52話目 理想比べ
悪夢の一週間、三日目。
クロードとエアの戦いは、エアのあらゆる風がクロードの聖剣によって無効化されるという流れを繰り返していた。
あらゆる熱風や冷風、竜巻や旋風も、聖剣の白刃が宿す光によって切り裂かれる。
「君の風は僕には届かない。諦めて投降してくれないか?」
「そうか……ならもう手加減の必要は無いな」
唐突に、爆発のような音と、空気が一気に噴出すような音が響く。
クロードとエアの間合いは、互いの得物が届く範囲にまで狭まっていた。
「なぁっ!?」
咄嗟に後ずさるクロード。エアが振るった太刀が発する風が、鼻先を掠めた。
「ぶ、ブースト!?」
驚いている間にも、破裂する音と共に、想像を越える速度でエアは動き、太刀を振り回す。
異能で作られたはずの太刀は、クロードの聖剣に何度も触れ合うも、特に変化は起きていない。
あの太刀は、エアが自らの理想を一点に集中したものに思えた。
クロードの聖剣に匹敵するとすれば、それは理想の真の姿。全身全霊を込めた、理想の顕現。
「は、はやっ……」
破裂音と共に振り下ろされる太刀。
クロードは受け止めるが、地面に大きく皹が入り、クロードは膝をついた。
「ぐぅっ!」
次の瞬間、破裂音と共に動くエアの右足。
爪先がクロードの顎を打った。
大きく吹っ飛ぶクロードに、エアは狙いを定めた。
「させるかッ!」
メイヴが斬撃の風圧を魔力で増強させ、暴風を放つ。
エアは予測していたように狙いを変更し、襲い来る暴風に向けて圧縮された空気を解き放った。
瞬間、魔力を帯びた風が、一瞬にして切り裂かれ、散らされた。
どころかエアの放つ空気の壁がメイヴを吹き飛ばした。
「うあっ!」
瓦礫に強く打ち付けられ、メイヴの意識は闇に落ちる。
「よくやった小童」
エアの背後、肉食獣のように鉈を振り上げる影。
メイヴが痛い目を見て喜ぶ者など、安全無欠のメンバーの中では一人しか居ない。
「次はお前の番ぞ」
ヒュバァ! と空を斬る音が鳴る。
しかし、エアは紙一重で交わし、大きく振りかぶる。
空気の破裂音と共に、エアの手は弾かれる。
超高速の張り手が、リューテの顎を打ち抜き、彼女の脳を揺さぶった。
「がっ……」
意識はあれど、ぶれる景色。
リューテは崩れ落ちた。
「二人を一瞬で……」
驚くクロードに、エアは狙いを定めた。
「クロード、私の魔法でアシストします」
「頼むよ、魔耶」
魔耶が呪文を唱える。
詠唱が完了した瞬間、クロードの体が一瞬、僅かに発光した。
「よしっ!」
クロードは地面を踏み切る。
前傾姿勢、聖剣を構え、一足にして六メートルの距離を稼ぎ、斬りこんだ。
それすら予知していたかのように、迷いなく、むしろ待っていたといわんばかりに冷静に半身下がって刃を避ける。
そして斬り込むタイミングも分かっているようで、ここぞというところで風の太刀で斬撃を加える。
クロードは間一髪、聖剣で受け止める。
異能で作られたエアの太刀は、実体を持ちながらも聖剣の浄化対象となる。
それでいて尚、聖剣に触れても消失しないのは、互いの理想の強さが同等であるからだ。
いかな絶対無敵の能力であろうと、想いの強さ一つで覆ることがある。
激しい剣戟を続ける二人。
彼らの勝敗を決するのは、理想の強さ。
どちらがより強い想いを秘めているか。
そしてもう一つ、ほかに勝敗を決するものがあるとするならば、それは……
「仲間の多い方が勝利する……亡者の怨嗟よ、怨霊の憎悪よ、禍々しき力の渦よ。悪魔の指先に誘われ、我が意を成せ、敵を呪え」
杖で空を指すと、その先に黒ずんだ紫色の矛が現れる。
「血塗られた長槍、呪を持って黒く染まり、魔に塗れて因果を誣いる紫に輝け。呪えッ!」
矛は射出され、高速でエアに迫る。それは不規則に曲がりくねり、クロードの体を避けてエアの胸を射抜いた。
