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50話目 無情淘現

「復讐が君の望みか」


 エルフ・メイヴの纏う雰囲気が一変した。

 それは一人の武人ではなく、高貴なる女王のもの。


「復讐を抱く者は多い。魔女狩りにあった魔女。迫害されたエルフ、人間でさえ、奴隷として扱われたがために、同じ人間を憎むこともある」


 メイヴが剣を振り上げる。

 刀身に刻まれた文字が輝き、切っ先に光が宿る。


「しかし、その理想は決して遂げられない。なぜならば、私が君の理想を止めるからだ」


 光る切っ先が力強く動き、ルーンの文字を書き連ねる。


「私が連ねる言の葉で、その憎悪を切り落とす」


 再び空に暗雲が立ち込める。冷たい風雨が吹き荒れ、やがて嵐となる。

 光によって刻まれた文字が連なり、より強い輝きを放つ。


「私の理想は、魔術ごときで壊れない。それを壊すために、私の理想はあるのだから」


 砂の巨人が赤く光りだす。

 超高温の砂と降り注ぐ雨がぶつかり、白い煙を巻き上がらせる。


「昔の、恋焦がれていた私なら、あなたも素敵に見えたのに。今じゃ憎くて仕方ない」


 砂の巨腕が押し迫る。

 ふと、メイヴは微笑んだ。

 途端、轟音と共に雷光が落ち、砂の腕を穿った。


「くっ……」

「まだまだ」


 メイヴが剣を掲げると、雷光の筋が何度も剣へと降り注ぐ。

 雷光を纏い、ルーンの剣は戦嵐の刃を得た。


「ルーン魔剣、ライジングエッジ」


 メイヴは構えると、次の瞬間、稲妻の軌跡を残しながら高速で前進した。

 重鈍な砂の巨人の動きでは、雷の速度には到底追いつけない。

 雷光纏う刃が、巨人の頭部に突き刺さる。


「振り下ろせ!」


 刃から発せられる無数の細かい雷が散らばり、巨人の体を裂き、砕いて進み、呆気なくバラバラにする。


「はっ……はぁ!?」

「雷の在庫はまだ有り余っているぞ」


 即座にがら空きの正面に辿り着く。


「さて」

「……あーあ、またこうなった」


 至極、軽い口調でガイアモンドは言った。


「君の負けだ。今の君に、私の刃は越えられない」

「そうね。あなたが居る限り、私は何も殺せない……」


 それでも笑みを浮かべるガイアモンド。その瞳から涙がこぼれた。


「おい君ッ!」

「自分以外はね」





 この世界に来て、たくさんの人間を、人外を殺した。

 スラムで通りすがりを泥沼に嵌めた。

 能力テストで仲間を何人も砂で、様々な殺し方をした。

 実戦投入で異形を街に時々現れる異形を何体も殺した。


 殺して、殺して、それでも気は晴れなかった。

 むしろ、殺すたびに殺意が増していくのが分かった。


 そして今、追い詰められ、絶望的な状況で、私は本当に殺したい相手が誰なのかに気付いた。

 それは最期の最期、愛していた夢幻を、憎んでしまった自分だった。


 この世界は、かつて自分が望んでいた世界だったのに。

 望みどおり、私の夢見た世界は、私を迎え入れてくれたというのに。

 自分は最期まで信じきることが出来なかった。その弱さが何より憎かった。


 だが、理想が達成された今となっては、胸の中には安らぎだけがあった。

 もう憎まなくていいのだから。

 もう、求めることも、拒否することもしなくてよい。

 ただ安らぎに身を委ね、まどろみの中に落ちていけば良いのだから……


「それが、本当に君の願いなのか?」


 闇の中で、不意に声がした。

 やめてほしい。私はもう寝るのだ。永遠に……


「そんな結末で、君は納得できるのか」


 どんな結末だっていいじゃない。私自身が納得している。何も問題はない。


「今の君はそうだろうな。だが、過去の君はどうだ」


 過去の、私?


