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35話目 英雄VS英雄

 グレイはただの人間であるが、故に気取られなかった。

 魔力を持たぬが故に魔女に察知されず。

 闘気を持たぬが故にエルフにも気付かれなかった。


「いやぁ、ここのナイフは出来がいいな」

「お目が高いな兄さん。こっちの銃はクソッタレデストピアの最新型を真似た奴だ」

「おおっ、これは……っとしまった。時間をかけすぎたな。やっさん、とりあえず二つともくれ」

「毎度! あっ、そうそう。武器は装備してないと意味ないぞ」


 そして新たな装備を手にしたグレイは、目を疑った。


「あ、あいつら……」


 グレイが店を出た直後、見覚えのある顔が三つ、自分の眼前を通り過ぎていった。


「ヤバイな。かなりヤバイ」


 すぐさま駆け出し、海岸へと急いだ。

 安全無欠の勇者が、二人の護衛を連れてここまで来た。起こりうる展開はなんであれ良くはないだろう。

 街路を駆け抜け、グレイは海岸へと出た。



 そして、結城は安全無欠がここに来ていることを知った。


「なるほどな。それで大急ぎで来たと。しかしまたなんであいつらが」

「ああ。おそらく俺たちを連れ戻すために来たんだろう」

「連れ戻す?」


 首を傾げる結城に、グレイは状況を語る。


「結城、お前たちの活躍でガンダーラは解放され、ユートピアの海上要塞も陥落させた。もう野放しにしていい戦力じゃないんだ。戦争を一刻も早く終わらせるため、有効に活用したがる」

「活用……使われるのか」

「そうだ。だから言ったろ? 国の下について戦うのはやめておけって。こうなると結局、お前は一人の兵士として扱われる。勝手な行動は許されず、上官の意のままに、駒として扱われるんだ」


 結城の目が見開き、そして顎に手を添えて考え込む。

 割と本気でショックを受けていた。

 

