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59話目 不純異性交遊

 新月邸に招かれて数日が経った。

 結城はパソコンを使って妄想世界の創造作業に努めている。

 といっても、自分の望んでいるものを文章として形にするだけの作業だ。

 物事の法則や世界の法理を、自分を含めた多様な人物と共に物語の中で動く。

 そうすることで、妄想の中で「生きる」ことが出来る。

 また物語を重ねていくことで、妄想の濃度と規模が増す。

 しばらくはこれで世界を構築していくことになる。


 本来ならばある程度基礎を創ったところで、あとは流れで成り立たせていけるのだが、その場合は自分が自分の世界に存在している必要があるため、ネクストワールドにはいられない。

 神の使いと対等に立ち、勝機を得るためにはこのネクストワールドの法理が必要になる。

 理想の強さが全てであるこの世界ならば、想いの強ささえあれば十分に神の使いへも対抗できる。 

 なにより、この世界には一応は神が存在している。ここにいれば、神そのものを相手にすることはまずない。


「マスター、そろそろご休憩なされては」

「ああ、レイラン。ちょうど一区切りついたところだ」


 部屋の隅にあるパソコンデスクから立ち上がり、大き目の円卓に座る。

 卓上には既にレイランがお茶の用意がされていた。


「今日は紅茶か」

「カフェインの量はコーヒーより紅茶の方が多いそうです。マスターの創作の助けになれば幸いです」

「まったく、俺には勿体無いくらいの気配りだな。前世の俺でもそうはいかないぞ」


 気配りや親切には自信がある。

 そのうちに色々とすり減らしてしまったものもあるが。

 優しい陽光が窓から差し込む昼下がり。結城はゆったりと紅茶を楽しむ。


「うん、居た居た」


 そんな安らぎの時間に訪問者が現れた。

 窓を幽霊か何かのようにすり抜ける。


 銀色の頭髪に青と金のオッドアイ。

 程よく焼けた小麦色の肌。

 すらっと伸びた肢体、恵まれた乙女の、未熟ながら張りのある膨らみ。

 黒のホットパンツが美尻を魅せ、袖なしのオレンジシャツを胸の下で縛り上げ、腰周りを見せ、膨らみを更に強く魅せていた。


「銀風か」


 パーヴァート、彩の銀風。


「やあ、結城」

「なんで窓から入ってくるんだ」

「こっちのほうが早いし、アイツと顔を合わせたくない。レイランも元気そうだな」

「お久しぶりです、銀風」


 礼儀正しく礼をするレイランと、紅茶を口にする結城を見比べる。


「ふむ……」

「なんだよ」

「いや、なんであれ若い男と女が同じ空間に居るというのに、熱い夜の一つも無いのだな、と」


 銀風は妄想から生み出される干渉力を使って色々なことが出来る。


「人の許可無く心を読むんじゃない。しかもレイランのほうを読んだな?」

「仕方ないだろ、お前はガードが固すぎるんだから」

「まったく……それじゃ闇の変態となんら変わりない」

「その闇の変態について、話をしようと思っていたんだ」


 銀風は流れるような動作で結城の向かいに座った。


「出たんだよ」

「出たって、闇の変態が?」

「そう、闇の変態が」


 闇の変態とは、パーヴァートの持つ変態としての誇りや性癖への拘りを持たない、自らの快楽のために他者を容易に害するパーヴァートのことだ。


「何かの間違いじゃないのか?」

「いや、確かに被害が出た。出てしまった。これは協会の長である私の不覚だ」


 変態、異常性癖があるならば、多かれ少なかれ人に害を及ぼしてしまう。

 その中で上限や規律を設け、闇の変態を取り締まるために設立されたのが、銀風が率いる協会である。


