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30話目 究極の闇黒

 猫の楽園から救出され、なんとか正常な精神状態に落ち着いた結城とグレイ。


「やはり猫はヤバイな。あの可愛さはやばい。人類を可愛いで支配するために生まれてきたんだろあれ」

「ちなみにユートピアでは野良猫は害獣指定されていて駆逐対象になっているぞ」


 銀風の言葉でユートピアを崩壊させる理由が一つ増えた。自分の理想を邪魔する上に猫を害獣に指定するなどなんとおこがましいことか。人間の業なのだと結城は熱弁する。やはりまだ精神に異常をきたしたままらしい。


「と、冗談はこれくらいにするか」


 気を取り直して、結城たちは蓬に見送られながらアルカディアを出る準備を始めた。

 今この世界を旅する上で、最も気をつけなければならないのは何か。


「食糧だ」


 旅の経験がある蓮華は即答する。

 アニメや漫画の知識がある結城は不思議に思う。


「危険なモンスターがいるとかそういうのじゃないのか?」

「結城、ユートピアの地方にはモンスターはいないぜ」

「モンスターがいない? あっ、そうか」


 ユートピアはあらゆる異種族を排他し、駆逐し、放逐した。

 過酷な環境である山さえ越えさせて、竜も巨人も鬼も、その全てを強大な科学技術をもってして追い払ったのだ。

 故にアルカディアという国は彼らを受け入れ、多種族が共存する国となっている。


「だから、あそこじゃモンスターどころか獣一匹探すのも難しいぜ。地中にいる奴らも含めてな」


 あ、蟲くらいはいるかもしれないぜ。っと蓮華は冗談交じりに言う。

 ユートピアに向かう上で、食糧の在庫は欠かせない。後は襲い来るユートピア軍人から食糧を奪取できれば幸運といったくらいだ。


 となれば、荷物は多くなり、当然それを運ぶ乗り物も必要になってくる。


「ワイバーンはそんなに大人数は乗せられないし、重いものを運ぶような体力も無い。ウィンには無理だ」


 竜人は一応は竜騎士であり、竜の特性は大方把握していた。最適なのは普通のドラゴンかコモドドラゴンだが。

 コモドドラゴンは空のワイバーンと対をなす、陸のトカゲ竜であり地竜ちりゅうとも呼ばれる。トカゲのコモドドラゴンとは違う。

 体は巨体で、他の竜や飛竜のような翼が無い。

 その代わりに力が強く、馬よりも牽引力が強い。小型でも馬四頭分の働きが出来る。

 だがほとんどが毒を持つ。商売で用いるには無毒の固体しか適さない上に、そもそもがレアな生物である。取り扱いの難しさもあり、飛竜ほど普及していない。


 結局、乗り物は馬車ということになった。

 牽引に二頭、予備の二頭を後ろに連れて行くタイプで最大12人と大荷物を積める。

 地竜を使えば6時間で山脈に到着するが、馬車だと半日になる。仕方ない。

 馬車に乗り込み、一行いっこうはアルカディアを出発した。

 面子は結城、銀風、新月、レイラン、蓮華、ローラ、グレイ、竜人、セレナの計9人。かなり大所帯だが、戦力としては申し分ない状況。

 馬車は小高い丘を上っては下り、山脈へと一直線に突き進む。


 日が暮れてからは休憩し、夜明けと共に出発する。


 ふと、銀風は結城の様子に気付く。


「……結城?」


 銀風が声をかける。結城は普段から口数が少ないが、それにしても押し黙り、難しい顔をしている。


「どうした、体調が悪いのか?」

「……甘えすぎた」


 その声は酷く深刻そうな色を帯びていた。


「どういう意味だ?」

「記憶が欠けていたとはいえ、力に目覚めるのが遅れたとはいえ、頼り、緩み、甘えすぎた」

「それは……」


 銀風には否定できなかった。本人が自らの理想と向き合う姿勢は人それぞれ。それを自分の尺度で推し量ることは出来ない。


「報いなければ、けじめをつけねばならない。決別とは言わないが、この甘えをぎょせねばならない」


 己の力で切り開かなければならない。自らで押し開かなければならない。

 なぜならこれは、この理想は、自分だけのものだから。自分の理想。かけがえの無い理想なのだから。


「妄想顕現……クリスタルソード」


 結城は虹色に輝く心の剣を顕現し、一振りで囲う屋根を切断し吹き飛ばした。


「結城、一体なにを?」

「……来るぞ」


 結城は山脈の方に目を凝らしていた。何かが来る……直前、レイランが叫んだ。


「皆さん伏せてッ!」


 遥か先から一つの光が瞬いたと思われた次の瞬間、強烈な光と音と衝撃が一行を襲った。


「ッ!」


 その刹那の時の中で、結城は確かに対応していた。

 目を焼き切られるかと思うほどの光の中、正面に構えた剣を繰り、その刀身を斜めに向けた。

 高速で飛来したその光の物体を、その切っ先に近い部分から接触する。

 強烈な衝撃を受けると同時に、虹色の波紋が剣から空間に広がる。光は剣に沿って伝い中腹に来たところで、払うように素早く後方に受け流した。


「…………」


 一瞬の出来事。各々がそれぞれのやり方で防御姿勢をとっていた。

 蓮華はシンプルにボクサーが腕で顔を覆うように。ローラは高密度の魔力を用いた反射鏡を生成。

 銀風は腕をクロスさせている。勿論、パーヴァートの干渉力であらゆる攻撃を断絶できるであろう力を込めてある。新月は単純に腕で視界を塞ぐようにしているが、干渉力に拒絶の意味を乗せて攻撃の干渉を防ごうとしている。


「も、妄想どおりのスペックだ……」


 結城の体から力が抜け、虹色の剣の刃が床に着く。


「お見事でした、マスター」


 レイランは呆気に取られる蓮華たちとはまったく違う反応を示していた。


「れ、レイランはアレが来ることが分かってたのか?」

「いいえ、蓮華。私はマスターが何かを察知されたご様子でしたので。ふと、それがあまりに深刻でしたので、その次に来るぞと仰られるのであれば、何かしらの危機が迫っていると察するのは簡単です」

