42話目 一夜の夢、八仙、心技体
三神山が一つ、蓬莱。
島一つ、全体を這うように建物が覆っている。
竜宮島とも呼ばれるその場所は、房中術を極めんとする者たち。主に女仙が暮らす場所だった。
そして、基本的に彼らは同性愛者であった。
精気を吸うために男性を連れ込むこともしばしばあるようだが、そこはご愛嬌。きちんと持て成して返す。
そして、そこに足を踏み入れる銀風たちは、瞬く間に彼女らを制圧していった。
正確に言えば、レズの気がある銀風が次々と色気ある女仙を喰らった。
「誤解しないで欲しい。私は男より女体が好きなのであって、百合でもレズビアンでもない。私は結城一筋だからな」
「いちいち説明しなくてもいいですわ」
その手際の良さに最初は目を覆っていた淫夢と美鈴たちであったが、次第に指の隙間から覗くようになり、最終的にはまじまじと観察するに至る。
「み、見ないでください……」
「フフ、なにを言う。見られてゾクゾクしてるんだろう?」
銀風の囁きに、女仙の体は震えた。
「こんな……こんな感覚があるなんて……」
「さぁ、心を開いて、体をこっちに委ねて……」
至極、幸福な表情で、眠るように瞼を閉じ、ガクんと体が崩れ落ちるのを、銀風が抱える。
「と、このように、一流のパーヴァートなら体をさすって耳元で囁くだけでオトせる」
「絶対イクところまでイってると思われてますわ」
「先を急ごう。あとどれくらいだ?」
「はっ……はい。この階段を上れば、お母様の居るところです」
階段を駆け上がり、両扉を開け放つ。
「ようやっと、ここまで来られたか。流離の人よ」
瞬間、銀風は後ずさった。
「こいつ……」
百戦錬磨のパーヴァート。<永遠なる処女>の称号を得た銀風。
その力は、この屋敷にいる全員の女仙、邪仙、淫魔を容易く手懐ける。
そんな彼女が感じた、圧倒的な色香、遊惰、淫蕩。
夜闇と見まがうほどの黒、夜に煌くような漆の髪。
白玉の肌。手を伸ばさずにはいられない。触れずにはおけない柔肌。
絢爛豪華な礼装。風格と品位を見せ付ける、一糸乱れぬ衣装、居振る舞い。
「妾は神美。そこにおる美鈴の母……そして、絶世なる淫蕩仙界の主でもある」
「それは、ここのことか」
「人は蓬莱と呼んでおるがの。ここは妾の庭にして、妾の心の具象」
なんという不覚、と銀風は内心で頭を抱えた。
この島に蔓延る仙人としての力。そこに、微かに覚えのある感触があった。
玉座まで来て、ようやく分かった。
「パーヴァートの力を仙人の力に偽装したのか。じゃあお前は……」
「……そう、私はパーヴァート。パーヴァートの力によって、女仙となった者。さて、流離の人よ。そちも同じようだが、妾にどのようなご用向きかや?」
多人数を相手に、余裕の笑みを浮かべる神美。
「加勢が必要かしら?」
「いや……用があるのは私じゃない。そうだろ? 美鈴」
「……はい」
美鈴は緊張した硬い声で銀風に応じた。
「美鈴様!」
「大丈夫です、麗華、五龍と一緒に待っていて?」
自分よりも背の高い神美の頭を、忠実な犬を宥めるように撫でる。
麗華は瞳を閉じ、食いしばり、そして引き下がった。
「どうかお気持ちを強く……」
「ええ。ありがとう……」
美鈴は銀風より更に前に出て、神美の前に立つ。
「お母様」
「ああ、私の可愛い娘。どうかした?」
美鈴は驚きを表に出しそうになり、しかしぐっと堪えた。
なんと不気味な。客が前に居るからか、なんという猫かぶり。普段の鬼のようなケチのつけかたをしない。
普段なら、今の歩き方一つにまで文句をつけられていた。
「……お母様、私は」
「知っています」
振り絞った勇気をいなされたようだった。そして神美は続ける。
「お前の味わった感情、不満、怒りや悲しみ、欲求もすべて知っています」
「な、なら……」
「その上で、妾はお前を自由にする気はない」
「なっ……」
絶句する美鈴。対して、神美は色のある微笑のままに愛娘を見ていた。
ここで心を乱せば、確実にこちらが敗北する。
心を落ち着かせ、美鈴は平静を装った。
