表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/121

44話目 峰を越えて

 深い森を進んでいく。

 時折、鬼と遭遇するも、蓮華と結城は難なく撃退していく。

 結城にいたっては、戦うごとに左腕の調子が戻りつつあった。


「もうすっかり治ったな、結城」

「まだ痺れが残ってるけど、動作にはほとんど支障はない。心配かけたな」

「なに、困った時はお互い様だぜ」


 ふと、蓮華が目を凝らす。進む先に、鬼に囲まれた少女の姿があった。

 すると向こうもこちらに気付いたらしく、手を振ってくる。


「あ、ローラじゃん」

「ローラ!?」


 二人は駆け寄る。確かに彼女はローラであった。


「久しぶりだね、蓮華ちゃん。結城さんも」

「ほんとだな。ローラは今日までなにかやってたのか?」

「うん。一応、仙人に関すること、気について、鬼についてとか色々研究してたの。それで、最後はここに」


 ローラは森の更に奥のほうを見る。

 結城も蓮華も、ローラが何を見ているのかが分からない。


「ローラ、結城と蓮華じゃそれは見えないわ」

「あっ、そうでしたね。お二人とも、ちょっと目を閉じてください」

「なんだ?」

「ああ……」


 言われたとおり目を閉じた二人の目を、瞼越しに優しく触れる。


「はい、これで見えるようになったと思います」

「見えるって何が……うおっ!?

