47話目 安全無欠の勇者
悪夢の七日間。一日目の夜。
蠢く異形がガンダーラに迫っていることを知り、クロードらはアルカディア防衛よりガンダーラの防衛を優先した。
ガンダーラの住人をアトランティスへ避難させ、アトランティスからガンダーラへ兵士が流れ込む。
あの大軍勢の、一体どれほどがこちらに流れてくるのか。
そんな恐怖を押し殺しながら、兵士、エルフ、アマゾネス、魔術師、傭兵、皆がガンダーラの地へと降り立った。
「それじゃあ、行くぞ」
クロード、メイヴ、リューテ、魔耶も、ガンダーラの地を踏みしめる。
それにレイア、ティターナが同行する。
ガンダーラを出て、砂漠を歩いていると、リューテはレイアを挑発し始めた。
「怖気づいたならいつでも逃げて構わんからな?」
「うるさい、この淫乱が。男にケツを振る恥さらしめ」
思わぬ反撃にリューテは面食らい、言葉に詰まった。
「言うわね。確かにリューテは男のハーレムを築こうとしているどうしようもない男たらしだけど」
「魔耶よ、レイアともどもその首掻き切って良いかや?」
リューテの言葉にレイアは更に殺気を強めるが、対して摩耶はくすくすと笑うだけであしらう。
そして魔耶は、不機嫌な顔をするレイアに近づき、脇を飛ぶ。
「レイアちゃん、あまり張り詰めているとぷっつんした時大変よ?」
「余計なお世話だ」
「皆が勘違いしてるんだけどね、クロードの元に集った私たちは、全然仲良しじゃないのよ?」
「……何の話だ」
食いついた、と魔耶は内心でくすりと笑んだ。
「親友どころか、友人ですらない。でもね、同じ人を好きになったってところで、やっぱり通じ合うものがあると思うのよね」
「それは、私には関係のない話だな?」
「ええ。あなたに直接関係する話ではないわ。でもね、生き方としてはそれも在りだと思うの」
「生き方……?」
魔耶は頷き、話を続ける。
「リューテにはリューテの生き方があって、メイヴにはメイヴの生き方がある。私にも私の生き方があって、クロードにもクロードの生き方がある」
「……それで?」
さして興味はないというふうに、素っ気無い態度をとるレイア。
魔耶は構わずに続けた。
「あなたは今は頑なだけれど、世の中には色んな生き方があるんだって、知った方がいいと思う。あんまりにあなたが張り詰めてるから、心配になってね」
「私は、そんな器用には生きれない」
「ねぇ、あなたの理想を聞かせてくれない?」
ふとレイアが見ると、魔耶は酒を煽っていた。
「えっ、なにやってるんだお前」
「いいのいいの。魔法は心の昂ぶりがモノを言うんだから。魔法使いにはちょうどいいのよ。あなたも飲む?」
「い、いや、私は……」
「世の中には酒を飲んで酔うことで扱える武術があるらしいけれど、酔えば酔うほど強くなるらしいわ」
「いや、だから私は……」
「いいと思いますよ、少しくらいなら」
背後で見守っていたティターナが言う。
「てぃ、ティターナ、戦の前に酒なんて……」
「大丈夫、あなたのことは私が守りますから、あなたは存分にその爪を振るえばいいんです」
「……ティターナが、そう言うなら」
魔耶が差し出す器を取って、まじまじと見つめたあと、それにチマっと口をつけた。
「どう?っというか、お酒飲んだことあった?」
「いや、ない……別に、特別美味いわけではないのだな」
「ふふ。まあ、お酒は魔性。溺れるまでは良さは分からないわ。それはあげるから、よく味わいなさい」
掌サイズながら、そんなに高さのない器だった。
敵が攻めてくる時までは、暇つぶしにチマチマ飲むことにした。
思いのほか不味くはなく、しかし美味いというわけではないのに、自然と飲み続けてしまう。
「不思議な飲み物だな」
「でしょう?」
摩耶もまた、別の器で酒を飲む。
