61話目 人食いモンスター
かつて、一人の男が言った。
「人間は罪深い。償え切れぬ業を背負う、汚らわしき存在だ」
男は呪詛のように繰り返す。
「人間など滅んでしまえばいい。地震でも、隕石でも、ウイルスでもなんでもいい。この汚らわしい人類を滅ぼしてくれ」
一人の人間でありながら、人間を憎む。人間は言う。
「願わくば、人間を辞めたい。人間に捌きを、苦しみを……」
理想は彼の姿を変えた。
人ならざる者に姿を変えた。
或いは醜悪な小鬼に。
或いは悪逆な豚鬼へ。
或いは優美な怪鳥の。
或いは強力な悪鬼が。
人を憎む理想家。同じ人間を憎む、人外の心を持つ怪物の理想。
「結城、事件だ」
銀風がもはや何の前触れもなく部屋に現れるようになってから、大体二週間が過ぎた。
性魔図鑑は順調に作成されていった。
時にはユートピアに無理を言って、データベースを公開してもらいながら、ついに図鑑は一応の完成を見た。
あとは何度かテストをして状況を確かめてから増やしていこう、というところまで来た。
ところが、此処に来てトラブルが発生したらしい。今日の銀風には余裕がなかった。
「モンスターが積極的に人を襲い始めている。しかも理想を行動原理にして、だ」
「理想を?」
理想を行動原理として人間を捕食する。これではいかにパーヴァートの力といえど性魔へと変えることはできない。
理想がすべてであるこの世界で、理想に勝る力は存在しないのだ。
それは超常なる魔法すら超越する、干渉力でさえ例外ではない。
理想を持つ存在そのものを変質させることは、この世界の法理に真っ向からぶつかり合うことになるからだ。
もしそれをするのだとすれば、この世界を創り上げた理想人、つまりあの神父姿の男を倒すでもしなければならない。
「このままではモンスターの心象は最悪だ。たとえ女体化しても意味が無い!」
「落ち着け銀風。一旦状況を整理しよう……レイラン、とりあえずお茶を出してあげてくれるか?」
「仰せのままに」
レイランがいつもの落ち着いた静かな動作で、今日は紅茶が持て成された。
すっかり従者、言うなればメイドが板についてしまっているが、未だに剣の鍛錬は欠かさない。
結城もよく剣戟を交し合うが、一度も勝てたことはない。
レイランでもユートピアに難なく勝利できたのではなかろうかと、自分の成し遂げたことに少々の不安を抱くほどである。
「あれはマスターにしか倒せませんでした。いえ、マスターの理想でなければ、仮想の本体には攻撃は通じなかったでしょう」
理屈は分からないが、そういうことらしい。
とりあえず今は銀風の話をまとめることになる。
「二日前から、旅行者がよくモンスターに襲われることが多くなった」
アルカディアとユートピアはもはや互いに旅行で行き来できるほどに親密な関係になっていた。
貿易もはかどり、互いに自分の特徴を失わずに、相手の特徴を取り入れている。
最近増えてきた灯の強い街頭もその賜物である。
さてアルカディアとユートピアを行き来するのには三つの方法がある。
一つは空を飛ぶこと。
アルカディアの飛空艇はもちろん、ユートピアの旅客機、個人所有のワイバーンや小型ジェット機などで行き来する者もいる。
もう一つは海。
アトランティスは傭兵の拠点となり、一つの国としてなりたっている。
保有する大量の船舶のなかで輸送船や豪華客船などで人や物資を運ぶ。
傭兵の国でありながら、運送業をやっているのは戦争がなくなった影響だろう。
残る一つが陸。
最近では道路整備がなされ、長距離バスで国と国を行き来している。
大体の人間は往復するバスで箱詰めにされるが、金持ちは大きな馬車や土竜でゆったりと旅行する。
ユートピアは近々鉄道を作る予定らしい。
「旅客機や飛空艇は腕が翼の鳥女が率いる鳥類のモンスターに襲われたと言うし、海では連携の取れたサハギン部隊に襲撃を受けたようだ。陸路なんて亜人族で通行止めらしいぞ」
「えっ、割と大問題では」
「割とではない。超問題だ。これでは計画が……」
「すべてのモンスターが理想人ってことはないんだな?」
「ああ、人を襲う奴らはなんだろうな、凶暴な種族であることが多い。その中でも目が違う。執念に近い何かがある」