「このまま放置すれば、いずれはこの乱れた風紀が蔓延する。貞操観念と肉欲のバランスは保たねばならない」

「ふむ。で、俺はどうすればいい?」

「話が早くて助かる。私と共に来て欲しい。詳しい話は其処で」

「新月はどうする?」

「っ……彼女には伏せておく。彼女は目立ちすぎる」


 銀風の真剣な眼差しを受け、結城は少し考え、レイランを見た。


「レイラン、俺はちょっと出かけないといけない」

「はい、留守の番はお任せください」

「連れて行ってくれとか言わないんだな」


 意外そうに銀風が言う。


「私はマスターの剣です。剣は自ら勝手に斬りかかるようなことは致しません」

「なるほど、忠実な剣だ。結城が一目惚れすると言うのも分かる」

「行くなら早く」

「ふっ、せっかちな男は嫌われるぞ?」


 二人共に立ち上がり、結城は銀風のあとに続く。

 と、銀風が手を取る。


「さあ、奴に気付かれないうちにさっさと出よう」

「ちょっ、そっち窓だぞ! うおおおい!?」


 窓ガラスにぶち当たる瞬間、その体はすり抜けた。

 レイランは二人を見送り、窓の外を見る。

 高台の上に建てたられたこの屋敷は、一階でありながら国を一望できた。


「ご武運を、マスター」


 すると、コンコンと扉がノックされ、返事も待たずに新月が入室した。


「結城! 一緒にお茶でも……あら、レイラン。結城はどこにいますの?」

「マスターなら先ほど用事が出来たと」

「えぇ……せっかく希少なパーヴァートがらみの事件を持ってきましたのに……仕方ありませんわ。今回はあの銀色に任せますわ」

「よろしいのですか?」

「ええ。元々こういうのは彼女の仕事ですもの。私はフリーでやりたい放題したいだけですし、結城と一緒なら尚更楽しいと……」


 新月の視線がレイランに向く。


「まさか、銀風が来ていたなどということはありませんわよね」

「マスターと共にお茶をしていましたが」

「くっ、やはり……貴方も暢気ですわね。結城が銀風に取られてしまうとか考えませんの?」

「取られる……私はマスターのものですが、マスターは私のものではありませんので」

「なるほど、呆れるくらいの忠誠心、そこまで来ると見事なものですわね。それに免じて今回は見逃しますわ」


 そういうと、新月は部屋を後にし、扉を閉めた。


「マスターを、取られる……」


 考えたこともない。だが問題ない。

 初めて見たときから惹かれたあの人。

 自分の目に狂いは無い。彼は誰かの手中におさまる人ではない。

 レイランは業物の刀剣よりも真っ直ぐに、しなやかに、折れない信頼を寄せていた。

 そうでなければ、最初から従者として仕えてなど居ないのだから。





 銀風に連れられ、結城は街道を歩いていた。


「で、銀風。どこまで行くんだ」

「なんだ結城、いつから鈍感系主人公になった?」


 銀風は立ち止まる。

 その視線の先には、衣服屋の見本。


「確かにパーヴァートの事件は発生した。だがこの国は狭い。目星もついたし処理も出来ている。あとはしょっ引くだけだ。だから今、私がすべきことは……」


 銀風の手が結城を引き寄せる。


「結城、私とデートしよう」



 結城は全てを察した。

 本気で闇のパーヴァートを攻めるなら、自分と新月は最高の戦力になるはずだ。

 しかしあえて新月を自分と銀風から引き離す理由。


「たまには、あの時みたいに、二人きりでやりたいんだ」


 結城の妄想と銀風の妄想は前世で一致リンクしていた。

 あの時とは、その妄想のことを意味している。


「ダメか? お前が嫌というなら、今回は、残念だが……」

「露骨に落ち込むなよ……いいよ、分かった。しよう、デート」

「ふふっ、そう来なくては」

「ただな……」


 結城は居心地が悪そうに視線を外し、頭をかく。


