48話目 理想の自分
「来るか、愚かな!」
オーバーヒートが発する異能の熱が四人を襲う。
「輝け聖剣!」
クロードの言葉に応じるように聖剣が輝く。
そして一閃。刃が描く軌跡から、白い波動が響き渡る。
「熱が引いていく……さすがクロード」
「よし、一気に叩くぞ!」
「いや、まだだ。そのまま前進!」
メイヴが好機と見るが、リューテはそれを留めた。
リューテが左右の様子を伺い、それを見た魔耶は察した。
「なるほど、そういうこと。メイヴ、そのまま。被弾だけに注意して行きなさいな」
「よく分からんが、分かった」
「チッ! お前たちも手伝え!」
「仕方ありませんね」
水色の長い髪をなびかせながら、アクアマリンは両手にあるペットボトルの水を操る。。
「人使いの荒い熱血漢ね」
茶髪の異能少女、ガイアモンドは砂漠の砂を動かし、地面に蟻地獄のような渦を幾つも作り出す。
そのほか、様々な異能者が能力を発現させていく。
「この世を彩り、目を欺け」
魔耶の魔術で、クロードたちの姿の幻が無数に現れる。
異能すら解く聖剣を持つクロードと、彼に追随するリューテらの分身が、異能者たちを翻弄する。
「ど、どれが本物なんだ!?」
「うろたえるな! 一組ずつ虱潰しにやれ!」
水の鞭、火の刃、風の拳、砂の罠。
様々な方法で幻影たちは囚われていく。
一組一組潰していくが、幻の数は一向に減る気配が無い。
ついに一組が異能者の領域に飛び込んだ。
「クッ!」
リューテの幻影が水の触手に追われるが、機敏な動きで回避していく。
「任せろ!」
異能者の一人が念じると、リューテの体を拘束する。
「俺の念力にかかればこんなもんよ」
「とどめは私が、ニードルファイア!」
少女の眼前に一本の火の棘が作り出され、射出される。
高速で迫る火の棘がリューテの喉を射抜いた。
「やった……!」
喜ぶ少年少女たち。
しかしリューテは、リューテの幻影は口元を歪めた。
ふと、彼らを影が覆った。
「えっ……?」
次の瞬間、巨体が全てを押しつぶした。
「GAAAaaaaRUUAAAaaaaa!!!!」
「やっぱりね。機械の目は騙せなくても、化物になら幻術は効くみたいねぇ」
どれほどの強敵であれ、騙せるならばこちらのもの。
幻術、幻覚、幻想は魔女・魔耶の十八番であった。
状況は一変した。
異能者は化物の巨体に押しつぶされ、化物は異能者に反撃を受ける。
化物はその巨体ゆえに、機械兵の放つ弾丸や光線に刻まれる。
そして化物は機械に向かう。
「この出来損ない! 俺たちは敵じゃないぞ!」
「FURuooOOOOOO!!!」
3メートルにも達する機械兵をも上回る巨躯から繰り出される鉤爪が、異能者を踏みつけ蹂躙しながら、砲火する機械兵に襲い掛かる。
即座に機械は刀剣を抜き、爪を防ぐ。
機械兵ですら衝撃に押され、地面に溝が出来る。
「なんと、ここまで戦況が変わるのか」
乱戦を通り越して混戦状態だった。
「昔、狩猟をしていたころにGBベアと虎帝、ジズもどきの三匹と一堂に会してな。そのときはジズを攻撃してから逃げ回り、地面の二匹にぶつけながら混戦させたのだ」
多くの修羅場を駆け抜けたリューテの経験が活きた。
「そこを私の幻術で更に大混乱にしてあげましょう♪」
その視線が一人の異能者に向く。
「なんだってこんな足手まといが……」
「隙だらけだな」
金髪の神、緑色の衣、にび色の刃が風を切る。
「がっ……」
「幻術は幻術でも、五感全部を騙せるのよう?」
魔耶の幻術は生半可ではない。
下手をすれば、死ぬまでその感触が後遺症として残る。
ユートピア軍は、たった四人によって大混乱に陥れられた。
「このまま行けば、勝てる……」
「ああ、このままいけば、な」
メイヴはその表情を決して緩めなかった。
「どうした羽虫、儂の策略に恐れ入ったか」
「油断するな。狩猟はどうか知らないが、戦争は最後まで油断できない」
