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53話目 生命

 音声は女性のような声であった。

 感情が無いようで、淡々とテキストを読み上げているような。


「そして、私は人工知能:ゾーイです」

「悪趣味だろ? 機械のAIの名前が生命だなんてな」

「ふむ……」


 平坦なゾーイの声と、馬鹿にした朱の声。

 表情はそのままながら、結城たち三人とも呆気にとられていた。

 しかし結城だけがゾーイの行動に応じた。


「初めまして、俺は結城。理想は、俺だけの妄想の世界を創ること」

「結城……データ登録を完了しました。これよりあなたは私の実用試験の課題となります。よろしくお願いします」

「すごい、礼儀正しい……」

「当然だとも。ゾーイこそ、私の最高傑作のひとつだからねぇ!」


 タガの外れたドクの声が、スピーカーから激しく響く。


「なーにが最高傑作だかな」

「おやぁ? まさか嫉妬してるのかい? 私の愛しの死神ちゃん?」

「やはりお前は生かしてはおけないか。」

「ほっほぉ、怖い怖い……いやしかし、悪趣味とは聞き捨てならないねぇ」


 妙な会話を繰り広げる朱とドク。

 結城はとりあえずいくつか問うことにした。


「なんで生命なんて名前を?」


 すると興味を持ってもらえたのが嬉しいのか、ドクの声が更に張る。


「興味を持ってくれるだなんて嬉しいねぇ」

「こんな悪趣味を理解しようってのか?」

「失敬な。機械でありながら、生命体とも呼べる存在を作るロマンが分からないとはねぇ……ところで君らは生命の定義を考えたことがあるかい?」

「生命の定義か……」


 結城は顎に手を当て考え、そして答えた。


「ある。何度か」

「へぇ、奇遇だね。参考までに、君がどんな答えに辿り着いたか聞いても?」

「存在の中での魂、意思。或いは、それを元に活動すること。といったところかな」

「ふむ、なるほど。悪くないね。魂、意志を宿す生物を生命体と呼ぶとしよう。ゾーイは、機械の生命体を目指して開発したものなのだよ」

「機械なのに、生命体?」

「そうとも。ゾーイは私が創り出した、れっきとした生命だ。意思を持ち、思考し、学習し、活動する。……だがそれは逆に、他の生命と同様の扱いをする必要がある」


 結城は言葉の意味を掴み損ねた。


「どういう意味だ?」

「要するに、彼女は生まれたての赤子。教え育てなければならないということだよ、結城。そして、その教育における学習率、適応力を今、試験しようというわけだ」

「それはつまり……」

「君が教育係だよ。君のこれまでの活躍を見込んで、君こそが教育係に相応しいと思ったんだ。それじゃあ頼んだよ。私はもう一つの傑作の準備をしなければならないからね」


 そしてそれっきり、音声は途絶える。

 結城の目の前には、鮮やかな青い光を纏う機体が僅かに浮遊した機体の姿がある。


「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」


 何をよろしくするのか、よく分からないながらも、とりあえず手を差し出す。


「えっと、どの名前で呼べばいい?」

「お好きなようにお呼びください」

「それじゃあ……ゾーイで」

「はい」


 結城は手を差し出したまま、ゾーイはその手を見る。


「これは、何を示しているのですか?」

「えっ、ああ。一応握手をと思っただけだ。友好の証として」


 結城は手を引っ込めかけるが、ものすごい速度で迫るゾーイの手に捕まれた。


「握手……新たなメンタリティを取得。さすがですね」

「こういうのでいいのか……?」


 手を離し、ゾーイは歩いて結城との距離を取り、向き直った。


「それでは、ターゲット補足、攻撃を開始します」

「マスター、お下がりください」


 結城より前に進み出るレイラン。すると同じようにゾーイを抜いて朱が正面に立った。


「残念だが、お前の相手は私だ」

「朱……」

「お前とは実際に戦闘することは無かったからな。楽しみだ」


 朱が腰のホルダーにある銃に手をかけ、レイランもまた剣に手を添える。


「安心なさいな、レイラン。結城なら私がキチンと護って……っ!」


 新月が咄嗟に右にステップするが、飛来するナイフの刃が金色の髪を何本か散らした。


