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26話目 侵入潜航

 激しい戦闘が繰り広げられてる中、海底を静かに進む艦が一つあった。

 それは艦というよりは缶であり、もはや船というよりは漂流物と呼ぶのが相応しい程のモノだった。


「結城、上手くやってるといいが……」

「よっぽど結城って奴がお気に入りなんだな。そっちの趣味にでもなったか?」


 グレイの呟きに、ザックがからかい気味に言う。


「だからちげぇって。それより、もっとそっち寄れ、狭い」

「バカ言うなよ! 娘やレイアちゃんに窮屈な思いさせたくないだろ? 魔法使いだって精神集中が必要だって言うし、」

「なら連れて来るなよ……だったら、もっとそっち側に寄ったらどうだ」

「無茶言うなよ……朱は怖いだろ」

「そろそろ真下です。皆さん準備を始めてください」


 魔法使いの一人が言うと、それぞれが武装の最期の点検を始める。


「どう?」

「うん、なんとか。あとは船が出入りするところさえ見つけられれば……あっ!」


 透視の魔法で外が見えている魔法使いが声を上げる。


「見つけた!」

「静かに、ソナーで見つかるかもしれない。で、本当に?」

「うん。船が出入りしてる。あそこに漂流しよう」


 潜水缶は徐々に浮上し、傷ついた戦艦の真下につく。

 慎重に、戦艦に合わせて移動し、メガアトランティスの内部に侵入することに成功した。

 魔法使いは、ふぅっと一息つく。


「侵入成功。浮上します。戦闘の準備をお願いします」


 各々が得物を手に、来るべき瞬間に備える。


「それじゃあ、あとは透過。あともう一息だよ」

「うん、そしたら休憩しよう。後は戦闘員に任せればいいね」


 二人が手をつなぎ、魔力を共鳴、増幅させる。光を屈折させる魔法は操作難度が非常に高いため、二人が魔力供給、一人が魔力操作で分担する。


「「それじゃあ……透けーる!スケスケ!とらんすぺあれんとっ!」」


 全員の姿が消え、缶すら影も形も残っていない。だが見えないだけで、空間は既に把握しているので問題は無かった。上部の扉を数人で押して開ける。音も出ないほどに細工されているが、かなり五月蝿い空間だったのでさして意味を成してなかった。

 全員が上陸したところで、グレイが言う。


「各自、作戦通りに。状況は逐一報告すること。無茶な戦闘は控え、援護が必要な場合は即座に求めること。では……作戦開始!」




 グレイ、ザック、アイス、レイア、ティターナは通風孔を通っていた。


「まずは地図があれば助かるんだが」


 ガンダーラにある資料には内部構造や地図などは無く、武装と性能だけだった。


「そうだなぁ、かなりでかいみたいだからな。とりあえず紅に頼んであるんだろ?」

「ああ。朱はともかく紅は精確に誠実に仕事をする」


 朱と紅は、その性格がほぼ逆転している。


「朱は好戦的で派手。蓮華にハッピートリガーとシリアルキラーを付与するとああなる」


 それに反して紅は静寂。ふと存在していることすら忘れてしまうほどの影の薄さ。


「だが、あそこまでいくと感情が見えなくなる。機械みたいにな。淡々と仕事をこなす。忍者らしいといえばらしいのか」

「忍者?」

「言ってなかったか。朱はガンスリンガー、紅は忍者だ」


 その役割は隠密行動、情報収集。そして暗殺。


「正直、ここの制圧なんてアイツ一人で事足りるんだろう」

「ったく。イヤになるねホント」


 ザックは吐き捨てるように言った。


「パパ、地図ってどこなら手に入るかな」

「そうだな……アイスはどこなら手に入ると思う?」


 アイスは頭を傾げ、右に左に振っている。


「資料室?」

「悪くない答えだ。でももっと確実な方法があるんだぜ?」


 ザックの企みの笑み。懐から取り出したのは細い糸。


「まあ見てな」



「ん?なんだあれは」


 廊下を歩いている兵士は、床に落ちている拳銃を見つけ、歩み寄る。


「落し物か……見たことない銃だな。軍用銃じゃない」


 しゃがみ、手にとってみようとしたその時、首に何かが絡みついたのを感じた。


「がっ!?」


 気がついたときには、既に足が床から離れていた。首を締め付ける見えない糸は切れる気配すら見せず、蜘蛛の糸に捕まった羽虫のように、もがけばもがくほどに首が絞まっていく。


