33話目 精霊使いVS異能使い
アンディはまっすぐ訓練施設へ。ケリーは店を一件一件見て回っていた。
「クソッ、どこにもいねぇ!」
訓練施設はもぬけの殻だった。訓練場、食堂、と見て周り、最後に中庭を見る。
「居た!」
たった一人、訓練を続けている姿があった。
「なんだ、俺らと同じ訓練所出身か」
傭兵の服と、ガンダーラの兵士と少年兵の軍服は違う。
傭兵はモスグリーンの迷彩柄が基本。あとはフリースタイル。
ガンダーラの兵士は黄土色の迷彩柄。少年兵は青の迷彩と区別されている。
「なああんた、教官たち知らないか!?」
拳が虚空を突き、動きは止まる。すぅ、と呼吸を整えてから、彼女はアンディのほうを向いた。
「あの人たちならもう飲みに行っちゃったけど? あなたは?」
「マジかよ……俺はアンディ。見ての通りあんたと同じ少年兵さ。どこに行ったとかは聞いてないか?」
「聞いてない。何かあった?」
「ユートピアの奴らが来たんだ。得体の知れない奴が三人、トラックで……」
「案内して」
少女は何気なく、唐突に言った。
「あ、案内してって……あんた一人が行ったってどうにも……」
「じゃああなたは引き続き傭兵を探して。私に場所だけ教えてくれればそれでいいわ」
鋭い眼光がアンディを捉える。その視線と圧迫感に耐えかねて、アンディは場所を口にしていた。
「ば、場所はここから西北西にある検問所だが……お、おい、本当に一人で行く気か!」
少女がアンディの横を通り過ぎる。ふと立ち止まり、振り返る。
「私がそいつらを殺すのが先か、あなたがこっちに援軍を寄越すのが先か。それだけのことよ。あと私の名前はサリマよ」
「サリマ……分かった。分かったからちょっと待てって、おい! サリマ!」
サリマはアンディの声を無視して中庭から立ち去る。
「クソっ、傭兵探すのを手伝えよ!」
アンディは唾を吐いて、再び走り出す。
雑踏を走り抜けていると、ドンッ、とケリーは人とぶつかってしまった。
体は弾かれ、地面に尻餅をつく。
「あいたた……ご、ごめんなさい!」
「ああ、いや、そっちこそ大丈夫か? 随分慌ててるな。どうかしたのか?」
「あ、ありがとう。いや、実は……」
ケリーは差し出してくれた手を遠慮なく掴み、起き上がらせてもらう。
「傭兵、傭兵を探しているの。あなた、見かけてない?」
「傭兵? いや……セレナ、見たか?」
「い、いえ、傭兵さんは見てないですね……」
「そうですか……見つけたら教えてください!」
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「そ、それは……」
ケリーは説明を躊躇った。一般市民に敵が来たと知られれば街はパニックになる。
ここは適当にあしらうべきだと判断した。
「き、機密事項なので」
「何か困ってるなら協力するぞ。一応、こっちのボスがここの英雄だからな」
「へっ?」
ガンダーラを救った英雄。ということは……
「ガンダーラの英雄で結城って知らないか?」
結城。ガンダーラを救った英雄たちの筆頭。囮を使って内部に潜入し、様々な情報をユートピア軍から抜き出し、そのボスも自らの策略で部下に討たせ、手柄を上げさせたと聞いている。
そんな天才的な頭脳と圧倒的な能力を持つ英雄である結城の仲間。この緊急事態に出会えたことが、あまりにも幸運だ。
「じ、実は、ユートピアから新たな敵が襲来したんです!」
「なっ……場所はどこだ?」
「ここから西北西に位置する検問所です。数は少ないですが、きっと只者じゃない……今は仲間が食い止めていますが」
その話を聞いて、竜人は内心かなり焦っていた。
