28話目 独立のアトランティス
「な、なんだ?」
唐突な揺れが結城たちを襲う。
思わず銀風を見るが、首を横に振って答える。
「分からない。私はしばらくここで過ごしてたが、こんな揺れの経験はない」
「マスター、これは私の勘というか、思い込みに近いものなのですが、おそらく彼女が」
「あー……なるほど、分かった。先を越されたな」
結城の視線が上に向く。三人が同じように上を見ると、ドームに大穴が開いていた。そして瓦礫と共に一人の少女が落ちてくる。
「おお! すごいすごい! 中はこんななんだな!」
落ちる瓦礫を蹴って、一番高い建物に飛び移る。中央の塔へと。
「よっと。さて、とりあえず……ぶっ壊せば止まるかなっ!」
再び大きく振りかぶり、己の拳を叩きつける。衝撃と震動、そして轟音が轟き亀裂が走る。
縦に、縦に、亀裂が走り、根元まで達する。いたるところから火花が散り、亀裂の隙間が広がっていく。
「さて、どうしようか……ん、あれは、結城じゃんっ!おーい!」
蓮華が大きく両手を振る。その姿を見て、結城は額を押さえた。
「なんてデタラメな」
「ですね」
潜入部隊のグレイたちは、動力部に辿り着いた。
「これが動力か」
それは大きな六角柱の水晶だった。赤や橙、黄色の、まるで小さな太陽のような色を放ち、照明一つない部屋を煌々と照らしている。
「なあグレイ。あの機械の死体は放っといて大丈夫なのか?」
「弾薬の臭いが嫌と言うほどした。確かだよな? レイア」
「ああ、間違いない」
「ってことは朱がやったんだろう。カメラも警備のロボットも全部皆殺し状態にされてるところを見ても、あいつの性格が出てる。さて、この動力を見つけたところでどうするか」
そう呟きながら、水晶の前に立つ端末を覗く。
「やぁやぁ! よく来たね!」
急に音声が流れ、全員が後ずさる。
「あー、朱かな。それとも別の誰かか……まあいいや。ここに来れたってことはそれ相応の力を持っているんだろう。そして目的も大体予想はついている。そこで提案だ」
どこか箍の外れた、おそらく女性の声。
「お前は一体……」
「僕かい? 僕はこの要塞の製作者……の人格をコピー、電子化した情報存在だよ」
「さ、サプリ?」
「まあそんなことはどうでもいいんだ。私が本体から与えられた役目は、ここに訪れた者にこの要塞のあらゆるシステムと権限を譲渡し、尚且つ他のサブリメーションされた5大老を消去することだよ」
「……なんだかよく分からないが、敵ではないのか」
「まあ、君たちにとっての敵側から裏切り者が出たっところだね。で、君たちの誰かが僕にシステム権限の譲渡を行えれば僕は役目を終えられるんだけど、誰にする?」
「誰って、急にそんなこと言われてもな」
一同が顔を見合わせる。
グレイ、ザック、アイス、レイア、ティターナ。この場にいるのはこの五人だ。
「別に難しい話ではないと思うんだけどなぁ。つまり、この要塞を、新しき国を統べる王となってくれればそれで」
「王って言っても、俺は傭兵でいたいし……ザック、お前やらないか」
「なんでだよ! 王様なんてめんどくさそうなの俺はご免だね!」
「私はエルフの王ですので、ちょっと……」
「私も興味はない」
「……あの、私、やりたいです」
全員が驚き、アイスを見た。
「本気かッ!?」
「うん。やりたい」
グレイの問いに、迷いなく頷く。
「パパ、いいよね?」
「えっ、まあ……なんで?」
「だって、こんな要塞を手に入れられるなんて。しかも誰の支配下でもない。これなら一国と戦うのだって夢じゃない。自分だけの領地を整え、自分だけの兵士を育て、自分だけの兵器が使える……夢みたいでしょ?」
「まぁ、自分でそうしたいっていうなら止めはしないが……」