「あっ、がぁ……かは……」


 ふと、首を締め付ける糸が緩んだ。


「がはっ! ごほっ、ごほっ、おぅえ……」

「大丈夫かい、兄さん」


 糸で釣った張本人であるザックが悪魔の笑みで咳き込む兵士に声をかける。


「な、何者だきさっ……」


 ザックは即座に肉厚なサバイバルナイフを口の中にねじ込む。


「頭の回転は早い方が得だぞ? 兄さん」


 兵士はナイフを口に入れられたまま、眼球だけを動かして周囲を観察する。目の前には黒人の男。その隣には赤い髪の屈強な男。下から光が差し込むこの暗い空間は、通風孔か。


「なに、いくつか質問するだけで殺しはしない。あとはロッカーの中で大人しくしてもらうために身動きを封じさせてもらうが……命に比べれば安いモンだろ?」

「あ、あがっは。あ、あいがひひたい?」


 ゆっくりと刃を引き抜き、喉笛に突きつける。


「よぉし、いい子だ。それじゃあ手短に済まそう。まずこの施設の見取り図が欲しい、どこにある?」

「ち、地図なら俺が持っている……」

「ほう、兵士全員に配られるのか?」

「そ、そうだ。このアトランティスはいわば一つの領地だ。軍人だけでなく、一般住民もいる」

「なるほどなぁ。それじゃあ次だ。この施設の動力部はどこにある」

「し、知らない……」


 ほう、とザックが薄皮一枚に刃を滑らせる。血が流れ出て首の皮膚を滴る。


「ほ、本当だ! この施設の重要な箇所は一定の基準を満たした技術者や上官しか知らない!」


「なるほど。セキュリティはしっかりしてるのか。管制室みたいなものはないのか?」

「お、俺は知らない。上官から命令を受けているだけだ。なにせ広いから担当区画以外のことは何も……」


 さすがにアルカディアと同等というほどではないが、やはり大きい施設だ。役割分担や担当区画などあるだろう。ならば……


「じゃあお前が知ってる中の一番偉い奴、居所が分かる奴はどこに居る?」




 木造の船を容易く藻屑にする砲弾が至近距離で撃たれる。


「……っ!」


 即座に体を回転させ、剣を斜めに当てて受け流す。僅かにそれた砲弾と、大きく弾かれるレイラン。


「己の未熟さを思い知らされますね」


 そして横薙ぎの一閃。遥かに大きい砲台が斜めに切り分けられ、上部が滑り落ちて甲板に転がる。


「さて……」


 武装は全て斬った。乗組員はその有様を目の当たりにして降伏した。


「マスターと新月は……」


 見ると、向こうの一隻の甲板の上に新月の姿があった。


「大差なかったな」


 声がして見上げると、そこには結城とワイバーンがこちらに降りてくるところだった。


「マスター、初陣の手応えいかがでしたか?」

「ああ、申し分ないってところかな」

「それは、喜ばしく思います」


 レイランは蹴って跳躍し、着陸する前にワイバーンの背に乗った。


「お聞かせいただいても?」

「いや、レイランみたいに砲台を切るなんて派手なことはしてないけど……」

「マスターのご活躍を聞きたいのです。どうか」

「ふむ……それじゃあ」



 結城は着艦と同時に、火を噴く火砲に襲われた。ワイバーンを急いで妄想に帰して命中は免れる。結城はそのまま内部へと侵入し、一気にブリッジへ。立ちふさがる敵を掻き分けていく。