「狩猟とて獣との命がけの戦いなのだが?」
またエルフとアマゾネスが言い争いを始めかけたそのとき。
「皆離れるな!」
クロードが咄嗟に砂地の地面に聖剣を突き立てた。
「……凍って」
それは一瞬の出来事だった。
「なんだ、これ……」
広大な砂漠が、見渡す限りの黄色い砂が、一瞬にして凍土と化していた。
ただ一部、聖剣の突き立った周囲だけが凍結を免れていた。
「あぶな……ほんっと凄まじいわね」
「まあでも、これで一安心でしょう」
「し、死ぬかと思った……」
砂漠の砂を障壁にし、尚且つ溶岩のように熱することで、凍結を逃れたガイアモンド。
それでも足元まで凍結し、靴の途中までが凍っていた。
アクアマリンはペットボトルの水をジェット噴射させることで、一時的に地面から離れた。
そのため凍結を逃れる。
オーバーヒートは激しい代謝で氷像にならずに済んだ。
「皆、無事か!?」
クロードが振り返る。
リューテもメイヴも、聖剣の守護範囲内に居た。
魔耶は飛んでいるので問題なかった。
「問題ない」
「ふむ。しかしこれはひどいな。味方もろとも、とは」
見渡せば、地平線まで凍土。
地面だけではない。地面の上に立っていたほとんどの者が氷像と化していた。
それは味方である異能者、そしてあの巨大な化物でさえ、例外ではなかった。
「むごいな……だが生き残りもいる。切り替えろ」
巨大な氷像と化した化物に対し、機械は変形して空を飛ぶことで凍土から逃れていた。
「なかなかしぶといな」
再び変形し、人型のまま浮く。その頭部が動き、クロードたちや異能者たちを観察しているようであった。
「…………」
突如、機械兵は進行方向を変え、ガンダーラのほうへと向かう。
「目標を変えたのか!」
「待てクロード、奴から目を離すな」
クロードを推し留めるリューテの眼は、エアとマクスウェルを見ていた。
「残党はそいつらだけじゃないぞ」
メイヴは、恐る恐る凍土に足をつけるガイアモンドとアクアマリンを注視している。
「私じゃ機械とは相性が悪いし……」
『そいつくらいならこちらで処理してもいいよ』
クロードの腰にある通信機から、箍が外れた声がする。
「ドク?」
「あの程度の玩具、アトランティスでどうにでもなるからね!」
「でも、そっちにはガンダーラの避難民が」
「あー、その避難民なんだけどね。どうやらこちらの手伝いがしたいらしい。シェルターに入れといっても聞いてくれないんだこれが」
思わぬ状況に、クロードは耳を疑った。
「まっ、君たちを長きに渡って苦しめたこのアトランティスの力、今再び見せてあげるよ。だからそいつは放って置いて構わない。機械系は全てこちらで対処してもいい」
「でも……」
「クロード、ここは任せよう。こちらとしても余裕が無い」
メイヴの言葉を聞き、見れば異能者たちが動き出していた。
「機械兵に先を越されるとは……こちらも本気を出さなければいけませんね」
「問題ないわ。すぐに終わらせられる」
水色の長髪は滝と見紛う美しさのアクアマリン。
岩肌のように不規則なうねる茶髪のガイアモンド。
「四対五か……皆、気を引き締めて」
「もちろん、安全無欠の名を穢さないようにする」
メイヴは右手の剣と五指の風を操る。
「さて、どちらから動くか……」
警戒するアクアマリンに対し、ガイアモンドは構わず後ろを振り返る。
「エア、マクスウェルはガンダーラへ。あの機械に先を越されたのはもう仕方ないわ。せめて制圧だけはこっちでやらせてもらうわ」
「別に競っているわけではない。ここでこの四人を処理したほうが確実だろう」
競争に熱くなっているガイアモンドと、冷静に状況を見ているエア。
「そうは言ってもねぇ……どうせマクスウェルに能力を使わせる気はないんでしょう? 逆に足手まといよ」
「…………」
「さっきのだって、使わせる気はなかったんでしょう。ならこの勇者は私たちに任せて、がら空きのガンダーラを攻めなさい」