「そろそろ決まった? 決まったら名前を声で入力してね。声帯認証と、血液検査、DNA検査もろもろ」
「は、はい」
「待てアイス」
レイアが肩に手を置いて引き止める。
「そう簡単に、決めていいのか」
「自分の領地を手に入れれば、そこにまた新しい戦いが起こると思うの。パパみたいな立派な傭兵になるにはそれくらいしないと……」
「戦いを、求めているのか」
レイアの表情が曇る。対して、振り返るアイスは満ち満ちた表情をしている。
「私は、パパに褒めてもらうために、傭兵としての腕を磨きたかった……でも、少し変わったの」
襲い来る脅威。殺し合いのルールとスリル。人を殺すということ。その魅惑の味。
「今は一人の傭兵として、技術を磨きたいと思ってる。パパの後ろをついていくだけでは得られないモノがあるって、あの敵に教えられたから……これは、自分の意思で理想を追う、最初の一歩」
そう言うと、アイスは進み、レイアの手から離れる。
「私はアイス。アイス・バイエルン」
「アイス・バイエルン。登録完了。端末に手を置いてね」
アイスは右手を平らな端末に置く。すると端末の画面が輝く。
「ふむふむ……なるほどね。ようこそ新たな領主。君は今、アルカディアでもユートピアでもない、新たな勢力として、その主として生まれた」
「いいザマだな」
黒い箱があった。朱は遥か下層。照明のほとんどない丸い部屋。その中央に黒い箱が六つ。
「声は聞こえているんだろう。死に掛けの老人ども」
「なぜお前がここにいるッ!」
叩きつけるような、殴りつけるような老人の怒鳴り声。
「喚くな。最後の一瞬くらいは話し相手になってやろうと気遣ってやったものを」
「さ、最後の一瞬だと……」
「気付かないフリをしたいんだろうが、いくら目を背けたところで、現実派お前を殺す」
「何故だ! どうしてこんなことにッ……」
「愚かなことだ。生き意地汚いお前らは人の理想を食い物にしすぎた。そのツケだろう」
「ツケ? ツケだと!? この世界は、理想を叶えてよい場所のはずだ!!」
「そうとも。それはお前が食い散らかした、これから食い散らかそうとしている奴らも同じことだ。今度はお前たちが食われる。ただそれだけのことだ」
「クゥッ……!」
「だがな、我々は死なんぞ。外部に我らの人格のコピーを送信し、電子の海に……」
「……お前は誰を相手にしているか分かっていないな」
悪魔のようにクスクスと嗤う。
「お前たちはどうやってそうなった? 誰のおかげでそうなれた?」
「な、何を言っている……」
「お前たちはもうここから出られない。そして消える」
「まさか、まさか貴様ら……」
「良い声で鳴いているねご老人」
老人の声を遮り、聞き慣れた忌まわしい声が聞こえる。
「ドク」
「ああ、もう隔離も完了しているよ。送信機器はなぜか既に機能を停止していたけど。まあ都合が良かったよ」
「そうか。じゃあ終わらせるぞ」
「そうしてくれたまえ……一応、断末魔聞いとく?」
「耳障りだからミュートにしておけ」
えー、皆さん。私たちアルカディア軍は、この要塞のシステムを完全に掌握しました。現時点でそちらの残存兵力は半分以下になっています。投降すれば危害は加えません。武装を解除し、投降してください。繰り返します。この要塞は私たちアルカディア軍が完全に掌握しました……
メガアトランティスは陥落。アルカディア軍は勝利した。損失はほぼ無し。
要塞はアイス・バイエルンによって完全にシステムを掌握され、生き残りの兵士はほとんどが投降した。
要塞のシステムはアイス・バイエルン以外の人間にはまったく反応しないため、傭兵アイス・バイエルンの所有物とされた。
北方部隊・蓮華、ローレライ・アンジュ
