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36話目 ネクストステップ

「クロード、体のほうは……」

「ああ、大丈夫。魔耶さんとメイヴの魔法のおかげで大分楽になったよ。ありがとう」

「それは、良かった」


 安全無欠の英雄たちは最寄の宿屋で身体を休めていた。

 クロードはベッドに横になって、魔耶から治癒魔法を受けている。

 思わぬ乱入者、救国の英雄によって魔耶の計画は完全に打ち破られた。主にも知られた。

 もはやここには居られまい、魔耶は意を決してクロードに告げる。


「クロード、私は……」

「魔耶さんの魔法があんな簡単に破られるなんて」

「えっ、あっ、はい。予想外でしたわ。救国の英雄があれほどの力を持っているとは。私もまだまだ修行が足りないわねぇ」


 魔耶はこの世界の魔法使いではかなり上位に位置する強さだと自負できるほどの力を持っている。

 少なくとも魔女ローラが参加するまでは、この戦争では一番の実力を持ち、戦果を上げた魔女のはずだ。


「僕も結城に負けちゃったし、お互い少なくとも二番目以降だね」

「クロード、私はもう、あなたと共に旅をすることは……がっ!?!!」


 ゴンッと魔耶の後頭部が打たれる。メイヴが鞘の付いたままの剣で叩いたのだった。


「いっ……たぁ……」

「いい加減気づけ。クロードは、お前を許そうとしているんだ」

「痛ぁ……気付いているわよ、そんなの。でもこれを許してしまったらクロードは……」

「許す許さないは僕がきめることじゃない。結城だ」


 確かに結城は被害者である。だがここまで過激な魔耶の勝手な行動が知られれば、クロードに飛び火することも考えられる。これは魔耶が一番避けたいことだった。


「それもこれも、全部は結城が握っている。彼が勝者だからね」

「ごめんなさいクロード。私の勝手な行動でこのような……」

「僕はいいんだ。むしろ嬉しいんだ。僕のためにここまでしてくれたことが。だから、魔耶が許されなかったとしても、僕は魔耶を守るよ」

「それは……へっ!?」


 普段から冷静でお淑やか、落ち着いた雰囲気を醸し出す魔耶が、珍しく頬を染めた。


「そ、そそ、それは、あの、ぷ、プロポーズ的な……いだっ!?」

「冗談も大概にしろ。クロードも、人のことより自分のことを心配しろ……苦しいんだろ?」

「ははは……うん、この世界では初めての敗北だけど、こんな感じなのか……辛いな」


 胸が強く締め付けられるような感覚がクロードを襲っている。

 それは理想を挫かれた者が味わう心の傷だ。


「しばらく療養すれば直る。今は栄養と睡眠を取って、英気を養うしかない」

「ああ、そうだね……でも、明日は結城に謝りに行くよ」




 ケイオス・エル・ハザード・アブソルートとシン・クロウデル・ダークロード。

 前世にて、出会いから死ぬその時まで、中二病と邪気眼を現実の中で貫いた二人。

 彼らの抱く理想は、究極の中二病として頂に立つこと、遊び半分の中二病を駆逐すること。

 そして、中二病の魅力を世に知らしめることと、永遠に二人共にあること。


 彼らの実力の底は計り知れないが、ともかく友好的で良かった。

 結城がそう思っていると、クロウデルが新たな話を始めた。


「お互いよく知り合えたところで結城、貴方に紹介したい人がいる」

「紹介? 闇黒の徒には三人目がいるのか?」

「いや、そういうわけではないが。ほら、出てきて……ちょっと、ほら」

