37話目 迸る光
理想の自分を顕現させ、理想を用い、己の理想を実現させることの出来る、理想の世界。
理想郷・ネクストワールド。
今その大地では、二つの理想の国。理想郷アルカディアと理想郷ユートピアの戦争が続いている。
ユートピアの侵略を止めるため、そして自らの理想を叶えるため七人の夢追い人……理想家が西へと進んでいた。
ユートピア軍の車両に乗り込み、砂漠の理想郷ガンダーラから西北西に突き進む。
やがて砂漠地帯を抜け、久しぶりの草原に辿り着く。
道はユートピアが舗装したアスファルトの上を走っているため、なんのトラブルもなく走り続けている。
「しかしまあ、一人が妖精になってある程度余裕が出来たが……やっぱり七人乗りはきついな」
赤い髪をわしゃわしゃとしながら、傭兵のグレイは誰ともなく呟いた。
そこまで大きくない車だったため、肩と肩が常に接触するくらいには狭い。
「ほんとね。ガンダーラで新しい車とか手にはいらなかったの? 一応、前はユートピアの施設だったんでしょ?」
そう問うのは後部座席の真ん中でサンドイッチの具になっている結城、の頭に避難しているピクシーの妖精・チェリー。
「……そうすりゃ良かったな」
「失念してたってわけね……」
「私は結城と密着できますし、この車でむしろ好都合でしたわ」
金髪の少女。パーヴァートの魅惑の新月が結城に擦り寄ると、チェリーが激しい科学反応が起きたように文句を放ち始める。
「ちょ、あんたもっとそっち寄りなさいよ! 結城はもう限界よ!」
「あら、何が……」
「ん? 何が限界なんだ? あっ、もしかして長旅で大分溜まって……」
「銀風、あなたは相変わらず下ネタが好きですわね」
「ふふ、そう言う新月も今なにか口走りそうになっていたようだが?」
銀色の髪、青と金のオッドアイ。パーヴァート・彩の銀風。
彼女は新月を攻めてみるが、彼女自身はひらりとかわす。
「あら、気のせいではなくて?」
車内の騒がしさに、長い銀色の髪と透き通る青の瞳の少女。剣神少女・レイラン・シルファンは結城のみを案じ始める。
「マスター、ご無事ですか? 少し休憩なさいますか?」
「いや、大丈夫。ありがとうレイラン」
「勿体無きお言葉、恐れ入ります」
戦場らしからぬ、気の抜けたやり取りをしながら、しかし結城たちは確実にユートピアへと近づいていた。
「何か……何、この……」
長い黒髪を後ろでツインポニーテールにまとめ、しかし前髪はしっかり目まで隠してるパーヴァート、黒の淫夢が何かを呟いている。
銀風が彼女の様子の変化に気付き、声をかけた。
「どうした淫夢? 乗り物酔いか?」
「う、ううん。何か、私を改造した博士が、何かを言っていたような。とても大切で、重要な何かを……」
唸り、なんとか頭の片隅に引っかかる記憶を引っ張り出そうとする淫夢。
「私も手伝おう。私が干渉力で直接そっちの記憶に入り込んで探してみる。案内は頼む」
「わ、分かった。お願いね」
淫夢は目を閉じる。銀風は淫夢の頭を抱き寄せて、自分の頭を淫夢と接触させた。
「これは……研究所か。って痛い! なんだこの痛さは!」
「く、薬の副作用の時の傷みだと思う」
「こんな傷みに耐えてきたのか…ここら辺か?」
「うん、その辺りだと思う……」
そしてしばらく二人は沈黙する。
その沈黙を破り、グレイが間をつなぐために話出そうとした次の瞬間。
「グレイ! すぐに引き返せ!」
「ッ! おいッ! なんか光ったぞ!」
ほぼ同時に重なる声。直後、膨大な青の光に飲み込まれた。
海上要塞アトランティス。
ユートピアの一人の科学者が考案、設計、開発した巨大な一つの要塞にして、国。
今は傭兵たちにとっての大きな戦力と移動できる拠点と言う役割を果たしている。
肩身の狭い思いをしていた傭兵たちは、意気揚々としていた。
「朱、安全無欠ですら突破できないって、どんな感じなんですか」
ビル郡の一角、小さな喫茶店のテラスでお茶をする二人。
一人はセミロングほどの銀色の髪の少女。その名はアイス・バイエルン。傭兵の娘。
そしてもう一人は、この青空や日差し、このカフェテラスまで、何もかもが不釣合い。
漆黒の髪、眼、衣服、銃……その名は朱。死神と畏れられるガンスリンガー。
「気になるか。そうさな、それは……不死身でもなけりゃ掻い潜れぬ。それほどの破壊を齎す領域といったところか」
