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21話目 ネクストミッション

 蒼穹の空に架かる七色の橋。光の陰影たる虹。

 美しい幻影を見て、二人もまた胸を打たれていた。


「すごいなこれは」


 竜人が呟く。見れば、街のほとんどの人間がこの虹に釘付けになっている。


「皆さん、喜んでくれたでしょうか……」

「ああ、みんな見惚れて目が離せないみたいだ」

「み、見えるんですか?」


 二人はまだ高い空に居る。下を見ても、セレナには人の判別など出来そうもない。


「まあな。視力が悪い奴は竜騎士にはなれないから」


 と、軽く笑って竜人が言う。


「さて、そろそろ戻りますか。腹も減ったし」

「そうですね……」


 声のトーンが少し低くなった。この光景が見れなくなるのが惜しいのか。竜人は苦笑する。


「また乗せてやるからさ、元気出しなって」

「本当、ですか?」

「ああ、お前もいいよな、ウィン?」


 相棒の飛竜はキュルルと高い音で答えた。


「ははっ。さて、どこで食おうかな」




 そうして日は暮れ、一同は再び作戦会議に集った。

 椿はホワイトボードにこの近辺の地図と、海図を書き込む。


「今回は、本隊との合流班と、奇襲班の二手に分けます」


 合流班は今夜のうちにここを出発。西の山岳に沿うように航行してから沖に出る。本隊と合流したら、翌日の戦線に加わる。

 戦闘が開始されたら頃合を見計らって奇襲班に合図を送る。奇襲班は敵の戦列を横からかき回しながら、メガアトランティスに乗り込み、制圧する。


「と、簡単に説明するとこうなります。何か質問はありますか?」

「メガアトランティスってのはこの写真の奴か?」


 全員には資料と写真が配られていた。空高くから撮影されているのは、海原に浮かぶ大きな円盤。市街地や軍施設のようなものがある。周囲に並んでいる戦艦と比較すると、やはりその大きさは要塞などというレベルではない。


「そうです。海洋要塞メガアトランティス。強力な火力と戦力を有し、航行や潜水も可能という怪物」

「へぇ……これは」


 さすがの蓮華も怖気づくか。と椿が憂いた次の瞬間には、喜々とする蓮華の姿がそこにあった。


「これはかなり強そうだな。腕が鳴るぜ!」


 呆れる椿だが、内心安堵もしていた。蓮華が居る限りは、余程のことが起こったとしても士気は下がりそうにない。


「この作戦」


 次に口を開いたのは、グレイだった。


「俺たちも参加させる気なのか?」


 グレイたちは傭兵であり、アルカディアの軍隊とはほぼまったくの無関係と言える。

 彼らは敵の首を討ち取るか、敵の砦や拠点を制圧するかなどの戦果を上げ、報告して報酬を貰う。


「それは今聞こうと思っていたところです。あなたたち傭兵は本来こちらの指揮下ではない」

「そうだ。お前ら国に仕える気も、使われる気もないんでな」


 アルカディアに居た時の陽気なグレイとはまるで別人だと、結城は思った。

 相手が椿でさえ、国が絡めば余所余所しく、刺々しい。


「そうですか。ですが、こちらの邪魔さえしなければ、奇襲班に便乗して貰っても構いません。あとは敵地で貴方がたが思う存分に暴れる。これならどちらも損はしないと思いますが」


 グレイは一瞬、結城のほうを見る。眠気で頭が揺らされている。


「俺は国は嫌いだが邪魔するつもりはまったくない。心配するな」

「分かりました。他に質問は? なければ班分けを発表します」




 合流班:椿、結城、レイラン、新月、竜人、セレナ

 奇襲班:蓮華、ローラ、レイア、ティターナ、+その他傭兵12人。


「何か意見のある方は?」


 特に誰も手を挙げなかった。

 大した疑問もないし、立ちはだかる敵は倒すのみ。ここに集った理想を抱く者は、皆その考えだった。


「では合流班は本日20時にドックへ集合してください。奇襲班にはそれまでに計画通りの動きが出来るように覚えてください」




 長い別れになるが、全員で夕飯の食卓を囲むようなことはなかった。皆ブレずにマイペースなのだった。


「マスター」


 かくいう結城とレイラン、新月もそうだった。

 三人は蓮華が大食いを競った食堂で、別に何か競うでもなくゆったりと食事していた。


「なに?」

「本日はおめでとうございます」

「な、なにさ、急に」

「マスターがどのような想いを抱き、どのような前世を凌ぎ、どのような旅路で果てたのかは分かりません。しかし今日、あなたが叶えるべき理想に一歩近づいた。それは分かります。なので、従者としてお祝いを。それと、ありがとうございます」


