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23話目 英雄の理想

 予定の時間を少し過ぎつつ、結城たちはアルカディア海軍の大船団と合流を果たした。

 その全てが木造船で、飛空挺もいくつかあるのを見たときは、自分たちが乗っている船も元は飛空挺だったことを思い出していた

 結城たちは現在、その中でも最も大きい船、いわゆる旗艦に招待され、強面の指揮官と対峙していた。


「私たちはアルカディア軍特別選抜精鋭部隊。私は指揮官の山城 椿です」

「俺はこの艦隊を指揮している。海原みはら 海斗かいと。階級は少将だ」


 ナイフのように鋭い眼光と、短く切った黒髪。その圧倒的な刺々しい威圧感とは対照的な純白の軍服。右胸に黄色い紐らしきものがくっついている。

 少将で指揮官というので中年か老人をイメージしていたが、若い。若すぎる。そして結城のすごい苦手なタイプだ。


「…………」


 結城はとにかく目線を合わせないようにしていた。気を付けの姿勢で硬直しながら、旗とか勲章とかいったものを観察しつつ、目線だけは絶対に合わせないように。


「おい、そこの男。名前は」


 地獄だと思った。こういうタイプとは会話すらしたくない。むき出しの心臓を握られているような恐怖を感じる。


「ゆ、結城です」

「ガンダーラを攻め落としたというのはお前たちで間違いないんだな」

「そ、そそ、そうなります」


 海斗の眼光は結城の相貌を蹂躙せんが如く凝視していた。一方結城は串刺しにされるような視線を感じながらも必死に目だけはあわせないようにしていた。


「俄かに信じがたい。人の目を見て話せない奴は信用ならん」


 無茶言わないでください。と内心で懇願する。結城にとって、完全に最悪な状況だった。


「仕方ないだろ。お前の顔は怖すぎるんだ」


 海斗の隣に立っている秘書の女性が言う。同じ白い軍服で、帽子を被り、長い黒髪を左右で縛ってツインテールっぽくしている。だが後ろ髪は下ろしている。


「俺の顔ごときでビビってる奴がどうやって敵と戦う」

「それは……まあそうだな。お前も少しは度胸をつけたほうがいいぞ、結城とやら」

「は、はぁ」


 誰だか知らないが、彼女のおかげで結城の緊張は和らいだ。


「っと、申し遅れた。私の名は海月(みづき)・ブラックシー 。見ての通り秘書をしている。彼は見た目は凶悪そのものだが悪いやつじゃないんだ。仲良くしてやってくれ」

「おい、誰の顔が悪鬼羅刹だ」

「ふふっ、似たようなものじゃないか。二つ名も魔海の提督なんて名だし」

「おい、お前らはもういいから下がれ」


 かなりイライラしているようだ。結城は人の怒りに敏感で、こういうのは本当に苦手だ。

 それが敵なら倒せばいいのだが、こういう立ち居地の相手にはどう接すればいいのか分からず、何故かこちらが焦らされる。


「はっ、それでは失礼します」


 そう言うと椿が身を翻して部屋を出て行くので、自分たちも後に続く。


「そうだ、そこの、ああっと結城」

「は、はい!?」


 その方向転換の速度たるや、臆病な猫のようだった。


「お前も知っているだろう。あの大英雄」

「あ、安全無欠ですかね」

「そうだ。この船のどっかにいるだろう。暇なら会って見ろ」