「幼き頃の自分は、こんな結末は望んでいなかったはずだ。過去の自分は、無情に切り捨てるのか?」


 過去の自分……

 それは、妖精に誘われて、夢の世界で楽しく遊ぶ。

 子供らしい、子供の夢。




 ふと、闇が晴れて行く。

 目の前にある情景は、見紛うことはない。かつての、幼き日の自分。

 懸命に、真剣に、純粋に楽しそうに下手な絵を描いている。

 色とりどりのクレヨンで、白い紙いっぱいに描かれた絵は、何枚も何枚も部屋に散らばっていた。

 それらの全てをつなぎ合わせていくと、それは巨大な地図のようになった。


 広大な海、巨大な大陸、深い森林、美しい湖。

 地図の次は、各所の景色を描き始めた。

 クレヨンから色鉛筆に変わり、絵の技量も少しずつ上達していく。 

 やがて絵の描き方を学び、より良い環境と道具でもって、より詳細に描き続けた。


 現実にこんなものはあり得ないと知った時も、そんなことは関係なかった。

 なんの根拠もなく、ただ自分が信じ続けているから、きっと行けるのだと信じていた。



 そんな希望の日々は、突然に終焉をむかえる。

 ふと口を滑らせた。それだけで、秘密の世界は暴かれ、穢された。

 夢の世界は、決して他人に喋ってはいけなかったのだ。

 それが例え、心を許した親友に対してであっても。


 スケッチブックに描いていた素敵な情景は、非情な言葉によって穢された。

 絵を描く道具も、手当たり次第に壊された。

 次第に、夢見る自分すら傷つけられた。

 傷つけられるのが怖くなって、そのうち夢見ることが怖くなった。

 それでも残忍なかれらは、笑いながら夢物語を、彼女の私の理想郷を穢し、壊してしまう。

 もうどれだけ隔しても、暴かれ、曝され、潰されていく。


 悪い事など、何一つしてないはずなのに。

 ただ少し、自分の持つ綺麗な世界を、ほんの少し見せびらかしたいと思ってしまった。

 絶えない恐怖の中で、私は誰を恨めば良いのかも分からないまま、ただ必死になって……。


「私は……最期の最期まで、報われなかったんだ」

「なら、報いればいい。夢を見続けた過去の自分が、諦めずに良かったと思えるように」

「無理よ。私にはもう……だって私はもう死んでしまった」

「いい加減に目覚めた方がいい。これ以上は恥ずかしい」

「……ん?」


 過去の記憶はとうに消え、闇黒しかない視界。

 ふと暗闇が明るく照らされ、意識すると、瞼が開いた。

 開けた視界に、一人の乙女が覗き込む顔が見えた。

 松明の明かりに照らされた白い肌は、この砂漠にいながら日焼け一つない。

 翡翠のような、透き通った緑の瞳は、深緑の森林を思わせる。

 ああ、こんなに綺麗なものがあったんだ。そう思わせてくれる。

 最期に見るものがこれでよかった。きっとこれで、過去の私も報われたろう。


「どうしても自分が死んだことにしたいのか、君は」

「えっ、えっ?」


 軽く頬を叩かれ、目を見開いた。


「なっ!?」


 体を起こして周囲を見回す。

 まず目を引く光源、焚き火と松明。

 自分を抱きかかえていたエルフの顔はすぐ近く。

 小さい折りたたみ椅子に座って食事をしている男一人と、女性三人。

 なぜかアクアマリンとオーバーヒートもそこに加わって、六人。


「ど、どういうこと?」

「まぁ、こういう甘い人間でね。私たちの主は」


 言葉を失った。

 というより、選べなかった。


「えっと、君の名前はなんだった?」

「が、ガイアモンド。コードネームだけど……」

「ガイアモンド……私を本気にさせるその力、その源の理想は相当なものだったんだろうな」

「世辞はやめて。どうせ私の負けよ……なんで殺さなかったの」

「言ったろう? 私たちの主は……」

「なんで、殺してくれなかったの!?」


 勝手に溢れ出す涙と、嗚咽と共に出る言葉。


「こんな、もう生きる意味もないのにッ……!」

「報われてほしかったから、かな」


 エルフはキザったらしく、恥ずかしげもなく言い放った。


「でもまあ、見つけられたろう? 本当の理想」

「私がそんなの……何人殺したと思ってるの?」


 幼い自分が今の自分を見たらどう思うかなんて、分かりきっている。

 この手は、心は既に汚れきっている。


「こんな手で掴んだ理想、昔の自分が見たら……」

「潔癖症だな君は」


 ポンと頭の上に、柔らかい手が置かれる。


「生き物はみんな生き物殺して生きてるんだ。手の汚れてない奴は居ない」

「そ、それは!」

「そして生きるには、冷酷に、残酷にならないといけない時がある。心が汚れてない奴も居ない」

「それは……」


 くすくすとエルフは笑う。


「綺麗好きも良いが、ある程度の汚れも必要だ。プラナリアじゃあるまい?」

「それ、は……」

「ただ、腐ってはいけない」


 微笑みながら話しているかと思えば、唐突に真剣な表情になる。


「腐肉は命に関わるぞ。それは病を呼び、体を蝕み、少しずつ命を冒されていく。今の君のようにだ」

「…………」

「ここまで来れた。こんなところで諦めるのは勿体無いだろう。血生臭くても、無様で見るに耐えない醜さや惨めさも、その最期まで諦めなければ、立派なものだ。私とクロードがそれを保証する。だから……」