「今からでも遅くは無い。俺たちと一緒に傭兵として活動すれば、奴らも……」

「それは許されない」


 グレイの背後からかけられた言葉。美しくも強い、はきはきとした語調。振り返れば、そこにはエルフ。


「まったく、ガンダーラの英雄ともあろう者達が、この戦時中に海水浴とは」

「ま、まあまあ。ともあれ、やっと見つけられた」


 そこには安全無欠の勇者たちの姿。クロード、メイヴ、そして魔耶。


「結城、トンネルを確保してくれたことは大きな功績だ。僕たちからも手厚い褒賞が貰えるように掛け合ってみる。だから戻ろう。今なら……」

「なあクロード、そろそろ昼食の時間だ」


 クロードの話を遮り、結城は顔を上げて言った。


「一緒に食事でもどうだ?」




 そして、結城たちは行きつけの料理屋を訪れた。

 テーブルを囲い、それぞれ頼んだ料理を食す。

 重々しい空気の中、食事だけが静かに進んでいった。

 お互いの理想は既に知り得ている。お互いの目論見もほぼ見えている。あとは、お互いにどう折り合いをつけるか。


「結城、僕たちは君を連れ戻すように言われているんだ」

「誰に」

「椿さん、そして海斗たち、他にもアルカディア軍全体が、君が戻ってきてくれることを望んでいる。勿論僕も」

「甘い言葉だ、聞き入れるな結城。何にせよ、上の人間は駒としか見てない。そんな奴らに使われるのは」

「それは誤解だ傭兵の人」

「グレイだ」

「グレイさん、彼らだって最善を尽くしているんだ。己の出来る限りの力を振り絞って作戦を考えて」

「はっ! 信用出来るか。安全無欠、あんたは人の心が読めるのか?」

「僕は、彼らを信じて……」

「俺は信じられんね。あんたらに命を預けるなんて御免だ」


 クロードとグレイの論争が主軸となり、他の者たちはギャラリーと化していた。

 レイランはどういう結果であれ結城に従うし、どういうことになっても、蓮華はローラを守り、ローラは蓮華を守る。

 セレナと竜人は結城に命を救われた。その恩義を返したいと思っている。

 新月と銀風は、そもそも二人は完全にフリーのギャラリーであった。いざとなれば勝手に抜ける気で居る。

 ただ結城がこちら側になればいいと思っているが、そこは本人の意思を尊重しているので言うことはない。


「結城、君の意見を聞きたい」


 クロードが結城を見る。変わらぬ様子で思案していたが、ふとクロードの視線を受け止めた。


「俺は、誰かの下にはつけない。だから戻るつもりは無い」

「結城、そんな……」


 クロードは至極残念そうにしていた。結城は言葉を続ける。


「俺は、俺に対することにおいて、誰かを信用なんて出来ない。それが出来るのは、それほどのことを自分にしてくれた個人に対してだけだ」

「君はどうしてそこまで拒むんだ?」

「俺は……」


 俺は知っている。人間の醜さを知っている。そしてそのどうしようのなさも知っている。


「君がこちらに来てくれることで、犠牲になる人の数が減るんだ。君の持つ力は強力だ。それは、人々を守るために使うべきなんじゃないのか?」

「お前は俺に何かをするべき、そう言うのか。しなければならないと、義務だと」

「そ、そういうわけでは……でも、君は」

「確かに、そうしたほうがいいという気持ちもある。ノブレスオブリージュ?」

「君の持つ虹色の剣。それが君自身の心を現すならば、そう思わないはずはない」

「それでも、それよりもなお優先させたい理想がある。俺は俺の理想のために、理想の力を振るいたい。それに人助けするのに、無理に誰かの支配下に置かれる必要はないだろ」

「確かに、それはそうだけど……でも、どうして君はそこまで」


 クロードの困惑の表情。男性のはずだが、どうしてか妙な色気を感じる。

 それはともかく、弱気な表情が妙に自分と被る。

 そして気付く。ここが分れ目、選択の瞬間だと。


「俺は労働が嫌いだ。人の下について働くのは大嫌いだ。人間は理不尽で、身勝手で、自分に甘いくせに人には厳しい。どれだけ甘い顔をしていても、それは都合良く人を使うための安い餌で、限界が見えたらそうそうに切り捨てる。俺は……俺はなっ!」