「はい、分かりました」


 結城たちは部屋を出て行った。


「…………はぁ」


 長い沈黙の後に、海斗は溜息をこぼした。


「俺の顔はそんなに怖いのか……」


 その顔面を隠すように、執務机に突っ伏す。それを見てケラケラと海月は笑った。


「いやぁ、何度も見る光景だが、飽きないな。あの肉食動物と草食動物の対峙みたいなのは」

「お、お前な! ちょっと酷すぎるだろ! 俺を擁護しろ俺を!」


 怒鳴りながら起き上がる。その目には若干涙が溜まっていた。


「クッソ……確かに俺の容姿の理想はイケメン、誰もが恐れるような悪魔のようなイケメンだったが、ここまで露骨だとちょっと……」

「でもあの時に動じていたのはあの結城という男だけだったぞ? 成長したじゃないか」

「にしても、お前、悪鬼羅刹って……」


 ふわりと、柔らかな感触が海斗の頭を包んだ。


「ばか、冗談に決まってるだろ?」

「……クソ、お前卑怯だぞ、こんな」

「ふふ、本当にお前は可愛いな。あの時となんら変わらない」

「…………」

「おやおや、随分大人しくなったな……久々に甘えてみるか?」


 妖艶な笑みを浮かべながら、腕の中の海斗を見下ろす。




「し、死ぬかと思った」


 廊下の壁に手をついて肩で息をする結城。


「気が小さすぎるというか、肝が小さすぎるというか」

「ご心配には及びませんマスター。マスターに危害を加えようとする者は、指一本触れさせぬまま刻みます」


 新月の言葉に、結城の疲弊したグロッキー状態の心はさらに追撃される。

 その後のレイランの言葉も中々に物騒だ。


「とはいえ、確かに威圧感は半端ではありませんでしたけれど。セレナが居たら心臓が止まっていたでしょう」


 セレナと竜人は自室で休んでいる。長時間飛行し、探索で魔力も酷使した疲労は割としんどいものらしかった。


「出来ればもう二度と会いたくない」

「以降、一応は自由行動としますが、すぐに作戦会議が行われると思います。すぐに対応できるようにしてください。これ地図です」


 結城たちは椿からこの船の案内図を貰う。


「まあ、あまり動き回らないことをオススメします。私はこれから会議がありますからこれで」

「ああ、頑張ってね」


 手を振って応える椿は、先ほど来た道を戻っていった。


「さて、どうするか」

「そこの君」


 振り返ると、そこには長身の女性がいた。その姿はティターナを髣髴とさせる。

 だが得物は剣のようで、ティターナは狩人といった風だったが、彼女は騎士や戦士を思わせる。

 金髪碧眼、白い肌と尖った耳、緑の布と皮の服。およそエルフとしての要素は完全に揃っている。


「エルフ?」

「その通り、私はエルフだ。名はエル・フォレスト・メイヴ。君たちが噂のガンダーラを奪還した連中か」


 どうやら既にガンダーラを奪還したという話は大分広まっているらしかった。


「俺は結城。こっちがレイラン、そして新月です」

「レイラン・シルファンと申します」

「新月ですわ」


 簡単に自己紹介を済ませる三人。エルフは彼らを見て頷く。


「よし。急ですまないが、クロー……いや、こちらの安全無欠の勇者に頼まれてね、君たちに会いたいから、見つけたら連れて来て欲しいと頼まれててね。すまないが付き合ってくれないか?」