「ちょ、まっ、ムリムリ……ほんと、ムリだって……いたたっ!羽は、羽はやめ……ああっ!」


 クロウデルが懐から何かを摘んでこちらに向ける。

 結城は目を見開いた。もはや懐かしさすら覚える知り合いの姿がそこにあった。


「……………」

「……………」


 何も言えない。言えるわけが無い。何をどう話せばいいのか。

 かたや、目覚めたら置手紙一つ残された男。

 かたや、思い定まらずも手紙一つで別れを済ませてしまった案内妖精。


 案内妖精・チェリー。

 見紛うことは無い。ピクシー特有の小柄な体。ピンク色の長い髪。妖精が持つ透明な羽。

 まさしく、この世界で初めて出会った幻想の存在だ。


「ひ、久しぶりね」


 ぎこちないながらも、なんとか第一声を搾り出す。


「あ、ああ。久しぶり……」


 話したいことは山ほどあった。聞きたいことは山脈ほどに。

 だが、とにかく何を言うべきか考えた。まず最初、自分から切り出す言の葉は……


「おかえり、チェリー」

「……ただいま」




 結城たちは今外に居る。適当な、高い建物の屋上で夜景を眺めている。

 結城としては、今更チェリーがどのような感情や想いをもって自分の元を離れたのかは興味が無かった。

 とはいえ、いざ目の前に現れ、再会を果たした今となっては、聞けるなら聞きたいことでもあった。


「なあ、チェリー、どうしていきなり」

「それはね」


 二つの意味で問う結城に、チェリーはまず離れた理由から話し始めた。


「嫉妬、かしらね」

「嫉妬?」

「あなたが、ちょっと順調すぎたから……私はね、あれが初めての案内だったのよ。いわばデビュー戦よ?」

「じゃあ、そろそろ案内妖精っていうのがどういうものなのか、から説明してくれないか?」

「……っ!」


 するとチェリーは照れくさそうに顔を背けながら、ひらひらと結城の周りを飛んでは、大きな肩に小さな腰を落ち着けた。


「し、仕方ないわね。今の私なら案内妖精の案内くらい朝飯前よ」



 案内妖精。それは妖精たちがアルカディアから頼まれている仕事だ。

 数多くの人外、魔物たちが人間と同じ国で生きていくには、それぞれの特徴を活かせる仕事が必要だった。

 妖精の場合は、この世界に来たばかりの理想家たちに、この世界とアルカディアという国の案内をしてやることだった。

 妖精たちはその仕事をこなすことで給金を貰い、社会に参入することが出来る。

 案内と言っても、懇切丁寧なレクチャーでなくてもよい。最悪、重点が書かれたメモを押し付けるだけでその仕事は完了とみなされる。勿論そのメモは検閲されるが。

 妖精は小さく、そして飛べる。魔力や生命にも他の種族より敏感なので、割と適していた。


 チェリーは初仕事ということで、鋭い感知能力を持った妖精王の助言に従い、草原のど真ん中に現れた生命体に対して案内をすることになった。


「私の初めての相手……それが結城、あなただったのよ」

「その誤解を招く言い方はちょっと」

「正直、面倒くさかったし、人間なんてどうでもいいし、ちゃっちゃと終わらせてメモ渡してお金だけ貰って帰ろうと思ってたわ」


 容赦ない考えに結城は苦笑しかできなかった。


「相変わらず冴えない笑い方ね」

「まあ、これはクセみたいなもんだから」

「で、貴方を見つけてしばらく観察してみたけど、貴方は他の理想家とは妙に雰囲気が違ったのよね。なんていうか、こう、理想にがっついてないというか……落ち着いた感じ?」


