表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/121

29話目 中二病系男子と邪気眼系女子と

 長い間続いてきた海上での拮抗状態は、新たに生まれた英雄、結城らの活躍によって決着した。

 生き残ったユートピアの兵士たちは捕虜となり、一部の希望者はアルカディア軍へと編入された。

 ユートピアの表層には都市があり、中央一帯には軍事的、あるいは政治的施設が存在する。

 表層から見れば地下であるが、ユートピアの本体は下層である。

 下層には大きな動力とサーバーがあり、最新鋭の武装から表層の各家庭に至るまでのすべての機能を管理している。

 そんな施設を手に入れたのは傭兵たちであるが、今現在では協力関係にあるため、一時的にだがアルカディア軍との共有物、ということになっていた。



 作戦会議が行われたのは。早朝のことだった。

 大勢が集まるため、会議はアトランティスの広い会議室が使われた。

 全員が部屋を埋め尽くすように椅子に座っている。壇上には椿、海斗、海月。


「我が国。アルカディアが襲撃された」


 会議室は一瞬にしてどよめく。無理もない。そもそも山脈を迂回するルートはこの海しかないのだ。本来ならば。


「どうやら奴らは山脈にトンネルを掘ったらしい。そこからは害虫のようにこちらに湧き出した」

「で、アルカディアは無事なのか?」


 グレイが問うと、椿が頷く。


「幸い、アルカディアに被害は出ていません。二人の男女が敵を撃退したそうです」

「たった二人で、か?」


 グレイは、その場の全員が耳を疑った。


「しかし、敵がまたこのアルカディアのような兵器を持ち出してこないとも限りません。私たちは至急、アルカディアに戻り、そのトンネルを占拠する必要があります」

「よって、これから我々はこの海域を離脱し、アルカディアへと帰還し、トンネルを占拠。そこからユートピアへと進撃する」


 海斗の宣言。だが、この海域はどうするのか。再びユートピア軍が新たな戦力でここに来ないとも限らない。


「アトランティスをここに残す。傭兵部隊にはこの海を管理してもらう」

「おい、ちょっと待て」


 物申すのはザックだった。立ち上がり、海斗を睨みつける。


「俺たちはコレが厄介そうだから少し手を貸してやっただけだぜ。お前らの下に付くつもりはねぇし、お前らの指示になんか従わねぇよ」

「……ほう、なるほどな。で、これからお前たちはどうするつもりだ?」

「どうするって、そりゃ……どうするんだグレイ」

「俺かよ」


 コントを繰り広げるザックとグレイを、海斗は冷め切った目で見ていた。


「予定もなく、作戦もなく、アテもないお前たちを遊ばせておく余裕はない。それならばこの施設をこちらに寄越せ。もしくはこちらに役立たせろ」

「なんだとテメェ……それが人にモノを頼む態度か!?」


 険悪な雰囲気が漂い始める。軍人と傭兵、その軋轢はかなりのものらしかった。


「ユートピアの尖兵を倒した二人組みか……」

「気になるか? 私もだ」


 結城と銀風はどよめきに紛れて話し合う。


「そろそろ、もうちょっと自由が欲しいと思ってたところだ。いい機会だな」

「そうか。決めたか」

「ああ。俺は俺の理想のためだけに往く。あの時と同じように」


 前世、夢も希望も無い醜いあの世界でそうしたように、結城は再び歩き出すと決意する。

 その瞳には今までの躊躇や迷いは見られない。銀風は微笑み頷いた。


「そうさな。じゃあ私もいつものように、お前の心と共に往くとしようか」

「いいのか? 俺に付き合う必要なんて無いぞ?」

「忘れたのか? 私はお前をずっと探してたんだ。少しは傍に居させろ」


 銀風は恥ずかしげも無くそんな言葉を口にする。結城はフッと笑った。


「一応、みんなにも話しておかないとな」




