60話目 協会の長
散々読みふけってしまった。外に出ると、日が暮れつつあった。
しかし夕飯というには少し早い。
「逢魔が刻、そろそろ仕事の時間だな」
人々が行き交うこの時間帯。変質者が出やすい環境であった。
「まずは探索だ。パーヴァートなら性衝動の昂ぶりで必ず反応を掴めるはずだ」
「そういえば、まだ闇のパーヴァートについての情報を何も聞いてなかった気がする」
「ふふ、今更か」
結城はえっ、と銀風を見た。
どうにも小馬鹿にした表情で銀風は見返していた。
「やはり結城はからかい甲斐があるな」
「……帰る。お前の小説創れなくて残念だ。それじゃあまた」
割と本気で頭にきた結城は踵を返す。
「あっ、いや、待て待て! 冗談だ、ほんの冗談!」
「冗談だよ。ほら、さっさと情報を開示してくれ」
「くっ……」
銀風は少し悔しそうにしたあと、気を取り直して語り始めた。
「典型的なパターンだ。パーヴァートの能力を使った、いわゆる強姦だな。幸い、被害者は堕とされてはいないから、そういうタイプではないだろうが」
闇のパーヴァートと一口に言っても、やはり性的嗜好によって様々なバリエーションがある。
その中でも最悪なのは快楽の底なし沼に堕とし込むタイプだ。
彼らは協会と対になる集団を組織し、闇のパーヴァートを統率、性の自由を理想に掲げて暗躍している。
と、そこで結城は気付く。
「待った。理想ってことはまさか、いやまさか」
「……あり得ないということはないかもしれない」
結城は複雑な心境だった。
きっとその源は、自分の妄想の一つだろう。
この理想世界がありとあらゆる理想を持つ者を招くならば、自分が抱いた妄想の世界もきっと招かれる。
それが意味するところは、結城の妄想はこの世界に災厄すらもたらすかもしれないという可能性だ。
「結城」
銀風が強い口調で呼んだ。
「あまり深く考えるな。妄想なら自分が楽しめることだけにするんだ」
「ああ、悪い。ありがとう」
妄想はデリケートだ。執着できる何かがなければすぐにひっくり返る。
被害妄想をはじめとし、多くの不安が妄想の強さゆえに心を蝕んでいく。
現実よりも精巧な妄想、誇大される恐怖と増大する不安。
未来という無限の可能性に、際限のない戦慄が迫る。
「こらっ!」
結城の頭が両手で押さえられ、銀風のほうを向く。
「私を見ろ」
「ぎ、銀風?」
「恐怖に目を奪われるくらいなら、私に見惚れろ」
青と金の綺麗な瞳。
艶やかな白銀の髪。
柔らかさが見て分かる口元。
滑らかな頬は思わず撫でてしまいそうなほどに美しい。
真剣な眼差しは、まるで自分の全てを認めてくれているような安心感を与えてくれる。
銀風という乙女から、目が離せない。
「私を見ているな、結城」
「あっ、ああ……見える。見てる」
「それでいい。お前は自分の見たいものだけを見ていればいい。私が憧れた結城というパーヴァートは、そういう男だ」
ただひたすらに、自らが空に想い描く世界を見ていた。
夢に見る程の想いで求めていた。
それが絵空事だと、夢物語だと、独りよがりだとしても。
それに夢中になった。それだけが幸せで……
結城は呟いた。
「現実を見るな、現を抜かせ。我すら忘れて無我夢中。実現させる我が妄想」
そして誰より深くのめり込むだろう。
誰もが高みを目指す頃、独り深く。
「お前の他者を意に介さず、ただ独り、自らの妄想を追い求める姿に、私は胸をうたれたんだ」
「銀風、もう大丈夫だ」
「……そうか」
銀風は少し残念そうな表情で結城の頭から手を離した。
「私はもう少しこうしていたかったのだが」
「支えてくれた礼なら、やることやった後に好きなだけするから」
「おっ、気前がいいな」
「ここまで来て無様を見せた詫びの意味も込めた」
「ふむ……お前はもう少し私に頼っていいんだぞ? 独りで全方位警戒してたら疲れるだろう。背中くらい私に預けろ」
あまりに頼もしい言葉に、結城の心はぐらついた。
「お前、時々とんでもないこと言うよな」