「なるほど……なるほど?」


 蓮華はまったく理解できていない。蓮華以外もまったく理解できていない。


「マスター、いかがですか」

「なんというか、今までは自分にそういう力があるっていう実感が無かった。前世の頃と同じで、力のないまま足掻く感じだった。でも……」


 あの一瞬を捕らえ、あの光を退いた。剣から伝わる感触、重さ。己の想いが現実を歪ませ、事象に干渉した体感。これに勝る説得力は無い。


「羽が生えたみたいだ。今ならなんだって出来る気がする」


 クリストのアシストも無く、己の力だけで成し遂げた達成感が体中を満たしていく。力が湧き上がる。

 心の猛りと血潮の滾りが、次の活躍を望んでいた。


「では、参りましょう。共に」


 レイランが立ち上がり、結城と並ぶ。隣に立つレイランが微笑みかけ、結城はどう応えれば良いか分からず、しかし自然に口元が綻んだ。

 前を見る。結城には見えている。妄想による視力増強によって、千里眼を得ていた。草原を行き、遥か先にあるのは、見慣れない機械。


「マスターには見えているのですね」

「見えてる。迷彩柄の塗装がされてる、キャタピラの足と細い腰、上半身は戦車に腕が生えたようなフォルムの機械」

「なるほど……分かりました。他には?」

「左右に歩兵がいる。二人だけだ。あとは何も無い」

「十分です。それでは……」


 結城とレイランは次の瞬間には馬を飛び越え、草原を駆けていた。


「……はぁ」

「クスクス……」


 取り残された一行。銀風が溜息をこぼし、新月は笑いを押し殺している。


「まーたレイランか」

「いつものことですわ。なぜか彼女は私たちより結城を理解している。本当にいつもいつも……」


 新月は馬車の紐を切り離し、馬の本体に乗り込む。


「けれど、いずれは越えて見せますわ」


 銀風は己の靴に手を触れる。靴の下部に車輪が現れ、高速回転し始めて進み、荷台から飛び降りる。


「その通りだ。今度こそ、結城は私のモノにする」

「あら、それは私の台詞ですわ!」


 銀風と新月は結城とレイランを追う。その姿を蓮華とローラ、そしてグレイが見ていた。


「はははっ! いやぁ、結城も中々やるようになったなぁ」

「ついに結城も超人の仲間入りか……」


 蓮華は愉快そうに笑って言う。しかしグレイは結城の成長が嬉しい反面、強大な力を手に入れたことで、自分とは違う者になってしまったことに寂しさを感じていた。


「そうでもないぜ。いくら力を持っていたって、もしかしたらグレイには勝てないかもしれないしな」

「あんな途方も無い力を前にして、どう戦えと?」

「色々あるんじゃないか? 罠とか、狙撃とか」

「……まあな。本気でやれば、付け入る隙も見つかるはずだろう。で、どうする。置いてけぼりにされたが」

「そりゃ勿論、参戦して暴れまくる……って言いたいところだけど、今回は結城に譲るさ。ゆっくり行こうぜ? っと!」


 ふと蓮華はグレイの懐にある双眼鏡で結城たちが向かった方向を見る。


「あっ、おいっ! ったく……」


 グレイもまた予備の双眼鏡で見る。ローラも目に魔力を通わせてトンネル付近まで見通すことにした。




 結城はイメージ通りに動く自分の体に驚いていた。

 強く地面を蹴れば、その地面にくぼみをつけながら今までではありえない速度で前進する。

 流れゆく景色を見て、自分の力を実感していた。


「こんなに簡単に、こんな容易く……」

「マスター、今は敵に集中しなければ……次が来ます」


 結城がレイランの前に出て、高速で迫る光を右手の両刃タコーバと左手の片刃フリッサを抜いて振り、フリッサで切り払う。光は弾かれ、左側に逸れて地面を抉った。


「か、軽やかな動きだな」

「今のマスターならば、これくらいの芸当は慣れれば出来るはずです」

「そ、そうかな」


 信頼に満ちた声と言葉。褒められ慣れていない結城はちょっと顔をそらしてニヤケかけてる顔を隠す。

 間も無く、結城とレイランはとりあえず敵の前まで来た。


「なんだお前らは。アルカディアの者だな?」


 両脇の兵士が銃を構えながら問う。

 真ん中にいる腕の生えた戦車は並の戦車より一回り大きく。腕はガトリングになっている。機体の中央には四角い主砲があり、あそこから光が発射されていた。下半身は腰から下が足のように二つに分かれているが、すぐに図体の大きいキャタピラになっている。