自分は竜騎士とはいえ、戦闘は出来ない。出来るのは飛竜を操縦するだけだ。
そしてセレナも戦闘が得意な魔法使いというわけではない。
「竜人さん、結城さんたちを呼んできてもらっていいですか?」
ふと、セレナが言う。竜人は驚きながらセレナを見る。
「なっ、お前はどうするんだよ」
「私は、皆さんが来るまで時間を稼ぎます」
そしてセレナはここに居る。竜人は飛竜に飛び乗り結城たちを探している。
(ど、どど、どうしよう……)
義務感と使命感、そして勢いで来てしまったが、今になってどうしようもなく不安がこみ上げてくる。
しかし一人ではない。自分には精霊が付いている。
そう考え、勇気を振り絞って、言った。
「か、帰ってください」
「……ハァ?」
「痛い思いは、したくない、ですよね……?」
「ケヒャヒャ!! オマエ、オレを傷つけられると思ってるのか? いいだろう。格の違いって奴を教えてやるよ!」
フレイムタンの手の平に猛火が宿る。
「消し炭にしてやるよォ!!」
手の平をセレナの方に向けた次の瞬間、膨大な火炎が無尽蔵に噴出された。
圧倒的な炎がセレナの体を包み込む。
「ヒャッハ! 燃えろ燃えろ! 燃え尽きろ!」
全てを焼き尽くす猛火。セレナの肉体が灰になってもおかしくない量の火が、唐突に吹き飛ばされる。
「なっ!?」
炎が煽られていた。徐々に炎は何かに圧され、逸らされる。
次の瞬間、暴風が炎を切り裂いた。
「ぬぅ! クソがぁ!」
視界が自らの炎で遮られる。挙句、自分が炎に包まれる。
「風まで使えるのか……だがオレには炎は効かないぞ!」
「……なら!」
セレナが念じると、一点に集中された突風が、炎の幕に穴を開けた。
「風よ、熱を奪って!」
セレナが叫ぶ。風が炎の穴から流れ込みフレイムタンの体を吹き付ける。
「ふん、こんな温い風が……がっ?」
徐々に鳥肌が立ちはじめ、末端が氷のように冷たくなる。やがて手足が震えだし、体全体が凍え震えるほどに寒気を感じ始めた。
「さ、寒い!寒い!!」
空気や風はまったく冷たくない。ただ、強制的に体温を下げられているような。
病を患ったときのような悪寒と、解熱剤を大量に服用したような凍えが襲う。
「くっ、だが、この程度でオレの熱は止められない! ウオォオオオ!!!」
どっしりと構え、体全体に力を入れる。フレイムタンの周囲の空気が、その熱によって景色を歪ませ始めた。
「オレの炎は、誰にも消せない!」
フレイムタンの体が炎に包まれ、周囲の砂地にも炎が走る。
「ファイアーウォール!!」
両手を広げ叫ぶと、彼を中心にして巨大な火柱が立ち、広がる。
巨大な炎の壁が出来上がった。そしてそれはフレイムタンの歩みとともに徐々に迫っていく。
まるで津波。炎の大津波。
その圧倒的な見た目に、さすがのセレナも怖気づいてしまい、尻餅をついた。
「あ、ああ……」
あまりの光景に、思考が止まる。どうしようもないという絶望が全てを押しつぶす。魔法に必要な想像も、精霊とのコミュニケーションもままならない。
胸元で必死に呼びかけるアクアの声にも気付かない。
「ひ、ひぅっ!」
巨大な炎の壁はすぐそこまで迫っていた。観念したように、セレナは瞳を閉じる。
「諦めるな!」
「ふ、ふえぇ!?」
声と共に、セレナの体は持ち上げられる。
気が付くと、セレナは誰かに背負われていた。
「あんた、コレどうにかできないのか!」
張りのある少女の声だった。体は彼女が走るたびに揺さぶられ、彼女の肩がセレナの腹部に食い込んでとても苦しい。
「おい聞いてるのか!」
「え、あ、はい!」
セレナは改めて、眼前に迫る炎の壁を見る。
どう見ても魔力は通っていない。魔法の類ではない。
