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2話目 観光案内

 街並みは城と同じく、中世のような建物ばかりだ。広い大通りは大勢の人々が行き交い、結城とチェリーもそこに紛れる。


「右手をご覧くださーい! 世界中の武器が揃う武器屋さんです」


 しかしまあ、なんというか、元気な妖精だ。自分としてはかなり疲れる。静かなほうが好きなのだ。


「左手をご覧くださーい! 世界中の兵器が揃う武器屋さんです」

「ちょっと待って」


 武器や兵器が多すぎる。そして紹介するのが武具や防具関連の店ばかりだ。


「なに? ここそんなに治安悪いの?」

「え? それはそうよ。モンスターだって出るし、野党だって出るわ。なにより今は戦時中だもの」

「せ、戦時中?」

「今はっていうか前からだけどね。彼らは前世で、いわゆる『戦争で活躍して英雄になりたい』とか、『ずっと戦場で活躍したい』とか『人殺しがしたい!』とかそういう理想を抱いた人たちが活き活きとしている居場所」


 この世界では、理想の内容は問題ではないようだ。理想を掲げる意思の強さが、力の源になる。


「ところであなたの理想ってなんなの?」


 背中に生えた硝子のように綺麗な羽で周囲をふわふわしながら、チェリーは問う。


「俺の理想? んー」


 その問いは、少し返答に困る。その理想は、すでに『ほぼ』叶っている。


「まあ、ささやかなものだよ」


「ふーん……まあ、話したくないならいいけど。ここに来るような人たちが持ってる理想が、中途半端なわけないし」


 ちょっと不機嫌に、つんとそっぽ向いてしまった。隠し事されるのは嫌いらしい。


「とりあえずお城で住民登録しましょう? 明日になれば国が住処を用意してくれるわ! それまではどこかの宿屋で適当に休めばいいわ」


 なるほど、きちんと受け入れしてくれるのか。


「そりゃあ、そのための世界だもの。当然じゃない。ところで、ここまでで何か質問とかある?」

「そうだなぁ」


 結城は周囲を見回す。大通り、人々……人間?


「なあ」

「ん?」

「あそこにいる顔がトカゲっぽいのは人間、じゃないよな?」

「うん。あれはリザードマン。そっちの顔の端々が尖がってるのがゴブリン、緑色の液体はスライム。あっちの背の高い金髪美人さんがエルフ。ナンパに失敗して落ち込んでる三匹の豚がオーク」


 人間に紛れて、多種多様のモンスターが人間の国でうろうろとしている。違和感しかない。


「この世界は人間とモンスターは仲良しなのか?」

「全部がそうってわけでもないわ。欲望のままに殺したり奪ったりする奴もいる。でもこの地域じゃほとんどの種族は仲良しよ」

「すごいな、どうやって分かり合えたんだ?」

「それを説明するとだいぶ長くなるけど……まあ簡単に言うと、人間を食料として認めたのよ」


 人間を食料として認める?


「人間を養殖して、食糧として彼らの食卓に並べる。人間が牛や豚を育てて食べるのと同じよ」

「お、おお……」


 人間のステーキなどが食卓に並ぶわけだ。

 結城としては、ほんの少し興味の湧く話であった。


「私は食べたこと無いけど、結構美味しいらしいわ。それで、昔から戦争が続いてるのもそれが原因よ」


 そこはなんとなく察していた。

 人間を食糧にするなんておかしい、そう思う人間は間違いなく多いだろう。人によっては狂気の沙汰に見えるだろう。


「まあでも、そういうやり方でも、私たちは彼らと分かり合えたわ。私はこれでいいと思ってる。お互いに角突つのつわせながら生きるよりは、よっぽどいいと思う」


 そう語るチェリーは、少し悲しげに、こちらに微笑みかける。


「まあ、今のあなたにはそこまで重要じゃない話よ。さあ、先を急ぐわよ!」


 市役所っぽい建物にて。


「本日のご用件は?」

「なんでここだけ近代的なんですか? 外は完全に中世とか欧州系だったじゃないですか」

「知りません。噂では責任者が途中で変わって中世の建物なんぞ知らんと勝手に予定変更したとか聞いたことがありますが真相は知りません」


 結城はあまりの適当さ加減に苦笑しながら手続きを済ませる。

 目の前にいる受付の人は女性のようだ。元からそうなのか、目は鋭く常に不機嫌そうな顔で、茶髪をポニテにした女性が書類を書いたりしている。


「はい、これでおしまいです。翌朝にまたお越しください。住居への案内と書類もろもろ渡します」

「あなたも理想うんぬんでこっちに?」

「ええ、安定した生活を夢見て公務員になろうと思ったんですけど、力不足で。世の理不尽さに嘆いたものです。結婚も出来なかったし、スーパーのパートでは生活もギリギリでしたよ。最後は体を壊して…」