「いかがしますか、マスター」

「……レイラン、ここは俺一人でやらせてくれないか」

「おい、聞いているのか!」


 結城はクリスタルソードを構える。白銀の刃は、虹色の光を仄かに宿し、飾られた六角水晶は虹の輝きを放っている。


「こいつヤル気だぞ! 撃て!」


 左右の兵士がアサルトライフルで射撃する。真ん中の機械も音を立てて起動し、両腕のガトリングで弾丸をばら撒く。


「ッ!」


 結城は横に跳んで駆ける。自分に命中しそうな弾丸を弾きながら横に回りこむ。

 兵士二人と兵器一機が一直線に重なる。瞬間。


「行くぞッ!」


 抉れ、散る土を背に、結城の体は前へ跳んだ。

 最初の一歩で、50メートルはある距離を詰めて、一番手前の兵士の横に来る。


「!?」


 あまりの速さに驚きながらも、兵士は結城に銃口を構えるために体を反転させる。

 結城はより速く回転し、すれ違いざまに背中へ斬撃を加える。


「ぐぁっ……!」


 次に一歩二歩とジグザクに高速で動き、兵器の横を通過する。そして銃弾ばら撒く奥の兵士を動きで翻弄しながら距離を詰め、次の瞬間に兵士を飛び越える。


「跳んだ!?」


 兵士が振り返る。その瞬間に鳩尾を衝撃が貫いた。


「うごっ! おぉっ……」


 結城の左の拳が腹を抉るようにめり込んでいた。力なく兵士は倒れる。


「よし、最後は……」


 大きく飛び上がり、旋回途中の人型戦車に大上段で斬りかかる。主砲が完全にこちらを向き、砲口に光が収束していた。


「マスターっ!」


 一瞬の後、閃光が走り、空に消えた。


「……間に合った」


 結城の身は戦車の足元にあった。

 戦車の巨体は斜めに断たれ、火花を散らしながらゆっくりと倒れた。


「なんだ、もう終わったのか」


 銀風と新月がレイランを追い越して立ち止まる。


「あら、もしかして結城一人で?」

「はい、マスターが己が力のみで、初めて敵を討ったのです」


 三人は結城を見る。結城は空を見上げていた。


「これが、俺の本来の力ってことか」

「まだまだ」


 クリストが心の中で結城に語りかける。


「そんなのはまだ序の口だ。お前の全体のごく一部に過ぎないさ」


 失われた理想は蘇り、再び息を吹き返す。

 空想に憧れ、幻想に焦がれ、夢想に壊れた結城の妄想演劇は、今ここで本当の幕を開ける。


「見事だ。見事だ我が愛しの友よ、相棒よ」


 青年のような声が聞こえた。途端に、結城の体に悪寒が走る。

 剣を構え、トンネルの方を見る。するとクリストが顕現し、結城の前に立った。


「クリスト?」

「結城、下がれ。こいつは俺が相手する」

「失せろユウ……いいや、今はクリストだったな」


 結城はトンネルを注視し、そして気付く。なぜ明かりが一つもないのか

 いかに出来たてといえど、トンネルの中に照明が一つもないわけが無い。

 ふと、一人の男が闇からぬぅっと姿を現す。


「久しいな、結城。前世ぶりだ」


 それは、まるで深淵だった。

 漆を塗ったような漆黒の髪、深い闇のような暗黒の瞳、深淵を纏ったような純黒じゅんこくの衣、そして右手に持つ禍々しさを宿す闇黒の剣。