「どうして、そんなことを?」
「お前には、妾の理想を体現してもらわなければならぬ」
瞳を閉じ、記憶を蘇らせ、懐かしむように語りだす。
「妾は至高にして究極の美を手に入れた。しかし、その代償は必衰。残酷なまでに……今はパーヴァートの力で維持しているが、いずれ枯れゆく。お前には、妾が届き得なかった永遠の美を体現してほしいのじゃ。妾がお前に美貌を継がせ。私の美が不滅であるように、お前の美が永久であるように。男を誑かし女を侍らせようとも、なにもかもを犠牲にしてでも成し得なければならぬ……」
美鈴は押し黙る。そうするしかなかった。
その理想の強さに対抗できるほどの想いが、自分には無かった。
一生を捧げ、他者すら不幸にしてでも叶えたい願い。そしてそれは……
「美鈴。これはお前のためでもあるのじゃ。妾の美を受け継ぐことが出来れば。お前はこの世界で最も美しい女性となり、この世のいかなる理想家も、男女問わずに思いのままに出来る。すべての力を自らのものにできるのじゃ」
それは、自分のためにしてくれているというのだ。それを自分の我侭で無下にして良いものか。
「いずれ枯れ果てる妾の分まで、お前には美しく、そして幸せになってほしい。そのために厳しく躾けることもあった。その辛さも相当のものであろう。だが、その先には確実に幸福が待っている」
ならば、一時の性欲を耐え抜き、お母様の言うとおりにしたほうが良いのではないか。
そうすれば、この欲求もきっと……
「っ!」
ふと、傍らに佇む人の顔が過ぎる。
銀風の声、仕草、笑顔……すべてが自分の記憶から引き起こされる。
そしてベッドの上で、彼女が教えてくれたこと。性の恐ろしさ。そして、愛の暖かさ。
恋愛なき性はただの凶器、道具に過ぎない。しかし、恋愛のある性はあらゆる存在を越えた幸福を与えてくれる。
銀風があのベッドの上で教えてくれた性は、暖かかった。
だが彼女は……
「気付いたようだな」
銀風が、小さく呟いた。
「一つ、聞かせてください」
「良いぞ、妾の可愛い娘よ」
「あなたが、一番に望むものはなんですか?」
それは、単純な問いかけであった。そして、単純に神美は答えた。
「お前の幸せに決まっているだろう?」
「そう、ですか。分かりました。私は、決めました」
「おおっ、そうか。良い良い。それなら許そう。お前が妾に秘密で街に行った事も、すべて許す。だから安心して妾の元に」
「私は、自分の幸せは自分で探して、掴みます。私は家を出ます」
その口調は柔らかいもので、決して強い語調でもなく、嘲るようでもなく、真摯なものだった。
しかし、その内容に神美は凍りついた。
「お母様。あなたは私の幸福を望むとお答えになりましたね。ならば、私は、私自身が最も幸福であると思える生き方をしたいと思います。この家を出、彼らと共に外へ出ます。霧の外、様々な物に触れようと思います」
「……なるほど」
神美は玉座から立ち上がる。
「お前がそう言うならば、仕方ない」
存外にあっさりと理解してもらえた。美鈴に笑みを浮かべそうになった次の瞬間、銀風が叫んだ。
「下がれ美鈴!」
「えっ?」
銀風は咄嗟に美鈴の前に立ち自らの手で、迫る神美の手を受け止める。
「お前も妾の理想の邪魔をするのかえ?」
「甘言で娘すら誑かす。その悪党さ、まさに傾国の女といったところか」
「痴れ者め。美が抜けておる。美女と言わんか」
神美が組み合った手を捻り、銀風の体を回転させ、自らも周り込んで背後を取って固める。
「妾と対峙し、健闘したことは褒めつかわす。しかし、同時にそれが愚行であることを、仲間にも知ってもらうとするかの」
神美の手が銀風の頬を撫で、徐々に、首に、胸元に下がっていく。
「生憎と、私の体は予約済みでね」
ぐんと前に踏み出したかと思えば、次の瞬間、一気に背後に下がる。
爆発的のような瞬発力で、神美は押し飛ばされる。
「かかって来い、悪女。雑魚を相手にいい気になってるお前の目、覚ましてやる」
「ふふっ……面白い。その大口、どこまで続くか見せてみよ!」