しかし、相手の意思に従うように、炎はその形を自由自在に変化させている。
あの猛火に対抗するには、この場所は不利すぎる。精霊が力を行使するには、場所がかなり重要になってくる。
「水、水が大量にある場所なら……」
「水……川だ。近くに川がある!」
ガンダーラに流れ込む、巨大な川。
かつて結城たちが不時着し、ガンダーラまで漂流するのに使った川だ。
「このまま川まで連れていく!」
「で、でもここを離れたら……」
「今は目の前の敵をなんとかするのが最優先だ。行くぞ!」
少女は走る方向を東に変える。するとフレイムタンが反応した。
「逃げるな! ちゃんと戦えっ!」
フレイムタンが二人を追うために方向を変えると、炎の壁も軌道が変わる。
そして三人は街とは明後日の方向へと行ってしまった。
「……さて」
残されたのは、ウィルソン含む傭兵たちと、二人の敵とトラック一台。
次に前に出たのは、化物じみた巨躯を持つ大男。
「やるか」
至極冷静に、ウィルソンは銃を構える。
「お、おい、本当にやるのか?」
「本当にって、そのための俺たちだろう」
「でも見たろ、あの赤い奴の!」
「あーだこーだ言ってるな。どっちにしろ、ここでやらなきゃいずれ殺される」
「…………」
大男がその恐るべき豪腕を振り上げる。
「なら、やるしかないだろ」
拳が砂地を討ちつける。大量の砂塵が巻き上がり、その巨体も、トラックも見えなくなる。
「来るぞ! 撃てッ!」
広大な砂地、銃声がけたたましく響いた。
「あ、あの、お名前は……」
「私はサリマ。ガンダーラの兵士だ。あなたは?」
「私は、セレナ。セレナ・アクエリアスです。一応、精霊使いをしてます」
「精霊使い……シャーマンみたいなものか。まあいい。とりあえず、あの化物を倒そう」
後方から追ってくるフレイムタン。移動はそこまで速くはない。むしろセレナを背負いながら走るサリマが速すぎる。
「水があれば本当にあいつを倒せるのか?」
「負けることは無い、と思います……」
「……まあ、今はあなたにかけるしかない。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ」
遠くに川が見え始める。やはり訓練はしておくものだと、サリマは日ごろの自分に感謝した。
銃声が一つ、二つと止んでいく。その意味するところを、ウィルソンは理解することを無意識に拒否していた。
やがて、静寂と砂塵だけが残り、砂塵もまた徐々に晴れていく。
「……クソッ」
心の中でついた悪態を、知らずに口にしていた。周囲に転がる人間だったもの、人体はいたるところに転がっていた。
そして、眼前に立ちはだかる巨漢。
あの銃弾をすべて掻い潜ったのか、否。その身には少なからず銃創があった。
微かに血がにじむ程度に、銃弾は皮膚にめり込んでいた。ただそれだけだった。
「化物か」
諦観の混じる苦笑を浮かべながら、巨漢を見上げる。巨漢はその大きな拳を振り上げていた。
次の一瞬で、確実に自分の体は周囲のミンチと混ざり合うだろう。
「間に合ったぜ!」
ウィルソンはその時、救いの女神の声かと思った。
そしてふと気が付けば、眼前には巨漢の姿はなく、代わりに自分より少し背の高い緑髪の人間の姿。
「よく生き残ったな。偉いぜ!」
振り返るその人はこちらを振り返ると、女性であることが分かった。
「私は蓮華だ。お前は?」
「あっ、ウィル、ソンだ」
「ウィルソン? そうか。偉いぞ。よく戦ったな」
少年の頭を、わしゃわしゃと蓮華の手が撫でた。幾分乱暴だが、妙に安心感を与える手の平だった。
それゆえに、この乙女が強いと確信した。
「バトンタッチだ。ウィルソンはちょっと下がっててくれ」