二人の活躍によって北側の護衛艦は殲滅された
のみならず、蓮華は内部に単独侵入し、重要施設を迅速に破壊した。その功績は大きく。今後の活躍が期待される。
東方部隊・アルカディア本隊。
ローレライ・アンジュの助言により敵艦を撃沈、敵武装の霍乱が可能となった。魔法使いを使った攻撃は非常に効果的で、発案者・ローレライの功績は非常に大きい。被害は皆無。
南方部隊・安全無欠の勇者部隊及び、アルカディア特別精鋭部隊。
安全無欠の勇者は従来の活躍をし、味方への一切の損害を防いだ。結城に関しては独断による潜入行為は重大な命令違反に当たるが、アルカ王が選抜した人員のため処罰は免除される。
「すまない。急に呼び出して。久々に二人きりで話がしたいと思って」
「いや、大丈夫。やることもないし」
銀風につれられ、結城はアトランティスの最上階を訪れていた。
壁沿いに通路があり、ぽっかりと開いた天井から星々を眺めるためにある、いわばテラスの役割を持つここは、銀風のお気に入りの場所だ。
二人は円を辿るように歩き、ぼちぼち会話を始めた。
「アトランティスは、社会不適合者を隔離するための施設だ。私も性癖一つでここに飛ばされた」
「逃れようとかは思わなかったのか?」
「別に。逃れようと思えばいつでも逃れられたが、逃れる理由がなかった。社会不適合者の集りだから奴隷としての能力もない。間引きの費用すらかけたくないから、ここに押し込んだ。実験のためにな」
「実験?」
「海上要塞、とは言うが、本当は海上に国が作れるか、という実験らしい。移動し、戦闘し、繁栄できる国が海上都市という形で実現できるか」
銀風は皹が隅々まで行き渡った中央の塔を見る。
「まあ、実験は成功。そのまま実戦に投入されたのが、このメガアトランティスだ」
「へぇ……なんで銀風がそんなことを知ってるんだ?」
「暇つぶしで色々調べてただけさ……こんな話は楽しくないな。じゃあ、お互いにここに来てからのことを話し合おう」
「そうだな……」
結城は立ち止まり、瞳を閉じて思い返す。この世界に来てから見てきた風景を、一つ一つ、ゆっくりと思い出していく。
「俺は、アルカディアの近くの平原に落とされた。それからすぐに案内してくれるチェリーって妖精に出会った。
アルカディアは西洋風の景観の国で、中央には夢に見たファンタジーのような大きくて立派な城があり、その周囲を活気のある城下町が囲っていて、その周囲を堅牢な外壁で囲っていた。
「冷徹そうな役所の女性に出会って、アパートの一室だけど住処を手に入れた。そこの住民がまた個性豊かで」
超人レベルの身体能力を持った格闘者。
尋常じゃない魔力を持った魔女。
野生の荒々しさを持つ赤髪の傭兵。
役所の受付とアパートの管理を両立させる鉄仮面の姉と、喫茶店て健気に働く健気な妹
「ははっ、また随分と個性的だな」
「この世界に来てもやっぱりお金は必要で、妖精に働くように言われたけど、やっぱり働くのは嫌で、結局グランプリっていう大会に賞金目当てで参加することになって」
「へぇ。グランプリか。強い奴は居たか?」
「強い奴っていうか、あの頃の俺はこんな戦場になんて出れないくらい弱かったよ」
「お前が? ああ、覚醒の時期には個人差があるみたいだからな」
「蓮華やグレイに鍛えてもらって、ギリギリで勝ち進んで……最期にレイランと戦った」
流れるような銀髪は槍衾のようで、一本一本が鍛えられた刀剣のように美しい。蒼穹の色をした両眼とその戦場を舞う姿は、敵として前にしても見惚れてしまうほどに。
「レイラン……そうか。やはりお前と彼女は引き寄せあったんだな」