飛び出す神美は銀風の胸に向かって手を伸ばす。
単調で乱暴な技に銀風は溜息を一つ。そして優しく手で受け止める。
凶悪に力を込めた手が、温もりと共にほどけていく。すると神美はその身を銀風に預けた。
「その逞しきお力、御見それいたしましたわ。どうか私を、貴女のものにしてくださいまし……」
潤んだ瞳で銀風を見上げる。銀風は思わず抱きしめそうになるが、ここを堪える。
あまりにも早すぎる手の平返し、常人ならそれを認識するまでの間に喉元を掻き切られる。
「なるほど、それなりの実力はあるな。だが……」
すると銀風もまた豹変し、紳士的な態度と優しい口ぶりで答える。
「いけません。私には心に決めた御方が居ます。あなたの想いには応えられない」
「そんな……そのお方は、私など足元に及ばぬほどに魅力的なのですか。私如きでは、あなたの瞳にも居られないと?」
震えた声で、今にも泣き崩れそうな調子で言う神美。中々のやり手。
銀風としては結城一筋なので、そうだと切って捨てるのもやぶさかではない。
しかし神美にも口ほどの魅力があり、少し惹かれているのも事実。まず女性を蔑ろにして泣かすなど、銀風の信条に反する。
銀風は心を落ち着かせ、冷静に対処する。
「貴女は充分に魅力的だ。それはこの国の者たちが皆認めているではありませんか」
「貴方も、私に魅力を感じるというのなら、どうか私を抱いてください」
「それは……」
「たった一夜だけで構いません。一夜の夢……貴女との幸せな夢を、せめて一夜だけでも叶えさせてください。どうか……」
縋り、その柔らかな体が銀風に押し当てられる。
不覚にも腹の奥が熱を持つ。そして一夜の夢という言葉に、絶大な干渉力が込められていることに気付いた。
「私如きでは、貴女を一夜のうちに満足させることなど出来ません」
「良いのです。貴方と一夜、肌を重ね合わせることができるなら、私はもう他に何も要りません」
これはそそる。相手は絶世の美女。そんな女性が淫らにも、自分と一夜を共にシたい。そう言われて折れぬ男は居まい。女性でも怪しい。
「っ!」
油断していた。銀風は引き寄せられ、神美の妄想によって顕現した大きなベッドに引き寄せられた。
銀風が神美の上に覆いかぶさる形。
「お願いよ。私の身も、心も、すべて貴方のものにして……」
潤んだ瞳、輝く黒髪、衣装ははだけ、白肌の渓谷と大地が眼前に広がっている。
「お願い、体が熱いの。心が、奥が疼いてどうしようもないの、早く……」
身悶えるように体を動かす。それは、蟲を誘う罠のような。これに乗れば、確実に喰われる。
「貴女は、ズルい女だ」
「ああ……名で、シェンメイとお呼びください。銀風さま」
お互いの、温い吐息が交じり合う。
いかな高名の者といえど、所詮は人。湧き上がる衝動には抗えず、罪深く、しかしその過ちは、何よりも甘美な背徳の味。
一夜之夢。神美のパーヴァートとしての名であった。
東父の桃源郷を抜け、桃源街へと繰り出した結城とチェリーは肉まんを頬張りながら歩いていた。
「最近は豚角煮まんとかいうのまであるんだな」
「あんまんおいしい」
一人と一匹、見知らぬ街を存分に満喫していた。
「にしてもここの建物はやけに高いな。摩天楼か」
「どれもおんなじような外観の建物ばっかでつまらないわね」
辺りはすっかり暗くなり、桃源街は夜の顔を見せる。いわゆる夜の店。風俗店だ。
「ハイ!、お兄さん。ちょっと寄ってかない?」
丈の短く、ところどころ切り取られた露出度の高いチャイナ服を着た少女たちが道行く人に声をかけている。
「結城、もしかして……」
「チェリー、俺をそこらの男と一緒にしてもらっては困る。俺は一流のパーヴァート。金で性のやりとりをすることは無い」
「おにーさん!私といいことしましょう!」
ばっ、と結城の前に立ちふさがる少女。ぷっくりとした胸、ぴっちりとした衣服、太ももすら隠さない丈の短さ。
なんという淫乱、なんという不埒。しかもそれが年端も行かない少女とくれば、そこには背徳の匂いが……