執念。それを抱くような理想は、結城にもある。
決して譲れないところ。何者からの妨害も許さず、護り切り、貫き通す。
「意地と呼ぶには、あまりに重い……」
「結城?」
「いや、なんでもない。とはいえ、こればっかりは」
理想が絡む以上、無闇にそれを阻むわけにもいかない。
銀風の行動も理想から来たものではない。
「とりあえず、どうしようもない。人の理想を無闇に邪魔するなんてのは、俺には出来ない」
「むぅ、お前ならそう言うとは思っていたが……」
「なにやら面白そうな話をしていらっしゃいますわね、お二方」
扉が開け放たれ、一人の少女が部屋に踏み入る。
パーヴァート・魅惑の新月。
「人を襲うモンスター。それが元人間かもしれない。そして行動原理が理想……気になりませんこと?」
「何が言いたい、新月」
「心当たり、無いことはないでしょう。結城」
心の内を突かれ、結城は茶を飲んで誤魔化す。
あの無味乾燥な現実で、心が荒まないわけがない。
自分は聖人君子ではない。ただの妄想人なのだと。
せめて自らの妄想に誠実であろうとした彼は、潔癖な彼は、人一倍に人間を恐れ、敵視していた。
様子に気付いた銀風が新月を睨んだ。
「お前、そんな喉に魚の小骨を突き刺すような真似を」
「分かった。行こう」
「おい結城、奴の言葉を気にすることはないぞ」
「いや、いい。もう目に付いてしまった。放っては置けない」
新月の含み笑いと、銀風の溜息。レイランは無言のままに控えている。
「では、行きますかね」
「ああ、事件は現場で起こってるというし」
そう言いつつ、銀風はその目を細めた。
「貴様……」
「そう睨まないでくださいな。今回は譲りますわ。思う存分楽しみなさいな」
「……お前、何を考えているんだ?」
「さぁ、ただの乙女の気紛れかもしれませんわね」
新月は優雅に身を翻し、部屋を去っていく。
「それじゃレイラン、行って来る」
「マスター」
席を立つと、レイランが引き止めた。
「んっ?」
「人が何かを判断する時、何かしらの迷いを抱くでしょう。きっとマスターも……」
「ふむ」
「マスターはお優しい方ですから、正義や良心、もしかしたら、相手に同情してしまい、刃が鈍るということも」
「め、面目ない。頼りないマスターで」
「いえ、優しさは強さです。私はマスターのお優しさを誇りに思います」
べた褒めである。
腐りかけの豆腐のようなメンタルである結城には丁度よいと、銀風は思った。
「その強さを貫き通す力があること、どうかお忘れなきよう」
「強さを貫く力って、逆じゃないか? 力があるから強いんじゃないのか」
「強さは心に宿り、力は行動に宿ります。あなたはユートピアという理想を飲み干しました。その意味するところをお考えになってください。きっと迷いが晴れるはずです」
あの時と同じだった。
能力が使えなくなり、桃源郷へ行った時も、レイランは結城に言葉を与えた。
そのおかげで、今の自分があること、心に沁みた。
言葉の意味はまだ分からず、理解は出来ていない。実感もない。
ただ、きっとまたこの言葉に救われるのだろうと予感した。
「ありがとう、レイラン。行って来る」
あまり表情を表に出さないレイラン。
きっと銀風にも、見えていたとしても僅かに口元が緩んだ程度だろう。
だが、結城にだけ分かるその優しい微笑が、たまらなく魅力的だった。
「はい、マスター。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
結城は銀風と共に行く。
見送るレイランは、いつものように食器を片付け始めた。
その手つきは、僅かに弾んでいた。
まずは陸路のほうを調べることにした。
結城と銀風はバスに乗る。
「そう時間はかからない。すぐに遭遇するだろう」
「RPGだと乗り物に乗ってたら大抵エンカウントしないんだがなぁ。やはり現実は甘くないか」
突然、バスが急ブレーキをかけた。
「来たか!」
「行くぞ結城!」
結城と銀風はバスの昇降口をすり抜けて前方を見る。
背後の山脈の風景を削り取る巨体が三つ。
中央には濃い茶色の体毛に覆われた、牛の頭部を持つ巨人、ミノタウロス。理性はあまりなく、動物らしくただひたすらに怪力だという。