「おっ、酒を飲んでいるのか。儂にも少し……」
「うっさい、淫乱女は大人しくマタタビでもかじってなさい」
頬を紅潮させる魔耶は嘲笑の笑みを浮かべて言う。
「なんだ、みんな儂に冷たいぞ……」
「今まで好き放題してきたツケよね」
「ふむ。まあ良い……」
「あら、いじけたわね」
あのリューテが簡単に弄ばれている。
レイアは驚くほかなかった。
「あなたが敵として意識する相手なんて、所詮こんなもんよ。リューテだけじゃない。この世の全てに当てはまる事よ」
案ずるより生むが易し。どんな外見も印象も認識も、その根本は共通して、大したことの無い存在だ。
それは理想を抱く者ですら例外ではない。
「だからそんなに気を張ってちゃダメよ? 世の中なんて、存外に容易いものなんだから」
魔耶の手がレイアの頭を撫でる。
酔っ払いにしては、随分と優しく、手馴れた動作だった。
「……気遣い、感謝する」
「ふふっ」
ふと、クロードが止まり、全員が止まる。
「ここを防衛ラインにする」
ガンダーラから、そう離れていないところに構える。
ガンダーラから強力なライトで周囲を照らす。
地平線の向こうに、蠢く姿があった。
逃げ場などないと示すように、逃れられないと脅すように、地平線を埋め尽くす異形の姿。
「来た。皆、準備はいいか?」
全員が無言で頷く。
「よし、行くぞ!」
クロードの声にあわせるように、アトランティスの砲撃の音が鳴り響いた。
アトランティスの支援砲撃があるとはいえ、迫り来る敵は多く、全てを阻止するには至らない。
その余りを駆逐するのがクロードたちの役目だった。
「よし。皆、気をつけて!」
クロードたちは二手に分かれる。
一つはクロード、リューテ、メイヴ。
もう一つはレイア、ティターナ、魔耶となる。
「フリージア!」
クロードが叫ぶと、広範囲に冷気が降りかかる。
精霊の加護により、その威力は一流の魔女をも凌ぎ、異形の群れは氷像と化す。
「リューテ!」
「善しッ」
背負っていた鉄の棍棒を片手で持ち、その身を大きく回転させながら敵を打つ。
衝撃と音が響く。
氷像は一撃で皹が入り、もう一撃加えて砕け散った。
「いかに化物でも、この方法ならばただの的よな」
「油断するなリューテ。敵はそいつらだけじゃないぞ」
「相変わらず堅苦しいのう、お前は」
ぼやくリューテを尻目に、メイヴは風の刃を振るう。
「風よ、我が微風に纏え。それは両断する刃、切り刻む矛、引き裂く鏃……死神の風、我が五指に宿らん!」
メイヴの魔力に風の精霊の加護が加わる。
エルフ一人分の魔力に、膨大な風の精霊の力が付与され、その魔法は形を成す。
腕を振り、五指で糸を繰る。
荒れ狂う突風が凄まじい砂埃を上げると共に、荒ぶる風の糸が周囲の化物を細切れにしていく。
「エルフの刃は魔法の刃。誰にも折れぬ、遮れぬ」
振り返り、また腕を振るう。
背後に迫っていた数体の化物たちも切断された。
「やるではないか。相変わらず怖ろしい刃よ」
リューテは弓矢を構えていた。
自分の身の丈よりも一回り大きい弓矢を、片足の指で掴む。
反対側の手で矢を引く。
ギリギリと音が鳴りながら、弓はしなる。
「ハァァッ……」
狙うは腐った肉体の竜。
竜は毒霧を放つために、その大口を開けた。
「奥技・竜狩」
解き放つ矢は電光の如く駆け、その口腔を吹き飛ばした。
頭部を失った竜はしばらく暴れまわった挙句、砂地に身を倒した。
「頭を狙えば殺せるようだ」
そういうと、今度は斧を取り出して小型の化物の首を次々と斬り飛ばしていく。
化け物はおぞましい見た目であるが、動き自体は緩慢であった。
日々鍛え、俊敏な獣を相手に狩りをしてきたアマゾネスにとって、その首を狙うことは容易かった。
「クロード、どうだ?」
「今のところは大丈夫。レイアたちは?」