 無意識に声が大きく、荒々しくなっていた。

 そして上手く言えなかった、これまでの憤りの一つを吐き出した。


「俺は人をこき使う人間が嫌いだ。人の上に立つ目上って存在が大嫌いだっ! だから、人を使う人間には、絶対に使われないんだ」


 それは清く正しくあろうとした結城が直面した、この世の困難の一つ。

 生きる為とはいえ、不条理に従属し、理不尽に流される。

 良い人であろうとするほどに、意思ある者に都合の良い者として扱われる。

 対価は払われず、ただ消耗させられるのみ。

 正しくあろうとする心と、報われぬことへ抗おうとする欲求。

 この世界を案内してくれたチェリーに幾度勧められても、労働に身を投じなかった理由わけ


「だからすまない。俺はそっちには戻れない。申し訳ないけど、諦め……いや、見逃して欲しい」


 結城の真剣な眼差しがクロードの瞳と交わる。

 理由はどうあれ、それは無職と呼ばれて蔑まれ、虐げられる者にかわりない。

 ただ、働かなければならない理由というのも、また無いのだ。

 クロードは頷く。


「……分かった」

「分かってもらえたようで助かる」

「いざという時は無理矢理にでも連れて帰れって言われているんだ」


 クロードは席を立つ。両脇の二人も彼に続く。


「僕は皆の期待を背負う英雄、安全無欠の勇者クロードだ。君を連れて帰るという使命と責任がある」

「強制執行とは……どんな世界でも無職には厳しいのか」


 呟いて、結城も立ち上がる。そしてレイラン、銀風、新月、そしてグレイ。


「それがお前の理想なら、その理想で俺の理想の前に立ちはだかるなら、分かった。相手しよう」




 そして場所は海岸の砂浜へと移る。


「これは僕の我侭だ。僕一人で行くよ」

「クロード、私はあなたの強さは誰よりも理解しているつもりです。でも、万が一と言うこともありますでしょう?」

「そうだ。より確実に勝つためには、力を合わせるのが一番だ」

「……ありがとう。でも、これは彼の理想への敬意でもあるんだ。大丈夫、必ず勝つから」

「……分かりました。私はここで待つことに致しましょう」

「お前がそう言うなら、仕方ないな」


 クロードが二人から離れ、前へ進む。


「結城、グランプリの時の感じと同じだ。強気でいけ!」

「マスター、どうかご武運を」

「お前の理想は誰にも屈しない。私を倒した時のことを思い出せ」

「貴方ならあの程度、造作もありませんわ。肩から力を抜いて、気は抜かずにいってらっしゃいな」

「ありがとう、皆」


 結城は皆に背中を押され、クロードの前に出る。


「結城、君が何に怯えているかは分からない。だが君が怯えてるのは過去の世界だ。今は、ここでは違う」

「どんな世界でも、人の在り方は変わらない。俺が信じられるのはその中でも一握りの奇跡たちだけだ」


 結城が虹色の心剣しんけんを顕現し、その右手に握る。

 クロードは白銀の聖剣せいけんを貫き、まっすぐに構える。

 そして、魔耶が仲介に立ち、手を翳す。


「では、お二方、構えて。用意……始めッ!」


 腕が振り下ろされ、すぐさま後ろに浮遊して下がる。


「…………」

「まあ、こうなるよな」


 グレイは唸り、蓮華は予想通りといったふう。

 やはり、どちらもそう簡単には動けない。

 相手は一流にして百戦錬磨の英雄だ。一瞬で勝負が決まってしまうことも考えられる。

 そう簡単には……その憶測を振り切って、結城は前に飛び出す。


「くっ!?」


 クロードが驚きながらも、その一閃を剣で防いだ。

 トンネルの守衛を殲滅させた時の技、深く鋭い踏み込み、すれ違いざまの横一閃。

 刃は剣に阻まれた。結城は即座に反転。二歩の間合いを詰めて再び斬撃を見舞う。

 遠慮も容赦もない斬撃の応酬にクロードは防戦を強いられた。

 まるでこれまでの憂さを晴らすように、鬱憤を直接切り刻むように、忌まわしい過去を断頭するように。


「さすが、ガンダーラの英雄」


 一太刀、一太刀のなんと力強いことか。しかし単調だった。次第にクロードはその斬撃に慣れていく。

 結城の絶え間ない斬撃でクロードが後ろに大きく下がった。それを見て結城は即座に剣を両手で握り、真上から真っ直ぐに振り下ろす。

 だがクロードは軸足で回転して回避、同時に結城の側面についた。

 そして袈裟斬り。


「ふんッ!」

「なっ!?」


 確実に相手を深く傷つける斬撃だった。だが、それは結城の左手の甲によって容易く防がれた。

 クロードは目を疑うと同時に大きく後方に飛び退ると、自分の眼前で虹色に輝く切っ先が空を斬った。

 銀風は優勢の結城を見て口元に微笑を浮かべる。

 

