31話目 光と闇と変態な戦友
光と闇。根源的な性質にして、より純粋な概念。
善悪、プラスとマイナス、良しと悪し、生と死……
結城が抱く理想の自分である、光の使者・クリスト
それは結城にとっての光、あるいは善であり、あらゆるものに幸福と恵みをもたらしたいという願望。
「闇の使者は、その反対だ」
私利私欲を何より優先し、自由に自在し、我侭に掌握し、思うが侭に押し通す。
欲望の肯定者。何よりも己を認め、何よりも自身を思う性質。
「それが闇の使者・ダクスト」
結城たちはひとまずトンネルの占拠を行い、テントを使い、今日一日をここで過ごすことにした。
今は皆がユートピアの兵士が使っていた即席の拠点テントを使い、机を囲んで休んでいた。
そして話題は自然と、あの黒の男の事になったのだ。
「なるほど。つまり、溜まりに溜まった性よ……」
銀風の口を新月が塞ぐ。
「時と話題を選びなさいな。それでも協会のトップですの?」
「そんなことより、そいつは強いんだろ? 戦ってみたいんだぜ!」
「やめておけ」
いきり立つ蓮華にクリストは短く言った。
「あれは結城が持つはずだった一生分の欲望と願望の塊だ。理想が力となるこの世界で、その想いはどれほどのものか……」
「むっ、私だって最強を目指してずっと鍛えてきたんだぞ!」
「あれはそういうのとは違う」
「どう違うんだよ」
「あれはIFの収束した存在だ」
「畏怖?」
蓮華は首をかしげる。ローラは察したようで、蓮華に理解してもらうために、自分なりの解釈で噛み砕いて言う。
「本来、結城さんが一生のうちに得られたであろう人並みの欲が無数に積み重なった……という感じでしょうか……?」
「世界には様々な娯楽や嗜好が存在する。美味い物を食す。金を稼ぎ遊ぶ。そういった趣味趣向、嗜好の類への欲。それら一つ一つを捻じ伏せて、唯一つ、結城はこの理想を貫いてきた」
クリストが誇り高き至高の願望からの理想ならば、ダクストは欲深き深淵の欲望からの理想。
数多くの、味わえたであろう快楽への未練と想い。
「恥ずかしい話だけど、心の奥底では、どっちも諦め切れなかったんだ」
清く正しく、その美しさを取るか。
穢れ禍々しく、その心地よさをとるか。
「その結果が、この中途半端な姿ってわけだけど」
あるべき自分の姿は、三つに別たれた。光と闇と、その狭間に。
「じゃあ、あのダクストというのも結城であると言えるのか」
銀風の言葉に結城は頷いて答えた。
「醜いな」
冷淡に銀風は感想を述べた。居心地悪そうに結城は体を動かす。
「今のお前は本当に醜い。なんだその顔は。まるで自分の恥部でも晒されたかのようだ」
前触れの無いあまりの物言いに、思わず新月が柄にも無く止めに入る。
「銀風、あなたがどんな感想を抱こうと勝手ですけれど、それを容赦なく叩きつけるほどデリカシーを欠く真似はよろしくありませんわ。あと言葉を選んでくださいな」
「新月、お前はこいつが見苦しくないのか」
「別に。そういう葛藤は誰にでもありうることですもの。穢れ知らぬ可憐な百合か、力強く優雅な薔薇か、穢れつつも蠱惑的なクロユリか。どれも美しく、結城ならどの花も似合いますわ」
「こいつはそれが何の花であるべきなのか、未だに決められないと言っているのだ。なぁ結城、お前の理想なんて所詮その程度だ。迷い恐れ、決断できずにうろうろ彷徨っているだけの徒人だ」
言いすぎだ、と新月が動き出し、レイランもまた剣に手をかける。
「おい、お前今なんて言った」
それよりも先に、結城の声が響いた。
銀風は立ち上がり、結城を見下ろす。
「もう一度言おう。お前の理想は叶わない。優柔不断で弱者なお前の抱く理想は滑稽なほどに大仰で、肝心の想いの強さはあまりに弱弱しい」
前世、一生想い続けた、その想いを否定された。
「……の」
「んっ?」
「こっ、のっ……」
拳が震えていた。銀風は更に口元を吊り上げ、嘲るように言った。
「なんだ、現状を的確に言い当てられて頭に血でものぼっ……」
「このクソッタレがぁッッ!!!」
結城の体が弾丸のように動き、その拳が力を込めた。
来る! そう思い、銀風は即座に攻撃に備えた。
そして結城の拳は、見事に目標を捉え、激しい音を発した。
「……っ!」
皆、呆気に取られていた。
「……痛ゥッ!」
