46話目 進撃:銀風と猟奇少年
※今回は猟奇的な描写強めです(当社比)
結城、レイラン、新月の三人は再びユートピアへと向かっていた。
「私を忘れないでよ!」
チェリーはもちろん結城の肩の上に座っていた。
そして、一週間前に返り討ちにあった場所へと辿り着く。
三人とも、緊張はない。
「三人とも、準備はいいか?」
「結城こそ、前世の時のようなうっかりをしないように心がけて欲しいですわね」
「……が、頑張る」
「冗談くらい軽く返してくれるだけで構いませんのに」
「マスターは真面目なお方ですから」
「ほんと、損な性格してるわね」
結城は苦笑し、レイランたちもまた笑みを返す。
「私が先陣を」
レイランが結城の横を過ぎ、前に出た。
「頼む」
結城の力があれば、あの光を受け止め、むしろ自分の物と出来るだろう。
ここは夢にまで見た世界。まさに夢想郷。
しかし、それは自らが創り上げた妄想の世界とは異なる。
とはいえ自分の中に在る妄想は今も尚、息づいている。
今はそれを顕現する力もある。
その気になれば、そのままの意味で、「何でも出来る」だろう。
妄想の幅さえ広がれば。
「レイラン・シルファン。参ります」
そして同様に、レイランもあの極光を切り裂く力を手にしている。
レイランに譲ったのは、それがレイランにとって進むことを意味するからだ。
己が抱く理想への一歩、それを刻む。
歩みを進めるレイラン。既に、前の場所は越えている。
「…………」
ふと、立ち止まる。
「妙ですね」
「おかしいな」
「変ですわ」
「こ、来ない?」
一向に砲撃の気配が無い。
まさか車に乗ってないから察知されない、などというわけでもないだろう。
「とりあえず、警戒しながら進もう。いつでも対処できるように」
「はい、マスター」
「もしかして、私たちが山篭りしている間に、誰かが乗り込んでしまったんじゃありませんの?」
もしそうであるならば、好都合ではある。
しかし油断を誘っているかも分からない。と、三人は改めて気を引き締める。
「それを確かめるためにも、今は進むしかない」
三人と一匹は、慎重に歩みを進めた。
時は悪夢の一週間、一日目の夜に遡る。
「ククク……さすがに疲れてきたな」
ケイオスが呟く。
日が暮れて尚、疲れを知らない電子化されたパイロットが操縦する戦闘機、機械兵の類は攻撃を続行していた。
圧倒的な物量の上に、疲労を知らぬ鋼鉄と電子。生身のアルカディア勢はジリ貧であった。
「なら交代しよう」
夜闇を照らすような、黄金色の髪をして、
暗闇を甚振るような、白銀色の剣を持ち、
一人の王の姿が在った。万能たる王がそこに居た。
「夜闇は君の独壇場かと思っていたが」
「あ、アルカ王。なぜここに……助けを呼んだ覚えなど無いが」
「まあまあ、そう言うな。そろそろ大物が来そうなのでな。私も久々な祭りにも参加しようかと思った次第」
「なにを言って、そもそもお前は戦えるのか?」
闇に紛れた、黒い一機の戦闘機が宙に浮いたアルカを捉えた。
無数の子機がアルカを取り囲み、人間など軽く挽肉へと変えてしまう弾丸の雨を浴びせる。
「ふむ」
まるで空中に見えない地面があるかのように、アルカはステップし、剣を振るい横に回転した。
一回りすると同時に、無数の弾丸がはじけて吹き飛ばされる。
子機もアルカの発した何かの影響を受け、粉々に砕かれた。
黒い戦闘機がアルカに閃光を放った。
超高速で放たれるレールガンは、空気を切り裂きアルカの体を引き裂かんと迫る。
しかしアルカは難なくそれを左手に受け止めた。
そして突進してくる戦闘機をふらりと避け、右手の剣の刃を当ててやる。
戦闘機は勝手に刃に切り裂かれていく。
真っ二つになった戦闘機。そのまま地面へと落下していった。