「結城、器用な真似をしてるな」

「右手で理想の剣を、左手には妄想の力を。確かに、妄想豊かな結城ならではの妙技ですわね。でも、今ので決められなかったのは辛いですわ」

「ああ、手の内を一つ明かして、終わりに出来なかったのは。だが奴の妄想力なら、いくらでも奇抜さを発揮できるさ」


 パーヴァート視点で戦況を見極める銀風と新月、そしてレイランと蓮華もまた技人わざびととして戦局を見定めていた。

 ふとレイランが呟く。


「妙です」

「ん? どうしたんだレイラン」

「マスターと安全無欠。剣の技量において、そこまでの差は無いように思えます。が、マスターがやや優勢なのは不自然です」

「パーヴァートの力とかいうのが結城にあるからじゃないか?」

「相手は長らく戦場に立つ英雄です。ユートピアという敵を相手に戦い続けてきた戦士。パーヴァートの力一つでこうなるとは……」

「そりゃあれだ。理想のせいだろう」

「理想の?」

「理想が与えてくれるのは、力だけではないんです」


 蓮華に変わり、ローラが解説を始める。


「理想が力になるこの世界では、その力の性質のみならず、自身の動きや相手の動き。それによって引き起こされる因果までにも影響を及ぼします」


 それは仮にレイランという最強の剣士がクロードと戦ったとしても、もしかしたらクロードは善戦し、力は拮抗、あるいはその理想の強さによってはレイランにすら勝ち得る。ということだった。


「と、理屈の上ではそうなんですけど、これはあくまで運も絡んでくるというだけの話ですから」

「いえ、私が言っているのはむしろ逆で……マスターが不自然に優勢に見えるのです」


 クロードは剣を引き、左の手を向けた。


「アイシア!」


 青白い輝き手の平に現れ、射出される。結城がそれを切り伏せると、煌びやかにそれは無数の青白い光の塵となって結城に降りかかる。


「アイシクル!」


 次の瞬間、結城の全身が凍り付いていた。


「ッ!!」


 それは如何様にでも出来る簡単な拘束であった。しかし、それに対処する一瞬の隙が、戦いにおいて致命的な間だった。

 気が付けば、結城の眼前には白銀の切っ先があった。


「結城、君の負けだ」

「…………」


 途中まで、確かに結城の優勢であった。

 だが、最後にクロードの起こした一連の動作がその優勢を一気にひっくり返した。


「なるほど、やっぱりか」

「結城?」

「疑問だったんだ。あんたが、クロードがどうやって安全無欠の英雄と呼ばれるに至ったのか」


 海戦のとき、クロードは目立つような技一つ見せることなく、特に何事も無く戦いを終えていた。


「英雄と言うにはあまりに不自然。そして、それでも尚、戦場で生き残り、英雄と謳われる理由。強さの理由……俺の干渉力で、今の戦い、あんたの能力を見た」


 クロードが剣を下ろす。結城の瞳に、まだ敗北の色は無い。


「僕の能力を、見た?」

「ああ。そして納得した。俺があんたを初めて見た時の感覚がなんなのかを理解できた。あんたの能力は……主人公補正だ」


 主人公補正。それは唯一選ばれし特権にして能力。

 あらゆる困難を振り切り、あらゆる苦難を乗り越える。恵まれた人間、与えられし人、選ばれし者。


「その能力の本質は運命の収束。あらゆる敵を前に、どのような展開を迎えたとしても、必ずハッピーエンドへと導く。そういう力で、それがあんたの理想の本質だ」


 最初の結城の一閃。アレは確実にクロードに一太刀加えられる一撃だと確信していた。それが防がれたのは、相手の力量を計り間違えていたからだ。そう思っていた。

 だがその割には、なぜか自分が優勢をとっていた。そしてそれにさほど苦労を要さなかったのも違和感の一つだった。


「仮にあんたの剣の技量が限りなく0だったとしても、俺はあんたに剣で勝てない。いや、どういう過程であれ、あらゆる状況から俺から一勝をもぎ取る力を身につけるか、そういう展開を引き起こす」