「ぐっ……」
たまらずエアは後ろに跳び、間合いを開ける。
「逃がさない!」
更に深く踏み込むクロード。
エアは予知するも、体は思うように動かず、思考も定まらない。
「くっ、そ……」
白刃が、エアに降りかかる。
「だめっ!」
瞬間、エアの脇をすり抜けて、水の触手がクロードを襲った。
「なんだっ!?」
咄嗟に対象をエアから水の触手に切り替え、聖剣で無効化しようとする。
しかし余程強力な理想なのか、無効化しきれずに体を後方へと押し飛ばされた。
バランスを保ちつつ着地し、状況を確認する。
「今の水は……」
エアは背後、そこには、海があった。
そして、彼の傍に一人の少女が歩み寄る。
「くっ……マクスウェルッ!」
エアは怒鳴った。助けられた者が、助けた者へかけるような語調ではなかった。
「どうして勝手に能力を使ったんだッ!?」
「だ、だって、エアがやられちゃいそうだったから……」
「俺はッ……」
ウェルは怯え、目を瞑って僅かに震えた。
「俺は、大丈夫だ。やられたりしない。だからお前はもう能力を使うな。全部、俺に任せるんだ。いいな?」
「でも、相手は二人だよ? エア、苦しそう……あの時みたいに」
思い返される。彼女の前世の記憶。エアは動揺を隠せなかった。
「それは……」
「最初から、この世界に来たときからずっと、エアは苦しそうだった」
強力な異能を手に入れるためには、相応の苦痛が伴う。
薬物の副作用で、毎夜に訪れる激しい苦痛。
実験と称し、無惨に殺される人間、動物、魔物の類。
能力を上昇させるために、友人さえも殺した。
「あの時と同じ。私のために戦ってくれた、あの時と同じ……」
少女を傷つけられた少年は、彼らに報復を誓った。
とはいえ、自分の貧弱な体で出来ることなどたかが知れていた。
だから少女を慰め、励まし、共に戦うようにと説得した。
本人が傷つけられたと言わなければ、誰も何も取り合ってくれないからだ。
しかし少女は酷く怯えていた。戦うことを放棄してしまっていたのだ。
少年は悔しかった。
この健気な少女一人、救ってやることができない自分の無力さを思い知った。
いくら本を読んだとして、空想の中、不屈の英雄を思い、自分を重ね合わせても、現実では無力。
それでも少年は諦めなかった。
もはや手段は選ばない。
相対する敵を殺してでも、少女を護りたいと思うようになった。
そう、それはまるで、美しい姫君を護る勇者のように……
「あの時は、私は怯えていることしか出来なかった。……けれど」
少女の橙色の瞳が、僅かに光る。
「今度は私も戦うから。だからもう、一人で傷付こうとしないで?」
少女の右手に、燃え盛る炎が宿る。
それはあらゆる悪を焼き尽くす、業火のように激しく燃え盛っていた。
左手には水流。広大な海は無量大数の武器庫。氷柱の槍、水流の刃、濃霧の盾まで思いのまま。
足元の砂が蠢き、周囲を取り囲む。それはまるで、主を護る兵卒のように。
「一緒に戦おう。あのとき読んだ、御伽噺みたいに」
少女の瞳には、未だ不安と弱さがあった。
しかし少女の行動が、それら全てを捻じ伏せていた。
発現させる能力。顕現せし現象。出現する武具。
それらには、偽りながら真実の魔力が漲っていた。
臆病な心のまま、それでも愛しい者がいるからと、仮初の強さを以って、少女は戦場に立った。
「……そうか。だが、俺のやることは変わらない。お前が戦おうが、戦うまいが」
再び風を纏い、改めて風の刀剣を右手に出現させる。
「お前を護ることに変わりは無い」
「な、ならっ、私は貴方を護るからっ!」
「言うようになったな。さて、待たせたな、安全無欠」
忌々しい過去の呪縛を振り払い、二人の少年少女は現在と戦う。
「これは、手強そうだ」
「その割に、お顔が笑っていますわよ、クロード?」
「えっ?」
