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49話目 アトランティス防衛戦/イレギュラーチルドレン

「……とまあ、作戦はこんな感じだねぇ。何か質問は?」


 巨大なモニターに映し出された仮想映像と、ドクの解説が終わる。


「……俺たちが協力しなければ、この作戦は上手くいかない」


 会議室に並ぶ椅子、片方はユートピアの兵士と傭兵、もう片方は竜騎士と魔法使い。


「少し前まで敵だったこいつらと、少し前まで殺しあったこの場所で共闘する……なんとも言えねぇな」


 傭兵の言葉は、この場の全員の心境を表現していた。

 誰一人として、しっくり来るものは居ないだろう。

 一同の沈黙を、一人の竜騎士が打ち破った。


「でも、そうしないと勝てないんだろ? ならやるしかないだろ」

「わ、私もそう思います」


 それは竜人とセレナだった。


「俺たちには目指してる理想があるだろ。こんなところで迷ってる場合じゃない。違うか?」

「そ、そうです!」

「まあ、その通りだな」


 同意を示したのは傭兵側、一人の髪を剃った黒人。


「おいおいどうした傭兵、俺たちは金次第でどんな戦場にだって行くし、誰だって殺す。そういうロクデナシじゃなかったか? 今更うだうだ言うなんてらしくないぜ?」

「うるせぇぞザック! てめぇの娘一人ろくに育てられな……がっ!?」


 立ち上がる一人の傭兵を、ザックは間髪いれずに殴り飛ばした。


「人の痛いところ突きやがってこのクソが! ああ畜生、グレイが居ない良い機会だ。この中で俺がトップだってことを分からせてやるよ!」

「おい、お前らいい加減に……」


 止めようとする元ユートピア軍人だが、それを掻き消す傭兵の怒号が響く。


「上等じゃねぇかウンコ野朗!」


 あっという間に殴り合いが始まった。


「いい加減にしろって言ってるだろ!」

「うるせぇ負け犬共! お前らは黙ってこき使われてろ」

「……んだとテメェ!?」


 元ユートピア軍人も簡単に傭兵の挑発に乗り、大乱闘が起こる。

 その様を、竜人は呆然としながら見ていた。


「なんでこんなことに……」

「た、竜人のせいではないです。多分」


 しかし他の竜騎士と魔法使いは他所には興味を示さなかった。


「で、どうする? 誰が何する?」

「普通に竜騎士と御付の魔法使いが空に上がれば」

「じゃあ船の時と一緒だな。で、誰が収束、射出するの?」

「この中じゃあ……セレナ?」

「ふぇっ!?」


 急に自分の名前を出されて驚くセレナ。

 そして必死に言い訳を並べる。


「わ、私は竜人さんと空に上がらないと……」

「あー、そうだった。それにウォーロックじゃ本人の魔力許容量が足りないかもだし」

「じゃあ、誰にするの?」


 戦争であるという緊張感は何一つ無く、魔法使い、魔女たちは和気藹々と話を進めていく。

 竜騎士たちも同じように話をしていた。


「まあ俺たちはいつもどおりだな」

「竜人も変わったよな。何時の間にあんな飛び方をできるようになったんだか」

「こりゃエースになれる日も近いな」

「なめんなよ。エースはあんなもんじゃない。さっさと参加して戦闘機の一つや二つ落として欲しいもんだ」

「馬鹿いうなよ。エースはまだ空でも三人しかいない。万が一でも死なれたら……」


 騎手、竜騎士のなかでも最高峰、異次元空間にでもいるかのような変態軌道を描く飛行をこなす。

 それがトップエースの三人。


「それじゃあ魔法使いとの連携も含めて、俺たちは陽動と動き封じ、竜人は特攻役だな」

「あれ命がけだったからな。まあ相手が一機だからフォローもしやすいだろうけど」

「おっ、終わったみたいだな」


 激しい罵りあいと骨と肉とがぶつかり合う音がやんだ。


「クッソ……」

「ザックがトップなんて最初から無理な話だったんだろう」


 パイプ椅子の山に埋もれているザック。