右翼には巨大な武器を持つ一つ目の巨人、キュクロプス。人食いを好む凶悪な性格、鍛冶が得意という。その手には恐らく自作であろう大剣がある。
左翼には醜悪な顔と剛毛に覆われた巨躯のトロール。その体はいくら傷つけてもたちまち再生する能力があるという。残虐性は三体の中でももっとも高い。
そして、その足元に群れを成すゴブリンやコボルト、オーク。
普通なら絶望的とも思える光景。
バスの乗員も怯える中、外に出た結城と銀風。
「これは……女体化させたらさぞ気持ちの良いことになりそうだ」
と感想を漏らすのは銀風だった。
「とりあえず話を聞きたいところだが……」
「結城、乙女を脅かす悪漢が創から交渉できる存在だと思うか?」
「だよなぁ……」
「数を減らそう。なに、人を脅かす輩だ。軍人や傭兵と同じく、命を散らす覚悟くらいあるだろうさ」
それに、と銀風は敵を見る。
「もう来るぞ」
ゴブリンが戦列を組んで迫る。
「仕方ないか……妄想顕現」
この大量のモンスターをいちいち相手にするのは面倒だったので、一気に相手を倒せる大きな存在を創りだす。
それは自ら生み出したオリジナル。
巨人をも越える巨躯。それは世界すら覆う魔神のよう。
「来い、<無量大数>」
結城の背後に、その上半身だけが顕現する。
その上半身だけでも3体の亜人族を容易に掴めるような規模。
それでいて肉体は鋼鉄のワイヤーを編んだかのような頑強さと力強さを思わせる。
「っ、ッ!?」
圧倒的な戦力差を見せ付けられ、小柄のモンスターは一目散に逃げ出す。
それでよい。自分の理想を第一に思うなら、逃げることも必要だ。
ただし、強い理想を持つ者の中には、必ず命を賭す者がいる。
それがあの亜人だ。その姿は、その理想を叶えるための強い姿を得るためのモノだからだ。
しかし、集団のほとんどは散った。後は適当に戦闘不能にまで陥らせられれば、会話の余地も生まれるだろうと考えた。
「銀風、頼む。ゼロじゃ加減が出来なくてな」
「任せろ!」
銀風は駆け出す。
残存するオークの集団に向かう。
「フゴゴォッ!」
やや背丈が高く、恰好もがっしりとした存在が棍棒を振るう。
しかし銀風は風に舞う花弁のように、ひらりとかわす。
「ふむ、なるほど。こうして間近で見るとまた印象が違うな。言うほど豚面というわけでもない」
少々顔が広く、皺の多い中年男性のようだった。
別方向から来る棍棒も軽やかに跳んで回避する。
ふと銀風は思いつき、少し干渉力で言語を弄る。
「あっ、そうだ……君らは童貞か?」
「フゴッ……こ、こちらの言語を理解できるのか!?」
「まあな。ふむ、オークという割にはイカくさくない」
「な、何言ってやがるんだこの女!?」
「なんということはない。童貞なら痛い思いをさせるのはさすがに不憫だ。多少の天国は見せてやろうと思ってな」
色気ある微笑で、自らの指を舐めた。
「……フゴッ」
「なるほど、通りでくさなくないわけだ」
「うるせぇッ! ならここにいる全員、お前で卒業してやるわ!」
「おっと、それは駄目だな」
銀風は飛び退り距離を取る。
右手に纏う風。大きく振りかぶり、突き刺すような動作を繰り出す。
不可視の疾風、干渉力が貫くは、股座。
「フゴォオオッ!?」
体中に電流が走ったかのように硬直したかと思うと、内股のまま前のめりに倒れた。
「彩の銀風、その性技に曇りなし」
銀風は瞬時にしゃがむ。
頭上で棍棒と棍棒がぶつかり合う。
耳を打つ音、意にも介さず、腕をクロスさせて左右に手を向ける。
握った状態から人差し指を弾き出す。
「ゴッ……」
左右のオークもまた跪いて倒れる。
銀風は重なるオークの上に立っていた。
銀髪の少女。その性技は彩るように、流れる風の如きあざやかな手際。
彼の者はパーヴァート・彩の銀風。
「逝かされたい奴は並べ」
オークは恐怖した。
弱小な人間が武器も持たず、しかしモンスターを指一本で打倒している。
加えてあの巨大な存在。
どう見ても勝てる要素が無い。
しかし……倒れているオークは三体ともが至上の極楽を味わったかのような表情で涎を垂れ流していた。
「来ないなら、私の質問に答えてもら……っ!?」