結城の拳は、自身の額を打っていた。そして今は痛みに悶絶して蹲っている。
「ゆ、結城……?」
発端であるはずの銀風が戸惑い、結城に声をかけ、手を伸ばした。だが、結城が少し顔を上げると、その手は止まった。
「っ……!」
銀風は息を呑み、息をすることさえ忘れた。結城の瞳には、明らかに憎悪が宿っていた。
「表に出ろ」
短く言うと、結城はテントを出て、日暮れの赤い空の下に立った。
柔らかさと優しさの印象しかしなかった結城が、あれほどの鋭利な気を突きつけてくる。
だがそれを望んだのは自分だ。もう後には退けない。
銀風は決心したように結城の後を追う。
燃える様な空と、緑の草原がどこまでも続き、振り返れば山脈がそびえている。
外に出る二人を、テントの中の全員が見守っていた。レイランは外に出、しかと見届けんと結城と銀風と一定の距離を保ちながら様子を見ていた。
二人の間には、静寂があった。気まずさと、剣呑さが入り混じる静寂が。
「アニメや漫画なら」
ふと結城が静寂を破る。
「お前は何か考えがあってそういうことを言ったのかもしれないと思う」
意図的に人を怒らせ、何かを導き出そうとする。何かに気付かせようとする。そういう手法だ。
「それで?」
「だが、今回ばかりは度が過ぎたな」
結城は振り返り、銀風を真っ向から睨みつける。確かな憎悪と殺意をもって。
「お前は越えちゃいけない一線を超えた」
ああ、と銀風が彼を見て、ある物をイメージした。ガスバーナーだ。
あれは着火するその瞬間は、大きく赤い火として発火する。
だがその炎が真に熱を発するのは、そこから調節された青い火だ。
結城が自身の額を打った拳は、他人を傷つけたくないという配慮ではなく、より確実に敵を殴り殺すための調節に過ぎなかったのだ。
静かに燃える青い怒りは、もはや心が許さない限り衰えることなく燃え続ける。
「レイラン、手出しは無用だ」
「よろしいのですか」
「ああ……なあ、レイラン」
結城は、殺気に塗れた瞳を取り繕うことも出来ず、レイランを見た。
「マスター、ご心配には及びません。何も……」
優しい、全てを受け入れてくれるような、いつもと変わらぬ暖かな微笑だった。
結城は火力が失せる前に視線を外す。
「それだけで救われたようだ。さあ行くぞ銀風。お前を許す理由は無い」
視線が銀風へと戻る。その瞬間、銀風の体を怖気が襲う。つい最近感じたばかりのような、そんな怖気が。
「いいだろう。来い結城。お前の目を覚まさせてやる。怒ってるのは……お前だけじゃないんだぞ」
銀風は構える。この世界に来て初めての手合い。二人は妄想のときと同じように動き出した。
「パーヴァート・彩の銀風。いざ往かん!!」
銀風は空気を振り払うように腕を振る。すると、銀の輝きを散りばめた暴風が結城を襲う。
「っ!」
吹き付けるのはただの風かと思いきや、銀の輝きはガラスの破片のように体に突き刺さり、切り裂いていく。
「チッ……ぐぅふっ!?」
銀風はすぐそこまで近づいていた。その拳が結城の腹を抉る。
「ごはっ……」
「その程度か結城」
ぼそりと呟く銀風に、結城は虹の剣で斬り付ける。だがひらりと跳んで避け、顔面に蹴りを二打見舞い、三打目で後方に翻って跳び、華麗に地面に着地した。
即座に再び前へ出る。結城は迎撃のために拳を振るうが、やはり落ちる木の葉のようにかわし、一撃、二撃と打撃を見舞う。
結城の拳を弾き、回転しながら迫って裏拳で頬を打つ。よろける結城に跳び膝蹴りで顔面を打ち抜き、着地と同時に右足を軸に素早く回転し、後ろ回し蹴りが結城の胸部を強く穿った。
「っ……!!」
彩の銀風。パーヴァート。その強さは確かなものであった。
「無様だぞ。その程度の理想で、この私の前に立つか」
その言葉が結城の耳に響いた。瞬間、熱が体中に満ちた。
彼は、必要とあらばやる男であった。
逆に言えば、必要が無ければやらない男であった。
結城という男は、必要ない、いわゆる余計なことは極力やらないことにしていた。それこそが結城の理想の抱き方だったからだ。
余計な労働に時間を使えば、妄想することが出来なくなる。
また、余計な出費をすれば、妄想を続けることが出来なくなる。
あらゆる欲を排し、ただその一点の望みにだけ人生の全てを捧げてきた。