「いや、でも前より根性あったぞ。っていうか逆にグレイのレベルな奴がポンポン出てくれても困る」

「とはいえ……ユートピアの人間は機械頼りのヘタレとばかり思っていたんだが、そういうわけでもねぇんだな」


 ボコボコにされた元ユートピア軍人は、パイプ椅子を杖がわりにしている。


「犬畜生め……」

「口の悪さは十分傭兵に匹敵してるがな」

「ったくしょうがねぇなあ。とりあえず一杯飲みに行くか!」

「あっ、おいこらどこに、まだ作戦が!」

「さすが軍人は生真面目だな。共闘するんだから酒でチームワークを築くんだよ。さっさときやがれ!」


 傭兵たちにつれられていく軍人。


「それじゃあお前ら戦場でな!」


 閉じられる扉。竜人は沈黙していた。

 黙していたドクはやっと口を開く。


「あー、仲が良さそうで何よりだ。それじゃ君たち、12時間後によろしくねぇ!」





 ガンダーラへと飛行する、一つの機影。

 しかし、その機体はガンダーラを通り過ぎ、さらにその先へと飛ぶ。

 国を越え、海を越え、そして一つの要塞へと辿り着いた。


「ターゲット確認。これより排除する」


 戦闘機の形態のまま、アトランティスへとその砲口を向ける。


「遅かったじゃないか」


 アトランティスの砲台が一斉に戦闘機の方を向き、火を噴いた。

 回転し、旋回して砲弾を避ける戦闘機。


「さすがは次世代機、いい動きするねぇ。じゃあ中身はどうかな!」


 無闇に撃ち続けているだけかと思いきや、戦闘機が回避するたびに砲弾の軌道は戦闘機へと近づいていく。


「ここだっ!」


 確実に当たる軌道。

 着弾の寸前、戦闘機は変形して砲弾を刀剣で弾いた。


「可変機!? カッコイイ!」


 砲撃を繰り返すが、ブーストで左右に回避する戦闘機。

 戦闘機はライフルを構える。

 青いレーザーが砲台を穿ち、砲台は次々と破壊されていく。


「さぁて、そろそろ準備できたかなぁ? それでは一同頑張ってねぇ!!」


 アトランティスの全主砲が一斉射撃を開始すると共に、上部ハッチが開き始めた。

 それはかつてアトランティスが使役していた使い間。

 巨大な要塞に近づく者を、残らず灰燼へと変える兵器。


「今度の相手はたったの一機。安全無欠やガンダーラの英雄に比べりゃイージーだぜ!」


 ヘリコプターが上昇し、戦闘機は離陸する。

 側面からも戦艦が次々と出撃し、アトランティスに近づけまいと弾幕を張る。


 安全無欠の勇者率いる、アルカディア軍を長きに渡り苦しめ、侵攻を阻止した海上要塞が再びその姿を取り戻した。


「二軍、出撃」


 戦闘機の後に続くは、飛竜。

 騎手と魔法使いを乗せた飛竜の一群が咆哮を上げる。


「ったれぇ!」


 機銃をばら撒きながらロックオンし、ミサイルを放つ。

 しかし敵機はレーザーで撃ち落していく。


「ならこれでどうだ!」


 戦艦や戦闘機の弾幕を掻い潜り、逃れた先には飛竜の群れ。


「雷鳴よ、今その力を外敵へと定めん! サンダーボルト!」

「盛る心の火よ、魔を糧に育ち、紅蓮の業火となれ、ヘルフレイムハート!」


 雷と炎が交じり合う。

 燃え広がる炎が取り囲み、幾筋もの雷が刺し貫く。

 その間も、無数の弾丸が炎の中に打ち込まれている。ただではすまないはず。

 しかし次の瞬間、炎を突き破り、戦闘機形態に変形した敵機が姿を現す。


「チッ! でも作戦はここからだ!」


 飛竜と戦闘機の間を通り抜け、追い越した一つの影。

 それは敵機の背後にぴたりと張り付くほどの速度を有していた。


「風の精霊よ、力を……アシストターボ!」


 膨大な空気を一点に凝縮し、飛竜の翼が羽ばたくと一気に加速した。

 圧縮された空気は飛竜の翼を強く押し、本来異常の加速力を生み出したのだ。

 飛び交う弾丸の嵐の中を、敵機は尋常ならざる挙動で回避していく。


「竜騎士、竜人。腕の見せ所だ!」


 翼が細かく動き、風を捉える。

 徐々に距離が詰まる。


「あと、もう少しっ……!」

 

