19話目 感想
ガンダーラの夜が明ける。
砂漠の夜はかなり冷えるが、すぐにまた暑くなるだろう。
「結果的に、今回の作戦は成功です」
ガンダーラの施設に会議室があったので、一応活用している。真ん中に通路。左右は椅子が乱雑に椅子が並べられ、最奥には教卓のようなテーブルとホワイトボードがある。
作戦も成功し、次の作戦を発表するつもりの椿だが、その表情は静かな怒りを宿していた。
「作戦は確かに成功しましたが、ここで一人、キチンと皆さんに謝罪しなければならない人間が一人居ます」
「…………」
椿の隣で正座させられているのは、蓮華だった。
「では蓮華、説明しなさい」
今の椿の声には普段の冷淡さに加えてナイフのような鋭利さが負荷されていた。
「は、はい!えっと、あの、皆さんが捕まったあと、ついお腹がすいて……」
「なあ、食堂はどこだ?」
「なんだ腹が減ったのか? 仕方ない。一応お前は客人だからな」
蓮華は兵士に連れられ、食堂へとたどり着く。
「おお、良い匂いがする!」
食事している兵士たちは蓮華の方を見る。
余所者を拒絶する冷たい目だが、蓮華はまったく気にせず食堂の受付に直行した。
「ここで一番美味いのはどれだ!?」
「うおっ!?」
ものすごい勢いで迫る蓮華に気おされながら、受付の人間は答える。
「お、オススメはカレーだが……」
「じゃあそれを大盛りで!」
少しして、カレーを受け取り、すぐさま席に着き両手を合わせてから一口。
「んっ!!」
「へっ、どうだよ余所者。美味いか?」
背後から嫌味たらしく聞いてくる兵士に振り返って言う。
「おお!腸美味いじゃん!」
兵士が硬直した。
「お、おい、本当にか?」
「ああ!すごいぞこれ!さすが砂漠の国だとカレーも美味いんだな!」
その発言は誰にも理解できなかったが、とりあえず確認するべきことがあった。
「な、なぁ、ちょっとそれ味見させてくれないか」
「えっ、まあいいぜ。ほい」
蓮華は何の抵抗も無くスプーンでカレーを兵士の口に突っ込む。瞬間、兵士は口を押さえて飛び跳ねたあと、蹲った。
「なっ? 美味しいだろ!」
そう言うと蓮華はガツガツと食い始める。
それを見た兵士たちは動揺でざわついた。
「飯がもったいないから命に関わるほどの香辛料を使ってあるはずなのに……なんだこいつ」
「おいてめぇ。余所者のくせに随分食ってるじゃねえか。食った分ちゃんと働けるんだろうな」
一際大きな男が蓮華の向かいに座る。
「おう!でもとりあえずは腹いっぱい食わないとだぜ!腹が減ってはなんとかって言うしな」
「上等だコノヤロウ……おい料理長!」
「は、はい!?」
「こいつと同じのを俺に寄越せ!」
「おっ、お前も食べるのか!」
「うるせぇぞ余所者!!ナメた口利きやがって。大食いサラマンダーと呼ばれた俺を差し置いて激辛料理を平然と食いやがるとはいい度胸じゃねえかッ!」
「大食い……なるほど、その勝負受けて立つぜ!」
「というわけで……」
「つまり、大食い勝負をして満腹すぎて行動不能だった、と」
「あ、でもちゃんと勝ったから心配しなくていいぜ!」
次の瞬間、蓮華の頭部が椿の持つ本の角で強打された。
「いってぇ!」
「今回は大きな問題も無く作戦が完了したので良しとしますが、次からこのようなことがないように」
「分かったって。だからもう許してくれよ」
「……席に戻りなさい」
仕切りなおしである。
結城たち精鋭チームが右側の椅子に、傭兵チームの代表であるグレイと朱が左に座っている。ザックとアイスは医務室で待機している。
「次の作戦を説明します。現在、ガンダーラは私たちの占領下にあります。ここを拠点とし、ユートピアの占領地を奪還していくことがこれからの大まかな行動方針です」
