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56話目 妄想独走VS理想虚構

「憧れてた」


 憧れていた。薄く、透明な壁を隔てて、向こう側。


「憧れてたんだよ」


 正義を貫く者、悪の華を咲かせる者。強さを追い求める者……


理想郷ここに来ても、変わらなかった。どこか、遠いものに憧れて、惹かれていた」


 究極の剣戟を求める剣士。


 最強の称号を欲する挌闘士。


 平穏と共存を目指す魔女


 安全の名誉を貫く勇者。


 闇黒の光輝を成し遂げる英雄。


この世界、どれほどの力をもってしても、更にその上が在る。

 そしてその間には、果てしない差がある。


「憧れて、惹かれて、追い求めて、手を伸ばして……」


 そう、そして届かない。現実は決して妄想を許さない。

 幻を嘲笑い、夢を食い。ことわりは頑なに葬り去ろうとする。


「でも諦めきれないだろ。諦められるなら、とっくに夢見る事なんてやめてる」


 生きがいすらない現実に心が折られようと、心の火は消えず。

 不死鳥のように舞い上がり、燃え上がる。


「救われず、報われず、それでも往生際悪くやってきたんだ……ふふっ、今更手放すものかよ」


 どれほどの苦境、過酷、困難を凌ぎきった。これからも変わらない。


「見失うな。現実なんぞに目もくれるな。辛く苦しい、泣きたくなるほどの悲劇げんじつを前にしても……」


 虹色の光が胸に集う。虹色の極光、極彩色の光輝。

 それは現実すら塗り潰す、無限を実現する光。


「見るべきは、実現すべき夢……高く掲げた理想で、空を衝くッ!」


 結城はしかと目を見開く。

 目の前の不条理と理不尽の塊。すなわち現実てきを見据え、己が妄想を実現す。


「そこに映った幻を見つければ、必ず辿り着く……妄想独走」




 昂ぶる心と沸き立つ体に巡る衝動。

 身を任せて剣を振り抜くと、虹の斬撃波が鋼鉄の兵器を両断する。

 大きな機械は、その巨体に不釣合いな機動性の良さに驚くが、結城の妄想力はそれさえ凌駕する。


「はぁっ!」


 結城は上から真っ直ぐに振り下ろし、人型の機体を左右に割った。

 左右に分断された機械。

 次の瞬間、異形の化物が尖った手で別たれた左右の半身をこじ開け、吹き飛ばした。

 長い手、長い首を持つ竜だった。

 威嚇の咆哮。しかし、それはすぐに止んだ。

 真っ直ぐな刃が竜の眉間を容易く貫いていた。


「ターゲット、カクニン」


 無機質な声が機械も異形も全てを焼き尽くし、更に猛火が迫る。


「イノウ、フレイムタン」


 襲い来る炎の波。

 結城は落ち着いた動作で剣身を指でなぞり、炎に向ける。


「究極零度・エクスキュートス」


 それは魔法だった。

 純粋な魔法ではない。

 しかし純粋な妄想が生み出す魔法であった。

 それは、魔法よりも魔法らしい、魔法だった。


 炎も異形も兵器も、あらゆるものを巻き添えに凍結し、氷像を創り上げた。


「ワイバーン!」


 そして結城は跳んだ。

 直下、ワイバーンが顕現し、堕ちてきた結城を乗せて羽ばたく。

 氷像を越え、遠く離れたユートピア本体、水晶へと近づく。

 しかしユートピアの出現させた対空兵器のミサイルが激しく、回避に専念せざるを得なくなる。


「多すぎてさすがにキッツいな……仕方ない。妄想顕現!」


 結城の妄想が創造され、眩い光が一つに集う。

 それは一人の青年の姿を象る。

 白地に金の刺繍の入った王威の衣。

 眩い金色の髪と、満月のような輝かしい瞳。


「やっと俺を完全に顕現できるまでに成ったか」

「頼んだ、クリスト」

 

