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35.5話目 神魔を降す闇黒の徒

 膨大な光の津波。それを一瞬の闇が食い散らかした。

 遥か天空から、まるで神の威光を示すような。だがそれは確かに光ではなく見惚れるような闇黒だった。

 そして、光は力を失い、まるで落ち葉が風に舞うように散らされた。


「う、嘘でしょ……悪魔の魔力を使った魔術が、一瞬で……くっ!」


 謎の横槍に、魔耶は奥歯をかみ締めながら周囲を見回す。

 ふと、建物の上でこちらを見下ろす二つの影があった。

 黒衣に身を包む彼らはトン、と飛び降りる。緩やかに落下し、砂浜に着地した。

 眼前に立つ黒衣の二人。魔耶はいつでも魔術を発動できるよう意識を集中させる。


「貴方たちの仕業ね。私の魔術を強引に破るその力……一体何者?」

「いや、僕には分かるよ、魔耶さん」


 メイヴに支えられ、クロードはなんとか立ち上がる。


「君たちは……救国の英雄だね。確か……」

「フッ、その通り……」


 片方の黒が左手を額に翳し、右手を突き出す。

 もう片方の黒が左右対称になるように同じポーズを取る。

 その妙に演技じみた仕草と身のこなしに反して、強者が発する気は確かに強大なものだった。


「俺たちこそ、夜闇に蠢く百鬼夜行すら制し、混沌蠢く魔神をも降す、罪を飲み干し、罰を打ち砕く龍の牙。無限なる闇黒に君臨する黒点……」

「私たちこそ、魔境に蠢く悪鬼羅刹すら御し、深淵蠢く邪神をも滅す、黒に染め上げ、闇を切り裂く虎の爪。永遠なる暗黒に君臨する黒点……」

「「神魔シンマクダ闇黒アンコク!!」

「そして俺は最強の中二病患者……ケイオス・エル・ハザード・アブソルート」


 中二病。

 本来は若人の黒歴史となるはずの忌まわしい過ちであり、自ら死を選びかねないほどに恥ずべき記憶。

 だが、それはある側面においては譲ることの出来ない理想であった。

 ふとケイオスは結城の方を見る。


「初めまして、ガンダーラの英雄」


 ケイオスが発する、作った感の有り余るボイス。


「あれが、アルカの言っていた救国の……」


 結城は悟った。あの清清しいほどの中二病こそが、彼の理想なのだと。

 彼にとって、中二病は心からの理想であり、そこには一片とて恥ずべきところなどないのだ。

 その振り切れた様に、結城は胸を打たれた。


「か、かっこいい……」

「なにっ……<中二病こ れ>が理解できるのか」


 当たり前だ。当たり前なのだ。おそらく結城の信じたものと、ケイオスの信じたものは、とてつもなく似ている。


「あるはずも無い、己の内に宿る闇黒の力。そしてあるはずのない、空想と妄想と幻想……」


 両者、どちらも在り得ないモノを探し続け、求め続けた。


「そうか。やはり俺の見込んだ男だ」

「人の邪魔をしておいて、何をスルーしているのかしら?」


 魔耶の杖がケイオスに向けられる。その瞳には殺気しか見られない。


「私の大魔術を邪魔して、ただで済むと思って?」

「あれを壊したのはケイオスではない。この私だっ!」


 黒衣に身を包んだケイオスの相棒らしい女性が、ケイオスと魔耶の間に入る。


「私は究極の邪気眼使い。シン・クロウデル・ダークロード」

「たった一人で私の魔術を破ったとでも言う気……?」

「クックック。お前魔術など、私の邪気眼の一つ、魔眼光まがんこうだけで充分だ」


 魔耶は愕然とした。信じられるはずが無かった。

 自分は安全無欠の勇者に仕える一人。そして、それに足る実力があると確信している。

 ユートピアの艦隊を相手にした時でも、余裕であしらうことが出来た。

