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32話目 異能者

 うっすらと、仄かな光が暗がりを照らし始めている。

 夜明け。夜闇は、後もう少しで眩い光に満たされる。


 そして結城は目を覚ました。


「…………」


 正面にはすやすやと寝息を立てている銀風の顔があった。

 何やってんだコイツ、と言い掛けて、やめる。

 気持ちよさそうに寝る銀風をそのままに、結城は起き上がった。

 結城は致命的に朝が弱い。睡魔との勝負では黒星がほとんどだろう。

 だが、なぜか今は眠気がほとんどない。むしろ不気味なほどにすっきりと清清しい。

 ふと見ると、銀風に取られまいと反対側で新月が寝ていた。本当に何やってるんだと心の中で苦笑した。


 結城は立ちあがり、毛布を銀風と新月にかけなおしてやり、音を出来る限り立てないように動いてテントの外に出る。


「あっ」


 同じタイミングで外へ出たばかりのレイランと目が合った。


「おはようございます、マスター」

「おはようレイラン、早いな」

「はい。鍛錬がありますので」


 魔物など一匹も居ないため、物音一つしない。澄んだ空気と、まだ光に染まりきらない紫の空。その下には、結城とレイランしかいない。

 二人は柔軟を始める。同じ動きをそこそここなし、次は各々の鍛錬を始める。


「すぅ……」


 レイランは剣に手をかけたまま静止する。結城は適当に両方の拳を構える。


「妄想顕現……」


 結城は瞳を閉じ、イメージする。

 心奪われるような闇黒。

 より純粋で、より強く、より色濃く。他の色に濁されることの無い、真の黒。

 その髪は漆黒、瞳は純黒、外套は暗黒、剣は闇黒。


「ダクスト」


 その姿が、ゆらりと結城の眼前に像のように浮かび上がる。

 瞬間、ヒュバッ!と風切り音が鳴る。レイランの居合い。

 像が断ち切られたかのように揺らぐ。居合いの音から、居合いのイメージが湧いてしまったためだ。

 しかしなんとか持ち直し、妄想、イメージの純度を高めていく。より精巧に、より精密に、より忠実に……


「ふぅ……こんなものか」

「この私をイメージするとは……なるほど、確かに私はお前の妄想の産物。お前が最も正確に妄想できる物の一つか」


 ダクストの姿、声、仕草、そして放つ威圧感。


「とはいえ、オリジナルには程遠い。私とて、隠し事の一つや二つはある」

「まあそれはともかく……今現在で俺が出来る最強の妄想だ。付き合ってもらう」


 結城はパーヴァートとしてダクストを顕現し、それとは別の根源から虹の水晶の剣を手に掴む。


「いいだろう。自分の妄想に殺されないように気をつけることだな」


 ダクストが剣を抜き、振り上げる。刃は底が見えぬ深淵の闇黒のような黒に染まっている。そしてそれを尚凌駕する黒の六角水晶が、結城の虹の剣と同じように根元に埋め込まれていた。