「れ、蓮華と言ったか。どうしてあんたは、ここに?」
「へへっ、強い奴の匂いには敏感なんでな!」
ぐっと拳を握り、敵を見る。巨漢は10メートルほど先でゆっくりと立ち上がっていた。
「あー、でもそんなでもないな」
そんなでもない。その言葉の意味をウィルソンが理解するのは、もう間もない。
「それじゃあ、とっとと終わらせるか!」
拳を握る蓮華。振り下ろされる拳に、自らの拳で真っ向から迎え撃つ。
硬い物同士がぶつかり合う音。小さな拳が大きな拳を打っ飛ばした。
「頑丈だな!」
そのまま流れるように前進。右肘が巨漢の腹部を射ち抜いた。
「ゴフッ……」
巨漢は怯むことなくその手で蓮華の体を掴む。
「おおっ!」
そのまま大きく振りかぶり。ガンダーラのほうへ勢いよく放り投げた。
「そんなんじゃ振り払えないぜ!」
蓮華の右手はしっかりと巨漢の人差し指を鷲掴んでいた。
遠心力で体が宙に浮いたと共に手を離し、巨漢の真上に来る。
「必殺、名剣宝刀!」
落下しながら、蓮華の手刀が脳天に命中した。
落下中に技を放った蓮華の体が、再び浮き上がるほどの威力。
反動でそのまま後ろに回転しながら曲芸のように着地した。
「グオッ……」
巨体が揺らぎ、呆気なく砂地に崩れ落ちた。
「へっ、ちょっと手応えが無かったな」
なんとか水辺にまで辿り着いたセレナとサリマの二人。押し迫る炎の壁と再び対峙する。
「本当にコレで勝てるのか?」
「負けはしない、と思います」
セレナにはローラのような化物じみた魔力と技能はない。魔耶のような優れた多彩さもない。
セレナが持ちうるのは、唯一つ。精霊との絆。その一点のみ。
(思いの強さが、力になるなら、理想の力が強さになるなら、私だって!)
炎を身に纏う彼の理想がどんなものかは分からない。それでも、自分の理想が他者に負けるなんて思いたくない。
「今ここに! セレナ・アクエリアスは、精霊との絆を示します!」
川の水が大きくその流れを変える。法則は彼女の魔力と精霊の意思によって捻じ曲げられ、独自に形を成す。
それは水の精霊の姿。水の肉体、水の四肢、水の骨に水の肉、水の皮膚。そして澄んだ瞳と麗しい美貌。
水の精霊、ウンディーネ。
ふと足元には水の身体の蛇が犇めき合い、周囲は水の身体の馬が囲っていた。
「そ、それはなんだ」
「この子達は、精霊が作った水の人形。数多くの水精、幻獣を象った小さな水の精の集りです」
フレイムタンはこちらを睨みつけている。
「水があればオレに勝てると思ったか! 焼け石に水だってことを教えてやる」
巨大な炎の壁が迫り来る。水の人形はそれに対抗して水精の軍勢の波として突撃する。
水と炎が入り混じり、白い蒸気が広がり、獣の悲鳴が響き渡る。
「フハハ! 蹂躙!焦土!獄炎と業火に悶え苦しめ!」
炎が次々と水を飲み込んでいく。大火にいくら水をかけようとも、その勢いを止めることはできないように。
「壁は止まったが……」
炎の壁はその動きを止めていた。しかし拮抗するばかりで、その勢いは一向に衰える気配が無い。
「私には、こんなことしか出来ないが!」
サリマは持ってきた拳銃で乱射する。銃弾は炎を突き破るが、通り抜ける頃には液状に溶け、勢いも失って地面に落ちるばかり。
「クッ、やっぱり、私程度ではユートピアの奴らとは戦えないのか……」
「えっと、サリマさん?」
「悪い。私じゃこいつは……」
「私が穴を作ります。そこから敵を狙えますか?」
「ここから、敵を……」
距離は決して近くは無い。だが、この拮抗状態を自分の力で崩せるならば……
訓練に明け暮れた自分を信じ、サリマは頷いた。
「任せて」
銃を横に振ってマガジンを投げ捨て、腰のホルダーから新たなマガジンを取り出し、装填する。