 それを、こんなぽっと出の英雄に格下のような言われようをされるなどと。

 ふと、ケイオスが口を開いた。


「魔眼光は、クロウデルの魔眼が内包するエネルギーを一時的に放出する技。まだ魔眼としての役割にすら達していない……」

「つまり……どういうことだ」

「クロウデルは幾つもの魔眼を持つが故に、膨大な力がその目に集中し、尚且つ増幅を続けているために、定期的に何かしらの形で放出しなければならないのだ」

「それは、魔眼が持つ本来の能力を使ってすらいないということか……」

「その通りッ! と、言いたいところだが、一応は使った。この魔眼を」


 クロウデルが目を閉じて約二秒。開くと、その右目の色は鮮血のようになって、僅かながら光も発しているようだった。


「妖精の眼。あらゆる魔を《見抜き》、《見通し》、《見定め》、《見極め》ることが出来る。あの巨大な魔術も、その魔力の流れ、術の仕組みまで視させてもらった」


 そのありがちなデタラメ設定も、理想によってその力を発揮すれば、それは驚異的だ。


「魔耶さん、今はとにかく杖を引くんだ」

「駄目よクロード、それは……あなたの理想が遠のいてしまう!」

「魔耶さん……」

「いい加減にしないかッ!」


 メイヴの怒号。魔耶の体がピクリと震えた。


「そんなやり方で、クロードが納得するわけ無いだろうに。バレなければまだしも、お前のやり方はもう知られた。もうお前がどうしたって、それはクロードの理想に泥を塗ることにしかならないんだ」

「くっ……それでも、それでも私はっ……」

「クロードが理想を叶える、その手助けをしたい。それは私も同じだ。だが、だからこそ、私はお前を止めなければならない。友として、いや……同じ想いを抱くライバルとしてだ」

「メイヴ……っ」

「杖を下ろせメイヴ。そして一緒にクロードを運んで、彼の傷を癒そう。それが私たちが出来る、クロードへの手助けだ」


 魔耶の構える杖が震えている。向けられるクロウデルは、顔色一つ変えずにその杖を、魔耶を視ていた。

 勝てない。おそらく、否、今のままでは確実に敗北する。クロードの名誉に、更なる傷をつける。

 杖を向ける魔耶の腕は、力なくゆっくりと下ろされた。

 身体を反転させ、クロードの元へと向かい、メイヴと反対の肩を担ぐ。


「ありがとう、魔耶」

「クロード……ごめんなさい」


 歩きづらい砂浜を、安全無欠の英雄たちは歩き、去っていく。

 ソレを最後まで見届けた。そして、改めて、新たに現れた英雄。救国の英雄である闇黒の二人を見る。

 ケイオス・エル・ハザード・アブソルート。

 全身を黒衣で隠し、その背には剣。腰には銃をさげている。

 ダクストのような禍々しさは感じられない。むしろ表面がツヤツヤした光沢を放つ、漆のような黒といった印象を受ける。

 ダクストは言うなれば、見る者の心を深淵へと誘う魅惑の闇黒。

 ケイオスは美しく、俗さよりもむしろ高貴さを感じさせる、輝かしい漆黒。

 むしろ、ダクストにやや近いと思わせるのは、彼の相棒の方だ。

 

 シン・クロウデル・ダークロード。

 なんとなく程度だが、そこには深淵に近い何かを感じる。

 さて、それはともかく。


「ありがとう、助かったよ」

「フフッ、礼には及ばん。我ら闇黒の徒にかかれば造作も無い」

「ここで話すのもなんだし、とりあえず……夕飯でもとりながら」


 恒例の食事会である。




 場所は定食屋さん。安い早い美味いの三拍子揃った場所だ。


「グランプリで優勝し、戦争に参加、僅か数ヶ月の後にガンダーラを奪還。そして長らくこう着状態だった海戦でアトランティスを陥落させ、アルカディア軍を勝利に導いた……そして俺の期待通り安全無欠の勇者を凌駕した。それもこの世界に来て一年もせずに」