 クリストの体はまるで無重力であるかのように浮いていた。

 そのまま大きく、優雅に腕を広げる。


「光輝・極光オーロラレイン


 次の瞬間、降り注ぐ極彩色の輝きが、巨大な柱のように降り注ぐ。

 空飛ぶ戦闘機を叩き落し、地を這う戦車や対空兵器、高機動の人型兵器ですら叩き潰す。


「ここは任せろ。いけッ!」

「おうっ!」


 ワイバーンを駆り、結城は空を往く。

 空が低くなり、やがて天井に変わるにつれ、高度を低く落とす。

 結城の妄想による地形変化を、ユートピアの仮想がせき止めているのだ。

 速度をそのままにワイバーンを妄想に還元。結城は着地するが、勢い余って転げる。


「あいたた……んっ?」


 周囲を見ると、様々な少年少女の姿があった。


「異能者の仮想か?」

「ガイアモンド、コウセンカイシ」


 茶髪の少女が手を翳すと、まるで水晶の剣のように、ダイアモンドの剣が出来上がる。

、異能者は異能以外は普通の人間と変わらない。その身体能力も、鍛えていなければ常人レベル。

 しかし、ユートピアの仮想がそれに一流の剣士の剣技を当てはめた。

 その太刀筋が結城を襲う。


「ぐっ……」


 斬撃が瞬く間に1、2、3、4……

 隙のない攻撃が途切れなく。


「ありがとう、レイラン」


 斬撃が止まる。

 ダイヤの刃が地に落ちたからだ。

 

