25話目 開戦進撃
そして日はまた昇り、全ての準備が整う。
「全ての部隊の配置完了。あとは指示を待つのみです」
「よし。全部隊、そのまま待機」
海斗は甲板の中央で仁王立ちしていた。そのすぐ横に海月が控える。
「通信員、全ての船員に声を届けられるか」
海月とは反対側に控える男は、迅速に各部隊と通信を行うために通信機能として働く魔法使いだ。
「はい、可能です」
「よし、繋げ」
男性は呪文を呟き、通信を接続する。
「世の理を凌駕せし魔の力、遠き彼方の友の耳に我が声を、我が耳に友の声を響かせ届かせん……どうぞ」
「よし……全員、よく聞け。これより作戦を開始する。空母は飛竜を飛ばして敵をおびき出せ、第二艦隊は南方へ、敵の側面につけ。第一艦隊、俺たちはただ全力で眼前の敵を潰すことだけを考えろ。あと生き延びろ」
平らな甲板が広く取られ、艦橋が片方に寄っている。
甲板には大量の飛竜が存在し、やはり騎士と魔法使いが乗っている。
「全員、直ちに出撃!」
号令がかかる。多くの飛竜の雄叫びが、一つの咆哮となって空気を震わすと、次々とその翼が風を叩き、空へとその身を上げていく。
果てしなく広がる大空の一部を飛竜の大群が埋め尽くし、彼方へと羽ばたいていく。
しばらくすると、大きな円形の施設が見えてくる。遥か上空からでもその姿を簡単に見つけてしまうほどの大きさと、その異質さ。周囲のポツポツと点在する艦が蟻のように見える。
ふと見ると、正面には鉄の鳥。こちらと同じ大群が押し寄せる。
「前方、敵機多数!」
「行くぞみんな! 竜騎士の意地を見せろ!」
鉄の鳥……戦闘機がミサイルを発射するのを目視した竜騎士たちは、一斉に散開した。
魔法使いは火球を宙に浮かせ、後方に射出する。するとミサイルは飛竜ではなくそちらに向かって、ぶつかった瞬間に爆発を起こした。
「すげぇ、本当に情報通りじゃないか!」
「油断しないで! 次が来ます!」
背後を任せている魔法使いに言われ、騎士は前を見る。
巧みに飛竜を操り、紙一重でミサイルを回避していく。
「よし、接近する」
4頭の編隊で一隻の戦艦の周囲を囲む。魔法使いが杖を構え、狙いを定める。
「試作術式2号、機動!……射出!」
即座に杖の先端が光り、光弾が敵艦に向かって射出される。光は戦艦に命中する。しかし特にダメージを与えるわけでもなく、そのまま消えた。
「よし! 総員撤退せよ!」
他の隊も同じようなことをし、終えるとすぐさま進路を東にとって撤退を始める。
「ぐあっ!」
「ジョセフ! 無事か!」
「くっ、掠っただけだ!止まるな進め!」
「風よ、大気よ、空よ、空気よ、彼の者の翼に更なる力を与えん!」
翼に魔法を付与し、更に速度を上げる。それでやっと戦闘機と同速になる。
「これで、本当にいけるのか……?」
「試作術式1号、機動!」
鋼鉄の船に比べれば、遥かに脆弱な木造の船。その甲板に、魔法使いたちが集結していた。
「術式はほぼ正常に稼動しています」
大きめの一本の杖を、5人の魔法使いが構えている。
1人の魔法使いが杖を両手で握り、残りの4人が肩に手を置きV字型に展開している。
「試作術式3号、機動!チャージ!」
すると杖に刻まれている文字に光が灯る。確認した五人は魔力を杖に込め始める。
「……チャージ完了!いつでもいけます!」
「そのまま待機、旗艦からの号令にあわせて発射する」
全ての船で、魔法使いが同じように杖に魔力を込めている。
「この距離で、本当に届くのでしょうか」
海月は目の前の魔法使いたちを見ながら、誰にとも無く呟いた。
「さてな。あの最強の片割れが提供してくれた知識だ。期待させてもらう」
相変わらず鋭い眼光のままに海斗は言う。その表情には慢心も憂慮もない。