 突如、敵機が急降下する。

 より速度が上昇し、制御の難度は格段に上がる。

 さらに加速して逃げ切るつもりなのか、と思ったそのとき、機体は変形した。


「なっ!?」

「このまま行って下さい!」


 変形した敵機は、こちらに銃を構えていた。


「チッ!」


 レーザーが放たれ、翼を掠める。

 竜人の飛竜が悲鳴を上げる。


「ギュイィ!」

「耐えてくれウィン!」


 その体を回転させ、レーザーを器用に避ける。

 即座に敵機は銃を手放し、刀剣に持ち替えた。


「来るッ!」

「術式二・改……射出!」


 紫に輝く光がミサイルのように放たれる。

 しかし、敵機は難なくそれを斬った。


「なっ、もう一度!」


 二連続で発射する。しかし片方は避けられる。


「来るぞ!掴まれ!」


 その刃がこちらに向いていることを、竜人は直感した。

 紫の光が敵機に触れる瞬間、敵機の体は回転してそれを回避する。


「ぐぅおおお!!」


 咄嗟に翼を立たせ、空気の抵抗で減速し、機動も変化した。

 タイミングを外され、敵機の刃はウィンの胴体ではなく、翼を切り裂いた。


「生きた!」

「まだです!」


 即座に敵機は追撃のために追う。


「減速!」

「あいよ!」


 ウィンは正面に向き合い、ホバリングする。


「さあ来い!」


 敵機は容赦なく斬りかかる。

 しかし、ウィンが一度強く羽ばたけば、その体は上昇し、刃は空を斬る。

 返して振るうと、身を翻して距離を取る。

 再び追いかけようとする敵機。

 不意に、背に僅かな衝撃があった。

 振り返るが、後方に敵影は無い。


「反転ミサイルを模倣してみました。着弾です!」




「試作術式・改、始動!」


 アトランティスの表層、軍人の訓練場に、魔法使いたちが集っていた。

 用いるのは、この海上要塞との決戦に使った術式の改良型。

 より多人数で魔力を収束させ、一撃必殺の魔弾を放つ。


「みんな、魔力を集中させて!」


 中央で身の丈ほどの杖を持つ少女。それを六方向から囲み、列を成す。

 上から見れば、雪の結晶のように綺麗に整列した彼ら、彼女ら。


「くっ、重い……」

「こっちはだるい」


 魔力を放出する側と、圧縮する側。

 逆の役割、逆の苦痛が襲う。

 