「乙女の髪を……同じ女性なら、あなたにもその価値が分からなくて?」


 新月の視線の先には、紐を引っ張り、ナイフを引き戻して手の内に戻すアイスの姿。


「あなたの……あんたの相手は私だ」


 新月は鞭を構え、結城の方を見る。


「いい。新月はそっちに集中してくれ」

「でも、大丈夫ですの? アレ、得体が知れませんわよ?」

「……今までの俺だったらな。だが今は違う。見くびってくれるな?」


 結城の浮かべる不敵な笑みに、新月もまた微笑で返した。


「ふふ、頼りがいがありますわ。惚れ直してしまいそう」

「レイランも、こっちの心配はいいから」

「はい、マスター。こちらもすぐに終わらせます」


 レイランと新月は、徐々に結城から離れていく。

 その誘いに乗るように、朱とグレイもゾーイから離れていく。


「……さて、やるか」

「戦闘開始」


 結城が妄想の剣を顕現すると、ゾーイもまた自らの剣を取り出す。

 水晶を埋め込まれた白刃に対するは、機械の柄から伸びる、薄く平らな青光。

 先に動いたのはゾーイ。

 一直線に外敵である結城へと突進した。



 レイランと朱は、互いに得物を構えたまま動かなかった。


「さて、銃を相手にお前がどう戦うのか興味があった。存分に見せてもらうぞ」

「…………」


 この広い部屋で、銃を持った相手に剣で戦うのは明らかに不利。

 だがそこは最強の剣士と呼ばれるレイラン。

 臆することなく、剣を構える。


「じゃあ、始めるか」


 朱は二丁拳銃でレイランへ連射。無数の弾丸が襲い掛かる。

 レイランはあわせて駆け出す。

 弧を描くような軌道で駆けて弾丸を避ける。


「甘い」


 朱の正確な射撃は、レイランが動く先を予測して弾丸を撃つ。


「ふんッ!」


 音が響いた。弾き、断たれ、弾丸が跳ねる音。


「ほう……!」


 鞘を納めたまま駆けるレイランは突如、得物を引き抜き弾丸を両断した。

 そして流れるようなスムーズな動きで、弾丸と弾丸の隙間を縫うように動き、朱の左から右へと移動した。


「弾丸を、斬ったな?」


 右に移動したレイランに照準を定めて引き金を引くが、レイランは即座に左に跳んで回避した。

 そして左に狙いを定めると右に、右を狙うと左に、それを繰り返し、距離を詰められる。


「なら、これはどうだ」


 右手の銃で射撃を続けたまま、左手の銃を腰に納めて後ろに手を回し、新たな武装を握る。

 それはアサルトライフルだった。

 朱は左手一本でアサルトライフルを連射し始めた。

 一発一発の弾丸が乱射によって幕となり、レイランに降りかかる。

 レイランは左右の動きをやめ、朱の左手に回り込むように駆ける。


「逃げ切れるかな?」


 朱がなぎ払うようにアサルトライフルを振る。

 散らばる弾丸だが、その中の一発は確実にレイランに当たるようにタイミングをはかっていた。


「逃げも、隠れもしません」


 レイランは伏せて弾丸をやり過ごし、一気に朱へと迫る。

 その一歩で、レイランと朱の間合いを半分も縮めた。

 しかしレイランの刃はまだ届かない。

 朱は右手には、さっきまで持っていたものより二回りは大きく、銃身の太く長い銃だった。


「108ノ銃口が一つ、ウォルファング」


 重い銃撃音、大きな反動を右手一本で支え、連射してみせる。

 大口径の銃弾がレイランを狙う。


「斬鉄剣」


 レイランの気が刃に宿り、駆けながら剣を振り下ろす。

 初発、次発の弾丸は左右を通り過ぎ、三発目がレイランの頭部を狙っていた。

 赤く迸る光を帯びた刃が、凶弾を真っ向から迎えた。


 それは刹那。火花が散り、弾丸は中心線から左右に別たれた。


「やるッ!!」


 朱の顔が狂喜に引きつる。


「だが、チェックメイトだ」


 朱の左手が構える、短いショットガン。


「蜂の巣だ」


 引き金が引かれ、無数に散らばる弾丸が射出される。


「……チェックメイト」


 凛と鳴るレイランの声。

 そして逆袈裟懸け


 発射された弾丸は、レイランを貫くことはなかった。

 レイランの研ぎ澄まされた踏み込みの一歩は、朱の引き金の速度を上回った。

 懐に飛び込み、刃は容赦なく朱を斜めに切断した。


「マスターの障害となるものは、如何なる相手でも容赦はしません」