「で、結局これからどうするんだ?」
蓮華が痺れを切らした。椿は一つため息を吐いてから説明を続ける。
「とはいえ、この戦力ではすぐに圧倒的な兵力で押しつぶされるでしょう」
「そうか? 私とローラが居れば余裕でなんとかなるぜ?」
「また食い倒れられては困るんですよ蓮華」
「うっ……そ、それで? どうするって?」
「そこで、今現在も戦闘中である海の戦力を叩きます。アルカディアからここまでの海のルートを確保するのです」
ここから南の海域では、安全無欠の勇者率いるアルカディア連合軍とユートピア海軍が激しい戦闘を繰り広げている。
「安全無欠の勇者ですら倒せない敵海軍を俺たちが倒すのか」
「ご心配には及びません、マスター。私の剣ならば戦艦の一つや二つ、一刀両断することは可能です」
マジかよ、と結城は内心思ったが、考えてみたらレイランなら普通に出来そうな気がした。
「ここで収集した情報で分かったことなのですが、どうやらユートピアには海上要塞があるようです。要塞が有する膨大な戦力のせいで、いくら安全無欠の勇者といえど進軍出来ないのでしょう」
「戦力って、人員も無尽蔵なのかな……」
セレナがふと呟く。その疑問にグレイが答える。
「あいつらは人間を生産できるからな」
「せ、生産?」
「やってることはアルカディアの人肉生産とかわりない。兵士としての教育を施していること以外はな」
人肉生産はローラの領分である。ローラとして思いつく人間の生産は、錬金術。
「ホムンクルスみたいなものでしょうか……?」
「さぁな。あそこにそういう魔術師の類が居るって話は聞いたことないが。朱、どうなんだ?」
「あそこは完全に科学に依存している。魔法や魔術はまったく関与しないはずだがな」
「はずってなんだよ」
「世の中のマッドサイエンティストってのには常識がまったく通用しないってことだ。私の体を弄繰り回した奴がまさにそうだ」
「皆さん静粛に」
椿の声で、ざわめきはすぐにおさまった。
「とにかく、次の作戦は敵海軍の排除及び自軍の支援です。ガンダーラは一時的にアルカディアの戦略拠点とします」
そして恒例の自由時間。
ガンダーラの人々は捕虜、奴隷、作業員として働かされていたが、今は各々の家に帰り、自由を満喫している。
「ローラ! アレ美味そうだぜ!」
「ま、待ってよ蓮華ちゃん!」
蓮華は相変わらず本能のままに動き回り、ローラもまた相変わらず楽しそうに振り回されている。
「砂漠と海の景色って、こんなに綺麗なんだな。なぁウィン」
竜人は飛竜に乗って思う存分跳びまわっている。ちなみにウィンとは彼の飼う飛竜の名だ。
各々が、各々のやりたいことをやっている。
「理想、妄想、空想、夢想……だめだ、どうしても思い出せない」
結城は昨夜の建物の屋上に居た。
どこまでも続く砂漠の地に、一条の川。無限に広がる青に、流れる濃厚な白。
時にぶつぶつと呟きながら、自分に問い続けていた。
「あら、こんなところにいらっしゃったの?」
ふらりと現れる少女。金髪のふわりとした髪を揺らし、座り込む結城に歩み寄る。
「ああ、新月か」
「この理想郷も中々面白いところですわ。皆、思いのままに満喫していますわ。よろしかったら、これから一緒にいかが?」
「いや、俺は……ちょっと考え事があるから」
結城は一度も新月の方を見なかった。そんな彼に溜息を吐いて、隣に座った。
「……?」
「理想と妄想と空想と夢想。そこまでは思い出せたみたいですわね」
驚いて、新月の方を見た。クスクスと笑って結城を見る。
「ねぇ結城、空想は空に想うと書きますわね」
「あ、ああ。そうだな」
「架空とか、空想とか、どうして空なのかしら」