「っ!?」


 結城と蓮華の目の前には、巨大な門があった。

 立派な寺院仏閣のような門と、連なる高い塀が囲う、ここから先の空間。


「武陵桃源って言うらしいんですけど、ここが最も強い力で構成された桃源郷らしいんです」

「あー、ここが噂の武陵桃源かぁ」

「蓮華ちゃん、知ってるの?」

「ああ。ここにすごく強い奴がいるらしい」


 ローラはそれで全てを察した。


「でも、本当に強固で、さすがにちょっと気について齧った程度の私じゃびくとも……」

「へぇ。それじゃ、私がやってみるぜ」


 蓮華は門の前に立つ。

 気功を錬り、全身に廻らせ、勁を溜め込む。


「コォ……」


 独特な呼吸と共に、構えを取った。





「ぬぅアッ!」


 怒涛の剣戟の波、刃が討ち負けたのは、ジエンのほうだった。

 そして、レイランの斬撃がジエンの体を刻んでいく。それでも尚、仙気鎧せんきがいによってダメージは浅い。

 最後の一撃、レイランは斬鉄剣によって高められた鋭い一撃によって、ジエンの体を吹き飛ばした。


「ぐぅあアッ!」


 決着、そしてレイランは武芸の最後を飾るように、剣を構える。


「見事だッ! レイランよッ!」


 渾身の力で斬ったはずのジエンは、周囲への斬撃と発勁で一切の隙を見せずに跳び、立ち上がった。

 その衰えの見えない姿に、レイランは内心で敵わないと思いながらも、愛する師を失わずに済んだことにほっとしていた。


「これにて、儂の全てをお前に叩き込んだ。伝授完了ッ」

「はい。ジエン師匠」

「馬鹿者。お前は既に免許皆伝し、儂を超えた。もはや師としての役割は終えたのだ。短い間であったが……さぁ、どこへなりとも行くが良い」

「…………」


 ジエンの言葉に反して、レイランは少しの間、ここが名残惜しく、もう少しここに居たかった。

 五日間。レイランがジエンの剣術を習得するのにかけた時間だ。

 幼少の頃の基礎基本、シルファン流剣術を会得するまでの期間を除いて、これは最長記録だった。

 フェンシング、剣道、居合道、中華剣法……学んだ剣術は数あれど、ジエン流剣術は、レイランから見て別格だった。


「ジエン師、私はすぐにでもマスターのところへ戻りたいと思っています」

「ならば、さっさと行け。主の下で、存分に剣を振るい、存分に舞うのだ」

「しかし……最後にここの味を覚えておきたいのですが」


 ジエンは驚きの表情を浮かべ、そして微笑んだ。


「ふっ、抜かしおる。よかろう、儂の不味い飯ならいくらでも食わせて……」


 瞬間、地面が跳ねた。

 突如襲う震動と、同時に、壁が崩れる音が聞こえた。

 レイランは振り返り、ジエンは目を凝らす。

 寺の正面。大きな壁が崩れた。


「頼もうッ!!!」


 レイランの鼓膜を、聞き覚えのある声が殴る。

 崩れ、瓦礫となった壁と、舞う砂埃から、一つの影が……姿を現した。


「やはり、あなたですか。蓮華」

「おお、レイラン! 見ないと思ったらこんなところにいたのか!」


 蓮華が近づいてくるに連れて、砂埃が晴れて行く。そして、二人の姿も露になる。


「ここが、武陵桃源か」

「っ!」


 レイランは即座に反応し、蓮華すら呆気に取られる勢いですれ違い、地面すれすれを滑空しながら、結城の前へと辿り着いて、膝を着き頭を垂れた。


「マスター……」

「うおお……レイラン、久しぶり。また随分と」

「お久しぶりにございますマスター。またお会いできる日。心より待ち望んでおりました」


 飼い主の足元が好きなその様はまさに猫のよう。結城はとても愛らしく感じた。


「マスター、左腕のお加減は」

「ああ。大分治った。もう少しで完治だ」

「それは……ならば祝杯を挙げましょう。ちょうどジエン師と共に……」


 ふと、レイランは頭を上げた。


「失礼ながら、何故ここに?」

「ああ、それは……」


 結城は蓮華の方を見る。レイランもまた振り返る。

 蓮華とジエン。二人の武人が相対していた。


「あんたがここらで最強の武人、武陵桃源の主だな!」

「いかにも。で、この老いぼれに何用だ?」

「私と戦ってくれ! まあ道場破りみたいなもんだぜ」

「蓮華、私はジエン師の弟子です。私が先にあなたの相手を……」

「構わん。かかって来い」


 レイランの言葉を無視し、ジエンは蓮華の挑戦を承諾する。


「ジエン師!」

「レイランよ。お前はもう我が弟子ではない。そして、この武陵桃源は儂の桃源郷。この娘も儂が目当て。儂が戦うのが道理だ」

「しかし、ジエン師は先ほど戦闘したばかり……」

「あの程度で疲労などあるわけがなかろう。お前はそこで見ておれ」

「そう来なくっちゃな……」


 蓮華VSジエン。最強の武人を決める戦いが始まる。




 蓮華とジエンが境内の中心で対峙する。


「剣は使わないのか?」

「素手の女子おなごに刀剣を持ち出しはせんわ」

「へへっ、すぐに持たせてやるさ」


 レイランが仲介として立ち、剣を鞘から少し出した状態で構えている。


「では各自、構え」


 蓮華は前傾姿勢で突っ込む構えを取り、一方ジエンは腕を組んだまま。


 レイランの剣が収められ、高い音が響いた。


「行くぜ!」