「アクア、お願いです!」
セレナの胸元、小さな水の妖精が頷いた。
アクアが何かを唱えると、セレナの足元にいる一匹の蛇が氷結し、一本の刃となった。
だが、不意に一匹の水の蛇が壁を抜けた。
「な、なにっ!?」
その小さな穴が、徐々に広がっていく。
大量の水蛇がなだれ込み、やがて馬もこじ開けてくる。
「チッ、だがそんなんじゃ足りねェ!」
左手に大きな火球を生み出し、振りかぶる。
「サリマさん!」
「分かってる!」
燃え盛る炎が敵の姿を歪ませる。
「迷ってる場合じゃない……ったれ!」
発砲。銃弾は水流と炎の隙間を掻い潜り、フレイムタンを襲う。
「つぅッ!?」
弾丸はその頬にかすり傷を一つ作るのみだった。
だがそれで充分のようだった。
左手の火球は形がブレ、炎の壁も一瞬大きく揺らめいたと思えば、大量の水がそれを鎮めていく。
「クソ!クソッ……嘘だろ!? なんだよこれ!」
「確かに、火と水は相反し、より力と量の多い方が、少ない方を消し去ります」
火は水で消せるが、水もまた火の熱によって消し去られる。二つは相対する等価値の存在なのだ。
「フレイムタン、あなたが今相手にしているのは、この大きな川と、その大元の水源。そしてこの先の広大な海です。その膨大な量の水があれば、どんな炎だって消しきることができます」
「馬鹿な……オレの火が、こんな、負けるわけがないッ!」
炎の壁が消えうせると、水の軍勢が一斉に襲い掛かる。
フレイムタンは両手を合わせ、その間の空間に持ちうる全力の火炎を集中させる。
「猛火圧縮……爆裂突貫!」
一転に集中させた炎の一閃が水の軍勢を掻き分けていく。
しかし、勢いは見る見る衰え、最終的には飲まれた。
「そ、そんな……うわーっ!!」
そして迫り来る大波。フレイムタンは飲み込まれた。
向こうの方で立っていた火柱が失せた。勝負が付いたのだろう。
残りは一人。とはいえ、特に強そうには見えない少女だ。
「で、どうするんだ?」
蓮華が問うのは、不健康そうな少女。
「そういえばさっきの奴の名前聞きそびれたな」
巨漢は砂地の上で崩れ落ちたままだ。
すると、少女が口を開いた。
「彼は、異能者。コードは暴君。私は異能者。コードは念動力」
「イレギュラ? サイコ?」
聞きなれない単語の連発で蓮華の頭は混乱する。サイコは構わず話を続ける。
「あなたも《異能》を持っているの?」
「私は地上最強っていう理想の力しか持ってないぜ?」
「……そう、なの」
サイコは踵を返し、トラックに戻る。
「えっ、帰るのか?」
「あなたには、勝てそうに無い。だから……直接街を潰す」
トラックの近くで止まり、再びガンダーラの方を向いた。
緩やかに、手を這わせるように手を上げる。
それが、同じように、しかし先ほどよりも遅い動きで、実にゆっくり下ろされていく。
「なにを……」
その時、後方で、街の方で何かが崩れる音がした。
振り返ると、検問所の建物が崩れていた。
「なっ……!?」
さすがの蓮華も驚く。動作一つで、建物が倒壊した。と思えば、その次の奥の建物に見る見るうちに皹が入り、音を立てて砕け崩れていく。
「お、おい! なにやってるんだ!?」
「テレキネシス……サイコキネシス?」
本人もいまいち理解していないようだった。とにかく念力に近いものらしい。
「ま、待て、早まるな!」
「…………なに?」
「あそこには私の大切な友達がいるんだ。やめてくれないか?」
「友達……? でも、任務……」
「頼むよ。そんなに大切な任務なのか? 脅されてやらされてるなら私がなんとかしてやるぜ? お金がないのか? それともそれとも、うーん……なんでこんなことするんだ?」