 日が山脈から顔を出し、陽光が夜闇を掻き消した。


「がっは……」

「フンッ!」


 それに対して、結城は闇に幾度となく敗北していた。

 闇黒の剣は、長大な闇黒をその刃に纏わせ大きな刃とし、結城の体を虹の剣ごと斬り伏せた。


「これで14回目だ」


 このダクストは結城の妄想であるが、その攻撃は確実に結城に傷を負わせ、命すら奪いかねない代物だ。


「そろそろ自己回復も限界だろう。私はもう帰るぞ」


 結城の返答を待つことなく、ダクストの体は霧散した。残されたのは、傷だらけの結城のみ。


「げっほ、ごっほ……補正かかってないか?」


 折れた虹の剣の刃を見る。これは折れたというより食われたに近いように見える。

 虹の剣は結城の心。まるで心を闇に奪われたかのよう。

 あらゆる存在を食い散らかし、光さえも貪り尽くす。強力すぎる闇。

 その奔流を、結城は一度として受け止めきることが出来なかった。


「お疲れ様です。マスター」


 レイランが尻餅をついている結城に水の入ったボトルを差し出す。


「ありがとう、レイラン」

「朝から追い詰めすぎではありませんか? ペース配分を考えるのも鍛錬です」

「あはは……そうだな」


 結城は水をごくごく飲む。


「ぷはっ! さて、今日はどこまでいけるか」


 ユートピアがある方向を見て、結城は呟いた。




 ダクストが持つのは闇黒水晶。

 黒水晶はモリオンと呼ばれ、パワーストーンとしてはあらゆる不浄を払い、災厄を退ける強力な力を持っているという。

 それは、純粋なる闇ゆえに。

 邪気、悪念、不安、恐怖という負の要素すら、闇黒は塗りつぶし、染め上げる

 ダクストの闇は罪や業といった物ではなく、より純粋な、守護の力であった。


「だから結城を守ろうとするのだろうな」


 そう語るのはクリスト。

 クリストは結城にとっての光、善、正義を象徴する存在。光の使者と呼ばれる。

 結城の人生の中で、最も長く、最も身近に妄想してきた存在でもある。


「確かに人間は光だけではなく、闇を共に有してこそだ。そろそろお前にも闇が必要なのかもしれないな」


 テントの中で、レイランが作ったパスタを食べる一同。

 結城は昨日のカレーの時にも劣らぬ声で唸る。


「カレーも良いけどパスタも絶品……ニンニク利いてて美味しい!」

「マスターの好みに合わせて、火の通しにバリエーションを加えました。フライドガーリックの感触がポイントです」

「クッ、確かにこのガッツリとした味わい、戦場で疲労した体には効く……やるな」

「確かに美味い! でもローラの料理も美味いぞ! そうだ、また作ってくれよ」

「えっ、私が? そうですね……人肉使ってよければ」

「聞けよ」


 クリストは結城を見る。伸び伸びと活きている。信頼できる仲間に囲まれ、自分も相手も偽ることなく、あるがままに振舞っている。

 幸せそうにしている。クリストは一つ大きく息をして、微笑を浮かべていた。


「で、結城。これからはどうするんだ?」

「どうするって、このまま西に突き進むしかない」

「いや、それはちょっときついぞ」


 一通り食事が終え、食器も片付いたところでグレイが地図を広げた。


「アルカディアからこの山脈までの距離はせいぜいこの程度。ここにある車を使えばノンストップでいけば6時間で辿り着く。だがここからユートピアまでの距離はその三倍ある」

「一日かからないのか」

「結城。敵はこの辺り一帯のゴブリンからドラゴン、巨人の類までを尽く排他した国だぞ。そう簡単に近づけると思うか?」

「何か、罠があると?」

「それもある。だが敵が大掛かりに陣を敷いたらそう容易には抜けられない。そうなると援軍の到着を待つしかない」


 勝手に飛び出した自分たちが援軍に頼るというのも気が引ける。


「だが、俺たちはトンネルを制圧した。アルカディアは当分安全だ。感謝されこそすれ、咎められる筋合いは無い。そこは自信を持っていい」


 さて、では具体的にどうするべきなのか。


「ここは一旦ガンダーラに寄るべきだ。色々準備が要る」




 ユートピア軍の車を使って川沿いに下り、結城たちはガンダーラに辿り着いた。

 山脈のトンネルはローラによって一方通行の封印がなされ、ユートピア側からは通れず、アルカディア側からは魔法使い一人が居れば簡単に開錠できる。


 ガンダーラはまたユートピアに占領し返されていた、ということはなく、むしろユートピアに対抗するための組織が活動していたり、活気があった。



「結城、服を買おう」


 唐突にグレイが言い出した。活き活きとしたグレイに反して、結城は目をそらす。


「いや、俺は服はよく分からない」

「そういえば、初めて会った時は青いズボンに灰色のシャツだったな」

「服装に拘ったことはないからな。強いて言えば地味すぎず、されど目立たずってところか」


 この世界の人間の中では遥かに地味だ、とグレイは思った。


「とにかく、その服もそろそろボロくなってるだろう。自分の戦闘スタイルと美的センスにマッチした服装を選べば、遠慮がちなお前にもきっと自信がつくさ」


 適当な服屋に入り、軍人のセンスでコーディネートされていく。

 全身が迷彩、あるいは緑色、青の迷彩。

 防弾チョッキ、ジャケット、鐵鋼の仕込まれたガントレットクールなサングラス。ガンホルダーにナイフ……徐々に武器もファッション要素に含まれて行き、最終的には完全に軍人か傭兵みたくなった。