 普通なら、周囲をきょろきょろ見回して、混乱した様子を見せるものだ。

 だが、結城は違った。至極落ち着いていた。まるでいつものことのように。


「それでも妖精一匹見つけただけで大はしゃぎするくらい子供っぽいし、見ていて飽きなかったわ」

「えへへ、それほどでも」

「褒めてな……くもないわ」


 しかし、ならばどうして自分の元を去ったのか。チェリーはそうね、と口を開く。


「私の理想、聞いても笑わない?」

「笑わないよ」

「私の理想は、素敵な人間と一緒に過ごすこと」

「素敵な人間?」

「そう。優しくて、強くて、私を好きになってくれる人と一緒に居たい」


 まるで乙女のような夢。だが、その夢は確かに綺麗だ。


「あなたは人の常識に囚われない優しさの持ち主だったわね。人肉を受け容れたりとか」

「人の常識に囚われない……か」

「それでも人の常識を尊重するところもあって、それでも自分の意志を貫く強さがあった」

「そんな、俺にそこまで大層な強さはないよ」

「グランプリ優勝した奴が何言ってんのよ。ガンダーラの英雄なんて呼ばれてるし。あの安全無欠の勇者まで倒して」


 強さ。それは自分の意志を貫く力だ。だが結城は、その行使に歯止めをかけてしまうことがある。

 その思いやりこそが優しさなのだ。


「強くて優しい。私の見込みどおり……いえ、貴方はそれを上回った。でも……」

「でも?」

「……私と貴方は、結構意見が食い違ったでしょう?」


 思い返すのは簡単だった。

 まともに働くことを避け、戦いを選び、そして戦争にまで参加した。

 どれもこれもチェリーは反対していた。結城の意志の前に立ちふさがっていた。


「戦争に参加するって宣言された時に気付いたの。私は、貴方とは合わないんだって」


 自分はいつも彼の進む方向に立ちふさがっていた。

 強く、優しい結城の前に。そんな私の意思まで気にかけてくれる。

 自分は彼を惑わしている。彼の生き方を邪魔しているのだ。

 彼にとって、自分は不要だ。むしろ異物で、障害物だろう。ならば、これ以上、彼の傍に居るべきじゃない。

 私は、彼とは合わないのだ。


「……そんなことを考えてたのか」

「でもね、やっぱり自分に嘘をつき続けられなかった。だから、恥を忍んで貴方に会いに来たわけ」


 そうしてチェリーは語り終え、結城の方を見る。


「ねえ、結城」


 チェリーの手が結城の頬に触れる。


「私、貴方が好きみたい」


 結城の体が緊張するのが、チェリーには分かった。


「私、戻ってきてもいいかな。貴方のところに、傍に置いてもらえるかな」


 チェリーも同じだった。結城の頬に触れるその手は、微かに震えていた。

 結城の中で、応えは決まっていた。

 だが、複雑なその想いを、どう言葉にして答えればいいのか、分からなかった。

 それでも、不器用な言葉を紡ぎ始める。


「……俺は、人の期待に応えられるほど強い人間じゃない」


 自分にのしかかる期待。それに応えるのは義務なのか、それとも裏切る自由もあるのか。

 それもまた、強さが示してくれることを、結城はこの世界で教わった。自分の妄想から授かった教えだ。


「俺はこれから、自分のやりたいことを、やりたいようにやる。そう決めたんだ。だから、チェリーもそうしてくれ。お前が俺の傍に居てくれるっていうなら、俺はそれを歓迎する。だから……」


 結城が出来る最大限の答えだった。結城の言葉はそこで止まった。

 訪れる沈黙、夜の静けさ。下から聞こえる人々の喧騒……


「……ぷっ」


 チェリーは笑って、沈黙は破られた。

 

