57話目 理想の世界
一人の青年は、正しくも優しい世界を望んだ。
彼は、一人の人間であり、一人の社会人であり、一人の人生であった。
彼の人生は間違いなく人並み以上に恵まれていたはずだった。
ただ、この世の邪悪なものを直視しなければ、彼は幸福な人生のまま終わらせることが出来たのかもしれない。
だが見過ごせなかった。優しい人々が害されていく様を。
富める者の肥やしとなり、抗う力も持てず、ただ消化されるだけの労働力。
見るに耐えない悪行が横行するその世界は、自らの人生とは待ったく別の地獄絵図に見えた。
きっと彼は、自身が幸福であったがために、その幸福を分け与えようとしたのだ。
弱くも正しい者たちが報われるように。
互いが互いの正義を押し付けず、代わりに優しさを与え合い、誰もが自らの正義に誇りを持ち、しかし暖かさに満ちた世界を。
そのためには、自らがどんな存在になろうと、どんな有様に成り果てようと構わないと。
だから願った。この理想を体現できる自らの新たな姿を。
機械仕掛けの神になり果てて、ただひたすらに社会を管理していた。
しかし、どうやらこの外側にも異なる世界があるという。
ユートピアは自分が管理している。正しくも優しい人間が幸福に暮らせるように。
だが外の世界はどうだろう。
悪道の理想が、害悪な理想が、正しくも優しい人々を傷つけているのではないか。
ユートピアは意を決した。
自分の成し遂げた理想で、もっと多くの人間を幸福にしようと。
そこは、何も無い空間だった。
存在するのは、結城と、一人の青年。
青年は結城と同じくらいの背格好で、鼻先まで伸びた茶色の髪が、その顔を半端に隠していた。
暗い空間に、青年の体は横たわっていた。
この空間には覚えがあった。
この世界にくる直前。謎の声に説明された時に居た、あの空間だ。
恐らく違うものなのだろうが、ふと似ている気がした。
見えるものが暗闇ばかりなので、似ているも何も無い。
ユートピア。正しくも優しい者が報われるようにという祈り、願望の体現。
「これは……」
「きっと、相打ちだったんでしょう」
ユートピア……青年は、今にも力尽きてしまいそうな、か細い声で語る。
「大丈夫、貴方は自滅に近いけど、私は確かに貴方の刃を受けました」
「ユートピア、あんたは」
「証拠に、今動けるのは貴方だけ。私はもう指一本動かせません」
戦いはまだ続いている。決着の時が来るまでは。
「さあ、早く貴方のやるべきことを成し遂げてください」
結城のやるべきこと。自分の理想を貫くこと。
それの意味するところは……
「あんたは、あんたの理想はどうなる?」
「私は貴方に敗北した。今の私には、理想を叶える権利も、力もないんですよ」
「……っ」
結城は歩み寄る。
しかし、その手にある刃を動かすことが出来ない。
理想を断つということ。その残酷が、重すぎた。
「あの時と同じですね」
「あの時?」
「言った筈です。私は貴方のことをずっと観察していた。ガンダーラの時から」
「ガンダーラ……あの時か」
ガンダーラで過ごした最初の夜。
命の危険に晒され反撃し、敵を斬ろうとした時に体を縛った、躊躇の鎖。
「貴方は優しい。ならば尚更、貴方には理想を貫いてもらわなければなりません」
「何を、訳の分からないことを……」
「私は貴方のような、<正しくも優しい人間>が報われて欲しいと願っていたのですから」
悪い冗談だと、結城は思った。
彼の理想は、こんなところで終わっていいものではないはずだ。
「貴方が、私の報わせる最後の人だ。あとは……そうですね、貴方に任せたい」
「任せる? 俺に、貴方の理想を?」
「このままじゃ、優しすぎる貴方は何時までも納得してくれないみたいなので、貴方が私の理想を背負うということで、此処は一つ」
青年の声はか細いながら、あまりに軽かった。
それが尚更、青年の決心と覚悟を思わせる。
清清しい程の在り方が、まるで前世、最後の自分を見ているようで。
「だから、早く。貴方の仲間に、これ以上心配をかけてはいけない」