咄嗟にオークの小山から跳んだ。
次の瞬間、三体のオークは彼らよりも大きい岩に潰された。
「こいつ……話を聞く気は毛頭ないって感じだな」
岩を投げたのはミノタウロスだった。
「おおかた、血の気の多い奴だったんだろうな。元は」
言っているそばからミノタウロスはその巨躯で駆け出す。
「銀風!」
結城はその名を呼ぶと共に、銀風の横に辿り着いた。
「結城、構うな! ここは私に……」
「妄想顕現、<風精気霊>」
そよ風が集い、結城の眼前に純白の少女が姿を現す。
純白の髪、潔白の白服、透明なビー玉のような瞳。
その中では紋様のようなものがくるくると回っている。
「呼んだの?」
微笑みながら首を傾げる少女に、結城は頷く。
「ああ、ディア。一つ頼む」
「うん、アレでいいんだよね?」
ディアと呼ばれた白の精霊は、猛進するミノタウロスに体を向けた。
「じゃあ、飛ばすよ!」
元気よく言うディアは水を両手で掬うような動作をしてみせる。
すると大量の風がミノタウロスへと集う。
「そぉれっ!」
すくった水を真上へ投げるように動くと、集まった風が巨大な竜巻となる。
ミノタウロスの巨体が、軽々と上空へ舞った。
「せーのっ……」
上げた両手を組む。ミノタウロスの更に上、風が圧縮される。
「ほいっ!」
振り下ろされる腕と共に、空気の塊はミノタウロスを落とす。
地面に叩き落された巨躯、響き渡る轟音と衝撃。そして舞い上がる風と土煙。
「やった!やったよ結城!褒めて!」
「ああ、偉い偉い。よくやったディア」
「えへへ……あれ、そういえばチェリーは?」
ディアは結城の創りだした風の精霊。細かく言えば大気の精霊である。
ゆえに妖精のチェリーとは意気投合していた。
主に褒められることに対して喜びを感じるあたりがよく似ていた。
「グオッ、オオッ……」
「なっ、あれでまだ動けるのか?」
よほどの執念か、ミノタウロスは小刻みに震えながらも、起き上がろうともがいていた。
「よくやる。それほどの理想、ちょっと気になってきたな」
「結城、ノって来たな」
「ディアは戻ってくれ」
「はーい、またねー」
ディアは強い突風と共に白い光の塵となって霧散した。
「残るは二体か」
見れば、ミノタウロスが戦闘不能に陥ったことで完全に戦意を喪失したらしい。
オークは一匹も残っていなかった。
キュクロプスとトロール。二体の巨人がにじり寄る。
「まったくお前という奴は、私一人で十分だというのに」
「そう言うなよ。俺だってお前に背中を預けてもらいたいんだ」
「なんということだ。お前にそこまで想ってもらえているだなんて……濡れるな」
頬を赤らめながら横目で結城を見る。
「濡れなくていい。で、どうする」
キュクロプスの持つ武器は恐らく自作。特殊な能力が宿っていても不思議ではない。
そしてトロールは尋常ならざる再生能力を持っている。多少の攻撃ではびくともしないが、やりすぎて死なせてしまったら聞き込みが出来ない。
「難しいな……」
「相変わらず慎重すぎるぞ結城。妄想は前向きに。案ずるより生むが易し、だ。行くぞ!」
結城と銀風は共にキュクロプスに向かう。
キュクロプスは応じて武器を振り上げると、武器から稲妻が発生する。
結城はそれに真っ向から挑み、跳び上がる。
「レイラン流剣術……」
結城の右手に剣が出現する。腰を捻り、身を絞る。
ただ単純に、真横に振るう一閃。
「斬鉄剣」
奔る刃、散る火花。
そして両断される大剣。
「ガッ!?」
驚くキュクロプス。着地する結城。
銀風は分断された刃を掴み、跳び上がる。
「隻眼、貰い受けるッ!」
銀風は手にした刃を軽々と振りかぶり、キュクロプスの一つ目にぶん投げた。
キュクロプスは唯一の目を潰され、断末魔と共に倒れこむ。
続いてトロール。が、すでに戦意を喪失しているらしく、背を向けて逃げていた。
「……ふむ」
結城はおもむろに掌をかざす。
「妄想顕現、淫魔王ベルゼビュート」
結城の掌の上に、拳大の蠅が現れた。
思わず銀風が声を上げて後ずさる。
「うわ」
蠅はブブブ……と羽音を立てている。
「ベルゼビュート、あの巨人に卵を産み付けてくれ。居場所が探知できる奴」
結城は言うが、蠅は動かなかった。