「レイランから稽古つけてもらってて、本当に良かった」


 クリスタルの刃がガイアモンドを切り裂く。

 仮想のガイアモンドは出血し倒れると共に消失する。


「アクアマリン、オーバーヒート、コウセンカイシ」


 しなるような水の鞭を結城は跳んで避ける。

 その先にオーバーヒートの作り出した溶岩の池が待ち受ける。


キュートス」


 溶岩は一瞬にして冷たい岩になる。

 その上に着地するが、水の鞭の追撃、猛火が前後から迫る。


「仕方ないか。仲良くやってくれよ……妄想顕現」


 突如、結城の体を闇黒が包み込む。

 水も猛火も、全てが闇に吸い込まれ、飲み干される。


「この俺を、まさか手駒とするとはな」


 アクアマリンとオーバーヒートがバランスを崩す。

 見ると、地面が真っ暗な沼のようなものに変化し、足から飲み込み始めていた。


「今だけはクリストと休戦してくれ。頼む」

「分かっている。お前は存分に力を振るうがいい」


 結城を包んでいた闇は晴れ、その隣にはダクストが立っていた。


「有象無象は俺が全て食っておく。行って来い、永年の夢を果たして来い。妄想の力を示して来い」

「ありがとう、行って来る」


 結城は駆け出す。

 ダクストはそれを見送り、残った仮想の異能者に向き直る。

 未だに多くの異能者が残り、一際強い力を放つ一組の少年少女。


「マクスウェルノマジョ、セントウカイシ」

「インフィニティ・エア、セントウカイシ。ラブラスシステム、キドウ」


 ラプラスシステム。未来を予知する先読みの異能。


「エラー。ヨソク、フカノウ」

「一寸先は闇、というわけだ。で、どうする? からくり人形よ」

「エア・プラズマ」

「ラプラスレイザー」


 破壊力の権化たる光がダクストを襲う。

 が、突如現れた闇黒の壁が光を受け止め、飲み込んでいく。


「その程度か、異能者」

「レベルアップ、フルリミット」


 インフィニティ・エア、マクスウェルの魔女の周囲に、幾つもの光源が出現する。

 それらのすべてが、莫大なエネルギーを圧縮させたものだとダクストは感じ取った。

 その上で、ダクストの表情は変わらず余裕だった。


「閃黒残光」


 光源から迸る光が幾条もダクストに向かう。

 それに対して、ダクストは同じ本数、細い闇の筋を放つ。

 僅かな闇が極大な光を貫き、貪り尽くす。


「レベルの上限に至って、この程度か。仮想の傀儡」

「リミッター、リリース。レベル・アンリミテッド」


 更なる力が二人に宿る。仮想の力が最大限に発揮されようとしている。


「諦めの悪い奴だ。まあ、この程度で諦めるようなら、この俺の前には立てまいよ」


 ダクストの両手に黒い刃の剣が生まれる。


「闇黒双頭・ダクスイオン。さあ、仮想よ。この俺に、奴の妄想に、お前の仮想が届くが確かめてみろ」




「冗談キツいって」


 結城の眼前には、機械も異形も、異能者も無い。

 あるのはユートピアのコア。そして二人の人影。


「データ・ゾーイ、データ・アケ、トランスレーション」


 ゾーイと朱。二つの姿が仮想で投影される。


「ここに来てボスラッシュとは……しかもラスボスクラス」


 そう言いながらも結城は臆することなく剣を構える。

 いかに結城の妄想といえど、ユートピア軍の中でもトップクラスを二人同時に相手にでは勝てるかどうか。


「レイラン、俺に力を……」


 意を決し、結城は前に出た。

 ゾーイがそれにあわせて動き、朱が支援射撃で結城の動きを妨害する。

 体を逸らし、剣で銃弾を弾きながらゾーイと接触する。

 結城の水晶の剣とゾーイの青い刃が重なり合う。

 結城の横薙ぎをゾーイが受け止め、即座に受け流しからの回転斬りを繰り出す。

 回転斬りを、腕を捻り逆さに構えた刃で受け止める。

 そのまま刃を滑らせながら距離を詰める。

 しかしゾーイは俊敏な動きで背後へブースト移動で回避し……。




 部屋は朱の殺気で満たされていた。


「ドク、どうして私のデータがアレに入っている」

「アレはユートピア内のあらゆるデータを掌握する権限を持っている。朱やゾーイだけじゃない。MGシリーズ、人体改造、生物兵器、電脳技術……私が新たに生み出さない限りは、アレの知能は私と同等というわけだ」