「あはははっ! 本当に相変わらずねあんた! うひひっ! お腹、痛いわ!」

「お、おいチェリー?」

「くふふふ……ふぅ。私、決めたわ!」


 するとチェリーは結城の肩から飛び降り、ひらひらと羽ばたいて結城の眼前に浮かぶ。


「私は、貴方の傍に居る。決めたわ。文句ないわね?」

「あ、ああ。勿論……」

「あと、あとね、貴方に好かれるようになってみせるわ!」


 唐突なチェリーの二つ目の宣言。結城は呆気に取られた。


「私が抱く理想、それに釣り合う様に、私自身を磨く。そしてあなたの目を、いずれ釘付けにして見せるわ……かならず、ね」


 それは一匹の妖精の、一人の乙女の宣誓にして宣戦布告だった。




「これでいいんですの? 向こうの圧倒的有利のようですけれど」

「ああ……いや、彼女はこれでやっと私たちと対等タメだ」


 結城たちの姿を、海辺にある施設の屋上から除き見る二人の姿。


「銀風、もしかして貴女……」

「そうとも新月。ここまで来て、ここまで好条件が重なっている。ならもうやるしかないだろ」


 数多くの物語が存在し、その中でも人々の理想の一つであり、しかし存外にそれが描かれることの少ない、まさにある種の個人的な理想郷。


「創るしかない。私たちの理想郷ハーレムをッ!」


 銀風の言葉に、新月は呆れの吐息をこぼす。


「さすがはパーヴァート・<七色プリズム妄想パラノイド>の元相棒ですわね」

「ふふ……そのハーレムに私も加われば、誰もが幸せハッピーエンドだ」

「そうかしら。普通、好きな人は独り占めしたいものでしょう? 無益な争いが繰り広げられそうですけれど」

「新月、分かってないな。結婚して、はい終わり、なんて考えだから熟年離婚が増えているんだぞ」

「ええ……」

「競争は人を磨く。ハーレムという競争の中ならば、よりもとめ、よりあたえようとする。恋愛の正しい在り方だ。争いが必ずしも無益とは限らない」


 自信満々に語る銀風から目を逸らし、新月は再び遠くの結城に目を向ける。


「まあ、あなたが良いなら別に構いませんわ」

「んっ? お前は反対すると思っていたが。独り占めしたいんじゃないのか?」

「馬鹿を言いなさい」


 新月はくるりと舞って、銀風の目を見据える。


「私はパーヴァート・魅惑の新月ですわよ? ハーレムなんて絶好の舞台、逃すと思いますの?」


 今度は銀風がやれやれと息を吐いて、両手を挙げた。


「まったく、お前には敵わんな。その誇りの高さと強い自信……尊敬に値する」


 他者に決して劣らず、常に己が頂点なる者と信じて疑わないその心の在り方は、いっそ羨ましいほどであった。

 銀風の言葉に、新月は意外そうな顔をして首をかしげた。


「あら、あなたも自信があるから、ハーレムを許容する余裕があるのでしょう?」

「いんや、私は結城が一番幸せになれる道を選択しているだけだ。私は愛情の深い乙女だからな。欲し貪る恋女こいおんなとは違うんだ」

「与えるのが愛とはいえ、愛人という言葉にはそんな雰囲気は微塵も感じませんわね」

「性的快楽を与え合う、つまり愛し合うことだ。恋と愛は表裏一体。与え、欲し、愛し、恋する」

「セックスレスかしら?」

「まあ、ともかくそういうわけだ。協力してくれ」




 暗黒に囲まれた無の空間にて、彼ら理想家を映し出す光だけがあるその場所で、やはり彼はそこに在った。


「おめでとう、結城。君こそが、現時点で最強の英雄だ」


 男は拍手を鳴らしながら、感情の篭らぬ抑揚で言葉を発した。


「君の理想、その強さと高さ、よくここまで証明できた。君ならば、アルカや博士ドクに続き、新たな世界を創れるだろう。神に等しき座に辿り着けるだろう。だが……」


 男は拍手を止め、無表情のまま、光無き眼で結城を見つめる。


「君の理想はまだ何一つ進んでいない。心したまえ。君の理想はまだ始まってすら居ない」


 男が景色を映し出す光に触れると、硝子のようにひび割れ、砕け散った。破片は闇に紛れ、無に飲まれた。


「戦いたまえ、闘いたまえ。そしてこの地に辿り着いたその時にこそ、私は全てを語るとしよう。君が、君自身の理想を叶える術を」




 朝日が昇り、ガンダーラに新しい朝が来る。


「……で」


 結城たちは朝食をとっていた。ナシゴレンというらしい米飯もので、ピラフや炒飯と同じ部類のものである。

 牛肉や海老、キャベツなどが具材として使われており、なによりガーリックと唐辛子の味付けと結城の好みと合致する。欲を言えばガーリックライスのようにガンガンに効かせても良い。


 そんなことを考えながら、結城は周囲を見た。

 斜め左向かいには、闇黒の徒の二人、斜め右向かいには、クロードたちが座り、食事を共にしている。


「結城、今回のことは本当にすまない。僕のせいで……」

「むぐむぐ……んっ。クロード、俺はもう気にしてないから」

「よろしいのですか、マスター」


 いつでも主の身を守れるようにと、右隣に座るレイランが問う。


「今回のことは今までのこととは少々違います。マスターは命を狙われたのですよ?」

「俺もそう思うぜ結城。お前はもうちょっと自衛をしっかりするべきだ。時には非情にならなければ、いずれ……」


 レイランに続き、グレイも同じ意見を述べる。

 結城は二人を見比べて、また料理に手をつける。


「もぐっ……んくっ。レイラン、グレイ、俺はクロードと理想の比べあいをした。全身全霊をもって、言い訳の余地を残さないほどに……そうだよな、クロード?」

「……ああ。悔しいけど、僕の負けだ。でも、次は負けない」

「と、いうわけだ。何も問題はない」

「……あの、マスター」

「ははっ! さすが、結城も楽しみ方が分かってきたな!」


 困惑するレイランとは反対に、蓮華は楽しそうに笑う。


「そうだな、お前が『それでいい』っていうなら、私は『それがいい』と思うぜ」

「蓮華、それはどういう……」

「レイラン、クロードは結城に、次は負けないって言ったんだぜ? 殺しちゃったら再戦が叶わなくなるじゃないか。なら、まずクロードに殺意はなかった。多分、魔耶の独断でやったことなんだろ」