故に、それを否定されることは、決して許せるものではなかった。
それが例え、愛しい自分の妄想が相手だったとしても。
「いつでも来い」
彩の銀風。一流のパーヴァートであり、協会の長。立場的には事実上のトップでもある。
結城の勘は当たっている。銀風には目的があった。結城に気付いてほしいことがあったのだ。
とはいえ、銀風もパーヴァートとして戦う者の一人。手加減をする気は毛頭なかった。しかし……
「チシィッ!!」
「っ!?」
それは、銀風の予想を遥かに凌駕した瞬発力だった。
しかもまったく無駄の無い直線移動。結城の拳は銀風の腹部を狙っていた。
だが、銀風はそれでも反応できていた。
人間は緊急の危機に直面した時、時間の流れがスローモーションに感じるという。
それを掌握出来た時、人間は刹那の間に最も最適な動きが出来るという。
歩行者と衝突しそうになった一般の自転車乗りが、咄嗟に後輪のブレーキをかけ、ドリフト気味に進路をそらして免れたように、最適なタイミングで、最適な動作が出来る。
銀風の場合はそれが妄想であり、今この瞬間では最大の空間断絶、拒絶の干渉力を顕現するというものだった。
確かに最適だった。相手が結城でなければ、アトランティスの主砲ですら防ぎきっただろう。
「ごはっ……!」
銀風の干渉力を容易く突き破り、銀風の腹を抉るように貫いた。
体が宙に浮き、吹き飛ばされる。弧を描くように吹き飛ぶ銀風の体は、やがて回転し、逆様に落下を始める。
それを更に追い駆け、体を極限まで捻り、全身の筋肉をフル稼働させ、右拳を振り絞る。
その拳に虹色の剣と同じ光が宿った次の瞬間、ハンマーのような拳で逆様に落ちる銀風を打突する。
「ハァアッッ!!!」
強烈な衝撃と音が響く。銀風の体は地面とほぼ平行に吹き飛び、地面を跳ねて転がる。
どうにか止まろうと銀風の手足が地面を抉り、何度か回転を繰り返した後に止まった。
「お、ごっ、うげっ、げぇ……」
そこにはもはや流麗な銀のパーヴァートの姿は無い。ズタボロの体に血の混じった吐瀉物を吐く、見るに耐えない乙女の姿があった。
たった二打。それだけで銀風は劣勢に立たされた。
「お、おい、止めたほうがいいんじゃないか?」
やっと思考が追いついた竜人が言い、セレナも同意する。
「そ、そうですよ。こんな、なんで今、こんなことに……」
二人の反応はあまりにも正しい。
ここは敵地の只中であり、戦場である。どこから敵が来るとも分からない状況で、仲違いし、血反吐が出るような争いを始めている。
「私もそう思いますわ。とりあえず、お互いに頭を冷やすべきです。というか、これもう決着してますわよ?」
新月もパーヴァートである。あの攻防の中身を、ただ一人ほぼ完璧に把握できていた。
銀風は失念していたのだ。結城もかつてはパーヴァートであり、誰よりも強いパーヴァート、仮面の座に着くものだったことを。
干渉力は万能の力である。故に、そこにはある決定的な優劣が出来上がる。
それは単純な力の大きさである。いかに万能といえど、むしろ相性が不利だったとしても、力の大きさが相手を遥かに凌駕していれば、それは捻じ伏せられる。雨粒で山を焼く大火を消し去れないのと同じ。
「それにしても銀風でなければ確実に死んでいましたわ……いえ、むしろ相手が銀風だからこそ、結城が本気を出せたのかもしれませんわね……ともあれ、もう勝負はつきましたわ」
「いや、まだみたいだぜ?」
蓮華は楽しそうに二人を眺めている。確かに、銀風はなおも立ち上がろうとしていた。
グレイは呆れて蓮華を見る。
「蓮華、楽しそうだな」
「そりゃだって、あんな喧嘩見せられたらな」
「け、喧嘩? 殺し合いの間違いじゃないか?」
「喧嘩だよ喧嘩。まだどっちも死んでないからな」
銀風はなんとか立ち上がる。それがやっとのようで、膝は笑い、動くこともままならない。
「ッチ、この、レディの扱いはもっと丁寧に……」
傷だらけの銀風を見て、結城はそれでも剣を向ける。
「……銀風、一応聞いておく。どうして」
「この、ニブチンめ……今のお前なんて、だいっ嫌いだ……」
大嫌い。面と向かってそう言われるの経験が結城にはなかった。嫌われないようにと、気を使ってきた人生だったから。そしてそれが、なにより苦痛だった。
「私の好きなお前は、いつも、揺るぎ無かった……」
