24話目 海戦へ
ところで、クロードの仲間の理想も聞いてみたい。そう思った結城は率直に尋ねてみる。
「ふむ、私たちの理想か。それはあるに決まっている。私の理想はクロードの最上の妻となることだ」
リューテは堂々と言ってのけた。
「クロードとは前世から?」
「否、私がクロードと出会ったのはアルカディア。かつての、まだ人間以外の種族が恐れられていた頃の話だ」
アマゾネスの集落はアルカディアの東方にある森の奥深くに存在する。ユートピア地方のモンスターが参入する前から森のなかでは多種多様のモンスターが勢力争いを行っていた。
アマゾネスはエルフ、天狗と並ぶ三大勢力の一つであり、ユートピアの侵略が始まったことで一時休戦となった。
狩猟種族であり、戦闘種族であるアマゾネスは戦場でアマゾネスの力を見せ付けることで、三大勢力の中で一歩進むことを目論んでいた。
ところが、アマゾネスの王女がエルフの王女と友好的になり、しまいには勢力争いを止めるように働き始め、しまいには勢力争い反対派を集めて森を出てしまった。
戦力を大きく削がれてしまったアマゾネスは、なくなくアルカディア連合軍に参加することとなった。
「クロードと出会ったのはその時だ。クロードはわざわざ森まで来て、私たちに協力を求めに来た」
「へぇ。その頃からクロードの活躍は始まってたのか」
「そうだ。私とクロードは運命の赤い糸と言う奴で結ばれていたのだ」
威張るように胸を突き出し、揺らす。やはり露出が高い、布を巻いただけの衣装なので、男性は目のやり場に困る。クロードでさえ不意に視線を奪われる。
「この破廉恥野人め……」
メイヴが忌々しげに呟いた。
「しかしじゃあ、リューテはどうしてこの世界に来れたんだ?」
「ふむ、私の前世だな。よし聞かせてやろう。だがあまり気持ちの良いものではないから手短にするぞ」
リューテは一通り料理を平らげ、500mlペットボトルくらいのコップの水を一気に飲み干した。
「ふぅ……私はな、殺されたんだ」
あれは前世、アマゾネスという女性だけの種族が、子孫を残すのに今以上の苦労を強いられていた頃。
集落にヘラなんとかというクソ野朗が訪れた。
そのクソ野朗は最初は強靭な肉体と凛々しい美顔の持ち主だったので、それに騙された自分たちは野朗の遺伝子を頂きたいと躍起になっていた。代々伝わる王家の宝が欲しいので、当時のアマゾネスの人口、700人の全てに遺伝子を捧げることを条件にしてしまった。
すると一人のアマゾネスが私が攫われるのだと妄言を吐き散らした。それを真に受けた一部の奴らが野朗に向かっていった。
私は彼に弁明しようと彼の元へ向かおうとすると、彼は自ら私を殺しに来た。
奴は私の話を何も聞かなかった。奴は外見が筋骨隆々のみならず、脳まで筋肉で出来ていたのだ。
「ってことは、そいつに復讐することがリューテの……?」
「否、本当なら人間の男を皆殺しにしてやりたいが、それだと子孫が残せない。そういう人間ばかりではないということも知っていたからな」
「じゃあリューテの理想は一体…?」
「私の理想……全ての男を奴隷階級とし、男のハーレムを作ることだった」
その口から出た言葉に、一瞬恐ろしいと感じる結城。だが、よくよく考えてみれば、先ほどリューテの語っていた結婚生活を見ると、そこまで悪いことではないのかもしれない。
「ち、ちなみにその奴隷階級になった男は何を……」
「優れた遺伝子の持ち主はアマゾネスに見初められることもあるだろう。劣っているもの、醜い者は雑用か家畜の餌にでもなってもらう」
あ、駄目だこれ。結城は一瞬にして希望を打ち砕かれた。
「男性を奴隷階級に……なるほど、悪くはありませんわね」
不意に介入してくるのは新月だった。自ら変態と名乗る彼女は、何よりも性の話題が好きなようだった。
「とはいえ、貴方の思想には問題がありますわ」
「問題……どういうことだちびっ子」
新月が微かに歯軋りの音を立てた。咳払いしてから指を差す。
「あなたのやり方だけでは、性戯の幅が広がらない!」
叩きつけるように言い放つ新月。どう考えても食事時に相応しくない話題を容赦なく持ってくるパーヴァート淑女である。
「せ、正義?」