「確かにこれは疲れるな。主に精神的に。退屈極まりない」
その流れるような動作と手際に、ケイオスはキャラを忘れて見入っていた。
「さて、そろそろだ」
左手にぐっと力を込め、上方に投げる。
続けて落下するそれを剣の切っ先で受け止める。
剣に、先端の弾丸に苛烈な光が宿った。
この光だけで、アルカディアの空だけが真昼のように照らされる。
「ケイオス、離れておけ」
アルカの眼は遥か向こうを見据えている。
山脈を越え、平原を越え、機械の壁を越え、機械仕掛けの理想郷を越え……
最も高い建造物。その頂点にある、また苛烈な光を。
アルカは剣を、顔の横に引く。
更に引く、弓矢を引き絞るように。
そして尚、引く。捩れ、その切っ先がアルカディアのほうへ向くほどに。
先に放たれたのは、ユートピアの極光。
数秒も経たぬうちに、それはアルカの眼前にまで迫った。背後にはアルカディアの城がある。
アルカが一層、楽しそうな笑みを浮かべると、右手の剣が纏う光も苛烈さを増した。
そして一閃。
極光に突き出された弾丸がめり込み、刃が切り裂く。
アルカの光は細く、しかし極光よりも強い輝きを放ちながら、極光を貫き切り裂いていく。
瞬く間に極光は塵となり、アルカの閃光はユートピアの塔の上半分を消し飛ばした。
「さて……こんなものか。ケイオス、椿に知らせてくれ。全軍退避、夜明けまで体を休めろ、と」
「あなた一人で、ここを持たせる気か」
「なに、祭は見るより参加するほうが楽しい。それだけのことだよ。さぁ、行きたまえ」
アルカは三人……三体の兵器を見る。
「さて、ここからは私がお相手しよう」
「じょ、上等!」
「待てフェイ。撤退命令が出ている」
「うるさい!ここまでコケにされて黙ってられるか!」
「私たちは普通の兵器じゃない……高性能と心がある分、精神的疲労もある。怒りっぽくなってるのがその証拠。それに補給もしないと」
「それがどうした! やるぞ!私はやるぞコノヤロウ!」
往生際の悪いフェイがルーシーに羽交い絞めにされる。
「あ、おいっ!」
「ここは一旦退く」
「どうぞ、お好きなように」
ルーシーの言葉に、アルカは軽く言った。
それでも喚くフェイを引きずりながら、ルーシーはこちらを警戒しつつ下がっていく。
パティもいつでも弾幕を張れるように構えながら、トンネルまで後退していった。
「闇黒の徒が女性に弱いとは、意外な一面だったな」
「す、すぐに倒してしまってはつまらないと思っただけだ。せっかくの最終戦争もっと楽しまないと損だと思っただけのこと!」
口調から感情がだだ漏れている。
アルカは再び剣を構えた。
「さあ、お前も早く戻って休みたまえ。夜は私一人でここを持たせよう。船の部隊にもそう伝えてほしい」
「これを一人で……」
理想、そして想う強さが力となるこの世界。
あの大軍勢を前に、余裕の笑みを浮かべながら言い放つ彼の力量、はかりしれない。
「祭は長く楽しみたいのだろう? 安心するといい。きちんと塞き止めるだけに留める」
「何故、この戦争を静観していた。お前の力があればもしや……」
「君と同じだ。祭は……いや、余興を長く楽しみたかった。それだけのこと。さあ行け。無駄な犠牲が増えるぞ? 救国の英雄」
アルカが剣を振るう。
無数の光の玉が周囲に顕現し、光速で戦闘機を追い、打ち抜く。
「創製・傀儡軍勢」
周囲に再び無数の光が現れ、それらが輝く体のまま形を成し、騎士や龍、獣の姿となる。
「これは……」
驚きを隠せないケイオス。
アルカの持つ能力や特性がどのようなものかは見えてこない。
しかし、その所業は生命すら生み出す結城の妄想顕現のようだった。
そしてその規模は比較にならない。
「さて、国王の役割を果たす。国民の安眠くらいは護るとしよう」