信じられないと言うふうにクロードは自分の課を右手で障る。
「……彼にあてられたかな」
思い出すのは、かつてこの場所で自分を敗北させたガンダーラの英雄。
妄想を抱き、理想を貫き、幻想を探し、空想を求め、夢想に活きた成年の姿を。
「僕の理想、最高の主人公への憧れだって、誰にも譲る気はない」
「ええ、クロード。この魔象の魔女・魔耶が、貴方の理想の道中お供しましょう。その最果てまで」
聖剣は輝き、魔力は光る。
風は渦巻き、万象が交る。
ユートピアとアルカディア、双方の最高タッグが、今改めてぶつかり合う。
そして二日後。
蓮華とローレライはガンダーラを訪れる。
その得体の知れない力を感じて。
「あれ?」
ところが、その力は唐突に止んだ。
「おかしいですね」
「そういえばそろそろ昼飯の時間だぜ。ちょうどいいから食べとこうぜ」
「そうですね。でも、人の気配が……」
まるでゴーストタウンだった。
人の気配がまるで無い。ただ、力の発生源であった海岸のほうには誰か居るかもしれない。
「でもあそこの店、やってるみたいだぜ」
一つの建物の照明がついている。
蓮華はなんの躊躇いもなく進み、ローラはそれに続く。
「ういーっす!」
扉を開けた蓮華。
鼻腔をくすぐる香辛料の香り。
食欲をそそるカレーとタンドリーチキン、そしてナンの焼けた匂い。
「君は、確か……」
「あれ、お前は……えっと」
「お久しぶりです、安全無欠の勇者さん」
クロードたち、安全無欠の勇者らが、初めて見る少年少女らと共にカレーを食っていた。
「引率?」
「いやそこまで年の差ないと思うけど。僕らはガンダーラを防衛してたんだよ」
「へぇ」
「蓮華さんとローラさん、お久しぶりです」
蓮華とローラが振り返ると、背後にはレイアとティターナがいた。
蓮華は即座にしゃがむ。
「久々だなレイア」
「わざわざ目線を合わせなくていい! というかやめろ!!」
「はは、それで、ティターナさん、この状況は……」
「立ち話もなんですし、お食事でもしながら」
「ははーん、なるほどなぁ。それは楽しそうだ」
クロードとエアは今日までずっと戦っていた。
己が理想こそ最強であるという意思のぶつかり合い。
それを競い合い、時に休憩を挟み、理想を語らう。
「で、戦跡はどうなんだ? アルカディアの安全無欠?」
「うん、まぁ……二勝二敗一分ってところ」
「へぇ! あの安全無欠が負けるのか!」
蓮華がテーブルに身を乗り出し、興奮した様子でクロードに迫る。
「えあっ!?」
「そうかぁ……なぁ、次は私、私と戦ってみないか?」
「お前と?」
右向かいに座る少年、エアが蓮華を品定めるように見る。
「私はこれでも一応最強を目指しているんだぜ?」
狂戦士というよりは、戦闘狂だ、とその場の全員が思った。
「クロードと決着をつけてからなら構わないが、俺たちは二人組で戦っているんだぞ?」
「私は別に一人でもいいんだが……あ、それならローラと一緒に戦うぜ!」
「へっ?」
蓮華の隣に座るローラは、唐突な指名にビクッと跳ねた。
「れ、蓮華ちゃん、今はそんなことをしている場合じゃ……」
「まあまあ。敵もしばらくは来ないみたいだし、別に問題ないだろ?」
「それは……もう、しょうがないなぁ」
大いなる理想が集う。
この戦争の意味は、その目的は、果たされつつあった。
「闘争は強さを極めることの出来る最上の手段。戦争は弱き者を淘汰する最高の方法だ」
理想郷ガンダーラ。その半分は瓦礫と化していた。
その映像を切る、白衣の者。
「さて、間も無くだ。君と僕らの悲願は、もうすぐ成就されるだろう」
別のモニターに映される、三人の侵入者。
結城、レイラン、新月。
「おいで、誘われし旅人よ。君の理想は、もう目の前にあるのだから」
「ドク」
朱の声が室内に響く。