「結城、パーヴァートがなんだって?」
「こ……子供がこんな仕事していいのか。ここの治安大丈夫か」
「大丈夫! 私はこう見えても40代だから!」
「「えっ!?」」
「ねー、私といーことしよう? ねっ、ねっ!」
その姿、仕草はどう見ても40代ではない。年齢詐称もいいところだが、ここで誘惑に乗るわけにもいかない。
「お客さん捕まえないと怒られちゃうの……だから、いいでしょ? 私をたすけてよ、おにーさん!」
結城の腕にしがみつく少女。その柔らかさが伝わり、結城の心が揺らぐ。
そしてチェリーが騒ぐ。
「ちょ、ちょっと離れなさいよあなた!」
「あっ……もしかして、その妖精さんが彼女さんなの?」
「か、かのっ……そそそ、そんなわけないでしょう!?」
「あー、なるほど。それじゃあ一緒に楽しみましょう! 私、複数人でも頑張りますから!」
「違うって言ってるでしょ!?」
しつこく粘る少女と、きっぱりと断れない結城。やりとりが泥沼化し始めた。
「おっ、結城にそういう趣味があったとは、意外だぜ」
振り返ると、そこには蓮華の姿があった。ところどころ怪我をしているところを見ると、また同情破りでもしたのかもしれない。
「蓮華!」
「ロリコンかぁ」
「ちがっ……いや、まあロリコンではないこともないが」
「そこは否定しなさいよ!」
すると蓮華は結城たちに近づき、しゃがんで少女と目線の高さをあわせた。
「?」
「こいつは私の友達なんだ。これをやるから放してやってくれ」
そして取り出すのは、そこそこ大きな布の袋。少女がそれを受け取り、紐を解いて中を覗いてみると、そこには眩い金貨がたんまりあった。
「うっ、わ……こんなに貰っていいの?」
「ああ。誰かに取られそうになったら、八仙拳の弟子から貰ったって言えば大丈夫だぜ」
「はっせんけん? よく分からないけど、ありがとう!おねーさん!」
少女は喜び持ち場へと戻る。一度振り返って手を振ると、蓮華も振り返して見送った。
「ふぅ。ところで結城、もう左腕は大丈夫なのか?」
「感覚は戻ってきた。今はリハビリ中だ」
「そっか。そりゃ良かった。早く治してユートピアに行こうぜ!」
立ち上がり、拳を突き出してやる気を見せる。
「にしても蓮華、随分傷だらけだな」
「ああ。ここの武術も中々面白いからな。あっ、リハビリついでに結城もどうだ? 楽しいぞ?」
「ふむ……そうだな。やってみるか」
「よしっ! それじゃあ、一緒に行こうぜ!」
結城とチェリーは蓮華と共に行動することにした。
「ところで、どうして蓮華がこんなところに?」
「ああ、今日はとりあえず形意拳と心意六合拳の道場はクリアしたんだけどさ、次は酔八仙拳なんだよ。それが道場に居なくて、大酒飲みの酔っ払いだっていうからこういうところに居るんじゃないかって聞いたから」
つまり、道場破りしようにも主がいないので探しているというわけだ。
「普通に道場で待ってれば良かったんじゃ?」
「あっ」
ショックで蓮華の足が止まった。本当に思いつかなかったようで、呆けた顔をしていた。
「すごいな結城、お前天才か!」
「お、おう」
すっかり夜になってしまったが、蓮華は元気よく活発だった。
蓮華は華やかな光が満ちる街から遠くは鳴れ、鬱蒼と茂る林に潜り込んで行く。
一応は整地された石畳を歩くので、そこまで苦労は無いのだが。
「こんなところに本当に人が住んでいるのか……」
「この仙境がすでに『こんなところ』にある場所なんだから、不思議ではないわね」
「こっちだぜ。はぐれないようにな」
やがて灯篭の灯りが見え、開けた場所に出る。
そこに在ったのは、一軒の寂れた家屋だった。
「さすがに弟子も帰ったか……おっ?」
家屋の屋根に、一人の老人が座っていた。月明かりに照らされながら、月見酒と洒落込んでいる。
「見つけたぁっ!」
「ちょ、蓮華!」
結城が声を発した時には、蓮華は既に空中。屋根の高さまで一足で跳んでいた。
そして難なく屋根の上に着地する。
「頼もう!」