 あの時のレイランの笑顔は、おそらくこれから先、忘れることはないだろう。

 それは昼食を終えて観光を始めて間も無くのこと。





「マスター、恐れながら、私は新しく剣を手にしなければなりません」

「剣って、あっ……」


 レイランは新月との戦いで剣を折ってしまった。

 いくら超人の神業をもってしても、使い古した適当な剣では干渉力で強化された物体を、ただで斬ることは出来なかったのだ。


「自分の未熟さを思い知らされました」

「いや、あれは……」

「何が未熟ですって?」


 聞き捨てならないと新月は噛み付く。


「一般人の剣技でパーヴァートの干渉力をホイホイ凌駕されては困りますわっ!その上、剣が折れた程度で未熟などと……」

「元はといえば新月がいきなり戦闘おっぱじめちゃったのが原因だろ。そう言うなって」

「むぅ……」


 むくれる新月。見た目どおり子供っぽいところはあるようだ。17くらいのレイランが大人に見える


「なので、その、マスター」


 レイランが珍しく気まずそうに眉を八の字にしている。


「なのでって……ああ、そうか、そうだな。一緒に行くよ」

「あ、いえ、これは私ごとですので」

「俺もここがどんな武器を使ってるのか見てみたかったんだ。丁度良かった」

「マスター……ありがとうございます」


 そして三人は武具店を訪れた。

 中は剣や甲冑と様々あったが、レイランは真っ先に刀剣コーナーに向かった。


「こ、これはっ」

「気に入ったの見つかった?」

「いえ、どれもこれも珍しいものばかりでっ!」


 興奮しながら振り返るレイラン。その表情ときたら、色とりどりの玩具を前にした子供用だった。


「はっ!? い、いえ、失礼しました」


 なんと珍しい。この貴重なレイランをもっと見てみたい。


「いいよレイラン、遠慮は要らない。存分に語り、存分に触れ、存分に堪能せよ!」

「ほ、本当によろしいのですか? それでは……」


 それからは本当にすごい語りぶりだった。片刃と両刃の美的センス、幅広の大剣のロマンや細身の剣のクールさ。どの剣がどの剣術にあうか。シルファン流剣術の歴史と様々に。


「ですから、こちらのコラと呼ばれる剣は先端が広く重いので斬撃力が大きいのです」

「お、おう」

「対してこちらのメル・パッター・ベモー。細身ですが、両手で持つように想定されたと思われる柄があります。これはおそらく強力な刺突を行うためのものでしょう鎧の隙間やチェインメイルなどにはかなり有効です」