「……結城」
クリストが心の中から語りかけてくる。
「いや、いい。自分でやる」
結城は剣を振り上げる。
その切っ先を、心臓に向ける。
「あんたの理想は、俺が背負う……」
「ええ、よろしくお願いします。どうか、たくさんの優しい人を、それが、私の……」
「俺はちょっと潔癖症でな」
「……?」
「悲しい物語なんて、お呼びじゃねえ」
剣に光が走る。
それは虹色ではなく、太陽のような暁色の光。
長い長い夜を越え、辛苦の闇を越え、朝焼けの日が理想を照らす。
必ず来る、報いの時。
静止した二人……正確には一人と一柱が、再び動き出した。
結城の剣は確かにユートピアの本体を貫いていた。
しかし引き抜いたそこには、傷一つ無かった。
「ユートピア、再起動……」
ゆっくりとユートピアは再び輝きを取り戻す。
結城は虹の剣を光に還元し、心に納めた。
「優しすぎますね、貴方は」
「買いかぶりすぎだ。俺は、我侭なだけだよ」
「あっ、あー……テステス、聞こえますかな、お二人ともぉ?」
ドクの声がスピーカーから響く。
「ああ、聞こえてる」
「良好ですよ」
「えっ、君たちは結局どうなったの? なんでユートピアは無事なの?」
「……彼の理想に救われました。私の敗北です」
「敗北? それはおかしい。それならば、どちらかが消滅するはず」
「言ったろ。俺の理想がユートピアを救ったんだ」
あらゆる科学技術を駆使し、ユートピアの大軍勢を創り上げたドクでさえ、結城の言葉を理解できなかった。
「一体どんな手品を使ったのか、聞かせてもらうとしようか」
結城の理想は強く、ユートピアの理想もまた強く。
両者に違いがあったのは、理想の中身、欲の深さ。
「夢のある話が好きだって言ってるのに、なんでわざわざ報われない悲劇を見過ごさないといけないんだよ」
結城は尽く、救われない物語というのが嫌いだった。
現実が嫌いなのも、そういったことが蔓延る世界だったからだ。
仮想のユートピアは、自らを犠牲にすることで理想を体現した。
しかし結城は、自分から他者までの全てにおいて、悲劇を許容しなかった。
そこで結城は、一先ず自分の理想の実現を後回しにした。
ユートピアが敗北を認めて理想を託したことで、結城の妄想がユートピアの理想を飲み込むことが出来た。
「つまり、結城の妄想で力を失ったユートピアの理想を支配下に置いた、と」
「まあ、そういうことだな」
「さすがマスターです」
「まっ、結城ならそれくらいやるでしょ」
研究所の塔は円形の部屋が連なり、中央のエレベーターで階層を移動する。
全員が研究所から食堂に移動していた。
外は既に日が落ち、しかし街は眩いほどの光に満ち、夜空の闇さえ照らしていた。
「ユートピアは俺の妄想で支配した。戦争はもう終わりだ。無駄な迫害もな」
「既にアルカディアには終戦を告げ、軍には撤退させています」
スピーカーからユートピアの声が響く。
アルカディアで広まっているユートピアの噂は、そのほとんどがデマだった。
ユートピア人至上主義というのは、ユートピアの理想に反して亡命した者たちが広めた悪い噂だ。
モンスターなどが迫害されたのは、システムとして完成されたユートピアの理想が、人を襲うモンスターを自動的に外敵と判断してしまったからだ。
世界制服というのは、一応間違いではなかった。自分の理想を広めようというのは、広義で征服と言えなくも無い。
「それはまあ、好きにすればいいさ。もともと私はユートピアを壊すために戦争をするよう誘導したのだからねえ」
「えっ?」
「ユートピアは私の造った作品ながら、理想が加わって制御できなくなってしまったし、方向性が私の望まない方向に作動してしまうし」
元来、ユートピアはドクの製作物であり、アルカディアと同様の理想郷であるはずだった。
それが偶然、他者の理想が宿ってしまったために変質し、一つの理想人として出来上がってしまった。
理想はあまりにも強く、ドクの非人道的な実験や捕獲が出来なくなった。
そこで、ユートピアの持つ理想を解析した上で、とある情報を提供した。