「変なことを言ったつもりはないのだが……」
「褒めてるんだよ」
その時、心がざわめいた。
パーヴァートの干渉力を感じ取ったのだ。
「銀風、お出ましのようだ」
「まだ事は起こってなさそうだ。慎重に行くぞ、結城」
二人はほぼ沈みかかっている日に背を向けて、街道を駆け出した。
単純な強姦をするだけのパーヴァート。
大方、嫌がる女性を強引に襲うのが好きなのだろう。
他人に害を及ぼすタイプの性的嗜好を持ってしまったパーヴァートは、本当に不幸だと想う。
その欲求はあまりに強く、そしてそれを実現させる力を持ってしまった。
「上手くすれば俺みたいに妄想で生み出せるんだが」
「言っておくが、妄想で生物を、人間一人を作り出すなんて、パーヴァートといえども至難の技だぞ」
それこそ結城ほど妄想に価値を置いていなければ、出来上がるのはただの人形だ。
嫌がる感情表現も乏しいのでは欲求は満たされない。
「銀風は出来ないんだっけ?」
「私は出来る。毎夜、妄想のお前に相手してもらってる」
「俺はお前のそういうところ、結構尊敬してる」
「お前だから話すんだ。私はお前一筋だからな。さて、どこにいるのやら」
一人の男の視線が、薄暗い夜道の少女を闇から見ていた。
「ぐふ、ぐふふ……っと、いけない」
いつもと同じように、男は少女に干渉力を向ける。
荒削りな妄想ながらも、常人を縛るには十分だった。
少女は突然動かなくなった自分の体に驚き、恐怖している。
その感情も男は読み取り、恍惚に浸りながら影から姿を現す。
少女の背後から迫ると、少女は見えない誰かの存在を見えずとも感じ、その舐るようなゆっくりとした足音に強烈な恐怖心を抱く。
やがてすぐ後ろで足音は止まった。
ゆっくりと伸びてくる手を、少女は気づくことも出来ない。
不意に触れた感触に、少女の体はビクンと跳ねた。
それでも、それ以上に動くことは出来ない。
両肩を撫でられ、二の腕、肘と下りて、手まで伸びる。
気味の悪い生暖かさと、怖気が走る吐息が首筋にかかる。
「た、たす……」
恐怖なのか、体が動かないのと同じか、声も思うように出せない。
「ああ、いい声だ……もう少ししたら思う存分鳴かせてあげるからね?」
「泣きを見るのは貴様の方だぞ、下郎」
少女の背後、男の更に背後から、女性の声がした。
咄嗟に振り返る男の眼前には、視界を覆う掌があった。
「なっ、なんっ……あが、いだだだだぁぁあッ!?」
「汚い、唾を飛ばすな。結城、少女の方を頼む」
「ああ、銀風も油断するなよ」
銀風の手が男の視界を覆い隠し、指が頭蓋にめり込んでいく。
万力のような力で締め付けられ、両手で腕を掴むが、微動だにしない。
逃げようとするも、すでに強烈な力によって足が地面から離れていた。
「いだい! なんだ、なんだお前らは!?」
「貴様らのようなパーヴァートの出来損ないを駆除する者だ」
結城が少女を連れて離れたのを確認し、男を豪快に地面に叩き付けた。
「あがぁっ!」
痛みにもがく男を、銀風は見下ろす。
狙いを定めて足で腹部を踏みつけると、また鳴き声を上げた。
「ふぐっ……」
「さて、こっちの力は理解してもらえたな? 私の意思次第で、お前を腹から上下に分断出来る」
「ぐ、ぐるじっ」
「さて、事情聴取だ。お前がその能力に目覚めたのは何時だ。前世からか?」
「そうだ。おごぉ! そ、そうですぅ……」
「次の質問だ。お前は闇のパーヴァートの組織の者か?」
「ちがい、ますぅ」
「じゃあ好き勝手のやりたい放題が好きな野良ということか。なるほどな」
「た、たのむ、ゆるじで……」
「悪いがそれは出来ない。お前がパーヴァートに目覚めた時、別のパーヴァートが立ち会っているはずだ。その時に誓ったはずだ。この力を決して悪用しないと」
変態がパーヴァートとしての能力に目覚めるには、よほど強い嗜好や要因が無い限りは、他のパーヴァートの補助が必要になる。
他者を無闇に貪り、危害を加えないように誓わせることで、能力に目覚めさせる。