「ふ、ふん、わらわは、よ、よ、よゆう……」

「バテるの早すぎだろ! もうちょい頑張れよ!」

「ぐぬぬ……」

「大丈夫、私たちなら出来る!」


 重いのは、魔力だけではない。

 魔法使い全員……否、このアトランティスで戦う全ての者の期待が自分に向いている。

 今更、どうして自分がこんな役に抜擢されてしまったのかと、僅かに運命を恨んだ。

 嬉しくないわけではない。しかし、この勝負どころは、あまりにも自分には重すぎた。


「ねぇ、本当に私の魔力が足しになるのかな……」

「今更何言ってるのよ。無いよりはマシってくらいに考えてればいいのよ」

「でも……」


 何を言い出すかと思えば、魔力を送るだけでどれだけ不安に駆られているのか。

 自分は圧縮、射出までしなければならない。下手に扱えば間違いなく暴発し、最悪術式も破損させてしまう危険な役割だというのに。


「ここにいる人間、誰一人として欠けていい者は居ないわ。一人でも多くの理想が無いと、向こうの理想に上を行かれてしまうんだから」


 大きな杖を持つ魔法使いはその言葉に、はっとした。


 自分は何を弱気になっていたのか。

 自分たちが今行っている戦いは、ただの戦争ではない。

 決して譲ることの出来ない、叶えるべき理想を賭けた戦いだ。

 アルカディアの理想と、ユートピアの理想のぶつかり合い。

 それは、誰一人として欠けることの許されない戦い。

 もし万が一にでも、誰か一人でも己の理想を見失えば、全ての理想が潰えてしまう。


「そうか、そういうことだったんだ」


 既に自分たちは、運命を共にしている。

 どれほどの非力であろうとも、その微力さえも無駄には出来ないほど、全身全霊をもって臨まなければならない。

 その僅かな力こそが、勝敗を決することもありえるのだから。


 魔法使いは大きな杖を持つ両手に力と、魔力と、理想を込めた。



 アトランティス内に放送が響き渡った。


「ワイバーンレッドより試作術式二・改の付与に成功との報告がありました。射出部隊は早急に射出段階に移行してください」


 圧縮された魔力へ、更に魔力が供給される。


「重い、けど私の理想は、こんなもんじゃ……ないッ!」


 大きな杖の先端に、少しずつ魔力が顕現する。

 極小の七色の輝きが、徐々に大きな光となる。

 かと思えば、すぐに縮こまり、しかしまた大きくなりを繰り返している。


「押さえ込まなきゃ、もっと!」


 まるで生き物のように蠢く光。


「っんのぉ!! 暴れ馬がぁ!」


 荒れ狂う魔力を押さえ込み、収束させた状態を維持する。

 これを術式の出力上限まで溜め込み、射出するだけでいい。


「ぐ、ぎぎ……」


 術式の上限よりも、術士の方が先に上限を迎えそうであった。


「何が上限よ、私の理想に限界なんて、無いんだからぁッ!!」


 光を囲むように、細い光の輪が顕現する。


「収束し、拘束する。縛り、従え、我が意に倣え!」

「OK、こっちはカラカラ」

「私も、もう何もでないわよ」

「み、水をください……」

「なんでみんな気を抜いているの。反動を受け止めないと」


 膨大な魔力の放出は、その反動がある。

 魔力を行使する上で出来る空白を埋める瞬間的な反動。

 多人数の魔力を凝縮させた魔力行使の反動は、一人の身ではとても受けきれない。

 精神を磨耗させ、疲労という形で魔法行使の代償は払われる。

 数十人分の代償を一人で受けきれば、間違いなく廃人になるだろう。


「送り込む魔力は各々でも、反動の疲労は全員に均等に訪れる。気張らないと危ない」

「それはまぁ」

「射出、5秒前!」


 反動は、放出と共に訪れる。


「仕方ない……来い!」

「3、2、1、解放!」


 七色の幻色げんしょくが瞬き、輪が収束した。

 それは一つの煌きとなって、弾丸のように空へと飛翔し、鳥のように標的へと向かった。

