41.5話目 機械仕掛けの神の子ら
そこには、四つの光景が広がっていた。
一つは見るもおぞましい、絶望と嫌悪をもたらす光景。
山のような巨躯、それはまさしく巨人。
しかし、その肉体は病的なまでに腐敗し、その瞳は虚ろだった。
「ウァア……」
気高き力の象徴たるドラゴン。彼らすら、その翼は破けた傘のようで、飛行する機能を失っていた。その呼吸は灼熱のブレスではなく、草木を瞬く間に腐らせるガスだった。
竜と蛇、そして四肢の体躯を持つ合成獣。その歩いた後には、土すら腐敗させていた。
一つ目の亜人。その瞳に生気は無く、その口元には狂気の笑みが浮かび、重量のある鈍器を引きずるように、不気味に足を引きずって歩いていた。
他にも様々な獣、魔物が腐敗した体で腐臭を漂わせながら、理性の無い瞳を持ちながらも、揃って東へと向かっていた。
一つは冷たい鉄と、硝煙の匂いが漂う風景。
まるで建造物のような高さを誇る、様々な鉄の兵器。
空を超高速で飛行する、様々な形の鉄の鳥。編隊を組む赤の五機。黒の三機。黄色の八機……それぞれが強力な兵器を満載しながら、軽々と空を舞う。
「任務了解。作戦ヲ開始スル」
キャタピラを持つ戦車は、対空のミサイルと対地の砲塔、そして光学兵器まで搭載し、重厚で頑丈な車体を動かす。
人間のように二足で立ち、足裏の車輪を回転させ、地を移動する人型の機械。その機種と武装は多種多様だった。
腕にグレネードランチャーを、さらに両肩にも巨砲、胸部に小型ミサイルを搭載する下半身がキャタピラの機械。
体は細く、しかしどの機体よりも高速で移動し、その腰に刀を持つ機械。
青い空の色をした、空を飛ぶ人型の機械。
一つは、数台のトラック。その上空を、輸送機が飛行していた。
「知ってるか? フレイムタンがやられたって話」
「ククク……だが四大属性使いの中でも最弱……」
「魔法使いに敗れるとは異能者の面汚しよ」
一人の少年が手の平を突き出し、そこに水の弾丸を生み出す。
「火力だけのバカではまあ、そうなるでしょうね。」
「彼、セカンドステージ止まりだったんでしょ? だから先遣隊なんかにされたのよ。お気の毒」
茶髪の少女が拳くらいの大きさの石をボールのようにお手玉している。
次の瞬間、石は赤く光り、液状となって少女の手の平におさまった。
景色が揺らぐほどの熱が、その液体から発せられたいた。
「そもそも温度、形質変化を習得できた私たちサードステージとは雲泥の差があるしね」
すると、手の平に水玉を持っていた少年は、その形状を変化させ、ナイフに似た形にする。
見る見るうちに凝固し、その周囲の空気が白く染まるほどの冷気を持つ氷のナイフとなった。
「確かにそれもあります。まぁ、そのサードステージですら、埋められない差というものがありますがね」
少年は視線を後部座席に移す。二人とはまた別に、二人の少年と少女がいた。
「いえ、新たなる段階への到達者、フォースステージと呼んだ方が?」
「…………」
後部座席の少年は一瞥し、沈黙を続けた。
その代わりか、隣に座る少女が呟いた。
「風間は、最強だから」
「余計な会話はするな、コード:マクスウェル」
「……」
風間の一言で、マクスウェルは口を噤んだ。
「風間、あなたもいい加減、せめて女性への態度だけでも改めたら?」
「お前もだ。作戦前に無駄口を叩くほど、余裕があるのか?」
「当たり前でしょう。私たちは選ばれし四大属性なのだから」
「異能者(イレギュラーの中でも最強というなら納得だが、俺たちは所詮は次点の雑魚だ。弁えろ」
「それは、まあ」
言わんとしていることは理解できる上に、本人からして驕りの無い姿勢に少女は気持ちが萎え、手の溶岩を固体に戻した。
同じく、少年もまた氷のナイフを砕いて散らす。
「最強と言えば、この戦争でいい加減決着がついてもいいんじゃないですかね。二人は」
「ああ、この娘とラプラスね……賭ける?」
「片方の本人を目の前にして堂々と……私はコード:ラプラスが勝つと思いますよ」
「あっ、そう? なら私はコード:マクスウェルに賭けるわ」
二人の視線が交差する。マクスウェルと風間は沈黙を続けていた。
「マクスウェルのほうが安定しているもの」
「でもラプラスの能力はほぼ最強といってもいいでしょう」
「あれは戦闘には適さないと思うけど」