「不死身でなけりゃ……って」
「私はいくらでも死ねるから問題ない。逆に言えば私でもなければたどりつけない」
「なら私は……運がいい」
朱は吹き出して笑う。
「ハハハ、お前は本当に見所があるな。大抵はひよっこのそれだが、ところどころはイカれた戦争屋だ」
「あの男のおかげですよ」
今でも鮮明に思い出せる。その名、その姿、その死に様まで。アイス・バイエルンが処女と共に銃弾をくれてやった相手。
「せっかくの戦争だ。隅々まで味わいつくしてやりますよ」
青白い巨大な光が、しばらくすると嘘のように止んだ。
「いたた……みんな、無事か?」
「レイラン、無事です」
「なん、とかね……何よあれは!」
「グレイ、生きてるぞー」
「生きてるぜ!」
「大丈夫です。一応、とっさに障壁は張りましたけど……」
「銀風? 銀風! しっかりしなさいな! 銀風!」
「ぎ、銀風!」
車は横転していた。各々がなんとか這いずって外へと脱出する。銀風だけが気絶していた。
「銀風! 目を醒ませ銀風!」
結城が声をかけてもいっこうに目覚める気配が無い。動揺する結城に新月が肩を掴んで落ち着かせる。
「大丈夫ですわ結城。ただの気絶ですもの」
「き、気絶?」
「ええ。あの光を察知した銀風は、強引に淫夢との記憶の共有を断ち切り、車を覆うように障壁を張ったのですわ。咄嗟のことだった上に、光のあまりの破壊力で数瞬持ちこたえるのがやっとみたいでしたけれど、その一瞬で私も障壁を重ねられましたわ」
「はい。銀風さんの障壁がなければ、私の魔法障壁間に合いませんでした」
「そうだったのか……」
咄嗟の、不意の出来事とはいえ、銀風、新月、ローラの三人がかりでやっと防げる破壊力。しかもどうやら車は大きく吹き飛ばされ、東に戻されてしまったらしく、西の方向の舗装された地面は完全に消失していた。
「ありゃ一体なんだったんだ……こっからじゃ双眼鏡使っても見えん」
「うーん、私の視力でもちょっとまだ見えないぜ」
「私が目に魔力を通して見てみます」
ローラは魔力を目に付与し、魔眼・千里眼として機能させて西の果てを覗く。
「……高い、壁。高い、建物……いまいちよく分かりません。どれが光を発生させたのか……」
「ローラ、そのまま観察を続けてください」
そう言って前に出るのはレイランだった。
「れ、レイラン!? 危ないって戻れ!」
「マスター、ご心配なく。車内ではムリでしたが、剣が振れるなら……おそらく二度までは耐えられます」
そう言うとレイランは抉れた地面に足を踏み入れる。
「待てって。じゃあ俺も行くから……」
「あの光が万が一、微かの可能性ですが、マスターの力を上回ってしまうかもしれません。マスターの力にはまだまだ将来性があります。ここは私に」
こうなるとレイランは頑なだ。天地がひっくり返ってもその意志は曲げない。
「……分かった。気をつけて。必ず生きて戻れ」
「御意、仰せのままに、マスター」
レイランは後方の仲間に当たらぬよう、横に移動してさらに接近する。
「ローラ、なんか動きあるか?」
「ううん、蓮華ちゃん。まだ何も……」
徐々に、徐々にレイランは近づいていく。相手の射程がどれほどのものかも、この一回で見極めようとしているのだ。
極大の破壊の光。それを受ける覚悟。その恐怖は如何許り(いかばか)か
ジリジリと足を進めて行くレイラン。剣に手をかけ、引き抜く準備をする。
「動きありました! 光ってます。中央の高い塔の、何か……水晶?」
するとレイランは剣を引き抜き、構える。
「レイランが剣を抜き身で構える……?」
レイランは基本的に剣を鞘に収めたまま戦う。それにどういう意図があるのかはわからないが、とにかくいつもの戦闘態勢とは違う。それほどの威力があるということか。
「来ました! 弾着3、2、1、今っ!」
「ちッ、えりゃァッッ!!」
高速で迫る光が眼前に迫り、間合いに入った次の瞬間、逆袈裟懸けに斬り上げられた光が、左右に断たれた。
「やった!」
結城が声を上げる。だがレイランは剣を上段から正中線をなぞる様に斬り下ろす。
「結城、あのままじゃあの人死ぬ!」
チェリーからの唐突な警告に、結城は一瞬混乱した。だが、その言葉が真実かどうか、懐疑することも、推理することも、予測することもせず飛び出した。
再び、破壊の奔流は止む。