 ずれ落ちる上半身。その右手が動いた。

 握るのは、分厚いナイフ。


「っ!」


 左足を軸に回転し、刃をかわす。


「聞いていた通り、不死身ですか」

「不死身じゃねえ。何度でも死ねるだけだ」


 切断された部分から、血液が自ら絡みつき、見る見るうちに接合した。


「さあ、続きを始めよう」

「そうですね」


 レイランの体が、ブレた。

 次の瞬間、軽やかにステップを踏むように、朱の背後にいた。


「レイ、ラン……ハハッ!」


 朱の体が、上下左右に刻まれ、細切れになる。


「なら、何度でも殺めるまで、です」




「こんなに可愛いお嬢さんのお相手をさせてもらえるだなんて、感激ですわ」

「……殺す」


 新月が礼儀正しくお辞儀をする。

 明らかに視線をこちらから外している新月に、手榴弾を放り投げる。


「あ、あら?」


 次の瞬間、盛大な爆発に新月は飲み込まれた。


「……」


 それでもアイスは視線を逸らさない。

 銃を構え、狙いを定める。


「獲物からは、目を逸らさない……」


 炎は一瞬にして吹き消された。残り火はその道を彩るように、火の粉は金髪を飾るように。


「まったく、私よりも幼い女の子が物騒なものを持っていますわね」


 優々と火の道を通り、そして鞭の一振りが発する風が、全てを消した。


「少女が持つべきは火器ではなく、殿方を悦ばせ……そして飼いならす器量でしてよ?」

「黙れ、売女め」

「むむ、失敬な……」


 アイスがマシンガンの引き金を引くと同時に、新月も鞭を振るった。

 触手のようにうねり、弾丸を弾き飛ばしながら、アイスのマシンガンを叩き落とした。


「痛ぅッ……!」

「私は結城にゾッコンですのよ? 一度として、この女を誰かに売ったり、捧げたことなどありませんわ」


 続けて鞭を振るい、アイスの手首に撒きつける。


「実力差ははっきりしてますわ。一般人がパーヴァートに対抗する術はありませんもの」

「……」


 アイスは腰の拳銃を抜き、新月に向ける。

 応じて新月は鞭を引く。

 アイスの左手が引っ張られ、体勢が崩れて狙いが定まらない。


「チッ!」


 ならばとアイスは鞭を引っ張る。


「無駄ですわ。干渉力で私自身が怪力状態になって……」


 次の瞬間、アイスの体が跳んだ。


「ななっ!?」


 コンバットナイフを振り上げ、着地と共に振り下ろす。

 咄嗟に転がり、新月は刃から逃れる。


「くっ、私がこんなアクロバティックな動きをすることになるなん、てっ!?」


 銃を乱射しながら迫るアイス。

 弾丸が新月を穿ち、ナイフがその喉を切り裂いた。


「やっ……油断はしない。殺すまで」

「いい心がけですわね」


 その声は背後から聞こえた。

 振り返った瞬間に鞭が体を拘束した。


「緊縛・十三夜」


 膝が畳まれた状態で、両手は後ろで交差させられ、左右逆の手首と足首が縛られている。

 それだけならともかく、鞭は全体を締め付けるように雁字搦めになっている。


「くっ、こんな……っ!?」


 身動きをしようとすると、紐がズボンの上から股に食い込み、妙に擦れる。


「ああ……いい眺めですわ。服さえなければもっと……」


 恍惚とした表情で見る新月は、アイスに歩み寄る。


「ふふ、そんなに構えないで」

「何を……」


 新月はアイスの頭を撫でる。

 気品溢れる優しい手つき。それが徐々に頬、首、肩と降り、胸に達する。


「や、やめ、くっ、くく……ははっ! くすぐったい!」

「こ、この子、まだ……」


 アイスは性に目覚めていなかった。

 そのためか、新月のパーヴァートとしての性技はあまり効果がなかった。


「貴女、名前は?」

「アイス、アイス・バイエルン」

「あなたは、どうして傭兵になろうと?」


 アイスは沈黙する。


「わざわざこんなところまで来て……まあ、私には関係のないことですけれど」

「私は、ただ……」

「ただ?」


 その先が出てこない。その次に来る言葉が見つからない。

 自分が抱いている理想は、本当に自分が望んでいることなのか。

 それが本物だという、自信が無い。


 グレイのように、傭兵として一流になること?

 父親であるザックに褒めてもらうこと?

 あるいは、朱のように血で血を洗う戦争狂になること?