光を打ち出す塔の先端が、ユートピアの高い壁に遮られる。
結局、例の光線は一度も発せられることはなかった。
「これじゃあなんのために修行したんだか分からないな」
「いえ、マスター。力が身についたという事実は揺るぎません。いずれこの力を発揮する時が来るでしょう。遠くないうちに」
「ですわ。まあ私はほとんど逸楽に耽っていましたけれど」
進んでいくと、機械の残骸が目に付くようになった。
大きく装甲を抉られた戦車や、巨大な人型機械の手足、頭部なども転がっていた。
「ここらへんで戦闘でもあったのか……まさか朱か?」
「おそらくそうでしょう。彼女ならこれくらい造作もないと思われます」
大分近づき、ついに入り口らしき巨大なゲートを前に立ち止まる。
「扉っていうよりはゲートって感じだな」
「どうするんですの?」
「もちろん、このまま突っ切る」
「ですわね。なら私が……」
新月が一歩前に出ると、それをレイランが抜く。
「いえ、ここは私が。せっかく鍛えた剣。是非マスターにご覧頂きたく」
「蓮華との戦いで見たけど」
「対人と対物はまた異なりますので。ましてや一応は友人である彼女を、無情に斬り捨てることなどできましょうか」
結城が襲われたならば、レイランは即座に敵を絶命させるだろう。確実に。
「蓬莱では出番はほとんど銀風にとられてしまいましたから、たまには私も活躍したいですわ」
「蓬莱?」
知らない単語が飛び出し、結城は首をかしげた。
と、二人が言い争う中、結城も前に出た。
「俺も一応、次の段階に進められた。それを試してみたいんだが……」
「そうでしたか。ではマスター、お願いいたします」
あっさりと身を引くレイランを見て、新月は溜息を吐いた。
「じゃあ、三人で同時にやるということでいかがかしら?」
「なるほど」
結城は掌を掲げ、妄想を研ぎ澄ます。
定めるは焦点、妄想。
心の中、虹が生まれる絶好の焦点を掴む。
「穿ち貫き、裂いて割り、砕き壊す……定まった」
妄想は虹の光を放つ光の玉となり、掌に顕現する。
光を包み込むように拳を作る。
「では、いざ……」
レイランは両腕で大上段に幅広の剣を構える。
天割り地裂く武人の技巧を新たに得た一太刀。
「夜闇の女王、魅惑の新月の力を見せて差し上げましょう」
新月の鞭が、まるで意思を持っているかのようにうねり、しなる。
性欲を糧に、妄想を創り、それを発現し、体現する。
その鞭は、すでに鞭ではなく、破壊の概念を持つ妄想の産物。
「じゃあ、行くぞ。せー、ノッ!!」
虹色の光が、武神の刃が、変態の鞭が、揺ぎ無き理想郷の一角を吹き飛ばした。
「ココまで来て気付いたんだけどさ」
蓮華がふと言う。
現在地点は真南にガンダーラがある道中。
銀風が妄想で顕現し、グレイが運転しているバギーに
「まあ、あそこにもわちゃわちゃ居るけどさ、ガンダーラのほうも騒がしいよな」
銀風もローラも気付いていた。
「どうする? 放って置くってのも可哀想だぜ」
「二手に分かれるか、どちらか一方を攻めるか、だな」
蓮華と銀風は熟考する。とはいえ、あまり時間もない。
現状、大した情報もなく、ただ戦争をしている気配を感じるからという理由で銀風たちは東に向かっている。
とはいえこの大地で蓮華やローラが明らかに感じ取れるというのだから、どのような誤差があれど、戦争に似た状況になっているのは間違いないのだ。
そして、それはガンダーラも同じ。
「そういえば、救国の英雄がいたな」
神魔を降す闇黒の徒と名乗る中二病と邪気眼の男女。
山脈にトンネルを掘られ、アルカディアが襲撃されかけたところを完全に守り、撃退した二人がいる。
なら今回も、彼らなら何とかできるかもしれない。