エアはしばらく黙り、やがて頷く。
「マクスウェル、行くぞ」
「っ……」
マクスウェルの手を引き、ある程度の距離をとりながらガンダーラのほうへと向かう。
あの圧倒的な力を見て、このまま行かせるかどうかを迷っていた。
今ここで全員を相手にしたら、おそらく勝てないのではないか。
ならばアトランティスに時間を稼いでもらい、残った三人を倒した後に、あの二人を倒せばいいのでは。
クロードはそれを選択した。
他の者も警戒はしながらも、攻撃を加えることは無かった。
魔耶は背後から狙われないように常に目を離さない。
「さて、それではあなた方を始末させてもらいます」
「やるしか、ないか」
アクアマリンは両手に持つペットボトルの水をまっすぐに伸ばし、チェーンソーのように激しく流れている。
「では……」
ガイアモンドは解けかかった凍土に手を触れる。
瞬間、彼女の周囲にだけ灼熱が蘇った。
「はぁっ!」
声と共に、大量の砂が一箇所に集まり、上半身だけの巨人の形になった。
「ならば……」
メイヴは糸を繰り、砂の巨人に絡みつかせる。
それを振り払おうと糸を掴み、引っ張る。
メイヴの体は高く飛びあがった。
「風を使いこなせるのは、そっちだけではないぞ!」
空中高く放り上げられたメイヴの体。
左の五指が複雑に動き、風の糸はガイアモンドの周囲に突き刺さった。
「風よ、荒れ狂いたまえ!」
瞬間、五つの竜巻がガイアモンドを包み込んだ。
その竜巻は、確実に対象の五体を引き千切る。
「ほう、やるな」
しかしメイヴの口から、勝利の言葉は出なかった。
五つの竜巻が霧散した後には、巨大な砂の山が出来ていた。
ふと砂山から触手が伸びた。
「砂の触手!? だが問題ない」
迫り繰る触手を、風の纏った剣で切り払う。
時に風で自分の体を押し、自由に移動する。
空中で剣をくるくると回転させてから、相手に切っ先を向けるように構える。
「風魔法剣技・サイクロンジェットチェスト!」
螺旋に渦巻くメイヴの暴風が、砂山の頂点を穿つ。
削岩するように砂山を抉り、やがてすべてを吹き飛ばした。
「やったか……」
大量の砂が舞う目下。
敵の声は、すぐそこから聞こえた。
「やるじゃない」
「!?」
ガイアモンドはそこにいた。
この空中まで、砂を足場にしてここまで来ていた。
「でも、私の砂の魔人には決して勝てない」
「さて、それはどうかな?」
巨大な砂の手が下から迫り来る。
「お前が砂の魔人を味方にするならば、私は風の精霊と共に在る」
巨大な砂の手に無数の穴が空き、霧散したところを暴風が吹き飛ばす。
「これが、魔術……」
「違う、魔法だ」
五指には糸はなく、しかし指を動かすだけで強風、暴風、旋風、熱風、冷風が吹き荒れる。
「魔耶のような邪な悪魔法とは一緒にするなよ? 私が使うのは、清く正しい精霊魔法だ」
空気中の魔力が濃度を増し、魔力の奔流がうねる。
「風の精霊たち、偉大なる大気エアリアル・シルフィードと連なる子らよ。我と我らを傷つける者の手より守り給え。優しき御身よ。我に風を貸し与えたまえ」
巨大な風がそこにあった。
魔力によって統率された、風ならぬ風。
メイヴの五指に、剣に、体に、意思に、風が付属される。
「海の下でさえ大地が広がっている。私に、負けはないわ」
「海の上にも、空の上にも、木々の上にも大気はある。風はどこにでも吹く」
ガイアモンドが拳を握って振るう。
応じてメイヴも左手を振るう。
砂の巨拳と風の張り手がぶつかり合い、砂は崩れ、風は散る。
「精霊だかなんだか知らないけど、借り物の力でどこまでついてこれるかしらね!」
「異能だかなんだか知らんのだが、貰い物の能でどこまでやってくれるんだい?」
「さて、向こうも始まったようじゃ、こちらも始めるか」
「……あなたは、魔法を使う気配はないのですね」
「生憎な。だが手品なら多少心得があるぞ」