「あーもう、分かった! 分かったからその見た目に似つかわしくない、年より臭い説教をやめなさいよ」


 年寄り臭いエルフから離れ、立ち上がる。

 外傷はまったくない。手加減されたのか、内心、惨めなものだった。

 しかし、不思議と嫌な気分ではなく、むしろ清清しいというか、憑き物が取れたというか。


「そういえば、あなたの名前、なんだったっけ?」

「メイヴだよ。エル・フォレスト・メイヴ」

「癪だけど、あなたは命の恩人。だから一つだけ教えてあげる」


 いつもの笑みで、メイヴを見下ろす。


「あの二人を早く追いなさい。敗北したくなければね」





「まだまだ弾丸あるぞ! 撃て撃て!」

「この距離で当たらないなんておかしいだろ!? なあ、おい!」

「悪い夢でも見てるのか俺は……」


 戦場の技術、実戦の場数。

 ここにいる兵士全員、様々な難はあれど、技量に関しては並の正規軍より遥かに秀でる。

 標的はもう目の前に来ている。そろそろ退避に移らねばならない。それほどの距離。


「おい」


 照明に照らされる標的二名。

 弾丸の当たらない、人間にしか見えない異形。


「死にたくなければ退け」

「が、ガキがぁ……舐めんなよォッ!?」


 腰にある拳銃を構え、引き金を何度も引く。

 しかし銃弾はどうしても当たらない。


「残念だ」

「クッソ……」


 空になったマガジンを捨て、交換しようと片手を腰に回す。


「はっ?」


 掴めない。

 思わず敵から目を逸らす。


「て、てが、手がぁっ……」


 銃を持つ右手の手首、傾く景色、細切れになる上下が左右にずれる景色……


 一人の傭兵の体は、見えない何かによってバラバラに切り裂かれた。


「ひ、ひぃっ!?」

「もう一度言う。退いて失せろ」


 彼らは傭兵であった。敵前逃亡したところで、精々酒の席で笑い話になるくらいだ。

 間も無くエアの前から、動くものは居なくなった。


「……まだだ、まだ足りない」

「風間……?」


 袖を引かれ、見れば不安そうに見上げる少女。

 青年になりつつある少年は、大人びた微笑で迎え、頭を撫でる。

 まるで猫のように心地良さそうにする少女。


「お前は何も心配しなくていい。俺なら大丈夫だ」


 前を見るその瞳からは、既に親しみは失せていた。

 たった一つの目標、死線を断ち切り、辿りつく。

 必ず成就させるという決意の貌。


「行くぞ魔女ウィッチ

「はい、無間インフィニティエア





「風だな」


 ザックは暗がり、暗視スコープを覗きながら、対象二人を監視する。

 ザックの言葉に首を傾げるサリマ。


「風?」

「風だ。ごく一部、一点に集中させた風が銃弾に吹いて、軌道を変えたってところだ」

「可能なのか、そんなことが。というかなんで分かる?」

「確証はないけどな。機銃の一斉射撃で、あいつの周囲に砂埃が舞った時、流れが不自然だった」

「風で弾丸を……いや、だが」

「ああ。それだけじゃないな」


 いかにその能力が強力だとしても、高速で飛来する弾丸を狙って、ピンポイントで風を吹かせるなどできるはずが無い。

 あの対象には気付かれていないはずだ。そもそも、どの方向から弾丸が来るかも分からないのに、どうやって弾丸を狙ったのか。


「この広い場所で、遥か遠くから飛んでくる弾を狙って起動をずらすなんて、予知能力でもなけりゃ到底不可能だ」


 風を操る能力が強力というだけなら、万が一にでも勝機はある。

 しかし、まさか本当に予知能力など持っているならば、こちらには一分の勝機もない。


「時間もそこまで稼げないし……潔く脱走でもするか?」

「駄目だ。それではセレナ……いや、アトランティスが墜ちる」

「そうは言うがな、予知能力と突風能力。こんなの反則級相手にできるのは運命を操るくらいの奴じゃないと無理なんじゃないか?」

「しかし……」

「ここは逃げるべきだ。アトランティスは移動も出来る。一度退いて……」

「それだと安全無欠を置き去りにすることになるぞ」

「……しょうがねぇ。じゃあとりあえず仕掛けた仕掛け全部作動させて、ギリギリまでやってみるか」


 