 結城たちは顔を見合わせる。全員、特に予定も無い。そして英雄の姿を一度拝んでおきたいと思っていたところだった。


「私はマスターの御意志のままに」

「私も構いませんわ」

「と、いうことで、分かりました。行きます」

「そうか。じゃあついてきてくれ。彼は今なら表に居るだろう」


 長身エルフ剣士・メイヴに連れられて、結城たちは甲板に出た。


「つれてきたぞ、クロード」


 甲板には、一人の男が立っていた。


「初めまして、僕の名はクロード」


 一目見て、安全無欠の勇者という名が良く似合うと思ってしまった。

 茶髪に青眼。男である自分でも見惚れてしまいそうになる、幼さが僅かに残る綺麗な顔立ち。

 腰の帯剣は大きく幅広で、聖なる光を思わせる白と青と黄金の装飾がなされている。

 しかし服装はなんとも、質素とまではいかないが、普通と言うか、この世界の一般的な衣服で、着飾るということはしていない。

 そしてその雰囲気。見る者に彼は安全だと思わせる安心感を与えてくれる。

 彼を一言で言い表すならば、主人公。

 そう、物語の中心にして、誰の心にも残る英雄にして勇者。


「貴方たちがガンダーラを救った英雄ですか?」


 そしてこの礼儀正しさ。人当たりの良い彼は先ほどの悪魔提督との邂逅を経たこともあって、聖人か何かに見える。


「いや、俺はほとんど何も……」

「そうですわね。正確にはこの結城の活躍でガンダーラは救われた、と言っても過言ではありませんわ」


 思わず新月のほうを見る。すると彼女は悪魔の微笑を浮かべながら、自分の唇に指を添える。

 この変態淑女、完全に遊び始めている。


「では貴方も英雄の仲間入りですね」

「あ、いや、ちが、俺はそんな大それたことは」


 敵の将を討ち取ったのは傭兵部隊の人間だと聞いたし、残存兵力を蹴散らしたのはレイランたちだ。

 あの時の自分はといえばレイアと同行し、いざ敵と戦う時には躊躇ためらってしまったヘタレだ。

 今ならそんなことは無いが、手柄を横取りなどする気はないし、したくもない。後が怖いから。


「ですが、マスターなくしてこの部隊の編成がされなかったことを考えれば、マスターの一手がガンダーラを救った、ということになるのでは」


 それすら金に困って、働きたくなかったからこの方法を取っただけなのだが。


「まあ、でも、そうかもな」


 とはいえ、この選択で後悔したということはない。どのような経緯であれ、自らが選択したことだ。それにはなんの後悔もない。むしろ肯定すら出来る。

 自らの行いを後悔するということは、過去の自分を否定すること。結城はそれがたまらなく嫌だった。


「どっちにしろ、俺は別に英雄と呼ばれるような活躍はしてない」

「なるほど……そうだ。もっとお話したいですし、これから一緒に食事でもどうですか?」


 クロードからの食事の誘い。特にこの後予定も無く、むしろ昼食を取り損なっていた三人としては好都合だった。




 この世界でのコミュニケーションとして、代表的でほぼ確実に最初に出てくる方法が食事のようだった。

 各々の理想を長々と語り合うには、確かにランチタイムとティータイムをあわせた長い時間が必要になのだ。

 そして彼らは船内の食堂で向かい合う。

 見れば、クロードとメイヴのほかに新たな顔ぶれが二人。


「とりあえず、改めて自己紹介します。僕はクロード。安全無欠の勇者と呼ばれています」

「私はエル・フォレスト・メイヴ。これでも一応は妖精で、一国の女王をしている」


 黒髪青眼の青年と、金髪碧眼の女性エルフ。その二人をはさむように、女性二人が座っていた。

 片方は黒いトンガリ帽子に黒い羽織。一目で彼女が魔女の類だと分かった。ローラやセレナの外見はどちらかというと魔女より魔法使いか賢者に寄る。新月にいたっては完全に貴族の少女だ。

 切れ長の瞳は髪と共に鮮やかで深い紫色をしている。

 

「初めまして。クロード様の御供をしています。魔女の魔耶と申します。お見知りおきを」


 なんでもないただ普通の笑みが、魔性の妖艶さを纏っているような気がした。

 一方、もう片方の女性はエルフの肌の白さとは正反対の焼けた褐色肌で、結城は見た瞬間にレイアを思い浮かべた。

 ただ、それ以外は何一つレイアとは似つかない。まず身長が高い。180ほどもあり、このメンバーのなかでは一番高い。茶髪に茶色の瞳をしているが、髪はハリネズミのように刺々しく、そして長い。ライオンの鬣を思わせるほどのボリュームもある。