「ふ、ふふふ……にゃはははは!!!」
まさに瞬く間、地面を飛び跳ねる少女の後には、化物の残骸が散らばっていた。
化物の腕がレイアを薙ぎ払う、その一瞬の後には、腕は刎ねられ、身体は三枚に下ろされている。
その流水のように乱れない、流麗な動作で、撃破数を稼いでいた。
「頭がぐわんぐわんするぞ……ふひゃひゃ!」
植物の蔓のようなものがレイアの足元を掬おうとするが、即座に反応して跳ぶ。
体をコマのように回転させ、木の幹を微塵に斬った。
「どうしたどうした! もっとかかってこーい!」
レイアは酔っていた。
「まさかあんなになるとは……まっ、いっか」
魔耶は気を取り直して詠唱する。
「天魔の轟き、悪魔の叫び、神々すら尽く焼き尽くす閃光。我が敬愛を捧げる大伯爵よ。天を駆けたまえ。その道に草木の一つも残らぬように」
それはまるで、神にでも祈るように。
しかし、空に満ちるのは悪魔の邪悪な魔力。
膨大な魔力が暗雲の中で明滅したかと思うと、一筋の閃光が駆けた。
その後に大量の稲妻が降り注ぎ、群れている化物を一網打尽にした。
それだけでなく、上空から侵入していた戦闘機まで撃破していた。
「やっぱり上にも居たのね」
「私も負けて入られませんね」
弓矢を構えるエルフ・ティターナ。
「風よ、纏え……」
矢に魔力が通い、旋風が纏う。
「ウィンドアロー・スパイラル」
魔力を鏃に込め、螺旋を描くように風を操る。
そして矢を解き放つ。
矢は螺旋に回転しながら疾風と化し、敵を貫いていく。
「まだまだ!」
いくつもの敵を貫きながらも尚、その勢いは衰えない。
それが見えなくなる前に、ティターナは弓を細かく動かし始めた。
すると矢は左に曲がり、敵を穿ち続ける。
「ティターナ、後ろ!」
魔耶の声に反応し、ティターナは伏せる。
その頭上を矢が通過する。
背後で肉を穿つ音が聞こえた。背後では蛇の化物が頭部を穿たれていた。
「ふぅ……私もまだまだですね。ありがとうございます、魔耶さん」
「フフ。魔耶でいいわよ、ティターナ」
「うらぁああ!!もっとかかってこーい!」
悪夢の二日目。
夜の暗がりが、ようやっと朝日によって照らされ始める。
「夜が、明けた……」
クロードたちは一晩中戦い続けていた。
アトランティスの支援射撃があるため、そこまで苦労はしなかった。
異形の化物は木っ端微塵になり、戦闘機の類は幻術や風魔術による気圧変化によって制御を出来ずに墜ちる。
「作戦を変えよう」
とはいえ、長時間に及ぶ戦闘は全員の集中力を途切れさせるには充分だった。
魔耶はともかく、他の部隊の魔術師はもはや昏倒寸前であった。
「特にレイアがひどいわ。これ二日酔いのようねぇ……」
リューテすら上回るのではないかという動きの良さを見せたレイア。
今では虫一匹も殺せないほどに緩慢な動きをしていた。
「仕方ないか……他のみんなは」
「儂はまだまだいけるぞ? レイアほど軟弱ではないからな」
「なんだと……ううっ……」
頭を抱え蹲るレイアに魔耶が寄り添う。
「ほら、無理しないで」
「……魔耶、レイア、ティターナは一旦ガンダーラまで退いてくれ。造園が来るまで僕が食い止める」
「なら、儂も共に戦うとしよう」
「私もだ」
リューテとメイヴがクロードの両脇に立つ。
「二人はまだ大丈夫?」
「おお、旦那様よ。心配してくれるのか?」
「誰が誰の旦那様だ! 私の目の黒いうちは出し抜かせはしないぞ」
「ふん。ならば、ここらで決着と行くか」
「ほほう、どうするつもりだ」
「化物と機械、どちらを先に全滅させるか」
「面白い……なら、私は機械の方をやらせてもらう。魔法の扱えないお前にアレの相手は酷だろうからな」
「そうか。ならば私は化物を。魔力が切れて無様に貪られるのは怖ろしいだろうからな」