「普通のデートなんて経験どころか、妄想すらしたことがないんだ。前世ではギャルゲもめんどくさがっていたくらいで」

「なんだ、それなら別に心配は要らない。お前の性格なら熟知しているさ。私がエスコートするから安心するといい」


 自信満々の笑みを浮かべる銀風。

 すると結城の手を掴み、強引に引っ張る。


「さあ、まずは私の服を選んでもらう。オススメの服をチョイスしてくれ。際どいのもバッチコイだ」




 入店すると、そこは様々な衣服が揃っていた。


「さあ、結城。お前の性癖を私に見せ付けてくれ」

「……ふ、ふふふ。なるほどそういうことか。このパーヴァート・<七色プリズム妄想パラノイド>のセンス、魅せ付けよう」


 まず手に取ったのは、紺色のブレザーだった。


「ほう、それでどうする」

「こうする」

「んっ!?」


 結城が屈み、銀風へと突っ込む。

 瞬間、結城の手元のブレザーが銀風の衣服と入れ替わった。

 当然、銀風の衣服もブレザーへと変更される。


「こ、これは中々……」

「これこそ制服の真骨頂、裸ブレザー、ウィズ・ザ・ネクタイ」


 銀風はワイシャツ無しの素肌にブレザーの姿にされていた。

 そして赤いネクタイは首輪のように、取っ手のような舌の部分は山の谷間に流れる川のように挟まっていた。

 そして紅く短いスカートにニーソックス。


「ニーソックスとスパッツで迷ったが、履いてない感のほうがそそると思った」

「すごいな。ここまで挑戦的な服装を思いつくとは。だがこれだけじゃいずれは飽きる」

「安心しろ。俺の妄想弾薬はまだまだある」



 次に選んだのは裾が太ももの中ほどまでしかない煌びやかな装飾の浴衣。

 紺の布地に右半分は燃え盛る炎、左半分は橙色の花びらが舞う絵柄だった。


「ふふ、結城もこういうあからさまなのを好むんだな」

「まあ悪くは思わない」


 露出した素足、小さめゆえに浮き上がる胸のふくらみ、柔らかな布だからか、胸の感触を想起させ、欲情を駆り立てる。

 たった布一枚に覆われた体。それだけで欲情させるに足る。


「ふむ、柄も中々いいな」

「まだまだ、ネクスト!」


 白い素足を見せる黒のレザーパンツ。ジャケットはもちろん腰周りを露出させ、袖もない。

 その下は黒のマイクロビキニ。手にはレザーの指なし手袋。


「レザー尽くし。にしても露出度高めだな」

「この初夏に厚手のコートを御所網かな?」


 アルカディアは夏に入り始めていた。

 とはいえアルカディアの四季はあまり特徴が無い。

 熱いといってもガンダーラほどではなく、寒いといっても飛竜使いが住む雪山ほどでもなく。


「じゃあ次だ。ネクスト!」


 今度は黒一色のレザーとは反対の白一色。

 純白の長いジャケット。ロングパンツ。腰には木刀。

 そして胸はサラシでキツく巻かれ、やはり腹部は露出していた。


「銀風の魅力は腹だと思うんだ」

「ふむ」

「腹の綺麗さを中心として、胸も尻も神がかり的な黄金バランスのラインを描いている。素敵だ」

「ふふ、だから絶対に腹を露出させた衣装なのか。そしてよくもさらっと褒めてくれた」

「じゃあ次は露出なしで」


 橙色のシャツ、背中に銀風と銀色の装飾が入ったもの。

 下半身はグレーのダメージジーンズ。


「やはりシャツとジーンズは正義」

「お前とお揃いというわけか」

「ああ。ジーンズは万能だからな。さすが元作業着だ。まあ、こんなところか」


 結城はネタを撃ち尽し、今度は銀風の番。


「さて、それじゃあお次は私の番……むっ」


 銀風は何かを察知した猫のように顔を明後日の方向へ向ける。


「結城、感じないか?」


 違和感。というより焦燥感。

 大切な何かが、間も無く失われてしまうような感覚。