「な、なるほど」

「……マスター」

「どうした?」

「欲しい物を決められなくなってしまったようです」


 思わずこけそうになった。だがレイランは本当に幸せそうだ。本人は気付いているのか、かなりの笑みを浮かべている。


「レイラン、と言ったか」


 ふと振り返る。そこには褐色の肌と土色の髪をした少女。


「あなたは、確かアマゾネスのレイア」

「そこをどいてくれ。アレを取りたい」


 レイランが横に避けると、レイアは一気に跳躍する。壁に横にしてかけてあるうちの二本の刀剣を手にし、壁を蹴って跳ねて地面に着地した。ネコのようだった。


「それは、パタですか」


 既にレイアは剣を装備していた。

 篭手と両刃が一体化されている剣。黄金の篭手には派手な獅子の彫り物がされている。反して刀身には特に何も無く、刃は真っ直ぐに先端へと伸びている。


「鉤爪の武器はどうしたのですか?」

「なに、イメージチェンジというか、気分転換みたいなものだ。お前こそ、凡骨なk剣はどこにやった?」

「それは……」


 剣士として、剣を折られるというのは恥かなにかのようで、レイランは言葉に詰まっていた。


「レイランの剣は俺が借りたときに間違って折っちゃったんだよ」

「ほう、お前が」

「いえ、大分使い込んでいたものですので、もう寿命だったのかと思われます」


 自然と出てきた言葉は、互いにフォローするための言葉だった。


「ふん、まあいい。戦場で足手まといにさえならなければな」


 そう言うとレイアは足早にその場を去った。


「マスター、お心遣い感謝いたします」

「さて、そろそろ剣を決めよう」

「そのことなのですがマスター」


 言い出しにくそうにレイランは言葉を紡ぐ、だが決して不快な感じではない。


「よろしければ、マスターにお選びいただいてもよろしいですか」

「お、俺がレイランの剣を選ぶのか?」


 色とりどりのものから何かを選ぶのは嫌いじゃない。カタログとか見てどれが欲しいか決めるのは前世でたくさんやった。それで買ったということはないが。


「俺が選んで、レイランに使いにくいものだったら不味いんじゃ?」

「最強の剣士を目指す者ならば、どのような剣ですら使いこなせるようにならねばなりません。それに、剣愛好家としてはどのような奇抜なものでも使ってみたいと思います」


 確かにあの熱弁ぶりは愛好家のそれだ。言い方を変えればオタクか。


「よし。ならば不肖、この結城がレイランの剣を見繕うとしよう」

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」


 とはいえ、この割と豊富な種類をそろえる剣。どうやって選ぶか。

 とりあえず端から順番に見ていく。

 パタ。先ほどレイアが選んだ、篭手と剣が一体化したフォルムに心をくすぐられたが、人と同じものというのも如何な物か。

 シャムシール。刀身が強めに反っている。おそらく斬撃に向いたものだろう。片刃剣を使うレイランも見てみたい気がする。

 

「レイランは両刃と片刃どっち派だっけ」

「好みでいうならば両刃ですね。片方の刃がこぼれても反対側がありますし」


 サイフ。シャムシールの刀身を広めにしたような代物。握りがリボルバーの拳銃みたいになっている。


「このサイフ・アニットとフラドってのはなんだろう」

「刀身の感じを見るに、材質の違いかと。前者は鉄、後者は鋼鉄のようです」


 ソースン・パタ。真っ直ぐ伸びた刀身かと思いきや、今までのものとは逆に湾曲している。

 フィランギとカンダは、真っ直ぐな剣で前者は斬撃と刺突両方に適し、後者は切っ先が幅広で斬撃力が増すようだ。

 コラは斧のような形をしている。斧のように使うのだろう。

 他にも仕込杖や装飾の派手なカスターネ、ダーとかいう片刃剣など様々あった。


「種類多すぎるなここ」


 ちょっと疲れてきた。確かにレイランのことだ。どんな剣でも十二分に使いこなせるんだろう。


「いっそこのショテルとかいうめっちゃ湾曲してるのにするか……」


 ふと、目立つような湾曲を持つ剣の隣に、より目立たせるように二本の剣があった。


「これは……」


 タコーバ。片方は両刃の、十字架のように無駄のない、シンプルな剣。数多ある特異な剣の中で、逆にその直線的な形状が映える。

 フリッサ。片刃だが、切っ先は鋭利で刀身も広め。刀身そのものは真っ直ぐだが、刃の部分は湾曲しており、途中から幅が広いために斬撃にも対応している。

 この二本の剣で戦場を舞うレイランのイメージが、あまりにも鮮明に映った


「レイラン」

「はい」

「二刀流って、出来る?」

「はい。今はその二刀流の剣術を自分なりに編み出しているところです」

「そうか……この二つはどうだろう」


 結城が一本ずつレイランに手渡す。

 