 こうして言葉にしてみれば、中々にとんでもないことをしている。

 数段抜かしで階段を駆け上がっている。結城は実感が湧かないながらも、それがとんでもないことだという理解はしていた。


「期待通り?」

「ああ。お前の能力の特徴を、アルカから聞いていた。想像を創造する力だと」

「どのタイミングで知ったんだあの王様は」

「さて、俺も奴は只者ではないと思っている。しかし、お前のその能力を聞いて、ピンと来た。お前は俺と似た部分があるんじゃないか、とな」

「似た部分か」


 それを判断するのには、理想を聞くのが一番手っ取り早い。


「じゃあ、聞かせてくれるか? あんたの理想を」

「ああ。いいとも。俺の理想は……」




 彼は中二病であった。

 中二病。ありもしない、脳内で定めた力と法理。

 より強力つよく、より漆黒くろく、より孤高たかくを求めてしまう、若人の病。

 それは引きずられた幼さであり、非現実と言う拠り所。

 だが、それは時の流れの中で薄れ、やがては忌まわしい過去として封印される。


 黒野くろの 卓郎たくろう


 彼は中二病である。

 それは他の追随を許さぬほどのものであった。

 幼少の頃より憧れた闇黒の存在。闇黒の姿。

 自分もああなりたいと願い、望み……いつしか思い込んだ。

 何者も及ばぬ闇黒の力を宿し、何者も寄せ付けぬ真黒まくろの闇を纏い、何者も届き得ぬ混沌の想いを抱く。

 そして彼はケイオス・エル・ハザード・アブソルートとなった。

 ケイオスは思いのままに行動した。

 この世ならざる物に触れ、己をこの世ならざる者だと語った。童の友と遊ぶ時でさえ、そんな自分は崩さなかった。

 時折貶めるようなことを言う者も居たが、憧れの眼差しをくれる同志も居た。


 妄想し、空想し、想像する。現実の中で、彼は想像と共に生きていた。


 やがて、同じ志を抱く友を持ち、それぞれが抱く想いを、思い思いに語り合った。

 そして、ふと思ったのだ。この中で、どの想いが最強なのかと。

 それは勿論自分だと思った。だが所詮は空想。確かめる術はない。

 しばらくして、中二病が忌まわしい過去だと言う輩が出始めた。そこで彼は気付いた。

 これを思い続けることが、自分の想いが最強だということを示してくれると。

 だが、自分もやはり中二病。いずれ、もしかしたら忌まわしい過去だと切り捨ててしまうかもしれない。

 ならばどうする?