 そしてザック、サリマは全員に作戦の続行を通達し、配置につく。


「それじゃあ、盛大におっぱじめるぞ!」


 ザックが手の中にあるスイッチを押す。

 瞬間、夜闇の街が輝いた。轟音と共に。




 そしてその輝きはクロードたちの目にも届いた。


「ば、爆発した!?」

「ほら、言ったとおりでしょ?」


 すました風に言うガイアモンド。

 クロードたちは、捕えた敵たちを連れてガンダーラへと異動していた。

 ユートピア軍の車両を一つ拝借し、その場で生き残っていた全員を収容している。


「そういえば、私は確かにあの時、自分を殺したはず……私に何をしたの?」

「そういうところのアシストをするのが、私の役目なのよねぇ」


 答えるのは、深く鮮やかな紫髪の魔女。

 護送車の向かい合う座席に座っている魔女はにこやかに、小さく手を振る。


「森羅魔性の魔女、魔耶よ」

「魔女……魔法?」

「ええ、あなたの心はさらっと覗かせてもらってたわ。魔法、大好きだったんでしょ?」

「まあ……」


 だった、という表現は見事に的確であった。

 俯くガイアモンドに、魔耶はくすりと笑う。


「メルヘン好きは大歓迎。私もそうやってこの理想を得たわけだしねぇ」

「あ、あなたは、あなたの前世では……」

「私の前世? そうねぇ」

「魔法とかは、あった?」

「いえ、せいぜいおまじないくらいしかなかったわ。魔力も、なにも」

「それじゃあ……」


 それじゃあ、なぜその理想を抱き続けていられたのか。


「ちちんぷいぷい、痛いの痛いのとんでいけ~」

「……え?」


 ガイアモンドは呆気にとられていた。

 そんな彼女を楽しむように、魔耶は微笑を浮かべていた。


「あ、あの」

「魔法がなくても、魔法使いにはなれたわ」


 まじないとは、呪い。

 魔法とは、暗示。

 マジックとは、手品。


「現実に魔法がなくっても、人の心に魔法は宿る。暗示一つ、言葉一つで、人の心は、その人の目に映る世界が変わる」

「心に宿る、魔法……」

「悪口は人の心を傷つけるし、世辞や嘘は人を欺ける。褒めれば人は喜ぶし、愛を囁けば人は幸福に満ちる……言葉で紡いで、万象をなす。まるで魔術みたいだと思わない?」

「そんな、そんなやり方があったなんて」


 そんな見方があったとは、とガイアモンドは素直に驚いていた。

 それは望むものではなかったが、確かに魔耶という女性は、前世で確かに魔女だった。


「まあ、それでも私が本当に欲しい魔法は手に入らなかったけれどねぇ。でも諦めなかった。サバトとかしてみたかったし。闇黒魔法で人の心を誑かしたかったし、悪魔と契約して人間界に混沌と破滅をもたらしたかったし」