「いえ、性戯ですわ。あなたは従えるばかりで、捧げられ、尽くされる快楽をご存じないのでしょう?」
「一方的に与えられる環境など……待っている未来は堕落と破滅だ。自らの力で奪い、勝ち取るのが真の強者であり、生き物としての正しいあり方だろう」
「そんなことはありませんわ。愛され、尽くされ、捧げられ……その愛をお互いに与え合う。ある種の永久機関ながら、より深く純粋に互いの愛を高めていく。あなたの固定観念では、これが出来ない」
「ふん……そんなこと、とっくに思い知らされてる。クロードに」
すると、新月はにやりといやらしい笑みを浮かべる。
「なるほど、そしてクロードさんにゾッコンというわけですわね」
「ああ。こいつはあの脳筋野朗と違って相手を理解しようという優しさと、相手の話を聞く冷静さをもっている。クロードこそ最高の男だ」
リューテの乙女の笑みがクロードに向けられる。クロードは恥ずかしさのあまりに頭をかいた。
「まっ、そういうわけで、私が正妻に相応しいわけだ」
「認められるかそんなこと!」
声を荒げるのはメイヴ。
「クロード! 騙されたらいけない。この雌豹は子孫を残すこと以外に興味は無い。貴方に対する愛なんてこれっぽっちもないんだ!」
「酷い誹謗中傷だな」
「うるさい泥棒猫!結城と私の間に勝手に転がり込んできただけのくせに!」
「……メイヴさん、でしたか」
今度はレイランが問う。気付いたメイヴがレイランを見た。
「ああ、そうだよ。エル・フォレスト・メイヴ」
「なぜそこまで、クロードさんのことを好いていらっしゃるのですか」
「あぅ……いや、そんな好きとか……」
ふと見ると、よしっ、とガッツポーズするリューテ。
「大好きだ!クロードのことは私が一番愛していると言っても過言ではない!」
顔を真っ赤にしながらも盛大に叫ぶメイヴ。
「なぜそこまで」
「それは、その……クロードが」
クロードと出会ったのは戦争が起こる前、理想を叶えるためにちょくちょく町に出向いていた。ちなみに私の理想は妖精界の王となり、天下統一を果たすことだ。
そのために時々各地の妖精を訪ねる旅をしていた。と同時に勢力拡大もしなければならないので、アルカディアで武器を調達などしていた。
慣れない人間の土地で、ある時私は悪漢どもに絡まれた。
別に自分一人でもなんとかなったが、横から入り込んできたのがクロードだった。
クロードは説得しながら戦い続け、最終的に悪漢どもは萎えて逃げ出した。
「それがクロードとの出会いだった」
「なるほど、典型的な危ないところをお節介に救われて恋に発展するパターンですわね」
「それでまあ、お礼に一杯奢るって話になって、適当にお茶して帰った。事件が起こったのは次の日だ」
そしてそれはアルカディアにとっても運命の日であった。
突如、空を埋め尽くす竜や怪鳥、妖精や魔物の類い。野を駆ける見たこともない獣。似はすれども明らかに力や性質の違う魔獣や化物たちが、山を越えてこの森に訪れた。
森に訪れた騒乱は三大勢力をも脅かした。
アルカディア側とユートピア側は大きな山脈で完全に隔てられ、知略を駆使出来る人間でも越えるには体力を要するし、知能のない獣や狂暴なだけの強い魔物が越えられるほど甘いところではない。
そのはずだった。
彼らは言わば外来種なのだ。生態系の維持にはかなり手間取り、死者も何名か出してしまった。
そのために自分の女王としての信用さえも失いかけた。
やがては罪人と呼ばれ、捕らえられ、斬首される寸前にまでなった。
「そのとき、クロードは私を助けてくれたんだ」
街ではないのに、ただ一度出会っただけの私を助けてくれた。そして弁明までしてくれた。感謝してもしきれなかった。
「私はクロードに質問したことがある。どうして私なんかのために一生懸命になってるのか、と。こんなエルフに構っている暇があったら、アルカディアや、同じ人間のほうを助ければいいだろう、と」
するとクロードはこう答えた。
「僕は、世界で最上の英雄になるんだ。そっちも大切だけど、仲間は絶対に見捨てない」
大真面目な顔をして、そう言ったのだ。まるで創作された絵空事の主人公のように。
「本当に、あの時のクロードは、私にとって最高の英雄だったんだ」
じゃあ最後は私ね。私の理想は…イケメンとイチャラブすることよ!