「なるほど、それでは強さも鈍るわけですわ」


 新月は縛られているアイスと目線をあわせて向き合う。


「あなたの中に在る様々な欲望、願望は、そのどれもが理想足り得る。でも、理想とはそういうものとは一線を画していますわ」


 理想とは、決して譲れぬ意地のようなもの。

 他の持ちうる物全てを犠牲にしてでも、叶えたいとする祈りそのもの。


「貴女は何も間違っては居ませんわ。欲望は誰もが持って当然、願望は誰もが抱いて当然……ただ、理想としてあるべきものが欠けているだけ」


 この世界では、想う強さがそのまま力となる。

 そこに年齢や経歴、技術や経験は大した意味を成さない。

 互いに互角だった時、決着の瞬間に生まれる僅差くらいにしかならない。


「決して譲れないと、自分を執着させるものを見つけなさい。そうすれば、貴女は強かな乙女となれるでしょう」

「あなたは……」

「ん?」

「あなたの譲れない理想って、何ですか?」


 すると新月は拘束を解いて立ち上がる。

 体の自由を得たアイスは体の状態を確認しながらも、新月を見上げる。

 新月は、戦っている想い人を、横目で見つめる。

 その仕草は、まるで恋する乙女のように甘く、艶やかな色気が沸き立つ


「私が敬愛する、とあるパーヴァートを私のモノにする。これが私の理想ですわ」




 新月の視線の先、結城は破壊的な兵装と圧倒的な機動性を持つゾーイと互角に渡り合っていた。

 ゾーイの機動性はこれまでのどの相手より速く、蓮華の瞬発力すら凌駕しているように見えた。

 その動きで霍乱しながら、浮遊した状態で急接近し、蒼く発光する刀身の剣で斬りつける。


「チッ、ツァッ、ラァッ!」


 正面からの斬撃を受け止めたかと思えば、光を残して左から横薙ぎ。

 半身引いて剣で受ける。

 ふとゾーイの姿が光を残して消失する。

 結城は直感で振り返り、ゾーイの突きを横に弾いた。


「データ修正……不可解です。あなたの身体能力、戦闘能力では私と互角に戦うのは不可能のはずです」

「俺の理想は……妄想は現実を凌駕する」

「理想……この世界の生命体のほぼ全てが持っている行動の原動力。ですが、妄想とは」


 会話しながらも、ゾーイは離れて剣から銃に持ち変える。

 ライフルのように長く、拳銃の銃身を長くしたような白金の銃。


「俺の力は簡単に言えば、妄想で現実を打ち破る力だ」

「妄想で現実に……」


 銃口が瞬き、閃光が放たれる。

 結城は右にステップし、距離を詰める。


「ココに来て、ゾーイという存在に会えて、俺の心は、妄想は昂ぶっている!」


 剣に虹色の光が迸る。


「ゾーイ、お前にはないのか?」


 銃口から放たれる閃光を、刃で両断する。

 二発目の閃光と彩光が色とりどりの火花を散らす中、結城の虹色が徐々に閃光を押し退ける。


「熱く滾るような想い。もしこうだったなら、という強い想いが」

「私は機械です。自ら想像するシステムは仮想くらいです」

「仮の想い、か」


 接近し、虹色の斬撃を加える。

 ゾーイは軽やかに左右にブースト移動する。


「理論的にはゾーイの仮想システムは人間の想像とそこまで差は無いよ」


 戦闘中であるにもかかわらず、唐突にドクがスピーカーから解説を始めた。


「ただデータとして生み出されるから漠然とした人間の想像より細部まで細かく想定されるのと、既存の理論を超過した想定は失敗しにくい」


 空想ならともかく、突拍子も無い妄想や幻想には至らないといったところ。


「でも仮想システムは適当な出力デバイスを充ててやれば……この通り」


 ゾーイの剣が消え、もう一丁の長銃が出現する。