 結城は全身に力を込めて、強引に氷を砕き、引き剥がして拘束を解いた。

 クロードは飛び退り、口を噤んだまま、再び剣を構える。


「あんたの理想は、<英雄になる>どころでは留まってない。その真の理想は……<主人公になりたい>だ」


 そんじょそこらの英雄にはおさまろうはずも無い。その大きな理想を結城は見抜いた。


「主人公は一つの世界に一人のみ。最強の座と同じくらいに限られた唯一の座だ」

「まだ、戦うつもりか?」


 その口調に揺らぎを感じた。結城は虹の剣を天に掲げる。


「決めた。あんたなら、あんたになら俺は、俺の理想をぶつけるだけの価値があると見た」


 虹の剣が輝き光る。負けじとクロードも己の理想を聖剣に込めるが、七色の光は白銀を遥かに上回っていた。


「行くぜ主人公。今日俺は、俺自身に、己の理想の強さを示す」


 思い返すは過去の道、これまでの道程。

 憧れ、欲し、望んだ日々。長く待ち遠しい、あの期待と希望に満ち溢れた高揚をより強く昂ぶらせろ。


「妄想顕現……天上七色レインボー水晶剣クリスタルソード


 そして結城は大地を蹴り、クロードに迫った。

 初手に見せた高速の踏み込みの一太刀。


「なら、僕もこの理想をありったけぶつける!」


 極彩色の残像を置く斬撃と、輝く白銀の尾を引く斬撃が重なりあう。





「世界には……存在には必ず上限が存在する」


 アルカディアの王は、城の頂にある玉座の間の窓から、無限に広がる青空を見上げていた。


「この無限に思える空にさえ、上限が存在する。故に、我々が持つ能力にも上限は存在する」


 日の光も届かぬ機械の塔の中枢。ディスプレイの明かりだけが照らす部屋で、白衣の影が愉悦に顔を歪ませていた。


「無敵、最強、不敗とも思えるその能力にも、必ず限界がある。その限界がより高く遠いモノこそが、頂に立つ最強と呼ばれるものだ」


 明かりが一切無く、そこには存在するものが一つも無い、漆黒と闇黒の空間。

 そして、神父の服装をした中肉中背の男


「君の想いがその限界すら超えるというなら、君はあらゆる力にも屈することは無いだろう。世の上限すら超えるだろう。そう、それは……神にすら届くだろう」




「ふぅりゃッ!」


 幾度重なりあう斬撃。刃と刃が火花を散らす。

 そのうちの一閃が、クロードを剣ごとその身体を後方へ退けた。


「くぅっ!」


 そして更に踏み込み、クロードに絶え間ない斬撃を加えようとする。

 クロードは手を翳し、再び氷結の魔法を放つ。


「アイシア!」


 水色の光が放たれ、結城は再びそれを切り伏せる。前と同じように、水色の光は飛び散った。


「アイシクル!」

「はぁっ!!」


 結城が剣を下から振り上げる、逆袈裟斬り。

 次の瞬間、氷結は結城に薙ぎ払われたかのような形で成された。


「ばっ……!」


 そして再び結城の剣は白銀の刃と重なった。

 銀風が拳を握り、よしッ!、と呟く。


「上手いぞ。水色の粒子を斬撃で起こした風圧で吹き飛ばした」


 それはパーヴァートの干渉力によって発生させた風圧だった。

 レイランから稽古を受けてはいるが、さすがに純粋に剣技だけで風圧を起こすような技量は身に付いていない。

 しかし、それでも、結城の斬撃は徐々にクロードに届きつつあった。

 結城の動きは確かに単調だった。だがクロードがその隙を突くと、途端にリズムを変えてくる。

 そのペースを結城から奪いきれない。

 気が付けば避けることは出来ず、剣で受け止めるのがやっとになっていた。