「ベルゼビュート」
ただ羽音を立てて、どこを見ているか分からない大きな眼を持つ顔を、こちらに向けていた。
「ベルゼビュートさん」
丁寧に言っても、蠅は沈黙するばかり。いい加減、巨人を見失ってしまう。
「ベル」
「はい! 主人」
そこからは迅速であった。
手に不気味な震動を残しながら飛び立ち、一直線にトロールに向かう。
ものの数秒で追いついたベルは、トロールの背に卵を産みつけて戻ってくる。
「結城、中々趣味が広いな。私もさすがにくじけそうだ」
「別に虫に興奮するわけじゃない。あれはベルゼビュートの形態の一つだ。淫魔だし」
ローラの知り合いで人肉加工会社にもベルゼという悪魔がいる。
しかしこちらは純粋に結城の妄想によって生み出された淫魔である。
かつてビヨンデッタという少女となり、一人の男と交際した悪魔。
悪魔界でも高名な悪魔。きっと博識で性技にも長けていたに違いない。
そんな妄想から創りだした存在である。
「彼女は自分への愛を確かめたいが為に、あえて自ら醜悪な姿で現れるが、応えてやれば……」
「アイ・ラブ・マイサタ~ン!」
拳大の蠅が飛びかかってくるかと思えば、眩い光と共に短い黒髪の乙女に姿を変えて抱きついてきた。
「ご無沙汰でございます!私の主!」
「あははっ、相変わらずだなぁ。なんで変身すると毎度全裸なのかなぁお前は」
「それは限られた時間のなかで、マイサタンの御身を極限まで感じ取りたいからでございますよ。マイサタン」
「ふふっ、この寂しがり屋め」
「飼い犬は飼い主に似ると言いますからなぁ。ところでマイサタン。こちらのやけに銀色の銀バエは誰です?」
「ぎ、銀……」
珍しいキャラ付けに圧倒されている銀風はもう一歩後ずさった。
「前に話した相棒だよ。彩の銀風」
「ほほう、彼女があの……初めまして銀風。私はベルゼビュート。ベルゼビュートさんと呼びなさい」
「ほう、ということは、ベルというのはやはり主にのみ許された愛称というわけだ」
「話の早い奴だ。なるほどマイサタンの相棒というわけだ」
互いが互いを品定めするように、ねぶるように隅々まで見渡す。
ベルゼビュートはまさしくやんちゃな恋乙女というふうで、取り立てて特徴的な身体的特徴はない。
ただ、四肢のあらゆる部分が魔性の魅力を持つ完璧さを誇っていた。
胸の膨らみはパンパンに張った果実のようで、しかし抱きつくことで未知の柔らかさと感触を思わせる潰れ方をしている。
全く日に焼けていない白玉の肌は蛇の皮のように滑らかであった。
頬や指先、およそ肉のある部位はナメクジのような伸縮性と弾力を魅せ、その身で体をなぞられる妄想を駆り立てる。
「じゃあベル、また」
「えぇ? もう終わりですか……」
「あんまり贔屓するとお前が他のに狙われるぞ」
「私は別にそれでもいいんですけどね。まあマイサタンのお気遣い、無駄にするわけにはいきませんな。それではマイサタン、またご贔屓に!」
ベルゼビュートの体が像のように揺らめき、幻のように消失する。
「他に、となると、ああいうのがまだいるのか」
「ああ。七つの大罪とかけて七人いる。色欲、情欲、性欲、淫欲、肉欲、愛欲、獣欲」
「パーヴァートらしいといえば、らしいな」
そのすべてが性に関することであった。
「ちなみにさっきのが<愛欲のベルゼビュート>」
「ベルゼビュート。そこらのパーヴァートではまるで比較にならないレベルだったぞ」
深層心理に眠る結城のパーヴァートとしての才覚。
底知れぬ広大な空を思わせる。
「まあ、それはまた次の機会に話すとして、今はこっちだ」
結城が見ると、未だに痛みに呻き声を上げるキュクロプスがいた。
銀風は巨体に歩み寄る。
「その目ではもはや理想も叶えられまい」
「ゴォォオオアアア!!ギザマァァアアアア!!」
煮えくり返った腹の底から響いてくる怨嗟の声。
あまりの気迫に結城は身を竦ませた。
「相変わらず臆病だな。そこもいい……さてキュクロプス。お前の眼を治してやろう」
「ナ、ナニ……?」
「私がお前の眼を治す。代わりに情報を貰うぞ」
「ワ、ワガッダ!ハヤグナオゼ!!」
「せっかちな奴だ。さて、どんな事情が出てくることやら」