 見た目の派手さは皆無だが、命中さえすれば内包された力が、標的を打ち砕き、破壊しつくすはずだ。


「やっ、た……」


 パタパタと魔法使いたちは倒れ、

 最終的に立っていたのは、射出役含め5人ほどだった。


「ったく、これでダメだったらこの術式の製作者にクレーム叩きつけてやるわ」

「まったくだ。にしても、同じ魔法使いでもここまで差が出るのか」


 似てはいるが、細部ところどころ違う魔女服、或いは普段着だったり、煌びやかな魔法少女風であったりする魔法使いたちである。

 立っている五人も、やはり違う。


「特に君だ。射出役になれるくらいの馬力と器用さがありながら、見た目の魔法使いらしさは皆無だ」

「いいじゃない別に、現代風と古式の魔法のギャップがいいの! あなたこそ、こってこての魔女衣装よね」

「一応、ウィッチ・魔耶のファンでね」

「何それだっサ! 時代は魔法少女ヨ!」

「腹黒魔法少女……」

「ていうか救護班遅いヨ! はやくはやク!」


 グラウンドの砂利と、車のタイヤが擦れあう音が近づいてくる。

 後の彼女らには、祈ることしか出来なかった。





「まだか!」


 竜人とセレナが乗るウィン。そしてその背後には高速で迫る可変敵機。

 いかに魔法を用いても、直線ではどうしても追いつかれる。

 飛竜にしかできない軌道でなんとか回避し続けているが、そのうち敵の飛び方もとんでもないものになりつつあった。


「また背後に……急減速!」


 翼を大きく開き、敵機に追い越させる。

 すると敵機は変形し、真後ろへ射撃し始めた。


「か、下降!」


 弾丸を回避しながら海に対して垂直に進む。

 マシンガンが後を追い、弾丸が尾を掠める。


「上がれぇ!!」


 海に対して平行になるように。

 僅かに海面を掠めたが、跳ねてなんとか上昇する。


「ウィンもそろそろバテてきた。これ以上は持ちこたえられないぞ!」

「……来ました!」


 超高速で接近する幻色の光は、まっすぐに敵機へと向かう。

 それに気付き、戦闘機形態で逃れようとするが、光の速度はそれすら凌駕した。

 流れ星のように乱れなく突き進み、敵機を真後ろから貫いた。


「やった!」


 光は何度も敵機に穴を穿ち続ける。上下左右と動き回り、破壊の意思を持つ弾丸、自ら曲がり、自ら向かう。

 蜂の巣になった敵機の中から出て来なくなったと思った次の瞬間、甲高い音と光が敵機を包み込んだ。


 眩い光が止むと、そこには、何も無かった。


「……ふぅ」

「か、勝った?」

「ああ。ひとまずは、だが」


 訪れる静寂。

 竜人とセレナは見合うと、自然と笑みが零れた。




「まったく、オリジナルも中々やってくれる。だがしかし、現場を知る分、戦場の分析はこちらの方が上のようだねぇ?」


 勝利に喜ぶ兵士たちの声の中、アトランティスの主砲の一基が動き、照準を定めていた。


「さて、安全無欠の打ち漏らし、こっちで対処するとしようか」


 耳を劈く砲撃音が響く。

 周囲はざわめいているが、通信も無いためただの祝砲だと、気に止める者は居なかった。


「着弾の様子はっと……」


 データ化されたドクの表情から、笑みが消える。


「こればっかりは、こっちじゃどうしようもないなぁ」




 砂漠を歩く二人の少年少女。

 少年・エアは何かに気付いた様子で空を見る。


「風間……?」

「待て」


 目を閉じ、何かを聞くように、探るように、すると。


「なるほど」


 エアは右手を掲げ、まるで指揮者のように手を振る。


「これでいい。行くぞ」


 マクスウェルはエアを見つめ、小首を傾げる動作をする。


「お前は何も心配しなくていい。全部、俺がなんとかする」

「……はい」


 そして二人は再び歩き出した。

 背後で起きた爆発と舞い上がる砂には、見向きもしなかった。


 