 瞬時に飛び出す蓮華はその勢い全てを拳に乗せ、地面を砕くほどの踏み込みと共に繰り出す。


「ヂィヤッ!!」


 ジエンはそれを容易く横に弾き、軌道を逸らす。

 そのまま回転した勢いのまま、蓮華の後頭部に肘をぶち当てた。


「がっ……っくぅりゃ!」


 蓮華は左手で受け、ダメージを軽減させていた。体勢を立て直し、ひたすらに攻撃を繰り出す。

 しかし蓮華の攻撃はその全てを弾かれ、いなされ、捌かれていた。


「れ、蓮華の攻撃が受け流されてる……」


 結城は驚愕するしかない。蓮華の戦う姿を見て、あれをどうにかできると思う者がいるものか。

 しかし、現実にはジエンという老人が、容易く蓮華の攻撃を受け流していた。

 あの八つの拳を制覇した蓮華の攻撃を、だ。


「とてつもない大きな力には、逆らわない。私がジエン師から教わったものです」


 レイランは結城の傍に寄って解説する。

 離れていたのは五日間だが、結城には傍にレイランが居ることにこれ以上無い愛しさと、懐かしさを感じていた。


「力押しの蓮華と技量を磨き上げたジエン師とでは、相性は最悪でしょう」

「いや、そうでもない」


 レイランの見当を、結城は否定した。

 彼女が今まで行ってきたことを間近で見て、知っているからだ。


「えっ?」

「蓮華は技もきちんと習得している」


 蓮華の手数の多い攻撃は尽く捌かれ、ジエンの攻撃は少ない手数ながら、確実に蓮華へダメージを与えていた。


「これほど攻撃してまだ倒れんか。ならばッ!」


 ジエンは蓮華の腕を掴みつつ、もう片方の拳で一撃を繰り出す。

 だが蓮華の膝がジエンの拳を打ち上げ、軌道を真上に逸らした。


「なるほど、こうだな!」


 蓮華は掴まれていた腕を掴み返し、引き寄せると同時に渾身の一撃を見舞う。

 地面を大きく砕き、周囲にヒビを入れるその踏み込みと、その重さを乗せた拳がジエンの体を打ち抜いた。


「ぐぅっ!」


 くの字に曲がるジエンの体。蓮華は手を離し、間合いを取って再び構える。


「どうだ? まだ剣は要らないか?」

「なるほど……」


 ジエンは飛び上がり、空中を滑空し蓮華に迫る。


「空を飛んだ!?」


 そしてジエンは蓮華に連続で蹴りを繰り出す。一撃一撃が岩を削るほどの威力を持った蹴りを、蓮華は腕二本で防ぐも後方に押し出される。最後の強烈な一撃で蓮華は吹き飛ばされ、ジエンはくるりと回転して着地する。


「ムゥ、なんと頑強な」

「お前もな!」


 結城は頷いた。確かに、蓮華の拳を受けてピンピンしてるジエンという老人の頑丈さには驚かざるを得ない。


「ジエン師の蹴りを喰らってすぐに立ち上がるとは……やはり蓮華、侮れませんね」


 一方、レイランはジエンを高く評価しているらしい。やはり師匠には思い入れがあるようだった。


「よかろう、このジエンの武芸、とくと見るが良いわッ!」


 ジエンが剣を顕現する。それを見て、蓮華は嬉しそうに笑った。


「そう来なくっちゃな! これでやっと本気でいける!」


 瞬間、蓮華は今までのどの動きよりも速く。それこそ音速をも凌駕してジエンに向かった。

 そしてジエンもまた驚くことなく、回転し、その拳に真っ向から斬撃を加えた。

 重なり合う拳と剣。しかし、どちらも斬れず、砕けず、両者とも無事のまま、力と力を比べあっていた。


「なんという気功……我が気を纏う剣と真っ向から素手で打ち合うとは」

「すごいな。私が本気でやって折れないなんて、剣が頑丈ってだけじゃなさそうだな?」


 蓮華は何も理解していなかった。完全に感覚で動いて、動けていた。

 ぐっと蓮華が踏み込み、ジエンの懐に入る。全身を使って発勁を放つ体当たりに近い攻撃。

 だがジエンはそれを見抜き、アクロバティックに跳んで蓮華の横につく。

 完全に隙だらけだと思われた蓮華に斬撃を加える。

 蓮華は即座に反応しその斬撃を打ち払う。そのまま地面を蹴り、回転しながらジエンの顔面に回し蹴りを放つ。

 靴底が鼻先に触れる寸前、ジエンは後ろに倒れるように跳び、回転して蓮華の足を下から打ち上げ、着地し、再び切り込んでいく。

 ジエンの斬撃を蓮華は鍛えられた気を纏った腕で難なく受け止める。そして蓮華の突きをジエンも腕で受け止める。

 互いに一打を受け止めた状態で、二人の動きは一旦止まった。


「これでは勝負がつかんな」

「楽しいけど、いつまでもこれだと飽きるぜ」


 互いに後方に飛び退り、距離を取る。

 そして、それぞれが必殺の一撃を繰り出すために構える。


「おそらく、勝負は一瞬……いえ、一撃で決まるでしょう」


 それはどちらが先に当てるかでの決着。

 その一撃は確実に相手を殺しかねない全力。

 地を裂き、天を割り、山を穿つ。そんな一撃。

 双方、喰らえばひとたまりもないか。そんな一打。

 如何に相手の一撃を避け、いかに自分の一打を叩き込むか。


「おそらく、必ず勝敗が決する方法です。そして、必ずどちらかが死ぬでしょう」

「死ぬって……止めなくていいのかこれ」

「マスター。武人というのは、己の武にあらゆる全てを注ぎ込み、費やしてきた者たちなのです。それは、一つの理想の形と言っても良いでしょう。それを、生半可なことで済ませて良いことではないのです」