「へぇ、女性の方なのに大変でしたね」

「でもここに来れて本当に良かった。あとは結婚相手を探すだけです」


 不機嫌そうな顔からわずかに笑みがこぼれた。笑うと美人さんだな。


「すぐ見つかりそうですね」

「そういうのちょっと臭いんでやめてください」



 手続きを済ませ、今度は宿屋を探す。


「女性を口説くセンスはないみたいね」

「五月蝿いです。確かに女性に縁の無い人生だったけど」


 とはいえ、女性にモテモテになろうとかいう理想はなかったので、この世界でもそうなるだろう。


「まあ相手が悪かったわね。切り替えていきましょうよ」

「余計なお世話だ! で、宿屋ってどこが良いの? 出来れば安いところがいいな」

「あんまりケチると命に関わるわよ。これからはいろいろとね」

「でも俺は割と節約家だったしなぁ」

 

 前世ではタバコも吸わなかったし酒も極稀に飲むくらい。車も一軒家も持ってなかった。


「まあそれはともかく……とりあえずついてきて」


 と、結城はチェリーに先導してもらう。彼女がいなければ確実に迷子になる。はぐれるわけには行かないのだ。


「着いたわ!」

「ここは……美容院?」


 今気づいたが、言語は前世の頃と同じらしい。異世界とはいえ前世から来る人間が多いからだろうか。


「さっきの女性だって拒否するわよ。まずは髪とかイロイロ整えてきなさい!」

「えー、いいよ別に。そういうの興味ないし……」

「うっさい!つべこべ言わずに行きなさいこのチェリーボーイ!」

「チェリーはおま…いえ、なんでもないです」


 ただならぬ殺気が彼女から放たれているのに気づけたのは幸いだった。

 この世界に来て一日経たずに死んでしまうところだった。


「ほら、服も買いに行くんだからちゃっちゃと行って来なさいよ」

「お前は俺のお母さんか」


 これ以上口答えすると本当に殺されそうなので、急ぎ足で木の扉を開けて中に入った。


 40分後、そこには地味とはいえそれなりにさっぱりした結城の姿があった。


「うん、そこそこいいじゃない?」

「視界がさっぱりしすぎて怖いんだけど。人の視線とか苦手なんだよ」


 鼻先まで伸びていた前髪は眉を隠すくらいまでの長さまでになり、無造作だった毛並みもツヤツヤになっている。ワックスで髪にボリュームも出た。生やしっ放しの眉もキリっと整えた。


「まあまあ、あなたも男なら女性にチヤホヤされたいでしょ?」

「なんでこの妖精こんな俗っぽいの」

「目を大きく開けるのは本人の努力次第か。あとは服ね。そのセンスのない服装はナシね」

「ではチェリーさんはファッションセンス抜群なんですかね?」

「ええ。そりゃもちろん! まあ見てなさいよ」


 もしかして、自分もとうとう女性とまともにやり取り出来るレベルにまで飛躍できるのか?

 結城はそんな微かな期待を抱きながら、再びチェリーの後に続く。


 30分後、そこには可愛らしい少女の絵柄を背中に印刷され、前面にすごい達筆で『萌魂』と印字されたシャツを着た青年の姿が。ちなみに下はブルーカラーなジーンズ。


「ふっふっふ…完璧ね」

「待って」

「ん? あまりに私のセンスが凄過ぎてついてこれてないみたいね!」


 自慢げに無い胸を、いや多少ある胸を張りながらチェリーはのたまう。


「いや確かに凄いし、ついれこれないけどこれは……」

「何よ、気に食わないって言うの?」

「いや、俺の好みとしてはアリだけどさ、違うじゃん。流れおかしいじゃん。本当にこれで女性にチヤホヤされるのか?」

「そりゃあ……」


 改めて、チェリーは自分の施したコーディネートを上から下まで隅々と観察する。観察して、目を瞑って考えた。考えて、こう言った。


「男は外見より中身よ」


 結局、最近流行りでもなんでもない、それなりの服も買った。



 結城の外見への投資によって所持金の半分以上を失った二人は、ボロボロの安宿を取ることになった。

 木造の宿屋は一見コテージに見える。四部屋しかない狭い宿屋だ。だが金が無いのでこれしかない。


「ちなみにここの通貨の名前はPTよ」

「PT?」


 聞きなれない単語が飛び出して思わずオウム返しになる。


「意味は知らないけどみんなはピットって読んでるわ。ここの一夜の宿代は100ピット」

「俺たちがもともと持ってたのと、残金は……」

「10,000PTよ。今残ってるのは200PT」

「死んじゃう」

「大丈夫よ。金が無ければ最低限の食事は国が出してくれるわ。残飯とか」


 この妖精、割とゲスなんじゃないだろうか。


「それにしても、あなたは他の人とはどこか違う感じがするわね」

「なんだよ急に」


 騒がしいチェリーがいきなりしんみりムードで語りだす。躁鬱の気でもあるんじゃないか。


「前世からここに来た人間って、ほとんどがどうしても叶えたい理想を持ってて、みんな獣みたいな気迫した怖い奴らばっかりで、私はそういう人たち苦手だったから、案内役に選ばれたときは本当に鬱々としてた。相手によってはそのまま放置して野垂れ死にさせちゃおうかなって」

「もしかして、俺がここを見つけるまで上から見下ろしてたのは……」

「あはは! まあでも思ったのとぜんぜん違って安心したから声かけたんだよ。本当に、穏やかな感じ」

「そうかね」

「それでさ、そろそろあなたの理想、教えてほしいなぁと」

「俺の理想? ああ、そうだなぁ。たいしたことじゃないし、教えてもいいけど。俺の理想は―ー」


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