 そしてそれも長くは持ちそうに無かった。

 徐々に、身体に疲労が蓄積している。

 しかし激しく動く結城の動きは、より疲れの色が見えるどころかより鋭さを増している気すらする。


「どうしてこんな力が……こんな力があって、どうして何かを怖れているんだ」

「……ッ!」


 身体を回転させ、勢いに乗せた斬撃がクロードの剣を打つ。

 クロードの身体は更に後方に追いやられた。

 既にクロードは肩で息をするほどになっていた。

 主人公補正という運命収束。特殊にして絶対に見えるその力を、結城の抱く何かが凌駕していた。


「もう怖れてなんかいない。嫌なだけだ」

「嫌……?」


 結城はクロードの問いには答えずに再び斬りかかる。


「なら、僕も本気で行くッ!」


 クロードの持つ剣の刃が白銀に輝く。虹と銀が己の存在をぶつけ合った。

 理想の力。そのぶつかり合う一瞬が、二人に互いの理想が経た過程を見せた。


「なっ……」


 クロードは後退り、結城は踏み込む足を止めた。

 反撃しようとするクロードの胸に、結城の剣の切っ先があった。


「なるほど、これが……」


 クロードの脳裏を過ぎったのは、結城の前世。過去の記憶。理想が足掻いた現実の世界。

 その生きた記憶。


「なんて……君は、なんて。なんて不憫な……こんなにも苦しい理想ものだったのか。君の理想は」


 クロードは絶句していた。あの一瞬で、結城の抱く辛さ、苦しさの全てを把握した。

 まるで無念そうに歯をかみ締めるクロードを見て、結城はむしろ笑っていた。


「よく言う。あんたの理想も絶句もんだ。あんたは、よくここまで淀みなく求められたな」


 清清しいほどの理想だった。

 そこに一切の淀みはなく疑う余地もない。一切の疑念はなく、それを信じ切れていた。

 強かった。その理想は本当に強かった。

 幼少から憧れたヒーローと言う名の主人公。

 どの誰からも好かれ、どの悪にも屈せず、戦い、勝ち、しかし孤独だった。

 人は正義だけでは生きられない。だが彼は、誰もが間違っていると言えぬほどに完璧な正義のために戦い、勝ち続け、気付けば孤独のダークヒーロー扱いだった。

 結城から見れば、それは十二分に主人公だった。


 対してクロードが抱く感情は、憐憫だった。

 醜く受け容れがたいよこしまで、正義など何一つありはしない世界。表面おもてづらだけ良くした、上っ面だけの人々。

 そして、自分もそんな人間の一人であり、一部である事実。

 それでも尚、心を捻じ曲げてでも、己の理想の姿に近づこうと、幻想と空想に届かんと、妄想を貫いてきた。

 数々の妄想は、期待は裏切られ、希望は時を経て、成長とともに潰えていく。

 やがて選択を迫られた。そして人並みの生活を削れるだけ削り、妄想を続けたのだ。


「クロード、あんたは……あなたは本当に強いな。尊敬する」

「教えてくれ結城。君はどうやって、その理想を貫けたんだ?」


 クロードのような真っ直ぐさなど、結城にはない。

 だがそれゆえに、結城がここまで現実に抗い、理想を遂げるために足掻いた。

 それは何を糧にしたものなのか。あの世界で何がその糧になったのかが分からない。

 理想の交錯は、その理想が経た過程と感情は伝えても、その糧までは教えてくれなかった。


「俺は人間が大嫌いだ。醜くて、汚らわしくて、穢れていて……自分のことだって嫌いになりそうだった。でもな、それでもな……素敵だと思える人間も居たんだ」

 