「……何で?」
手が止まる。そして、目を伏せて考える。
「私は……なんで……とも、だ、がっ、ぐぅ……」
サイコは唐突に襲う頭痛に頭を抱えた。
『君が友達と再会するためには、より実戦向きの力が必要だ。僕がその力を与えてあげよう!』
友から貰った力を提供し、更なる力を得ることが出来た。これで、かつて別れた友達を探しにいけると歓喜して。
多くの薬物、多くの刺激、多くの苦痛が伴った。
それでも尚、愛すべき友と会いたかった。
この鉄の檻を抜け出して、広い世界を彼女と共に見てみたかった。
あの時伸ばしてくれた彼女の手を、取りたかった。
「そう、私は、友達を、探さなきゃ……」
「友達?」
「どうして、名前が出てこないの……?」
名前どころか、姿さえもおぼろげで、どうしても思い出せない。
「なんで、なんでよぉ……なんで思い出せないのよッ!!」
瞬間、トラックが一瞬にして吹き飛び、すぐに蓮華にもその力が加わった。
「うぐぁ!?」
目に見えない力で身構えることも出来ずに吹き飛ばされ、しかし地面になんとか足をついた。
「お、おい! 大丈夫か?」
「思い出せない……思い出してよッ……」
搾り出すような声の後に、地面を大きく抉る衝撃が彼女の足元で起こった。
「くっ、これなんかヤバイぜ」
大量の砂を被りながら、蓮華はサイコを見る。
彼女は足元に巨大なクレーターを作り、滞空していた。
「怖いよ……どうして思い出せないの? 助けて……助けてよ、あの時みたいに……助けてよぉっ!」
「懐かしい香りがすると思って来てみれば……」
その声に、はっ、と顔を上げる。記憶を刺激するその声の主を探す。
その人物は、蓮華の横を通り過ぎた。
「お、お前はっ!」
「涙を流す美少女あれば、颯爽と来る銀の風。色鮮やかな彩りで、貴女の笑顔を取り戻そう」
謳いながら、その乙女はクレーターの淵に立った。
「私は<変態>・彩の銀風!」
「ぎん、ふ……」
右手を真っ直ぐに構え、しなやかに指先を伸ばす。左腕は口元を隠すようにL字に曲げて横に向け、ポーズをキメた。
そしてスッと元に戻り、久しい友人に対する笑みで迎えた。
「久しぶりだな、<黒の淫夢>」
銀風と淫夢。ユートピアでの戦友が再会を果たしたの場所は、戦場だった。
淫夢の念力はパーヴァート由来のものであった。
故に、銀風はその力を容易く圧倒した。
クレーターの内側に手を突っ込み、かかる力を強引に引き裂き、道を作る。
すると黒の淫夢はふと落下し、クレーターの中央にゆっくりと着地した。
「ほ、本物の、銀風……?」
「ふふっ、お前の友達にこんな凛々しい美少女がほかに居たかい?」
「あ、ああっ、わ、私、謝らないと、力のこと……ごめ、いやっ! 許して!!」
逃避の願望から来る拒絶の意思が、攻撃となって銀風に襲い掛かる。
だが銀風はそれをひらりとかわした。
見えないはずの念力の干渉。しかし銀風は次々に避け、確実に淫夢に近づいていく。
パーヴァートは干渉力を視界に捉えられるので、本来は目に映らない念動力も目視でき、回避も容易だった。
そして後一歩で手が届くというところ。
「まったく。そんなに私に会いたかったのか?」
「っ!!」
淫夢の体がビクンと大きく跳ねる。
全方位攻撃を放った淫夢だったが、銀風は干渉力の壁を容易く片手で受け止め、力の壁を消滅させた。
そして、跪く淫夢を見下ろす。
「ふふ、錬度が違うんだよ、錬度が……会いたかったよ、淫夢」
銀風もまた跪き、同じ高さになって、淫夢の身体を抱きしめた。
「ぎ、銀風……ぎぃ、んふぅっ……うわぁあん!!」
こうして、ユートピアの刺客は全員撃破でき、ガンダーラは初めての防衛戦を凌いだ。