 日は暮れていく。

 しかし悪夢が終わることは無い。


「安全無欠とアトランティスの支援砲撃。この二つを掻い潜れる奴が居るとは思えない」


 スナイパーライフルを構えながら、ザックは待機していた。

 灯り一つ無い無人のはずのガンダーラ。

 入り口の最も高い建物の屋上でスコープを覗き、予想外の外敵二人を見ていた。


「しかし現実に居る」


 その隣で、双眼鏡で同じものを見ている少女が一人。

 ザックと同じ肌の色、ガンダーラ出身の少女兵士、サリマ。


「アトランティスの砲撃を掻い潜れる奴に、狙撃が効くのか知らないが……サリマ、後は無線で状況を伝える。そっちの準備をしてくれ」

「了解」

「さぁて、化物狩りと行こうぜ……」


 慎重に狙いを定める。

 照明、灯り一つ無い。こちらが気付かれる要素は皆無。

 気付かれたとして、この狙撃を回避できるなら、おそらく自分たちでは歯が立たない。


「だから、俺たちができるのは、時間稼ぎだけだ。生きず死なずの囮大作戦だ」


 引き金に指をかけ、その一瞬をはかる。

 一歩、二歩、三……


「ここだ」


 普段の軽い雰囲気とはまるで別人の冷たい声は、銃声に掻き消された。

 長く太い弾丸はまっすぐ少年の額に向かって突き進む。

 次の瞬間……


「はあっ!?」


 弾丸は逸れ、少年の背後の砂を抉った。

 既に狙撃の音でばれたが、相手は特に変わった様子もなく、こちらに向かって歩き続けている。


「い、いや、もう一度!」


 完全な無風、夜の砂漠なら熱で景色が歪むようなこともない。

 狙いを外す要素は皆無のはずだった。


「俺の腕が落ちただけか?」


 着弾地点から誤差を修正し、再度狙撃を試みる。

 ザックが引き金を引き、再び弾丸が放たれる。

 しかし、またもや弾丸は命中せず、今度は少年のはるか前方の砂を抉った。

 謎の現象に途惑うかと思われたザック。

 その表情は悪い笑みを浮かべていた。


「見えたぜ。今ちょっと砂が動いた……」


 ザックは腰にある通信機を使って全員に告げた。


「目標、甲は風を使いやがる。狙撃はダメだ。機関銃の制圧射撃で時間を稼げ。あと爆弾系をかき集めろ。目眩ましもな」


 はなから勝つことなど考えてはいない。

 自分たちができるのは、自分たちが死なない程度に限界まで時間を稼ぐことだけだ。


「弾丸ケチんじゃねーぞ? 逃げながらでも撃ちまくれ!」




 夕焼けを背に舞う、水龍と野獣。

 触手のように伸びる水の先端は、龍のような頭部を形作っており、それに食いつかれれば確実に肉を削がれる。

 その牙は氷であったり、激流の水圧であったり、湯気立つほどの熱湯であったりした。

 およそ十頭の龍が襲い来る中、リューテは砂地でありながら俊敏に動き回り、水流から逃れていた。

 うねり噛み付いてくる龍を紙一重で避け、近づける隙を逃さずに距離を詰めていく。


「ふんッ、とぉ!」


 足を狙われるが、即座に跳躍し、体を捻って対空の攻撃すらかわす。

 だがリューテが着地するその先に、数段大きな龍の頭が、大口を開けて待ち構えていた。


「シィイイ!!」


 背から抜き出すは、一振りの斧。


「ハァアアア!!」


 振り下ろされた斧が、龍の顎を裂く。

 しかし水流自体は止まずに流れ続ける。

 リューテは斧を地面に突き立てた。

 その柄に足をかけ、龍を飛び越える。

 想定外の動きに、アクアマリンは動揺した。


「ま、まだ!」


 アクアマリンは自らの周囲に水の膜を張った。

 鉤爪が膜に触れる寸前、リューテの動きは止まった。

 そしてアクアマリンはニヤリと笑う。


「何を笑っておるか」


 通常サイズの弓を、リューテは引き絞っていた。


「弓矢でこの水は敗れはしな……」

「まあ見ておれ」