誓えないのであれば、能力に目覚めさせないように素質を摘み取っておく。
闇のパーヴァートに目をつけられる可能性があるからだ。
「痴漢や露出の類ならまだこちらとしても見逃せるが、常人が持たない干渉力を使った無理矢理な行為は禁じられている。知っていないとは言わせない」
「わ、悪かった! 反省する! 二度とこんなことは……」
「安心しろ、二度目はない」
一度罪を犯したパーヴァートに二度目はない。
干渉力というものは、そう軽々しく扱っていいものではない。
「お前がいかに反省しようが、被害者は一生トラウマに苦しめられるかもしれない。肉体の処女膜は治せたとしても、心の処女は取り戻せない」
故に、二度目は与えられない。もはや取り返しはつかない。
「愚かなことをしたな。ルックスも悪くはないだろうに、そんなに強引に襲うのが良かったのか」
「本物の悲鳴は、本当に襲わなければ聞けないんだ。あの恐怖に満ちた表情、震える声、必死に知恵を振り絞って、少ない言葉で許しを乞うんだ」
やめて、許して、助けて、と。
「あの絶望的な声で、なんでもしますから許してください、なんて言われた日にはそれはもう……」
「私も変態だ。人の性的嗜好について文句を言うつもりはない」
「じ、じゃあ!」
「だがお前の行為は許し難い」
不意に銀風の足が腹部から離れる。
次の瞬間、男の股座に激痛が走った。
「がっ、がぁああああああああああああ!!?」
男は痛みにのた打ち回り、やがて蹲る。
「ひぃッ! ひぃッ……」
その頭部を、銀風は掴んだ。
「お前の能力は没収する。ついでにペナルティとして呪いも付与する。せいぜい死ぬまで苦しめ」
銀風が仕事をこなす一方で、結城は少女の安否を確認していた。
「大丈夫か、怪我は?」
「あ、ありがとうございます……」
「…………」
結城は気付いていた。この少女は、彼女が化けていることに。
だが、とりあえずは気付いていないフリをしてみる。
「それは良かった……」
「ああ、なんて素敵な人!」
と、不意に少女は抱きついてくる。
結城は受け止めるが、少女は故意に力を込めて押し倒した。
「痛っ!」
「あら、ごめんなさい、興奮……じゃなかった、気が動転してしまって」
「あ、ああ、無理もないな」
「なんて心が広いんでしょう。そんな貴方には恩返しをしなくては」
と、少女は突然に制服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと待て!」
「あなたはあの悪漢から救い出してくれました。なら私の処女の一つや二つ捧げさせていただきますわ!」
「このっ、魅惑の新月ともあろうパーヴァートが路上で事をおっぱじめようとするな!」
「あら、気付いてましたのね」
新月は指を鳴らす。
するとその体は光に包まれ、顔も容姿も瞬く間に変わっていく。
髪の色は地味な黒から艶やかな金髪に変わり、容姿もやや幼くなる。
衣服も学生服から煌びやかなドレスに変貌する。
「さすが結城といったところですわね」
「新月、どうしてこんな真似を」
「それはもちろん、あの銀風が最近噂になっているエロ通り魔に食いつかないわけありませんもの。先を越されて結城を取られてしまいましたけど、逆に待ち伏せをさせてもらいましたわ」
結城と銀風を釣るために、自分が囮になって闇のパーヴァートを引き寄せたらしい。
「よくやるなぁ……」
呆れた溜息がこぼれるが、新月はその間に上半身を完全に露出させた。
「って、やめないのかよ!」
「当たり前でしょう。あなたの童貞は私が頂くんですもの」
その表情はもはや淫魔のそれであった。
白い頬には赤みがさし、自らの指を蠱惑的に舐める。
「初めて同士仲良く、シましょう?」
「……分かった。じゃあ最後の質問だ」
「あら、なにかしら」
「なんでスカートは脱がないんだ?」
ああ、と新月は下を見る。
そしてスカートの中に手をいれ、結城の下半身をまさぐる。
「見えないほうが興奮するでしょう?」
「そうか……お気の毒に」