「止まれ!」


 狭い通路で待ち構える敵。結城は立ち止まる。


「お前はアルカディアの者だな。抵抗しなければ悪いようにはしない。この状態では確実に死ぬぞ。よく考えろ」


 結城の手にはあらかじめ顕現させた虹色の剣があった。

 だが、今は鞘に納まっている。特に飾りも無い、単純な鞘。即席で作られたものだ。


「試してみるか」


 それは独り言か、それとも敵への挑発か。結城は眼前に立ちふさがる敵を見る。

 自分のこの力は、自分の理想によって生まれたものだ。そしてその理想を果たすために、今こうしている。

 彼らとて、それは同じ。この世界に来た以上、違うとはいえない。己の理想のためにここに立っている。ここで戦おうとしている。火器をこちらに向けている。

 それは己の理想を果たすために。敵の理想を挫くために。

 自分たちは対等であり、故にあるのは勝負だけ。

 泣けど喚けど一回きり。死ねば理想は潰え、守るには生きるほか無い。ならば……


 結城は鞘に納まったままに、その剣を掲げる。


「輝け!」


 目を刺し貫くかと思うほどの光が狭い通路を満たした。


「ぐあぁっ!なにっ!?」


 誰もが銃から手を離し、目を覆う。

 そして結城は駆け出し、道を塞ぐ敵を軽々と飛び越える。


「お前らの理想なんかとじゃ、俺の理想は釣り合わない」




「で、あとはブリッジの機械全部壊して行動不能にした」

「お見事ですマスター」


 とりあえずはここでいい、と結城は思った。

 あの時は理想を貫くことに躊躇いがあった。しかし今ではそれを思いのままに行える力がある。それを自覚した時に、ふと思ったのだ。

 誇るべきこの理想を、簡単に相手の理想との天秤に掛けて良い物かと。


 そんなわけがない。

 ならば、自分の理想を思う力に匹敵するほどの、強い理想と出会ったそのときこそ、本気でぶつかろうと。

 そのときまでは、無闇に人の理想を葬ることはすまいと。


「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。という言葉を聞いたことがありますわ」


 ふと見ると、新月が飛びまわるワイバーンの背に、軽やかに降りてくるところであった。


「もう、甲板に出ているのですから、ちゃんと迎えに来てくださらないと困りますわ!」

「あ、ああ、ごめん。っていうか心読まないで」

「ちょっとしたお仕置きですわ。にしても、なるほど。そこらの理想では自分と釣り合わない。自分と同じ最高の理想とだけ戦う。そういうことですわね」


 言い方に少し難があるが、大体そういう感じだ。


「難があるとは心外ですわ。私はそういう考え方嫌いじゃありませんわ。むしろ好きな部類ですもの」


 結城は首を傾げる他ない。解せないというふうな結城に対し、新月はクスリと笑って解説する。


「人が自信と誇りを得たとき、同時にこだわりと言う名の嗜好が生まれますわ。美的感覚と言っても良いですわね」


 自分と理想をぶつけ合うのはこういう相手でなくてはならない。戦う者の、戦いの拘り。


「無闇に人の理想を摘み取らないとか、礼節を重んじて相手の意志を踏み躙らないとか。そういう自分にとっての嗜好は大切ですわ。前のように思い悩むよりはずっと」


 そういうものらしかった。結城はただ納得するしかなかった。特に思うところもなかった。そうしたかったからそうした。ただそれだけのことなのだから。


「クロードたちはどうしてるかな」

「あれではありませんか?」


 レイランが指を差す方向には一匹の飛竜。雷が鳴ったり、矢が放たれブリッジのガラスを突き破ったりしている。


「先ほどからあれで何隻か落としていますね」

「すごいな……」


 安全無欠の勇者とその一行。その力は確かに本物だった。


「そういえば、安全無欠の勇者って味方から死人を出したことがないんだよな」

「はい。故に安全無欠の勇者と呼ばれています」

「なら、今なら椿も守ってもらえるよな」

「ええ、そうなります」


 レイランの答えを聞いて、結城はふとアトランティスを見た。

 結城の仕草から、その考えを察した。


「マスター、どうぞ、お望みのままになさってください。私は常に貴方と共に在り、貴方の味方ですから」

「あ、いや、別にアトランティスに入ってみたいとかそんなことは」


 すると、レイランはくすっと笑った。レイランのそんな笑い方は、とても珍しかった。


「マスターも今や己の果たすべき理想を見定めた立派な夢追い人ではありませんか。貴方の思うがままに行動しても良いのですよ」