「そうですか、では……」
アクアマリンが気付いた時には、既にその姿はなかった。
「なっ、どこに……」
「ここだよ鈍間」
とてつもない衝撃を背に受け、アクアマリンは転がる。
「まったく所詮はこの程度か。基本がなってない」
「な、何を……」
信じられないという表情のアクアマリンを、リューテは見下ろしていた。
「魔法に頼り、魔術に頼り、異能に頼る。大きな力に溺れるお前たちは、本当に愚かしい」
「あなた、何者だ?」
水が触手となり、高速で迫るも、リューテは見極め、容易くかわして鉤爪で水を細切れにする。
水を切り分けてもすぐに集合するが、その僅かな時間でリューテはアクアマリンとの距離を詰めた。
「単純に鍛えた体で近づくだけで、貴様らはまるで手品でも見たかのように驚く」
「こ、この化け物……」
「化物? よく言う。常識や条理を覆すような所業を成す貴様らが、よくも言えたものだ」
「くっ!」
水流のチェーンソーがリューテの首を捉える瞬間、その姿は失せた。
「また消え……ぐあっ!」
背後から手が伸び、首を掴まれて持ち上げられる。
「貧相な体に女のように伸ばされた長髪。しかし匂いで分かる。貴様は確かに男だ」
「ぐっ、かっ……」
「口ほどにも無い。向こうの砂の女も私ならばすぐに狩れるが……あの二人だけは妙だ」
リューテは腹に一撃の肘を打ち込み、掴んでいた首を離し、髪に持ち替えた。
「がはっ!ごほっ、おぉっ……」
「答えろ。あの二人はなんだ。風と、氷のあれは」
「わ、私たちは、ただの実験体……何も知りはしない」
「はぁ……そうか、残念だ」
リューテは空いた片手でナイフを持つ。
「ただ、一つだけ……」
「ほう、それは?」
「……異能者を甘く見すぎていますよ」
足元の砂が弾けたかと思えば、リューテの手首が切り裂かれた。
「なっ……」
リューテの意思に関わらず、左手はアクアマリンを解放した。
痛めつけられながらもしっかりと地面に立つアクアマリンと、一撃で立つのもやっとのようによろめくリューテ。
「この小僧……」
千切れてこそいないが、手首付近の肉はごっそり削がれていた。
「普段穏やかな水も、強い圧力をかければ鉄板さえも穿つことが出来るんですよ」
「……ほう、博識だな」
「ですが、咄嗟に同じ方向に腕を動かし、切断を免れたのですね。獣並みの反射神経と言ったところですか」
しかしリューテはアクアマリンの言葉など聞こえていないかのように、傷を見つめ、おもむろに頭上へと上げ、流れ出る血液を口でむかえる。
「クカカ……勿体無い、勿体無い」
やがて徐々に近づけ、傷口を口で咥えた。
「な、なにをしてるんですかあなたは」
「んむ、ぷはっ……んん、自分の血を食ったのは久しい。ははっ、やるじゃないか小僧。もういい。本気で死合うか」
リューテは再び前方へ跳躍しようと前傾姿勢になるが、咄嗟に後方へ退いた。
無数の水柱が地面の砂を突き破り、噴出していた。
「なんだ、この水は……ここは砂漠だぞ」
「あなたの住んでいるところには井戸の一つもなかったんですか?」
何本もの水の触手がくねってリューテの方に先端を向けた。
突如、生き物のように襲い掛かる水柱。
「チッ、面倒な」
持ち前の俊敏さで難なく回避していき、接近する。
「おっと」
薄い水の膜がリューテの進行方向に現れる。
容易く体で突き破り、アクアマリンに手を伸ばす。
だが、その手が届く前に、体は自由を奪われた。
「っ!?」
細い水の触手が、全身に絡み付いていた。
水とは思えない力が、触手の一本一本に篭っていた。
「だが、千切れぬほどでは……」
「いえ、充分です」
超高水圧の水柱がペットボトルから放たれる。
しかしリューテは更に強く、速い動きで、喉元に迫った水を回避した。
「ぬぅあアアッ!!」
体を回転させ、鉤爪で水を切り払い、間合いを取るために跳躍した。
追撃の水の弾丸は片手でもなお鉤爪で対処し、着地した。