 作戦会議の後。結城の与えられた部屋に一同が集められた。

 蓮華とローラ、レイランと新月。そして結城と銀風。


「俺はこの軍を抜ける」


 急なことで、誰もが驚くだろう。結城はそう思っていた。


「そうかー。もう軍人ごっこ終わりかー」

「そうなんですか? それじゃあ帰りましょう。丁度アルカディアに戻れるみたいですし」


 蓮華とローラはまるで夕方の帰る時間にでもなったかのような何気なさだった。


「マスターがそう仰られるのであれば」

「ですわ。結城も見つけましたし、もうこの戦争に加わる理由もありませんわね」


 レイランと新月はどこまでも結城と共に居れればそれでいいという感じだ。


「まあ元々、結城が心配でついてきただけだからな」

「えっ、本当にそれだけなのか」


 驚かすつもりが逆に驚かされてしまい、結城は困惑する以外になす術がなかった。


「だってグランプリで賞金稼げるって言ったの私だしな」

「結城さんはお友達ですから、友達が困っていたら助けるのは当然ですよ」


 蓮華とローラは、純粋に結城を友達として認め、力を貸してくれた。こんな自分に。


「まあ、お礼は焼肉でいいぜ?」

「もう、蓮華ちゃんったら……」


 相変わらずの蓮華とローラだった。


「マスター、軍を抜けたとして、その後はどうなさるおつもりですか」

「そうさなぁ。やることもないし、とりあえず各地を冒険してみるか」

「冒険ですか」

「そう、冒険。アルカディアの東には森があるって聞いたし、行ってみたいし、北の雪山や東の山脈、そして……ユートピアも」


 今度こそ、結城と新月以外の全員が言葉を失う。この男が抱く理想、そして冒険という言葉の真意を理解した。


「俺は俺の思うままに、気の向くままに旅をしようと思う。前世でそうしたように。そうすれば、この理想を遂げるヒントがきっと見つかると思った」

「ははーん、なるほどなぁ。そりゃさすがに予想外だったぜ」


 旅のついで、冒険の道程。単騎にて進軍、ついでの英雄業。

 障害となる全てを押しつぶす。それがユートピアという国であったとしても。


「誰も俺の理想の邪魔はさせない」


 その表情は、前世と同じ強く想い馳せ、憧れる者の顔だった。

 理想を食いつぶそうとするユートピアも、また敵なのだ。いずれぶつかり合うことになるだろう。


「へへっ、随分面白そうだな。私も混ぜてくれないか!?」


 興味津々、興奮気味に蓮華が食いついた。


「ついてくるなら好きなように。旅は道連れってね」

「マスター、それは私もご同行させて頂いてもよろしいですか」

「勿論!」


 レイランの表情はぱぁっと明るくなる。おそらくその表情を読み取れるのは親しいものだけだろうが。


「で、具体的にはどうするんだよ」


 そんな言葉とともに部屋に入ってきたのは、グレイだった。


「グレイ、どうしたんだ急に」

「傭兵は、アトランティスに篭ってこの海域から動くつもりはない。だが俺には戻る理由があるんだ……分かるだろ?」


 おそらく蓬のことだと、結城はすぐに察した。

 山城 蓬。椿の妹で、グレイの片思いの相手だ。

 アルカディアが襲撃を受けたというのだから、心配になるのは当然だ。おそらく椿も同じ気持ちだろう。


「だから俺は傭兵から一旦抜ける。お前たちと一緒にアルカディアに戻りたい」

「なるほど、そういうことなら歓迎する。じゃあ今すぐここを出よう」

「本当か!? すまない、俺はお前を置いて傭兵として戦場に来て……今すぐ?」


 結城は腰掛けていたベッドから降りる。隣の銀風と、新月が歩み寄る。


「この世界での生き方ってやつが、やっと理解できた気がするな。あとこの能力の使い方も……」

「まだまだ。お前はまだ本来の力の一割も引き出してないと思うぞ」

「そうですわね」

「えっ、本当か?」