「海斗、全ての艦で砲撃準備が整いました」
「よし……全軍、発射準備ィッ」
水平線の彼方、まだ見えぬ敵を睨みつける。
「3、2、1、撃てッ!!」
結城たちは三隻の船の先頭に乗り込み、本隊からは離れ、南に大きく周っていた。
「作戦、上手くいくんかな」
「ああいうのはあまり期待しないほうがいい。作戦よりも、自分たちがその時々にどう行動するかを考えないといけないからね」
クロードは結城の不安を拭うように言う。そういうものか、と結城は納得することにした。
ふと、セレナの姿を探す。
「どうかしましたか? 結城さん」
丁度よく、竜人と会話していたセレナと目が合った。
「いや、ローラから教えてもらった術式ってどういうのかなと思って」
「あれは……私もよく分からないんです。解析したのは魔耶さんですし」
「あれは簡単に言えば誘導システムよ」
「うおっ!?」
「っと」
結城とクロードの間に背後から割って入る魔耶。
「さすが魔女王ローラ。器用なことをするわね」
「魔耶、誘導システムって?」
「ふふっ、気になるの? クロード」
サキュバスのような色気のある声でクロードを誘惑している。結城はとりあえず目をそらすことにした。
「目標と誘導と射出。三種類の性質の魔法で構成された術式群。原理は磁力を模倣した代物のようね。簡単に言えば、目標に向かって自動的に飛んで行ってくれる銃弾のようなものですわ」
「目標に向かって自動的にって、じゃあ船から魔法を放っても届くってことか」
「そう。それがどれほど遠くてもね。小難しい話は省くけれど、作戦はこう」
1.標的に目標術式を目印としてつける。
2.魔法使い五人分の魔力を射出術式で増幅、魔弾を射出。
3.1と2の組み合わせで起こる誘導術式の作用で、魔弾が目印に引き寄せられる。
「飛竜隊は命がけになるけれど、一度目印がつけられれば、あとは敵の射程外からでも魔法を放つだけで敵を倒せる。あれはそういう術式なのよ。分かった?」
「そんなすごい術式が作れるなんて、ローラって人は何者なんだ……?」
二人の顔が結城のほうを向いた。
「あ、あはは……」
結城は特に何もしていないし知らされても居ない。ローラについてそこまで詳しいわけでもないので苦笑して誤魔化す。
「安全無欠の英雄とそのご一行でも、蓮華とローラのことはご存じないのですね」
そこに声をかけたのは椿だった。隣にレイランもいる。
「名前は聞いたことあるよ。かなりの実力者だってことも」
「なにしろ私たちは色々な事件や事案で駆け回っていましたから。噂話なんて一々聞いていられないのよね」
「武神・蓮華と魔神・ローラ。そう呼ばれるほどに、あの二人は強い」
「僕の二つ名より全然かっこいい……」
「戦場で活躍したことは一度もありませんが、国内で成したことを考えれば、参加さえしてもらえればこの戦争もすぐに終わらせられるだろうと謳われています」
すると横合いからメイヴとリューテが会話に参加してくる。
「それほどの実力を持っていながら、なぜ戦争に参加しなかった?」
リューテの疑問は当然だ。この戦争は理想への侵略だ。
ユートピアとアルカディア。この二つの国のうち、どちらかの理想郷が滅びる。それはその国に生きる理想が全て斬り捨てられることに他ならない。
「それは蓮華とローラが、自分の理想とお互い以外に感心を持っていないからです」
ローラは争いの無い平和な世界を望み、蓮華という親友を大切にしている。
蓮華は自分が最強になることと、ローラという親友以外に特に興味は無い。
「ローラは争いが嫌いなので、戦争には参加しません。蓮華は戦争に参加せずとも、襲ってくる敵を倒す力を持っています。彼女たちにとって、戦争に参加する理由がまるで無いのです」