「俺は中二病がなんであるか、その根源を改めて見つめなおした」


 中二病。それは妄想と妄言の集大成だ。

 その病を患う本人は、その瞬間には必ずその妄想を信じている。現実の中で、それを信じて疑うことは無い。

 そして、それが過ちだとしても、手放すことにはかなりの抵抗が在る。

 病と妄想、信と過ち。


 そこまで語り、ケイオスは目を閉じる。


「それで、答えは出たのか?」

「……奴らは、現実に敗北した。己の抱く想像を、信じ切れずに手放した。それは、辛かったからだ」


 現実は非情で無情だ。人の持つ思いを簡単に打ち砕き、思いを持つ人をじわじわと苦しめる。


「だがこの俺、ケイオス・エル・ハザード・アブソルートは、現実如きに屈するほどやわではない」


 だからこそ、この中二病を己が誇りとした。

 誰よりも己の空想を抱き、妄想を貫き、想像を手放さないことで、中二病そのものの価値を上げた。


「だから俺にとって、中二病は強さの証……誇りだ。何より大切な誇りだからこそ、決して手放さない」

「そして、決して譲れぬ想いだと……ッ!」


 結城は椅子を吹き飛ばしかねない勢いで、音を立てて立ち上がる。


「感動したッ!」

「おおっ! 分かってくれ……」


 釣られて立ち上がったケイオスが咳払いし、再び声を作る。


「ほう、やはりお前にも理解できるようだな。この崇高なる志が」


 結城は久しく、大きく心を揺さぶられた。

 彼が彼としてこの地に降り立ち、中二病を誇るべきものとして、その胸に宿している。

 それは間違いではないと、結城の胸の高鳴りが、抱かざるを得ない尊敬の念が証明している。


「ケイオス、あんたは、いやお前は、確かに最高の中二病患者だ!」

「当然だ。俺を誰だと思っている? 最強の中二病、最凶の闇黒の使い手、我が名は混沌ッ! ケイオス・エル・ハザード・アブソルート!!」


 結城はケイオスの「似た部分」という言葉の意味を理解した。

 似ているという言葉の意味。それは、その生き様が、報われないと分かっていながら、自分がそれを信じることで、現実をひっくり返せるのではという希望を抱いていたからだ。

 現実という決して覆らない世界で、自分の心だけは非現実を抱き続ける。


「しかしまあ……」


 よくも、自分以外にそんな理想の抱き方をした人間が居たものだと、結城は内心驚いていた。

 結城の思う以上に世の中は広かった。


「結城、次はお前の番だ」

「ああ、そうだな。俺の理想は……」


 結城がケイオスにその理想を語る。その二人の姿を、すぐ隣で眺める黒の乙女。


「…………」


 シン・クロウデル・ダークロード。

 ケイオスの相棒であり、中二病患者……否、邪気眼の所有者である。

 不意に、結城に語りかけた。


「あなたは、中二病の経験はあるの?」

「俺はまあ、クリストがそれに当たるか」


 結城はクリストを顕現し、クロードの時と同じように紹介する。


「妄想でここまでのことが出来るとは……しかも創造した存在一つにトップクラスの実力があるとは」

「確かに俺は結城の理想ではあるが、結城自身とは言えないな。俺はただの結城の一面に過ぎない」


 久しぶりに出会えたある種の同類に興奮を隠そうともしないケイオスに、クロウデルは苦笑しながらも、穏やかに見つめていた。


「さて、次は……」


 結城の視線がクロウデルに向く。


「私か……良かろう。我が偉大なる理想、聞かせてやろう……と言ってもね、別に大したことってわけでもないのよ?」


 チラリとケイオスのほうを見る。

 その姿は、まるで恋する乙女のようだった。中二病……いや、邪気眼はどこへやら。


「とりあえず、改めて自己紹介から。……私は永遠なる闇の王。究極なる闇のぎょく。深淵の頂に座する闇の主。邪気眼使い、シン・クロウデル・ダークロード」



 幼かった少女は、この世に生を受けてから、楽しいと思うことがほとんどなかった。

 平和な毎日は平凡な日常。平均の自分が歩むであろう平坦な人生。

 清清しいほどに平らで、嫌になるほど普通に塗れていた。

 そのうち少女は架空に心を惹かれ始めた。

 そこは普通の中に突如として異常が現れたり、普遍の中に特異が生まれたりする。

 常識ではありえない、普通じゃ考えられない、そんな出来事が溢れている。

 まさに夢のよう、少女が求める刺激のある日常だった。

 一時期はごっこ遊びでキャラクターになりきるようなこともした。楽しく幸せな時間だった。


 神崎かんざき 黒羽くろは。それが彼女の名前だった。


 ある時、なりきりごっこが子供たちの流行になっていた。

 ある時は公園で、ある時は校内で、ある時は家の中で、己が妄想を体現し、互いにぶつかり合う。そんな中二病・邪気眼ブーム。

 学校では二つの派閥が出来ていた。

 一つは正義側で、一つは悪側。自分は悪側だった。

 その悪側でも大きく分けて二つの勢力があった。その片方を統率していたのは自分だ。

 圧倒的な空想の知識量と、妄想の柔軟さで悪側の女子を束ねてきた黒羽は、正義側と対抗するために男子の悪側を配下にしようと考えた。

 自分たちの組織名は、<かみくろはね>。

 それは自分の真名・神裂かんざき クロウと同じだった。

 男子たちの組織名は、<しんなる闇黒あんこく>。

 闇黒の徒を統率しているのは、ファントム・オブ・フェイク・ザ・フェイスと呼ばれる男だった。

 自分たちは勇ましく男子たちに戦いを挑み、そして勝利した。途中までは。


「くっ、女子のくせに……」


 校庭の真ん中で無様に踏みつけられるファントムは、忌々しげにこちらを見上げようとするが、スカートの中が見えてしまわないように顔面を蹴り付けた。


「ぐっ、くそぉ……」


 男子たちの妄想は確かに想像を絶するほど強大だった。

 だが黒羽の知識が指摘する矛盾点により、その力はハリボテと暴かれたがために、誰もが屈服せざるを得なかった。

 綿密な設定の前では、有象無象の妄想は塵に等しい。

 誰もが女子陣の勝利を確信した。その瞬間、彼が現れたのだ。


「静かになったから来てみれば……なんてザマだ。我が親友よ」

「そ、その声は……Mrミスター.クロノ!」


 朝礼台の上で、背を向け立っている黒衣に身を包む少年。

 そう、彼こそが<クロノ・シン・ドラグーン・ダークロード>。人呼んで<Mrミスター.クロノ>。

 またはダークマスター。


「貴様、新手の男子か!」

「ふふん、中々イケメンじゃないの。どれ、わたくしが味わいつくして差し上げましょう」


 二人の女子が飛びかかる。


「動くなッ!!」

「「!?」」


 クロノの怒号が、二人の動きを止める。


「う、うぇ……うえーん!」


 すると二人は棒立ちのまま泣き出してしまった。


「フン、遊び半分に中二病に手を染めるからこうなる」

「で、出た! Mr.クロノの<永遠ク ロノ スき止めるボイス>!! 遊び半分じゃない本気の怒声で、生半可な奴をビビらせて動きを止め、酷い時には泣かせて戦闘不能に追い込む!!」