どストレートの煩悩一直線。新月と張り合えるんじゃないかという淫乱具合をさらけ出すマヤ。
「あっ、結城さん!」
聞き覚えのある声に振り向くと、セレナと竜人がこちらに手を降りながら歩み寄る。
「セレナと竜人。もう休憩はいいのか?」
「そ、それがその…」
「魔力回復には栄養と睡眠が一番なんだと。つまり腹が減ったってことだ」
「た、竜人さん!」
「あれ、結城、そっちの人たちは?」
二人の視線が向かいの四人に移る。
「ああ、紹介するよ。こちらかの有名な安全無欠の勇者ご一行だ」
「…へ?」
「初めまして、クロードと言います。どうぞよろしく」
「アマゾネスのリューテだ」
「エル・フォレスト・メイヴ。エルフ。エルフだ」
「あ、あの、しぇ、セレナでし!ど、どどどうぞよろしくお願いいたしますです!?」
挙動不審なくらいに緊張している二人。思わず結城は笑いそうになったのを堪えた。
「どうしたんだ二人とも」
「ど、どうしたもこうしたも無いぞ結城!この人は本物の英雄だ!」
「英雄譚ならさっき聞いたよ」
「はっ!?そりゃないぜ結城さん!ズルい!」
「そ、そうです!ずるいです!」
どうやら安全無欠の勇者はかなりの有名人且つ人気者らしい。
「わ、私たちにも聞かせていただけませんか!?」
クロードたちは二度目の自分語りをすることになった
日が暮れていく。空も海も全てが橙色に染まっていく。
「全員注目ッ! これより、作戦の内容を伝える」
各船の船長が集い、大きな長方形の卓を囲む。
海斗が上座で仁王立ちし、海月が棒を持つ。
「長らくメガアトランティスに阻まれ、勝算の無い戦いを強いられていたが、今回、その目処が立った。皆知っていると思うが、今回から新しい人員が参加する。ガンダーラを奪還した英雄だ。今回は彼らを主軸とした作戦になる。まずこれを見ろ」
全員が卓上の地図に注目する。アルカディアとユートピアがある大陸。山脈の南方の海域に、船の駒がいくつも並んでいる。
「まず、通常の船は山脈から東側で待機、空母は前に出て、ワイバーン部隊を出撃させて敵をおびき寄せる」
すると敵の布陣。メガアトランティスの前方にある船が東側に移動する。
「まずは前方の部隊がおびき出されたところを叩き、更に退路を断つ。ここは我々本隊が引き受ける。次にここから南方から遠回りした第二艦隊が、敵要塞の南方から襲撃する。これはクロードの英雄部隊に任せる。しっかりやれ」
「はい、了解です」
「そして今回参加するガンダーラの英雄はそっちに回ってもらう」
「了解しました」
「さて、ここからだ。実はガンダーラには英雄の半分の戦力が残っている。奴らが北方から攻める。これで向こうのV字に展開した敵の護衛艦は全て出し切ってもらう。そして……」
ガンダーラに、一つの駒が置かれる。それは、ドラム缶のような。
「北方から出た船は囮だ。本命はこのドラム缶型潜水艦。これで敵の護衛艦を潜り抜け、要塞に接触、侵入する。この潜入部隊が内部から敵要塞を陥落させる。これが計画の大まかな概要だ。何か質問は」
人々がざわめきだす。やがて誰かが口にする。
「潜入って、そんなことが可能なのか?」
「可能です」
それに答えるのは椿。
「ガンダーラで入手したメガアトランティスの情報によれば、あれは空母であると同時に基地の役割を持っています。つまり、損傷した艦を収容、また出撃が可能ということです。敵艦を中破、あるいは大破させることで、収容する際に潜入ルートが確保できます」
「なるほど、それで一日経つだけで敵艦隊が復元されていたのか……」
「他に質問がある奴はいるか」
手を上げるものはいなかった。もはや考えるまでも無い。長く続いたこの膠着を、どうにかするしかないのだ。
「よし、本作戦はトライアンドワン作戦と命名する。作戦開始は明日九時、この作戦を以って、敵の海域を全て制圧するッ!」
会議も終え、日は落ちて辺りはすっかり暗くなる。結城は夜の海と星空を甲板の端から眺めていた。