「ああ。魔耶からはすべて聞いたよ。本当に迷惑をかけてすまない。ほら、魔耶も」

「は、はい。この度は本当に申し訳ありませんでした」


 クロードに促されて、魔耶は深く頭を下げる。


「クロードは安全無欠の勇者。最高の英雄、でした。彼の理想を叶えたい、その一心で……」

「ならいいさ」


 結城はなんとも軽く、造作もなく許した。魔耶は呆気に取られ、信じられぬという風な、驚いた表情で結城を見た。


「どうしたんですか? 顔が面白いことになってますよ」

「えっ、いや、そのっ、本当に?」

「だって、それが貴方の理想だったのだから、責めるも何も。ここはそういう方法ルールの世界じゃないですか」


 理想を抱き、死して尚、諦め切れなかった者たちが、理想を遂げるために、最果てまでも手を伸ばし、その理想を果たすための世界。次の世界、ネクストワールド。


「自分の想いに嘘はつけない。やりたいことを、やれるだけ、やれる限りのことを尽くし、やり遂げる。それが許される世界だ。ならむしろ、それはやらねばならぬこと、なんじゃないかな俺は思った」

「それで、自分が、自分の理想が二度と掲げられなくなっても……?」


 魔耶の問いに、結城は少し笑ってから答える。


「俺は俺の理想の強さを信じてますから。それに、俺はまた死んでも、掲げられなくなっても諦めるつもりはないです」

「マスターを死なせなどしません。私がこの命に代えても御守りします」


 キッチリ言い切るレイラン。結城は嬉しさをかみ締めながら、料理を大きくすくって頬張る。


「もぐもぐ……ごくっ。まあ、そういうことなんで、もう気にしないでください。といっても、次やられたらさすがに反撃しますけどね」


 そして結城は料理を食べるのに集中しだした。魔耶はその姿を見て、溜息を一つこぼす。


「……ご遠慮させていただくわぁ。クロードが倒されて、自分の命を狙われてもそこまで言い切る人間、相手にしても勝てそうにありませんからね。クロードに任せることに致しましょう」


 こうして、英雄同士のいざこざは至極あっさりと解決したのだった。

 誰も不満を残さず、誰もが納得し、次の一歩を踏み出せる。後腐れない解決。

 それはまさに、理想的な結末であった。




 朝食も終え、誰もが食後のコーヒーや紅茶を手にしたところで、一同は次の一歩について考える。

 結城たちの場合、これからどこへ向かい、何をするのか。

 クロードたちの場合、結城を連れ帰るという任務を失敗して、それにどう対応するのか。

 闇黒の徒の場合、結城と接触して何をするのか。


「そもそも、どうして俺を連れ戻そうなんてことになったんだよ」

「それは、唐突に居なくなれば探して連れ戻そうとするさ。もう僕たちは同じ軍の所属、仲間なんだから」


 こうなるとまたグレイが皮肉を言ってきそうに思った結城だが、どうやら空気を呼んだらしく、珍しく何も言わなかった。


「でも俺は誰かの下につくの嫌だしなぁ」

「いや、それはそれでいいんだけれど」

「えっ」


 クロードの話によれば、戦果さえあげてくれれば独断専行は大いに結構だとアルカから許しが出たらしい。問題なのは、それによって安全無欠の勇者、現在の英雄の代名詞ともいえる通り名の価値が揺らいでしまうということだ。