「そうだぞ」


 便乗して脳内に直接語りかけるクリスト。彼は今は姿を見せずに結城の心の中にいる。


「お前はもうあの頃とは違う。限られた現実の束縛から離れ、理想を叶える自由を手に入れ、今やその手には、そのための力さえある。思うが侭にやれ。我侭を覚えろ」

「我侭、か」

「そうだ。鳥が空を飛ぶことを覚えるように、お前も自由を謳歌することを覚える時期だ」


 戦闘機も撤退し始め、空は自由を取り戻しつつある。戦局は圧倒的に有利。


「……行く。俺は行く」


 結城の口から出た言葉。それを聞いたレイランは、いつもの微笑を、いつもよりどこか明るみのある感情を乗せて、いつものように言った。


「どこまでもお供いたします。マスター」

「私も行きますわ結城。二人きりでないのが不満ですけれど、あなたと一緒ならばノープロブレム。戦地でデートと洒落込みましょう?」


 新月もまた、いつものようについてくる気満々だった。いつもなら苦笑するはずの結城は、それに歓喜の笑みで返す。


「それじゃあ行くか」


 メガアトランティスに一瞥して、結城は目当ての物を探し始める。すぐに損傷した艦を見つけた。

 撤退を始めている艦の方へ近づき、飛び降りる。


「新月、この船の通信って」

「もう押さえましたわ」


 新月は特に何のそぶりも見せていない。


「別に動作にしなくても必要最小限の妄想さえあれば現実に干渉できる。それが妄想を武器にする変態パーヴァートというものですわ。今度機会があったらお教えして差し上げましょう」


 パーヴァート。妄想を糧に、自分の力を示す。思うだけで全てが叶い、想いだけが己の武器。


「素敵でしょう? 妄想って」


 妖艶な笑み。その瞳には活き活きとした輝きがあった。





「すごいな、結城たちは」


 粗方敵を片付けて、クロードは周囲を見回す。

 黒煙を上げる船。ただ動きを停止させた船。沈没しかかってる船。

 能力の使用により、その茶髪を金色へと変化させているクロードは、結城たちの力を改めて実感した。


「こんなに早く終わるなんて初めてだ」

「なるほど、それ相応の力があるということか」


 感心するクロードとリューテ。しかしメイヴは難しい顔をして思案に耽っていた。


「脅威になりそうね」


 呟いたのは魔耶だった。


 理想の世界。此処で理想を実現した者は神になれる。全ての存在がこの世界に降り立った時点で得ているこの世界のことわりだ。


「ならば、アレは必ずクロードの前に立ちはだかる。ならば……」


 今のうちに消しておかなければ。


「こういうときこそ、魔女の出番よねぇ」


 人差し指が濃厚な紫の輝きを纏い始める。


「さて、噂の彼は……あら?」


 周囲を見回す。不気味なくらいに広く深い青空。無限に広がる大海。

 上下左右、船の一隻一隻、目を凝らして観察するが、見当たらない。つい先ほどまで自作のワイバーンで飛びまわっていたはずだ。

 見つけられれば仕留めるのは容易い。呪いならばあの妙に人外じみた女剣士や隣の魔法使いすら貫通して即死級の呪術を行える。


「いない、いない……どこにも居ない?」


 行方不明、そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 それはいけない。それだけはあってはならない。安全無欠の勇者と共に在るならば、それだけは阻止しなければならない。殺すだけならば遅効性の呪いを使えば良い。クロードの名を汚すことは無い。

 ただここで死なれたりされては困る。せっかく築き上げた安全無欠がそうでなくなってしまう。

 彼の理想が……私の理想が遂げられない。


「チッ、なんて面倒を……」



 常に余裕の表情だった魔女が、珍しく歯噛みする。





 長い廊下を歩いている影が一人。

 影と見紛うほどの黒一色の衣服に身を包んでいるのは、紅しかいない。


「…………」


 しばらく歩いていると、ふと機械音が聞こえてくる。モーターの動く音。硬い勤続が床を打つ音が、廊下の突き当たり、曲がり角から聞こえてくる。

 紅は立ち止まり、音が近づき、その主が現れるのを待った。

 やがて、それは姿を現した。


「……朱」


 それは人間の骨格の姿をしていた。否、それより多少複雑に線が見える。


「朱……いや、だが……しかし……」


 紅は一人ぶつぶつと呟いている。そうしているうちに、人間の骨格をした機械のような物はこちらに右腕を向けた。その腕は肘から先が銃器のようになって、下面にマガジンが刺さっていた。