「結城さん?」
振り返ると、そこにはクロードの姿があった。
「結城、でいいですよ」
一応は偉い英雄ということで、タメ口は控えることにした。彼自身の周囲への印象にも配慮した行動だ。
「なら、僕たちの間で敬語は要らないよね?」
「いい……んですかね。安全無欠の勇者としての立場は」
「いいんだよ。それは彼らが勝手にそう言ってるだけで……まあ僕の理想でもあるんだけどね」
あはは、と苦笑するクロードに、結城は愛想笑いで応えた。
「とにかく、僕は君と、対等な友達になりたい。そう思ったんだ」
「対等、どうして?」
「なんていうか……敬意を表して?」
クロード。安全無欠の勇者。その数々の功績は、神話の英雄にも劣ることは無い。
「英雄、か」
「英雄に興味が湧いた?」
「ん、まあ……でもそれは人が勝手に言うことだからな」
英雄と言うのは呼ばれるものであって、名乗るものではない。人に認められる必要があり、、必然的に人に関わらねばならない。
「俺にはしんどすぎる」
「しんどい……?」
「俺はそこまでして英雄になりたいとは思わない。面倒だし」
好きな相手と関わるのは好きだが、それは人間でなくとも良いのだ。逆に言えば、人間であっても好きでもない相手と関わりたいとは思わないのだ。
ずっと一人で、オリジナルであることが自分の小さな誇りだったところもあり、結城の中にあるものは、一人でなければ成立しないものばかりだ。
「君は、人を恐れているのか?」
「そうだな、うん。それが一番しっくり来る」
敵意や殺意、嫌悪や拒絶、理不尽と不誠実。人を怖れる要素は多い。
「でも、今はそれでもいいと思ってる」
なんとなく、夜の海に手を伸ばす。体中に走るこの寒気と胸の奥の熱い滾り。ガンダーラの虹を見て思い出したあの瞬間から、片時とて失われては居なかった。
「せっかく取り戻せたんだ。また追いかけるだけだ」
夢物語の絵空事。妄執に取り付かれ、幻影に手を伸ばし続けた、その延長線上がここだ。
「それほどに叶えたい理想なんだね」
「この理想は俺の意味だ。命の、人生の、存在の意義だ。これを譲ることは決してない……ん?」
伸ばす右手が光を放ち始めた。
否、正確には、手に掴める位置に光が集い始めていた。
「よくぞ言った。やっと前世のお前らしくなってきたってところだ」
「クリスト」
クリストの声。この声はクロードには聞こえていないらしく、クロードは動揺しながらも光を注視していた。
「お前の膨大な意志の力がやっと指向性を持った。それはその証」
虹を集約させたように、色とりどりの光が幻想的に輝き、夜闇の一部を仄かに照らす。
「さあ想え。お前の力は、欲し求め、願い望むことにある。お前の思いのままに想え」
「想う……じゃあ、アレを」
幼少の頃に心惹かれた、あの水晶を。その力を形にした、あの剣を……
ふと気が付けば、そこには一振りの剣があった。
長い刃は透き通る水晶。七色の光をその内に閉じ込めている。それはやがて収束し、刃は白銀の色で統一された。
鍔は刃に対して真横に伸びている。飾り気は無く、しかし美しい直線を描いている。その中心にだけ、拳大の六角水晶が七色の光を宿している。
握りは恐ろしいほどに手に馴染み、軽く振っても羽のように軽い。吸い付いて離れないような、手と一体化しているかのような錯覚すら感じる。
柄は円形で、鏡のようなものが付いている。
「それはお前の心の形だ」
「これが俺の心、だって?」
不思議な感覚に体中が満たされている。これがあるだけで、どんな相手にも負けず、どのような困難すら乗り切り、逆境を両断できそうな……
言ってしまえば、根拠が一切無い自信が湧き水の如く溢れだすのだ。
「お前の力は創造。だがその力の根源はお前の妄想。妄想創造。創り出す力だ」
いつまでも見飽きないその剣。これが自分の心だというなら、とんでもないナルシストということになるのだろうか?