「ああ、いいよ。私の最高傑作……存分に楽しんでおいで」
「……ゾーイはどうだ」
「なに、問題ない。彼らがここに辿り着いた時点で、もはや彼らは脳の中にある。それはもう、思いのままに」
「まったく悪趣味だな。お前の最高傑作はどれもこれも」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それじゃあ私はゆっくりと干渉させてもらうとしよう。自分が作った最高傑作が、アレに誘われた彼にどこまで通用するのかを」
透明化した車でアクセルべた踏みしながら、アルカディアへと向かうグレイたち。
トンネルの入り口付近、アルカディア軍の人間が多くなったところで、淫夢が不可視状態を解除した。
当然、突如現れた車両に兵士たちはパニックになる。
グレイはすぐに降り両手を挙げた。
「俺は傭兵のグレイ。お宅らに雇われてる味方だ。安心しろ」
そして特設テントの中、グレイ、淫夢、美鈴はさんざん取調べを受けた挙句、なんとか目の前の堅物士官から入国の許可を得ることが出来た。
「どうやらまだアルカディアは無事だったみたいだな」
「ああ。お前たちもすぐに戦線に出てもらうぞ。傭兵」
「だからこっちの二人は傭兵じゃねえ。非戦闘員だから収容してやってくれ」
「しかしな、この状況で他所の人間を入国させるわけにはいかないだろう。お前が面倒見てやれ」
「ったく、これだから正規の兵士は……」
グレイの公務員嫌いのぼやきが始まりかけた時、慌てた様子の兵士がテントに入ってきた。
「報告します!アルカディア内に、何者かが侵入した模様です!」
「ば、馬鹿な。ここはまだ突破されてないだろう!?」
「見張りは全員無傷で、不審者一人発見しておりません。空から侵入されたという報告もありません」
「じゃあ一体どうやって……」
頭を抱える兵士に、グレイは悪魔の笑みを浮かべながら声をかけた。
「おい、その侵入者。俺たちがどうにかしてやってもいいぞ?」
「なっ、お前どういうつもりだ……」
「いいのか? こうやって喋ってる間にもアルカディアの住民に危険が迫っている。このままでいいのか?」
「ぐぬぬ……」
「こっちには二人民間人がいる。こいつらはガンダーラの英雄の知り合いの知り合いでもある。完全に無関係ってわけでもない。こっちに協力的だし、そっちに損は無いだろ?」
「……」
こちらの兵力は防衛でいっぱいいっぱい。内部の侵入者に人員を回す余裕は無い。
もはや、選択肢など無いに等しい。
「それと、その誰にも知られずに侵入する敵、心当たりがある」
「なんだとっ!」
「そいつらの特徴、癖も知ってる。そいつらに対処できるのは、事前知識がある俺くらいのもんだ。あと二人くらい助手が居れば助かるわな」
そう言いつつ、グレイは背後の二人に目を配る。
改めて士官の目を見る。
「……分かった。侵入者の件はお前に任せる」
「そう来なくっちゃなぁ!」
しめたと喜ぶグレイだが、内心では結城に謝りまくっていた。
戦場で自分が護るといっておきながら、困った時に人の名前を使って窮地を脱そうとするのだから、褒められたことではない。
とはいえ事情が事情、仕方ないとグレイは割り切った。
「じゃあ俺たちはさっそく向かうとするか」
「頼んだぞ」
グレイたちは再び車に乗り、トンネルを抜けて平原を走り、アルカディアに辿り着いた。
街にはやはり人の気配は無かった。
大通りを歩いていると、ふと夜の淫夢が問う。
「ところで、さっき話に出てきた侵入者に心当たりがあるって言ってましたけど」
「ああ、そのことか。お前たちも戦うことになるだろうから説明しておいた方がいいな」
グレイたちは真っ直ぐに城へ向かっていた。
城というよりは、アルカの元へ。
「多分、敵は忍者だ」
「に、ニンジャ?」