 二人を一瞥し、クロノは朝礼台から飛び降りる。


「ハッ! 何ビビってるんだよ!」


 女子側に篭絡された男子が三人立ちふさがる。


「元ボス、ファントムの親友だって言うから余程の実力と噂されていたお前の力……試してやっ……」


 三人の動きが止まり、がくがくと体が震える。

 クロノがそのまま歩いて三人に近づくが、三人は蛇に睨まれた蛙のように身動きを取れない。


「ひっ……!」


 その怖ろしい眼差しが一瞥しただけで、三人は退き道を開けた。


「あ、あれは<神をド ラわすゴ ン龍)のアイズ>。それは全てを凍て付かせる、恐怖の眼光……」

「あれが、噂のダークロード……」


 ダークロード。その名は中二病を患い、邪気眼を宿す者ならば必ず一度は耳にする最強の中二病患者。

 その無尽蔵の妄想力と、途方も無い空想世界観、現実に幻想すら追い求めるその病的なまでの執着。

 まさに最強の中二病、闇黒ダークロードの名に相応しい風貌。

 そしてその圧倒的な力を前にして、女子陣は誰も立ち向かおうとはしなかった。

 やがてクロノは黒羽……鴉と対峙する。


「俺が言うのもなんだが、お前たち。一時休戦というものを知らぬのか?」

「ダークロード、貴様も邪魔するというのなら、容赦はしない」


 繋がらない会話。言葉のドッジボール。


「く、クロノ、助けてくれぇ……」

「親友、お前のそんな姿を見ることになろうとは……前にも言ったとおり、俺は聖域派とやりあうつもりはない」

「な、何でだ。お前ほどの実力なら、あいつらを……」

「興味が無い。向こうから突っかかって、俺の邪魔をしてくる者には容赦はしないが、自ら滅ぼしに行く意味もない」

「くぅ……」

「ふん、呆れたものだ。男子側のトップがこうもヘタレとは」

「なに……?」

「お前も怖いだけなのだろう。自分の妄想が打ち砕かれるのが。自分の中二病が無力であると知るのが怖いだけ。意地もなければプライドも無い。ダークロード? なんと滑稽なものよ」


 クロウが腹を抱えて笑う。クロノの視線が彼女を見る。


「お前は……なんだったか」

「この私に名乗らせようとは……まあいい。一度しか名乗らないから良く聞くがいい!」


 鴉がファントムを横に蹴飛ばし、ポーズをきめる。

 すると、周囲の雰囲気が一気に変わった。

 鴉の羽が舞う、影の中、どこまでも続く灰色と闇黒の空間に、剣や槍、骸や骸骨が散乱している。

 そんな想像イメージを起こさせる。


「我は神を裂く名を冠した黒の大翼たいよくを持つ者。忌み嫌われ、崇め、畏れられる鳥の名を冠す者……我が名は神崎。神崎かんざき クロウ!」

「かんざき、クロウ……なるほど、確かにこのセンス、只者ではない。ならば、俺も名乗ろう。とくと聞け、闇黒を統べる主の名をッ!」


 クロウの創り上げた空間が一瞬にして打ち砕かれる。

 代わりに周囲を満たしたのは、紫色の空と、東西南北を異形の悪魔や怪物が取り囲み、クロノの背後には門があった。


「我は闇黒を統べる者。私は悪魔を従える者。俺は異形をらす者。僕は暗黒を弄ぶ者」


 門が重い音を立てて、微かに開いた。そこに手を伸ばし、肘から先を食わせて探るように動かした後、思うままに引き抜いた。

 それは剣の形をした闇だった。あるいは闇の色をした剣だった。


「余は魔界を制する者。儂は無間むげんを染める者。の名はクロノ・シン・ドラグーン・ダークロード」


 驚異的な妄想力と圧倒的な言葉の連なりに、クロウは一歩後ずさった。

 付け入る隙が無かった。

 妄想力も、単語の選択もほぼ完璧、否、それ以上か。

 しかし、それでもクロウは気圧されていなかった。


「なるほど、よく錬られている……これは矛盾点を突いて簡単に綻びが出る有象無象とは違うようだな」

「……所詮カラスか」


 口元に嘲りの笑みを、その眼は蔑みに彩られる。


「カーカーと五月蝿い奴だ。さっさとかかってこい。お前の深淵を見せてみろ」


 そして、そのあと滅茶苦茶バトルした二人は、唯一無二のライバルにして戦友となった。

 ちなみに結果は引き分け。お互いに最後の最期まで出しつくすことはしなかった。

 その辺りの性格も、二人が意気投合する一つの要素だった。



 時が過ぎた。少女は夢から醒めていた。

 所詮は儚い妄想。自分には彼らのような特別な何かなど無い。

 運動も普通、勉強もそこそこ。こんな自分が夢のような出来事を望むこと自体、おこがましいことだったのだ。

 神崎かんざき黒羽くろはなんて名前、名前負けもいいところだ。

 何が神だ、何が神を裂く黒き羽だ。

 自分は何のとりえも無い、友達すら居ない哀れな一人の根暗少女じゃないか。


 早い話が、現実という壁にぶち当たり、打ちのめされたのだった。

 親の拳骨、不良の暴力、教師の圧迫、成績の不振、妄想と現実の乖離が限界を超過したのだ。


 少女は夢から醒めていた。その寝覚めのなんと悪いことか。

 憂鬱が頭痛を呼び、不安が嘔吐を誘う。二日酔いと呼ばれる現象がおそらくこれに近いのだろうと。

 甘い夢を見ていた。夜闇に夢を浮かべて酔いしれたが、朝が来れば闇も晴れ、夢も散る。

 何より、周囲の人間の変わり様が怖ろしかった。


 まるで誰もがその夢をなかったことにし、平然と生活をしていた。

 過去の話題を持ち出せば頑なに口をつぐみ、時には封殺のために暴力や迫害に脅かされることになった。

 クロウ……黒羽は、しばらく怯えて過ごしていた。

 いざとなれば中二病など必要の無い成績の良い者たちは、未だに縋る者たちに対して容赦が無かったからだ。しかしそれでも、彼女もまた、密やかに夢を見続けることを選んでいた。