とはいえ、自分を嫌いになどなるまい。むしろ自分を好きでいられることに、また幸福を感じていた。
「結城、それは一体……」
「ああ、悪いクロード。驚かせたな。なんだか知らないが、これが俺の力らしい」
安全無欠の勇者の逸話。おそらく、自分のこれと同じような何かなのだ、と察した。おそらく安全無欠の勇者たる何かを、クロードという男は持っていて、行っているのだ。
いずれにせよ、明日になれば分かることだが。
「実は明日の戦い、少し不安だった」
誰にとも無くつぶやく結城。微笑み、更に続ける。
「今は明日が待ち遠しいくらいなんだ」
待ち遠しく感じる結城を更に凌駕するほどに待ちくたびれている少女が一人。ガンダーラで呻いていた。
「つまらないぜー! 早く戦いたいぜー!」
戦艦の甲板で蓮華はバタバタと駄々をこねる子供のように暴れていた。
「そんなに戦いたいのか」
頭を動かして、逆様になる景色の中に声の主を見つける。
「グレイか。どうしたんだよ。ドンチャン騒ぎは終わったのか?」
「いくら酒飲み共が騒いでたとしても、お前ほどではないだろうよ」
「はっはっは! 褒めても何もでないぜ?」
相変わらずだな、とグレイは蓮華にジュースを手渡す。
「お、サンキュー」
跳ねる様に起き上がって、蓮華は早速ジュースを飲み始めた。
「向こうから連絡が来た。作戦の確認をするってよ」
「えー、ローラから後で聞くから取り合えずバトルしようぜ?」
「お前は本当に闘うのが好きだな。そんなに楽しいか?」
「ああ、楽しいぜ? そのために鍛えるのも、その成果を試すのも、勝つのも負けるのも」
「負けるのも?」
グレイは疑問の声を上げた。
「お前は最強を目指してるんだろ? なら負けたら駄目なんじゃないのか?」
「そりゃ最強になりたいけどさ……はい、今最強になりました!誰にも負けません!全て自分の思い通り!あらゆる相手を指先一つでノックアウトだぁー!」
いきなりすごい勢いで言うので、グレイは驚いて距離を置いた。
「ってなっても、つまらないじゃないか」
「お、おう」
とりあえず同意しておくことにした。蓮華は話を続ける。
「山登りとおんなじでさ、山頂にワープしたって面白くもなんとも無いだよ。最初から最期までの、色んな苦労や快感とか、景色とか味わいたいんだよ」
「なるほどな。熱血だな」
「それに、自分が最強で固定されちゃ詰まらないんだ」
「また妙なことを」
「なんていうか、競い合いたいんだよ。そっちのほうが燃えるからな」
拳を突き出す。空を切る鋭い音がドックに響く。
「それで負けたら悔しいだろうに」
「そりゃ悔しいさ。でも悔しいのも楽しいぜ?」
「……本当にお前の価値観は妙だな」
「勝ちたいって思える相手がいるってことは、楽しいことだと想うんだけどなぁ」
蓮華という少女は、純粋に戦いを楽しんでいるようだった。
最終的な目標は最強というただ一つの頂だが、戦闘は欠かすことの出来ない彼女にとっての最強の構成要素なのだ。
「戦うのも、強くなるのも、勝つのも負けるのも、みんな楽しいことだ」
「不安にはならないのか」
「不安?」
「自分ではあいつは越えられないとか、一生届かないんじゃないかとか」
「ふむ…………」
珍しく、蓮華が沈黙する。グレイはもはや完全に興味本位で聞いていた。
蓮華という何もかもが一直線なこの格闘少女の価値観がどのようなものなのか。どのように世界が映っているのか。
「そんなことを考えちゃう奴がこの世界に来れるとは思えないぜ」
それは確かにそうだ。この世界は理想を諦めない、諦められなかった者が最後の最期に足掻く場所なのだから。
「そもそも、自分を信じられないんじゃ勝てるわけないだろ」
ジュースを飲み干し、カップをくしゃくしゃに潰して投げる。
戦艦の甲板から投げられた紙くずは海の水を跨ぎ、通路においてあるゴミ箱に見事シュートされた。
「ナイッシュー」