老人は、持っていたお猪口の酒を飲み干し、傍らに置いた。
「お前さんが噂の格闘少女か」
「噂?」
「その足腰は大地を揺るがし、その手腕は草木もなぎ払う。多種多様の武術を繰り出し、仙人でないにも関わらず、気を操る。一日足らずで二つの流派を制覇する、無敵の少女がやってきたと」
「へへっ、そこまで褒められるとさすがに照れくさいぜ」
「して、そんな天才少女がこの酔っ払いになんの御用かね?」
老人は新たに酒を注ぎ、再び飲み始める。蓮華にまるで興味が無いかのよう。
「あんたと戦いたい。私が勝ったら、私にその拳法を教えてくれ!」
「ふむ、なるほど……だが、八仙拳なんてものは、そこらの武術と何も変わりはしない。名前がころころと、流派ごとに変わるだけのこと」
「それは二件目で分かったぜ。でもあんたのはちょっと違うだろ?」
老人は答えず、蓮華は言葉を続けた。
「八仙の名がつくくらいに、そしてそれが人に認められるくらいに実力がある。それだけじゃない。あんたはそれに酒を付け加えることでより強くなってるって聞いたぜ。確か……」
「酔八仙拳。……なるほど。ところで、お前さんは一体どこの拳法を破ったのかね? 儂は二つの流派が敗北したとしか聞いておらんのだ」
「えーっと、形意拳と心意六合拳だな」
すると、あれほど無関心だった老人が蓮華の方を見る。
「なるほど……ならば、その証拠を見せてみよ。その様子だと、形意拳も習ったのであろう?」
「証拠……よしっ!」
蓮華は屋根から飛び降り、地面へと着地する。
「すぅ……よし」
一呼吸して、蓮華はゆっくりと片足を上げた。
「ほう……」
老人が目を見張る。
一糸乱れぬ片足立ちは、平衡感覚、筋肉、重心すべてが形になっている。
そして、地から天へと一本の棒となった。
「じゃあ行くぜ」
「ムッ!?」
何かを察知した老人が動き出し、屋根から飛び降りる。
「へへッ!」
短く笑い、その足を振り下ろす。
「疾ッ!」
その直前、老人の背が蓮華の体を押した。
「っと!」
グンと足を振り下ろし、後ろにまで伸ばし地面につける。大きく仰け反った状態で蓮華は倒れずに堪えた。
「どうかしたか?」
「まったく、とんでもない小娘よ……試すつもりが家を壊されるところだったわい」
「一応、手加減はするつもりだったんだけどな。で、教えてくれるのか?」
「その足腰を見るに、基礎は十二分に積んであるようじゃな。ならば良かろう。この酔八仙拳を伝授してやろう」
そう言い、蓮華に酒の入った杯を突き出す。
「なんにせよ、まずは酔え。たらふくな」
「おう!」
蓮華は遠慮なくそれを受け取り、ぐびっと飲み干す。
「へぇ。酒ってこんな味なのか」
「なんじゃ、お前さん酒を飲んだことが無いのか。こりゃいかんな」
老人は蓮華たちに背を向け、家の方へと歩き出す。
「入りなさい。どうせなら色々な酒を飲むとよい」
「ついでに飯も欲しいぜ!」
「ほれ、そこの二人も」
「あっ、はい」
蓮華たちは老人に誘われ、夕飯と酒をご馳走になった。
「レイランよ。お前には心、技、体のすべてが揃っている。技人としては申し分ない」
「ありがとうございます」
レイランとジエンは精のつく料理を味わいながら、これからの修行の方針について話し合っていた。
心技体。レイランにはその全てが備わっている。
心。それは穢れなき剣への思想。清澄と清浄の一心。或いは主への忠誠、愛情。奉仕精神。
技。それは研ぎ澄まされた剣技。洗練と練磨の結晶。光る宝石よりも輝く美しき超絶技巧。
体。それは鍛えあげられた基礎。地道と継続の成果。すべてを成すための土台。馬歩站椿。
「しかし、それだけでは真の武人たり得ん」
「では、ほかに何を……」
「それこそ、気、あるいは気功なり。気功を錬り、功夫を積み上げることで、心技体を一体につなぐ。その時こそ、お前は武人として、真に武を体現する者となるのだ」
「気……分かりました。ジエン師匠」
「ならばよく喰らえ。生き物の生気を取り込むのも、また修行」
そして二人は、目の前の料理を食べ進めた。