「おい皆! 見ろよこれ!」


 ある時、公園で遊んでいた黒羽の懐から、一つのメモ帳が落ちた。それを拾った友人が勝手に中を見たために、黒羽もまた理不尽な恐怖に脅かされることになった。


「うっわ! 恥ずかしい! なんだこれ!?」


 神の字を持つ神崎と、黒羽を持つ鴉を意味するクロウ。

 中二病が迫害され、脅威に晒された現代に生きる孤高の邪気眼使い。

 神崎かんざき黒羽くろはは、神崎 クロウを守るため、新たな名を抱いて再び夜に舞い降りる。


「全能なる混沌の瞳、全てを受け入れる闇黒の神域を守護する者……シン・クロウデル・カオスサイト」

「うわぁ……引くわ」


 それは馬鹿にするような嘲笑ですらなく、本当に嫌悪や忌避に似たものだった。

 邪気眼を重んずる黒羽は、その視線が怖ろしかった。あまりに、怖ろしかった。


「何がクロウデルだよカマンベールチーズかお前は」


 そんな言葉で二、三人が噴出すが、やはりその目の色は、もう得物を見る狩人のそれと大差なかった。


「こんなはっずかしい妄想よく続けていられるね」


 ひらひらとメモ帳をチラつかせる。

 黒羽は震える声で、振り絞るように、呻くように言った。


「か、返し……くださ……」

「……あんたもさ、いい加減こういうのやめなよ。いい機会だから、あたしが未練を断ち切ってやるよ」


 少女が取り出したのは、ライターだった。

 子供の持ち物ではない。しかし、中二病の次に流行となったのは不良ブームだった。

 だから陰惨な苛めから凄惨な虐めまで、中二病の迫害は苛烈を極めていた。


「や、やめて!?」


 慌てて動き出すが、取り巻きが即座に黒羽を羽交い絞めにした。


「は、はなせ! 放さないか!!」

「ほら、いくら頭の中で理想の自分を創ったって、あんた何も出来ないじゃん」

「放せぇッ! 放せよぉっ!」


 獣のように、理想の自分が力を振るうように、想い、身体を動かす。


「放して、放し、はな……してよ……」


 それでも、振りほどけない。彼らは、現実は容赦なく体を押さえつけ、自らの無力さを突きつけてくる。


「お願いだから……お願いします! 返してください! なんでもするから……」

「あたしだってあんたの大切なもの燃やしたくないよ。でもさ、このままじゃあんた、まともに生きれなくなるじゃん。一応あんたとは友達だったしさ。これは、あんたのためにやってるんだよ」


 私のため?

 私のために、私の大切なものを燃やす?

 分からない。分からない。分からない。


「さすが……ちゃんは、優しいなぁ」


 取り巻きが何が言っている。優しい? これが、この行いが優しい?

 人の大切なものを奪うことが優しい? そんなのはおかしい。闇黒だなんだと言っている自分だって分かる。

 そんな優しいがあるわけない。


「大丈夫だよ。これが燃えたら、あたしたちはこれを見なかったことにするから。これからもずっと友達だからな」


 やめて、やめてよ。友達なら、そんな酷いことをしないで。


「チーズフォンデュになるな!」


 そんなジョークに、なぜか自分まで笑いそうになった。

 ああ、諦めてしまったほうがいいのかもしれない。

 理想の自分だなんて求めずに、彼らと同じように、楽しく生きれればそれでいいのかもしれない。 

 彼らは苛めないでいてくれるらしい。なら畏れることはない。

 もう捨てよう。邪気眼なんて、中二病なんてどうでもいい。

 友達と笑えれば、それでいい……

 気が付けば、自分のメモ帳は燃えていた。これでもう何も無い。自分は何もかも捨て去ったのだ。彼らと共に、笑いながら生きてゆこう。そうすれば、少なくとも今よりは幸せになれる気がする。