「なんとも……」
「どれだけ速くとも、一瞬だけでもその動きを止められれば、その一瞬だけは何よりも遅い」
「やってくれたな小僧」
アマゾネスは、負傷して尚もその野獣の牙を見せていた。
兇悪な笑みに歪められた口元からは、鮮血が滴っている。
荒れ狂い、燃え盛る猛火。
それはあらゆる肉を溶かし、骨を焦がす。
命の灯火すら吞み込んでしまう、灼熱の海がそこに広がっていた。
「はぁっ!!」
一振りの聖剣が起こす風によって、熱気は切り裂かれた。
クロードの聖剣は魔法も異能も切り裂き、斬り伏せる。
所持者に対してのあらゆる害を排除する、絶対の刃。
その白刃の輝きは、所持者そのものを絶対の聖域とする守護の力さえあった。
「斬り、開く!」
大上段から振り下ろして発生した剣圧が、オーバーヒートまでの炎を全て切り裂き、左右に割いた。
それはさも聖人が海を割るが如く。
「この俺の火力をこうも簡単に……」
「……それは、理想の力じゃないのか?」
無双を誇るクロードが問う。
「理想で得た力なら、もう少し抵抗があるはず。でもこれは……」
この世界は理想と理想がぶつかり合うことを前提とした世界。
故に理想由来の力に対し、理想の宿らない力はどれほどの力であろうと勝ることは無い。
「……」
「その力は一体なんなんだ? 君たちは、自分の理想をどうしてしまったんだ!」
「俺たちは……俺たちは古い理想に縛られることを辞めただけだ」、
オーバーヒートは新たに炎を生み出し、荒波を作る。
「理想を実現するには、理想の自分だけじゃ足りなかった」
周囲の焔は、まるで悲しみに泣き叫ぶように、天に座する神を焼き殺さんとするように昂ぶらせていた。
男は、どうしても許せなかった。
この世に蔓延る、ありとあらゆる不義を許せなかった。
男は戦った。
戦って、戦って、戦い続けて、そして果てた。
そして気がつけば、理想の世界があった。
誰もが己の理想のために生きる世界に、男もまた誘われたのだ。
しかし、そこにも不義は存在した。
ただの不義ではない。
彼らが抱く理想こそが、男にとっての不義だったこともある。
そして、男が抱く想いの強さに匹敵するほどに、不義を成す者たちの想いは強かった。
強くならねば、と男は思う。
より強くなり、あらゆる不義を滅ぼしたいと。
理想の自分では、それは成せないとも分かっていた。
諦めが男の足に絡みつき、その膝が地についた。
「もしかしたら、その望みは叶うかもしれないよ?」
見上げるとそこには、見る者の心に、自然と警鐘が鳴り響くような笑みを浮かべる、白衣の少女がいた。
「君が理想の自分を捨てて、私のサンプルになるならね」
漠然としすぎた理想は、その形を形成できない。
故に、確固たる力も宿らない。
男には力が必要だった。
理想の自分を捨ててでも、理想を叶えるための力が。
「……そうすれば、強くなれるのか?」
「君が理想を捧げるならね」
そして長きに渡る苦痛と、永遠に戻ることの無い理想の自分、誇りすら捨て去った。
その成れの果てが、炎の魔人だった。
「前は、一流のエージェントだった。悪人を始末する組織の一人だった」
人の作ったルールでは裁くことができない悪党を、闇へと葬り去る者。
それがオーバーヒートの理想の自分だった。
「それを、捨てたのか?」
「ああ、もし昔の俺と今の俺が戦ったなら、昔の俺は一瞬で焼き殺されるだろう」
確信しているオーバーヒートの言葉に、クロードは首を横に振った。
「違う、違うんだよ。人間は……理想は育める。成長するんだ」
クロードは聖剣を横に振るい、膨大な炎を吹き散らした。
「僕もそんな時期があった。魔女に誘われて、悪魔と契約しそうになった。でも……」
しかしクロードは諦めなかった。
自分の理想を叶えるために、理想の自分を信じ、励んだ。
「ここに来たばかりの僕じゃ、この戦場には立てなかった。でも今はここに立っている」