「私が魔力が尽きたら戦えない雑魚だと言いたいのか?」
「さて、タフネスとスタミナでは私が勝っているというだけのこと」
リューテとメイヴは敵に向けるよりも鋭い眼光で火花を散らしている。
「ふ、二人とも、そろそろ……」
「「分かってるッ!」」
勇者は後ずさった。もはや、二人を止められるものはいないだろう。
「レディ……」
「ゴーッ!」
周囲の見えなくなった二人を見届けながら、クロードは魔耶たちがガンダーラへと戻っていくのを見送った。
「さて……なにか来るな」
いつしか、左側に化物、右側に機械兵が集っていた。
アトランティスからの砲撃で満遍なく敵をけん制し、化物をリューテが切り刻み、メイヴが機械を壊していく。
「フンッ!」
巨人の片足を切断し、耐性が崩れたところで首を落とす。
竜の口腔に矢をぶち込み、即死させる。
複合獣のような相手はそれぞれの首を切り落とし、蛸のような触手ですら簡単に切って落としていく。
「うん? こいつは……」
人間の体を持ち、両腕には冗談なほどに大きい鉤爪がある。
獣の首から下のような四足もやはり爪が大きく鋭い。
腐ったタイプではなく、複合獣のようにも見えるが、外見の血生臭さとグロテスクさはやはり自然にあったものではない。
その顔面には大きな眼が一つあり、口も鼻もない。
代わりなのか、人型の胴と獣の胴の境界に無数の大きな牙と穴があった。
「クカカ! これは楽しめそうだ」
舌なめずりするリューテ。化け物は咆哮を上げて襲い掛かった。
「なんだこいつ」
身長は2、いや3メートルはあるか。
地味な灰色のカラーリングだが、その形状は確かにロボット兵器。
そこまでは良かった。
機械がメイヴの眼前に来たのは、戦闘機の状態だった。
このロボットは、メイヴの眼前で、戦闘機から人型ロボットへと変形したのだ。
「今までのとは違う、ということか。教えてくれて感謝する」
メイヴは五指で糸を繰り、ロボットに纏わりつかせる。
「だがこれで終わりだ」
ロボットは呆気なく切断。
されなかった。
「ッ!?」
鉄が擦れる悲鳴のような音。
ロボットは塗装一つはがれそうにない。
攻撃を受けているにも関わらず、ロボットは右手に持つライフルを構えた。
そして、クロードの眼前には、新たな敵が現れていた。
数台の運搬車が横向きに止まっている。
荷台の扉が上に開くと、そこには銃を持つ兵士がずらりと並んでいた。
「フリージア!」
クロードは屈んで唱えると、大きな氷の壁が出現する。
発射された銃弾はすんでのところで氷に阻まれた。
「フローズン!」
空気が凍りつき、銃もその動作を止められる。
「フリーザード!」
その一瞬で、クロードの前方は砂漠から凍土へと変貌した。
ただ数台のトラックを除いて。
「……」
クロードは止まった世界に目を凝らす。
氷の世界と化し、静寂が響き、聞こえるのは遠くで戦うリューテとメイヴの声と音のみ。
ふと、トラックの荷物扉がゆっくりと開き始めた。
隙間から飛び降りたのは、数人の男女。
外見はまちまちで、各々が下は8歳くらいから、上は15歳程度に見える。
「相手は一人か」
「なら楽勝だな!」
戦場とは思えない、緊張感のない声が聞こえ始める。
瞬間、クロードは咄嗟に体を反転させ、魔法を使う。
「アイシア!」
背後にいつの間にか迫っていたのは、黒髪の忍び装束を着た少年。
放つ氷結の光を、少年は尋常ならざる速度で横に回避した。
「私の気配に気付くとは」
少年だと思っていたのは少女だった。
深く踏み込み、片手の短刀で腹部を狙われるが、クロードはそれを剣で弾く。
少女はほぼ同時にクナイを持って首に打ち込む。
体を退いて避ける。
少女は即座に両手の得物をしまい、懐から別の得物を取り出す。
「死ねッ!」