「ニンジャというと、あの忍術とかいう得体の知れない技や、それなりに近接戦闘もできるという、あの……」
「いや、そういうのではない。ユートピアが造った忍者っていうのは、まあ暗殺者って感じだな」
暗殺者。
誰にも気付かれず、対象を殺すことに長けた者。
「朱っていうユートピアのガンスリンガーと一時期、一緒に行動してた時に、裏の人格と会話することがあってな、紅っていうんだけど」
最凶にして不死身のガンスリンガー、朱。
その裏の人格は、隠密のスペシャリストである忍者、紅であった。
「音のでかいガンスリンガーと無音の忍者。本当にギャグみたいに正反対で笑ったなぁ」
「それで、忍者はどういう感じなんですか? 強い?」
「まあ忍者は紅しか見たことないんだけどな。率直に言うと、強い」
刃物には毒を仕込み、体術にも精通し、様々な武器を使いこなし、ただの紐一本で敵を殺すことができる技術を持っている。
「だが、紅の本当に怖ろしいところはそこじゃあない。あいつは、本物の暗殺者だ」
「言い方がもったいぶりすぎなんですよねぇ」
淫夢はうんざりという風に溜息を吐く。
「まあそう言うなよ。敵を知り己を知ればって奴さ。で、あいつの本当に怖ろしいところはな……気配がまるでしないんだよ」
「気配がしない?」
「なんていうかな、長いこと戦場に居ると、殺意に敏感になってくるんだよ。たまにライフルの狙撃とか勘でわかるようになるくらいにな。でもアイツに目をつけられたら、多分死んでも……いや、殺されても気付かない」
「……そんなの敵にして大丈夫なんですか?」
特に敵の襲撃もなく、三人は城まで辿り着く。
美鈴は初めての異国ということで、キョロキョロと見回していた。
「外の世界はこういうふうになってたんですね……感動です」
「いちおう戦時なので、気を引き締めてくださいね、美鈴さん」
都会に来た田舎者のような美鈴を、ぎこちない口調で注意する。
ここに来るまで、淫夢と美鈴は何度か話している。
しかし、毎度毎度その会話がぎこちない。
まるで友達の友達と話すように、余所余所しく、実際、銀風が勝手につれてきただけで、淫夢と意気投合したというわけでもない。
境遇が似ているわけでもなく、性癖が似ているわけでもない。
共通の趣味、二人で言えば性癖などがあれば話が盛り上がるのだろうが、いかんせん美鈴は性癖というものを未だ持っては居ない。
ただ単純に、性欲に飢えている彼女では、まだ嗜好と呼べるものすら持ち得ない。
「さて、その忍者の倒し方だが……実践して見せた方が早そうだな。淫夢、伏せろ」
「えっ?」
「伏せろッ!」
グレイは黒の拳銃を淫夢に向けた。
「ひっ!?」
反射的に身を屈ませる淫夢の鼓膜を、銃弾が撃ち出される音が引っぱたいた。
そして背後でどうっ、倒れる音がして、振り返る。
そこには、黒衣に身を包んだ人間の姿。頭部に風穴が開き、赤い血溜まりが同じ赤色の絨毯に出来ていた。
「とまあ、忍者は基本的に視界の外、死角から襲ってくる」
「こ、こんな……」
完全な無音で近づき、気配一つ悟らせずに背後につき、手にあるクナイで仕留める。
これではどんなに強い人間でも殺されるに決まっている。
強さとは、ぶつけることで初めて発揮する力だ。
力を構える間も無く、不意をつかれ、力を行使することも出来ずに命を刈られる。
「でも、どうやってこれに気付いたんですか?」
美鈴の質問で、淫夢は気付く。
グレイは自分や美鈴が察知できなかった忍者に反応して見せた。
「殺意さえ感じさせないなんてのは紅くらいのもんだ。長いこと葉柄やってれば、こいつらの殺気くらいなら察知できる。そこで、俺がセンサーの代わりをする。二人には盾になってもらいたい」
「お、女の子を盾にするのですか……」
不安そうな表情を浮かべる美鈴。