「レイランは俺を自分の主に迎えたかったらしくて、本当にギリギリまで手加減してくれてた。精一杯ぶつかったけど、結局蓮華の助けを借りてなんとか彼女の試験に合格した」
そして晴れて二人は主従関係となった。大会に勝利し、大金を掴んだ。
「でも、それは国王アルカの兵士集めの手段だった。俺は賞金のために戦争に参加することになった。そうしたら皆がついてきてくれた」
レイラン、蓮華、ローラ、椿、そして結城の五人。そこに大会で対戦したティターナとレイアを含めた七人は、飛空挺で山脈を越えた。
「妖精と傭兵は?」
「妖精は、チェリーとは、喧嘩別れした。グレイは傭兵として別で戦争に参加することになった」
「そうか……」
「それで敵の急襲を受けて、大河に不時着した。そのまま川を下ってる間に、竜人やセレナ、新月に出会った」
「なるほど、そこで新月が……先を越されたな」
銀風はぶつぶつと呟いている。ふと結城の視線に気付き、あっ、どうぞつづけて。と促した。
「ガンダーラに潜入して戦ったには戦ったんだけど、俺は自分の理想のために人の理想を潰えさせることに恐怖を感じていた」
「へぇ、お前がそんなことを」
「銀風としては俺らしくない?」
「そうだな。相手の理想がどのようなものであれ、誠意をもって退ける。そんな印象があったな。だが色々と記憶喪失みたいなところがあったんだろう? 仕方ないさ」
結城は空を見上げる。町明かりが強すぎて、川を下っている時やアルカディアに居た時よりは星が見難く感じた。
「まあ、それもレイランたちのおかげで克服できた。今は自分の理想を一番大事に考えられるようになった」
「そうだな。そうでなければ、理想を賭ける者達への礼を失することになる」
「ガンダーラを奪還して、いや俺はほとんど何もして無いけど。その後は海に出て、ここのアルカディア軍と合流して、アトランティスを制圧した。いや、今回も大したことは出来なかったけど」
「まだ馴染めてないだけさ。それにここに居る奴らはここに来てそれなりの時間を過ごしている。まだこの世界に訪れたばかりの結城に活躍されたら、奴らの面目丸潰れだろう」
結城が笑い、銀風もふふっ、と笑みをこぼす。
「さて、次は私の番だな。とはいっても、そう大したことは無い。私はユートピアで……いや、まず最初に私の理想を話すのが先か」
「そういえば俺も理想の話はしてなかったな」
「いや、結城の理想は察しがつく。あの世界に行きたいんだろう」
さらりと看破される結城はたじろぎながら苦笑する。
「そんな簡単に」
「私を誰だと思っているんだ? お前の戦友、パーヴァート・彩の銀風だ。お前の心なんて手に取るように分かるさ」
金色と青色のオッドアイに見つめられ、結城は妙に恥ずかしくなって視線をそらす。
「お前が私を妄想してくれたように、私もお前の生き様を見届けさせてもらった。見事なものだったよ」
「…………」
おっと、と銀風は口を紡ぐ。過去のことなど、理想を果たせずして果てた前世のことなど、誰にとっても思い出しても仕方ない。むしろ嫌な思いしかしない物なのだから。
「じゃあ、私の理想を当ててみてくれ」
「銀風の理想? って言われてもなぁ」
彩の銀風はパーヴァート。結城を戦友と呼ぶ、自分と同じくらいの乙女である。
何者にも臆することのない鋼のような強き心を持ち、曇りなき光り輝く誇りを持っている。
並の洗脳やNTR系の干渉力では彼女の心を屈服させることは出来ないだろうし、心が壊れてもその意志が捻じ曲がることはないだろう。そう思わせる鋼の乙女である。
「分かった。アニメの入浴シーンでの湯気及びレーザーの廃止」
「分かってないな結城。あれは湯気があるから入浴シーンとしての価値があるんだ。濃すぎるのは問題だがな。だが不自然なレーザーは大問題だ。そういうのは真夏の砂浜で水着が脱げてしまった時の夏の強い日差しとして……いや、今はそういう話をしているのではなく」