「それもう悪魔になりたいで良かったんじゃ」


 クロードの指摘に、魔耶は苦笑する。


「さすがに人間捨てる度胸はありませんでしたからねぇ。それに、醜い姿をクロードに見せたくありませんでしたもの?」

「ふふっ……」

「それにしても、ダイヤモンドのナイフで自刃だなんて、豪華な自殺ね」

「まあ、最期くらい、綺麗な宝石で飾りたいって思ったのよ」


 それは二度目の最期に残った、自分へのご褒美だったのかもしれない。

 この醜い自分を、鮮やかな宝石の刃で殺めるという、ひどく、些細な、哀しい褒美。


「傷口はすぐに治療したし、生命力も霊薬を飲ませて回復させたし、あとは精神だけ。それだけはメイヴのお手柄だけれど」


 魔耶の視線は、隣に座るメイヴに移る。


「私は別に何もしていないよ」

「またまた、ご冗談を。復讐繋がりで共感でも覚えてしまったんでしょ? エルフはよく人間に苦しめられるものね」

「昔の話を盛り返すな。今はクロードに、人間の良さを教えてもらってるんだからな」


 メイヴの雰囲気は、元の剣士らしい荒削りなものに戻っていた。

 あの時の雰囲気はもっと、達観したような、女王のような余裕さえ見えた。

 ガイアモンドはそんな気がした。

 ふとメイヴがガイアモンドを見る。


「余計な感謝はいらない。お前の殺した理想を抱く人々は、もう二度と取り戻せない」

「まあ、それは仕方ないでしょう。元々ここは自分の理想の強さでもって、理想をかなえるのだから。死んでしまったということは、その程度だったということ」


 辛辣なようだが、そういうものである。本当に強い想いがあれば、そんな危険が及ぶことさえないのだ。

 危険に出くわしてしまうほど、理想に隙があったのだ。

 不運の女神に目をつけられる隙が。


「さて、それじゃあ聞かせて貰おうか。あの二人の能力を」

「そうね。命の……理想の恩人の頼みだもの。話してあげるわ」


 そして、ガイアモンドは語り始める。

 現在最強に最も近い異能者、無間の風とマクスウェルの魔女の詳細を。





 マクスウェルの魔女。

 それは大いなる法理への干渉。

 全ての現象を自らの思いのままに発生させる、まさに魔の所業。

 熱を操り、風を操り、土を操り、水を操る。

 しかし、マクスウェル・ウィッチの力の本質は別にある。


「マクスウェルの魔女は、人工の魔力を持っているらしいんですよ」


 そう語るのは、アクアマリン。


「そんな話、初耳なんだが」


 オーバーヒートはそういった情報に疎かった。

 不義をひたすらに殲滅することにしか興味がなかった炎の魔人は、与太話に構ってる暇などなかったのだ。

 人工の魔力。そのあまりに予想外の単語に、最も動揺している三人が居た。


「ちょっと待って」


 まず魔耶。魔女である彼女にとって、人工で魔力を生み出すなど考えたこともなく、まずそんな発想もなかった。


「人工の魔力って何。どういうものなの?」

「クケカカ! 魔女のキャラがぶれ始めたぞ」

「だって魔力ってそういうものじゃないでしょう。魔力って自然界や生物に巡るもので……」

「動物も家畜として人工的に生み出されるものもあるだろう。その魔力とやらが養殖できても不思議ではあるまい」

「いや、不思議よぉ? 十分に不思議なのよぉ?」

「私の抱いていた理想と違う……」


 夢見ていたガイアモンドも、人工の魔力と言う斬新過ぎる発想にショックを受けていた。

 そして動揺している最後の一人、エルフ・メイヴ。


「まず魔力を作ろうっていう発想がおかしい」


 その場の全員が頷く。


「でも、ドクならやりそうな気がしますね」

「確かに。ドクならやりかねないわね」


 ユートピア勢は皆そろって頷いた。

 クロードたちは、ドクというのはアトランティスのAIでしか知らない。


「ドクって何者なんだ……」


 クロードの問い。

 彼が求めている答えを出せる者は、一人も居なかった。


「私たちも詳しくは分からないのよ。ただ、異能や兵器を開発し、他の追随を許さないほどの最新鋭の科学技術を持っている、マッドサイエンティストってことしか」

「ふむ、とりあえず、今までの異能者とはまた異質なんだな」

「異質どころか、格が違います。我々が束になったところで、マクスウェルには勝てないでしょう」

「そこまで……」

「まず、人工の魔力は、我々の異能より影響力、出力共に桁違いですので」

「なるほど。それじゃあ、もう片方は」


 今度は、今度こそ、ガイアモンドが語り始める。




 無間の風、インフィニティ・エア。

 通常の異能者と異なるマクスウェルの魔女とは違い、彼はただの異能者の一人。

 とはいえ、彼こそ数多く存在する異能者の中で最強と称される存在。

 突風、疾風、旋風、暴風、台風、熱風、冷風……

 その変幻自在さ、疾風迅雷。


「でも、アレは風の異能者じゃない」

「無間の風なのに?」

「あれは空気の異能者。熱風はその温度の高さから木々を発火させ、冷風はその冷たさから動物を瞬時に氷像へ変える」


 温度、規模、風速、風量、全てにおいて変幻自在。

 まさに無間の風と呼ぶに値する。


「無間の風……いったい、どんな理想を持ってるんだろう」


 自らの理想を追い求めるならば、他者の強い理想にも興味を持つもの。

 クロードも漏れなく理想家であり、無間の風の理想が気になった。


「すぐに分かるわ。もう到着するから……準備はいい?」


 ガイアモンドの問いに、クロードは頷く。


「安全無欠の勇者として、全力を尽くすよ」


 車が停止し、後部の扉が開け放たれる。

 安全無欠の勇者の一行は、戦場と化したガンダーラへと足を踏み入れた。



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