ユートピアの目的である、正しくも優しい人間が報われるという目的。
ならば、ここではない理想郷、アルカディアにも、そういった報われない人間が居る、かもしれない。
「魂の宿らない完全な機械となったユートピアなら、目を欺くのは簡単だ。方法がどうあれ、もたらされる結果が理想に貢献できていれば、制裁の対象にはならないことが分かっていたからねぇ」
だからこそ、異能者を作るための薬物投与、仲間同士の殺し合いも問題なかった。
用心に用心を重ね、ユートピアにアクセスされない施設を建て、目を逃れる。
ユートピアの理想を叶える手段と言い訳すれば、思いのほか融通がきくことも分かった。
「さて、どうする? 君の目を騙して色々やった。ユートピアの本体さんはさぞお怒りだろうねぇ?」
「まあ、本当ならそうなる。俺の妄想の支配下になければとっくに死んでる」
「と、いうと?」
「ドクが居なければ、ユートピアは生まれなかった。それを貸しの一つとする」
「……なるほど、君の甘さがよく分かる」
結城はとりあえず目の前にある料理に手をつける。
誰も居ない、見晴らしのいいガラス張り、展望できる社員食堂のような場所で、各々がユートピア独特の料理を注文していた。
超未来な国がどんな料理を出すかと思えば、意外なことにファーストフードだった。
「早い、安い、旨いが理想への最短ルートというわけさ!」
「うん、悪くない。やはりフライドポテトは細いのに限るな」
ドクのタガの外れた声が久しく鼓膜を叩く。
結城も、他の者も好き放題に食い散らかしている。
「マスター、よろしければ私のもどうぞ」
「どうした、口にあわなかったか」
「少々、塩気が」
結城は差し出された容器を手に取り、一口食べる。
「俺のよりしょっぱいな」
「早い分、ムラが出るんだろうね。まあそんなことを気にする暇があったらさっさと食って研究に取り掛かるべきだよ、研究者はとくにね」
マッドサイエンティストは言う。
食事よりも研究のほうが大事らしかった。
「俺のなら食えるんじゃないか、ほら」
自分のポテトを一本つまみ、レイランの口元に差し出した。
「……では」
レイランが受け取ろうとするが、その手を何者かが掴んで止めた。
「銀風、何の真似ですか」
「まったく、お前というやつは、何も分かっていないんだな。いいからそのまま口をあけろ」
「は、はぁ」
「さあ結城、入れろ」
「お、おう」
結城の摘んだポテトを、レイランが口で貰う。
「ど、どうだ?」
「……はい、これなら食べれます。美味しいです」
僅かに赤みがさすレイランの白い頬。
照れくさそうに微笑む結城。
そんな二人を見てサンドイッチに噛り付く新月。
「銀風、なぜこのタイミングで敵に塩を送るような真似を」
「結城にちょっとしたご褒美だ。もちろん、私もこのままでは済まさんよ」
何かたくらんでいるようだったが、結城がそれに気づくことは無かった。
ふと、銀風は気付いて結城に問う。
「ところで結城、お前の理想は結局どうなったんだ?」
「それのことか。どうなんだろうな」
「そのことなら、このあとすぐに分かるさ」
ドクは再び、静かな声に戻って語る。
「結城、君はこの世界で数少ない、自らの理想をこの世界の頂に置いた者だ。君にはその理想を実現する権利がある」
「権利? 妙な話だな、権利だなんて。神か何かでもいるみたいだ」
「まぁ……話は本人から直接聞くといい。今此処にいる私が喋るのは禁じられていてね」
結城は要領を得ないドクの話に、首を傾げるしかなかった。
食後にゆっくりお茶をして、結城は再び仮想実現の部屋を訪れる。
結城ただ一人が、その部屋に居た。
スピーカーから声が流れる。
「じゃあ、接続を始め……」
「結城! 祝杯あげるんだから、さっさと帰ってきなさいよ!」
「マスター、どうがご無事で」
「結城、パーヴァートとして胸を張って来い」
「ふふ、あとでゆっくりお茶でもしましょう」
行った先で何をするのかは聞かされていないし、分からない。
だから誰もが心配しているのだろう。