「行くぞ結城!」


 銀風は自分の服を瞬時に取り戻し、店を飛び出す。

 服はあとで買いに戻るとして、結城も銀風に続く。

 大通りを走り、路地裏へと入る。

 右へ左へとくねる道を、銀風は迷い無く進んでいく。


「思ったより複雑だ。上に出るぞ!」

「ああ!」


 二人は跳んだ。

 パーヴァートの妄想と干渉力によって脚力は増大され、軽々と建物の屋上に上がった。

 その動きの自由さはさながら忍者であった。

 銀風の足が屋根に亀裂を走らせる。

 更に速度を上げて進む二人は、反応の強い一本の路地に下りた。

 着地は軽やかに、空気を押し開く速さが、風を起こし、結城と銀風の鋭い眼光が向く。


 その先には、二人の女性が複数の男に服を破かれ、今まさに穢される寸前であった。


「こいつは……」


 銀風の奥歯が軋む。

 こちらに気付いた男たちの何人かが二人に迫る。


「んだぁ? てめぇら!?」

「どうやら、こんな下種でもこの世界に来れてしまうようだな」


 銀風の冷ややかな視線は、迫る男の体を凍りつかせる。

 その一瞬に、結城の身が即座に一人の男の鳩尾を打ち、回し蹴りでもう一人を吹き飛ばす。


「貴様ら……まともな体で帰れると思うな」


 その形相、まさに悪鬼羅刹。


「二度と性に関われんようにしてくれるッ! 銀風ッ!」

「ああ、結城」


 結城はまっすぐに女性に最も近い男たちへと駆ける。

 それに気を取られている男を銀風が取って狩る。

 背後から喉を潰し、それに気付いた別の男が鉄パイプを横薙ぎに振るうが、地面に這いつくばってから、逆立ちの要領で金的を蹴り上げる。

 悶絶する男を飛び越え、背後に居た男の脳天をかかと落としで打ち下ろす。

 衝撃が男の脳を揺らし、どうっと倒れる。


「さて、結城もそろそろ調子が戻ってきたか」

「絶技、性人断絶」


 突如、結城の右手にガラスのナイフが出現したかと思うと、目にも留まらぬ速さで動き、群がる男たちとすれ違い様に股間を切りつける動作をする。


「当たってねぇぞオラッ!」


 反撃の拳が見舞われるが、結城は無駄の無い動作で紙一重で回避する。

 隙を突いて肘で顎を打ち、裏拳で頬を叩くと、男は勢いよく吹き飛び、壁に激突した。

 壁が少々砕けたことから、たかが拳一つが壮絶な威力を持つことを物語っていた。


「こ、こいつ、なんなんだよ!?」

「逃げろ! にげr……」


 背を向ける男に拳を一つ当てる。

 中指の間接を尖らせて握り、背骨の間接を無理矢理に外した。


「ひぎっ!?」


 そしてやはり、倒れこむ男の股間をナイフで切る動作をする。


「ひ、ひぃいいいい!!!」


 横に居た男が尻餅をつき、後ずさる。

 結城の瞳は銀風の冷ややかなものとはまるで違う、見るものを恐怖で慄かせ、緊張の汗と涙を滝のように流させる、死の恐怖に似た目だった。


「ゆ、ゆるじ、でくだざ……」


 次の瞬間、結城の右手に持つナイフが男の股座に振り下ろされた。


「うああああああああ!!!」


 ざくりとナイフの刃が抉りとる。地面の土は、男の失禁によって湿り気を帯びる。


「……ふん」


 流れ出る液が付着しないうちに、結城はナイフを抜き、左の手でとんとんと叩く。

 すると、大きな白玉のようなものが左手に出現した。


「貴様らには性欲は不要だ」

「いで、いででえでぇあああ!!?」


 苦痛に叫ぶ男たち。それは打たれた部位ではなく、股座に備わるもの。


「去ね、去勢だけにな」

「ぐああああああああああああああ!!!」


 男の断末魔は、やがて失神の静寂を迎える。


「普段優しいのに、こういうときは本当に容赦ないな、結城」

「当然だ。女性の純潔は死守するべし。それがパーヴァートとしての最低限のルールだろう」