「なるほど。それで私をアレと戦わせなかったのか。完全なコピーなら私とは拮抗するばかりだ」

「いや、勝てる。全力を出せば」


 簡単に、そしてはっきりと断言するドク。


「でも言ったろ? 朱は私の最高傑作だ。テーマは影。全力を明らかにしてはならない。奥の手は最期の時までしまっておくものだとね?」


 朱はドクから目を離し、結城を見る。


「だが奴を相手にしていたら、私の不死も意味を失くしそうだな」





 此処しかないと、結城は跳んだ。

 レイランより教わった、踏み込みの重要性。

 敵の攻撃を迎撃しながら確実に敵を討つ剣技。

 それを身につけた時、恐れを知らぬ踏み込みは銃砲の一撃を凌駕する。

 刹那の斬撃、ブレードを有するゾーイの左腕を斬り上げ、切断する。


「キンキュウカイ……」

「ッ!」


 振り上げた右手の剣に、左手を添える。

 流れる動作で、一瞬の間も無く斜めの斬撃がゾーイを切り裂いた。

 一間二残ひとまふざん

 時間と間合い、たった一間において、二つの残像を見せる斬撃ゆえに名づけられる境地の技。


「セントウ、ゾッコウ、フカノウ」

「!?」


 咄嗟に結城は横に跳ぶ。

 ゾーイの体はバラバラに砕け、砲弾が貫いた。


「108ノジュウコウガ1ツ、ギガントカノン」

「朱か……」


 アルカディアで開かれたグランプリの決勝において、蓮華が戦った相手。

 どうやら最初から全力のようで、ついさっきレイランと戦ったときの不定形な体を蠢かせている。


「アケ、コウセンサイカイ」


 仮想の朱は躊躇無く立体的な影を伸ばす。

 水晶の剣は造作も無くそれを切り裂くが、影は一時的に弾き飛ばされ、分散されただけで再度襲い掛かる。

 何度も何度も切り伏せる。だが繰り返すうちに影はどんどん細かく分かれ、無数の茨のようになって腕や足に絡みつく。


「くっ、妄想顕……」


 突如、眩い閃光が結城の横を遮るかのように走った。

 黒い影は焼かれ、爆風が吹き飛ばす。


「大丈夫か、結城!」


 眼前に着地するクリスト。


「敵は一掃した。あとはアレだけだ」

「ありがとう、クリスト」

「……まぁ、自分の妄想に礼を言うのはいつものことだな」


 結城とクリストは。

 ゆえに、気付かなかった。


 結城の足元、自らの影が蠢いていた。

 ズルズルと這いずり出てくるのは、黒い忍び装束を着た紅。

 その手には、漆黒のクナイ。


 ズンッ、と衝撃が響き、腕が落ちた。

 紅は痛がるよりもすぐに影に沈んで身を隠した。


「足元が留守だぞ、結城」

「すまない、助かった」

「なに、私の宿敵にして、いずれこの背を預ける男にこんなところでくたばられては困るのでな」

「勝手なことを言うなダクスト。結城はお前のものにはならない」

「それを決めるのは結城自身だ。まあ、堕としてみせるがな」


 睨みあうクリストとダクストに挟まれ、結城は苦笑する。


「今は目の前の敵に集中してくれると助かるんだけどな」

「案ずるな。すぐ片がつく」


 ダクストは、闇黒の剣を抜く。


「影ごときが……身の程を知るがいい」


 右手に剣を下げ、左手に闇黒を纏わせる。

 歩を進めるダクストの影が揺れ、本体とはまったく別の動きをする。

 立体的に浮かび上がり、剣の影がダクストを狙う。


「失せろ」


 ダクストの声と共に、影は形を保てず崩れ去る。

 水溜りのようになったかと思えば、すぐにダクストの影に戻る。


「108ノジュウ……」

「纏え、暗黒」


 朱の体に突然、黒い霧が纏わりつく。

 黒い霧は全身を薄く覆う。


「コウドウ、フカ。ブンセキ、フカノウ」

「なるほど、ダークマターを影と呼んでいるのか。奇しくも本当に影を操る物質のようだ」


 ダクストは朱のすぐ目の前にまで迫り、立ち止まる。


「だが、この原初の闇黒、闇の使者である俺と相対し、俺から闇黒の支配を奪うなど、出来ようはずも無い」


 ダクストの左手が纏う闇黒が瞬く間に膨れ上がり、巨大な魔人のような外見のモノになった。

 両腕の巨大なナイフ、巨人のような体躯と亡者の相貌。

 黒い霧に身動きを封じられた朱は、なす術なくその手に掴まれ、死臭のする口にへと引きずり込まれた。

 生命の宿らぬ眼窩の魔人は、ただただ咀嚼をし続ける。

 次の瞬間には、全てが幻のように失せていた。


「仮想では栄養にもならないか……さて、残るはお前だけだ、理想の主よ」


 結城は振り返る。そこには屍の平原が広がっていた。

 というのは盛りすぎであるが、兵器の類は完全に壊滅させられ、異形は無惨にバラバラにされていた。異能者に至っては存在した形跡すら見せないほどに、消失させられたのか、拾える骨も見えない。