 弓矢のサイズは普通だが、ギリギリと音を立てて弓はしなる。

 その音が木製から響く音ではないと、遅れて気付いた。


「混合・金剛光陰!」


 褐色の肌に、力強い腕の凹凸が、岩肌のように浮かび上がる。

 そして放たれた矢は水の膜を容易く貫き、アクアマリンの頬を掠めた。


「っ……あ、甘いですね。この距離で外すとは」

「まあ、見ておれよ」


 クンッと糸が張った。

 矢と手首に括りつけられた糸。

 リューテの体がアクアマリンに向かって跳んだ。


「っ!?」


 高速の肘鉄がアクアマリンの顎を打ち抜いた。


「ごっ……」


 衝撃が顎から伝わり、脳を激しく揺さぶる。

 アクアマリンの意識は一瞬にして奪われ、砂漠の地に体を落とした。


「クカカ! 悪いが、儂はクロードのように甘くはない。とはいえ……」


 地に足をつけ、飛ばした矢を腕で引き戻して掴む。


「我ながら温くなったものよ。狩猟に支障がなければ良いが」





「詠唱なしの超常現象、まさに魔法と見紛うばかりだが、魔力がなければ魔法には及ばない!」


 剣に宿る風が、迫る砂の人形兵士を切断していく。


「エルフ、ね。本当に、素敵な御伽噺みたいね」


 空中に舞う砂が弾け、砂が降り注ぐ。


「もっと早く出会いたかったわ」

「昔は夢見る乙女だったのか? 君は」


 螺旋の奇跡を描く風が、砂を巻き込み目に見える。


「じゃあ今の君には夢はないのか?」

「今の私の夢……私の理想はね」


 砂がはるかに巨大な腕を創り上げる。

 全てを飲み込むような手を開き、覆いかぶさるように陽光を遮る。


「復讐よ。この世の全てを飲み込んでやるの。現実も理想も、御伽噺の魔法さえもね」





「ほう、やるではないか」


 脳を揺さぶられ、意識の途切れたはずのアクアマリンが、砂地にしっかりと踏みとどまっていた。


「どれ、話してみよ。お前の体を支える理想、興味が湧いた」

「わ、私の、理想は……」


 肉体の限界をむかえながら、震える声で理想を紡ぐ。


「不遇を……不遇を、取り除っ、不遇、欲深い、人間をぉっ……」




 広大な海を越えて、少女のような少年は、両親の仕事の都合でいわゆる恵まれない人々の住む地に訪れた。

 そこは水が少なく、雨もほとんど降らない場所だった。

 古くから伝わる風習で雨乞いをしたり、水脈を当てたりで生き永らえてきた人々。

 彼らを支援することが、両親の仕事であった。

 世界の平和をうたう国が、辺境の地を支援する。そういう立派な仕事。

 少年は両親が誇らしかったし、人々を苦しみから救えることが嬉しかった。

 普通の学校に通うことは出来なかったが、少年は親の力になれることが嬉しかったし、楽しかった。


 やがて、その地でも友人が出来た。

 貧しいながらも、逞しく生きる彼らの笑顔に励まされ、少年はよりいっそう活動した。

 全ては、恵まれない人々を幸福に導くために。

 この世から、恵まれない不遇を失くすために。


 不遇の駆逐。

 それが少年の願いだった。


 ある日、少年は友人との約束で、夜空の下に集まった。

 その夜、子らは贄として捧げられた。

 泣き叫ぶ子供らの声により、天は哀れみ、涙を流し、我らに恵みの雨をもたらすだろう。

 呪術師は語る。大人たちは衣服の一つまで剥ぎ取り、肉を食糧とし、骨を肥料とした。

 阿鼻叫喚、大人の怒号と子供の悲鳴の中、少年はただ問うことしか出来なかった。


 不遇を取り除くことで、人々は幸せになるのではなかったのか。

 なぜ自らが、不遇の餌食となったのか。

 どうすれば彼らを救えたのか、どうすれば自分は不遇に屈しなかったのか。


 誰かを責めることもなく、ただ自問自答で苦痛を紛らわせながら、少年はやがて息絶えた。

 