「レイランにすごく似合うと思ったんだけど」

「っ……!」


 驚かされたように目を丸くして、渡された二本を見る。


「これにします」




 と、いうわけで、それからレイランはずっとご機嫌だった。油断すると笑みが零れまくっている。


「マスターから頂いた剣、必ず役立てて見せましょう」


 剣は両脇に差してある。暇があれば手を置き、そのうち衝動に駆られて振り回しそうだ。


「そういえば、レイランはどうして結城のことをマスターと呼んでいますの?」

「ご主人様よりは言い易いですし、響きがカッコイイ感じしますので」


 割と普通の理由で反応に困った。


「それに、マスターと言う響きに、どこか懐かしいものを感じているのです」

「そう……結城、もう分かっているのでしょう」


 カレーを掬う結城のスプーンが止まる。


「ああ。理由は分からないが、確かなことがある」


 その様子を見て、レイランも食事の手を止める。


「マスター?」

「レイラン、落ち着いて聞いてくれ。レイランは……俺が作った世界の住人なんだ」




 三人を遠くから眺めながら、クリストは考えていた。


「結城、お前の理想は俺が必ず叶えさせる。だが……」


 クリストはいくつもの謎を抱えていた。

 まず、自分たちは結城の作り出した妄想の世界の住人である。そして彼自身、その住人となることを望んでいた。

 その祈りや願いは届かなかったが、この理想の世界に来ることができた。

 理想の世界には、数多の理想を抱く人間が集っているが、彼らのいわゆる「前世の世界観」が人それぞれで違いがある。要するに、世界が複数あることが分かる。

 では、結城の望む世界は、あったのか、なかったのか。レイランたちが結城の妄想の産物であるならば、彼らの前世とはなんであるのか。


「この世界、ちょっと謎が多いな。とはいえ、目指すべきものは変わらないか」




「お話は理解しました」


 レイランは平然としていた。逆に結城が動揺してしまうくらいに。


「どうかなさいましたか」

「い、いや、自分の存在が人の妄想の産物だなんて、ちょっとアレだと思わないか?」

「なるほど、確かに他人の妄想であるならば、それは少し抵抗があるかもしれません」


 レイランが結城の妄想であるならば、レイランが異様に結城に好意的なのも不自然ではない。

 自分に都合の良い存在。それが妄想なのだから。


「ですが、仮に私が本当に妄想の産物だとして、生みの親がマスターであるなら、なんの問題もありません」


 この答えさえ、自分にとって都合の良いだけのことかもしれない。レイランという自我は……


「いい加減になさいな結城」


 唐突に、ピシャリと叩きつけるように新月が言う。


「自分の妄想に誇り一つ持てないなどらしくありませんわよ?」

「で、でもこれは……」

「しかしマスター、これはおかしなことです」

「おかしい? 何が?」

「私がマスターの妄想だとして、どうして私の前世にマスターの存在がないのですか」

「えっ?」


 レイランが結城の妄想であるならば、レイランと結城はなにかしらの接点があるはずなのだ。

 そういう妄想でなければ、自分の都合の良い存在にはならない。


「マスターにとって都合の良い妄想であるならば、私は前世でマスターに対して都合の良い行いをしてきたことになります。ですが、私の前世にはそのようなことは、いえ、貴方の存在がありませんでした」

「ちょっと待って。じゃあレイランの前世ってどんな感じだったんだ?」

「私の前世は、アルカディアのような西洋の建物が立ち並ぶ国で、一流の剣士、騎士として精進していました。理想の主を求めていましたが、結局巡り合えずに天寿を全うした。というのが私の前世です」