となれば、自分たちは先にガンダーラに行くべきか。
「でも、この感じだと未だにやりあってるぜ? かなり苦戦してるかもしれない」
あの二人は安全無欠の勇者の仲間である、魔女が全力をかけた魔法を一瞬にして無効化した者たちだ。
そんな二人が苦戦するような敵が居るとすれば、むしろそちらを先にするべきか。
「なんでもいいけど、俺はアルカディアに戻るぞ。蓬ちゃんが心配だ」
「……分かった。蓮華とローラ、グレイはアルカディアに行ってくれ。私はガンダーラに行く」
そう言い、銀風は美鈴と淫夢を見る。
「お前たちは……どうする」
「もちろん、私は銀風についていくよ」
「私も、足手まといにならぬように頑張ります」
本来なら、彼らをアルカディアへと連れ帰るのが自分のやりたいことだった。
しかし、ガンダーラをほうっておくわけにも行かない。
「じゃあ私とローラがガンダーラに行けばいいぜ」
唐突に蓮華が言い出し、蓮華は驚いた。
「良いのか?」
「別に私はアルカディアに帰りたいわけじゃないしな。それに南にも強い奴が居そうな気配があるぜ」
蓮華としては、ただ強い奴と戦えるだけで満足なので、ガンダーラだろうがアルカディアだろうがユートピアだろうが問題はなかった。
「じゃあ、私たちは行くぜ」
「わっ!」
蓮華はローラを抱きかかえ、バギーから飛び降りる。
「じゃあな! またあとで!」
まるで友人と次に遊ぶ時までのお別れというような気軽さで挨拶を済ませ、蓮華は砂埃を巻き上げながら着地する。
「……本当に無茶苦茶というか」
「あいつは前からああだ。それじゃ俺たちはアルカディアだな」
「ああ。急いだ方がいい」
「言われなくとも!」
そしてグレイ、銀風、淫夢、美鈴はアルカディアへと向かい、蓮華とローラはガンダーラへと向かう。
「よし、じゃあ行くぜローラ!」
「うん、蓮華ちゃん」
ローラを抱きかかえながら、自動車をも凌駕する速度で蓮華は走駆する。
大地が砂漠の砂地になっても衰えることはなく、砂を巻き上げながら先へと進む。
「ん?」
蓮華は徐々にスピードを落とし、やがて完全に停止した。
「どうしたの? 蓮華ちゃん」
「あれ、なんだ?」
ローラが蓮華の視線を追う。その先には、妙な物体が散らばる光景が広がっていた。
腐った肉と、生気のない瞳。
かつて、力強い大翼を持っていたであろう竜。
凄まじい巨躯で君臨していたであろう巨人。
矮小ながら、懸命に生きていた小鬼。
様々な魔物、獣の類。それが、腐った肉を持つ化物となっていた。
「あれは……アンデッド?」
ローラの口からこぼれるその単語。
死者の醜き慣れの果て。
生者の足を掴み、引きずり込む亡者。
命が宿っていた頃の栄華はその面影すら残っていない。
「でも、もう活動はしてないよ。あと魔術的なアンデッドじゃないみたい」
「魔術じゃないってことは、やっぱりユートピアの科学ってヤツの産物か」
細かいことは分からない蓮華であるが、そういうものがあるということは知っていた。
「私も詳しくはないけど、とにかく行ってみるしかないよね」
「おう!」
そして蓮華はまた走り出す。
腐った死骸の横を通り過ぎるたびに、容赦ない腐臭が鼻腔を侵す。
「くさいぜ」
「うん、やっぱりゾンビだよ。ドラゴンゾンビにゴブリンゾンビ、巨人は……大ゾンビ?」
ゾンビの類は、巨大な砲撃によって体を大きく欠損させられ、機能停止させられていた。
或いは、腐肉が炭化するほどに炎で焼かれていた。
「アンデッドは文字通り不死だけど、肉体が機能しなくなるほど欠損、或いは変質することで倒すことが出来るんだよ!」
死者を相手にするならば、殺傷ではなく破壊を与えなければならない。
ローラならば魔法の火で骨まで灰にし、蓮華ならばその一打で肉体を爆散させる。