「自分を一番信じられないといけないんだぞ。強くなるためにはそれしかない」
「自分を信じる、か。確かにそうだな」
戦い、敗北し、そして強くなるために修行し、しかし勝てない。人はそんな時に己を疑う。自分の可能性を見限ろうとする。
「敗北なんて、ちょっと失敗したくらいのもんなのに、大げさなんだよな、みんな。逆もそうだけど」
失敗しちゃ駄目なんてことはない。何度だって繰り返していいんだ。出来るまで何度も。出来たとしても、自分が良しと納得するまで。妥協ではなく、納得するまで。
「どうして失敗すると萎える奴が多いんだろうなー」
「そりゃ……なるほど、自分を信じられなくなるってことか」
「そうだぜ。一回や二回、百回や千回で自分を見限るなんて短気にもほどがあるぜ」
蓮華の言葉には何の偽りも無いだろう。彼女が恐ろしいほどに努力家なところをグレイは何度か見たことがあるのだ。気を習得しようとしていた時期は本当に凄まじかった。執念のようなものが見えた。
「同じ失敗を繰り返す。繰り返したとしても、それは確実に成長しているんだぜ?」
「それは、他人の言葉が影響することもあるな。同じ失敗を繰り返すなって言う奴は多いし、一般的にはそれが普通だろ」
「自分がしたいこととなったら、他人の言葉なんて関係ないだろ? だから私は自分のしたいことしかしないけどな!」
思わず笑ってしまう。本当に自分を省みないというか、振り切れてるというか、吹っ切ってるというか。
「だってよ、アイス、レイア」
砲塔の影で、微かに何かが動いた。
「蓮華に相談しに来たのか?」
観念したように、二人の未だ幼い少女が姿を見せる。
レイアは鋭い眼光で警戒しながらこちらにジリジリと近づいている。
アイスは物憂げな表情を俯かせながらトボトボと歩いてくる。
「どうして分かった」
「俺は、まあ戦場での勘というか、基本的に気配には敏感なんでな」
「私は最強を目指しているからな! 人の気配を察知するなんて朝飯前だぜ!」
二人して同じようなことを言う。人の気配を察知するなんて技を持つ二人が、アイスには眩しく見えた。
「あの、私……」
「どうせ昼間の勝負で、戦場なら負けてただろうから、強くなる方法でも聞きに来たんだろう?」
グレイに先読みされてアイスはうぅ、っと押し黙る。
「アイス、お前はあの時、私を負かしたのだ。それは誇れ」
「そうだぜ。勝ちは勝ちだ。それは強い弱いよりも価値があることだぜ」
勝てるという事実。勝ったという事実。それこそが強さの照明なのだ。力比べとはまた違う、強さのあり方だ。
「戦場では負けてたっていうなら、それも込みでいい経験になったじゃないか。そうやって強くなれるのが人間だぜ。レイアもな」
「っ……!」
「負ける経験が少ない奴は負けたときどうすればいいか分からなくなるんだよな。私も経験があるぜ」
レイアは沈黙する。蓮華は構わず話を続ける。
「そりゃ悔しいだろうけどさ、でもそれよりワクワクしないか?」
「わ、わくわく?」
「自分より強い奴が居る。こいつに勝てば、自分はもっと強くなれるんだ。って思うと。ワクワクしないか?」
「勝った者が強い理論か。だが、強い者はそもそも負けない」
「なら自分がもっと強くなればいい。そうだろ?」
「それは……そうだが」
「迷う必要なんて無い。やることなんてもう決まってるんだからさ。なんなら、私はいつでも付き合うぜ?」
蓮華はニィッっと笑顔を見せて、ごろんと寝転がってから足を振り、反動で飛び起きた。
「なんなら、いますぐにでも。最強は挑戦を断らないものだぜ」
「その前にミーティングだっての」
グレイは溜息一つ零し、蓮華たちを連れて会議室に向かった。
酒を飲んだとはいえ、傭兵たちは一流のプロフェッショナル。きちんとしたものだ。
「頭いてぇ……うっぷ」
「おいおい、こんなところで吐くなよ。おいお前、ケツで受け止めてやれ」
「俺はホモじゃねえって何度言ったら分かるんだ!」