「とはいえ……もう彼らは男としては生きれまい」


 銀風は哀れみの目を向ける。


「馬鹿な奴らだ。せめて風俗にでも行って性欲を満たせば、こんなことにならずに済んだというのに」

「おい、大丈夫か……って」


 結城は壁を背にへたれこんでいる女性に見覚えがあった。


「ありがとうございます。あの……」


 平静を装っているが、体は小刻みに震えている。

 乱れた黒髪、折れた眼鏡。前とは違うところはあっても、それは確かに見知った相手だった。


 山城 椿。

 このアルカディアの公務員。

 破かれているのは生真面目な彼女らしい黒のスーツとワイシャツだった。

 最初に見たときから思っていた通り、その体は魅力的で、男が手を出すのも分からなくはない。

 とはいえ男は許されない。許すつもりも毛頭なかった。

 如何な理由があれ、それは取り返しのつかない結果を招く。


 ふと横を見る。椿が腕で庇うようにして守っていた女性。

 山城 蓬。

 椿の妹である。椿に庇われていたからか、傷も少ない。

 傭兵であるグレイの片思いの相手なのだが、グレイはユートピアとの戦争ごっこの真っ最中だ。


 少しは腰を据えて恋愛に挑んでもいいのではないかと、結城は遠い友人に思いを馳せた。


「結城、美女の裸体に見惚れるのは分かるが、今は私とのデート中なのだから、私だけを見て欲しいな」

「失礼、しかしここに置いてきぼりにするわけにも……」

「いえ、心配には及びません。蓬、とりあえず家に帰りましょう」

「うん……あー、怖かったぁ」


 蓬は存外にタフにマイペースだった。


「にしても、どうしてこんなところに」

「久しぶりに休暇なので、蓬とショッピングに来ていたんですが……そちらはデートですか」


 助けたはずの椿から、鋭い視線が突き刺さる。


「ま、まあ。そんなところかな」

「羨ましいですね。私より遥かに遅くここに来たというのに、私より先に恋人を作るなんて、どうぞお幸せに……?」


 椿の文句を無視して銀風が歩み寄る。

 そして視線はじっくりとなぶるように椿の体を物色していた。


「な、なんですか?」


「いや……いい体だ。男を求めるのはいいが、安売りだけはしないほうがいいぞ」

「言われなくても……」


 椿の言葉はどこか自信なさげであった。

 僅かに視線を逸らし、仕草もどこか挙動不審。隠し事が苦手らしかった。


「元はと言えば、お姉ちゃんが短いスカートとはだけたワイシャツファッションで出歩くから絡まれたんだよー」

「ちょ、よ、蓬!?」

「なるほどな。そうでなければ、いくらスタイルが良いとは言え、生真面目なスーツの女にこんな男が声をかけるわけがない」


 納得したように頷く銀風。

 そして真剣な表情で説教を始めた。


「いいか椿さん。淑女たるもの、純潔はこの人と決めた相手だけに捧げるべきだ。安易に露出などするものではない。とはいえ、色気のないファッションでは男は寄り付かない。その結果露出度を高めるという選択は間違っていない。しかし方法がまずかった。スーツをはだけさせるというのはつまり秩序を乱す不良の発想だ。それでは寄り付くのは不良な者ばかりだ。それこそ結城と同じでファッションセンスが皆無だ。乱すのではなく、彩り飾るように意識して着飾らねばならない。どうせ万年黒スーツで近辺の服屋すらろくに調べていないのだろう。服を買いに行く服が無いと言いたいのだろうがまったく問題ない。もっと自分と自分のセンスに自信を持て。もしなんだったら今度私が一緒に選んでやろう。一流のパーヴァートが選ぶ最高の誘惑ファッションという者を教えよう。なに心配は要らない。純潔を守り通そうとする淑女は大好きだ。是非協力させて欲しい。なんなら私の持っている服も参考にして……」