「ふむ……なら、どうして今更戦争に参加した?」
「それもそうだ。今更、彼女たちの気が変わったとでも?」
「それは……おそらくきっかけが出来たからでしょう」
「きっかけ?」
椿は結城を見る。
「彼の理想を聞き、彼と関わった。それがきっかけ」
「そこで俺なのか」
そして、その場の全員が不思議がった。
蓮華とローラが戦争に参加したことといい、レイランが望む主を見つけたことといい、その周囲の人間全員が戦争に参加したことといい、何かと結城という人間が、なにかしらの変化をもたらしている。それも大きな。
とはいえ、今は戦争の最中、作戦の直前である。余計な考えは捨てるべきだ。
「皆、作戦はもう始まってる。僕たちもそろそろ気を引き締めよう」
その言葉で、その場の全員に緊張感が走る。
雰囲気が一変した。
不思議なことに、そんな言葉でも意識してしまうのだった。これが安全無欠の所以か。
「この作戦が成功するにしろ、失敗するにしろ、必ず全員が無事に、生きて帰れるようにな!」
「ええ。あなたと添い遂げるその日までは……」
「私の魔法と剣だ。何の心配も要らないさ」
「今日こそこの技巧、お前の心に焼き付いてくれると良いがな」
クロードの声に、各々が反応する。彼らはこうして士気を高めていたのだ。と結城は思い知った。
振り返ると、レイラン、新月、椿、竜人、セレナがこちらに注目していた。生憎と気の利いた台詞は用意していない。
「って、ここは立場的に椿さんの役割じゃないの?」
至極当然なことを言ったつもりの結城だったが、まさかのレイランから待ったがかかった。
「いえ、マスターこそがこの場で語るに相応しく思います」
「大丈夫だって、そんな期待してないから。ほとんどノリだよ」
「ですわ。そうはない貴重な経験ですもの。初体験、一つしてみたらいかが?」
「私は構いませんよ。どうぞ」
その立場の人からさえ言われてしまった。結城は頭をひねって考える。
「じゃ、じゃあ……」
「はは、相変わらずプレッシャーにはまったく弱いな」
クリストの声が脳内に響く。結城は思わず小声で言い返す。
「人事だと思って……」
「せっかくだ、ありのままで行って見ればいい。ここは理想の世界なのだから」
「……じゃあ、やってみるか」
妄想で理想の自分をイメージする。……とりあえずイメージは固まった。
「俺には、叶えたい理想がある」
それは何物にも変えられない、かけがえの無い想い。
「前世では、叶えられなかった。でも、それでも諦めなかったから、この世界に来れた。チャンスを得られた。だから、生きろとは言わないし、死ぬなとも言わない……」
唯一つ。前の世界から変わらない。自分のあり方を示す。
「理想を懸けて、悔いを残さず活き抜け」
逆境や辛苦を、捨てることでかわしてきた。
己の追い求める物のために、追い求めるために。
その内に秘めた想い。それを活かし解き放つ。それがこの世界で出来る唯一のことだ。
「活き抜く……か。いいなそれ」
「そうですね、私も好きな響きです」
「マスター……このレイラン。理想のために、貴方のためにこの剣を今一度、捧げましょう」
「少し貴方には似合わない雰囲気ですが、悪くはありません」
「イキ抜く、卑猥ですわ……失敬。ええ、活きましょうとも。新月の輝きが如く、ね」
なんとか乗り切った。そして椿は意識を切り替え、即座に指示を開始した。
「総員配置についてください。竜人とセレナは敵艦隊を発見次第報告」
「了解!」
「は、はい!」
竜人とセレナが飛竜に飛び乗り、空へとあがる。
「レイランと新月は味方飛竜に同乗し、敵艦に乗り込み制圧してください」
「飛竜なら間に合ってる」
結城が一言そう告げると、両手を前に、人差し指と親指で風景を区切るようにして覗き込む。