グレイは頭を抱えた。きちんとどころではない。小学生レベルだ。
「今更じゃねぇかグレイ。こういうちょっとゆるいところが傭兵のいいところだろ?」
「ザック。ゆるいのは雰囲気だけで頼むぞ。頭のネジはきっちり締めといてほしい」
「俺は技術屋ではねーからな」
ま、いっかと流すグレイもグレイである。
「さて、今回は誰が指揮する?」
グレイたち傭兵は指揮官をその都度で変えている。同じ人間がやり続けると人員が好みで動き始めるうからだ。
「俺はこっちに来る時に一回やったし、グレイはここの情報収集の司令塔やったし……」
「じゃあいっそお子ちゃまにやらせてみたらどうだ?」
それはさすがにない、と周囲の人間が却下する。
「とりあえず作戦の中身を聞いてからだろ。情報を持ってるのは誰だ?」
「私です」
グレイの言葉に返事したのは、ローラだった。
「セレナちゃんから作戦の概要を聞きました。これから説明しますね」
作戦の概要を説明され、大まかな攻略の仕方が各々の頭の中で立てられる。
「これはもう決まったようなもんだな」
グレイが言うと、ザックやその他傭兵仲間が頷く。
「俺たち傭兵が潜入。蓮華たちが大仰にドンパチする役だ」
「よし来た!」
蓮華も表立って戦いたかったらしく、喜びを遠慮なく表に出す。
「朱、お前はどう思う」
「私は別に表に立ってもいい……と言いたいところだが、紅の力を最大限に発揮できるシチュエーションだろう。思うところもある。私は潜入に行くことにする」
大した議論もなく、ほとんどのことが決まった。
「蓮華たちはドックにある船を使って敵艦隊に殴りこみをかけ、俺たち傭兵部隊は潜水艦で敵の施設に潜入、陥落させる……これでいいな」
おう、と全員が応える。だが、蓮華がそこに待ったをかけた。
「レイアとティターナをそっちに入れて欲しい」
「なっ……蓮華さん、何を!」
ティターナがうろたえるのも無理は無い。傭兵は全員潜入に、その上ティターナとレイアまで潜入に向かえば、表立って暴れるのはローラと蓮華だけだ。
「さすがにお二人だけでは……」
「いや、なんていうか……こういう場合だからこそそうしてほしいというか」
「そうですね……あまりに広いとカバーしきれませんし、どれだけ注意しても事故は起こりえます」
そんな言葉を聞き、ティターナは更に何かを言おうとするのを、レイアが止める。
「無駄だティターナ」
「し、しかし……」
「あの物言い、確固たる自信があるに違いない。それにあの二人はアレでアルカディアの中で最強の名をほしいままにする二人。噂ではあの二人が参加するだけで戦争を終わらせられるらしい」
「……二人で余裕だと、そういうことでしょう?」
「むしろ私たちが居ると、私たちを守る手間が増えるということだ」
ティターナは一つ深呼吸して、二人を見る。
「分かりました。私はレイアと共にあの施設に潜入します。お二人とも、どうかご無事で」
「おう! ティターナたちも頑張れよ!」
その表情には一つの陰りもなく、いつもどおりの笑顔。この二人には、ユートピアの主力を相手に、そこまで平然としていられるほどの、勝てる確信を得られるほどの実力があるということだ。
「あ、でも船の動かし方が分からないぜ」
「じゃあ傭兵部隊から操縦者を一人貸してやる。蓮華、ローラ。くれぐれも油断するなよ」
「分かってるって。グレイは心配性だなぁ」
「大丈夫ですグレイさん。蓮華ちゃんの背中は私が守りますから」
普段が地味で、気弱で内気なローラが、今この瞬間だけは自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。
前々から思っていた。この二人は普通ではないと。
「で、作戦は何時からなんだ?」
「あっ、そうでした。作戦の開始時間は……」
各々がそれぞれの理想を持って、また戦いの地へと赴く。全ては理想を現実にするために。
届かぬ理想へと、また一歩近づくために。