「パーヴァートの力はパーヴァートの力でしか対抗できない。でも気付かずに殺されちゃ意味が無い。俺がお前たちの目になる。どうだ?」
「なるほど、どっちにしろ、互いに頼らざるを得ないということですね。分かりました、乗りましょう」
「よろしく頼むぞ? あと……頭上に一匹、右の壁に二匹、背後に一匹だッ!」
グレイが美鈴の手を掴んで引き寄せ、背後に居る忍者の胸部を拳銃で撃ち抜く。
同時に、淫夢は念力で天井に立つ忍者を地面に叩きつける。
跳ねる兵士を更に右の壁へと吹き飛ばすと、壁に擬態していた忍者を一人仕留めた。
隣の忍者が観念し、壁の擬態を止めてクナイを投げるが、グレイが撃ち落し、淫夢が接近、腹部を掌で強打した。
「うぐっ……」
忍者は気絶し廊下に倒れこんだ。
そして静寂。グレイはご機嫌に微笑んだ。
「上出来だ。これからよろしくな、お嬢ちゃんがた」
「はい、こちらこそ」
グレイの傭兵としてのセンスとスキル。
淫夢のパーヴァートとしての特性と異能者の時に身につけた戦闘への慣れ。
二人の力が合わさり、華麗に忍者を倒していく。
その姿を、美鈴は尊敬と羨望の眼差しで見ていた。
「かっこいい……」
「淫夢、階段の後ろに二人、右の扉に三人。俺は後ろと上の二人だ」
「狼の夢、得物を狩る夢を見る」
淫夢はパーヴァートの力で四頭の狼を権限させ、階段の後ろに向かわせる。
狼の唸り声と忍者の断末魔が響く間に、部屋の扉に手を当てる。
「セクシャルドリーム!」
淫夢の得意技で、敵の性的嗜好に合致したビジョンを、本人の性欲を消費させることで幻覚を見せる。
「ふぅ……」
一息つく淫夢。
その一瞬の油断のせいで、上から垂れ下がり、首にかかる糸に気付けなかった。
「淫夢!」
糸が引き上げられ、ピンと張った。
「ぐっ!?」
気付いた時には既に遅く、視認が難しいほどに細い糸は肌を貫通し、肉を裂き、骨すら断つ。
そんな糸は、ふわりと二本に分かれて宙に揺れた。
「あ、あれ?」
一瞬だけ、糸が肌に触れる感触がした。
しかしそれだけで、首は落ちてはいない。
「下がれ淫夢!」
言われ、咄嗟に下がる。即座にグレイの銃撃で、天井に蝙蝠のように潜んでいた忍者は床に落ちた。
「無事か!?」
「は、はい。首は繋がってます。喉のところがちょっとヒリヒリしますが」
淫夢が見回すと、そこにはショートソードを片手に振るう美鈴がいた。
「いえあの、私も一応、武術の経験があったもので」
「糸に気付けたんですか?」
「え、ええ。なんとなく……仙人には、人の気を見ることが出来る能力があるようでして」
「あ、そっか。美鈴さんは仙人でしたっけ」
二人の距離が、じわじわと、僅かながら、ミクロン単位で近づいているような、いないような。
三人はやっと玉座の間まで辿り着いた。
そこは既に、多くの屍が積み重なっていた。
「君たちか。遅かったな」
敷き詰められたような屍、最奥の玉座に、理想の王は居た。
「王様が暗殺される、なんて事は無かったわけか」
「この程度で死んでいては、万能の王足りえんからな」
「そうかい。しばらくはこっちの防衛をするぜ」
「それは心強い。是非頼む、グレイ君。私はこの後に大事を控えているのでね」
「ん? そりゃどういう……いや、どうでもいいや。お偉方の考えることはいつだってくだらないって決まってるからな」
そう言うと、グレイは踵を返す。
「えっ、あれ?」
「とりあえずは侵入者の掃討ってところだな。行こうぜ」
開け放たれた扉を抜ける徒同時に、流れるように両手に拳銃を持ち、両脇に弾丸を撃ち込む。
「忍者は誰もが嫌がるタイプだが、傭兵がユートピアの化物相手するなら最高のカモだな」
白い床、ガラス張りの壁。外は広く街が続いている。
どの建物よりも高い青白い外壁。
三層の円形の領域がドーナツ状に、高い壁に隔てられ、区分している。
最も外側はスラム街のようなところで、雑多な建物が多くあった。
