理想の人生(参考例)
<ケース1:鬼>
摩天楼、無機質な石のような材質の建物が立ち並ぶ街。人々はそれをビル郡とか、都会とか呼ぶ。
黒や灰色をした、硬い石を固めたような地面の上を、人々は忙しなくどこからか来てどこかへと歩いて行く。まるで働き蟻のよう。
「お前は完全に包囲されている!大人しく投降しなさい!」
とあるビルの前、紺の制服を着た警官が7名ほど、大きな人影を取り囲んでいた。
「人質を解放しろ!」
半円を描くように囲み、彼らが拳銃を向けるその先には、あまりに大きい巨躯を持つ人が一人。その腕の中に囚われている女性が一人。
「た、助け、て……!」
女性は白のシャツの上に薄桃色の制服を着ているところを見るとどこかの、というかこのビルの会社に勤めているのだろう。彼女は顔面蒼白、涙を浮かべ、小動物のように震え、涙声で助けを乞う。
「大丈夫だ、すぐに助ける!」
取り囲む七名の警察の中では比較的若い、20代前半くらいの男性が呼びかける。だが、ことはそう簡単には解決しなさそうだ。なぜならば。
「毎度毎度、同じ台詞を良く吐けるなぁ!? 警察が俺から誰かを助けられことなど一度もないだろう!」
豪快に笑う男は、この町並みに不釣合いなほどの巨躯を誇っていた。
3メートルはあろうかという長身。筋骨隆々で、一番細い部位であろう手首でさえ、人間を二人並べたような太さ。凶悪な面相と、逆立つ髪の毛。そして、即頭部から飛び出る牛のような角。この男を一つの名称で呼ぶとすれば、それは鬼とか悪魔が相応しい。
「誰も俺を止められない!俺は最強だ!」
鬼の豪快な高笑いが街に響く。
銃声が鳴り響いたが、何度かの爆発やビルが倒壊する音と振動が響いた。残ったのは、瓦礫と怪我人と死人だけだった。
<ケース2:勇者と魔王>
「魔王!お前の企みもこれまでだ!」
黒曜石で造り上げたような中世風の城。玉座の間で対面するのは、四人の旅人と一体の魔王。
「待ち侘びたぞ、勇者。貴様が来るのを遥か昔から待っていた」
「な、なんだと?」
「なあ勇者よ。人間のお前には分かるまいがな、数千年も生きていると、本当に暇なのだよ。退屈なのだよ」
「な、なんだお前は。なにを言っている!?」
「さあ勇者よッ! 早速始めようぞ? 貴様の宿敵はここに居る!」
「言われなくてもそうする。俺はお前を倒し、英雄になる!」
<ケース3:異文化交流>
「第二艦隊から第7艦隊まで、配置完了!」
「よし、この戦争もこれで終わる。我々が祖国に勝利をもたらす英雄となる!」
大海原のど真ん中、最新鋭の戦艦や空母が並ぶ。対面するのは、時代遅れの木造船。
「総統閣下がこの世界を手中に収められるその日まで、我々は決して死ぬわけにはいかんのだ」
相対する木造の船団。規模は負けず劣らず。プロペラで飛ぶ巨大な飛空艇や後ろにエンジンジェットを備えた飛空船が空を覆い、海にも海賊船や正規軍の旗を掲げた船がある。
その中でも一際大きい船の船頭で敵の艦隊を眺める青年が一人。その背後には多様な人種の人間、黒人、白人、耳の尖ったエルフと呼ばれる種族や、褐色の肌をしたアマゾネスと呼ばれる者たちも居る。
すると青年は突如振り返り、一同へ向けて深々と頭を下げる。
「すまない。争いごとが嫌いな者も居るだろうに、こんなところまで連れ出してしまったこと、国を代表して私がお詫びする」
彼の誠実な姿に誰もが励ましの言葉を投げかける。その中で、女性のエルフが一人歩み寄る。
「なにを言うのだ。数多くの国が、我らエルフや天狗、人ならざる者を迫害しながら、この国だけが我らを受け入れてくれた。その恩を今返すときだ。お前が気にすることではない」
「そうとも。私たちアマゾネスに男性すら提供するその懐の深すぎるこの国を、そう簡単に失うわけにはいかない」
欲まみれな励まし方に一同が笑いを零す。とても戦の前の雰囲気ではない。
「何よりクロード。お前のためなら私は……」
「戦を前に色目を使うなんて、さすがアマゾネスは性欲に忠実だな」
「な、何を言う!お前だってあからさまに良い事言って高感度上げようとしてたろう!?」
エルフとアマゾネスの言い合いに苦笑する、青年クロード。
「さあ、みんなそろそろ戦闘配置に。今回も、たとえ勝っても負けても、誰一人として死なないようにな!」
彼らは皆、前の世界では理想を掲げて、志半ばで果てた。あるいは、届かずとも、その夢を心に抱き、憧れ続けた者たちだ。彼らはネクストワールドで、悔いの無いよう、思う存分生きている。
<ケースX:???>
気が付くと、彼は暗黒の世界から、晴天の下、草原の只中に抜け出していた。
「ここは……」
分かる。この世界に関する、というより、この世界がなんなのかという大まかな意味は分かる過去の記憶もある。自分は死んだのだ。パソコンの前、長い人生をそこで過ごし、衝動から旅に出た道中、遭難して死んだ。理想郷を夢見ながら。
「これが、次の世界か」
少年の心には、遠い過去に失くしたはずの興奮が、わずかに蘇っていた。