「グレイ、それではいささか優美さに欠けます」

「むっ!?」

「あっ、レイラン」


 結城の背後にいつの間にか立っていたレイラン。


「マスターならばもっとこういった物の方がお似合いです」


 藍色のジャケット、金色の刺繍、茶色のブーツ。落ち着いた色合いながら、どことなく貴族のような豪華さを思わせる。

 そこに剣を持たせ、レイランは小さく頷く。


「お似合いですマスター」

「そ、そうかな」

「なんだか楽しそうだな!」


 結城は着せ替え人形のようにころころと衣装を取り替えられる。

 茶色の穴あきグローブと黒のピタッと引き締まるインナーのようなスーツ、茶色の半袖ジャケットを着る。


「悪い、私も服装とかはあまり気にしたことが無いんだ」

「だと思った」


 あれやこれやと服屋で遊び、色々買った後に飯を食う。久々のタコス、チミチャンガ、ケバブ、グシュトゥにショルバ、マントゥ……


「またバカンスみたいになったな」

「結城、場所や環境を変えるのも気分転換には必要なんだよ」


 テーブルを囲み、各々が久々のガンダーラ料理を味わっている。


「お前は色々溜め込みそうな性格してるからさ、心配なんだよ」


 内気で内向的な性格。インドア派の根暗ということだ。アウトドア派の活発系では無いのは確かだ。

 結城もそれを自覚している。むしろそれでいいと思っている。

 とはいえ、それゆえに社会に対してあまりにも不適合者だったのも確かだった

 嫌な思い出は数多く、今でも時々悪夢に見る程。その傷は理想を持ってしても容易くは埋められないらしい。


「お前がここで金を稼ぐのに、働くことより戦うことを選んだのは、やっぱりそれがあるからなんだろ?」

「……さあ? でも、怒られるのも怒鳴られるのも嫌いだし、かといって努力したいとも思わない」


 仕事とは金を稼ぐ手段である。ならばより単純で、より簡単で、明快な方が良い。

 自分の好きなこと以外に、出来る限り時間も、労力もかけたくない。


「俺は、俺のしたいことだけをしたいし、したくないことは拒みたい」

「だよなぁ。俺が傭兵やってるのだって、こうしたいからこうしてるってだけだ」

「理不尽に怒られて、不条理に怒鳴られる……やっぱり人間は嫌いだな」

「私もその気持ちは分かります」


 ローラがふと会話に加わる。


「人間は魔物を怖がりますけど、私には人間のほうが怖いです。でも、きっと皆が分かり合えると、仲良くなれると信じています」


 自分の都合だけではない、相手の思いも受け容れて、互いに互いを傷つけないように、助け合う。

 優しい世界を目指している。


「それが私の理想ですから」


 結城はローラの理想が改めて凄いものだと思った。

 最初に聞いた時は、ありがちとはいえ、その想う力は強く、その意志の強さに驚いたが、しかしローラは苦手とする人間とも仲良くなろうとしているのだ。

 人間なんて総じてクズで、滅んでしまえば良いと思う人間も少なからず居る中で、それよりも仲良くなるという理想を掲げている。

 その崇高さ、清らかさが少し眩しい。


「凄いな、ローラは」

「えへへ……蓮華ちゃんのおかげですよ」

「むぐむぐっ。ん?」


 蓮華はごくりと飲み込んで、ローラを見る。


「私がどうかしたのか?」

「蓮華ちゃんが私を支えてくれる優しい子だって話だよ」

「へへっ、照れるぜ」


 食いしん坊の蓮華が食器を置く。


「私は強くなりたいって理想しかない。この力を別に何かに使いたいって気持ちは無いんだ。頭もよくないし。だから、この力を本当に正しく使ってくれる奴を探してた。それがローラだったんだ」


 誰もが仲良く、楽しく生きれるように。

 その志は、自分などよりも遥かに……


「結城、理想は比べるものじゃないぞ」


 銀風がタコスを突き出し、くいくいと誘う。結城は誘いに乗ってかじりついた。


「理想っていうのは、自分の中に在るかけがえの無い想いだ。そこに正社員だの非正規だの、ニートだの社会不適合者だのといったのは関係ない。いい加減、忌々しい過去を切り捨てたほうがいい」