ちなみに、後日トラックを調べると、そこには映像記録する機械と、発信する機械が積まれているのみで、運転手も居ない自動操縦だった。
「ハハハ! すごい、すごいな! まだまだこんなにも未知なものがあろうとは!!」
狂喜乱舞するように、白髪白衣は高らかに笑う。
広く暗い空間。数多くのディスプレイとランプの明かりだけが照らしている。
「異能の火は精霊という大自然に、暴君はただの格闘乙女に、超能力は変態によって打倒された……すごいなぁ、さすがだ。研究のしがいがあるなぁ」
自身の身体を抱きしめ、身悶える白髪白衣は、唐突に動きを止め、踵を返した。
「さぁて、次の実験の用意だ。まだまだ彼らには楽しませてもらわないとねぇ。クフフヒヒッ!」
そう独り言を呟いて、ある画面を見る。そこには、人型をした何かの影があった。
「実験だ。もっと実験をしよう。この世界は、この私の最大の実験場だ。この『博士』の!」
そして愉快そうに、高らかに笑う。100を越える画面には、機械、生物、兵器と様々な物が数多、映し出されていた。
結城たちはガンダーラの宿屋の一室に集っていた。
「結城、これはかなりまずい」
そこには結城たちのほかに、捕虜として敵であった三人、フレイムタン、タイラント、そして黒の淫夢
フレイムタンとタイラントは淫夢と銀風のパーヴァートの力で二人の能力を抑制されていた。
「淫夢の持つ念力がパーヴァート由来のものなのは、さっき話したな」
「ああ。フレイムタンとタイラントは違うんだよな」
「二人は違う。干渉力は感じ取れなかった。だが淫夢の念力からは確かにパーヴァートの力を感じた」
それはつまり、パーヴァートの力が応用されて、新たな異能として開発されたということだ。
「パーヴァートの干渉力を応用するなんて、普通に考えたらありえない」
干渉力は、パーヴァートが持つ独自の力であり、理屈だ。
それがどのような原理で働き、どのような原動力を必要とし、どれほどの効果が得られるのか。
「それがまさか変態という素質と、性欲という衝動が原動力だなんて、解析できるような奴はまずいない。もし出来るとしたら同じパーヴァートくらいだ。そしてそうであれば、わざわざ念力だけに特化させたりなんてしない」
パーヴァートの力は性欲を糧とし、妄想によって形作られる創造できる想像の力だ。
その万能ともいえる力を、わざわざ念力というジャンルに固定する必要がない。
「となると、この力に気付いたのは、パーヴァートではないことになる。パーヴァートでないにもかかわらず、この力を許容し、応用し、登用し、活用する。そんな脅威の変人が居るということだ」
そしてそれは、パーヴァートの力に対して何らかの対策がなされてしまう恐れがある。
干渉力を無効化する兵器、妄想を阻害する装置など、こちらの不利になることは避けられない。
「その兵器ないし装置が、もし横暴な健全の二文字を掲げる奴らの手に渡れば……」
偏った性癖は迫害され、性欲を満たす雑誌や道具の流通も制限され、胸が高鳴るような放送内容も規制される。
それだけならともかく、そういった物の所持まで罪になってしまうかもしれない。
「私の百合画像フォルダも危うい」
彩の銀風はブレない。変態として最初から最後まで完成されている。
「結城、お前にはそろそろきちんとパーヴァートとしての覚醒をしてもらわないといけなくなる」
「もう力は使えるぞ?」
「それだけでは駄目だ。要するに、エロスが足りない。もっと煩悩に塗れなければ。そこで……」
どうやら旧友との久しい再会により、銀風の何かのスイッチがONになってしまったようだ。
こうして、結城たちは海水浴を行うことになった




