ケルピーよ。でも海にはいないはずだけど」

「なんか馬に魚人が乗ってる」

「それはサハギンね……ケルピーに騎乗するサハギンって、随分珍しい光景ね」

「結城、下がれ!」


 瞬き一つで視界が戻る。

 咄嗟に後ろに飛びのくと、何かが高速で目の前を横切った。


「しょ、触手か」


 少し驚いていると、乗組員の必死な声が響いた。


「く、クラーケンだ!」

「クラーケン、ようするにでかいタコやイカだな。海のモンスターはとにかくデカイサイズの奴がよくいる」


 銀風の冷静な解説をよそに、船の人員は皆一様に慌てふためいている。


「そういえば、海での襲撃はケルピーとサハギンの騎馬隊。巨大海魔が少数、そして……」


 巨大な船だった。

 しかしその姿はボロボロで、さながら。


「そして幽霊船の海賊髑髏かいぞくどくろ。なるほど、確かに組織立った行動だ」


 さて、一仕事か。そう思った瞬間、強烈な炸裂音が響き、クラーケンの触手が吹き飛んだ。

 火薬が炸裂したような無骨な爆発。見ると、船の進行方向から鋼鉄製の船が向かってきていた。


「あれはまさか、アトランティスから来たのか」

「そういえば、襲撃が行われるようになってから、航路を巡回しているらしい」

「銀風は情報を小出しにするんだな」

「結城はいっぺんに覚えられるような能力はないだろう?」

「はい、その通りです」


 アトランティスの戦艦にクラーケンの触手が絡みつく。

 だがそれも周囲を飛行するヘリの機銃が千切る。

 どれほどの力があるとしても、あれではクラーケンもじきに息絶えるだろう。

 そう思われた。瞬間、盛大に海面が弾けた。


 一隻の戦艦が巨大な口に挟まれた。

 巨大な牙はさすがの鋼鉄にも悲鳴を上げさせ、船隊を穿ちつつあった。


「観戦タイムは終了だ。いくぞ」

「結城は優しいな。ではお供しよう」


 結城と銀風は二人、海へと飛び出した。

 妄想の力が二人の足を海面に立たせる。


「あれは恐らくカリュブディス。食欲旺盛な海の魔物だ。擬人化したらさぞ性欲旺盛な美少女に……」

「分かった。が、今はとりあえずあれをなんとかしよう」


 一歩前に出ようとした瞬間、怖気が走った。


「やっぱり戻ろう。今すぐに」

「どうした結城、怖気づいたのか?」

「そうだ。ヤバイのが来るぞ」


 銀風は結城の目を見た。

 偽りではない。ただの恐怖でもない。圧倒的なイレギュラーを感知した、ということか。


「分かった」


 結城と銀風はひとっとびで船の上に戻った。そして振り返ると、そこには怖ろしい光景が拡がっていた。


 それは触手だった。

 しかし、クラーケンのような単純な触手ではない。

 おぞましい眼と、口のような部位がそこかしこに点在している、遥かに巨大な触手。


 それが蠢くたびに、水面が弾け、波が起こる。

 戦艦を咥えた口は大きく開き、雄叫びを上げる。

 どれほどの巨体があろうと、更に大きな力が締め上げられるカリュブディスは息絶える寸前だった。

 戦艦がその口から逃れた瞬間、触手が力を緩めたようだ。

 カリュブディスは沈むように姿を消した。

 逃げたのか、それとも引きずり込まれたのかは確かめようが無い。


「この魔力……結城、これローラの仕業よ」

「ローラ? ローレライ・アンジュか」


 久々に聞いたその名前。

 この世界で最強に近い存在の一人で、魔女だ。


「なるほど、あの気色の悪いのはローラが召喚した、というわけだ」


 ふと見ると、幽霊船やケルピーの騎馬隊はすでに撤退を始めていた。

 あんなものを見せられて、なお戦おうとするなら、それこそ余程の理想の持ち主だろう。


「ローラに礼を言わないとな」

「別に私たちだけでなんとかなったろうに」

「手間がかからないことはいいことだよ銀風」





 一旦、アトランティスに入国した二人と一匹。

 そもアトランティスは他国との交流を考慮された建造物ではない。

 入国するにも軍用のドックに入り、そこから民間居住区へと係員が案内をする。


「あの」

「居住区はこっちです」

「ローラ……ローレライ・アンジュはここに来てますかね」