「それで、師が殺されたとしてもか……」

「……その時は、私が仇を取ります」


 レイランの表情は、言葉に反して暗かった。それでも尚、彼女にはそれを貫く意味があるのだ。


「動きだしました」


 見ると、蓮華が先に飛び出していた。

 その一撃は必滅の打拳。

 対し、ジエンは剣をもって待ち構える。

 その一太刀は、絶滅の斬撃。


 蓮華が怖れることなく一直線に拳を討つ。

 ジエンはやはりそれを剣で弾き、回転しながら斬り付ける。

 それを屈んで回避し、下から打ち上げるように繰り出す。

 しかし、ジエンもまた同じタイミングで振り下ろしていた。

 蓮華の拳とジエンの剣がすれ違う。


 そして、全てが決着した。





「師匠、お疲れ様でした……師匠?」


 レイランは倒れ伏すジエンの元で跪き、頭を垂れて声をかける。

 そして、気付いた。

 あれほどの武人が、とレイランは信じられずにいた。

 しかし目の前にある現実を受け止めねばならない。

 呼吸の止んだジエンを見つめ、そして瞼を閉じる。


「強かったぜ。久々に手加減できない相手とやり合えた」

「蓮華」


 思い返すはたったの五日間。

 自分よりも遥かに強く、今までのどの剣術の修練よりも厳しかったこと。、

 レイランは立ち上がり、柄に手をかけ、刃を見せる。


「私は、彼の弟子です」


 レイランは蓮華の方を向く。ごく自然に、すぐに攻撃できる構えになっていた。


「師の仇を取るのが弟子としての務めです。蓮華、覚悟してください」

「れ、レイラン! ちょっと落ち着……」

「いいぜ!」


 拳と掌をぶつけて鳴らす。蓮華の瞳には既に闘争の火が灯っていた。


「そういえば、グランプリの時は朱の相手しかしてなかったな。お前とはやり合ってない」

「ええ、そうですね……」

「レイラン、ちょっと待て。気持ちは分かるが……」

「マスター、申し訳ありません。やはり私も武人としての誇りがあります」


 結城とレイラン、二人の視線が交錯する。彼女の意思が、既に鋼鉄の刃のように硬いものと悟る。


「せめて、死ぬな」

「ご心配には及びません。死なず、死なせも致しません。ご安心ください」


 結城に微笑みかけ、そして剣を抜いた。


「言ってくれるぜ。生殺与奪はそっちにあるって言われたんじゃあ……」


 爆発したように地面が砕け散り、舞い上がる。そしてレイランの一太刀、横一閃。

 だが、蓮華はくるりと飛び越え、着地と同時に後方に下がる。


鉄山功てつざんこうッ!」


 蓮華は地面を蹴り、渾身の力で自らの背面をレイランに叩き付けた。


「ぐっ……」


 押し出されたレイランは吹き飛ばされながらもなんとか片足を軸に回転させて蓮華と向き合う。


一撃一殺いちげきいっさつって言われてたんだけどな。よく耐えたな!」


 楽しそうに笑う蓮華。無尽蔵とも思える蓮華の力を前に、レイランは考えていた。


 蓮華はあの朱と対等に戦った。その戦闘能力はあまりにも高い。

 自分がそれに勝るか劣るか。ジエンも倒された。やっとのことで僅かに上回った自分如きでどれほど敵うか……


「この馬鹿者が!」


 その声に、レイランは反応していた。否、反射的にその姿を探していた。

 ふと見上げると、そこには浮遊しこちらを見下ろすジエンの姿。


「ジエン師……!?」

「師が敗れた程度で臆し、気を乱すとはなんたるザマだッ!」

「ですがっ……」

「レイランよ。お前は儂をも越える可能性を秘めていた。だからこそ、お前に我が剣を教え与えたのだ。事実、お前はこの儂を見事打ち倒して見せた。それを忘れるな」


 自分の中にあるのは、ジエンの剣術だけではない。ジエンの言葉に気付かされ、己の剣を見る。