「へっ?」
新月の背後、尋常ならざる殺気。
「しまっ……あぁっ!」
振り返る間も無く、その頭部は万力のように締められ、持ち上げられる。
「結城、一つ聞く。セーフか?」
「ギリギリ助かった」
「いたたたっ! 痛いですわ痛いですわ!」
「痛くしているからな」
「ぱ、パーヴァート同士なら何も問題はありませんでしょう!?」
「そうだな、取り決めには反していない。だからこれはただの……私怨だッ!!」
「えっ、えええぇぇ……」
大きく振りかぶり、渾身の力で投げた。
ギャグ漫画さながらの飛距離を誇って、新月の姿は空に消えた。
「ふぅ……さて、結城。お前もだ」
「んっ?」
「もう少し抵抗できただろ。なぜしなかった」
「買いかぶりだって。俺だって新月ほどの美少女に迫られたらさすがに」
「……まったく、まだ怒ってるのか。女の子みたいなめんどくささだな」
「まあまあ、これでもう終わりにするから。そっちは全部終わったの?」
銀風は退いて結城に男の姿を見せる。
「もうあれはパーヴァートじゃない。ちょっとした呪いもかけた」
「またあれか、射精するたびに尿路結石の痛みを味わうというあのえげつない呪いか」
「命を奪うというわけにもいかない。それくらいがちょうどいいだろう」
とはいえ、自ら犯した罪への罰。
哀れみはすれど、容赦は出来ない。
「さて、そろそろ夕餉の時間。私の最後のエスコートだ」
星々が瞬く夜空の下。
いわゆるフレンチというものに案内される。
「テーブルマナーの知識は皆無だ」
「心配するな。私も外側から食器を使う以外の知識はない」
銀風が座り、結城も続く。
「しかし、どうしてフレンチ」
「デートの終盤はフレンチレストランで夜景を楽しむ、というのが定番らしくてな」
齧った知識というのを隠そうともしないその大らかさに、結城は逆に安心する。
気を使わない彼女は、こちらも気を使わなくていいと行動で示してくれる。
視線を横に向ければ、別にそこまで派手でもない夜景が広がっている。
ユートピアならまさに夜の都会が見れたのだろう。
「どうやらナプキンはオーダー後にかけるらしいぞ」
ふと銀風を見ると、フレンチマナーのハンドブックを見ながら真似ていた。
銀風は実戦派の行動派である。
「最初に選ぶのは飲み物らしい。とりあえずワインでいいな」
「いや、そのアルコールは……」
「じゃあグレープジュースで色だけ合わせるか」
「悪いな」
「いや、いいさ。私もアルコールが好きというわけでもない」
結城が何気なくメニューを見ると、聞いたことのないカタカナ文字が連なっていた。
そして横にある数字はそのどれもが安いとは言えない。
節制と節約で生き永らえてきた結城は物怖じしてしまう。
「ところで銀風、予算は……」
「心配するな。私のエスコートだ。全て私に任せろ」
男らしい頼もしさを発揮する銀風、順調に結城の心象を稼いで行く。
すると料理が到着した。
前菜である。
それはなんだか、細々とした野菜を四角く寄せ集めて固めたようなものが出てきた。
「テリーヌというものらしい」
「……野菜ゼリー」
「やめろ」
続いてはスープとパン。
スプーンでのすくい方も前からと後ろからで違うらしい。
「パンをスープに浸して食べるのはダメらしいぞ」
「くっ、貧乏性の俺には拷問だ……」
「貧乏はフレンチレストランなんて来る機会ないからな」
もしかしたらフランスは貧乏人を差別するのかもしれない。
そんな偏見を抱き始める頃、魚料理が出てきた。
魚の切り身にソースがかかり、周囲に豆やら野菜やらが散らばった玩具のように飾られている。
左から切って食う。終わる頃にはもはや腹が膨れつつあった。
「そういえばお前は小食だったな」
「まあ、まだキツイってほどじゃないから」
一品一品が小さく、種類が多いので飽きずに済んでいる。
そのうえ高級ゆえか味も良いので多少腹が膨れても食が進む。
「なにより魚料理で骨が無いって最高だと思う」
「よく噛めばそこまで気にすることじゃないと思うが……次はお待ちかねの肉だが、驚くぞ?」