「努力が必ずしも報われるとは限らない!」
「ここに来る人たちは、みんな報われずに果てたはずだ。僕も、君も!」
報われず、叶わず、それでも諦めなかったから。
だからこの世界に辿り着いたのではないのか。
「君が君自身を信じて、理想の自分を信じていれば、たとえ地獄の業火だって凌げたはずだ!」
「仮定の話はもういい。どうせ、何も変えられない」
オーバーヒートは大きなドームで自分たちを囲った。
もはや誰も逃げられない、炎の幕が隔絶する。
「それでも俺は負けない。全ての不義を焼き尽くすために、お前には踏み台になってもらう!」
言葉は交わし尽くされた。
あとは互いの理想を体現し、ぶつけ合うのみ。
火の手がクロードの周囲を取り囲み、
「フロージスト!」
それは氷の津波だった。
クロードの足元から全方位にかけて、津波のような氷が炎を飲み込んでいく。
天を焦がす炎は、その形のままに氷、巨大な氷像へと姿を変えた。
「そんな……こんな馬鹿なことがっ……」
オーバーヒートは、脱力し、膝を着いた。
「理想の力は、理想を抱く者が思い続ける限り、無限に成長できる」
蹲るオーバーヒートに、クロードは歩み寄る。
「君の敗因は、理想の自分を信じ切れなかったこと、そして手放したことだ」
理想は、自身の手でしか実現し得ない。
自分を手放した者に、理想を実現する力は持ち得ない。
「決着だ。これ以上は……降伏してほしい」
「…は…ない」
「何を……」
「俺は、全ての不義を許さない」
クロードは瞬時に下がった
数本の黒髪が宙を舞った。
「この初弾を避けるとは……」
それは横に薙ぐように振るわれた手刀だった。
ごく普通の手であるはずが、まるで刃のような鋭さを秘めている。
しかしクロードは何より、初速の凄まじい勢いと、初動の省略にこそ警戒した。
「ならば、これはどうだ」
オーバーヒートの体がブレる。
残像を生む速度から繰り出される、腰を深く落とした中段突きがクロードの鳩尾を打ち抜いた。
「がっ、は……」
続けて体を捻り、背面を見せた状態で勢いよく顔面を蹴り上げる。
上がった足を勢いよく振り下ろし、振り子のように前へ出しながら跳ぶ。
サマーソルトだが、狙いは上を向いたクロードの顔面。
オーバーヒートの爪先がクロードの顎を打ち、地面に打ち倒した。
「……そうか、そういうことだったのか」
「き、君は……」
しかし、クロードはよろめきながらも立ち上がった。
それに目もくれず、オーバーヒートは自分の体を見ていた。
「お前の言っていることが、今理解出来た。礼を言う」
「…………」
「だが、俺ももう後には引けない。許せ」
オーバーヒートの手が大きく振り上げられる。
狙い定めるは、勇者の首筋。
「ありがとう、安全無欠の勇者。敵である俺に、理想を思い出させてくれて……」
「まだ、だッ……」
オーバーヒートの手がぴくりと反応した。
クロードは、未だに足掻いていた。
「そうか、そんなにも強い理想なのか」
ならばこれ以上、苦痛を長引かせてはいけない。
一思いに、一瞬で終わらせよう。
オーバーヒートの思いを知らぬまま、クロードは最後まで足掻き続けた。
「センテクスプロージョン!」
聖剣の光が最大の輝きを放つかと思えば、瞬間、真白の光と衝撃がオーバーヒートを吹き飛ばした。
「ぬぐぁ!?」
飛ばされながらも、砂地を足で抉りながら勢いを止める。
「光の爆裂だとッ!?」
衝撃でぼんやりとする頭を振り、クロードを探す。
「!?」
真正面から突っ込んでくるクロードの姿。
それは既に眼前にあった。
「リューテ直伝、獣足」
あまりの速さに、咄嗟に腕で刃を受ける。
体を回転させ、刃を受け流すことで切断は回避する。
本来ならここでカウンターの裏拳一つ叩き込むところであるが、その余裕すらオーバーヒートにはなかった。
「さすがしぶとい!」
矢の如く放つ貫き手。