「まあだが、その話は後だ。ここからアルカディアはちょっと遠いが、三人も居れば余裕だろう」

「銀風はアルカディアをほとんど知らないでしょう? 私と結城が場所指定と妄想、銀風がするのは出力ブーストだけですわ」

「ふんっ……底力を見せてやるさ。お嬢様」


 部屋の中央に立ち、三人は右手を出し合って重ね合わせる。


「妄想……共有……妄想顕現」


 魔術の詠唱より遥かに単純。周囲の景色が段々と歪んでいく。


「おっ、おお、これが……」

「すごい。魔法以外でこんなことが出来るんですね……」


 氷に皹が入るような細かな音が鳴り始める。やがて空間がピシャリと音を立て、歪みが止まる。

 見る見るうちにひび割れが行き渡り、やがて弾けるように割れて弾けた。

 破片は幻のように透けて失せ、周囲の景色は一変した。

 まず、眩く光る太陽が照らし、清清しいほどに晴れ渡った青空があった。

 立っている地面は木造の床ではなく、懐かしい石畳。大きな広い道が、立派にそびえる城まで続いている。

 左右には建物がドミノのように並び、人々は活気で溢れて……


「るわけはないか」

 敵の急襲の中でも商売をする肝の据わった根性のある商売人は極々少数だろう。とはいえ、結城たちは一瞬にしてアルカディアに舞い戻った。


「あ、あの……これは、どういう……」

「な、なんだこれ。どうなってんだ……?」


 突然のことに気が動転しているセレナと竜人も連れて。




「結城さん。いらっしゃるかしら?」


 結城の部屋に辿り着き、扉の前でノックするのは魔耶だった。


「結城さん?」


 なるべく早急に、結城と言う男を抹殺しなければならない。

 魔耶は呪いをかけたワインを持って、結城の部屋で呪殺する算段だった。しかし、返事が無い。


「留守か……ならばベッドにでも仕掛けるか」


 魔耶は扉を開ける。

 妙だ。人の気配がまるでない。まるで空間をそのまま切り取られたかのように、空気が新鮮すぎる。廊下との匂いの差が大きすぎる。


「不自然ねぇ。まさか気付かれて……これは?」


 小さなテーブルに、一枚の置手紙があった。

 魔耶は手に取り、封を開けて読む。そしてくしゃくしゃに丸めた。


「やってくれたわね。あの坊や」




 結城たちはどこにも居なく、あったのは置手紙のみ。内容はこうだ。


「俺たちは俺たちのやり方でやる。軍だの傭兵だのの事にはもう付き合いきれない。ということで先にアルカディアに戻っています。それではご武運を。by結城」


 失踪者は精鋭部隊とその他の結城、レイラン、蓮華、ローレライ、新月、セレナ、竜人。

 幸いにもレイアとティターナは残っていた。話はまったく知らないらしい。

 傭兵にも失踪者が一名のみいるらしく、それはすぐに想像が付いた。危機的な状況にあるアルカディアに真っ先に戻りたいと思うのは、自分ともう一人だけ。傭兵のグレイに違いない。


「まあ、行き先がアルカディアというなら問題は無いが……」


 今は椿が海斗たちに現状の報告をしている。


「ですが、いますぐアルカディアに戻るというのは無理なのでしょう」

「それがな……傭兵の事実上の統率者がいなくなったことで、すんなりアルカディアに戻れることになった。非常に癪だが、そいつらの勝手な行動によって物事がいい方向に動いたわけだ」


 こうして艦隊、及び傭兵を収容したアトランティスはアルカディアに向けて出発することになった。とはいえ、時間はかなりかかる。


「ふぅ……まったく、彼らには困ったものです」

「まったくだ」


 海斗が同情したように言ってくれるが、椿の心中はむしろほっとしていた。

 彼らなら必ず妹を助けてくれる、守ってくれるだろうから。

 自分は確かに役人であり、公務員であり、軍人である。とはいえ、心の奥底までそうなるつもりはない。


(本当に困ったものです。少しくらい相談してくれてもいいでしょうに)