「とはいってもなぁ」
銀風はかなり残念そうに、しかし小さく溜息を吐いた。
「私の理想はな、もう一度お前と一緒にペアを組んで。パーヴァートの頂点に君臨することだ。もう一度な」
「そう、お前と一緒に……新月には渡さない」
銀風は結城の手を取って引き寄せる。結城の体はバランスを崩し、銀風の体に倒れこみ、しっかりと抱きとめられる。吐息のかかる距離、二人の視線が交錯する。
「お前は私のものだ結城。誰にも渡さない」
「ぎ、銀風?」
急上昇する脈拍、荒くなる息。火照る頬。
「……まあ、まだまだ先は長そうだがな」
ふと銀風は結城を解放する。
「それはそうと、この世界でもパーヴァート……というか、変態の肩身は狭い」
「どういうことだよ。この理想を叶える世界で、変態を目の仇にする奴がいるっていうのか?」
「例えばそうだな、宗教で姦淫を禁じるがゆえに、そういう罪深い者たちを根絶しようとする聖人。清く穢れなき人類となるために、邪な嗜好を持つ者を淘汰と称して駆逐する女。異常性癖を極端に許せない潔癖症な奴とか、様々だ」
それは理想と直接関係していたり、またまったく関係のない気分や私利私欲なものまで。
「そっちには居るのか?」
「いや、そういうのどころかこっちは新月以外のパーヴァートすら知らないしな」
「そうか……もしかすれば、味方もいるし、敵もいるかもしれない。用心はしといたほうがいい。とはいえ、私の敵ではないさ」
銀風は中指を直立させ、指先に光の球を出現させる。結城の虹の水晶とは違い、色とりどりの色彩の全てがうねるように輝いている。
「マーブルレインボー。私の名である彩を妄想した技だ」
「輝く虹か。綺麗だな」
「そうだろう? この世界に来て、色々な技を編み出して、今日まで生き抜いてきた」
「銀風は、どういう風にここへ?」
問うと、銀風は七色の光を握って消した。
「ユートピアはこのアトランティスよりも未来的な都市だ。SFといったところか」
とはいえそれは中央部の話。ユートピアという国は、完全な階級社会の状態になっていて、階級ごとに住居スペースや移動範囲が限られている。
ユートピアは山のように外側は低く、中央につれて高くなる外観をしている。
三層に別れており、中央が特権階級、二層目が能力者の実験場も兼ねた研究スペース。最も外側の三層目は奴隷階級とユートピアの防衛隊が支配する地区だ。
開発者、研究者、一部のエリート部隊は自由に行き来できるが、基本的には中央でのシステム開発やメンテナンス。新しい能力開発など行っている天才研究者と、様々な技術や能力を持つ兵士、もしくは<完成された異能>を持つ精鋭たちが過ごしているらしい。
街並みはハイテクノロジーの極みで、刺々しい摩天楼やら空飛ぶ車やらがうろちょろしている。
二層目ではそれなりの能力を持った者たちがユートピアに貢献し、それなりの幸福を享受している。一般人が居住し、生活するスペースであると共に、能力者、異能者たちが日常の中で能力実験をさせられている。極普通に生活を送り、極普通に能力を使い、極普通にお互いの能力で争い、極普通に中央を目指す。
街並みはアトランティスの居住スペースと変わりなく、コンクリートで出来たビルや黒いアスファルトの地面で構成されている。
三層目は奴隷階級が働かされ、防衛や征服部隊の雑用係の下っ端として人々が使われる場所だ。
高層ビルのようなものはほとんどなく、狙撃用の物見やぐらの塔はいくつかある。
上は都会と呼ばれるものから下はスラム街に近いものまで。その他はすべて軍事施設だ。