 知っている。結城はこの男を知っている。何よりも純粋な闇であり、究極の黒点。

 何物にも染められることの無い、ただただ究められた闇黒の極地。神の上に立つ始原の法理。

 結城の口から自然と零れる。


「お前は……闇の使者。名は……」

「そいつは新しい名を名乗っているんだったな」


 闇のまなこクリストを見据える。クリストは結城の前に立ち、真っ向から闇と対面する。


「なら、俺もまた新しい名を名乗ろう。そうだな……ダクストでどうだ」


 微笑を浮かべながら、ダクストと名乗った闇は結城に近づく。


「止まれッ」

「なあ結城。お前はまだこちら側に来る気はないのか?」

「黙れッ!」

「前世を見ろ。退屈な、色の無い日常。耳にするのは誰かへの罵詈雑言、悪事や悲劇、人の醜き姿だけだ」

「やめろッ……せっかく、せっかくこいつは、本当に望むべきものに手が届くところなんだ! お前が……」

「お前はいつも誤解しているな、ユウ……いや、クリスト」


 クリストは即座に手に光を集め、剣を顕現する。その切っ先がダクストの歩みを止めた。


「私はいつでも、いつまでも結城の幸せを願っているよ」

「お前のやり方で、結城が救われるものか。優し過ぎるこいつは……彼は、必ず自責に殺される」

「なら私がその自責すら殺そう。人の評価、感情に怯え、そのまま己が欲を欺いて善人として往きてゆくのか、全ての力の上に君臨し、己が望みを貫ききるのか……応えてくれ結城。お前の望みは、その一言で全て叶う」


 それは甘言で、悪魔の囁きで、魅惑の果実の香りの如く。

 でも、闇黒で漆黒な存在であるダクストの表情は、滑稽なくらいに似合わぬ真剣な表情であった。


「結城、待て!早まるな!」


 結城の体が誘われ、手が伸びる。

 クリストは遮れない。クリストは結城の妄想だからだ。結城の妄想は、常に結城の意のままでなければならない。


「やっと応えてくれたな結城。その決断が正しいことを、これから私が示そう」

「勝手に話を進めてくれるな」


 ダクストの手と結城の手が触れ合う寸前、結城の手は横合いから捕まれ、強く引っ張られた。


「なっ!?」


 思わず声を上げる結城を軽やかに片腕で抱く誰か。見慣れた銀の髪と、柔らかな感触。色の違えた両眼の色。


「私は我侭な女でね。想い人をそう簡単に、はいそうですか、と渡す気はサラサラないんだよ。例え本人がそれを望んだとしてもね」


 不敵な笑みを銀風は強く結城の肩を抱く。


「……お前も知っているはずだ。見届けたはずだ。結城という存在の最期を。彼が生きた世界がどれほど醜く、こいつが願ったものがどれほど美しかったか」

「それは……そうだな。私も結城の幸せを願っている。貴方に任せたほうが手っ取り早いのかもしれない。だが、結城がここに来れたのは<諦めなかったから>だ。それをここでやめさせるのは、違うんじゃないのか?」


 ダクストは沈黙し、クリストは呆気に取られていた。結城は夢から叩き起こされたかのように驚きながら銀風の顔を覗いている。


「ぎ、銀風?」

「もう少しだけ待ってやれ。なに、心配は要らない。なにせ私が見込んだ男なのだから。己が理想は自らの力で手に出来る。それとも、貴方が見込んだ男はこの程度でへばる男かね」