空が橙に染まり、日が落ちきらないうちにガンダーラが見えてきた。
無数の車両が止まっている。テントなども張られ、おそらく即席の司令部などだろう。
「さてと、早速殴りこむか!」
ローラは蓮華から降り、頷いた。
「私も、頑張るね」
拳を握る蓮華、魔力を練り上げるローラ。
最強の二人が再び戦場に降り立つ。
そして、敵は二人の前に立ちはだかった。
「なるほど、ラプラスの言うとおりだ」
煮え滾るように煌く赤銅の長髪に、燃え盛るように彩られる紅蓮の瞳。
「異能者。コード:超越燃焼」
「へぇ、なんかよく分からないが、強そうだな」
「蓮華ちゃん!」
「分かってるぜ」
蓮華はちらりと右方を見る。そこに大きな3つ首の生物がいた。
向き合い左に獅子、右に竜の頭、上部に人の上半身。
獅子の四足と体に竜の翼、蛇の八又の蛇が尾として生える。
人間の手は悪魔のような爪が伸びていた。
そしてその巨躯は巨獣ベヒモスを彷彿とさせる。
左方を見れば、見た目は人間ながら、機械音を響かせて動く兵士たちが銃口をこちらに向けていた。
「うっし! レイランにやられた憂さを晴らすぞ!」
「気をつけてね、蓮華ちゃん。出来る限りサポートするから」
「下ろしてくれ」
ふと銀風が呟く。グレイには意味が分からなかった。
「はっ?」
「私がここでひと暴れする。グレイは二人をアルカディアまで届けてやってくれ」
「ぎ、銀風!?」
伸ばされた淫夢の手を取る銀風。
「どうして銀風だけ……私も一緒に!」
「淫夢はまだ実戦には早い。美鈴と一緒に安全な場所まで行ってくれ」
「でも……」
「私以外に干渉力を駆使できるのはお前だけだ。淫夢がいないと車が透明化できないだろう」
「それは、そうだけど……」
銀風がいかに一流のパーヴァートであろうとも、その力は一人の人間だけのものだ。
無尽蔵というわけではない。
淫夢は悲しそうな目で見つめ、やがて言いたいことの全てを飲み込んだ。
「分かった。気をつけて……」
「そう心配するな。パーヴァートを倒せるのは、パーヴァートだけさ」
「それじゃあ、また後で……」
「ああ、また後で。しっかり透明化するんだぞ」
淫夢の妄想力で、車は透明化する。
パーヴァートから見れば簡単に看破されるだろうが、常人相手ならばまったく問題ない透明化だった。
「淫夢も成長しているな、良い事だ。さて……」
振り返り、見えぬ『何か』を見る。
だが、『私』には見えている。この私、パーヴァート・<彩の銀風>には見えていた。
「お前は誰だ」
返事はなかった。
見えるといっても、隔された姿そのものが見えるわけではない。
姿を覆い隠している干渉力が見えるということだ。
手練れのパーヴァートならば、パーヴァートになら見えるはずの干渉力すら隠すことが出来るだろう。
「黙っていても無駄だ。お前の干渉力は見えている」
「へぇ、僕が見えるんだね?」
間をおいて、観念したのか一人の少年が姿を現した。
「君がパーヴァートだよね? 僕の能力の礎になってくれた人」
「お前の能力がどうかしたのか? 少なくともそんな拙い扱い方じゃ、干渉力は使いこなせないと思うがな」
「いいんだ。僕も所詮はあの人の実験の一部なんだから」
すました顔で言う少年。
随分と余裕そうにしている。見た目に不相応な、大人びた感じがある
「僕のことを子供だと思って侮っているのかな」
「さてな。パーヴァートの世界は広い。へたれ攻めのオネがいれば、誘い受けのショタもいる」
「そうなんだ。変態ってすごいね」
「お前も変態だろうに。そうでなければ……」
そうでなければ、パーヴァートにはなれない。
干渉力は扱えない。
「まあいい。実際に交わってみれば分かるだろう」
「うん、そうだね」