 レイランの前世が結城の妄想とは異なる。こうなると、レイランが本当に結城の妄想の産物か怪しくなってくる。


「つまり、レイランという存在が独立した自我なのか否か。ということですわね」

「関係ありません」


 新月のせっかく分かりやすくしてくれたところをレイランがぶった斬る。


「私がどのような存在であれ、私は私自身。誰でもない、レイラン・シルファンです」

「それは、そうだけど」

「私の前世、マスターの妄想がどうであれ、今ここにマスターが居り、私がマスターにお仕え出来る。これ以上のことはありません」


 レイランは凛として言い切る。


「ですからマスター、後ろめたいことなど、何も無いのです。貴方は貴方が思うまま、望むままに振舞ってください。私は必ず傍におります」


 レイランが結城の妄想にしろ、そうでないにしろ、彼女は今ここに居る。お互いに求め合い、お互いに与え合っている。互いの理想を満たしあっている。

 それでいい。それこそが、現実をも捨て理想に生きた自分たちの在り方だ、と。


「とはいえ、仮に妄想で人間と言う存在を創り上げるなら、それはもはや神の領域ですわね」

「特徴だけ聞くと驚くほどにチートだな」

「名づけるならば、そう。独創。現実改変とはいきませんけれど、創造という絶対的な力と見ていいと思いますわ」


 とはいえ思いのままに使える能力というわけでもない。何がなにやら。

 あるいは理想を叶えるこの世界の影響なのかもしれない。


「考えても答えは出てきませんわ。これ以上はご飯が不味くなってしまいますわ」

「そうだな。まあ、なにはともあれ、今後ともよろしく、レイラン」

「はい。こちらこそ、マスター」


 相変わらずの綺麗な笑みで、レイランは応えた。




 どんちゃん騒ぎがドックから鳴り響いている。奇襲班は自分たちが乗る船を確認しにきたのだが、そこで二次会を始めてしまった。

 船の甲板で傭兵たちは浴びるように酒を飲み交わす。


「いやぁ、装備も仕入れられたし、万事うまくいってるな」


 言うのはザック。もはや傷など最初から負ってないかのように騒いでいる。


「そりゃ俺たちが使う武器はほとんどがユートピアの技術から生まれた銃器で、ここはさっきまでその拠点だったんだ。装備も充実するさ」


 応えるのはグレイ。先ほどから船のあちこちを観察し、説明書と見比べている。


「仕事熱心だなぁグレイは」

「そりゃ簡単に死にたくはないからな、っと」


 グレイはザックの隣に座り、酒瓶を掴んで直で飲んだ。


「アイスはどうした?」

「さすがに寝かせたさ。良い子は寝る時間だからな」

「良い子、な……」


 苦笑するグレイ。とはいえ、寝る子は育つという。アイスなら本当に良い傭兵になるだろう。


「今回の作戦、どう思う?」


 唐突にザックが問う。そうさな、とグレイは顎に指を当てる。


「悪くはない。停滞した流れに奇襲という形で形勢を逆転しようというのは良い。だが、死人は出るな」

「安全無欠の勇者が居たとしても?」

「安全無欠か……あいつの理想、なんだと思う?」

「さぁ。博愛主義者かね」

「なら戦争なんてするか?」

「ふむ……」

「味方を誰も死なせずに、なんて漫画のヒーローみたいなこと、余程の理想じゃないとありえない」

「だな。ということは、正義の味方かね」

「そこらへんだろう。俺は嫌いなんだよ。そういうの」


 グレイは一気に酒瓶の中身を飲み干した。


「ほう、どうして」

「自分たちはまったく悪くない。そう思っているからさ」

「あー、なるほど」


 正義。正しさ。自分たちはまったく正しく、敵はまったく過っている。


「やってることは向こうとおんなじだってことだ」

「でもそれで戦争がある。そして俺たちの活躍の場があるんだ。結構なことじゃないのか?」

「そりゃぁ、そうなんだけどさ」


 するとザックはグレイにコップを手渡し、別の酒を注ぐ。


「らしくないなグレイ。あんたにしちゃ感傷的だ」

「……嫉妬かもしれないな」

「へぇ。まああんたの理想を考えれば、そうなるか」


 戦場で英雄と呼ばれる。それがグレイの理想である。

 この戦争で一番の英雄といえば、やはり安全無欠の勇者だろう。今のところは。


「言わばライバルだよな。あんたにとっての」

「そう。何時か追い抜かないといけない相手ってことだ」


 だがきっと、そいつの理想は違うんだ、と吐き捨てる。


「本当に、不公平だよなぁ」

「今更だぜ、旦那」

「結城は相棒になってくれる気は無さそうだし、あーもう……」

「あーあ、スイッチ入ったなこりゃ」


 笑ってザックは背中を叩いた。


「自信持てよグレイ。あんただって俺の娘を救ってくれた英雄なんだからさ!」

「ああ、ああ……悪いなザック」

「あーあー、謝るなよグレイ。いいから飲めほら!」


 男たちの夜は更けていく。




 真っ暗な夜を、街の光が照らす。月は見えるが、星は少し見づらくなった。


「なぁローラ、お前は合流班になったほうが」

「もう、蓮華ちゃんはいつもそうなんだから」


 二人は軍施設の屋上で月見をしていた。

 いつも敬語なローラは、蓮華にだけは砕けた話し方が出来る。心から信頼しているからだ。


「私の魔法と蓮華ちゃんの腕力。二つがあれば何でもできるって、蓮華ちゃんが言ったんだよ」