 そして、それら全てが仮想で、投影された虚構である。

 それを証明するかのように、何もかもが消えていた。


 ここは薄暗い部屋。ユートピアの本体である水晶だけが光源の部屋。


「クリスト、ダクスト。ありがとう、助かった。でもここからは……」

「分かっている、邪魔をする気はない。むしろ俺たちを顕現している許容量を集中させた方がよかろう」

「結城、油断するなよ。危険なときは遠慮せずに頼れ」


 光と闇。自分の相反する二つの理想の姿が消えていく。

 残るのは結城とユートピアの核のみ。


「あの二人が、貴方の世界?」

「始原の光輝と原初の闇黒。俺の世界の根本にある者たちだ。そして、最後に俺自身……もっと色とりどりの妄想を魅せればよかったか?」

「いえ、これから見させていただきます」


 ユートピアのクリスタルが、眩い光を放つ。

 そして光は今までと違う挙動を示した。


「光が、変身してる!?」


 まず型が出来上がり、次に色に彩られ、そしてそれは実体を得る。

 それは一人の少女の姿。

 室内でありながら、美しい青海を思わせる鮮やかなエメラルドブルーの髪。

 ブルートパーズのような、輝きを放つ瞳。

 穢れ一つ無い砂浜のように白い肌。

 しなやかで繊細な細工のような体は、黒地に青い光の線の敷かれたピッタリとした衣服で、限りなく無駄を排して体を覆っていた。

 胸の前にかざす両手の間には、丸い水晶があった。

 極光の輝きを放つ、理想の彩を誇る仮想の光。

 少女の姿は妖精のように神秘的で、湛える微笑は女神のように慈悲深い。


「ようやく本物を見せたな。ユートピア」

「貴方の想いが、私を再び蘇らせてくれた。感謝しています」

「ふふ……さあ、クライマックスだ。こっからは神速と最強の比べあい。準備はいいか?」

「そちらこそ、ここまで来てウッカリなど起こさないでください。機械である私にはその心配はありませんが」


 結城は笑んで、剣を構えた。





「馬鹿な、そんな馬鹿なことがありえるのか?」


 それはあまりに予想外で、朱ですら驚いていた。

 あのドクが、信じられないモノを見るように驚いていることに対して、朱もまた信じられないモノを見るように。


「お前がそこまで驚くとは、よほどこの現象が奇想天外だったのか?」

「当たり前だよ朱。奇想天外どころではないよ。失われたはずの、理想として完結したはずの魂が、再び蘇ったんだよ? これは理想が覆ったということだ」


 いまいち、誰もがピンと来ない。


「言うなれば、肉体は既に火葬され、精神は既に消失し、魂は天地に召されたはずの人間が、理想を一つ残しただけで、それを依り代に生き返った。それくらいにありえない話だよ」


 強い理想が魂を呼び戻すほどの力を有していたのか、魂がそれほどに強い想いを抱いていたのか。

 どちらにせよ、ユートピアの魂は、再びこの世に顕現した。


「ねぇ、結城は勝てる?」


 チェリーが誰にとも無く問う。

 それにレイランが自信をもって答えた。


「マスターならば、必ず」

「どうだろうね。あれだけの仮想を相手にしたんだ。疲労がまったく無いなんてことはないだろう。その上で更に強い能力を発動させるというなら、安全装置を解除して、捨て身でいくしかない。つまり、彼は……」