 それはこんな自分のために、最高の剣を捧げてくれる従者。

 こんな自分のために、嫌われてでも救ってくれようとした友。

 闇黒の名を冠し、自分を自由に導いてくれようとした欲の権化。

 水晶の名を冠し、その光輝で前世の自分の心を支えてくれた相棒。


「しかも、こんな俺も……いや、俺こそが素敵だと言ってくれる愛しい人達が居ると知ったんだ」


 クロードは察した。彼は現実から独立したのだ。彼は完全に、自身を糧に生きてきた。

 彼はどこまでも、妄想だけを信じて、ここまで来たのだった。


「俺はそんな彼らにこそ尽くしたいと思ったんだ。そういう気分なんだ。ただそれだけだ」


 クロードはこの瞬間、結城の理想の本質を感じ取った。だが、ならば、だからこそ、自分の理想を押し通さなければならない。


「自分にとって都合の良い人だけを助けるのか……」

「ありがちな問いだな……自分の大切な仲間のために戦う。これが悪いことだと?」

「選り好みなんて!」

「世のため人のためって性分じゃないのは、嫌と言うほど思い知ったさ」


 人に優しくされたいなら、人に優しくするべし。ようはそんな、打算から生まれた善意だったんだろう。

 だが、世の中はそこまで綺麗じゃない。だから善意の安売りはやめたんだ。


「自分を安くするのは、もうやめたんだ」

「君は……君は英雄じゃない」

「そうだ。俺は英雄じゃない。今更だ。そう呼んでくれるのは、大切な仲間からだけで……」


 クロードが気付いた時には、既に結城の剣がこちらを捉えていた。


「充分だッ!!」

「しまっ……」


 虹色の剣の鋭い先端が、最速の刺突で迫った。

 クロードは咄嗟に後ろに下がり、白銀の刃の面で受け止める。

 突き立つ虹。受ける白銀。

 そして、白銀に亀裂が走る。


「まさかっ……!」

「いっけぇえええええええ!!!」


 虹の尾を引く刺突が、白銀の壁を突き破った。


「まさ、か。僕が……」


 クロードは己の白銀の理想が破られたのを、ただ見ていることしか出来なかった。

 そして、虹色の剣が次に貫くのは自分だと悟り、目を瞑った。


「ぐふっ!」


 そう思った次の瞬間、強烈な衝撃が胸部を叩き、その身は遥か後方に吹き飛んだ。

 砂浜に叩きつけられ、ごろごろと転がるクロードは10m以上は飛ばされていた。

 だが、その身体には切り傷も刺し傷も無かった。


「俺の、勝ちだ」




 ガンダーラの英雄・結城が、安全無欠の勇者に勝利した。

 その事実が、大勢の前で示されていた。


「クロードっ!」


 慌てて駆け寄るのはメイヴだった。

 横たわるクロードを抱き起こし、その名を呼ぶ。


「大丈夫かクロード! クロードッ!!」

「……っがは、ごほっごほっ……」


 必死に咳をしながらも呼吸をするクロードを見て、メイヴの表情は綻び、瞳には涙が浮かぶ。

 安堵から全身の力が抜け、それでも彼を抱きしめた。


「クロード……!」


 その様子を見届けて、結城は自分の仲間の方を見る。

 そして、少し照れながら、指をVサインにする。


「えっと……や、やったぜ」

「やったなっ!」


 蓮華の声が堰を切ったようで、全員が結城に駆け寄る。


「すごいぞ結城! 安全無欠の勇者を倒すなんて! 最強みたいなもんだ!」

「はっはっは! 本当だなおい! もう俺の相棒なんかにゃおさまらないな!」

「さすがは私の見込んだパーヴァートだ。<七色プリズム妄想パラノイド>の初陣、見事だった」

「まっ、私の結城ですもの。当然といったところですわね!」

「お、おめでとうございます!」

「俺の命の恩人がこんなに大物だったとは……」


 大盛り上がりの中で、レイランが凛と響く声で結城に語りかけた。


「おめでとうございます、マスター。お見事でした」

「あはは……ありがとうレイラン、皆も。」

「ふふっ、お礼は夜にでもたっぷり頂くとしよう」

「あなた本当に自重って言葉を……あ、私もお待ちしておりますわ」


 彼らの冗談なのか半分本気なのか分からない言葉に、結城は笑って応える。

 苦笑ではなく、心から楽しいと思える笑顔。

 だが、一人だけ足りない気がして、周囲を見る。それは。


「ローラ?」


 結城が声をかける。だがローラはずっと向こうの方を見ていた。

 向こう、その先には、一人の魔女。


「やはり、こうなってしまったわね」