「それは、空がキャンバスだからだ。空に想い描くのが空想なんだ」
いわゆるフィクションや創作物。架空の世界や物語。人が空の上に天国を想像したように、無限に広がる空に可能性を放つ。それが空想なのだ、と結城は語った。
「ロマンが溢れますわね」
「だから現実よりも綺麗なんだ。現実より価値があると、俺は思うね」
結城の前世は頑なに、現実よりもそれらを重視していた。
「そこまで思っているなら、夢に出てきそうですわね」
「むしろ俺の夢だったけど」
「夢にまで見るほど想うから、夢想なのかしら?」
「まあ、そうだな」
結城は目を閉じながら答えた。
「目を瞑ると浮かび上がる光景は、どんな宝石や自然よりも美しいんだ」
楽しむように、味わうように、懐かしむように結城は夢想する。色とりどりの魔法と、法則を越えた剣の演舞。技巧と技量の比べあい。誰も悲しむことのない、平和ながら刺激的な世界を。
「でも、いずれは目を開かなければならないのですわ。現実を生きるためには」
残酷な事実だ。夢だけを見ることは出来ない。夢を見るためには、現を見なければならない。
「だから目指した。夢想や空想を、理想として掲げて。現実の中で見つけようと……そうだ。それで旅を始めて」
それは誰もが呆れること。覆らない不可能という現実。
それでも結城は追い続けた。諦められなかった。理想を捨てられなかった。
「ねえ結城」
新月と結城の視線が重なる。
「見えるけど触れられない物って何かしら」
「なぞなぞか?」
「間違いなくそこにあって、見えるのに触れられない。追いかけても近づけない」
「なんだそれ。まるで前世での理想じゃないか」
前世での理想。その言葉に、引っ掛かりを感じた。
自分は理想を掲げた。空想や夢想を見つけ出すために。
より正確には、妄想を信じるために、空想や夢想を現実に求める行為そのものが必要だったのだ。
実際には、現実で空想や夢想に触れられるなどという期待は、現実に対してまったく抱いていなかった。
妄想を信じるために、その意思と行動が必要だった。自分自身に対する証明のようなものだったのかもしれない。
「儚く長い旅の中で何度かは、貴方も見たことがあるはずですわ。あなたが今探している答えが」
何度かは?
旅の中で、ということは現実に存在した何かのはずだ。
「考えろ……考えろ、俺」
これだけは思い出さねばならない。そんな気がした。
結城はゆっくりと記憶の糸を辿り始めた。遥か過去の、大切な旅の記憶を。
「そっか、北にはそんなのがあるんだね」
活気ある街から北上したところの川で、セレナ・アクエリアスはぶつぶつと呟いていた。
川と同じ水色の鮮やかな髪は、まるで彼女を水の精霊かのように綺麗に見せてくれる。
よく見ると、彼女の周囲、肩や頭の上、川面にたくさんの水精の姿があった。
「何してるんだ?」
「っ!?」
強烈な風とともに舞い降りたのは、大きな飛竜。そして竜人。
「竜人さん」
「一人でこんなところまで、街は楽しそうだぜ?」
どうやら長い束縛からの解放で、飲んで騒ぎ、イベントまで催しているようだ。
「出店もたくさんあるしお祭り状態だぞ」
「わ、私は、静かな方が落ち着くので」
魔女は専門的知識を持ち、その分野にしか興味がないというのがほとんどだ。
「あれか、ヲタクって奴か」
「い、いえ、私はヲタクって呼ばれるほど詳しい知識もないので……」
軽く笑って、妖精ともお喋りを続ける。
「何を話してるんだ?」
「ここから北のことです。水源からここまでのことを、この子達は知ってるんですよ」
「へぇ、俺にも聞かせてくれよ」
「あっ」
竜人が一歩踏み出した瞬間、水の精は全員が川に飛び込んで去ってしまった。
「せ、精は基本的に怖がりなので」