その得物が何かを視認する前に、少年はクロードに投げつける。
身のこなしの素早さから繰り出される弾丸のような速度で迫る何か。
クロードは片手の剣で弾く。
しかし残り二つの投擲物に対処できず、防ぐ腕に深く突き刺さり、足を切り裂いた。。
「ぐっ!」
大量の出血と共に、クロードは跪いた。
「呆気ない。これが情報にあった安全無欠の勇者か……私はスピードマスター。異能者だ」
「いれ、ぎゅら……?」
「いきなりメインターゲットを、しかも私が仕留められるとは。運が良い」
「くっ……光の精霊よ、我に加護を……」
「死ね英雄!」
空を斬る音さえ置き去りにする勢いで、その短刀がクロードを捉える。
「がっ……」
「休息を与え、あるべき力を取り戻させよ」
刃が光に弾かれる。
動揺しながらも、忍び装束は下がり、距離を置く。
「なんだ、これは……」
「光のカーテン」
クロードの頭上に突如現れた白く輝く光。
そしてそこから薄く透き通る一枚の光が、カーテンとなってクロードを覆っていた。
瞬く間に体の傷が治癒していく。
「なんて回復力っ!自己治癒どころじゃない……お前、まさか自己再生者?」
「はぁっ!」
クロードは剣でカーテンを振り払う。
眩むような光が視界を覆う。
「な、なんだ!? ぐふっ……」
光に紛れ、クロードは剣の面で腹部を打った。
忍者は力なく倒れるのを、クロードは受け止め、そっと寝かせる。
念のためにと睡眠薬を服用させ、しばらくは起きないようにしておく。
「さて、次は……」
振り返れば、多数の少年少女がこちらの様子を伺っていた。
「なるほど、勇者本人の戦闘能力はそこそこってところか」
「同時に魔法も駆使することで敵を攻略していくのね」
「一斉に攻撃すれば普通に勝てるんじゃないか?」
「能力が相互干渉してやりにくくなるだろ。チーム戦闘なんてやってないし」
話し合う少年少女の中から、一組の男女が歩みを進めていた。
「大丈夫、なの?」
「関係ない。俺たちはただ任務を遂行するだけだ。戦闘も観察した。充分だろう」
青空のように深い青の髪。そして、銀色の瞳の少年。
稲穂のような眩い金の髪。そして、橙色の瞳の少女。
「コード:無間の風、任務を遂行する」
「コード:マクスウェルの魔女。作戦を開始」
少年エアが両手を広げると、二人の周囲を大竜巻が包み込む。
巨大な竜巻は、徐々にクロードへ、ガンダーラへと移動し始めた。
「な、なんだこれ、魔法なのか?」
巨大な砂塵の竜巻を前に、クロードができることはなかった。
クロードの持つ能力、<主人公補正>は、任意で発動できるものではない。
自分や仲間に逃れようのない危機が迫ったとき、その能力は真価を発揮する。
この場合、竜巻から逃れることは容易だ。
仲間がこの竜巻によって危険に晒されているわけではない。
危険なのはガンダーラという都市のみである。
したがって、<主人公補正>は発動しない。発動したとしても、それは微々たるものだろう。
「でも、手はある」
<主人公補正>が持つ、一つの特性があった。
それはクロードが握る剣。
「目覚めよ、聖剣!」
主人公補正によって得られた能力、技術、物品の効果は、永続する。
クロードが持つ、この世に唯一無二の聖剣が輝く。
「結城の時にもこれを使えることが出来たら……いや、今は目の前の敵だ」
聖剣の刃に光が宿り、やがて光自体が大きな刃と化す。
「聖剣光刃・ペルフェルクト」
クロードは光の刃を宿した聖剣で、巨大な竜巻を切り払う。
竜巻は容易く切断され、しかも形を保つことが出来ずに霧散した。
砂が舞い散った後には、先ほどのエアとマクスウェルの姿があった。
「異能を払った……データにはないことだ」
驚いたような台詞だが、その鉄面皮は微塵も変化していない。
「私がやる」
「やめろッ」