「戦闘をする必要さえ無いでしょう、あれは。科学由来の異能者が言うのもなんですけど、あれが本当に神というものなのではないですかね?」
少女は鼻で笑う。
「まっ、あとはやってみないと分からないでしょう。全てを見通し、その因果を捻じ曲げるに至ったラプラスの魔神と、万物の現象を実現させるマクスウェルの魔女……科学由来なのに魔、だなんて本当に滑稽だわ」
一つは、圧倒的な兵器の物量と、巨大な飛空挺、巨大な装甲戦車。そして人間……しかし一部、人間が抱えるにはあまりにも大きすぎる武装をその身に背負っていた。
砲塔を腕に握る者。飛行機の羽を背負い空を飛ぶ者。
ミサイルの発射装置を銃器の形にしたような武装など、まるで生身の人間に兵器をそのまま取り付けたような外観だった。
そんな彼らは、通常の戦車と共に歩み、戦闘機と共に進む。
「調子はどうだ?」
「ああ、絶好調さ! このまま一番乗りしていいのか?」
「早まるな。お前たちは他所とは違って感情がある人員で俺たちの大切な仲間だ。無理して斥候に加わる必要は無い。開発費もバカにならないしな」
「早くぶっ放してぇ……にしても、あんたらも中々に変態だな。人間の外見した兵器に兵装を取り付けようって発想。私が言うのもなんだけど、頭イカれてる。しかも感情まであると来た>
「俺たちが欲しているのは奴らが考えるような兵器ではない。もっと確実な兵力だ。生き物を玩具みたいに扱う奴らや、脳ミソ弄繰り回したり、人間をデータにするよりはよっぽど正常さ」
「そんなもんかな。よし! アルバトロス隊、進撃する!」
計四つ。四者四様の脅威をもって、それぞれが東へと行進する。
大陸を埋めつくすその軍勢。遠巻きからクロードたちは眺めているほか無かった。
誰も、何も言わない。語るべき言葉が見つからない。あの膨大な兵力を前に、一体何が出来るものか。
何かしたとして、それが報われるものか。
彼らはただただ、アトランティスの街にある巨大なディスプレイに映った映像を前に、立ち竦むほか無かった。
誰ならば、誰ならこの状況を覆せるだろう。
自分ではない。自分にはこの戦力には対抗できない。ならば、救国の英雄? アルカディアの王、アルカ? それとも、一度参加すれば数日で戦争を終わらせられると謳われた最強の者か。
そしてふと、ユートピアへと向かった彼らのことを思い出した。
「結城……結城はどうなったんだ?」
結城。初めて自分を負かした者の名を呟く。そして彼らの仲間は?
レイラン、蓮華、ローラ。いずれも最強と謳われた者たちだ。彼らはどうなった?
「まさか……」
脳裏を過ぎるその予想を、必死で振り払おうとする。戦慄で冷えた体を想いの熱が這った。
「行こう」
「く、クロード?」
クロードの言葉に、一同が驚く。
「本気で言っているのか?」
「僕は英雄だ。英雄として、その務めを果たさないと」
「それは……だが、あんなものを相手に、勝てるわけが……」
戦士としての誇りを持っていたエルフ・メイヴですら、あの光景を見た瞬間には狩られる側だと自覚させられた。否、滅ぼされる側だと自覚せざるを得なかった。
「それでも、僕は行く」
「なら、私もご一緒しましょう」
クロードの背後に立つは、森羅魔性の魔女・魔耶。
「私たちは安全無欠の英雄。如何なる敵を前にしても、誰一人死なせずにここまで来た。これからもそう。最後のその時まで、最期の英雄なってでも」
「ああ。その通りだ……無理に僕に付き合わなくてもいい。付いてきてくれる人だけでいい」
そう言って、クロードと魔耶はアスファルトの道を歩いて行く。
「ああ……ああもうっ!」
泣きそうなくらいの葛藤を、一声放って終わらせた。メイヴは走って二人を追いかけた。
「……どうせ、アルカディアが落ちたら、俺の理想が叶うかどうかも分からない」
「お、おい、行くのか!」
一人、また一人と、有象無象の群衆は戦う意志を持ってクロードの後を追い始める。
やがて、それは大通りを埋め尽くすほどの大群となった。
ユートピアの軍勢には遠く及ばない。しかし、誰もが戦う意志をもっていた。
確かに皆が心を一つにして、震える手足を黙らせながら、慄く心を昂ぶらせながら、その一歩を刻んでいた。
「やけに騒がしいな」
アルカディアへと戻っていた闇黒の徒の二人は、瞬時にその変化に気付いた。