「……なッ!?」
驚きの声は、レイランから発せられた。
「マス、ター?」
「……レイラン、怪我はないか?」
レイランは結城の腕の中で自分の身体を確認する。
手腕、良し。脚部、良し。背部、腹部、胸部良し。剣……破損。
「……申し訳ありません。マスターから頂いた剣が」
お気に入りだった方の両刃剣、タコーバ。その刃は切っ先から中ほどまでが蒸発、消失してしまった。
「それだけなら、良かった」
「申し訳ございません。マスターにこのような危険なことをしていただくつもりは……」
「今はそれより、ここから離れた方がいい。せめてアレの射程外へ」
結城の光を防ぐために翳していた左手がぶらりと下ろされた。
「マスター、左腕は……」
「ん? あれ?」
状態を確認しようと力を込める。否、力を込めようとするが肩から先がまったく反応しない。
「あれ……」
「おいお前ら! イチャイチャするのはいいが、せめてここから離れてからにしてくれ!」
グレイの声で混乱が解ける。気を取り直し、結城とレイランはひっくり返ったままの車の方へ歩いて行く。
「へぇ、あれを何とかできるとはねぇ!」
ディスプレイだけが部屋の明かりとなっているこの研究室で、博士は映像を見ては興奮する。
「でもまだ最低出力だ。まだまだこれからだよ。まだまだね……フヒヒ、やはり私の作った死神こそが最強の存在なんだろう!? そうなんだろう!? ひゃははは!!」
暗闇に響き渡る哄笑。かと思えば、それはすぐにピタリと止む。
「そろそろ死神も動き出す頃かな。ああ、楽しみだなぁ。会いたいなぁ! 早く僕を殺しに来ておくれ!? 私の死をもって、私の研究は完成する。私の亡骸を以って、私の最強は完成するッ!」
壊れた機械のように、笑っては止まり、笑ってはまた止まる。独り言は止まず、その狂った博士の研究もまた、止まることはない。
マッドサイエンティストは再び、新たな実験に着手しはじめた。
ガンダーラの英雄部隊、損害状況。
結城、左腕を負傷。麻痺により使用不可、回復の見込み無し。
銀風、昏睡状態。回復の見込み無し。
グレイ、軽傷。
結城たちは充分すぎるほどに離れ、そこでテントを張った。
グレイは傷を負いながらも料理を作り、結城と淫夢は新月から診察を受けている。
レイランは心配そうに結城を見つめている。
ローラが魔眼でユートピアの動きを警戒し、蓮華はローラに付き添っている。
「結城と銀風の負傷の原因は察しがつきますわ」
銀風が昏睡中のため、パーヴァートに関しての見解は新月からしか得られない。
「どちらも急激な妄想の変更と、妄想超過のせいですわ」
「詳しく頼む」
「パーヴァートの力を行使すると、その後、もしくは最中に眠気に襲われることがありますわよね?」
確かに、トンネル入り口での戦闘の後やクロードとの戦闘の後は酷い睡魔に襲われた。一時的なものだったが。
「ああ、確かに。俺は睡魔に弱いから困るな」
「淫夢のほうは?」
「そ、そうですね。私もよく眠くなります。軽いときは少しすれば治りますけど」
「それは自慰や、情事の後に寝てしまう人が少なくないのと同じなのですわ。それほどまでに、干渉力を扱うのには体力と精神力を必要とする」
新月は銀風のほうを見る。未だに目覚める気配はなく、寝息を立てているだけだ。
「人の記憶を探るときは、相手に悪影響を及ぼさないように慎重な妄想が必要になりますわ。そこから咄嗟にあの光に対する防御に切り替えられたのは、銀風ほどのパーヴァートだからこそ出来たのですわ」
新月が結城以外の人を褒める。しかも銀風を。あまりの珍しさに結城の目が瞬く。
「しかも光の威力は予想を遥かに超えて凄まじかった。いかに銀風といえど、不意の一撃であの威力は防ぎきれなかったのですわね。その分、体に負荷がかかったのでしょう。むしろただの昏睡だけなら運が良いほうですわ」
次に新月は結城の左腕に目を向ける。おもむろに手、手首、腕、肩と触れていく。
「肩から先の感覚がありませんわね?」
「……」
「正直に。誤魔化しても治りませんわよ?」
結城はちらりとレイランの方を見る。未だに心配そうな眼差しを向けてくるレイランに、これ以上の気苦労を負わせたくなかった。しかし、ならそれこそ早く治さねばならないと思い直す。
「ああ、力も入らないし、触れられてる感覚もない。完全に痺れたみたいだ」