しかし一層壁を越えれば、そこは別世界だった。
現代風の摩天楼が広がっていた。
それは前世の都会を思わせる。結城にとって複雑な情景だった。
もう一つ層を越えれば近未来SFの世界にでも迷い込んだような青く白く、灰色の建物が並んでいた。
よく見てみれば、この通路もそれに準じた開放的ガラス張りと白い通路だった。
やがて、中央にある大きな塔へと辿り着く。
ここまで一本道。完全に誘われていた。
「さて、ようやくだな」
「はい、ようやくです」
「ええ、ようやくですわね……出番が」
「えっ?」
ユートピアの外壁を破った三人は、誘われるように白い床の通路を歩いていた。
中は広い倉庫のようになっており、恐らく大量に兵器の類が置いてあったのだろう。
今はもぬけの殻。兵士の一人も居はしない。
ただし、声が響く。
「ようこそ、結城くん、レイランくん、新月くん」
それはアトランティスで聞いたことのある、ドクの声だった。
そして、この声の主は本家本元の存在だろう。
「君たちは実験に協力してくれた大事な貢献者だ。歓迎するよ。特に結城くん。君が居なければ、彼女らが戦いに参加することも無かった。その上、私の……否、私たちの大事なお客人だ。最大限のもてなしをしよう」
出迎えの声に、結城たちは困惑した。
敵地に踏み入るのだから、よほどの攻撃を受けるのだろうと覚悟していたのが、肩透かしを食らってしまった。
「すまないが、もう少しだけご足労願うよ。まずは部屋の最奥にあるエレベーターに乗ってくれるかい?」
「……マスター」
「どうしますの?」
下手に動き回るのも危険な気がしたので、大人しく従っておく事にした。
エレベーターに入ると、ボタンがアトランティス以上にたくさんあった。
「通常階数ボタンの上に赤いボタンが出ているはずだ。それを押してくれるかい?」
ふと見れば、壁が瞬時に開き、数字の書かれていない赤いボタンが出現した。
結城がボタンを押すと、エレベーターは重い音を立てて動き出した。
高速で上昇するエレベーターは、間も無く到着した。
そして目の前に広がる情景。
眼下に広がるスラム街は、人々が懸命に生きていた。
ここからでも、人々が争い、奪い、貪る者、汗水流して働いている者。魔物も一緒だった。
現代摩天楼では、あくせくと働く労働者が見える。嫌なことを思い出しそうで、結城は目をそらして歩き続けた。
近未来の街は、車が空を飛んでいるのが日常らしかった。
人間だけではなく、機械や人型ロボットまでそこらじゅうに存在していた。
そして辿り着いた大きな扉。
重々しい音を響かせながら、ゆっくりと扉が開く。
「お足元の悪い中、よくぞここまできてくれた。さあ、祭を始めよう」
その部屋は、広大な白い空間。
白いキャンバスに色の点を打ったように、三人の人影があった。
「あれは……朱と、アイス?」
一人は、鮮血の髪と黒金の銃と刃を持つ、死神の銃弾と呼ばれたガンスリンガー。
もう一人は白髪の髪、体に不釣合いな大きさのコンバットナイフとマシンガンを持つ、ある傭兵の愛娘
「マスター、油断なさらぬように」
「あの真ん中は?」
そして二人の間に居る、青と黒の人型の機械。
流線型のラインに、その機体の端々は刺々しく尖った攻撃的なフォルム。
黒と灰色の塗装に、青い光のラインが刻まれている。
「エネミーチェック……完了」
その機体は、精密で綺麗な動作で結城たちに歩行してくる。
結城も応じて部屋に足を踏み入れ、歩を進める。
すぐ隣にレイランと新月が付き、機体の背後に居る朱にも警戒する。
「…………」
機体が立ち止まり、結城もまた止まる。
「初めまして、当機は全極地適応型万能可変超機動多機能戦闘機:ZS-00X。名称、アルティマティオス」
その機体は、まず自己紹介から始めた。