 挑発的な口調で銀風はダクストに言い放つ。

 ふむ、とダクストは結城を見て、銀風、クリストと見て、頷く。


「なるほど。結城、お前の理想はそう容易くは手に入らないか……良いだろう。結城、私はお前をもうしばらく待つことにしよう」


 ダクストは踵を返し、トンネルの奥へと去ろうとして、ふと立ち止まる。


「そうそう。邪魔が入ると興が冷めるから、この先は前もって終わらせておいた。さっさと進んで最後まで終わらせるといい」

「あっ! 待てダクスト!」


 クリストの声を無視し、ダクストはトンネルの闇に溶け込むようにして消えうせた。


「好き放題して帰っていったか」


 クリストの呟きと共に、銀風の強張った体がふらりとよろめき、結城は慌てて支える。


「銀風!」

「なんだアレは。尋常じゃない威圧感じゃないか」

「よく言いますわ。抜け駆けしておいて……といっても、私は動けませんでしたけれど。手汗がぬるぬるですわよ?」


 銀風は不機嫌そうにハンカチで手を拭いながら言う。


「マスター、お怪我は」

「大丈夫、なんともないよ」


 レイランは結城に歩み寄り、その身を案じる。レイランには特に変化は見られなかった。


「変わらないな、レイラン」


 そう言うのは新月だった。レイランは微かに小首をかしげる。


「主の選ぶ道が光であれ、闇であれ、主の思うがままに行動させる。常に主を尊重し、主の傍に控え、主と共に歩み、主の後に続く」

「私は、マスターの剣です。マスターの意志を貫くことが私の役目であり、誇りでもありますから。誰に異と唱えられようとそれが私の、マスターへの在り方です」


 その凛とした静かで力強い振る舞いに、銀風は思わず見惚れ、そして微笑んだ。


「愛の形は人それぞれ。そして強さも。あらゆる愛の中で、の恋をより満たせる愛にこそ、彼の寵愛を受けることが出来る。レイランの愛も、また確かな愛だ。故に……」


 銀風は正面からレイランの瞳と向き合う。


「だからこそ、お前には絶対に負けたくは無い」


 大仰な宣戦布告だった。

 レイランの愛、銀風の愛。そのどちらがより結城を満たすか。


「では私は漁夫の利を頂くとしましょう?」


 新月が結城の手を取ろうとした。しかし結城はそれを避けた。


「あら、珍しい」


 結城の足はトンネルに向いていた。

 銀風も新月も溜息を吐き、レイランは相変わらず結城の後をついていく。

 今の結城には、色恋よりも優先すべき理想があるのだ。


「あいつは同時にいくつもこなせるほど、器用じゃないからな」

「ですわね。とりあえず、今はやめておきましょう」

「おーい!」


 後方から馬車に乗る蓮華たちが追いついてきた。

 新月が馬を一頭連れてきてしまったので、残りの一頭だけでここまで来た。


「結城すごいじゃないか! あんなでかいの一人で……あれ?」

「結城ならもう先に行きましたわ。あと、貴方たちのなかであの黒い奴を知ってる人はいますの?」

「いや、知らないぜ。結城の知り合いとかじゃないのか?」


 蓮華は知らないと言い、ローラもまた首を横に振る。


「私も初めて見る方でした。でもあれは……とにかく危険な人です」

「ああ、確かに只者じゃなかった。結城は知ってるような感じだったが、後で聞いてみるか」


 それは拳を交えずとも直感で得られた確かなことだった。故にそれを他者と共有できることが、あの黒の男の危険度の高さをを示していた。


「おーい! 早く先に行こうぜー!」


 蓮華がトンネルの入り口で手を振り催促する。


「そうだな」


 蓮華とローラ、銀風、新月、グレイは二人の後を追う。




「これは……終わらせておいたってここまでの事を言うのか」


 ダクストが言い残した、終わらせておいたという言葉の意味。結城とレイランはそれを今目の当たりにしている。

 トンネルの中から向こう側の出口まで、まるで足跡のように屍が連なっている。

 ダクストが一人でこれをやったのか、それとも他に仲間がいたのか。

 どちらにせよ、計り知れないほどの力を持っていることは確かだ。


「まあ、あいつならやりかねないな……」

「マスターはあの黒の男をご存知なのですか?」

「ああ、まあね」


 光や色の一切を拒絶するような黒。そして同じはずである黒ですら多彩に魅せるその多色。