 そして眼光は獣そのものであり、そこにいるだけで肉食獣の雰囲気を放っている。

 レイアが野犬が狼ならば、彼女は獅子か人食い虎だろう。見るからにその気性荒さと獰猛さが分かる。蓮華に近いかもしれないと結城は思う。


「アマゾネスのリューテだ。よろしく頼むぞ」


 こちらも一通り名乗ったところで、丁度料理が来た。

 豪快な肉料理、焼き魚、大皿に盛られたサラダと、それぞれが好みそうな品物が大量に運ばれてくる。


「どうする?」


 クロードが結城を見て尋ねる。どちらの理想から語るか。


「じゃあ、俺から」

 以前の結城ならば、積極的に自分から理想を語ろうとはしなかった。だが、レイランと新月はさして驚くことも無かった。彼女たちは知っているからだ。今の結城の理想が本物であることを。


「俺の理想は……」




 鋼鉄の塊。木造船ごときでは到底歯が立つはずもない戦艦、巡洋艦の数々が、海原を埋め尽くさんと展開している。

 その中でもどれよりも大きい船。その会議室もまた広い。五人の老人が、円卓を囲んでいる。

「戦局はこちらの圧倒的有利。あとはこちらが攻撃に転じるだけだというのに、なぜこうもッ」

「仕方なかろう。今のこの状況があの博士にとって都合が良いのだから」


 全員が苦虫を噛み潰したかのように顔を歪め、眉間には深い皺ができる。


「この戦艦、山脈で用いる重機、最新鋭の戦闘機、そしてあのメガアトランティスすら彼女の作品なのだ」

「まだ次々と得体の知れぬ機械や生命体を生み出しているらしいじゃないか。すぐに実戦投入したらどうなのだ」

たわけ、そのせいで黒い死神を手放すことになったのを忘れたか」

「まあよい。今回で全て片付く。山脈ももうすぐだというではないか。陸と海、両方からならばすぐに終わる」

「そうさな。これ以上長引かせれば、わしらの首も危うい。これで詰みとしよう」




「俺の理想は、俺の世界を創ることだ」


 結城は静かに、しかし力強く言った。


「あなたの世界……?」

「そう、全ての世界に通じる、全てにおいてのもう一つの世界を創る」

「もう一つの世界……もっと詳しく聞いてもいいですか?」

「詳しく、か」


 どこから説明したものか、結城は考える。するとクリストが突如結城の背後で顕現した。


「相変わらず言語化が苦手なんだな」

「!?」


 向こうの全員が、突如現れた男に驚く。

 それはそうだ。魔法ではないので魔力は関係ない。魔女ですら感知できない事象なのだ。


「初めまして、俺の名はクリスト。結城の妄想で創られた存在だ」

「も、妄想で人間を……生き物を作れるっていうの?」


 魔耶があまりの驚きで箸で摘んでいたプチトマトを落とす。

 生命の想像は、魔法使いにとって割とありがちな、そして困難で偉大な目的であったりする。

 たとえばホムンクルス、人造人間、人形に命を宿らせるなど。


「俺は結城にとってのもう一人の自分だ。まったく別の存在という言い方は出来ないがな」


 さて、とクリストは話を切り替えた。


「結城の理想の話だったな」


 そして語り始める。結城の願望と欲求の全てを。


 伝説という空想に想いを馳せ、創作という幻想に心を奪われた。

 だからこそ、触れたかった。英雄に、勇者に、神に悪魔に。

 出会い、触れ合い、語らい、存在を交わしあう。

 そのためにはあらゆる世界に通じる、道となる世界が必要なのだ。

 そして彼らと同じ場所に立つには、自らも同じ……否、それ以上の存在とならねばならない。

 より人間らしく、より神らしく、より悪魔らしく。


「その世界において、何よりも幻想的で、空想的にあらねばならない。その世界は結城がそうあるための舞台であり、仕組システムみである。そしてそれは結城の心の中にある」


 その世界は、結城が前世で積み上げてきた妄想の集大成。結城の心の中にある神話。誰も知らぬ世界と夢物語。


「俺だけの妄想世界オリジナル。それを現実にするのが、俺の理想だ」


 かつては待ち焦がれ、そして探したその理想。それを自らの手で存在させる手段を見つけられたのだ。これに乗らない手はない。


「なるほど、それは……素敵な理想だ」


 クロードはにこやかに笑ってそう言った。


「まだ待とうとか、もう一度探そうとか思わなかったんですか?」

「待てど暮らせど音沙汰無く、ならばと探して果てた。ならあとは、せっかくこの世界に来たのだから、叶えられるというならこれくらいしてもいいかなと。こっちのほうが確実だしな」