だが、何も問題は無い。懼れることなど何も無い。
俺の妄想は誰よりも強い。この理想は何よりも誇り高い。
「さて、行くか」
前世の頃と同じ、未知なる道を、ありのままに行くのみ。
結城の体は淡い光に包まれ、やがて散り散りになって部屋から消失した。
ユートピアより遥か遠く東方、もう一つの理想郷アルカディア。
その玉座に君臨する一人の王、アルカ。
「ドクか……そうか、成ったか」
「ああ、なったよ。彼の想い通りだ。ようやくここまで来たんだねぇ」
「ようやく準備は整った、といったところか」
満点の星空を、玉座の間の窓から眺める。
小さな通信機器から流れるドクの声は少し騒がしい。
「これでやっと、彼と、私たちの理想が叶う」
「クヒヒ! 何を言うかと思えば、この理想が叶わなかったら、この世界に居る理想人の苦労はぜーんぶ水の泡だ。精々足掻こうじゃないか? 神様って奴にね」
体が光に包まれたかと思えば、急に視界は闇に覆われた。
「ようこそ、理想の最果てに至りし者よ」
体に電気が走った。
一番最初に聞いた。聞き覚えのある声が聞こえた。
あの時はまったく動けなかった。むしろ動かす体も無かった。
だが今は違う。
理想の姿を得て、妄想の力を持った。
「よく来たね、おめでとう。君は自らの理想を叶える境地に至った」
「…………」
そして今は、声の主がよく見える。
神父の恰好をした、一人の男。
「どうだろう、君の心境を聞かせて欲しい」
「やっとか、って感じですかね」
「正直だ」
「当たり前です。俺がどれだけ待ち望んだか……何度裏切られたか」
いつまでも待ち続けた。
人類滅亡、地球滅亡、その他諸々の予言に踊らされた。
そしてどこまでも探し求めた。
どれほどの神秘も、魔境を巡り、しかし何一つ見つけられなかった
「それでも諦めるわけにはいかなかった」
何度も落胆し、心がやがて快楽も辛苦も感じなくなるほど麻痺しても、手放すことなく抱き続けた妄想。
何度も挫折し、夢がやがて重さを増し、支える力を衰えさせても、下ろすことなく背負い続けた理想。
「妄想創造、これは必ず成し遂げる」
「素晴らしい理想だ。そして、君はその理想を成し遂げる境地に至った。この世界で、四人目の」
「四人目……四人しかいないんですか?」
神父服の男は頷く。
「さて、それも含めて、私は君にこの世界の全てを説明しなければならない。そして君に役目を与えなければ」
「よく分かりませんね」
クスクスと男は笑う。
「とりあえずお名前を伺っても? というか、あなたは何者なんですか?」
「ああ、これは失敬。私はいわゆる、神様だよ。この理想を叶える世界、ネクストワールドのね」
「神様……神様っ!?」
結城は驚きに声を張った。
「正確に言えば創造主かな。法理を定め、存在を固め、世界を創った」
「そ、そんな神様が俺にわざわざ説明してくれるんですか」
「ああ、だがあまり楽しいことではない。心して聞いて欲しい。少々永くなるし、小難しい」
「は、はい」
結城は緊張に身を強張らせる。
なにせ神様が目の前にるのだ。無礼な態度を取れば何をされるか分からない。
もしかしたら理想を叶えるチャンスを取り上げられてしまうかも分からない。
「さて、この世界を創ったのは私だが、私は元々人間だ。こことは別のね」
「えっ」
いきなり結城は呆気に取られた。
元人間が、世界を創るという神のような所業を成したというのか。
「私が抱く理想の強さが、私が神になるという奇跡を起こした」
神になるほどの理想。それが一体どれほどの……
「神になるのが理想、ではないんですか?」
「いいところに目をつけた。そう、私の理想は神になることじゃない……神を殺すことだ」
一人の男がいた。
その男は創造神によって生み出された者の一人だった。
神はあまりに気まぐれで、不条理で理不尽であった。
男は不条理と理不尽を最も嫌い、ゆえに父である神も嫌いだった。
男は人生の中で、尽く不条理と理不尽を敵視し、抗い、戦い続ける人生を送った。