「お前にはお前の剣があろう。それを見失うでない」

「ジエン師、分かりました。もう大丈夫です」

「それでよい……勝てッ、レイランッ!!」

「独り言は終わったか?」


 はっ、と気付き、周囲を見回すが、ジエンの姿はどこにもなかった。

 幻影か、それとも仙術の一種だったのか、分からない。だが、今やるべきことは何も変わらない。


「お待たせしました……レイラン、行きます」

「よし、こっちも行くぜ!」


 蓮華は駆け出し、レイランに迫る。


「すぅ……」


 気を錬り、剣に行き渡らせる。

 全身に気を満たし、剣に纏わせ、剣を己が身の一部とす。

 ジエンは、自らを越える可能性をレイランに見出した。

 完成された、完全なる、完璧な武人であるジエンすら凌駕する、レイランの剣。

 それはジエンの剣術だけでなく、侍、武士、騎士、剣士、シルファン流剣術……あらゆる剣術よりも上に立つ剣術。

 レイランという剣士が、生み出す、レイランだけの剣術。


「レイラン流剣術、壱の剣……」


 シルファン流剣術の鋭さと、ジエン流剣術の強さ。二つの剣術をあわせ、二本の剣を構える。


「真っ向からか!燃えるぜッ!」


 ジエンの斬撃をも受け止める拳でもって、蓮華はレイランの斬撃すら打ち砕きに行く。


断龍斬だんりゅうざんッ」


 レイランが振るう斬撃が波動を生み出し、斬撃波を発する。


「ッラァ!!」


 迫り来る斬撃波に臆することなく蓮華は真っ向から拳で打ち込んだ。


「なっ!?」


 すると咄嗟に蓮華は拳を捻る。すると斬撃波は捩れて千切れ、霧散する。

 だが、蓮華の足も止まり、どころか何度か後方に跳躍し後退する。


「あっぶねぇ……」


 呟きながら自分の拳を見ると、横に一筋の切り傷。

 指の一つ一つ皮も肉も裂き、もしかすれば骨まで達しているかも分からない。


「これは……面白くなってきたな」


 蓮華の笑みが、これまでのそれとはまったく違う色を帯び始める。

 それは、血に飢えた獣のような、口が裂けるのではと思うほど、口角はつりあがっている。

 もしあの一閃と交えたのが斬撃の波動ではなく、レイランが手にする剣の刃そのものとであったなら……

 間違いなく、拳から肘までは持っていかれていた。


「久々に楽しめそうだぜ」


 次の一手と構える蓮華。それに対し、レイランは片方の剣を地面に突き刺し、数歩前に出る。

 直剣を鞘に収め、柄に手をかけたまま構える。

 そう、それはいつものレイランと同じ、いつもの構えだった。


「どうぞ、お好きなように」


 しかし、敵の攻撃に対処するその戦闘スタイルは蓮華と同じものだった。

 それが結果的に、蓮華の闘争心を更に煽る。


「じゃあ、遠慮なくッ!」


 駆ける蓮華に、レイランは微動だにせず待ち構える。


「シュッ!」


 蓮華の拳がレイランの顔面を叩く寸前、レイランの手が蓮華の手首に触れる。

 同時に、レイランの指先が蓮華の首に突き立てられていた。


「これは……」


 回避、接近、打撃。三つの行動を一度に行うのは、敵を制圧する上での基本でありながら、高度であり困難である。

 まして、蓮華という格闘に関して並び立つ者の居ないような挌闘士を相手取りながら一本取る。

 その武芸はまさに達人と呼ばれる域。


「やるな……でもそれじゃ私には効かないぜ!」


 蓮華はレイランの手を掴み返し、宙へ投げ飛ばす。

 空中でならば回避は出来ない。そう踏んで蓮華は自らも跳んで追撃する。

 だが、レイランは気を纏った足で宙を蹴り、空を滑って蓮華の軌道から逃れる。


「マジか!?」


 レイランと蓮華が着地し、再び向き合う。


「ならこういうのはどうだ?」