「そして私は、ふと気がつけば高い高層ビルの屋上で立ち尽くしていた。それが私のこの世界での始まりだ」
手持ちは己の断片的な記憶と、パーヴァートの力のみ。だが彼女にはそれで十分だった。
「傍に居るはずのお前を探し続けたんだ」
彼女の色違いの両目が結城を見つめる。
「大変だった。色とりどりの能力者たちの実験につき合わされ、イカれた白髪と白衣の女博士に追い回され……まあ、退屈はしなくて良かったがな」
苦笑する銀風は両手に何か持つ仕草をすると、そこに突然、水の入ったコップが出現した。
それを結城に手渡すと、魔法使いが杖を振るように指を動かすと、そこに椅子とテーブルが出現する。
ごく自然に座り、結城にも座るよう促す。断る理由もないので誘いを甘んじて受ける。
「仲間とか、そういうのは居なかったのか? さすがに一人では……」
「ふふ、心配してくれるのか。嬉しいな。だが生憎とお前以外とペアを組むつもりは……いや、一人だけ友人が出来たな。今は離れ離れだが」
「へぇ、どんな人?」
「クスクス……いやな、それがまたな」
私は明るい夜の街でコーラを一杯ひっかけていた。
「酒みたいに言うな」
出会いは唐突だった。
ある時、路地裏から怒鳴り声が聞こえた。興味本位で覗いてみれば、そこには強姦されそうになっている女性が一人。
「パーヴァートとして、見過ごすわけには行かないからな。勿論助けた」
「パーヴァートは性癖で人に著しく危害を加えることは許さない。だったな」
「そうだ。それは自分の首を絞めることになる。最低でも痴漢くらいに抑えるべきだ」
さて、私が物の数秒で男集団を撃退し、救い出した彼女はまだ学生だった。そしてあろうことか彼女は出会い系サイトを利用した結果嵌められてああなったというではないか。
「そう、ハメられそうになったわけだ」
「上手いな……いいから続けろ」
彼女は妄想が趣味で、アッチソッチの事柄に興味津々だったので、私が懇切丁寧に教えてあげた。
「おいまさか」
「そう、こうして私たちは百合友になった」
「このバイセクシャル!」
ははは、と銀風は笑う。結城は溜息一つこぼして苦笑した。
「一つ訂正させてもらうと、私はどちらかというと百合だぞ。男は可愛げが無いしな」
「……今はその話はいいよ。その後のことを話してくれ」
そこそこ交流を持って、彼女もパーヴァートとして目覚めた頃、私はアトランティスの話を耳にした。
それは人口増加しすぎたユートピアから人を減らすために作られた。ついでに間引く予定の者たちもそこに投げ入れた。実験と様々な都合を兼ねて、アトランティスは移動する海上要塞としてアルカディアへの航海に出たわけだ。
「私はそれまでの間、ずっとお前のことを探していたが、アルカディアの存在を聞いて、ここには居ないんじゃないかと思って、とりあえずこっちに移った」
「百合友は?」
「彼女はあれでいい所のお嬢さまだったらしい。父親が優秀な工学者、母親が生物学者で家庭も裕福だ。愛情がまったく足りないそんな居場所は捨てて外に出るべきだ。私が共に居るから。と誘ってみたものの、結局断られてしまった」
「そうか。離れ離れか」
「そういうことだ。とはいえ、またいずれ会えるだろう。お前がユートピアを落としてくれれば」
「俺がか!?」
「うん? そのつもりで戦っていたのではないのか」
「いや、だから俺は……」
「お前には今や絶大な力があるじゃないか。あの頃の、無力な頃とは違う。輝ける機会があるなら、胸躍らないわけがないだろう」
言われても見れば、確かにそうだ。
英雄と言われてもピンと来なかったが、それは要するにアイドルみたいなものだ。人々から慕われ、憧れられ、人気を集める輝ける者の座だ。
「なんだ。長い旅の中で、お前は色々と落っことしてしまったんだな」