 確かに、あるかも分からないそれを闇雲に待ち、あるいは探し続けるよりは、自らの手で創った方が確実ではある。

せっかくその手段があるのだから、そうしようと思うのも自然な流れなのかもしれない。


「そうか……そこまでの想いを」


 クロードはおもむろにナイフとフォークを置いた。


「ごめん。正直なところ、君のことを侮っていた」

「侮る?」

「この世界では、英雄ヒーローになれるなら、理想を叶えるついでに英雄ヒーローになっておこうという人たちが大勢いる。本気で英雄を目指し、辿り着いた者もいるけれど。君もそういう意味でガンダーラを奪還して名をあげようとしたのかと」

「あ、いや、そもそも英雄になろうなんて思ってないが」

「それでいいんだよ。偶然なってしまったというのなら、それこそ純粋な英雄だ。そして僕は……なりたいと思ってなった派の英雄だ」


 ということは、と結城が察したのを、また察して頷いた。


「そう、僕の理想は、英雄になることだった。誰にも負けず、誰も悲しませない。大切なもの全てを守れる、そんな英雄に」

「英雄……」


 グレイの理想も確か、戦場の英雄となることだった。


「それで安全無欠の勇者に」

「ははっ、まあね。割と気に入ってるんだ」

「前の世界では英雄にはなれなかったのか?」

「それがね、僕の前の世界というか、自分の住んでる国は戦争どころか争いごとがほとんど無くて」


 戦争は無く、他国の戦争に関与もしない。戦争で死にはしないが、毎日毎日を同じ労働の繰り返しの中で、心が死んでいき、一部のものは自ら命を絶つ始末。


「一応、頑張ったんだけどね。色々な活動をしたよ。労働者への待遇改善とか、国へのデモとか、色々ね」


 それでも尚、自分が理想とする英雄には及ばなかった。所詮は烏合の衆の一人。英雄どころか、集団での目的も達成できずに最後は……


「この世界では英雄になれてるけど、あの世界で英雄と呼ばれるようになるのはちょっと今でも難しいと思ってる」

「何を弱気な!」


 リューテが骨付き鶏肉に齧り付きながら言う。


「お前は私が認めた男だ。その世界がどれほど過酷であれ、お前は必ず英雄として輝ける!」

「確かに。安全無欠の名は伊達ではないからな」

「ふふ、それも楽しそうね」


 メイヴと魔耶もまたクロードを褒め称える。随分と仲が良く見えた。

 さて、問題は次だ。


「で、僕の今の理想だけど」


 この世界に降り立つ際に、叶う理想は自分のことのみに限る。

 例えば容姿、頭脳、才能、技術、家系、立場、その他諸々。

 理想の自分を得て、前世からの理想を叶える。それがこの世界で出来ることだ。

 では、その理想をかなえたら、次はどうするのか。答えは二種類ある。

 一つは、その理想を他の者よりも深く究める。

 もう一つは、更なる理想を高く掲げる。そして叶えた時、またそれを究めるのか、更なる理想を掲げるのかに分かれる。

 さて、クロードの理想はどちらなのか。


「その、ちょっと恥ずかしいんだけど……は、ハーレムを築きたい」


 思わぬ理想に結城は驚く。好青年な、英雄を目指した男が女性を欲する……とはいえ、英雄色を好むというくらいだし、変というわけではもないのかもしれない。結城自身、そういった願望もないわけではない。