少年の答えを待たずに、少年の眼前へと跳んだ。
先手必勝。パーヴァートの世界でも共通する、普遍の戦法。
狙うはその股座。一瞬で『昇天』かせる。
「なっ……くっ!」
その異常に、すぐさま後方に跳躍し、距離を取った。
右手を見れば、掌を大きなダガーが貫通していた。
「痛ぅ……お前、一体なにを……」
少年は楽しそうに、不敵に笑ったままだ。
私は問いながらも、ある程度の見当はついていた。
こちらの攻め手。絶対に対応できない。回避したとしても、僅かに掠めて昇天かせられる。
そのはずだった一手。
ところが少年は身動き一つせず、こちらの攻め手にあろうことかダガーナイフで串刺しにした。
そこから推測できる、その性癖。
「お前、リョナリストか」
「さあ、さあさあ!やっと思う存分傷つけられるんだ」
少年の周囲、ナイフ、フォーク、包丁、槍、刀剣、金槌、バール……様々な凶器が少年の周囲に顕現する。
私の手を穿ったナイフも、あのように突如として空間に現れたのだろう。
「君の悲鳴が聞きたい、君の苦悶を瞳に焼き付けたい……僕の飢えを満たしてよ」
狂喜に歪むその顔に、背筋が凍りついたような気がした。
「……ふっ」
「?」
「ふははは!!」
少年は大笑いする私に困惑した表情を見せた。
「恐怖で気でも触れたのかな。参ったな、これじゃちょっと……」
「いいだろう。お前の欲望を満たしてやる」
右手を前に翳し、左手で顔を覆う。
「パーヴァート・彩の銀風は、あらゆる性癖を差別しない! それがパーヴァートの長としての在り方だ」
「どうしたんだ、急に」
「ずっと我慢していたんだろう? 不用意に他者を傷つけない。パーヴァートとしては合格だ」
パーヴァート。それは干渉力という異能を手にし、誇りを抱く変態だ。
愛ゆえに、パーヴァートは無闇に人をパーヴァート以外を傷つけてはならない。
「可愛い後輩のためだ。チャンスをやる。私を倒せたら、好きなだけ傷つけるがいい。もちろん、抵抗はさせてもらうが」
リョナリストはサディストとは違う。
ただの加虐に意味はなく、嫌がる相手に加える行為にこそ真の価値を見出す。
「来い、リョナリスト」
「かっこつけやがって……すぐに後悔させてやる」
その鋭利な刃が、まるで欲情した男の手のように襲い掛かった。
何よりも先に飛んできた一本のナイフを掴み、続いて跳んでくる刃物を弾く。
一通り振り払い、ついでに少年へと投擲した。
「っ!」
驚きつつも、バールが宙を踊ってナイフを弾き飛ばす。
「惜しいな」
「この女……いいね、悪くないよ。少しずつ甚振ってやる」
次に鈍器が飛来してきた。
とはいえ鈍い。どうやら扱う重量を無意識に考慮しているのだろう。動きに現実感がある。
いかに当たれば重傷を負わせられるとしても、銀風の名を持つ私の動きには追いつけない。
頭上から振り下ろされるバールを半歩引くだけで回避する。
くるりと回転し、背後から迫っていたナイフも回避しつつ、掴み取る。
左右から来るフォークと金槌を、ナイフとバールで打ち払う。
這うような動きでメスが足元を狙ってくる。
バールを地面に突き立て、大きく飛び跳ねる。
「その程度か、少年?」
ぐっとバールを握り締め、片腕だけで姿勢を動かしながら、次々と襲い来る凶器を捌く。
地面から離れることで、上下左右前後から攻撃が来る。
それでも刀剣の刃の平面を蹴り、フォークの隙間に刃をねじ込み、包丁や槍の柄を掴んでは振り回し、捨てていく。
お手玉をしているような感覚で、軽々と対処していく。
突き立ったバールを離し、片足で蹴って跳ぶ。
両手に持った刀剣と槍で行く先の凶器を打ち払い、少年に接近する。
そしてもう一度、少年の股座に左手を打ち込む。
不敵に笑む少年。しかし、その顔はすぐに驚きに染まる。