 その力、その威風。間違いなく結城の想い描くダクストそのものだった。


「よろしければ、お聞かせ頂けますか?」

「私も聞きたいな。その話」


 背後からの声に振り返ると、馬車を連れた銀風たちがいた。


「まあ、まずはここを抜けてテントでも張って休憩しながら、なっ?」


 結城はとにかく先を急ぐ。

 ふと死体に機械が紛れるようになった。人体の一部が機械だったり、犬型の機械の残骸などが散乱している。

 やがて屍と同じくらいに残骸の量が増えてきたところで、トンネルは開けた。

 そして、その先の光景はあまりにも衝撃的だった。


「…………」


 誰もが言葉を失う。

 辺り一面が屍の海だった。

 トンネルの入り口を守護していたものと同一の機械か、或いはそれ以上の巨大兵器が部位が大きく欠損していた。

 戦車型の兵器は装甲が大きく凹み、あるいは穿たれ大穴が開いている。

 戦闘機はそのいくつかが炎上している。振り返れば、山脈の方からも黒い煙が上がっていた。

 火花が散り、焦げとオイルの臭いが風に乗って鼻腔を刺激した。

 人の屍はやはり部位の欠損したものが多く、酷いものは上半身が完全に消失している。


「ところどころ、かなり鋭利な切れ味で切断された傷も見えます。あの戦闘機の翼の破片です」


 レイランが視線を向けているのは、根元の方からスッパリと切り裂かれている翼の破片だ。


「剣技も相当なもののようです。しかし空中を飛ぶ物をどうやって……」


 ダクスト、闇の使者を名乗る者。結城は驚きながらも、やはり心の底では納得していた。

 いや、むしろ、これくらいの芸当は出来て当然とすら思っていた。




「あれがガンダーラの英雄の力か……」


 ケイオスはアルカディアの外壁の上から、結城の戦いを眺めていた。


「地味だな」


 率直な感想であった。

 あの程度の敵に、確かに本気を出すようなことはないだろう。斬撃だけで敵を征圧するのも相当なものであるのは確かだ。だが、あらゆる動作の一つ一つが、地味で退屈だった。

 むしろあの程度でトンネルを占拠されてしまうようなユートピアという敵に対して、疑問を抱かざるを得ない。


「ユートピアは生息するあらゆる生物を放逐した近未来・最先端科学技術を有する国。それがこの程度……?」


 まるで弄ばれている。そんな印象を抱く。


「もしかしたら窮地に陥った時に進化する主人公体質なんじゃない? それより、あの黒いヤツの方が気になるわね」


 隣に居るクロウデルが言う。


「ここからでも分かるくらいにアイツは強い。最強の邪眼を持つ私ほどではないけど」

「あれは中々にイカしてたな。あれほどの闇の力。いずれ俺たちは引き合わされるだろう……最強の闇を決めるためにな」


 ククク、とケイオスは嗤う。


「で、これからどうするの?」


 クロウデルの肩に座るチェリーが問う。


「勿論、追いかける……あっ、馬用意しないと」

「じゃあ城門で待ち合わせね。私は荷物纏めてくるから」

「ああ、悪い。よろしく頼む」


 急に二人は素に戻ってそそくさと解散する。


「こいつら本当に分からないわね……」


 中二病と邪気眼。チェリーがそれを理解するのにはもう少し時間がかかるようだった。





「ダクスト、か」


 アルカディアの王は玉座の間にある窓から山脈を眺め、ふと呟いた。


「なるほど、未だにそんな力のある理想の持ち主が居るのだな」


 この世界には、理想を抱く者の仲でも特に強く、一生涯に諦めることが出来なかった選りすぐりの者たちが集う。

 とはいえそれは一つの世界から来るわけではない。数多ある世界で、無念のうちに死んだ多くの夢追い人

が、今この瞬間にもこの世界に降り立っているのだ。妄想の彼や、滑稽な二人のように。


「そしてこの私も……なぁ?」


 アルカの声は誰への者か。この玉座の間には、今は彼しか居ない。


「世界が神の創作物なら、この世界の神は一体なにを思ってこんな世界を創ったのやら……理想などというものが、力の根源となるこの世界を」


 遠く遠く、山脈の遥か向こうを見据える。


「お前なら辿り着けるのかな。その真実に」

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