浮遊し、高い壁の上へと上る。山脈の方向から聞こえる、微かな音。力の感覚。
「どうやら、来るべき時が来たようだな」
「だがこの感覚は……大きすぎる。私たちだけでいけるか?」
「ククク……らしくないなクロウデル、お前もまだまだだな」
ケイオスは手の平を上に向けて翳す。暗闇がケイオスの周囲に漂い、手の平には闇黒が集う。
そして一瞬の衝撃とともに、大きく眩い、黒の六角水晶が顕現した。
「俺たちの闇黒の力は孤高にして究極。それを疑った時点で、お前は闇に見放されるのだ」
僅かに顔をクロウデルのほうに向け、邪悪を装うように、しかし穏やかに笑む。
「最も信頼すべきは己の闇だ。自分の闇を信じろ。そうすれば、闇黒は必ず応えてくれる」
「ああ……そうだな。お前の言うとおりだ。私らしくなかった」
クロウデルは、瞼越しに魔眼に触れる。
「私の邪気眼は最強……幾千万の敵さえ貫いてみせる」
「さて、私も準備するとしようか」
このまま無抵抗のまま、ドクの気まぐれに滅ぼされるのはごめんだ。一応、ここは自分の理想国家。
「自らの国、自らの理想。自身の手で守らねばな」
アルカは腰を上げ、玉座を後にする。城の通路を抜け、城の演説スペースへと向かう。
高く、街の東西南からならばどこからでも見ることが出来る、城の高い場所にあるスペースに立ち、アルカは声を国中に響かせるための魔法を使い、そして語る。
「アルカディアに身を置く全ての者たちよ。私は国王・アルカ。皆、私の話を聞いて欲しい」
街行く人々が皆一同に足を止め、城のほうを見る。魔法によって拡がる声は家屋や建造物の内部にも響き渡り、外に出てくる者もいた。
「現在ユートピア軍が強大な勢力を持ってこちらに進軍していることが分かった。これから、ここは危険に晒されることになる。そこで、住民は皆、城の地下施設に避難してもらう。もし戦える者がいるならば、無理にとは言わない。どうか力を貸して欲しい」
アルカディアは戦場となる。それは避けられない。相手はあのドクの製作した兵士たち。安全無欠、救国の英雄といえどただでは済まないだろう。
「久々に、私も手をつけるべきか……本当に近づいているんだな。その時が」
感慨深げにアルカは自国の景観を楽しむ。すぐそこに敵が迫っているなどと、微塵も感じさせない笑みを浮かべていた。
「あと一日でも遅れていたらと思うとぞっとするな」
カラカラと笑って言うのは、アマゾネスのリューテ。アトランティスの屋上から陸地の方を眺めている。
そして、隣にはレイアとティターナ。
「さて、レイア。お前は奴らと戦う覚悟があるかや?」
「…………」
絶望的なまでの戦力差。圧倒的なまでの勢力を目の当たりにし、レイアですらそこに迷う。
「フフッ、だからお前はいつまでも半端者なのだ」
「なにを……」
「己の理想のために、命の一つや二つかけられないようでは、この世界ではいつまで経っても二流ということだ」
「……そんなこと」
「カカカッ!おかしな話よ。生き永らえねば理想など叶えられようはずもない。しかし、命をかけねば理想には手が届かない」
しかし、それがこの世界の本質であった。とはいえ、この世界に来るまでに、誰もが理想以外のものを捨てるという経験はしている。命をかけることも。
「この世界では、理想への執着が直接、力に関わってくる。ならば、何者にも負けぬという想いがなければ、理想など、『敵う』はずもない」
それが例え、百鬼夜行のような、機械や異形をごったにした軍勢を相手にすることになったとしても。
それでも自分の理想は、誰にも屈することはないという想い。
「どれほどの力があれば、あの軍勢に敵うのか、ではない。どれほどの相手であれ、自分の理想には敵うまいというほどの想いを持て。そうすれば、きっと理想は応えてくれよう」
「何故……なぜ今更そんなことを、私に」
「なに、身内にアドバイスしたくなったと言うだけの話。それがたとえエルフなんぞとつるんでいる、未熟な不出来者であろうとな」
「……一応、感謝はしておく。だが……」
「若い。だが賢明だ。努々、その意識を忘れるな。では私は愛しのフィアンセの元に戻るとしよう」
それぞれがそれぞれの理想を抱きながら、命を賭した戦いに臨んでいく。
それは後に地獄の一週間と呼ばれる、長い長い悪夢の始まりであった。