そう言われ、結城の胸が少し痛んだ。まるで今の自分が過去の自分に劣っていると言われたように感じた。
「ところで、お前の理想はなんだ。私の婿に来るってことでいいのか?」
「違うわ! 俺は、あの世界に辿り着く。もしくは創る。それが理想だ」
「なるほどな。やはりそういう流れになるか。もしそんな世界がなかった場合、もう創るしかないからな」
世界を一つ創り上げるというのは、妄想の力を用いたとしても容易ではない。
そこに存在する法理や創世の核となる原初。森羅万象の法則などのいわゆる<設定>が細かくなければ、それは幻影か砂上の楼閣。いずれは自壊してしまう。
「となると、私たちはその世界の欠片だな」
結城の妄想は、レイランや銀風を妄想の世界からこの世界に誘った。
それがなぜ結城とは別々に離れ離れになっているのか。
「確証は無いし、これもただの妄想だが。散り散りになった妄想の欠片。それを集めれば何かしら変化が起こるんじゃないか?」
「銀風、それはさすがに」
「いいじゃないか。どうすればいいのか分からないなら、とりあえず思いつきで行動するのもありさ」
「……まあ確かに」
結城は目を閉じて、思いを馳せる。
だんだんと見えてきた、これからの道筋。結城は妄想で描いていく。
「これからの行動は決まったようだな」
「ああ。とりあえず、その線で行こう。この世界を巡りまわってみるか」
「そうと決まれば、こんなところで立ち往生してる場合じゃないな」
「ああ。まったくだ」
銀風と結城が立ち上がる。
「やっぱり、組織に属するってのは窮屈だからな」
静かな夜闇。山脈はいつもの如く、その雄大にして過酷な環境で陸地を分断している。
今日、この時までは……
その遥かに大きい山脈に比べれば、極々僅かな一部に、小さな小さな穴が開こうとしていた。
風一つない静かな夜で、微かな罅割れの音が鳴る。
次の瞬間、篭った爆発が円を描くように岩を砕いて、岩肌は円に区切られた。
ゆっくりと倒れ、音と震動を轟かせる。ぽっかりと開いた穴からは、夜闇を切り裂く人口の光が噴き出す。
「こちらモグラ4、目標地点までの穴の貫通が成功した。拡張作業を頼む」
グレーの作業服を着た掘削作業員と、掘削機械がアルカディアの領地に足を踏み入れる。
「ここが、アルカディアか」
「明日でこの国も終わりだな」
「そういえば聞いたか。またあの博士が新しい機械を作ったらしい。ここがその実験場になるんだろうな」
「あのマッドサイエンティスト。最近じゃあ生物兵器にも手を出してるって聞いたぞ。キメラだかなんだか」
「おっかねぇ……」
アルカディアの住民は、その王ですらもが、アルカディアの危機を感じ取れずに居た。
二人の影以外は……
「ククク、ついに来たか……これからが本当の戦争……ラグナロクだ」
アルカディアの外壁に立ち、風を受ける二人の影。遠く山脈の元に蠢く外敵を見下ろしていた。
「ああ、黙示の日は近い……私たちがこの国を、いや世界を救ってみせよう。この私、邪気眼使い《シン・クロウデル・ダークロード》がな」
「あまり熱くなるなよ。お前の力はまだ晒して良い時期じゃない」
「ふふん、お前こそ、手加減を誤って命を落とさぬよう気を付けるんだな……ケイオス」
「クハハハッ!! 面白い冗談だ。俺を誰だと思っている? この最強の中二病者 《ケイオス・エル・ハザード・アブソルート》に敗北の文字はない。否……」
自国より遥かに強大な敵を前に、暗黒の中で二人は不敵な笑みを浮かべる。
「俺とお前、《神魔ヲ降ス闇黒ノ徒》は、誰にも負けない。だろう?」
ふと顔を向けたケイオスの顔を街の明かりが照らす。不敵に微笑む少年に、クロウデルははにかむ笑みで返した。