何かに触れるような、そんな動き。
「屈強な翼、見かけより軽量、灰色の体躯、前足はなく、風を切る速度で……妄想顕現、ワイバーン」
すると、結城の眼前に立体の影が現れ始めた。日が暮れて夜になるように、ゆっくりと影が濃くなり、それはやがてくっきりとした姿形を現す。
屈強な翼、灰色の体躯、前足は無く代わりに灰色の翼。紛れも無く、それはワイバーンと呼ばれる存在に相違なかった。
「ふぅ……出来た」
その芸当を見せられて、全員が結城を、結城の作り出したワイバーンを凝視する。
「マスター、これは……」
「俺の妄想のワイバーンを実体化させた。一応、飛べると思う……ちょっと飛んでみてくれない?」
結城の声に反応したのか、一つ甲高い鳴き声を上げると、翼で空気を強く打つ。
その巨躯がふわりと宙に浮き、足が甲板から離れる。次に空気を打つと、海に波紋を起こして大空へと舞い上がった。
「コミュニケーションも取れるみたいだ」
「みたいだ、って。結城、まだ能力の詳細が判明していませんの?」
「そうなんだよ。何せ昨夜に急に発現した力だから」
とはいえ、これほどの創造力。うまく使えばかなり活躍できる。いや、活躍どころか、戦争の主力に、決定打ともなりうる。
「使いこなせればの話です。結城、くれぐれも不用意なことはしないように。自滅などもってのほかです」
「まあ、慎重にやるさ。おーい、降りてきてくれー」
ワイバーンは素直に結城の元へと降り立った。
「レイランと新月は俺が彼に乗せていく。あっ」
「どうかされましたか、マスター」
「いや、せっかくだから名前をつけようと思って」
あと数分もしないうちに敵と殺し合いをするという状況で、結城はなんともマイペースだった。
クロードたちは結城の創造された飛竜をあちらこちらから観察している。
「この世界じゃ理想の強さが能力の強弱大小に反映されるらしいけど、これほどのものとは」
「魔法、ではないみたい。魔術これをやったら確実に究極クラスだわ」
「すごいな。それほどに彼の想いが強いってことだ」
「むぅ、なんとも奇怪な」
唸り、頭を捻り考える。ワイバーン、飛竜、空を飛ぶトカゲの名前を思い浮かべる。
「駄目だな、思いつかない」
まったく思いつかない。あまり長すぎると呼びにくいし、音の響きも大事だ。その上でワイバーンとしての要素を微かに含んだ名前。
「まあ、とりあえずはワイバーンってことで、よろしくな」
手を出すと、ワイバーンも頭を垂れて差し出す。
本来ならば一般人が飛竜になつかれることなどほぼ無く、乗るなんてとても出来るわけが無いのだが、妄想で繋がれた一人と一頭は並の竜騎士にすら勝るほどの繋がりを得ていた。
そして結城は跳んで飛竜の頭に乗る。飛竜が頭を上げると、首を滑り落ちながら背中に落ち着く。
「手綱が無かった」
妄想でそれも瞬時に創り出す。しばらくは能力の強力さより利便性を発揮させていくことになるだろう。
「レイラン、新月。ほら」
「はい、マスター」
「相乗りですわ!」
レイランはトンっと跳ねるだけで結城の傍に辿り着く。新月も魔女のようにふわりと浮いて結城の横に座った。
「お尻が痛いですわね……」
「まあそこはちょっと我慢してもらって……椿、これでいい?」
「構いません。あとは出撃指示があるまで待機していてください」
「見つけた! 北方に敵艦多数!」
竜人の声がセレナの魔術によって各員に届く。
「敵の動きは逐次報告してください。全員に指示、これより作戦を開始します。総員出撃!」
「準備はいいか? ローラ」
鋼鉄の艦。駆逐艦というらしく、敵の艦よりは幾分小ぶりだ。とはいえ、何も問題は無い。
「うん、蓮華ちゃん。一緒に頑張ろうね!」