寝ている時にふと目覚め、腕が体に潰されていたことがある。手を引き抜くと、手にまったく力が入らずにだらんと垂れた、そんな経験があった。
あの時はマッサージをしていくに連れてじんわりとした傷みと共に感覚が戻っていったが、今回はそうはならない。
「簡単に言えば、細胞が完全に眠ってしまっているのですわ。気絶していると言い換えてもいいですけど」
「細胞って睡眠をとるのか……?」
「人の思考は脳髄ではなく、一つ一つの細胞が行っている。なんて話を聞いたことありません?」
遠い昔、似たような話をどこかで、何かで見たか、聞いたか、した気がする。
「思考も記憶も感受も、すべては細胞一つ一つが行っている。脳はその情報を全体に伝達する媒介でしかない。ここでは詳しい話は省きますけれど、つまり、全身の細胞が稼動、妄想することで、干渉力というのは生み出されているのですわ」
そして睡眠はそれらに休息を与えるためのもの。銀風は今、自身を強制的に休めている。
「銀風は咄嗟に切り替え、防御に徹した。彼女の場合は単純に負荷がかかりすぎただけの、いわゆる過労ですわね。赤マムシでも飲ませておけばいずれ意識も回復するでしょう」
適当に言ってのける新月。だが、結城に向ける眼差しが急に深刻なものになる。
「ですが、結城。貴方の場合は少し異なります」
「というと?」
「あなたは左手でアレを真っ向から受けた。そして右手……いえ、左腕以外の全身で自身とレイランを保護した。これが不味かったのですわ」
「つまり……」
「あなたの左肩から先に、あの光の負荷を全部背負わせてしまった。左腕の細胞は力を使い果たし、今は枯渇した状態……つまり気絶した」
「要するに筋肉痛みたいなものだろ? ちゃんと食ってちゃんと寝れば治るぜ!」
横から蓮華が入ってくる。このノリの軽さというか、暗い雰囲気を造作もなく吹き飛ばす力が羨ましく思えた。
結城に左腕はつまるところ、同時に別々のことをやってしまい、その上に左腕の負荷が集中しすぎたため、許容量を越えたということだ。
「で、これは治るのか?」
「死んでない限りは回復しますわ。ただ程度によってはかなり時間がかかるんですの」
「そう簡単には治ってくれないってことか」
「申し訳ありませんマスター、私が……」
レイランは耐え切れず、跪いて頭を垂れる。
「レイランのせいじゃない。顔を上げてくれ」
「しかし……」
「左腕一本でレイランを助けられたなら安いもんだよ」
「……」
レイランにとっては気休めの言葉にしかならない。結城には分かっていた。だが、これ以上にレイランにかけるべき言葉が思いつかない。レイランが己の不覚に悔やむように、結城もまた己の情けなさを恥じていた。
やはりどこか暗い雰囲気の中、全員が食事を終え、各々が自由に過ごしている。
結城は新月に言われ、銀風と共にテントの中で安静にしていた。
そして、今までも銀風が目覚める気配はなかった。
「マスター、まだ起きていらっしゃいますか?」
「ああ、まだ起きてるよ。入って」
「では、失礼します」
レイランはテントの中に入る。未だに責任を感じているのか、表情は晴れないまま……勿論、他人が見てもその表情の変化は見て取れないだろう。
「マスター、急なご相談で恐縮ですが……しばらくお暇を頂けませんか」
「えっ……お暇?」
結城は驚きそうになる心を沈め、落ち着かせ、冷静に考えてみる。
従者が主に対して暇を求める。それは、すなわち……
「お、俺が頼りないがっかり主だから……と、とうとう退職願を……」
「違います。そうではありませんマスター。落ち着いて私の話をお聞きください」
レイランに窘められて、結城は一度深呼吸して再び耳を傾ける。
「昔、アルカディアでまだ未熟な剣士だった私が本で見かけた、あの理想郷へ行けば、マスターのお体を回復させることができると思うのです」
「アルカディアやユートピアとは別の理想郷なのか?」
「はい。古い書物に載っていたもので、その名を神仙境・蓬莱。または桃源郷と呼ばれています」
「桃源郷か……」
「そこでは仙術を究めた仙人、神仙が住むと書物にはありました。彼らの力を借りれば、マスターのお体や、ご友人の意識を回復させることも出来るかもしれません。私が連れてきましょう」