「学習能力のない女、とでも思ったか?」
切っ先が触れる寸前で左手を止める。
身を回転させ、下から抉るように右手のバールで股座を打った。
「ひぎっ!」
「良い顔だな」
蛙のような声を上げ、苦悶の表情を浮かべたと思いきや、白目を向き蹲るように倒れ伏した。
「さて、『あの人』とやらが何者なのか。色々と情報を引き出させてもらうぞ」
倒れ伏す少年の手に、触れる。
干渉力によって少年の記憶の中へと侵入する。
「ほう、確かに誰も傷つけてはいないようだな。これは……誰だ?」
どうやら少年は液体に満たされた筒の中にいるらしい。
透明な容器なので外の様子が見えた。
「妄想、干渉力、顕現……」
白衣を着た小柄の女性の姿が見えた。
暗い部屋。ディスプレイだけが照らす周囲。機械が張り巡らされた壁、床、天井……
ブツブツと呟く姿は少々不気味さを覚える。
すると突然、甲高い悲鳴のような声で叫び始めた。
「干渉力!これはまさに私の新技術に必要だった新理論だ! これならまさに、理想を顕現し、空想を顕現し、妄想を発現できるじゃないか!」
タガの外れたような哄笑が響く。
ふと、女性がこちらを見た。
「ゲームオーバーだ。残念だったね」
こちらの視線に気付いたように、目をあわせ、そう語りかけてきたのだ。
全身が総毛立つ。
瞬間、強烈な腹部の痛みが、私を少年の記憶から引きずり出した。
「なっ……」
「ヒヒ、ウヒヒヒ……」
眼前にはダガーナイフを持った少年。
激痛に汗をだらだらと噴出させながら、喜びに歪んだ表情。
その手にあるダガーで私の腹をかき回していた。
「ぐっ、おおっ……!」
「フヒハハ!! そうだ! その顔が見たかったぁ!」
感動で搾り出すような声と共に少年が私を押し倒した。
不覚だった。
よもやあの打撃を受けてもなお動けるなど、何か仕掛けてあったのか。
「僕はね、ずっと我慢していたんだ。この世の全てを極限まで苦しめて、そして根絶やしにしたいんだ」
狂ったように心中を口にしながら、狂ったようにナイフで体を切り刻んでいく。
「だってそうだろう? みんなが僕を虐げてくるんだ。何の罪もない僕を……」
「いっ……たいっ! ああッ!?」
それはあまりに猟奇的で、惨たらしい所業を次々と行っていく様は、確かに異常性癖者と呼ぶに相応しい。
とてつもない激痛から逃れようと、体が思考を受け付けずに暴走する。
それが余計に激痛を生み、血と肉と涙と恐怖に溺れながら、呼吸すらままならなくなる。
「た、助け、ひぎっ!」
「ああ、綺麗だ、素敵だ、最高だ。もっと、もっと、もっと……」
誰もいない、助けも来ない。自分の叫び声と少年の声だけが聞こえる。
命乞いをする声もやがては出なくなり、そんな時間が続いていく。
きっと少年は、いつまでも私を切り刻み続けるだろう。
干渉力で生かし、傷つける。その気が済む時が来るのかどうかは、分からなかった。
「危なかったな」
私の眼前には、倒れ伏している少年の姿が在った。
「随分と凶悪な妄想だ。目が合った瞬間に対応できてよかった」
パーヴァートは妄想によって現実に干渉する。
だが、実は逆も可能なのだ。妄想で引き起こした事象を、妄想へと引き戻す。
倒れ伏している少年は、夢を見るように妄想しているはずだ。
泣き叫ぶ私を切り刻む。自分が最も望んだ妄想を。
「自分の中の現実こそが、本当の事実だ。そのリアリティを忘れなければ、お前はいつでも自身で欲求を満たせるだろう」
それがこの少年にとって本当に救いになるのかどうかは怪しい。
ただ、同じパーヴァートならば、その苦悩から救ってやりたかった。
パーヴァートは皆、軽くない苦悩と葛藤を経ているのだ。
「さて、淫夢たちはちゃんと辿り着けたか……」