 もぐもぐと咀嚼しながら、銀風の言葉を胸に刻む。

 確かに、過去に囚われていても仕方ない。この傷がもし完治しない不幸な物でも、それでも。


「お前が傷ついたなら、私がいつでも胸、いや指先から至る所まで貸してやる」

「食事中くらいそういう表現やめられませんの?」


 すっかり銀風の発言に新月のツッコミが定番となっている。


「とはいえ、銀風の言うとおりですわ。そもそも私たちはパーヴァート。いわゆる変態という名の社会不適合者なのですから、今更ですわ」


 変態、異常性癖者。その言葉の持つ印象は悪いどころではない。悪魔や化物と同義と言っても過言ではないだろう 


「それでも、己の性的嗜好を追求し、誇りを抱く。志を共にし、分かち合い、育みあう……そういう素晴らしさが、いつの日か理解されると信じている」


 それは銀風の理想の一つでもあった。結城と共に、協会の仲間と共に目指した理想。


「何にせよ、お前の理想はお前だけの大切なものだ。そう難しく考えるな。ポジティブに自信を持っていればいい」

「それは私も賛成だぜ!」

「蓮華ちゃん、食べるか喋るかどっちかにしないとお行儀が……」


 結城は俯き考える。そして、やめた。

 考えても仕方の無いことなのだ。今はただひたすらに前を見て、進むしかない。過去なんて置き去りに、忘れ去ってしまうほどの楽しい時間を過ごせば、それでいい。

 そう思うと、心がふわりと軽くなり、思考に自由さが増した気がした。妄想が純度を増し、想像は曇りなく澄み切っている。

 ふと、人数が二人ほど足りないのに気付いた。


「あれ、そういえばセレナと竜人が居ないな」

「ああ、二人ならデートだ」

「デート……デート?」


 銀風の言葉に、結城は二度その言葉を繰り返した。


「まさか結城、気付いてなかったのか?」

「えっ、だって……えぇっ、嘘ぉ!?」


 驚く結城を見て、銀風たちが苦笑した。



「え、えっと……」


 セレナは、人生初の異性交流デートに途惑っていた。


「わ、私は、どうすれば……」

「お、俺に聞かれてもな……」


 そして竜人も飛竜以外には目もくれずに生きてきた。女性との付き合い方なんてまったく経験が無い上に知識も無い。そういう話を仲間とする時間をすべて飛竜への育成に費やしてきたのだから。