「でもなぁ」

「いいの!」


 子供のように言うローラは、悪戯っぽく笑う。


「久しぶりに、蓮華ちゃんと一緒に戦えるって思うと、わくわくしてるんだよ。普段は争いごとは嫌いなのに」


 かつて、蓮華と共に戦場を横断したことがあった。

 自分の全てを知って尚、彼女は恐れなかった。それどころか、自分を親友として受け入れてくれた。

 そんな彼女と共に戦った僅かな時間。夢のようだった。心が通っている気がした。


「だからいいの」

「んー、まあその、なんだ。殺し過ぎないようにな?」


 普段、自分が何度も言われている、し過ぎないようにという言葉。


「大丈夫、だと思う。って、蓮華ちゃんに言われたくないよ!」

「よぉ、化物ども」


 ふと、背後から声がした。振り返らなくとも、誰かは分かった。


「朱も月見か?」

「ただの散歩だ」


 朱はすぐ傍にまで歩み寄り、立ち止まる。


「お前たちも奇襲班だったな」

「お前は傭兵だろ?」

「傭兵組は揃って奇襲班に便乗することにした。稼げそうだからだそうだ」

「ってことは、お前も一緒か。よろしくな!」


 蓮華は朱に手を伸ばす。が、朱はそれを見ながら手は出さなかった。


「ああ、お前たちの本当の力、見れるのを楽しみにしている」


 朱が言い終えると同時に、強風が吹いた。そして黒く色付いた風が朱を包み、次の瞬間、漆黒は弾けて、朱の姿も消えていた。


「ローラ、あれは……」


 見ると、ローラは強く蓮華の腕に抱きついていた。


「ローラ?」

「蓮華ちゃん、あれは……」


 蓮華はローラが人間以外を相手に、ここまで恐怖する姿を見たことがなかった。


「ど、どうしたんだよローラ」

「ううん、なんでもない。なんでも……知らないほうがいいから」




 そして予定の時刻。合流班はこの夜のうちにこの場所を発つ。

 合流班が乗るのはかつて飛空挺だった船。

 椿、結城、レイラン、新月、セレナ、竜人が甲板の上に立つ。


「じゃあな結城! 頑張れよ!」

「結城、俺の相棒になるまでは死ぬなよ?」

「言われなくても頑張るし死なないっての!……そっちも気をつけて」

「心配性だなぁ。私とローラが居るんだからこっちはノープロブレムだぜ!なっ、ローラ」

「はい! でも油断はしちゃ駄目だよ蓮華ちゃん」

「それでは出発します」


 船が動き出す。暗い海を突き進む。


「おーい!」

「ん?」


 暗闇の向こうに、突如明かりが灯る。見れば、海岸に人が集っていた。


「レイラン、あれって」

「おそらく街の人々ですね」


 松明を持つ者、大きな旗を振るもの、手を振り叫ぶ者と様々いた。


「あはは、遠すぎて聞き取れないな」


 だが、彼らの笑顔とあの活気を見れば、応援してくれているということくらいは分かる。


「彼らにとって、私たちは英雄みたいなものでしょうから、当然といえば当然ですわね」


 そうか、と結城は呟く。色々あったが、自分たちは彼らを救ったわけだ。

 英雄と呼ばれるに足る存在になったのだ。


「英雄か。グレイが憧れる理由が分かった気がする」

「マスターならば必ずや最高の英雄となれるはずです」

「今現在、この戦争での一番の英雄は安全無欠の勇者ですけれど」

「安全無欠の勇者ってどんな人なんだ?」


 レイラン以外の全員が顔を見合わせる。


「さぁ。私も実際に見たことはありませんわ。噂によれば、強く優しいけれど下心丸出しの女性にモテる完璧超人だとか」

「私はクールで優秀な上に女性にモテる完璧超人と聞きましたが」

「俺は普段はへたれだけどいざと言う時に力を発揮する女性にモテる完璧超人と」

「わ、私は、頭が良くて機転が利くので女性にモテる完璧超人って……」


 とりあえず女性にモテる完璧超人だということは嫌というほど分かった。

 これは下手な強敵より恐ろしい。自分の身近な女性全員がその勇者様に夢中になるのだとしたら、並のネトラレではない。胸糞もいいところだ。年頃の男性にはたまったものではない

「安心なさって、結城。私は貴方一筋ですわ」

「それはどうも……」

「と言うのも、安全無欠の勇者は色々な種族間の問題を解決してきたらしく」

「種族間の問題?」


 レイランは頷く。


「アルカディアが数多の種族を受け入れて間もない頃は、やはり色々とありましたので。ローレライ・アンジュほどではありませんが、それに次ぐ活躍をしていたようです」


 例をいくつか挙げてみる。

 エルフとアマゾネスの紛争問題。

 鬼とオーガの力関係。

 鴉天狗と人間の不和。

 ゴブリン関連の治安問題。

 ドラゴン・巨人の住居スペース確保。

 魔女狩りの撤廃

 モンスターと人間の敵対関係見直し。

 モンスターの食文化。

 スライムペット化計画。


「と、このように大きな事件から細かい事案まで様々」

「もういいレイラン、もう、いいから……ごめん、ちょっと寝るね」


 結城はふらふらとした足取りで船内へと潜っていく。


「マスター、体調を崩されたのでしょうか。辛そうなお顔をなさっていましたが」

「……割とこの従者は問題ありですわね」

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