 つまり、いい機会だから白黒はっきりつけろということだったらしい。


「万が一、僕が負けた場合は結城と共にユートピアに進撃してくれて構わない、とアルカ王は仰っていた」

「自由な王様だな。で、クロード自身はどうするつもりなんだ?」

「僕は……君についていこうと思う。君の理想なら、きっとユートピアだって倒せる。そう思うんだ」


 結城としては、あまり気乗りしない感じだった。

 ただでさえ人が多いのに、これ以上人が増えてしまってはどうしようもない。

 そもそも人が多いとか騒がしいのは苦手なのだ。


「いや、それはちょっと……」

「僕じゃ足手まといかな」


 意外と結城に敗北したことを引きずっているようだった。理想の勝負で敗北することの意味は、確かに普通の勝負とは違うだろう。


「いや、クロードなら確実に戦力になるというか、でもそういうことではなくて……そうだ。闇黒の二人は、この後どうするんだ?」

「俺たちか? そうだな。ユートピアというのにも興味がある」


 となると、二人もまた結城と同じ方向に向かうことになる。

 結城はどうにかできないかと苦悩していると、店に騒がしい連中が押し入ってくる。


「が、ガンダーラの英雄はおられますか!」


 と思えば、結城を探している傭兵だった。そして、その傭兵に見覚えがある者が結城の側に三人いた。


「んっ? お前ら、ケリーとアンディか?」

「はっ、そうですが……って、あなたはグレイさん!」


 随分と親しげなあまり、結城が問う。


「グレイ、知り合い?」

「ああ。ガンダーラが奪還できた後、短い期間だが訓練してやったこの国の少年兵だ。傭兵じゃないぞ」

「って、あなた方は確かあの時の……あの時はありがとうございました」


 ケリーがセレナと竜人を見て、礼を言うケリー。するとセレナたちも気付き、席を立つ。


「あー、あの時の子供か。俺は何も出来なかったから、礼ならセレナに」

「あっ、いえ、私もそちらのサリマに助けられましたから。こちらこそありがとうございます」


 ケリーとセレナは一度頭を下げあって、微笑みあう。


「ケリー、今はそんなことしてる場合じゃないだろ!」

「そ、そうだった。アルカディア軍から通信が入っています。至急、ガンダーラ軍施設までご同行願います」




 そして結城たちはピラミッドじみた建物に連れ込まれる。

 しかも内装はユートピアに乗っ取られた施設とほぼ同じ。結城はアルカディアで役所の外装と内装の差で驚かされたことを思い出し、懐かしさすら覚えていた。

 この短期間に随分と個性的なものを作り上げたものだと一同感心していたが、それもすぐに吹き飛ばされる。


「アトランティスが乗っ取られた!?」


 結城とクロードが思わず声を上げる。通信機の先で、「はい」と短く答えるのは椿だった。


「だ、誰に、ユートピアにか?」

「いえ、犯人は傭兵側の一人。黒い衣服に身を包んだ影のような人物です」

「それは……」

「マスター、それはおそらく」

「朱だな」


 レイランとグレイは同じ考えを示した。黒い衣服に身を包んだ、影のような人物。これだけで朱と分かるほどに、朱は印象強い存在なのだ。

 ダクストや闇黒の二人を見た後でさえ、朱の濃い影のような印象は埋もれない。


「朱……アトランティスは現在ガンダーラの南側の海域を真横に通り過ぎ、ユートピアの方に向かっています。どうにかそこに追いついて欲しいのです」





 アトランティスは難攻不落の海上要塞であり、ユートピアにおいて不要とみなされた者たちの住処でもある。

 とはいえユートピアの支配下から逃れた現在は、アトランティスにて保護されている。

 なので居住区に民間人は居ないし、作業員は傭兵と投降したアトランティスの兵士たちだけだ。


「悪いが、このまま東に行って貰う。これ以上もたつかれると困るからな」

「……あなたは、何をするつもりなんですか」


 黒い影が、その硬い銃口を銀色の髪に押し当てられている。

 最深部にして動力部、操縦室にして管制室。

 この施設のあらゆる情報が収集、閲覧でき、起動、操縦も可能となるマスタールーム。

 その空間で、朱とアイス・バイエルンは二人きりでいた。

 ふと朱は銃を下ろし、腰のホルダーにしまう。


「なに。お前もこうも静かだと退屈だと思ってな」

「……余計なお世話です」

「いやぁ、すまない。私も最善を尽くしたんだけどね。やはり朱には並のセキュリティじゃ通用しないみたいだ」


 機械の音声が流れる。この要塞から、ユートピアそのものまでを作った天才奇才のマッドサイエンティスト。


博士ドク。お前のことだ。どうせユートピアも今頃魔改造されてるんだろう?」

「うーん、そうだねぇ! まあ彼らのレベルじゃまだ中に入ることさえ出来ないだろうね。たとえ安全無欠であってもね!」