「と、とりあえず歩くか……」

「そ、そうですな」


 意図せず語尾が変わり、セレナは恥ずかしさで紅潮する。

 だが竜人も緊張のあまり気付いていなかった。

 ぎこちなく歩く二人は、賑やかな雑踏に紛れていった。




 中央に広場がある、四角形の建物が新しく出来ていた。

 これは、またユートピアが侵略しに来た際、自衛できるようにガンダーラの人々が鍛えるための施設である。

 施設では今日も傭兵を講師とした訓練が行われていた。


「ふっ、はっ、やぁっ!!」


 近接格闘。ナイフを持つ傭兵講師に、その女性は軽やかに攻撃を捌き、腕を絡みとって捻り、地面に倒して上に乗る。


「いででっ! 参った!参ったよ降参だ!」


 大の男が女性に白旗を揚げる。その様子を見て、仲間の傭兵たちが腹を抱えて笑っていた。


「なっさけねぇ!」

「ハッハッハッ! いやいや、サリマの成長ぶりも凄まじいぞ」


 黒髪に黒の瞳。そして、焼き焦げたかのような濃い褐色……黒人の少女。


「ザックと同じ黒人さんだから、もしやと思ったがここまで伸びるとは」

「ありがとうございます。でもあまり黒人黒人と呼ばれるのはちょっと」

「ああっ、すまない。お前の理想は結構デリケートなやつだったな」

「なぁ、いい加減放してくれねぇかな。イテェよ」

「失礼」


 サリマはすぐに退いた。


「あとは実戦だけだな。そろそろ敵さんの一匹や二匹転がり込んでこないかね」

「そう都合よく敵が来るかよ。というかむしろ来なくていいよ」

「そりゃそうか。おしっ、今日はこれくらいにして飲みに行こうぜ」

「あっ、ならグレイ探そうぜ。あいつこっち戻ってきてたぞ」

「マジかよ! ったく俺たち放っといて自分だけ自国に帰ったらしいからな。なにしてくれようか……」


 傭兵たちは陽気に歌うように騒ぐ。その彼らなど眼中にないかのように、サリマは型を構えて体術の練習を始めていた。


「サリマ、今日はもういいぞ」

「いえ、一刻も早く差別主義者を打ち殺したいので」

「ハッハッハ! 物騒な奴だ! でもなサリマ。動いて発散したら休んで貯めなきゃいけないんだぞ。体力も、気持ちもな」

「ご心配なく。体力もまだ余裕ですし、差別主義者への憤怒は即座に容量オーバーになってしまいますので」

「難儀だなぁ。俺たちは先に上がるから、ちゃんと片付けはしておけよ」


 傭兵たちは中庭から立ち去り、後には白兵戦の訓練を続けるサリマだけが残った。




 安全無欠の勇者、椿や海斗、傭兵たちは自国へと帰ってきた。

 アルカ王から詳細を聞いた。二人の黒服の男女がユートピア軍を被害0で撃退し、救国の英雄と呼ばれ、ガンダーラの英雄・結城たちがトンネルを占拠したことまで。

 そして現在、結城たちを確保するために、安全無欠の勇者一行は馬車に揺られている。 


「救国の英雄か……一体何者なんだろう」

「いままでずっと安全無欠の勇者が英雄の代名詞みたいなものだったのに、一瞬にして取って代わられたな」


 容赦ない言葉を投げかけるのはリューテ。


「まあ、遠い戦場で活躍している英雄より、身近な危機を退けてくれる英雄の方がありがたいものだよ」


 苦笑しながら、クロードは言う。


「でも戦場に立つものとしては、英雄といえばクロードだ。それは変わりない」

「そうですとも。英雄とくれば、真っ先に安全無欠の勇者が出てくるもの。救国の英雄なんて、ジャンヌダルクのようなその場しのぎ。時がくれば人の心は移ろうものよ」


 メイヴと魔耶に励まされながら、クロードは結城のことを考えていた。

 突如として姿を消し、独断で動き始めた結城。

 クロードから見て、そういう目立つ行動は好かない性格に見えたが、それは思い違いだった。

 未だに結城と言う人間を把握しきれない。

 理想は人の心を映す。

 己の望む世界を創り上げると言い放った彼の本当の姿。それがきっとあるはずだ。きっと、今はまだ隠されているままなのだ。




 広大な黄色の砂場に、一本の黒い道があった。

 アスファルト。それによって整えられたこの道は、ガンダーラとユートピアを繋いでいる。

 今は兵士が監視しているが、何時また敵が来るか分からない。どれほどの物量で攻めて来るのかも。


「おい」


 ガンダーラの検問所を見張りのための施設として使用しているガンダーラの少年兵たち。二階で一人の兵士が道の彼方に何かを見た。


「あれは、なんだ?」


 兵士は双眼鏡でそれを見る。車だ。砂と同じ色の塗装を施した、大きな車。


「なんか来てるぞ!」

「敵か?」

「多分な。早く配置に付け! 傭兵たちにも連絡しろ!」

「……駄目だ、連絡が取れない!」


 敵の襲来、連絡の途絶。それでも傭兵に訓練されたガンダーラの兵士たちは優秀だった。


「アンディとケリーは走って傭兵を呼んで来い。ウマルとムスタファは仲間を集めて迎え撃つ。俺も出る」

「分かった。無理はするなよ」


 車は検問所のすぐ前で停止し、エンジンの音も止まった。

 同時に傭兵たちが車を囲む。


「いいか、一瞬でも気を抜くな。敵の動きをよく見て、よく動けば必ず避けれる」

「お、おう……」


 ウマル、ムスタファ、そして検問所の長であるウィルソンが率いる、総勢14名の少年兵が車を取り囲む。

 全員の手には自動小銃があった。


「……!?」


 ふと、後方の荷台、右側の面が上に開く。そこから、数人の人間が降りて、アスファルトの硬い地面に足をつけた。

 彼らは散歩でもするかのような気楽さで歩み、トラックの前に、自分たちの目前に立った。

 

一人は灼熱の赤髪を持つ少年だった。自分たちと同じくらいの、外見15歳ほどの少年。

 髪は本当に炎のように逆立ち、燃え滾り、ゆらめく火のようだった。その瞳には、猟犬の鋭さがあった。

 

「……アァン?」


 一人は鬼のような巨躯を持つ大男で、短い白髪と灰色の瞳をしていた。

 それは鬼としか呼び様の無い、屈強な肉体だった。指の一本一本が縄のように太く、腕もまた羆のごとき膂力を思わせる。巨木に似た胴と、戦車の装甲じみた胸板。足は像を髣髴とさせる重々しさで地面を踏みしめ、首周りも自分の腰ほどはある。