前に出ようとするマクスウェルを、強い口調で止めた。
「お前はなにもしなくていい」
「……分かった」
そしてエアはクロードに近づく。
「なるほど、長い間ユートピアの侵攻を阻んだ安全無欠の勇者。噂どおりの実力を持っているな」
「君たちはなんのためにこんなことをするんだ? 世界征服をして、君たちの理想が達成されるのか?」
エアは手を翳す。
風が掌の上で渦巻く。それは小さな嵐。
空気がとある形で固定され、一本の得物となる。
「フンッ」
大きく振りかぶるエア。
クロードは応じて下から斬り上げる。
空気の獲物は聖剣によって払われる。
「魔を絶ち、怪を裂く、無窮の神聖を宿す聖剣だ」
「……なるほど」
「君たちはなんのために戦っているんだ? 僕たちはなぜ殺しあわないといけないんだ!」
「……戦う理由なんて、戦いの数だけある」
エアは語りながら、新たに右手に生み出した圧縮された嵐を向けた。
「吹き飛べ」
強烈な風が爆発し、炸裂する。クロードの体が大きく吹っ飛ぶ。
「くっ!」
しかし、衝撃は聖剣の効果で大半を吸収できた。
空中で翻り、なんとか着地する。
「聖剣でも吸収できない威力だなんて……」
「俺も昔は、お前たちのように理想を抱いていた」
「昔はって、じゃあ今は?」
「……自分の理想より大切な、守るべき者が出来た」
エアは背後にいる少女をちらりと見て、再びクロードを見る。
「自分より、理想より大切なもの……」
それを聞いたものが、クロードでなくとも途惑ったであろう。
ここは理想郷ネクストワールド。
己が命より大切な理想を叶えんとする者が辿り着く場所。
「守るべき大切なものがある。それを、何者にも屈しない力で守る。それが俺の理想だ」
その姿が、あまりにも主人公過ぎたから。
その存在がクロードの理想に火を点けながら、同時に勝てるのかと言う疑問を抱くことになった。
真無き理想は折れやすく、朽ちやすく、果てやすい。
「隙だらけだ」
「はっ、しまっ……」
それは風の槍だった。一点集中された螺旋の風は、全てを抉り穿つ矛となる。
矛は疾風の如く迫り、クロードの左胸を穿った。
「ぬぅああああ!!」
間違いなく、そうなっていただろう。
しかし、横から吹っ飛んできたリューテの体がクロードにぶつかり、クロードもろとも吹き飛んだのだ。
矛は、クロードの胸があった空間を穿つ。
「……」
エアは視線で後を追う。
「ったた……おお、すまんなクロード。あの合成獣、存外にやる」
「むぐぐ、ぐむむ!」
「むっ、どうしたクロード、こんな時に儂の胸に顔をうずめて……そうかそうか。儂の戦う凛々しい姿に欲情したか。止むを得んなぁ」
「むーっ!」
「ぐぅああああ!!」
そこにメイヴも吹き飛んでいき、三人はごちゃ混ぜにこんがらがった。
「あいたー……っ!? す、すまないクロード! あの機械、今までの奴とは比べ物にならないんだ」
「おんやぁ? 魔法自慢のエルフもお手上げとは」
「お前だってごちゃまぜモンスター如きに手間取っているじゃあないか!」
「ほう、よくぞ言うた羽虫風情が。今こそ決着をつけようぞ」
「上等だこの猿が。田舎臭い喋り方しやがってこの猿が」
「猿言い過ぎだぞ羽虫ィ!」
「相変わらずね」
ふわりと頭上を飛んでいるのは、魔耶だった。
「魔耶、お前も休んでいた方が……」
「あら、心配は要りませんわ。なにせ、安全無欠の勇者様がいるんですもの」
「……ふふ、そうだったな」
「まったくまったく。頭からすっぽ抜けていた」
リューテとメイヴの二人は争いをやめ、立ち上がる。
それを見て微笑む魔耶は、指揮棒のような魔法の杖を胸の谷間から取り出す。
「勇者様、まさかお忘れですか? あなたはさも当然のように、私たちを救い、そして守って来たことを」
クロードは見上げる。