「ああ、悪いな、邪魔して……ん?」
まだ一人……いや、一匹? 残っているようだ。セレナの胸元に、仄かな水色の光を纏いながら居座っている。
「その胸のところに居る奴は逃げないな」
「この子はアクア。私がこの世界で初めて出会えた、妖精のお友達です」
「へぇ……話聞いてもいいか?」
「うえ!?」
セレナは驚いて声を上げた。鳩が豆鉄砲でも食らったように目を丸くしている。
「わ、私なんかの昔話を聞いてくれる…んですか?」
「ちょっと卑屈すぎやしないか? 興味があるんだ。俺もこいつとの出会いを話すからさ」
「あっ……わ、分かりました。それでは……」
そして、セレナはぽつりぽつりと語り始めた。
あれは私がこの世界に来たばかりの頃。私はまだ今よりも幼く、魔力も微量しかありませんし、魔法も感覚で感じとるのが精々でした。
アルカディアの東方に位置する森林。人は魔窟森林と呼んでいますが。実際はそんなに怖いところじゃ無いんです。
澄み切った空気、清らかな水。煌く木漏れ日と生い茂る木々。活き活きと跳びまわる生き物たち。
そこには清らかな自然、理想の大自然がありました。
私たちはそこで、精霊使いとして村に居ました。魔法使いの分類では、ウォーロックと呼ばれてますね。
精霊使いのなかでも、私は何故か精霊との意思疎通が得意でした。時には誰にも見えない精霊とも心を通い合わせたり……そして、たくさんの精霊や妖精と出会って行くうちに、彼女と出会ったんです。
「……?」
森で一番大きな湖、鏡面の湖。
ある日突然、その真ん中に少女が佇んでいたんです。
精霊一匹の気配もしないのに、そこにただ一人。
この子は誰よりも純粋で、誰よりも臆病で、何よりも強力でした。
誰もこの子には近づかない。誰もこの子には関われない。妖精たちから恐れられ、精霊使いたちですら気付けない。
ただ一人、水面に立つ少女を見て、幼い私はとても美しいと感じました。
「あ、あの……」
「……?」
あんまりに綺麗な人、じゃなくて妖精さんなんで、緊張しながら声をかけたんです。
「わ、私は…セレナ、です……」
「……!」
おどおどした自分を見て、この子は私に微笑みかけてくれました。
言葉は発さないけれど、その感情は理解できました。
私は妖精と意思疎通は出来たけど、心を通わせることが出来なかったんです。
妖精は気ままで、純粋で、適当で、悪戯好きで、綺麗で。でも、最後の最後、心の奥底で、何か通じ合わないところがありました。
そうしないと、ちゃんとした精霊使いと認められなくて、必死になって契約してくれる妖精を探していました。
私が求めると、この子は応じてくれました。私の手を取って、私の理想を叶えてくれたんです。
「そこで私はこの子と契約を交わして、今までをずっと一緒に過ごしてきたんです」
アクアはセレナの手の上で、笑顔で主人の顔を見つめていた。
「なるほどなぁ。心の友って奴だ」
「はい。私のただ一人の心の友達です」
するとアクアはセレナの肩に飛び移り、セレナの頬に口付けして頬ずりした。
「本当に仲良しだな」
「えへへ」
「それじゃ次は俺の番だな」
そう言って竜人はチラリと相棒を見る。
「こいつはウィン。風のウィンだ。小さい頃からの付き合いでさ」
俺はアルカディアから北方にある雪山近くの小さい村に住んでた。
小さい頃から親父の飛竜に乗せてもらってた。空を飛ぶのは楽しいからな。本当に。
んで、一通り竜の乗りこなし方とか育て方を習って、10歳くらいの時だったかな。親父の飛竜の卵……つまりこいつを貰った。
恐ろしいことに飛竜が孵化するのには1年半かかった。それまでは毎日卵の表面を拭いてやる日々が続いた。
そんな日々のなか、突然卵に皹が入った。洒落だ。