 次の瞬間、無数の弾丸が紅に降り注いだ。


「っ……」


 弾は紅の服と肉を切り裂き抉る……ことはなかった。その姿が一瞬ブレると、彼女の体は天井に、壁に、即座に消え、現われ、縦横無尽に駆けていた。


「どうする朱」


 弾丸を目で追いながら、至極冷静に回避し続けている。


「……分かった」


 壁に足をつけた瞬間、黒い影は弾丸のように飛び跳ね、弾丸を軽々とかわしながら人型の機械に接近し、眼前にまで迫る。

 甲高い機械音を発しながらその眉間に銃口を突きつける。だが弾丸を火を噴いたときにはすぐ背後に回っていた。

 俊敏に反応して再び銃を突きつけようとする。だが、その前に機械の頭部に銃を突きつけられていた。


「精度が甘い。銃身がブレすぎだ。反応も鈍い。接近戦というのに銃にしか頼れない貧相なAI。こんなんじゃただの鉄屑……」


 銃声音が聞こえるのとほぼ同時に膝を崩し、横からの銃弾を避けながら眼前の機械に銃弾を撃ち込む。

 頭部が砕け、肩は外れ、胸部の中心に風穴が開く。


「クカカッ!」


 邪悪な笑みで銃を構え左方向の機械三体に撃ち込む。見事に頭部を破壊し、三体とも膝から崩れ落ちた。


「まったく。出来損ないの実験に俺を……私を巻き込むな」


 立ち上がった次の瞬間、速いリズムで床を蹴る音がした。


「ッ!」


 猟犬の如き俊敏さで駆ける人型の機械。即座に銃弾を打ち込むが、手に持つナイフで弾かれる。


「ほう、手応えがありそうだな」


 そして一気に跳躍、銃弾を弾きながら飛びかかってくる。左手が腰の後ろに伸びるのを見て、朱はすぐさま横に回避した。機械は弾を弾く右手のナイフとは別に、殺傷用のナイフを突き出していた。


「今度は接近専用の人形か」


 言いつつ問答無用で銃弾を撃ち込む。頭部を微かに掠めたが、問題なく機械は朱に攻撃を仕掛けてくる。

 首に突き出された刃を半身下がって回避し、横振りも退いて回避。斜めの軌道を難なく読み、右側に回りこむ。すると機械は振った勢いを殺さずに回転し、左のナイフで通り過ぎると同時に朱へと刃を伸ばす。


「読みやすい流れだ」


 朱はしゃがみ足払いをすると、容易に機械を転がす。即座に立ち上がり、両肩の間接に銃弾を撃ち、ついでに膝間接も壊す。


「まったく、奴の実験好きは相変わらずか」

「ああ、その通りだとも!」


 それは、たがの外れたような女性の声だった。


「……おい」

「やぁ! 久しいなぁ僕の死神ぃ! ずっと探していたんだよぉ?」


 その声はナイフを持つ機械から発せられていた。朱は珍しく笑みの無い侮蔑に近い無表情で機械を見下ろしていた。


「お前、今どこにいる」

「ハハハ! いやだなぁ僕の愛しの死神ちゃん。分かってるくせにぃ。僕が此処から出ることは絶対にないことくらい、分かってるはずだろぅ?」

「だろうな……これもお前が作ったのか」

「これ……とはどっちのことかなぁ? この人形かなぁ? それとも死神ちゃんたちが必死に攻略しようとしているユルユルの海上要塞のことかなぁ」

「相変わらずだなその話し方。虫唾が走る」

「くふふぅ……ああ、コレはちょっとした遊びで作ったものだよ。まったくこれくらいで苦戦するなんて、アルカディアとかいうのは本当に人材不足なんだねぇ」

「これが遊びか。これだけで南にある国を滅ぼしたくせに」

「いやぁ、島国とはあそこまで楽に片付くなんて思わなくてねぇ……ちょっと色々対策しただけの即席で落とせるとかねぇ」


 ケラケラと嗤う耳障りな声が機械から発せられている。思わず銃で滅多打ちにしたくなったが、此処は堪える。


「この要塞はどうすれば止められる」

「んんー? 止めるぅ? 止めるって何さ死神ちゃん。止める必要があるのかぃ?」

「いいから早く教えろ」

「妙だねぇ。君は僕の最高傑作だよぅ? 君ならこの要塞を巨大な棺桶にすることも、なんなら跡形も無く吹き飛ばすことだって造作も無いはずだろぅ?」

「こっちの武器にすりゃ何かと都合が良いってことだ」

「あー、なるほどねぇ……そうかそうか、君は今はアルカディア側についているんだねぇ……」

「おかげさまでな」


 声から張りが無くなり、気分が落ちたような喋り方に切り替わる。


「なるほどぉ。そりゃ君は僕を恨んでいるんだろうねぇ。ああ、そうとも、それが自然だぁ。僕が君を上手く飼いならせていればこんなことにはならなかったのにねぇ」

「…………」


 朱は沈黙する。その表情は明らかに嫌悪を映し出していた。


「なぁに、心配することは無いさぁ。今のところ、僕の創った三つの最高傑作の中では君が一番強い。きっとこれからも永遠に最強のままでいるだろう。君は究極の存在なのだからねぇ」