「魔耶さん、あなたは……」

「退きなさい。私はソレを殺さなければ」


 黒い魔女の外套から伸びる、手にある杖。


「待ってください魔耶さん!」

「ローラ、あなたの噂は聞いているわ。それでも……死んでもそいつを殺すわ」

「どうして、ですか?」

「クロードは、最高の英雄。そうでなければならない……ぽっと出の若造に負けるなんて」


 若造というが、結城と外見年齢はほぼ同じである。


「これが他の仲間に知られたら、クロードの信用は落ち、他の英雄にその座を取って代われる……それだけは防ぐ」

「知られたらって……」


 グレイは周囲を見る。セレナとアイスの試合以来の喧嘩行事であったが故に、大勢の人間が観衆として来ていた。


「かなり大勢に見られてるぞ」

「ならここを滅ぼすわ。子供から老人まで、一人残らずね」

「やめて下さい! そんなことをしたら、魔女がまた迫害されてしまいます!」

「貴方の理想は知っているわ、ローレライ・アンジュ。けれどごめんなさいね。私は魔女はこれでこそだと思っているから」

「それは、どういう意味ですか」

「良いイメージなんて必要ないのよ。迫害されるくらいが丁度良い。周囲を気にせず、思う存分すき放題したいもの」


 手本のような悪の魔女であった。ローラは己の杖を構える。


「結城さんはやらせません。貴方を止めてみせます」

「ローラ!」


 蓮華が砂埃を巻き上げながら疾風のごとく、ローラを庇うように前に立った。


「ローラは私の友達だ。絶対に護るぜ!」

「……生憎と、直接やりあうつもりは無いわ」

「な、なんだと?」

「言ったでしょ? 一人残らず滅ぼすって。魔術戦は布石の数だけ有利になれるのよ」

「この魔力の流れ……」

「おいローラ、なんか身体がゾクゾクする。アイツはなにしてるんだ!?」


 それは、この場に居るほとんどの者が、同じものを見ていた。

 ただし、「見え方」は各々に多少の差があった。


「布石……そのままの意味でしたか」


 ローラの瞳は魔力を通すことであらゆる魔眼となれる。

 普通なら魔力とは現象が引き起こされなければ視認できない。

 だがローラには見えていた。街を覆う禍々しい色とりどりの輝き。オーロラのような幻影の光を。


「ローラ、とにかくヤバイ感じはしたぜ」


 蓮華はまったく見えていない。だが、肌身がそれを見ていた。その感触を見ていた。

 絶大な気、揺れ動く空気、歪み捩れる妖気が、街全体を覆いつくすような膨大な淀み。

 それは蓮華の野生の勘を刺激した。


「……なんだ、これは」

「さて、これはちょっと引きますわね」


 銀風と新月は、流れる魔力の持つ干渉力を視ていた。

 干渉力は力の流れであり、現象を引き起こす流れ。つまりは存在そのもの。

 影響は及ぼし、現象が起こる。それを可視化するのがパーヴァートの力のシステム。

 そして、魔耶の魔力が影響を及ぼし、魔術という現象が起こる。

 紫色の光の線が、街の各所に降り注いでいる。


「ふふっ……」


 魔耶は邪悪な笑みを浮かべる。


「この魔術は指定された範囲において、高密度の魔力を凝縮、一気に解き放ち、存在する全てのものを吹き飛ばす……悪魔と契約した、私にしか出来ない大魔術」


 それは全てを消し炭にする膨大な熱にして、あらゆる存在を凍てつかせる絶対零度……

 それらをも上回る消滅の光。


「貴方たちの死因は、ユートピアが作り出した巨大な爆弾によるもの、としておきましょう。では、ごきげんよう!」


 その街中の術式に魔力の満ち、そこに最後のトリガーとなる魔力を流す。

 破滅の光がガンダーラの中心から広がっていく。


「なぁに、俺の妄想が勝てばいいだけのことだ」


 結城は虹の剣を構える。

 とはいえ、力の行使にはやはり代償があった。

 結城が迫る光に向ける剣の刃は、僅かに疲労からの震えがあった。

 そして、レイランだけはそれを見ていた。

 レイランは己が剣に手をかける。


「マスター、御身だけは必ずやお守りします」


 レイランが鞘から抜き始める剣。

 誰もが迫る光に気を取られ、その刃が発する妙な光と色に気付かない。


「たとえこの秘剣を晒すことになろうとも、あなただけは……」


 意を決し、輝く剣に力を込めた。

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