 狂ったように笑うドクの音声ボリュームを最小に設定し、再び朱と対話する。


「安全無欠ですら突破できない守備を、あなたなら突破できると?」

「あんな青二才ではどれほど足掻いても最深部には辿り着けんさ。なに、安心しろ。お前の温い父親よりは何千倍と楽しい思いができるぞ?」

「それは……楽しみですね」


 黒の死神と銀の少女は言葉を交わす。死神の笑みと少女の無表情。二人のやり取りは見た目には噛み合わず、しかしその言葉は確かに互いを理解していた。互いに求める物も。


「では、始めるか」

「私たちの、戦争を」




「あまりお勧めはできませんが」

「私もそう思うぜ。やめたほうがいい。アレは」


 椿との通信を終えた途端に、クロードは朱を追うと言い始めた。

 だが朱と一時期行動を共にしていたレイランと、戦った経験のある蓮華の二人ともがクロードを止める。


「あれはヤバイ。生半可じゃない。いや、マジで」

「はい。私でも朱と戦う時は死を覚悟するでしょう」


 何かとぶっ飛んでいる蓮華、そして神剣の技巧を持つレイランですらが言う。


「朱は一体何者なんだよ……」

「それでも行く。それが英雄としての務めだと思うから」

「まあ、クロードがそうしたいと言うなら、止めはしない。達者でな」

「結城も、気をつけて」


 そしてクロードたちは旅支度を始め、この場を去っていった。

 彼らを見送ると、今度はなぜか


「俺たちはお前を草葉の陰から見守っているとしよう」

「一緒に戦ってはくれないのか?」

「クク……脳ある鷹は爪を隠す。お前がもし窮地に陥った時には力を貸そう。では、さらばだ……」


 そう言い残して、二人は闇に身を包み、闇は地面に吸い込まれるように消え、後には何も残らなかった。


「俺は鷲のほうが好きだな。強そう」

「強い鷲は猿も捕食するそうです、マスター」


 英雄は各々の意思に従い、行動を始めた。結城もまた、再び旅路につく。


「俺のやることは変わらない。このままユートピアに向かう」

「はい、マスター」

「案内は出来ないけど、とりあえず一緒にいてあげるわよ」


 今はレイランよりもチェリーが最も近くに居た。レイランは特に気にしていないようだが、銀風や新月もスルーすることに結城は内心驚く。


「さすがに妖精に嫉妬はしませんわね」

「まあ、敵に塩を送るという奴だな」

「あの、結城さん。ちょっとご相談が……」


 セレナがおずおずと手をあげた。


「えっ、俺?」

「その、こんなことを言うのも失礼だと思うんですが……私は安全無欠の勇者様の方についていきたいんです」


 セレナの唐突な言葉に、結城は驚き、少し考える。


「竜人は?」

「俺は……悪い結城さん。セレナを一人で行かせるのは……」

「なら俺は構わない。そうしたいというなら止めはしないさ」

「ほ、本当ですか?」

「セレナも竜人ももう充分に実戦を積んだ、戦える実力を持つ理想家だ。まあ、何かあったらいつでも戻ってきて」

「あっ、ありがとうございます!」


 そしてセレナと竜人はクロードを追う。


「よろしいのですか?」

「あの二人は偶然行く道が一緒だったってだけだ。そもそも恩返しなんて求めてなかったし、やりたいことが見つかったならそれをやるほうがいい」

「さすがマスター、ご寛大でいらっしゃいますね」


 これでメンバーは結城、レイラン、蓮華、ローラ、銀風、新月、淫夢、グレイ、チェリーの七人となった。


「人数変わってないじゃん」

「改めまして、チェリーです。案内妖精をしていま……した」


 もはやチェリーは案内を担う妖精ではなく、結城のお供であった。

 自己紹介を終えると、すかさずチェリーは結城の肩へと座った。


「ほら、淫夢も」

「は、はい。パーヴァート、黒の淫夢です。精一杯頑張ります、です」


 淫夢は誰とも目を合わせようとせず、視線は落ち着かずに泳ぎ続けている。

 服装は英語で書いてあるありがちなTシャツと、適当なジーンズ。

 結城はこれ以上無い親近感を感じていた。

 だが、それはすぐに錯覚だと思い直す。

 今の自分が彼女と同じだと言えるだろうか? 分からないが、自信はない。

 それはおそらく、前世の、過去の自分とダブっているのかもしれなかった。


「さて……」


 新しい仲間も増え、結城たちはいよいよガンダーラを旅立つことになる。

 目指すは西の最果て。陸続きながら、科学の力によって隔絶された孤島。理想郷・ユートピア。


「行くか、西へ」


 結城は再び最初の一歩を踏み出した。次への一歩にして、二度目の一歩目。

 何も知らず、忘れていたマイナスからの一歩目ではない、正真正銘の1からのスタートだった。

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