飛竜の雛は本当に可愛くてな。ピーピー泣くからついつい餌をやりすぎて怒られたり、風呂に入れたり散歩したり訓練したり色々やったな。
15の頃には乗れるようになって、アルカディアのほぼ全域を飛びまわったなぁ。
それからはもう自由自在に飛びまわって、速度や技術を仲間と競い合ったりして……
まあ、戦争で大分削られたけどな。
「とまあ、そうやってきたら、いつの間にかこんなところにまで来てたって感じだな」
「戦争で、お仲間さんを……」
セレナは一筋の涙を流す。アクアがそれを両手で受け止めて、ちゅるりと飲んだ。
「ああいや、仲間って言ったって趣味が合う友人みたいなものだし。一期一会みたいなものだ」
「うえ? じゃあ、悲しくないんですか?」
「悲しくないこともないが、なんて言うのかな。盛者必衰というか、寿命が来たようなもんじゃないか?」
そういう考えじゃないと、やってけないんだよなぁ、と呟くと竜人は竜に飛び乗る。
「ほら、来いよ」
「え、えっ?」
「空を飛んで広い世界を眺めれば、暗い気分も吹っ飛ぶんじゃないかと思ってな?」
空を飛んだことなら、竜騎士の武装として飛んだことがある。
だが、今回は楽しむために空を飛ぶ。そんなことを考えたことはなかった。
誘われるままに、セレナは竜人の手を取った。
適当な酒場、傭兵たちはテーブルを囲って酒を飲み干していた。
その中の一つ。一際騒がしいのが一つ。
「いやっはっはっは!! えらく簡単に片付いたなぁ!」
「うるせぇ! もうちょっと静かに飲め!」
「お前もな」
「そ、そうですよパパ!」
「アイス、お前の処女卒業も祝っとかないとな!」
処女卒業。ここの傭兵界隈でよく使われる言葉だ。初めての人殺し。
「酔いすぎだろザック。さすがに言葉を選べよ」
「んだよグレイ、らしくないぞ? で、どうだった愛しの我が娘よ。初めてのキルの感想をパパに聞かせてごらん?」
「初めてのキル…」
ラガーの表情は、殺す側でも殺される側でも、まったく変わらずに楽しんでいた。まるでゲーム、いやそれ以上にだ。
「感想……最初は怖くて、足が竦んで、手が震えて、逃げたくて、縋りたくて……」
ふむ。と全員が興味深そうに、あるいはどうでもよさそうに頷く。
「でも……」
思い出すのは、あの言葉と笑顔。
「でも、すごく楽しかったです!」
おお、と皆が声を上げる。こんなにも幼い少女が、随分と吹っ切れたものだと。
「今なら分かります。あの男が言っていた、殺し合いの楽しみが」
それは無垢な、しかし恋焦がれるような少女の笑顔。
「いい顔になったな」
全員の顔がそちらを向いた。そこには朱。凶悪な笑みを浮かべるガンスリンガーが居た。
「グレイのお節介で咲き損ねるかと思ったが、存外にお前はいい性格している。あのラガーと言う男の賜物か」
全員が無表情、あるいは苦笑する。この死神に性格を褒められるというのは、褒められた気がしないというか、方向性に疑問を抱かざるを得ない。
「だが覚えておけ、お前もあの男のように死ぬこともある。いや、必ずそうなるだろう」
「ええ、分かっているわ。だからその時までに、もっとたくさん殺して、楽しんでおきたい。そうすれば、地獄で良い酒のつまみになりそうだから」
朱はそれを聞いて大笑いをかます。酷く愉快そうに笑って、腹を抱え、椅子から転げ落ちそうなほどに。
「あー、笑った。上等だ。お前ならいずれ私を殺せるほどになるやもしれん」
朱は身を乗り出し、杯を突き出す。
「私はお酒は飲めません」
「構わん、酒でなくとも。私たちを酔わせるのは酒ではない。美酒の如き赤い血だ。私たちは、な」
杯は弾かれた。
血の杯は交わされ、一人の少女が新たな理想を持って、最初の一歩を踏み出した。