己の抱く性的嗜好。数多あるそれらをすべてその身に刻み、そして己の信ずるパーヴァートの道を行く。
相手を傷つけるようなスタイルを嫌い、変態の下心に愛の真心を加える。
どれほどの苦境に立たされようと、決して諦めることは無く。その好きは本物で、その愛は真実で……
「常人なら恥ずかしくて死にそうなくらいのことでも、お前はこう言って跳ね除けた……恥ずかしいと思う心の有様が恥ずかしいのだと!」
銀風の瞳には強い意思の火と、涙の雫。
「銀風、お前はそこまで……」
「私の知っている結城は、自らを恥じたりなんてしないっ!」
「っ!?」
拳を前に突き出し、未だに戦う意志を示す。
「恥じるな! 途惑うなッ!躊躇うなッッ!! 」
銀風は咆える。本当の結城を呼び覚まさんと。この声を、その心に届けようと。
「あの頃の、貪欲なお前はどこに消えたッッ!!!」
「もういい」
思わず見惚れてしまうほどに美しい、虹色の輝きを纏う剣が眼前にあった。
「もう、充分だ」
色鮮やかな虹は、銀風の腹を刺し貫いていた。
それを見た銀風は、視線を結城の顔へと移す。
彼は今、どんな顔をしているだろう。
思わずやってしまったことに後悔し、泣きそうになっているだろうか、恐怖しているだろうか、それとも……
「ああ……」
嗤っていた。それはとても邪悪な笑みだった。
そう、あの黒の男と同じ。ダクストと同じくらいにおぞましい気を放っていた。
彼は愉しんでいた。それでも、やはり愛しく感じた。自分にとって、彼は……
「な、んだ……やれば、出来るじゃ、ないか……」
銀風は、剣で刺し貫かれながら、尚も前に出て、結城の顔に触れる。
「自分の、したいように……自分の、やりたいように……望むままに、欲するまま、に……」
「銀風、俺は……」
結城の表情から笑みが消え、慈しく、愛おしく、大切なものを見るように。
「自信を持て。結城……お前が、光だろうと、闇だろうと、お前は、お前は私の……いと、しい……」
「この、お節介め」
結城の握る虹の剣が、強く光り輝く。
それは銀風の体を優しく包み込み、見る見るうちに傷を癒していく。
ほんの数秒の後に、銀風の体は元の状態に戻っていた。剣も姿を消し、腹部には穴どころか血液一つ付着していない。
「別に、お前がそこまでしなくったって良かっただろ……ありがとな」
「ふふん。お前があんまりにくよくよしているのを放って置けなくなっただけだ」
苦笑する結城と、どや顔で笑む銀風。
何事も無かったように二人は会話している。その急展開さに、竜人とセレナは再び呆気に取られた。
「そのうち強い敵に出会ったり、ダクストと一戦交えれば、それっぽく覚醒できただろうに。なんでお前がそこまでするんだよ」
「はぁ……結城、お前は本当に、私がここまでした理由が分からないのか?」
そう問われ、お返しとばかりに結城は大きな溜息を一つ零してテントに向かう。
「要するに、らしくない俺を見てもどかしかった。そういうことだな」
「まあ、簡単に言うとそうだな。でもまだ足りない」
「お前の好きな俺を取り戻したかったってことか?」
すると銀風は結城の体に抱きつく。
「まっ、そんなところさ。ほら、やっと私の好きな顔だ」
曇りなく、迷いも無く、遠慮もない。決して揺るがぬ、強い想いを思うがままに体現する者の顔。
「光だの闇だの、善だの悪だの、クリストだのダクストだの、お前はどちらかを捨ててまでどちらかを得ようとするタイプじゃない。なら……」
「なら両方取ればいい。ヒロイン総取りハーレムルートのように、一切合財を自分のモノにすればいい。だな?」
銀風は満足そうに、溢れ出る幸福感を抑えるように、くすくすと笑った。
「そうそう、その滅茶苦茶に吹っ切れた感じ……ああ、懐かしいな。おかえり、結城」
少し照れくさく感じるが、しかしそれでも、恥じることなく応えた。
「ただいま銀風」
事を終わらせた二人は、テントへと歩いて戻る。
「お腹すいた。なんか食べる」
「結城! 次は私の番だぜ!」
「嫌だ、腹減った」
「じゃあ食ってから!」
「食後は眠たくなるんだ」
「えーっ! ずるいぜ!」
「レイラン、頼めるかな」
「ご所望とあらば」
「まったく人騒がせですわね……」
「えっ、なに。結局どういうことなんだこれ」