「いや……貴方は?」

「結城です。周りはガンダーラの英雄と呼びます」


 すると作業員は急にかしこまった。


「す、すみませんでした。確か魔物退治の名目でこちらにいらっしゃるはずです」

「あっ、結城じゃんか」


 聞き覚えのある声に振り向くと、戦艦の上に蓮華がいた。隣にはローラもいる。


「どうしたんだよ。こんな時に観光か?」

「まあな。こんな時っていうのは、魔物のことを言ってるのか?」

「ああ、強い魔物と戦えると思ったんだけどな。全部ローラが持ってっちゃうからな」


 肉弾戦が得意の蓮華が海で活躍するのは難しいだろう。

 それこそ船にサハギンの部隊が乗り込んできた時くらいだろうが、そんな隙もなくローラの使役する海魔が活躍してしまう。先ほどのように。


「さて、どうするか」

「どうするって何がだ?」

「いや、あの魔物が元人間の理想人だって話があってな。人類を滅ぼすのが理想らしいんだ」

「ふむ……じゃあやっぱり退治じゃないか?」


 軽く言う蓮華。しかし結城としてはそう簡単にはいきたくない。


「とはいっても、奴らも成し遂げたい理想があるわけだしなぁ」

「なんだ結城、随分と余裕が出来たな」

「……どういう意味だ」

「自分の理想が叶うことが確定して安心したから、いろんなことに手を出そうとしてる、そんな感じがするぜ」

「まあ、そうだな。そうかもしれない」


 いや、事実そうだ。

 自分の理想は、物語を書き連ねていくことでいずれ完遂される。

 言い方に拘らなければ、暇つぶしに人の理想の世話を焼こうとしているのだ。


「いや、違うな」


 二言目に、結城はそれを否定した。


「俺はしたいことをしている。それだけだ。これまでも、そしてこれからも」

「へぇ、さすが理想を叶えられるようになった奴は強いな。最初の頃とは大違いだ」


 蓮華は感心したように頷く。

 嫌味を言うような性格ではないし、そんなことに無い頭を使う蓮華ではない。

 きっと純粋にそう思っているのだろう。


「それでもどうすればいいのか分からなかったらな、一旦常識を取っ払うのがいいぜ」

「というと?」

「無理とか無茶とか無謀とか無鉄砲とか無計画とか、そういうのを気にしないで、思いついたことをとりあえずやってみる。これだ」


 なるほど、と結城は思う。

 その自由さ、身軽さは羨ましさを覚えるほどだった。

 蓮華に習って、結城もこの先どうするかを考えてみる。

 するとローラが相変わらずのオドオドとした言い方で私見を述べる。


「えっと、私の推測なんですけど、あの幽霊船が指揮をしているような気がします」

「となると、やはり……これしかないな」


 結城は自分の中にある妄想の一つを実行に移すことにした。





 幽霊船を探すため、結城は妄想で船を創り出し、航海に出た。


「幽霊船か。確か幽霊船の大元は……これだ」


 手元の資料で幽霊船の項目を探し当てる銀風。


「幽霊というよりは不死身になってしまった、というのが正しいようだが、今回は普通に幽霊が相手だろう。ゴーストタイプだな」


 ゴースト。物理攻撃は効かない印象だが、理想が絡めば恐らくなんでも通用するだろう。

 理想さえあれば、輪ゴム鉄砲で岩を穿つ。それがこの世界の理だ。


「幽霊船の女海賊。捕まったら……ふふっ、中々にやらしい拷問をしてくるに違いない」

「さて、何時までかかるか」


 二人と一匹が乗る真っ白な小型船は機嫌よくモーター恩を響かせて海原を進んでいた。

 そして幽霊船は思いのほか早く見つかった。

 幽霊船のくせに青天の下、その朽ち果てた船体を露にしている。

 暗雲どころか嵐も無い。


「それじゃあ、突っ込むかな」


 結城は更に船を加速させる。


「えっ、このまま!?」

「ふふっ、いいぞ。女幽霊海賊のハーレムを築く。これも悪くない」


 間も無く、幽霊船の横っ腹に、大穴が開いた。

 まさか向こうから急襲を受けるなんて思わなかったのか、すぐに船長と出くわす。


「お、お前らなんてことを……」

「本当に女海賊とは」

「ふふ、やはりな。そんな気がしていた」