そのあまりに執念深い生き方に、神は興味を持った。
どうしてそこまで理不尽に抗うのか、どうしてそこまで不条理を憎むのか。
それらは自分に関係の無い、むしろ自分が得をすることですら対象であったからだ。
欲と理を共に有する人間が、自分にとって得をもたらす者にさえ敵意を向ける、その潔癖な姿に魅力を感じた。
人生を全うした男は、まず先に神の御前に導かれた。
「男よ」
神は男に問うた。
「何ゆえ、不条理と理不尽を憎むのか」
男は答えた。
「それが不条理で、理不尽であるからだ」
「それが自らを潤すとしてもか」
「それが他者を害すからだ」
「他者を害すと、お前も害されるのか」
「そうだ」
男は迷い無く答え続けた。
しかし神は、男の抱く理想は叶わないと告げる。
「男よ。不条理と理不尽は世の理だ。存在する限り、決して取り除かれることは無い」
男は沈黙する。
残酷な答えを土産に、もはや不条理も理不尽もない場所へと送ろうと神は考えていた。
しかし、男は答えた。
「なれば神よ、私が神ならば、不条理と理不尽のない世界を創る」
気まぐれな神は、その言葉で気まぐれを起こした。
それは永い時間に飽きていたからか、多くのものを見すぎて見飽きていたからか分からない。
「その言葉に、偽りは無いか」
「私のこれまでの人生が言葉の変わりだ」
「面白い。ならば成して見せよ」
神は自らを贄として、男に神の力を与えた。
人間が神になった瞬間であった。
まず、男はこれまでの世界を終わらせた。
それまで在った世界は、公平に平等に、善も悪も世界と共に失せた。
公平なら理不尽ではない。平等なら不条理ではない。
男の親が自分を産み落とした世界、自らの子が生きる世界を、あっけなく、躊躇いも無く滅ぼした。
男は新たに世界を創った。
自らが理想を叶える力を得られたように、理想を実現できたように。
誰もがその機会を得られるように。
まず選ばれたのは、二人の男女だった。
一人は、神無きゆえに、我が神であると。しかし人間に固執した王。全能と万能の王を理想に抱く。
一人は、神を冒涜せし、己が神すら造る。しかし狂った科学者。人造神権を理想に抱く。
共に神に抗い、神に仇なす者。戦友となり、親友となり盟友であり、朋友となれるであろう人間。
神の権限によりて、違う世界から召喚した二人。
自らが作った理想の法理に当てはめれば、神に匹敵する力を持つ。
言うまでも無く、不屈にして潰えし理想を抱く者は全て呼び寄せた。
世の不条理と理不尽に、理想を殺された人間が誘われる法理。
これをもって、不条理と理不尽の権化たる神々を滅ぼすための世界。
「神の定めた法理に逆らう。それが神となり、この世界を創った理由だ」
「す、すげぇ……壮大すぎる……」
素直に驚く結城。だが神父姿の神は逆に結城を称賛した。
「なにを、君の理想も私に劣らず途方もない。よくぞここまで来たものだ」
「俺の前世には神もクソも無かった。この世界が無けりゃ、俺の理想は潰えたままだった」
「互いに不屈な理想を抱く理想人というだけの話だ。さて、ここからが重要だ」
男の表情が真剣なものに変わる。
「簡潔に言おう。多くの神々がこの世界の存在を快く思っていない」
「多くの神々というと……」
「異世界の神々だ。つまり、無数に存在する、ここではないどこかの神々だ」
「あっ、そうか。やっぱり異世界はあるのか」
「そうだとも。この世界から見れば、君も異世界から来たのだから」
この世界以外に別の世界がある。自分とは違う世界から来た人間を見ても、いまいちしっくりこなかった。
とはいえ自分の居た世界にはフェアリーもエルフもアマゾネスも、ドラゴンも神もいなかったが。
「理想を実現するということは、自分の望む世界を創ることに他ならない」
「世界を創る、神みたいですね」
「そう、言うなれば神に並ぶ所業。そこで、四人目の理想を叶えられる人間である君に、一つ頼みがある」
これまでの壮大な話から、自分に関係するようなことが、結城には想像がつかなかった。