敵の艦隊はすでに眼前にある。その隊列の奥には巨大な壁のようなものが聳え立っている。あれが噂のメガアトランティスであることは簡単に察せた。
「久しぶりだな。ローラと一緒に戦うのは」
「うん。あの時と一緒……」
爆発の音がしたと思えば、すぐ目の前で水の柱があがった。向こうからの砲撃が始まったのだ。
「それじゃあ、一つ!」
「うん……水よ、彼女を受け入れ、彼女をその水面に立たせ給え、彼女を守りたまえ」
ローラの呪文が終えると、蓮華の体が一瞬、青く発光した。
「よしッ!」
かと思えば、いきなり蓮華は船から飛び降りる。
「初撃が大事ィッ!」
蓮華の足が水面に触れる。その体は水に沈むことなく……次の瞬間、先ほどの水柱よりも遥かに大きい水飛沫が上がった。
見届けたローラは一つ深呼吸する。
「すぅ……大丈夫、私も頑張るから」
そして自分の身長と同じほどの大きな杖を構える。瞳を閉じて、ゆっくりと、子守唄のように詠唱する。
「魔は法理を捻じ曲げる力、条理を覆す不定なる。故に不浄、神をも殺し、魔をも絶やす。故に魔は平等なりて……その根源たる血、覚醒せん」
再び開いたその瞳の色は、紫の左目と、様々な色が入り混じる右目。
海が荒ぶり、空が暗雲に包まれる。雷鳴が轟き、どこからともなく獣の咆哮が響き渡る。
「天架ける七色の光の幻影、焦土へと誘う灼熱の波。荒れ狂う飛沫の嵐。其は全て魔性の究み……変幻自在の式」
砲撃の音が鳴り響く、その砲弾が甲板のローラに向かって飛来し……突如、水の豪腕に横合いから殴りつけられ、押し流された。
大海が荒れ狂い、水面から何本もの水の触手が聳え立ち、うねり蠢いていた。船を囲うように現れたそれらは、度重なる砲撃を弾き、飲み込んでいく。
「お、おい、大丈夫なのか!?」
無線で操縦士が呼びかける。ローラはいつもと変わらぬ穏やかな口調で答える。
「はい、大丈夫です。もっと近づけてください。蓮華ちゃんがすぐに離脱できるように。敵からの攻撃は全てこちらには届きませんから、安心してください」
「お、おう、分かった」
グレイに頼まれて操縦士となった傭兵は今起こっている、眼前と身の回りに起こっている事象を前に恐れ慄いていた。
グレイにこの役を頼まれた時は、可愛い女の子二人と一緒なら目の保養にもなると思っていた。
しかし今はどうだ。あの二人は普通じゃない。どのような理想があるにしろ、どのような思いの強さにしろ、この異常な光景が、あの小さな、細身の女の子一人によって作り出されている。その存在に、ただただ圧倒され、怖れるしかなかった。
「ほ、砲撃か!?」
「馬鹿な! 向こうにそんな装備はないはずだ! あれはどう見ても小型艦だろうが!」
「でも現にこうやって……!」
メガアトランティス護衛、そのための防御力と装甲の厚さ。並の砲撃で大穴が開くわけがないのだ。
「その装甲に、こんな大穴が……」
「早速だけど」
大穴を見ていた兵士たちが一斉に振り向く。そこには、緑の髪の少女。
「この船、貰うぜ!」
不測の事態に更に重なる予想外。
この少女はどこから来た?この大穴は彼女が?そんな馬鹿な。武器は?装備は?銃器一つ持ってない彼女が敵? 敵、敵ならば早く…
「て、敵襲っ……!」
思考に囚われ、銃を構えるその兵士は自分の足が捕まれていることに気付けなかった。
次の瞬間、景色は高速で流れ、わけもわからないまま衝撃に意識を奪われた。
「よっと、いっちょあがり!」
敵兵の一人を掴み、乱暴に振り回して残りの二人のうち一人をなぎ倒し、残りの逃げ出すところの兵士に投げつけて気絶させる。
「さて、やるか!」
静かな空、穏やかな海。無限に続き、やがて二つは一つの線となり交わる。
空海の境界線。水平線の向こう。ふと、一粒の輝きが見える。