しかしクロードは完全に見切っていた。
お返しと斬撃を見舞うが、肘で刃の側面を叩き弾かれる。
完全な隙が生まれ、今度こそ死留める。
深く踏み込み、一撃必中の上段突き。
その拳はクロードの顔面を今度こそ貫く。
「何故、動かない!?」
その寸前で、オーバーヒートは完全に身動きを封じられた。
「メイヴ直伝、風繰り糸」
「この程度で……ぬぅううあああああ!!!」
雄叫び上げるオーバーヒート。
すると、その全身を突如、焔が走った。
「獄炎、帯闘」
纏う炎が、絡みつく風を焼き払った。
「アイシア!」
左手から生み出された氷の弾が射出される。
しかし難なく炎を纏う拳で打ち砕かれた。
「今更この程度で……」
「アイシクル!」
すかさず無数の氷の塵に魔法をかける。
オーバーヒートの体を氷結させ、再び身動きを封じる。
「氷ならば解かすまで!」
自らの火力を増幅させ、氷を解かそうと試みる。
「と、解けない? いや、解けてはいる。だが遅い!」
「魔力由来の物質は、魔力を帯びた現象でなければ影響を受けにくいんだ」
「っ!?」
気付いた時には、その切っ先はオーバーヒートの眉間に触れていた。
「君の負けだ。オーバーヒート」
「……俺が降参すると思うか」
「君は、まだ死ぬわけには行かないはずだ。理想を果たさないといけない、自分を思い出せたんだから」
理想の自分を捨てた者の抱く理想。
理想の自分を取り戻した者の抱く理想。
両者には決定的な差がある。
理想の自分はそう容易く、誰かや何かに屈してはいけない。
「……そうだな、お前には貸しがある。俺はここで戦闘不能ということにしよう」
「ありがとう、助かるよ」
「甘い男だ」
「へぇ、まさかこんなことが起こるなんて、存外分からない物だね」
暗い部屋で、数あるモニターの一つを興味深げに眺めている白衣の女性。
ドクはガンダーラでの戦闘データを見返していた。
「本来、理想の力を仮想システムで変換して異能へと力を変質させるのが、異能者の作り方だったんだけどねぇ?」
理想の力と異能の同時発現。
「理想の力への研究がまだ浅かったのかな?」
「あのドクともあろう者が、研究を怠ったか?」
「相変わらず意地悪だなぁ、君は」
ドクは振り返る。ディスプレイの照明だけが照らすこの暗い部屋で、紛れてしまっている黒衣の者。
「まぁ、これは後で研究するさ。出来たらねぇ。それにしても、久々の再会、本当に嬉しいよ朱」
「で、進捗はどうだ?」
黒衣の女性、朱はドクの隣まで歩き、モニターの一つを注視する。
「まったく、アルカは僕の最高傑作を傷物にするし、向こうの黒いの二人は存外に善戦してるし、思った通りにはいかないものだねぇ」
「来たな」
ドクの話を完全に無視して、ユートピアに接近する三人を見る。
「それじゃあ予定通り、君は相方と一緒に彼らの相手をしてくれ」
「ああ。いいな、アイス」
「ええ」
闇の中からもう一人、短い銀髪の少女が姿を現す。
「まあ、お前ではあの三人の誰にも勝てそうにはないが」
「……」
「アイス、そこは舌打の一つでもすればいい。で、ドク。最高傑作とやらの調整は終わったのか」
「君になんの調整を加えろというんだい?」
「何をとぼけている。コード:ZOEだ」
「彼女なら問題ないよ。人間みたいに不完全ではないし、機械だからメンテナンスも出来る。メンタルケアの必要も無い」
朱は鼻で笑う。
「機械のくせに名前が生命とはな。相変わらずお前が趣味が悪すぎんだよ」
「クケカカ! オマケに不死の君とは真逆と来た。いや、別に意図したわけじゃあないんだよ。本当にね」
「…………」
朱はもう言葉を発さなかった。
「さて、そろそろこの実験も終盤だ。僕らの目的に、もうすぐ指がかかる! ハハハ! 楽しみだなぁ!」
暗い部屋に哄笑が響く。
戦争はまだ終わらない。彼らが彼らの目的を達成するまでは、決して止むことなどなかった。