 ゾーイの音声が響く。


「出力デバイスを認識、仮想の実体化が可能になりました」

「俺と同じ……ますます楽しくなりそうだ」

「銃砲・ストライクエンジェル」


 二つの銃口に光が集い、極大の光が放たれる。

 そのまま薙ぎ払うように結城を追う。


「……妄想顕現」


 忽然と結城の姿が消える。

 ゾーイはすぐにブーストで急発進し、振り返る。

 そこには結城の姿。


「瞬間移動……」

「さっきのお前の真似だ。妄想の昂ぶりが、俺の妄想に翼を与えてくれる」

「敵情報を修正、完了。リミッターを解除します」


 四つの子機、小型の銃砲がゾーイの周囲に現れ、浮遊する。

 長大な青銃が左手に、長身の青剣が右手にある


「ここからが本番ってわけか。ならこっちも……妄想顕現」


 結城の剣の刃が、オーロラのように変化する。


「彩色剣美、レインボー・クリスタルソード」


 色鮮やかな光が、剣を彩った。


「お前を倒す妄想は決まった。準備はいいか、ゾーイ」

「仮想システム、出力デバイス、各機能異常なし。問題ありません」





「なるほど、これでは埒があかない」

「では、諦めてもらえると助かります」


 朱は笑いながら、レイランは呆れながら言う。


「いや、少し単調さに飽きただけだ。久しぶりだ、共闘というのは」

「共闘……っ!?」


 レイランは振り向き様に剣を振るう。

 殺気の根源、それは黒い自分の影。

 自分の影が、自分とは違う動きをし、実体化してこちらを襲う寸前であった。


「これは、この気は一体……」


 殺気がまるで無かった。

 気を扱う修行をしていなければ、確実に気付かぬままに殺されていた。


「ほう、紅の術の気配に気付くとは」


 また背後に、今度は強烈な殺気。

 振り返り、振り下ろす剣に朱は両断される。


「っ!?」


 思わずレイランは下がる。

 朱の体から噴出す血が、黒い影へと変化する。


「あなたは……」

「ンっ、くっ、はぁ……」


 その姿は、もはや人間と呼べるものではなかった。

 蠢く黒い影は、血液のように流れ、しかし自ら意思を持ち、自在に動く。

 血も、肉も、骨さえも見えず、ただ血の様な影が揺らぎ、陰のような血が蠢く。


「ウゴ、ガ……クカ……」


 不定形な影から生える二本の右手は、くろがねの銃と、漆黒のクナイが握られている。

 左手には、コンバットナイフと手裏剣。


「レイランよ、これが私が化物と呼ばれる所以だ」

「これは……」


 死の闇に堕ちることすら許されず、生き方は血に飢えることしか知らない。

 血の海、肉の平野、骸の山の頂に立つ、無限回数の命を持った死神。


「何度でも殺す、そう言ったな。レイラン・シルファン」

「はい、マスターの敵として立ち塞がるならば」

「ならば殺してみせろ。この私を。お前なら殺しきれるかも分からんぞ?」

「ええ、言われなくても」


 レイランは剣を納めた。

 そして右手を天上へと掲げる。


「幾千万、億兆京の剣、無数なる剣。孤高の剣、最上の刃、刀剣の極地に至る、究極にして唯一の私剣」


 レイランの手に、一振りの剣が生まれる。

 そして握り、振り払う。


「心剣・ソード・オブ・レイラン」


 それは、一人の剣士がその身に、心に宿す剣。

 剣士としての心が、そのまま剣になる。

 剣を究極きわめた者が持つ、完全なる唯一剣オリジナル


「あなたの気持ちは、ごく一部、僅かながら理解できます。あなたの理想、この剣で叶えましょう」

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