 辿り着いた理想の世界で、彼が得た力は、治癒能力。

 疾患を取り除き、苦痛を緩和する。名づければ、天使の施し。

 心優しい少年らしい力といえた。

 しかし、どれほどの不遇を取り除いても、不遇が絶えることはなかった。

 治療の力は、行使する相手の状態が重いほどに、負担が重くなる。

 失明を直せばしばらくは視界を失い、左腕の欠損を治せば丸一日は左腕はまったく動かない。

 キリのなさに、彼は再び問い始める。


「不遇はどこから生まれるんだろう」

「不遇は最初からそこにあるものだよ」


 不意に声をかけてきたのは、白衣の女性。

 その表情は笑みを浮かべていながら、どこか不気味だった。


「君の力では、不遇を絶やすことは出来ないだろうね」

「あ、あなたは一体……」

「でも、そこにある不遇を、もたらすのは人間だ。不遇を蒙る人間は、欲深き人間の犠牲なのさ」

「欲深い人間……」


 前世、どれほど献身的な募金も、その一部は組織の肥やしとなることが、よくあった。


「そうだったのか。人間は……」

「欲深い人間を絶やす力なら、私は君に与えることが出来る」


 再び少年は白衣の女性を見た。

 不気味な笑顔のまま、彼女は言う。


「君がその理想を捧げれば、代わりに力を与えてあげよう」





「不遇を、絶やさないと、欲深い、人間っ……」

「そうか」


 振り返るアクアマリンを、左拳の殴打でむかえた。

 そのまま倒れるアクアマリン。気絶したのか、もう動くことは無かった。


「不遇か。なるほど」


 不遇。恵まれない境遇。それはつまり、与えられた環境そのものだ。


「環境に適応できない生き物は、総じて滅ぶ運命にある。それがたとい、人間由来の環境であったとしても……人間とは、本当に愚かな生き物よ」


 しかしリューテは知っている。

 愚かで醜い人間の中にも、まるで星のように輝き、宝石のように美しく、刃のように鋭く、神のように慈悲深い、そんな人間がいることを。


「うぬがクロードに、敵以外として出会っていれば、こうはならなんだろうに」


 さて、とリューテはロープでアクアマリンを縛り始めた。




「私の理想はね、この砂で全部を飲み込むことよ」


 少女の前世は、希望に満ち溢れていた。

 思春期真っ只中、魔法、呪法を学び、自らはかつて名を馳せた魔道の賢者だと。

 そして、その振る舞いがもたらす結果が、あらゆる希望を底なし沼が飲み込んでいった。

 陰湿ないじめはまるで呪いのように、暴力のいじめはまるで悪魔のように。

 魔道の賢者は、大いなる現実に打ちのめされた。

 それでも自らに暗示をかけて、この妄想を諦めまいと、その辛さから、自ら命を絶つことはすまいと。

 ただただ必死に生き抜こうとしていた。


 磨耗した精神の中、終わりは呆気なく少女を攫った。

 恐怖で手足が震えながらも、なんとか正気を保とうとしていた少女は、信号の色に気を配ることも出来ずに吹き飛ばされ、硬い地面に打ち付けられた。

 遠のく意識の中で、少女は安堵した。

 その安堵が、少女の最後の誇りさえ傷つけた。

 それが、その一瞬が彼女の理想を変貌させた。


 それは、全てへの憎悪。

 自分の抱いた妄想が憎い。

 妄想を抱いた自分が憎い。

 妄想を拒んだ現実が憎い。

 自分を拒んだ現実が憎い。

 嘲笑った彼らが憎い。

 助けてくれなった全てが憎い。

 報われなかった全てが憎い。


 ただただ憎さだけが残り、少女は憎しみによる復讐という理想を抱いた。

 それは少女にとって最期の理想で、最強の理想だった。

 最期の想いの強さが、少女をこの世界へといざなった。


 少女の得た力は、泥沼。


 待ち捕え、飲み込み、溺れ殺す。


 理想の力で、少女は何人も殺した。

 少女が何人も殺してなお生きているのは、生まれた場所が不要者の住むスラム街だったからだ。


 その日も少女は得物を待ち構えていた。

 異様に黒い衣服で身を包んだ女性を捕えた。

 その女性は不思議そうに観察しながらも、まったく抵抗せずに沈んでいった。

 後は窒息死するのを待ち、金銭を奪い取るだけ。

 黒衣の女性を引き上げると、突如、黒衣は銃弾で少女の四肢打ち抜き、使い物にならなくした。


「面白い力を持っているな」


 激痛に耐えながらどれだけの時間が経ったのか、少女はいつの間にか見知らぬ研究室のようなところにつれられていた。

 そして白衣の女性が声をかけた。


「泥沼か。でもそれだけじゃ君の憎む相手全員は殺しきれないだろうねぇ」


 事実、黒衣の女性はなぜか殺せなかった。


「より大きな力、欲しい?」


 少女は怪訝に思いながらも、頷いた。


「本当にぃ?」


 何度も、何度も頷いた。


「本当の本当にぃ? どれだけの地獄を味わってもぉ?」

「それで、全員殺せるんでしょ? なら欲しい。全部殺す。全部殺すぅッ!」


 すると白衣の女性は、ぞくりとする笑みを浮かべた。

 しかし、それは少女の殺意をより一層強くさせた。


「うん、彼女はいいねぇ! 良い被験者を連れてきてくれて、本当に感謝するよ朱!」





「だから、殺すの。全部、この砂で肉を削いで、肺も埋めて、眼窩にねじ込んで、骸にしてやるの」

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