 怒涛の語りが結城の手によってふさがれる。


「むぐぐ!」

「いかんスイッチが入ったようだ。椿、悪いがこれくらいで」

「で、でもこの恰好では……あれ?」


 ふと気がつくと、椿と蓬の服は破かれる前の姿に戻っていた。


「このお礼はいずれ必ず」

「気にするな。俺たちはパーヴァートとしてなすべきことをしただけだ」

「むぐーっ!」

「パーヴァート……ところで、あの悪漢どもになにをしたんですか」


 もはや微動だにしない男たちを見やる。


「まあ、いわゆる去勢だ。こいつらはもう二度と生殖行為を出来ないどころか、性的興奮を抱けない」

「なんと」

「まあ命があるだけいいだろう。理想を失ったわけでもなし。これで心が折れるなら、それこそその程度の理想だったんだろう」

「あなたにしては、随分と手厳しい物言いですね」

「それ相応のことをしたんだ。自業自得に同情の余地はない」


 その言葉は、椿にはあまりに予想外だった。

 結城といえば、優柔不断のお人好し。良い人と言われれば大抵は都合の良い人を意味し、自分の我侭一つ、通しきれない。

 ただ理想だけが彼の持つ確固たる強固な意志だと思っていた。

 それが、まさかこんなところで、変態のくせに女性を害する者に容赦しないなどという攻撃性があろうとは。


「あなたにそんな一面があろうとは」

「いや、別にそんな意外か?」

「ええ、あなたはいわゆるヘタレだと思っていたのですが、まさかそんな頼りがいのある一面があったとは」


 最初に出会った頃と変わらず、直球で毒舌を放つキツい性格であった。


「まったく恩人に向かってひどい言い草だな」

「ほら、普段ならそんな返し、余計な気を使って出来なかったでしょう。せいぜい心の中でぼやく程度だったんじゃないですか?」

「うっ……」


 ほとんど図星だった結城は思わずたじろぐ。


「それが今はこんなに……」


 椿の結城を見る瞳が、女のそれになりかけていることに、銀風は気付いた。


「むっ、むーっ!」

「あっ、ごめん」


 暴れる銀風から手を離す。

 やっと思い通りに呼吸が出来ると、すぐさま結城の手を取る。


「では椿さん、蓬さん。帰り道も油断しないように」

「ええ、助かりました。お礼は後ほど必ず」

「お気持ちだけ頂いておきます。これは我々パーヴァートの、協会の役目ですから」


 そう言うと、銀風は結城の手を引っ張っていく。


「銀風?」

「危ないところだった。さて、もう少し遊ぼう」




 次にやってきたのは、また路地裏。

 その一角に、地下へと続く階段があった。


「ここは?」

「お前の新しい空想の在り処さ。気に入るといいが」


 照明の少ない地下へと続く階段を、一段ずつ下りていく。

 石造りの壁、蝋燭の明かり。まるで地獄にでも続いているかのような雰囲気だった。

 やがて、木製の扉に突き当たった。


「ふふ、きっと驚くぞ」


 促されるがままに、結城は銀風の開け放った扉を通る。

 するとそこは、地下の不気味な印象を一気に払拭するほどに、騒がしい人の声に満ちていた。

 そして、左右見渡して必ず本が目に入る。大量の本が並んでいた。

 思いのほか広い空間で、部屋の中央には卓が並び読書に耽る者や、本の内容について語らっている人々がいる。

 それ以外は本棚が並び、さながら本棚の迷路といったふうで、どこまで続いているのか分からない。


「ここは、なんだ?」

「地下書店。理想を抱く創作者が集い、互いに交流し、自らの創作の糧とする。そういう場所だ」

「そうか、そういう理想もあるのか。でもどうしてこんな場所知ってるんだ?」


 銀風はユートピアがスポーン地点だった。

 アルカディアに来て間もない銀風が、よくこんなところを見つけられたものだ。


「新天地に来たから好奇心に身を任せて歩き回っていたら見つけたんだ。これが中々面白いのが多い。気に入ったものがあったら買って持ち帰ることも出来る」

「もしかして、此処を俺に教えるために連れ出してくれたのか?」


 銀風は、ふふんと自慢げに鼻をならす。


「お前の妄想の足しになってくれれば幸いだ。そこで……私の主人公の作品も一つ創ってくれないか?」

「なに?」

「協会のイメージアップのために、私が活躍する作品を」


 闇のパーヴァートの事件、創作者が交流する場所、そして、妄想独創のために執筆をする結城。

 その三つが噛み合い、合点がいった。


「この策士め」

「でも、お前の妄想の足しになると思ったのは本当だぞ?」


 冗談みたいに微笑を浮かべる銀風。

 結城は釣られて笑う。


「あんまり期待はするなよ。俺は人に評価されるために物語を書いているわけじゃないから」

「言ったろう? お前の妄想の足しになればいいと。協会のことは間がちょうど合致したからついでにと思っただけだ」


 とはいえ、銀風に助けられたこと、支えられたことは前世含めて数え切れない。

 こんな弱い自分に賭けてくれた彼女に報いるならば、これくらいのことは塵にも満たない分の恩返しである。


「まだ闇のパーヴァートの反応もない。しばらくはここでネタ探しが出来るだろう。まずは私のオススメから……」


 そう言って取り出された一冊の本。


「これだ、堕天妖婦ワルキューレ。これは神の使いである戦乙女ワルキューレが男に恋をし、神性を奪われ、別の神に犯されそうになるが、堕天して魔性を得ることで神を撃退し、男を守るために神と戦うという物語だ」

「面白そうだな」

「魔性を得たために悪魔と交友を持つことになるが、この悪魔たちがまた男を狙ってワルキューレは男を奪い合う日常を過ごしながらも、神と戦うために共闘もする。そんな話だ」


 思いのほか面白そうだった。


「その目、興味が湧いたな?」

「まあ、割と」


 結城は銀風に勧められるがままに読み耽ることとなった。

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