 少し冷徹が過ぎたか。自分が人望のない指揮官だということを自覚させられた。これからは、少しだけ私情を挟んでもいいかと思い始めていた。




 その場のノリで転移してしまったので、レイアとティターナを置いてきてしまった。

 しかしまあ、精鋭メンバーがまとめてもぬけの殻となると、さすがの椿も不安に思うだろうからこれでいいだろうと自分を納得させた。


 街並みは、特に損傷は無く人気が無いくらいだった。それでも人通りは皆無というほどでもない。

 結城たちはとりあえず城に向かい、アルカ王に会う事にした。

 すると城の門番が二人、立ちふさがる。


「おい、お前は結城だな。どうしてお前が今ここにいる?」


 どうやら顔が知られているらしかった。照明写真ならそういえばこの国の役所に初めて来た時に撮っていた。英雄の噂は既にここまで広まっていたらしい。


「いやだなぁ。アトランティスを陥落させた後にアルカディアが襲撃を受けたって言うから急いで飛んできたんじゃないですか」

「なるほどな。さすが英雄の端くれだな」


 なぜか高圧的な物言いされるが、どうでもいい。とにかく現状を知りたい。


「いいだろう。案内してやる」


 ゲームのように城内を自由に動き回ることは、さすがに英雄になってもできなかった。

 結城たちは玉座の間へと辿り着き、最初見たときと変わらない美形の国王と対面する。


「ほう、早かったな」

「艦隊は置き去りですが、自国の危機と知り参上しました」


 アルカの瞳が結城を見る。


「フフッ、力と自信が付いたようだな。仲間も以前より遥かに多い。ガンダーラを取り戻したというし、褒美の一つも取らせたいところだが……まあ、知ってのとおり今は緊急事態でな」

「とりあえず詳しい状況をお聞かせ願えますか」

「いいとも。初めて会ったときの消極的な草食系男子のお前とは見違えるような積極性だな」




 アルカ王の話は夜明け前にまで遡る。

 アルカは自領土への敵の侵入を既に感知していた。とはいえろくな戦力はおらず、もはや自分も戦場に立つべきかと思案していたところに、黒い服装の二人組みがいきなり玉座の間に上がりこんできたのだ。兵士の一人にも気付かれずにだ。


「お困りのようだな、国王」


 酷く芝居がかったその声の方を見ると、二人の人影があった。

 片方はやや黒髪を伸ばした少年で、足元まで裾のある黒いツヤのあるジャケットを着ていた。黒い刀身と、映えるような白い刃のある平らな剣を背負い、両手は指無しのガントレットが、甲にシルバーの装飾がなされており、黒の長いブーツを履き、完全に黒一色の男だった。


 もう片方は同じく黒い髪をセミロングほどまで伸ばした少女で、右目に眼帯をつけていた。勿論黒色で、十字の銀の装飾があった。ピッチリとした黒インナーでくっきりと凹凸を目立たせ、扇情的なスタイルをジャケットの隙間から垣間見させる。黒の短いスカートをはいており、なぜか横にスリットが入っている。そしてハイニーソ。スリットの隙間から僅かに見える肌色が、あまりにも人の心をくすぐってくれる。


「ああ、困っているんだ。助けてはくれないかな」

「ふふん、いいだろう」


 そして夜明けと共に敵が攻めてきた。重厚な戦車が山脈の方角から押し寄せてくる。

 アルカ王は暢気にそれを眺めていると、突如として巨大な紫色の半球が地を這う全ての敵勢力を飲み込んだ。




「ということで、アルカディアは迫り来る敵勢力に対して完全勝利を成し遂げた。あの二人の英雄のおかげでな」


 たった一瞬の活躍によって、黒の二人は救国の英雄とまで言われるようになった。


「二人の名は?」

「データは無かった。私が訪ねたときは確かこう名乗っていたな。《神魔じんまくだ闇黒あんこく》と」

「神魔を降す暗黒の徒……」


 このインパクトの余りあるネーミングセンス。そして目立ちすぎるほどの攻撃方法。間違いないと結城は確信した。


「中二病の理想か」


 中二病。思えば自分の描く妄想や、空想への憧れは中二病と近しい性質を持っている。

 となると、その救国の英雄にとても親近感を抱かざるを得なかった。出来れば友人になりたい。


「会いたいなら戦場に行くことだ。また遠からず、敵は攻めてくるだろうからな」

「ところでアルカ王。一つ聞きたい」

「なにかね」

「もしその二人が現れなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「それは勿論、私自ら戦場に出向こうと思っていた」