そこには曇天を背景に飛ぶ魔女の姿。
「魔耶の言うとおりだ、クロード。お前は種族の壁を壊し、私たちに共存を、生きる道を示してくれた」
「敵同士ではあるが……まあ、仮にも同じ者を好きになった者同士、通じ合うものもある。ここは手を貸そう」
凍土に居る敵の軍勢と向かい合う、エルフとアマゾネス。
「みんな……ありがとう」
クロードの聖剣が一際強い光を放つ。
立ち上がり、エアの視線を受け止める。
「主人公なら、大切なものを守るくらい、当然のことだ」
「……なるほど、ならばもう言葉は不要だな」
エアは今までのものとは比較にならないほどの風を凝縮させる。
「待ってください」
背後からの声に、エアは振り向くことは無かった。
「あなたの力ならばガンダーラを跡形も無く消し飛ばすことも容易い。そんな力をそう軽率に使っては計画に支障をきたす恐れがあります」
「何が言いたい」
声の主がエアの横を通り過ぎる。
「私たちが代わりをするから、あなたたちはガンダーラへ向かいなさい。と言っているのよ」
マクスウェルの隣を通り抜ける茶髪の少女。
マクスウェルより少し大人びた姿の少女は、少年と立ち並ぶ。
片方の少年は、その外見は一見すれば少女に見えるほどで、水色の髪も長かった。
その手にある紐は、よく見ると水であった。
「コード:アクアマリン。作戦を開始します」
もう片方の茶髪の少女は、土塊の鳥を肩に乗せている。
「コード:ガイアモンド。作戦行動を開始するわよ?」
「そしてこの俺、コード:オーバーヒート。状況を開始する!」
凍土が一瞬にして元の砂地へと変わった。
氷はもはや水としての形を保つ間も無く蒸発した。
エアとマクスウェルの間を抜ける赤髪の少年
その髪は溢れ出る溶岩のように赤く、そして煌いていた。
「俺をフレイムタンのような低脳と同じように考えていると、死んだ後に後悔するぞ」
凍土を一瞬にして焼失させるその火力。
しかし、その上に立つエアやアクアマリンは火傷どころか、汗一つかいていない。
「幻覚……?」
「いいえクロード、あれは確かに実在する炎です。そしてこの熱も」
「となると……」
この炎は、対象を定めることができるのではないか。
それは魔法よりも不可思議で、魔術よりも高度な技術を持ってなされている。そうとしか考えられない。
なぜならば……
「なぜならば、魔力とは森羅万象、全てに等しく影響を及ぼすから」
基本的に、霊体には物理法則では太刀打ちできない。
幽霊を殴ろうと、剣で斬り付けようと、銃弾をぶち込もうとも影響を与えられない。
しかし魔は違う。
魔とは、魔法とは平等な理不尽であり、不変にして千変万化なるもの。
そしてならば、それを御そうとして築き紡がれてきたのが魔術。
魔を意図的に操作し、意思どおりの現象を発生させるために編み出された技術。
「ですが、そもそも彼らからは微塵の魔力も感じられません。となればこれはやはり異能と呼ばれるものでしょう」
自分たちと、凍った地面に対象を絞り、影響を与える。
それがどのような原理であれ、それを行うことが出来るということは、それ相応の力があるということだ。
「さて、どうするか。一見、詰んだ様にも見える」
メイヴは三方を見比べる。
左には異形にして巨大な怪物。
右には可変する高火力な機械兵。
そして前方には多彩な能力を持った異能者。
対してこちらはたったの四人。
一対一で戦うならともかく、この戦力差は埋めがたい。
「容易い」
リューテは言い切った。
なんの躊躇も無く、確信に満ちた声で。
「四人とも、散開しながらあの子供らの方へ」
クロードたちは頷く。
リューテに対して説明の一つも求めようとはしなかった。
「3、2、1……行くぞ!」
リューテの合図と共に、四人は異能者たちへと駆けた。