「衝撃に備えろ!」
閃光が船体を抉り取っていく。音と振動が船を揺らし、震わせる
まだ武装は全て使用可能だが、いつ直撃するか分からない。
「向こうはどうやってこっちを狙ってるんだぁッ!?」
技術はこちらの方が上のはず。そうだったはずだ。
未だに翼の生えたトカゲ如きに乗っているのだ。そんな過去の神話の遺物が如きに、最先端のこちらが遅れを取るわけがない。
「夢物語の分際で……前進だ! 前進しろ!」
「し、しかし、陣形を崩すわけには……」
「このままではこちらが沈められるだけだろう! 行くしかないだろうが!」
船が進んでいく。それに釣られ、何隻かがそれに追行する。
「進め? 馬鹿か!? あんな遠距離攻撃が出来るんだぞ?まともに行っても的になるだけだとなぜ分からない!」
「俺もそう思いますが、しかしこのままでは……」
「俺たちの任務はメガアトランティスの護衛。傷ついた時にはアトランティスで修復できる」
「遠距離でこの威力、近づいたらどうなるかくらい、予想つくだろ」
「来たな」
海斗が呟く。
「本当に来るもんだな」
「来ないと思ってたのか」
海月の言葉に、海斗は微笑んで応える。
「作戦なんて大抵思い通りには行かない。そう考えておくものだ」
そう言いながら周囲を見渡す。魔法使いは交代して万全。魔弾補充には食事と睡眠の二つが必要なので数は多くない。とはいえ船員の士気は十分。
「全員よく聞け。向こうの主砲はこちらの船を紙くず同然にブチ抜いてくる。魔法は全て攻撃に使ってるから防御は無いと思え」
船員の身がこわばる。あの威力。人間など粉微塵になる。
一瞬にして理想が潰える。その残酷さに身を震わせる。
「だがな、ここはお前たちのいた世界とは違う。理想が力となり、理想が己を守る。お前たちはお前たちの理想を信じればいい。恐れなど、残酷さなど、己の理想で捻じ伏せていけばいい」
内に秘めた理想は滾り、盛り、我が身に熱い血を流す。恐怖を、残酷を忘れてしまうほどの熱さ。妄執にして狂想。
「さあ、行くぞ。お前たちの誇るべき理想で、全てを捻じ伏せろ!」
飛竜が羽ばたく。空を翔る。戦闘機と共に迫る船へと。
「全員集合!フォーメーション:F」
飛竜が一つに集う。
「火よ、炎よ、火炎よ。焔の熱よ。我らを包みて祝福の聖火を、敵を焼き尽くす劫火を……フレイムタン!」
飛竜がそれぞれ炎を纏う。それらが一つに集うと、大きな猛火となり、巨大な炎の竜が現れる。
それが一度羽ばたけば火の粉が雪のように舞う。
「な、なんだこれは!?」
「慌てるな。落ち着いて攻撃しろ。密集して的が大きくなった分当てやすい」
そしてミサイルが発射され、高速で目標目掛けて飛びかかる。
だが、ミサイルは直撃する寸前に爆発した。
「み、ミサイルが……」
「あの火、幻覚ではなかったか。なら機銃で弾を撒き散らせ」
弾丸が炎の竜目掛けて放たれる。それに応じるかのように、炎の竜が口から猛火を放ち、戦闘機に浴びせる。
「ぐあぁ!熱い!熱い!?」
炎を浴びたいくつかの戦闘機が爆発する。
「……全機、進路を西方へ、アトランティスに戻る」
「し、しかし護衛艦は」
「護衛艦を護衛するのは任務ではない。理想のためには犠牲がつきものだ。分かるな」
「……了解」
戦闘機が滑空し、進路をアトランティスへ向け、アルカディア軍から離れていく。
「お、おい、戦闘機が戻っていくぞ」
「あいつら……見捨てやがった!?」
「俺たちだけであんなの相手にするのか!?」
兵士たちの目には、恐るべき燃え盛る炎の竜がその眼光をこちらに向けている。
「そんな気がする……」
「いや、あれどう見ても目は無いぞ」
突如、閃光が主砲を貫き爆発が起こる。
「か、囲まれてる!?」