「……もしかして、あんたとんでもなく強いんじゃないか」

「なにを。ここは私の国だぞ? 私が強かろうと弱かろうと、ここを手放すなんて選択肢はありえない。どちらにせよ戦うしかない」


 アルカは最後までそんな態度だった。そういう性格なのか、それとも力を隠しているのかは、分かるはずもなかった。




「蓬っ!」


 グレイは蓬の職場である喫茶店の扉を乱暴に開けた。


「いらっしゃいませー」


 気の抜けた声がグレイを出迎える。それは間違いなく蓬の声だった。

 記憶の中の蓬と変わらない。気の抜けた声。


「あ、ぶ、無事だったか……」

「あれー? グレイさんじゃないですかー。猫さんが怖がるので次からは静かに開けて貰えると助かりますー」

「ね、猫?」


 グレイは周囲を見回す。テーブル、キッチン、床、観葉植物にぶら下がる、猫、猫、猫……いたる所に色とりどり、様々な柄の猫がいた。


「つい最近、猫カフェになったんですよー。良かったら癒されていってくださいねー」

「そう、なのか……じゃあ、お言葉に甘えて」


 グレイは案内してもらい、席に着く。目の前にはテーブルのど真ん中で丸まっている茶色の猫がいた。


「…………」

「どうですかー?」

「……可愛いな」

「そうでしょー? お触りもおーけーです。無理矢理はだめですよ」


 蓬はグレイの手元に水の入ったコップを置く。グレイは一気にそれを飲み干す。

 転移してから死に物狂いで走ったために、カラカラになった喉に冷たい水が沁みる。

 コップを置いて、恐る恐る手を伸ばし、猫に触れる。

 ふと微かに目を開ける猫だが、そのまままた眠りについた。優しく、慎重に撫でてやると、猫はごろごろと唸り始める。


「あー、喜んでますね。上手ですねー」

「そ、そうなのか……なあ、蓬。アルカディアが襲撃を受けたって……」

「あー、早朝に西の方で大きな爆発の音がしましたけど、その後は特に何もー」

「そ、そうか。蓬が無事でよかった……」


 猫の柔らかい毛並みが手の平をくすぐり、緊張した体と心がほぐれていくのを感じる。


「とりあえず、コーヒーもらえるか?」

「はいー。ありがとうございますー」


 グレイが蓬のほうを向いて注文すると、蓬はにっこりと朗らかな笑みで応えてくれる。それだけでグレイの心は底の底まで救われた。




「で、どうする」


 銀風は漠然と結城に問う。これからの動きについてだ。


「準備を整えたらとりあえず西に行く。そのトンネルとやらを見に行こう」


 救国の英雄を一目見てみたいが、それほど時間を割いてまで会おうとは思わない。むしろアトランティスとその他がここに到着する前にトンネルをこちらのものにする。


「そしたらそのままユートピアまで一直線だ」

「なるほどな。私は構わない」


 銀風が頷き、レイランたちもまた頷く。


「で、竜人とセレナはどうする?」

「ほ、本当にやるのか?」


 竜人とセレナの二人は転移する瞬間に自分たちに話があって扉を開けた瞬間に巻き込まれてしまったのだ。


「ああ、やる。でも無理に付き合わなくてもいい。アトランティスやアルカディア軍が到着するまで待って、確実に行くのもアリだ。強要はしない」

「い、いえ……私、行きます!」


 セレナは言い切った。


「結城さんは命の恩人ですから、手助けするって決めましたから……自分の言葉を、嘘にしたらいけないって思うから……」

「なら、俺も行くよ」

「竜人、そういえば飛竜は……」

「ああ、それなら心配いらないぜ結城さん。ここにちゃんといる」


 竜人の着るジャケットのポケットから、手の平サイズの飛竜が顔を出す。


「ウィンはローレライちゃんにミニマムの魔法とかいうのをかけてもらったんだよ。本人ウィンの意思でいつでも元の大きさに戻れるんだ。すごいよな」