「安いありがちな言葉を並べて満足か? さっさと俺の質問に答えろ」

「ああ、そうだったねぇ。でもこれだけは言っておくよ。僕はいつでも君の帰りを待っている。今なら誰も僕のところに来れない様にした。君以外はねぇ」


やはりケラケラと嗤う。


「さて、この要塞を止めたいってことだねぇ?」

「そうだ。コレはどうやったら止まる」

「そうさなぁ。まずこの要塞の動力は八つのコアが八角形に配置されている。それは科学の結晶、最高の物質。錬金術の賢者の石ともいえるアレだ」

「動力は一つじゃなく分散しているってことか」

「当然だ。たった一つの動力でこの巨大な要塞にエネルギーを行き渡らせるなんて、リスクが多すぎるからね。そしてそれを統制し、同時に指揮する施設はやはりその各所にあるが、それらを束ねる連動システムというのが中心には存在する」

「連動……何のための」

「僕も君も大嫌いな彼らが全てを掌握したいが故に作り出した集会所みたいなものだ」

「来てるのか、あの糞爺共が」

「彼らももはやお払い箱らしくてね、前線で指揮しろとマスターが言ったらしいよ。まったく、僕の最高傑作は粋なことをしてくれるね。殺すなら今だ」

「奴らが中心に居るってことか」

「ああ。そして彼らの性格を考えれば、どこに全てを掌握するシステムがあるかは分かりやすいだろう?」


 最も敵から遠く、最も安全で、最も相応しい位置。


「ド真ん中の最深部、或いは頂点か」

「ご明察。どちらなのかは行ってみれば分かるさ」

「癪だが礼を言う、ドク」

「ッ!? やめろやめろ! やめないか気持ち悪い! 僕の最高傑作は人に感謝なんてしない!」


 割と本気に嫌がっていた。


「知ってる。だから言ったんだよ」

「あっ、なるほど。それなら納得だ。さすがは僕の死神ちゃんだ。濡れちゃうね」

「じゃあなクソマッドサイエンティスト」

「うん、君がここを訪れるのを楽しみにしているよ。その時こそ……」


 朱は銃弾を中身が切れるまで撃ち続けた。銃声が音声を掻き消して、銃弾はロボットの体をバラバラに粉々にしていく。音声を発する装置も漏れなく鉄屑と化した。


「さて……ど真ん中か」




「こういう施設はど真ん中に何かあるって相場が決まってる」


 結城たちは敵の戦艦に潜り込み、ドックからアトランティスに潜入していた。

 新月に不可視化してもらっているため、かなり楽に潜入できた。

 ふと見ると、ドックにエレベーターがあったので乗り込むことにした。


「いかが致しましょう、マスター」

「とりあえず最上階へ」


 エレベーターにボタンで一番上にあるものを押す。

 ゴウンと動き出し、徐々にスピードを上げてエレベーターは上昇し、やがて停止し、扉が開く。


「っ!」


 結城は目を見開き、誘われるようにエベレーターから降りた。


「すごい……」


 目の前に広がる光景は、本当に一つの国のようであった。

 まず何より目を引く中央の巨大な塔。その周囲に広がる軍事施設。それをドーナツ状に囲むように民家やビルが立ち並び、電車に似た乗り物が周るように走っている野も見える。

 向こう側の壁は見えるが、建物で覆い隠されて端までは見えない。

 見上げればドーム状の屋根が大きく中途半端に開いており、戦闘機がぞくぞく侵入、軍事施設へと戻っていく。


「すごいな。こんなの」


 アルカディアを一望した時と同じ、もしくはそれ以上の衝撃だった。その光景は、形こそ違えど姿は確かに前世の世界に近いものだったからだ。


「色んな理想があるってことか。あんな世界でも、理想を抱いた人間が居るのか」

「マスター」


 声をかけられ、振り返る。


「マスター、お気持ちはお察ししますが、ここは戦場、今は戦時。気を抜いてはいけません」

「観光なら後で私とゆっくりデートしましょう。今は先を急ぐべきですわ。主にあの塔に」


 誰がどう見たって、あの塔が重要施設であることは一目瞭然だ。


「ああ、そうだな。先を急ごう」

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