「それは本当か!?」

「……えっ?」


 それは聞きなれた声だった。懐かしいと思えるほどに、胸に癒しを与えてくれる、溶けるような声。

 だが、その声が必死さを帯びているのも分かった。まどろみの様な視界の中で、激しく動く何かがあった。


「悪鬼が……寄越せッ!」

「きゃっ!」


 火のついたメモ帳が地に落ちる。もう既に半分以上は焼けているメモ帳を、力一杯に踏みつける姿があった。


「お前が求めていたのはそんなものかッ。お前の求める想いはその程度のものだったか!?」


 その一声一声が、まるで頬を叩くように響いてくる。


「思い出せクロウ、お前は俺の唯一のライバル。この程度で……ちょっと放せ貴様ら! 邪魔するなっ!」


 ところどころ素が出ているような気もするが、それでも必死に自分の理想を体現している少年。

 その見覚えのある姿。というより、忘れるはずも無い。彼は生まれて初めてのライバル。そして親友なのだから。


「それでいいなんて思ったんじゃないだろうな? そんなんで良い訳あるかッ!!」


 彼は、邪魔をしてくる男子や女子を誰彼構わず殴り蹴り、必死に火を消そうとする。

 ならば、本当にそう言ってくれるなら、呼んでほしい。私の名を。どうか、私の真名を。


っちぃッ……目を醒ませ、神崎 鴉!!」

「っ!?」


 唐突の乱入者に気を取られ拘束が弱まっていた腕を振り払い、彼女は再び拳を振り上げた。




「…………」

「さすがだな」


 公園のベンチに座り、長らく続いた沈黙。破ったのは鴉。


「あいつら全員を返り討ちとは」

「すまない、お前の禁書メモは……」

「いいさ。お前が私を助けてくれたのだから。とはいえ……」


 親友はかけがえの無いものではあるが、友人をすべて失ってしまったのは痛かった。

 鴉はこれから先のことを考え始めていた。するとクロノは不意に告げた。


「ファントムも俺を裏切った」

「なっ、嘘だろう?」


 ファントムもまた、現実に殺された。彼はなんでもないただの一人の凡人にされた。

 中二病ブームが過ぎた頃は、彼もまた抗い、戦い続けた一人だった。

 だが時が経つに連れて、一人、また一人と同胞は現実に殺されていった。


「ファントムも、絶望と恐怖に集られた。現実に魂を取られたんだ」

「くっ……どうして、どうしてなんだ!」


 悔しさのあまり、自らの膝に強く拳を叩きつける。

 何度か繰り返しているとクロノが腕を掴んでとめた。


「仕方ない。奴らも精一杯抗ったんだ」

「でも、それでも!」


 その後の言葉が出てこない。感情が昂ぶり、冷静な思考もままならない。


「……なぁ、クロウ。契約を交わそう」

「契約? 一体なんの」

「名の一部を、交換する。そしてそれを含めて、また新たな名を作り、俺たちは生まれ変わる」


 急な提案に鴉は困惑した。だが彼女に構わずクロノは話を続ける。


「俺は、お前にダークロードを渡す」

「ば、馬鹿な! 闇黒の主はお前の、お前にしか……」

「だからこそ、お前に託したい。お前以外に、託せる相手が居ない」

「っ……で、では、私からはカオスを捧げよう。我が邪気眼は、あらゆる邪気眼をも凌駕する全能なる混沌だ」


 互いに真剣だった。子供でありながら、まるで運命の相手同士のように。


「カオス……なるほど、素敵だ。だがそのまま使うというのもな……俺はこれをケイオスとして使わせてもらう」

「ケイオス……?」

「お前ともあろう者が知らなかったのか? ケイオスはカオスの英語の読み方だ」


 こうして二人は名を交わした。翌日、新たな名を完成させて名乗りあおうと約束して……




 その日の夕餉、ケイオスは耳を疑った。


「父よ、今なんと言った」

「卓郎、分かってくれ。これ以上ここに居るわけには行かない。転校して、お前もそれを卒業するんだ。そうしたら、新しい人生を始めることができるんだ」

「な、何を言う父よ。お前は、俺にありのままで居て良いと言ってくれたろう!」

「ああ、私もそう思っていたんだ。だが、やはり駄目なんだ。お前がまともな人生を送れなくなると思うと……もうあの頃とは違う。何もかも変わってしまったんだ。私たちも変わらねばならない」