 空が飛べる竜人と、同乗できるセレナ。戦力として数えるのは十分に可能だろう。


「よし、それじゃあグレイと合流したら西に行こう」




 グレイと合流するため、蓬の働く喫茶店に向かう一行を、家屋の屋根に腰掛けながら見下ろす影が二つ。


「あれがガンダーラを奪還した英雄か」

「今ではあの安全無欠の勇者とも共闘し、アトランティスを落した一流の英雄よ」


 クロウデルがケイオスの言葉に補足を加える。


「フン、とはいえこの真なる闇黒を手にした俺の敵ではないがな……」

「まったく、あなたは本当に重症ね」

「フフっ、そう褒めるな。お前こそ、上手く邪気眼を覚醒出来ているな。さすがは俺の相棒」

「ま、まあね……この世界に来たときは本当に驚いたけれど、まさか本当に覚醒できるなんて。今でも夢みたい……」

「夢じゃないわ。れっきとした現実よ!」


 そこにキラキラと羽を輝かせる一匹の妖精が寄る。


「ふふっ、そうね。ここまで案内してくれたあなたにお礼を言わないとね」


 妖精は照れくさそうに頬を赤らめながらホバリングしている。


「べ、別に。私は案内妖精としての職務を全うしただけよ。あなたたちをここに誘ったのは、あなたたちの強い理想への想い、執念の力の結果よ。誇りなさい」

「ああ。そうさせてもらう。前世、誰にも理解されなかった理想を抱く者たちが集う場所……ククク、俺の中の闇黒が滾るぞ」

「……ねぇ、貴方たちはアイツらを追うの?」

「ああ。この世界に来て僅か数ヶ月でグランプリに優勝する才能、妄想を創造するという強大な力、一年もせずに英雄と呼ばれる最短記録の保持者……興味が湧いた。せっかく覚醒めざめた力をもっと活用したいしな……どうかしたか?」


 ふわふわと浮かぶ妖精は浮かない顔をしている。


「どうした。悩みがあるなら相談に乗るぞ。借りは返す主義だ」

「……なら、その。私を連れて行ってくれない?」

「お前を……何か理由があるのか?」

「それは、まあ……」


 妖精は結城たち一行を見る。その物憂げな仕草を見て、察したのはクロウデルだった。


「フフフ……あなたの思いは分かったわ」

「えっ?」


 対してケイオスはまったく理解してないばかりか、素の声が出てしまった。


「この私を覚醒に誘ったその活躍に報いましょう……この究極の邪気眼使い・《シン・クロウデル・ダークロード》に全てを任せなさい」


 なにがなんだか分からない。ケイオスは思わずキャラ作りさえ忘れてしまう。


「えっ、おい……あの、黒羽くろはさん?」

「ちょっ、昔の名前はやめてよ。気分が落ちるじゃない。らしくないわよ? それともこの子がついてくるのに反対? 卓郎タクロード?」

「うぐっ……まあ、別に俺も構わないけどさ。ちょっと理由が気になっただけだよ……」

「女の子は色々とデリケートなの。むやみやたらに詮索しないことね。ねっ? ピクシー?」

「ち、ちがっ! 別にそういうのじゃ……」

「あれー? おかしいわねー。私は何も言ってないわよー」


 楽しそうに、小悪魔の笑みを浮かべてピクシーを見るクロウデル。ピクシーはげんなりジト目で見返す。


「あなた、今まで案内した中で一番タチ悪いわよ……」


 結城たち一行をチラっと見て、そっぽを向く。


「あと、私のことはチェリーって呼んでいいわよ」

「チェリー……分かったわチェリー。ほら、ケイオス。もたもたしてると見失っちゃうわよ?」

「追うのはせめてキャラ思い出してからにしないか?」




 結城たちが喫茶店の前まで来る。

 扉を開けようと取っ手を掴む。ふと、あの案内妖精のことを思い出した。


(チェリーはなにしてるんだろうな)