銀風がこれまでで一番楽しそうな笑みを浮かべている。
よほど自信があるのだろうと、結城は身構える。
そして品が出された瞬間、結城は呆気なく目を奪われ、驚かされる。
「こ、こいつは……この人間の業を集約した姿は……」
「そう、お前の闇成分の嗜好の具現……」
濃厚な茶色のソースに塗れているのは牛フィレ肉、そしてその上に鎮座するは、人間の業の究極ともいえる食肉。
その名をフォアグラという。
「銀風愛してる!」
「と、唐突に愛を叫ぶな!」
頬を紅潮させ、照れているのを誤魔化す銀風。
しかし結城の目はフォアグラに釘付けになっていた。
ごくりと生唾を飲み込み、さっそく手をつける。
「はむっ……もぐっ、モニュ……っ!?」
思わず口元を手で覆った。
その美味さに、反射的に叫びだしそうになるのを堪えながら、なんとか咀嚼を終えて飲み込む。
「……っはぁ~」
満たす幸福が、吐息となって漏れ出す。
「この感じ、ああ。人間の業の味だ。深い闇と罪の味だ」
まさに甘美。
結城は恍惚に酔いしれる。
「そこまで気に入ってもらえるとは、私も奮発した甲斐がある」
一口ごとに恍惚の表情を浮かべて堪能した結城。
そして食後のデザートはレアチーズケーキだった。
「口直しにチーズってところか。いいね」
「味が濃厚だな。肉の脂が甘さに上書きされる」
ついに最後、食後のコーヒーで締め。
結城は一口飲み、うんと唸る。
「薫り高い」
「薫り高いって響きはかっこいいけど意味はよく分からないな」
「やっぱり高貴さをイメージしてるんだろう。銀風、今日はありがとう」
銀風は優しい微笑を浮かべる。
「そうだな。見返りはお前の初めてでいいぞ」
「食事が終わった直後にそれか」
銀風は見かけによらずそういった話題をよく好む。
普段は協会の長として凜としているのだが。
「お前とて、いずれは選ぶだろう。別にお前がいくらハーレムを築いても構わないが、私はその中でも一番に立ちたい。だから一番最初も、出来れば私が頂きたい」
話題はアレだが、これで銀風は真剣であることを結城は知っている。
だからふざけたことはしない。冗談など交えない。
「そうだな……報いれるといいんだが」
「馬鹿を言うな。私はお前の欲を虜にしたいといったんだ。同情じみた愛情なんてこちらから願いさげだぞ」
「ははっ、相変わらず強いなぁ」
「夢中なだけさ。ただ……」
彼女にはまだ届いていなさそうだが。
「ただ?」
「いや、こっちの話だ。さて、そろそろ切り上げるか」
ユートピアとの交流が出来てから、このアルカディアにも科学の光が灯っていた。
なんということはないただの街灯ではあるが、明るさは以前よりも遥かに強く、夜闇は照らし出されていた。
「ふぅ」
「ふふっ……」
夜道を行く二人。銀風が笑んだ。
「満足そうだな」
「いや、そりゃあんなご馳走してもらって満足しないなんてことは……」
「まだだろ?」
ステップして銀風は結城の前に立ちふさがる。
「この程度で満足しちゃったのか?」
挑発的な笑みが、街灯の明かりに照らし出される。
戦士のような凛々しさと、可憐な少女の面影を残し、しかし悪戯っぽい小悪魔の笑みを浮かべていた。
「小食が過ぎたな、結城。これで満腹では……」
「いんや、まだだな」
彼女の期待に応える、ではない。
それは、夢見た過去の自分へ向けた、報われた笑み。
「腹はいっぱいだが、まだまだ舌が満足してくれない。もっと色んなものを味わってみたい」
「ふふっ、それでこそだ。我が愛しの君よ、どうか欲深であれ。底なし沼のように」
「とはいっても、執筆くらいしかやることがないしな……」
どこか演技じみて、途方にくれる真似をする結城。
「またまた。これだけの条件が整ってまだそんなことを」
「いやいや、出来ることが急に無限大だと何すればいいか分からなくなるって経験あるだろ?」
「あー、なんとなく分かるな……じゃあ、しばらく執筆と平行して私のほうに付き合ってみないか?」