 結城は剣を構えた。

 意識を妄想に集中させる。

 全てを想い通りにする。

 現実が自らの妄想の一部であるように。

 一点の淀みなく澄み切った、完璧で完全で完成された妄想を実現させるために。


「妄想創造、全開。げんくうもうそう


 より強く、より速く、より遠くに、より高らかに、妄想を顕現させる。

 仮想を凌駕する。

 残り時間は180秒、それが限界点。


 ここからは神速を凌駕する、絶え間なき妄想の超光速戦闘。


解放オープン!」


 ユートピアが繰り出す光の大奔流に、結城は飛び込んだ。




 仮想より生まれた百の腕を持つ巨人は、妄想の獣王の牙に食い破られる。

 妄想が生み出す万能の騎士は、最先端の光刃に鎧ごと断たれる。

 全能の異能者と、万能の吸血鬼が、互いに相打ち滅ぶ。


 多くの妄想と仮想が、それはまるで流れ星のように走り、瞬き、消失していく。


「超高速の妄想と仮想の展開合戦というわけだねぇ」

「弾丸も見切れる私が目で追いきれないなど……どういうことだ」

「彼らは今思考で殴り合ってるんだよ。電気信号の速度で展開された膨大な量の妄想は、人の目に追いきれる現象じゃないからねぇ」


 幻影のような虚像と実像が瞬くように見え、次の瞬間には消えている。

 それはまさに光が虹で彩るかのごとく、現実を塗り潰す幻想的な存在が目まぐるしく映し出される。


 それはもはや人智を超えた剣戟とか、規格外の異能とか、そういう次元ではない。

 己が心に宿した世界と世界のぶつかり合い。

 別々の神話同士がぶつかり合う、神と神の戦争に等しい。


「だが、いくら理想による力で、この世界の法理であるとはいえ、人の身でそこまで大それた真似をすれば、必ず壊れる。長くは続かないよ」

「では、マスターがあのまま届かないまま、拮抗した状態が続いた場合は……」

「まず間違いなく死ぬ。神経が完全に麻痺し、脳が焼き切れ、細胞も生気を失って活動を停止する。結城の肉体、精神、魂の全てが完全に停止し、二度と動くことはない」

「そんな……」

「見積もってあと二分と少し。それまでに祈るといい。君たちの友が、あの完全な仮想に、虚構に君臨する機械仕掛けの神に届くように」





 幼少の頃から築いた世界。そこに在る英雄、天使、悪魔、異形モンスター、異能、神魔精霊の類を全て放出する。

 業火の異能者には劫火の精霊を。

 凍結の異形には氷結の妖精を。

 旋風の能力者には疾風の神子を。

 閃光のメカには原初の光輝を。

 暗黒の物質には始原の暗黒を。


 目まぐるしく変わる情景は、頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた感触で気持ちが悪くなる。

 目が回り、妄想がブレる。

 時に邪念、被害妄想が入り、耐え難い辛苦と苦痛、堪え難い不幸感が心を襲う。


 しかし、それでも尚、結城は前へ前へと進む。


「まだだ、まだヤレる……もっと、もっとイケるッ!!」


 楽しかった。

 想い通りに、妄想が顕現できることが。

 そしてそれを、実際にぶつけ、比べあうことが。


 長く歩み、永く生きた結城が積み上げてきたこの妄想。

 自分でも満足のいくクオリティを有していた。

 この妄想を、ここまで再現して届かないというなら、もはやそれで納得するしかない。

 これ以上のものは、恐らく生み出せない。


「いいや、それでもお前は諦められない。賭けてもいい」


 頭の中で響いた声は、クリスト。


「あの世界、生きる意味さえ見出せなかったお前が、唯一、自分の妄想が現実になるかもしれないという、本当にどうしようもない理由で生き抜くほどに、お前は諦めが悪いのだから」

「それに関しては同意見だな」


 クリストの声のあとに、ダクストの声も聞こえてくる。


「あの世界では一年に何人もの人間が、自ら命を絶っていた。誰に殺されなくとも、自らを殺してしまうような世界で、お前はそれからさえも逃れた。その往生際の悪さは、称賛に値する。だからこそ結城、私はお前を選んだのだ」