 すると蓮華は左右ジグザクに動きながら、徐々にレイランとの距離を詰めていく。

 残像ができるほどの速度で動き回り、瞬間、蓮華の拳がレイランを襲った。

 しかし、蓮華の拳は紙一重でレイランの頬を掠めなかった。

 そしてレイランはすれ違うと同時に回転し、レイランの胴を斬る。


「手応えが無い……!」

「ハズレだ!」


 それすらも残像。蓮華はレイランの背後にいた。

 飛びかかり、レイランの頭部を狙って蹴る。


「はッ!」


 体を捻り、前に跳んでそれをかわす。至近距離、レイランと蓮華は互いに技を打ち合う。

 蓮華の音速のような突きを打ち払い、肘逸らし、回転蹴りを同じく回転することで衝撃を逃がし、更に速い回転に乗せた手刀が蓮華の服を切り裂いた。


「なっ……!」


 剣士であるレイランが、蓮華との肉弾戦に完全に対応していた。


「すごい、すごいぜレイラン! こんなに白熱したバトル、ほんっと久しぶりだ……もっとだ。もっと楽しもうぜ!」


 その気迫に、レイランは思わず二本目の剣も用いて構える。

 瞬間、蓮華は飛びかかる。レイランは剣を交差させてその拳を受け止める。


「すげぇ、折れないのか!」


 弾かれながらも、着地した途端にすぐにレイランに迫る。

 その踏み込みは大地を砕き、その突きは山を穿つ。必殺の一打がレイランを討つ。

 だがそれを地を裂き天を別つ一太刀が迎え撃ち、互角の威力でせめぎ合っていた。


「…………」


 レイランは蓮華の拳の勢いに身を預け、後方に大きく跳んだ。

 そして再び構える。しかし、今度は先ほどとは違う。しかしついさっき見たことのある構え。これは……


「さっきの奴の構えだな」

「私は、師の仇を取らなければなりません。ならば、私が遣うべき剣術は、これのみです」

「そうかい、それじゃ……後悔するなよ?」


 蓮華の拳が地面を打つ。穿たれ、砕かれ、浮き上がる地面。

 そしてその闘気。鬼神の如し。

 その様子に、ローラが叫んだ。


「レイランさん!逃げてください!」

「久々の本気だ……最後まで楽しませてもらうぜ」


 不敵に笑う蓮華。レイランはただ剣を構え、備える。




「あれが、蓮華の本気の姿か」


 結城は一人呟く。クリストが反応し、結城と心の中で会話する。


「あれほどの力……余程強い理想と見える」

「俺の理想だって、そう捨てたものじゃない」

「ふふっ、妬くなよ。お前の力は俺がよく知っている。だが、今あれと対峙しているのはレイランだ」

「大丈夫だ」


 確信し、断言してみせる。


「レイランは負けない。レイランなら負けない」

「すごい自信だな。自分の従者への思い入れゆえか?」

「ふふっ……従者を信じてやれなくて、何が主か」


 結城はレイランを見つめ、ふと目を閉じる。


「大丈夫。なんてったって、俺のレイランだからな」




 レイラン・シルファン。

 グランプリで戦い損ねた恰好の強者。

 蓮華の心はこれまでにないほど昂ぶっていた。

 彼女こそ、蓮華の捜し求めていた、現時点で思い当たる最強の存在だからだ。


「久々の本気だ。最後まで楽しませてもらうぜ」


 そう、例え自分が勝てなくても、この戦いを最後まで楽しめるならば、それでよかった。

 だからこそ、悔いの一片も残さぬように、全力全開で立ち向かう。

 拳に力を込め、それこそ一撃必殺で臨む。

 待ち望んだ強者との決闘。血沸き肉踊る。心は踊り、魂が滾る。



「喰らえッ!」


 次の瞬間には、既にレイランの懐に入っていた。

 打ち出される右拳を、レイランはその腹部に受ける。

 その音と衝撃が周囲の地面や壁にすら皹をいれ、砕く。





 レイランは蓮華に特に興味も抱いていなかった。