ふむ? と首を傾げる。
「私を誰だと思っている? パーヴァート、彩の銀風。協会の長だ」
「なるほど、そう来たか」
これからヤレること、成せること、妄想が沸き立つ。
「それで、手始めに何をするんだ、会長?」
すると銀風は、自信に満ちた様で閉じた瞼をカッと見開いた。
「まず……会員を増やしたい!」
銀風はユートピアに降り立ち、ずっと結城を探していたので、協会を設立すらしていなかった。
「すべては妄想の中での話……理想ではまた1からやり直しだ」
「じゃあ銀風はまだ会長じゃないのか」
「いや、私がいる限り、私自身は会長だ。会員が未だに2名しかいないが」
「2名というと……淫夢と、あと誰だ?」
「美鈴だよ。美鈴」
銀風がたまにやる勧誘は、会員集めだった。
「目標は規定の7人、せめて四天王っぽく四人集められれば……」
「なるほどなぁ。それで、活動内容はどんな感じだ」
「まず第一にパーヴァートとしての治安維持活動。その上で人肉文化を少し改めたい」
「ほう。そこ詳しく」
人肉、結城は未経験だった。
せめて一度だけ食べてみたいが、禁止でもされたら困るのであった。
「今でこそ、この国じゃ人間とモンスターが共存してはいる。だがユートピアの侵略が無くなった今、野生のモンスターは再び人々を襲うだろう」
そういえば、そもそもユートピアの影響力が強すぎたがために、モンスターが殲滅されかけたためにアルカディアに逃げ込んだ。
「さて、そこでだ。もしモンスターが人肉ではなく、精気を奪うだけで生きられるようになったらどうだ?」
銀風が想い描いていることは、すぐに察することが出来た。
「でもそれってサキュバスの専売特許じゃないか?」
「サキュバスだけじゃマンネリだろ。名づけるならそう、異種族姦交友ッ!」
モンスターによっては冗談ではないことになりそうだが、もしそれが実現できるなら、なるほど面白そうではあった。
「サキュバスはもちろん、ラミア、スライム、マーメイド、アラクネ。上手くすればコカトリス、ゴーレム、ゴブリンからオークまでイケるかもしれない」
「またえらく幅の広い。あまり増産するとありがたみが減るから気をつけたほうがいいよ」
「急に冷静な視点からモノを見るんじゃない。驚くだろう」
「野生のモンスターを干渉力で女体化するってところまでは想像ついた。そこからどうするの?」
「干渉力の影響を受けたモンスターがただのモンスターというわけもあるまい? だからほら、設定とか錬らないといけない。そこでお前の意見をちょくちょく聞いていきたいというわけだ」
そこまですると改造の域に達しているような気がした。
「なに、習性とか特徴とかその辺だけだ。そっちの執筆の足しにもなるだろうと思うが、どうだろう?」
「じゃあ仲間探しと野生モンスターの研究、女体化と淫魔化が今後の行動方針か」
「そういうことだ。よろしく頼む。あっ、闇のパーヴァートの取り締まりも頼む」
「まったく、結城は相変わらずですわね」
城の頂に立つ少女、月光と同じ黄金の髪。満月のような金色の瞳。
「モンスターの淫魔化……精力と性欲で生命力を供給し合おうという発想、嫌いではありませんけど」
それが出来たとしても、きっと一部だけだ。
野生を野生たらしめる、狩猟の本能。
狩猟と捕食。
「人間嫌いのあなたなら分かるはずですわ。人間になんて生まれなければ良かった、と」
この世界では、理想を抱いた者は、その理想を成し遂げるため、理想の姿を得て降り立つ。
それが、元人間がモンスターになれることを意味していた。
ユートピアすら、己が理想を叶える為に機械と化したのだ。
代わる身がモンスターや妖魔の類でも不思議は無いのだ。
「間も無く気付くでしょう、結城。あなたには、また辛いことかもしれませんけど……今の貴方ならきっと楽しめるはずですわ。きっと何かを見出せるでしょう」
新月は夜闇に紛れて失せる。
結城は彼女にも、先に待ち受ける何かにも気付くことなく、銀風と共に夜道を行く。