 自分などに勿体無い称賛の数々。

 これも所詮は妄想だ。

 しかし彼にとって、現実が持つ価値は妄想にあった。

 逆に現実そのものの価値は、絵空事の戯言にも満たなかった。

 結城にとって、妄想こそが現実をも凌駕する真実だった。


「さあ、残り一分だ。見せてみろ。お前の究極を」

「魅せ付けて見せろ、お前の最強を」




 無数の像は突如として失せた。

 その代わり、確かな一つの存在があった。

 巨人をも上回る巨躯。

 悪魔王すら見劣らせる黒翼。

 しかし、君臨する姿は、あまりにも神々しい。


「来い、地上せかいを統べる者。無量大数アンリミテッド・ゼロ


 巨腕が、矮小な仮想の全てを、造作も無く薙ぎ払う。

 それは、或いは現実に対する憎しみの具現だったのかもしれない。

 結城の持つ力の象徴にして、現実を打ち砕く理想だったのかもしれない。


「デウス・エクス・マキナ、ジェネレート」


 すぐさまユートピアはそれに匹敵する仮想を作り上げる。

 それはまさに、機械仕掛けの神であった。

 最新よりも先を行く、最先端をも追い越した、度を越したからくり。

 まるで天使のような翼を持ち、獣とも人ともつかない巨大な体躯。

 背負う翼に反して、その姿はあまりに禍々しかった。


「顕現せよ、其の破壊の所業を見せ給え……原点回帰ビッグバーン


 時に、全てを消滅させたいという破滅願望から生まれた妄想。

 無量大数が右手を翳すと、それは造作もなく起こった。

 全ての存在を、その原型を残さず破壊しつくす爆発の光。


 対し、禍々しい天使は巨大なトリガーを有する大剣を投影する。

 碧い剣身が強く発光する。

 全てを滅する灼熱の青い光。


架空物質ホーリーマター


 その時、仮想は自らの限界を超えた。

 既知の枠組みから逃れ、自らの想像力で、まったく新たな存在を創り上げたのだ。


 創造された光が、創世の爆発とぶつかり合う。


「行け、行けッ、行けぇッ!!」

「出力最大。最大、最大……」


 残り30秒。

 地面が揺れ、空気が震える。

 光と音と衝撃の波が、双方を飲み込んだ。





 残り15秒。

 バラバラになったデウスは、流体勤続のように流れ、集まろうとしていた。


「我が行いに悔いは無く、幾度繰り返せど然り。永劫回帰ブラックホール


 無量大数は膝を抱えるように身をちぢこませる。

 それは一つの球となり、ブラックホールと化し、対象を道連れに消失する。

 流体となったデウスは抗うことも出来ずに吸い込まれる。

 残り10秒。


「うらぁああアアアッ!!!」


 最期の力を振り絞り、衰えを見せぬ妄想が生み出す瞬発力で、結城はユートピアに迫る。


「再起動、再起動!」


 ユートピアらしからぬ、必死さの伺える感情の篭った声。

 生み出した仮想は精密さを欠き、勢いだけのいわばヤケクソで放たれた銃弾。

 しかしブラックホールの引力によって、照準が上手く定まらず、弾丸は結城の体を掠めていく。

 雨のように降り注ぐ銃弾。結城は弾き、避け、受けてでも近づく。


「届けぇっ!!」


 刃が虹色に輝く。藍の少女が持つ、水晶にあと少しで届く。

 残りは3秒。

 僅かに、ほんの僅かに届かない。


「私の勝ちです」

「いや」


 残りの3秒のうち、2秒を捧げる。

 クリストとダクストの姿が、結城の背後に顕現する。

 二人の勢いを乗せた回し蹴りが、結城の背をド突き、そして結城は突きを放った。

 水晶の刃が、虹の光が、仮想の水晶を貫いた。


「俺の……」


 言葉を紡ぎ終わる前に、結城の意識は途絶えた。




 虹色の光の刃が、ユートピアを刺し貫いた。

 そこで全てが停止し、互いの光も見る見るうちに失せていった。

 そして残ったのは、剣を離さず、されど動かない結城。

 項垂れた少女と、光を失った水晶玉。

 その様子を、観客たちはどう受け止めれば良いのか分からなかった。


「マスター……」

「ゆ、結城、どうしたのよ。なんで動かないのよ!」

「0秒キッカリとはねぇ……」

「ドク、ユートピアはどうなった」

「ゆ、結城!? どうしたしっかりしないか!」

「落ち着きなさいな銀風、レディたるもの、あ、愛する者をささ、最期まで信じて……」


 少なくとも、朱とドクくらいしか落ち着いている人間は居なかった。

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