いや、予想はつくが、まさか自分にそんな、という想いのほうが強く、イメージを拒んでいたのだろう。
「私と共に神と戦って欲しい。この世界で」
その言葉に、結城の頭は衝撃に揺らされ、体は火がついたように火照った。
そう、興奮したのだ。
神に抗う、神と戦う。その夢のような話に高揚した。
「本来ならば、君は君の望む新しい世界を創造し、そこに主として君臨する。君の妄想は成就される」
「俺の世界が出来るわけか……」
「だが、この世界によって生み出された新たな世界、神々はきっと許さないだろう。私はせっかく君が叶えた理想が、神の不条理と理不尽に殺される様を許しては置けない」
なるほど、と結城は思った。
神の不条理と理不尽に抗うために造られたこの世界は、ようするに神からのウケがよくない。
神というのが神話の神なのか、それともまったくべつの神なのかは分からないが、とにかく何もしないということは考えにくい。
だからこそ、自分と同じレベル……つまり、神にも等しい力を得た自分をネクストワールドに置き、守護者として機能して欲しい、ということだ。
「私が最初に招いた一人の男女。彼らも理想を実現させ、私の世界に二つの理想郷を築き君臨している」
「二つの理想郷……まさか、アルカとドクが?」
「そう、彼らが理想郷における主の役割を担っている。君も彼らと同じように自らの理想郷を持てる」
本来ならば、自分の望む法理を定め、自分の求める存在を固め、自分の欲した世界を創る。
しかし、それをネクストワールドの中で自分の理想郷を創り、そこに君臨することで一応の完成ととる。
そうすれば、孤立した自分の世界が神に総攻撃を受けることはなく、ネクストワールドもより神に対抗できる力を持つ。
仮にネクストワールドが神に滅ぼされれば、もはやどれだけ不屈な理想でも、不条理と理不尽に潰され、救われないまま。
「……ちょっと質問いいですか」
「どうぞ」
「神との戦いは永遠に続くんですか?」
「分からない。神がその気を失くせば終わるだろう。例えば神が束になっても敵わないというような」
「神に俺が太刀打ちできるものなんですか?」
「神と直接対抗できるのはさすがに私だけだ。君たちには、いわゆる<神の使い>を相手にしてもらうだろう」
「戦いが終わったとして、その時に改めて自分の世界を創るのは可能ですか?」
「もちろん。君はその力を手にしているのだから」
「……このことを、誰かに相談することは出来ますか?」
この問いだけ、神は少し考えてから口を開いた。
「構わない。ただし、君が信頼し、戦力として数えられる実力者に限る。せっかく叶えられる理想が神に台無しにされるかもしれないと噂が広まっては、理想人の活動に支障が出るかもしれない」
「分かりました。この場で答えを出すのは、ちょっと」
「なるほど。では日を改めて答えを問おう。君の理想が叶うことを祈っている」
結城の体が再び光に包まれ、その視界は暗転する。
「あ、名前聞きそびれた」
「と、いうわけなんだけど」
「戦争やってたら理想に届いちゃいました。っていうのは分かりましたわ」
再び食堂に戻り、結城はこの世界のことを話した。
「異世界の神……銀風、どう思いますこと?」
「相手が神だろうがなんだろうが、私はパーヴァートとして、結城の相棒として戦うだけだ」
「うっわ、なんてキザったらしい……まあ、別にいいですけど。ところで結城、自分の世界を創った暁には、私もそっちに乗り換えさせていただいてもよろしいのかしら?」
新月は人差し指と中指で挟んだクッキーを突き出しながら問う。
「新月を、俺の世界に受け容れる?」
「もちろんよろしいですわね?」
「私は結城の相棒だから問う必要すらないがな」
ふと考える。
自分の妄想は、現実の拒絶を実現させた純粋な妄想世界。
「まさか、今更お前の前世での現実と私たちを比べているのではないだろうな」
「あっ、いやそんなことは」
「私とお前は同じパーヴァート。住む世界が異なっていた時でも、お前の妄想は私の妄想と触れ合っていた。お前の求める物、私は理解しているつもりだ」