「お前ら、一体何が目的だ……」

「人類を憎む。その理想をどうにかしに来た」


 そして結城は陸地で起きたことを説明する。

 話を終える頃には、集まってきた海賊たちは変人を見るような目でこちらを見ていた。


「お前、お人好しが過ぎないか。よくそんなん生きていられるな」

「自分でも不思議なくらいだ。で、あんたらも人類を滅ぼしたいとかいう感じなのか」

「ちょっと違うな。私らは人間が苦しんでいる姿を楽しみたいだけだ」


 また酷く悪趣味な……いや、人のことは言えないと結城は自省する。




 大穴を開けたのはものの数秒で直せたので許してもらい、話を聞くことにした。


「ったく余計なことしやがって。女性の社会進出なんて馬鹿らしい……なんで好き好んで働こうとするんだあいつら頭おかしいんじゃないか?」


 彼女らは夢見る乙女だった。

 それこそ白馬の王子様でも、愛しのロミオでも何でも良かった。

 そんな乙女であったが、やはり現実は非情であった。

 ラブロマンスも、愛の逃避行もありはしない。平々凡々の人生に嫌気が差し、グレたこともあった。

 それでも生活するには金が要る。

 そこらへんの男に体を売るなんて夢見る乙女のすることではない。

 だからこそ労働するしかなかった。


 陸地のキュクロプスと似ているが、異なっている理想の根源。

 一生懸命努力して実らなかった男と、夢を諦められず、現実を生かされた女。


「ほら、お前もどうだ」

「あ、いえ、お酒は結構です」


 いざというときに妄想が鈍っては困るので、結城は差し出された酒を遠慮する。


「でも気持ちは分かる。俺も労働は大嫌いだ」

「男でそれはどうかと思うけどな」


 結城は勝手に動きそうになる体をぐっと堪えた。


「まあいいや。とにかく私は労働だの社会進出だの馬鹿げたことをしてくれた現実って奴がひたすらに憎かったってだけの話さ」

「つまり、夢見がちな乙女がその夢を諦めきれないがためにこの世界に来れた。そして今までの憂さ晴らしということで、人間に危害を加えているということか」

「まあ、そういうこったな」


 船長は酒の入った器を空にした。


「それで、結局あんたらの理想はなんなんだ」

「そりゃお前さん、素敵な旦那を捕まえて結婚して、素敵な海賊ライフを満喫するんだよ」

「幽霊なのに?」

「そのために何回か船を襲撃してるんだよ。いい男探しと人間の苦しむ姿を見るのが同時に出来る。まさに一挙両得って奴だ」


 なるほど、と結城は納得する。

 しかし、これなら別になんということもない。

 この海賊らは組織に雇われているだけだった。

 報酬も貰えるし略奪したお宝は自分らのものに出来るので、美味い話が転がってきたというところだろう。

 とはいえ、人類を滅ぼすという理想をどうにかしなければならない結城たちにとっては無駄足になってしまったが。


「ところであんた、よくよく見たらいい男だな」

「えっ、なに?」


 ふと気付くと、周囲の女海賊らの視線が集中しているのに気付いた。


「単騎でここまで突っ込むその度胸も魅力的だ。なあお前さん、良ければここで一緒に……」

「もう一つ質問いいか」


 幽霊の仲間入りをさせられる前に、情報を収集して早々に立ち去ることにした。


「なんだい」

「あのサハギンやケルピー、カリュブディスはどうなんだ」

「ああ、確かにあいつらは人類を滅亡させるだとかなんとか言ってたな。組織が兵隊を貸してくれるんだよ」


 まるで傭兵のようなことをする、と結城は感想を抱いた。

 聞くべきことは全て聞いた。結城はすくっと立ち上がる


「銀風」

「ああ、私の大事な結城の貞操の危機だからな。のんびりはしてられない」

「ヤロウ共! 色男を捕まえな!」


 船には再び大穴が開くことになったが、二人と一匹はなんとか脱出に成功したのであった。





 脱出した二人はアトランティスへと戻る。

 都会的な居住区。大通りに面した喫茶店で休憩していた。

 そして情報を整理する。


「どうやら人間に危害を加えるのは憂さ晴らしが理由という輩もいるようだな」