 強者として、いずれ対峙することになるだろうとは思っていたが……。


 レイランにとってはマスターである結城と、己の剣だけが存在意義だった。

 しかし久しく感じることの無かった、己が強さへの懐疑がその心を曇らせた。

 自分の剣に敵は居ない。思えばそういう慢心も無意識のうちにあったのかもしれない。


 強くならねば、マスターを護れない。


 脆い剣に意味はない。より強固で、鋭利で、最強の剣と成らねばならない。

 誰よりも強くならねばならない。あの最強の挌闘士と謳われる蓮華にも勝てるほどに。

 もちろんジエン師への念は偽りではない。

 蓮華への仇討ち、勝利を、亡き師へ捧ぐとしよう。




「勝負は一瞬、か。中々楽しめ……!?」

「……」


 違和感を感じた蓮華は後方に跳躍し、回転して着地した。

 そしてレイランを見る。


「ぬっ!?」


 触れそうなほどにまで近づかれた。蓮華は驚き、体を一瞬硬直させてしまう。


「斬鉄剣」


 レイランの剣に赤い光が迸る。

 そして繰り出される斬撃。蓮華は受け止める。


「ぐっ!」


 しかし即座に回転し、刃を逃がす。蓮華の手の甲には切り傷が出来ていた。

 尚も怒涛の剣戟によって、蓮華は退くことすら出来ずにいた。

 舞い踊るように斬撃を繰り出すレイラン。その刃を多少は防ぎ、しかし防ぎきれずに同じように体を捻って回らざるを得なくなる。


「ならっ!」


 蓮華は二つの刃を指で摘んで受け止めた。


「取っ…!?」


 瞬間、剣が螺旋を描くように回転し、蓮華の体を浮き上がらせる。


双龍斬そうりゅうざん


 回転と推進力によって、蓮華の指は払われる。


断空斬だんくうざん


 体を回転させ、斬撃波を放ち、蓮華にぶつける。


「ぐはっ!」


 吹き飛ぶ蓮華を滑空して追い、落下する地点で合流する。

 辛うじて着地した蓮華をレイランの怒涛の斬撃が襲う。


 それは剣舞と呼ぶに相応しい華麗な舞い。一つ一つの太刀筋が、攻撃と防御の同時の役割を果たす型が流れるように、変幻自在に移り変わる。


 そしてトドメの刺突によって、蓮華の体は大きく吹き飛び、石壁に身を叩きつけられる。

 落ち、地に足をつけた蓮華。しかし次に膝を着き、地面に伏した。


「覇ッ!」


 レイランに向けて剣を構え、決めの型で締めた。


「見事だレイランよッ!!」


 耳朶をぶち抜かれるような大きな声に振り返る。そこには、ジエンの姿があった。


「ジエン師、これは、幻覚ではなかったのですね」

「驚いたか。これぞ究極奥技、精神残映。儂は、今は既に人ではなく、仙人としてここに在る」

「仙人……」

「儂がまだ人間であるうちに、我が剣技を伝授するという理想を叶えられた。お前には感謝するぞ」

「ジエン師の理想……はい、しかと受け取りました」


 ジエンは頷く。


「心で体を動かし、体で技を成し、技で心を顕す。お前はもはや、武神、鬼神にも勝る武人となった。もはや教えることは何も無い。お前の想うがままに舞うが良い」

「……今まで、ありがとうございました」

「では、さらばだ……」


 ジエンの体は透き通り、やがて完全に消失した。

 最後までジエンを見届け、レイランは深く礼をした。

 思い起こされる修行の数々、厳格の端々に見られる優しさ、想い。

 厳しさも、優しさも、強さも全て、レイランは受けきった。


「ありがとう、ございました」


 顔を上げるレイランは、いつもの足取りで結城の前に来る。


「おかえり、レイラン」


 そして跪き、頭を垂れる。いつものように。


「レイラン・シルファン。ただいま戻りました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