「わ、私にもさっぱり……」
「分からない方がいい」
「グレイさんの言うとおりです……でも、私は分かります」
そして日は沈み、結城と銀風は本当に何事も無かったかのように、いやむしろ以前より親密になったようで、仲良く夕飯を平らげていった。
「つまり、理想を追い続ける自分こそが、本当の自分の理想だったってことだ」
クリストが総括するに、そういうことらしかった。いまいちピンと来ないセレナや竜人たちのために、もう少し説明を加え始める。
「結城の理想の姿が、聖人君子みたいな人に優しく、他者の幸せを願い、幸福にするような正義の味方のような姿か、悪鬼羅刹のごとき無慈悲さで、自分の幸福を極限まで追い求め、自信の欲求を満たし、快楽を味わいつくす悪党のような姿か。その狭間で揺れていたわけだ」
「改めて解説されるの、すごい恥ずかしいな」
「優柔不断という性格を持った結城は、銀風の挑発をきっかけにある結論に辿り着いた。相反する二つを融合させてしまえばいいと」
その結果、結城は銀風を討ち、しかし回復させた。自分の理想と強さを示しつつ、大切な人間を失うことは無かった。
「それが自分の手でなせるという実績、実感が必要だった。銀風はそれを強引にやらせ、出来上がらせた。よって、ここに結城のもう一つの理想の姿が出来たわけだ」
善も良し、悪も良し。優柔不断もまた良し。自分の欲求を肯定し、その自分に自信をつける。
「まあ、心の自由を手に入れたってことかな」
アレを得るためにコレを犠牲にする。そういった摂理を拒絶し、欲しい物を欲しいままに手に入れる。
そんな、普通なら許されるはずのない我侭を、自分自身で赦してやる。
「それが結城の覚醒ってわけだ」
「クリスト、もういいから……」
結城の視線はすぐ横に向く。そこにはべったりとくっ付く銀風。
「ああ、やっと私の好きなお前になったな……」
「銀風も、どうせ自分の私利私欲のためにしてくれたことだ。礼は言っても詫びは入れない。本当にキレたからな」
「要らないさそんなもの。でも私は感謝もするし、謝罪もするぞ……すまなかった」
「急にしおらしくなるなよ……ずるいな」
銀風は猫のように体を結城にこすり付ける。
対して結城は仕方ないと、しかしまんざらでも無さそうな笑みを浮かべて銀風の頭を撫でる。
「色々滅茶苦茶ですし、ラブコメの匂いが充満していますわ。クソですわクソ」
「新月さん。女性がそのような言葉を発しては。銀風と変わらなくなってしまいます」
珍しいことに、新月とレイランが意気投合していた。
その後、調理器具を探し出し、グレイが上手い料理を作ってくれた。
「やっと結城に俺のいい所が見せられるってもんだ」
今回の献立はキャンプなどのド定番、カレーライスだった。具はウインナーを輪切りにしたやや特異なものだが、味は絶品で全員が舌鼓を打つ。
結城はあまりの予想外の出来事にまじまじとカレーを見つめている。
「こんな場所でこんなに美味いものが食えるのか……」
「どうだ結城、俺の相棒になれば毎日でも食わせてやれる」
それはつまり毎日戦場で生活するということを意味しているのではないか。
そう考えるとやはり気が引ける。
「普通に自炊出来るっての! 傭兵だって年がら年中戦場に居るわけじゃない。時には息抜きにバカンスだって必要だ。生き抜いて辿り着いた息抜きは格別だぞ?」
確かに、この病み付きになりそうな濃い目の味付け。出来ればずっと味わっていたい。
「マスター、明日の朝食は私がお作りします」
「ほう、剣のレイランが台所に立つか。まな板まで切らないようにな」
笑いながらジョークを飛ばすグレイ。だが、レイランは深刻そうな顔をする。
「えっ、おい、まさか」
「あれは私が剣術で負けることが無くなった頃のことです」
あらゆる剣術を一通り覚え、剣収集に精を出していたレイランは、たまには父親に手料理でも作ろうかと思っていた時のこと。
料理の知識はあったが、実践はほとんどない。そんなレイランが野菜を切ったとき、なにが起こったか。
「まな板どころか台所の台に切れ込みが」
今では調整が効くようになり、余計なものまで切断することはなくなったらしい。
そんな笑い話や思い出話もそこそこ、男女に分かれてテントを使い、結城たちは遠征の二日目を終えた。