 人間を滅ぼしたいからモンスターになるというわけではないらしい。

 単純に人間が嫌いだからモンスターとなり、人間に危害を加えることがある。


「これは有益な情報だな」


 と銀風が興奮気味に言う。


「ああいうのならば絶好のチャンスだ。人間の精力を糧に生きる、モンスターの新しい一面を」


 確かに、ああいうタイプのモンスターならそれも可能かもしれない。それが例え理想を抱く元人間だったとしても。


「でも問題は解決してない」


 人を滅ぼすタイプの理想については、解決の手がかりすらつかめていない。

 生半可なことでは理想というのは変えられないし、満たせられない。

 それは自分自身が一番よく分かっている。


「結城、やはりそういう相手とは分かり合えない。倒すしかないだろう」

「銀風、でも俺は……」

「お前の気持ちも分かる。その優しさこそが誰にも持ち得ないオリジナル。魅力の一つではある。だがお前にもお前の守るべきものがあるはずだ。それを危険に晒すわけにもいかないだろう」


 その通りであった。

 それに、どうしても譲れないという理想であるならば、真っ向から迎え撃つのが、最大限の礼儀なのかもしれない。

 だが、もう少し考えたい。


「いや、諦めるにはまだ早い」

「ふむ、やはりお前は往生際の悪い男だな。その諦めの悪さが私たちを巡り会わせた」


 そして結城は熟考する。

 彼らが憎む現実、社会、そして人間。

 自分も彼ら並には嫌っていたが、憎むことより、自分の理想の仲間を妄想するほうが楽しかった。

 彼らはそれすらできず、ただ憎むことだけを貫いてきたのだろう。

 純粋にして強力な殺意だ。


「人間の罪深さ、業の深さ……」


 自分には彼らが、銀風たちがいる。

 だが彼らにはそう思える人間はいないのだ。誰一人として、味方ではない。


「苦戦してるみたいだね、結城」


 ふと横を見ると、そこには懐かしいライバルの姿があった。


「ああ、久しぶり。安全無欠」

「戦争が終わってからどこに身を隠したのかと思ったら、まさかこんなところにいるなんて。どうして何も言ってくれなかったんだ? 表彰式に出るべきは僕ではなく君のはずなのに」

「俺はいいんだよ。俺は」


 結城は自分が理想を叶えられるようになったことをあまり公言しないで居た。少なくとも、自分に身近な人間にだけ伝えている。


「ところでクロードは何をしてるんだ?」

「蓮華と同じさ。僕も魔物退治でね」

「そうか、あんたもか」

「君は、彼らを救おうと考えているんだね」


 恐らく蓮華から聞いたのであろう。

 結城はコーヒーをチマチマ飲む。


「まあな」

「それで、方法が見つからないと」

「……まあそうだな」

「ふふっ、君は存外に鈍いんだね」

「なんだ、どういう意味だ?」


 首を傾げる結城に対し、クロードは自分の胸に手を当てる。


「この僕と理想を比べあった君が、小難しいことを考えて小細工を弄しているのが、傍からみると中々もどかしくて面白いんだ」

「お前ちょっと性格変わってないか」

「そうかな。君が僕を知らなかっただけだと思うよ。僕はもともとこういう性格だよ」


 プライベートを共にしたことはあまりない。確かに結城はクロードをそこまで知っていない。


「逆に、僕の理想に勝った君が、こんなことで悩んでいるのが、なんていうのか、癪というか」

「ほほう。なるほどな」


 言いたいことは良く分かった。

 つまり、理想と理想をぶつかり合わせることで分かることもあるということだろう。


「とはいっても、組織のボスがどこにいるかも分からない」

「うーん、確かそういうのは雑魚を飽きるほど潰せば自然と涌いてくるって、聞いたことがある」

「誰から?」

「リューテ」


 リューテはアマゾネスで、安全無欠の一味である。

 聞いたところによれば武においては達人クラスで、実戦ではほぼ負けなしという。


「そうだなぁ……真正面からぶち当たってみるか」


 クロードから助言を得て、結城は最後の舞台へと向かうことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