「なるほど、中々に夢のある理想だ」

「そして誰よりも見目麗しいハーレムを築き上げたい」


 つまり、自分のハーレムこそ世界で最高に美人で多種多様な女性が集った物にしたいというわけだ。

 おそらくそれを叶えることによって、クロードは神に等しい座に着くのだろう。

 この世界では理想を叶え極めることによって、神に等しい存在になれる。という知識をこの世界に降り立った時に与えられている。


「安全無欠の勇者なんて呼ばれてる英雄が色欲の理想を抱いている……失望したかな」

「いいや、男ならそういう理想もあって当然だ。むしろそこまでストレートな理想を誇るべきだ」

「ありがとう。とはいえ、イメージはやっぱり良くはないんだ。あまり口外しないでくれると助かる」


 もちろん、と結城が応える。クロードはほっとすると、再び食事に手をつけ始めた。


「じゃあ、今は魔女とエルフとアマゾネスがハーレムの一員というわけだ」


 結城の一言は、ちょっとした意地悪のつもりだったが、これが不味かった。


「えっ、あ、いや、まぁ……」


 戸惑うクロード。そして首を傾げる結城。代わりにアマゾネスが口を開いた。


「そうだな。とはいえ、正妻は私だが」

「ちょっと待て」


 そこに待ったをかけたのはメイヴだ。


「それはおかしい。正妻は一番初めにクロードと会った私のはずだが?」

「なんで出会った順なのだ。私とクロードの幸せな結婚生活はもはや確約されたものなのだぞ」


 私は狩りに出かけ、鳥や獣を採取し、食材を調達する。

 クロードは家でその料理の腕を振るう。私が大量の獲物を持ち帰ると、クロードは大喜び、私のことを褒め称えてくれる。

 そして私はクロードの絶品な手料理を味わい、その手際を労ってやる。

 二人がそれぞれの役目をしっかりと果たし、互いを認め合う。そして夜には子作りをし、子孫を増やして繁栄の道を二人で往くのだ。


「この素晴らしい人生計画をお前は台無しにする気なのか」

「それもうクロードのハーレム関係なくなっているじゃないか」

「ハーレムはまあ……ほら、私一人で一族を繁栄させるほどに産むのはさすがに限度があるし、他の奴らに遺伝子くらいは恵んでやってもいいなと」

「こいつ……私がクロードの正妻となって、妖精の国で永遠にイチャラブし続けるんだ!」

「永遠などと……老いがあっての栄華だろうに」

「妖精の国?」

「メイヴは妖精の国、いわゆる夢の国の女王らしくて、そこは時間の流れが無いらしい」


 結城が気になるあまり呟くと、クロードが教えてくれる。


「じゃあ正妻は二人でやればいいでしょう。私は本妻でいいわよ?」

「お前はいつも話をややこしくするな魔性の女め」


 疎ましげな声で、リューテが魔耶を見る。対して魔耶は余裕の表情で豚肉のソテーを優雅に食している。

 なるほど、順調かと思いきや、この理想は難航そうだ。


 そして、それを見てしまったがゆえに、一人の少女の闘争心に火がついてしまった。


「ねぇ結城。あなたはハーレムは作りませんの?」

「ハーレムって、俺はごく普通の男子で、イケメンでもなんでもないから」

「この期に及んで未だに謙虚ですのね。まあそこがまた良いのですけれど」


 確かにそういったことに興味が無いわけではない。しかし。


「今は理想と向き合っていたい。せっかくこんな世界に来れた。もっと理想に夢中になっていたいんだ」


 それは夢見る子供のように。結城は喜々として語る。そんな楽しそうな顔を見て、新月の火も消えて失せた。


「あら、そう」

「とりあえずはバテるまで走り続けて、ぶっ倒れた時にでも……」

「ふふ、そうですわね。あなたはその方が似合ってますわ。何より、私もあなたが理想を追う姿を見ていたいですし」

「理想の最果てまでお供いたします、マスター」

「ああ、よろしく頼む」


 信頼しあい、共に理想の実現に向けて力を合わせてくれる頼れる仲間。

 共感しあい、途方も無い理想を語り合える友。

 現実という前世では、どちらも無かったな、と。結城は今この時の暖かさを堪能していた。

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