 外見は人間に似てはいるものの、それは明らかに人間という規格を遥かに凌駕している。見るもの全てにそんな感想を抱かせた。


「ガンダーラ、到着。任務を開始する」


 一人は前の二人と比べるとあまりに戦力とは言いがたいほどに、か弱そうな少女だった。


 ウェーブのかかった黒髪に、虚ろな眼差し。パジャマのような服と、抱きしめる熊のぬいぐるみ。

 今この場所と、シチュエーションの不釣合いが、違和感と嫌悪感を搔き立てる。

 華奢な体とあいまって、彼女が本当に生きているのかすら疑わしく思うほどに、その瞳は虚ろだった。


 この一触即発の状況の中で、ウィルソンは考えていた。

 傭兵ザックの教え。

 強大な敵と出会ったときは、なるべく交戦を避け、とにかく応援が来るまで時間を引き延ばせ。


「俺はここの検問所の長。ウィルソンだ。あなたたちは?」


 とりあえず、自己紹介から始めることにした。


「アァン? テメェ、何? ナメてんの?」


 赤い髪の少年が近づく。一歩ずつ確実にこちらに歩みを進めている。


「俺たちは……」


 ふと気付いた。熱い。皮膚が焼けるように熱い。

 ここは砂漠。日差しは強く、暑さには慣れている。

 だが、これはそれとはまったく異質の熱さだ。正面から吹き付ける熱風……いや、眼前の赤髪の少年から発せられている灼熱の風。近づくたびにその熱が増している。


「オレがまだガキだからって、調子にノってんじゃねぇぞ? オウッ!?」


 他の兵士も感じているらしく、周囲の兵士は赤髪が近づくごとに後退していく。ウィルソンを除いて。

 そして赤髪の少年がウィルソンのすぐ前にまで迫った。


「くっ……」

「ククッ! そうだったそうだった。あんまり近づくと消し炭になっちまうな……って、何でお前は逃げねぇんだよ」


 未熟な眼光がギロリと睨むが、まったく恐怖が湧いてこない。それよりもこの少年が発する謎の熱気への警戒心の方が強くあった。


「まあいいや。なんにせよ、オマエらはこのオレが皆殺しにしてやるんだからな!」

「皆殺し……?」

「へっ、冥土の土産に教えてやる。オマエたちを殺すのは、この地上で最も最強に強い存在であるこのオレ、フレイムタンだ」


 やたらと強さを強調する少年フレイムタンは、その手をウィルソンへと伸ばす。

 まるで極限にまで熱したフライパンを突きつけられているような熱が顔に近づく。

 肉を溶かすほどの熱が触れる瞬間、凍りつくような風が吹いた。


「ッ! 寒ッ!?」


 それは一瞬で熱を奪い去った。焼けるような熱気は失せ、夜の砂漠のように冷え込む。

 風が冷たいわけではなく、風が熱そのものを奪い去るような、妙な感覚だった。

 フレイムタンとウィルソンがその異常に思わず後ずさり、二人の距離は開いた。


「お、オレの熱気が……誰だ! どこにいやがる!」

「これは、噂に聞く魔法という奴か……?」


 振り返るウィルソン。仲間が左右に割れ、中央に佇む水色の髪の少女が一人。

 フレイムタンもそれを見つけ、猛犬のようにギロリと睨む。


「はぅっ!」


 涙目になり後ずさる彼女と、その前に手を広げて守ろうとする小さな妖精。


「妙なマネをしたのはオマエだな!」

「す、すびばせんっ!」


 早くも半泣き状態。だが、逃げようとはしない。


「冷気系統の使い手か……面白い! オレが直々にぶっ飛ばしてやる!」


 怒りに燃えるフレイムタン。大きく振り上げた手の平からは、灼熱の炎が生み出され、大噴火のように火柱を発していた。


「オレは異能者イレギュラー!!コードはフレイムタン!」

「わ、私はセレナ! セレナ・アクエリアス。精霊使ウォーロックい、です……」


 対峙する、青と赤の対照的な二名を、遠く離れてウィルソンは眺めていた。


「時間稼ぎ、上手くいったってところか」


 ザックに感謝しながら、これからどうするかを残り二人の敵と車両をチラチラと伺いながら考えていた。

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