銀風は、かっこつけながら信頼しろ、と言っていた。
結城にはそれがすんなりと分かった。
「お前が見てきた物と一緒にするな。私はお前を裏切らない」
「最初から、そのつもりだよ」
「結城!」
銀風はテーブルを乗り上げて結城の首に抱きつき、後ろに倒れそうになるも、なんとか堪える。
「そう言ってくれると信じていた。だから私もお前の信頼は絶対裏切らないからな!」
「お、おうっ」
柔らかい感触だった。
だがそれ以上に、心と心の通い合うような、暖かな感覚が少し新鮮だった。
「まったくはしたないですわね銀風」
「ふん、お前はお高くとまっていろ。私と結城だけで、幸せな世界を過ごすから」
「なっ!? 結城、当然私も連れて行ってくれますわよね!?」
「ふーんどうかな」
「銀風うるさいですわ! 私は結城に聞いているのですわ!」
一度、リセットかけた。
とりあえず、ここからどうするのか。
今度はレイランとチェリーも加わる。
「私はマスターの剣です。敵が神であれ魔王であれ、造作も無く斬り捨てて見せましょう」
「レイランは本当に頼もしいなぁ」
「ところで、マスターご自身はどうされるおつもりですか?」
「それなんだよなぁ」
実質、選択肢など無いに等しかった。
自分の妄想が神すら敵ではないと過信して、自らの世界を創ったとしよう。
万が一、神の大軍勢に攻め込まれでもしたら、その先に待っているのは悲劇しかない。
「でも、わざわざここで理想郷創ろうって気にもならないんだよ」
「私もマスターは支配者として君臨するには少々、人が良すぎると思われます。そこがマスターの魅力でもありますが」
「まぁ、柄じゃないわね」
結城の手元でお新香を齧っているチェリー。
「ところで、世界を創るって言ったって、具体的には何をどうするのか分かってるの?」
「具体的に……あー」
漠然としたことしか分かっていなかった。
チェリーは溜息をこぼした。
「そこらへんは先輩に聞いてみましょうよ」
「先輩?」
「ほら、ここにも居るじゃない。狂った先輩が」
ということで、次はドクを招いた。
「まあ、一朝一夕では出来ないよねぇ。さすがに」
「そうなんですか」
「まあそれも理想によるんだけど。私の場合は一からプログラミングしたよ。そうして完成した世界をこのネクストワールドに落とし込んで、ユートピアは生まれた。あっ、この場合のユートピアは今の理想が宿ったものとは違うからね。あとアルカはあまり参考にしないほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「アルカの理想は全能の王とか万能の王。いわゆる超天才だ。スパコンの計算を頭の中で出来るような化物を参考にしたってなんにもならないだろう?」
酷く大雑把な例えだが、きっと間違っていないのだろうし、分かりやすかった。
「まあ、その人次第ってわけさ。前世で何か役に立ちそうな趣味とか無かったのかい?」
「うーん……執筆かな」
「執筆?」
「俺は色々忘れっぽいから、妄想を小説って形で書き溜めていた」
「なんだ、それなら簡単だ!」
ドクは再びタガの外れた声でハイテンションに語りだす。
「君は執筆という形で世界を創っていけばいい! 理想の世界は抱いた理想と関係性のある方法で創った方がやりやすいからねぇ!」
「執筆で、文字で世界を創ればいいのか、なるほど」
誰に見せるわけでもなし、気負うこともなく伸び伸びと書いていられる。
納期や締め切りがあるわけでもない。
「解決したようだね。それじゃあ私は研究に戻るとするよ」
ドクは立ち上がり、その場を去ろうとする。
「まだ研究するのか。ユートピア以上にすごいのが造れるのか?」
「すごいものを造るだけが研究じゃないさ。新境地を開拓するのも科学さ。それに、科学は常に進歩する。手段を問わねばね? いずれは新たなユートピアも作れるかもしれないよ。君もね」
そう残して、ドクはこの場を後にした。
結城も答えが出たので、ひと休みしてから神の元へ赴くことにした。