 この世界に来て、初めて出会った相手。彼女が居なければ、割とここまで来るのに時間がかかっただろう。

 人見知り、引っ込み思案、面倒くさがりのやや対人恐怖症のヘタレな自分に、自ら声をかけてくれたのだ。それが案内妖精の役割だったとしても、あの日あの場所で出会えた幸運は、彼女の活躍は確かに自分をここまで導いてくれた。

 ある意味ここまで案内をしてくれた彼女に、お礼の一つも言えないで居るのはかなりもどかしい。


「マスター、どうかなさいましたか?」

「どうした。何かトラウマでもあるのか?」


 こんなにも仲間が出来た。ありがたいことだ。


「いや、トラウマどころか、懐かしい思い出だよ」


 結城は扉を開けた。あの頃と、何も変わらない店内がそこに……


「あ~、猫可愛いなぁ……」

「ですよねー。猫癒されますねー」


 喫茶店は猫カフェになっていた。


「いやまあ、内装はほとんど変わってないけど……」


 よく見れば、席に座ってテーブルの上の猫と戯れているのは蓬とグレイだった。


「あ、居た居た。おい、グレイ……?」


 結城は足元に柔らかくくすぐったい感触を覚えて視線を下に下げる。そこには中々に毛深い毛玉……いや、長毛の猫が居た。両目は青く、おそらくヒマラヤンか何かかと思われる。


「…………」


 猫はその青い瞳をこちらに向けている。結城はその瞳から視線を逸らせないで居た。

 どれほど時間が経ったか。五分くらいかもしれないし、五時間くらいかもしれない。もしかしたら5秒かも分からない。

 いずれにせよ、結城は屈服し、しゃがんで猫を撫で始めた。

 猫は自ら手の平に頭をぶつけるように撫でられている。それを受け止めるように、しかし押し返さないように慎重に、優しく丁寧に受け止めてやる。


「うわっ、なにコレ可愛い」

「そういえば結城は大の猫好きだったな」


 銀風が思い出して呟く。

 結城の表情はグレイや蓬と同じように緩みきっている。


「くっ、猫ごときに結城を取られるとは……」

「そこですか」


 珍しくレイランがツッコミを入れるが、結城はそれすら気付かずに猫を撫で繰り回している。


「やはり猫はいい。人類は猫に征服されるためにあるのかもしれない」

「やばい、スイッチが入った。新月」

「ええ。致し方ありませんわね」


 銀風と新月は顔を見合わせて頷くと、結城の両脇から腕を通し、猫から引き剥がした。


「あっ、ちょっと銀風? 新月? 一体なにを、猫が、ああっ! 猫がぁっ!」


 猫はもっと撫でられたいと言う様に結城の目を見て鳴いている。


「ああっ、待ってくれ二人とも! 頼む後生だ! こんな、ほら、鳴いているんだぞ! 猫が! あの穢れなき崇高にして偉大なる毛玉的支配者様が鳴いておられるのだぁ! 放せっ! 放してくれぇっ!!」

「いい加減にしないか結城! そんなにもふりたいなら私がネコミミをつけてベッドの上で好きなだけ撫でさせてやる!」

「猫に支配されるくらいなら私に支配されなさいな! 貴方の猫じゃらしにならいくらでも相手になりますわ! あと誰かあの傭兵を猫から引き剥がしなさい!」

「おっ、じゃあ私がやるぜ」


 蓮華は結城を無駄にアクロバティックな動きで飛び越えた後、猫を跨いでグレイを確保した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