追い詰めるはずが、追い詰められる側になっていた。ユートピアの兵士たちは、経験した事の無い危機感に踊らされていた。
一匹の飛竜が戦闘機よりも速く空を舞っている。戦闘機では出来ない回避方法で、ミサイルやバルカンを避け、水飛沫を上げて背後の敵の目をくらました。
「よし、これで……」
「マスター、一つの艦につき一人で構いません」
「えっ、でも作戦じゃあ……」
「今の結城ならば一人で戦艦の一つ制圧できますわ。下手に飛んでいると的になりますし、ひとまずお試しすべきですわ。それではお先に」
そう言うと、新月はすれ違う船に飛び移った。
「あっ、新月!」
「マスター、ご心配には及びません」
「いや……実は俺も少しは活躍したいと思ってたところだ。お言葉に甘えさせてもらう」
「それでは、競争でもいかがですか?」
「競争?」
「はい。マスターと私、そして新月で、最も早く船を制圧し、甲板の上に立ったものが勝者」
「なるほど……面白い。その勝負、乗った」
するとレイランは微笑んで、ふと脇を見る。
「それではマスター、また後ほど」
返事を返す間も無く、レイランは後方に跳んだ。甲板に着地し、飛竜の速度をその両足で受け止め、流す。
結城は相変わらずのレイランの超人ぶりに驚きながらも、自分の獲物を探し始める。
「さて……あれでいいか。ワイバーン!」
ワイバーンは高い鳴き声で応え、甲板の兵士たちを風圧で吹き飛ばしながら強行着地した。
「さて、やるか」
「じゃあ、やろう」
安全無欠の勇者一行は専用に飛竜を貸して貰っていた。
クロード、メイヴ、リューテが乗り込み、魔耶は竹箒に腰掛けている。
「魔耶は本当に魔女らしいというか、様になってるね」
「あら、クロード様こそ、竜騎士でも十分通用しそうなほどに似合ってらっしゃいますわ。飛竜が少し見劣りしてしまうほどに」
軽口を言い合いながら、飛竜と魔女は飛び立つ。
「それにしても、ああも簡単に乗り込むなんて、結城たちはすごいな」
「こちらも負けてはいられん。乗り込むぞ」
「この馬鹿ゾネス。無理をして安全無欠の名に傷をつけるようなことをするなよ」
「下種フこそ、足を踏み外して海に落ちないよう気をつけることだな」
飛竜は敵戦隊に接近する。
「よし、そろそろいいか」
リューテが弓矢を取り出し、それを見たメイヴは懐に手を伸ばす。
「さて……」
自分の身長よりも少し大きめな弓矢を左足の指で握り、右手で矢を持ち、引き絞る。
「射殺せ……弩弓ノ一角矢」
放たれる矢。空を切り裂き貫くのは、遥か彼方、戦艦のブリッジの窓。
「……仕留めた」
リューテの目にははっきりと見えていた。敵艦の長がその胸の中心を射抜かれている姿が。
「どうだクロード。我々とてそう遅れてもおるまい?」
「敵にも副艦長というのがいるだろう。それも殺さないと制圧したとはいえないんじゃないか?」
そう言いながらメイヴは懐から取り出した無数の石を後ろから追ってくる戦闘機に投げつける。
すると戦闘機は突如静止し、そのまま海へと落下していく。
「文字を刻むだけで発動する魔術……相変わらず悪趣味な」
「ルーン魔術だ。今のはイサ。氷と停止の意味を持つ」
「皆すごいわね。さて、私もお仕事しましょうかしら」
魔女は呪文を口ずさみ、指先を空に向ける。
「ちちんぷいぷい!」
次の瞬間、クロードの乗る飛竜が突如として大量に現れる。空を埋め尽くすような竜の大群に、敵の艦隊は慌てて砲撃を開始する。
「相変わらずひっかかるのね。学習能力はないのかしら?」
魔耶の背後、飛竜が高速で飛来する。気付かぬ魔耶は衝突する……ことは無く、すり抜ける。
「こんな幻影に何度騙されれば気が済むのかしらねぇ」
妖艶に微笑む魔女は、あとは騒がしい空を適当に遊覧飛行することにした。