仙人、仙術。確かに体を治せそうな気もしなくもない。だが、単独でそんなどこにあるかも分からない理想郷を探すなど無謀ではないか。
「書物に寄れば、ガンダーラの位置からほぼ北方にあり、険しい山脈の頂に広がるとありました」
「いやでもさすがに一人は……」
「マスターたちはガンダーラへと戻り、療養に専念してください。それでは……」
「って、レイラン? レイラン!?」
レイランはすくっと立ち上がり、そそくさとテントを出て行った。
「レイラン……」
「いいの? 一人で行かせて」
ふとそちらを見ると、横に眠る銀風の影からピクシーが姿を現した。
「良いわけない、さすがに。一応、ここは敵地の只中。ユートピアの領地だ。しかもその仙境とかいうところの奴らが友好的かどうかも分からないのに」
「なら、レイランを追うのね?」
考えるまでもない。結城は即答する。
「勿論だ。レイランは俺にとって大切な……」
そこで、思わず言葉が途切れた。
彼女が自分にとって、どういう存在であるのか、それがいまいちイメージできなかった。
レイラン・シルファン。この世界において最強と謳われる剣士であり、才色兼備、眉目秀麗な絶世の美女でもある。
初めての出会いは闘技場。レイランは対面した騎士にたいして様々な剣術で翻弄し、勝利し続けていた。
彼女はどうやらこちらに気付いていたらしく、それを知ったのはグランプリでの決勝戦で会話をしたときだ。
結城の従者となり、結城を主としたい。
彼女は言った。結城が必要なのだと、自分こそが必要なのだと。
自分が誰かに必要とされることなど、今までにあったか。思い出せる限りでは、皆無だ
前世において、肉親、仕事場で何度かあったかも分からない。だが、それは所詮、都合の良い人としてに過ぎない。
自分を求められ、自分に与えてくれる。そんな存在はレイランしか知らない。
「欲し与える。恋し愛する。それこそが恋愛の本質だ。」
では、これはつまり、そういうことなのだろうか。自分はレイランに……
「あーもう! なにウジウジ考えてるのよ!」
シビれを切らしたチェリーが怒鳴る。
「色々あるだろうけど、結局は大切なんでしょ? ならいいじゃない。大切な人で。とりあえず今は!」
大切な人。その言葉で、胸のつっかえが取れた気がした。何かが腹にストンと堕ちるような。
「そうだ。大切な人……それだけは間違いない」
「だったら、どうするの?」
チェリーの言葉には答えず、結城は立ちあがり、テントを出ていった。その行動こそが応えなのだと、お互いに分かっていた。
「うおっ!」
テントを出ると、すぐ目の前にグレイが居た。
「どうしたんだよ結城、無理しないで寝てたほうがいいぞ。あ、トイレか?」
「グレイ、レイランを見てないか?」
「レイラン? そういえばあっちに行った気がする。花でも摘みにいったんだろ?」
「ありがとうグレイ」
「あっ、おい!」
グレイの声に振り返ることもなく、結城はグレイの指差す方向へ向かった。
「まっ、何かしらあったんだろうな」
方向は大体北西。やはり蓬莱に向かったのだろう。
と思っているうちに、すぐにレイランに追いつく。
「待ったレイラン」
「っ! いけません、マスター。きちんと体を休めなければ……」
力の入らない左手を右手で抱えながら、結城は走ってレイランの傍に駆け寄る。
「徒歩で行くつもりだったのか?」
「車は皆さんがガンダーラに戻るときにお使いになるでしょう」
「……俺も行く。いや、俺たちもだ」
きっぱりと、頑なに意思を持って告げる。
「しかし、マスター。あそこには邪仙などの害成す者もいるようです」
「足手纏いって言いたいのか?」
「いえ、そのようなことは……ですが、マスターにもし万が一のことがあれば、私は……」
「俺だって、レイランにもしものことがあったらと、心配なんだ。もしそんなことになったら、俺は罪悪感で自殺する。間違いなく」
その言葉で、レイランの何かが揺らいだらしく、動揺を見せた。
「ですが、マスター。しかしそれは……」
「なら、勝手についていくだけだ。……左腕を失って、今度は右腕にまで居なくなられたら困る」
「マスター、そこまで……」
右腕、それは信頼の証。
結城とレイラン。主人と従者。今はそんな関係でしかない。だが、それでいい。今はそれで充分。
「恐れ入りました、マスター。明日の朝、改めて出発しましょう」