「そんな……どおりで父の中二グッズがめっきり減ったと思ったら……」


 中二病は大人の世界でも少し流行っていた。しかし、やはり馴染むものではなかったのだ。


「お前にはすまないと思っているが、もう転校の手続きは済ませてしまった。引越しは明日だ」

「なっ、何を……何を勝手なッ!!」

「分かっている。お前の気持ちは充分……だが、私もお前のために最善を尽くさねばならない。親として」

「臭い台詞回しでよくもそんなことを」

「大丈夫。この地域であのブームの火付け役となったお前だ。次の学校ではもっと上手くやれる」

「ふざけるな。俺は捨てないぞ。俺にとっての中二病は、あんたとの絆の証でもある。決して捨てるものかッ」

「……理解してもらえるとは思っていない。私はただ、お前のために最善を尽くす。お前の幸せのためにだ。それだけは知っておいて欲しい」




 家の屋根に昇り、寝そべって月を眺める卓郎。


「親父があんなことを言うなどと……」


 小さい頃から子供のように夢見がちな大人で、下手をすれば自分より子供っぽいのではと危惧するほどであったというのに。

 過去に思いを馳せていると、ふと父のある言葉を思い出す


「卓郎よ。正義の味方のみならず、ある種の人間がふりかざす言葉がある」

「ことば?」

「ワンフォーオール、オールフォーワン。一人は皆のために、皆は一人のために」

「どういう意味?」

「簡単に言うと、助け合って生きていこうということだ」

「いいことじゃないの?」

「そうだな。後こんな言葉もある。自分がよければ他人がどうなっても構わない」

「悪党だな」

「そう、悪党だ。だがな、この二つを並べた時、俺は後者のほうが好きなんだ」

「さすが、闇黒神を名乗るだけのことはあるな」

「フフフ……いや、そうではない。助け合いの精神は大いに結構だ。他者を犠牲にして自分が助かるというのが悪党だというのも分かる。だがな、自分を犠牲にしてまで他者を助けないといけないものかな?」

「……?」

「自分がよければそれでいいのは悪い奴の考え方かもしれん。なら、他人が良ければ自分がどうなっても構わないのか?」

「むぅ、つまり。他者を助けるために自分を犠牲にすることが残酷だと言いたいのか」

「その通りだ。利口な息子よ」

「なるほど確かに。これではむしろ他者を助けろという方が悪党のように見えるぞ」

「人はそれぞれの幸福を追い求めても良いはずだ。欲望を満たしても良いはずだ。それを否定する者が居ることを、悪党より残酷な存在がいることを、肝に銘じておくがいい。そこで、私からこの言葉を送ろう」



「私は私自身のために、か」


 卓郎は起き上がる。

 

「父は俺の幸福のために最善を尽くすと……ならば」


 今、自分のしたいことをする。卓郎は屋根からベランダに飛び降り、すぐに身支度を整えて家を出た。


「こ、こんな夜遅くにどうした?」


 卓郎が訪れたのは黒羽の家。


「……落ち着いて聞いてくれ。転校することになった。明日引越しするらしいから、お前と会えるのは明日が最後になる」

「は、はぁっ!?」


 思いっきり素の表情を晒しまくる黒羽。思わず卓郎も焦る。


「だから落ち着けと」

「い、いやだって、なんでそんな急に……」

「俺ですら聞いたのは今日の夕餉の時だ」

「うえぇえ!?」

「まあ、そんなわけでだ。俺もお前も、明日以降は一人きりだが……」

「あっ……クク、なるほどそういうことか」


 察したように、黒羽は含み笑いをして、手を翳す。


「心配には及ばぬ。私はお前の唯一のライバルにして親友。闇黒の盟友、ダークロードだ。また会う日まで、この邪気眼を貫く。……もう二度と捨てようなどとは考えない」

「そうか、それなら……」

「もう二度と、お前を一人にはしない」

「……っ」


 ケイオスは顔をしかめ、そして背けて片手で顔を覆う。


「ファントムが裏切ったろうが、私は裏切らない。盟約を交わしたからな」


 親友に裏切られた心の傷を癒すために、ダークロードを利用した。自分のためにしたことだ。嘘はつけない。だが、それはダークロードに看破されていた。


「その言葉、忘れるなよ」

「お前こそ、中二病卒業しましたなんてオチは許さないぞ」


 そして二人は、新しい真名を得て、やがて再会する日までそれぞれの人生を歩み始めた。




「……というわけだ」


 長い昔語りだった。もう日は完全に落ちきって、閉店時間も近い。

 とはいえ、その話を聞いた全員、その話に感動させられていた。


「それからは様々な中二病や邪気眼の生き残りと出会ったが、半分以上は現実に取られた。やがて偽りの邪気眼を狩ることにした。そう、私の理想は……なんちゃって邪気眼を駆逐することだ」


 生半可な覚悟、中途半端なノリで名乗り、いざとなればそれを捨て去り、親友さえも裏切るその汚さ。

 クロウデルはその存在を許せず、断罪することにしたのだ。


「あとは、ケイオスを決して裏切らない。永遠の相棒で居続けることだ」

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