18話目 終局の銃声
袋小路。通路は完全に行き止まりだった。
「そんな…」
少女のまだ未熟な心に恐怖と絶望が襲いかかる。
「後はないぞ?どうする小娘」
背後から聞こえる脅威の声。足がすくみ、体が硬直して振り返ることすら出来ない。
「お前の命は俺の指一本に掛かってるんだぜ?俺が少し力を込めるだけでお前の命は消し飛ぶ。光も闇もない無に帰るのさ」
死。それが迫ってくるのを、アイス・バイエルンは実感していた。
「で、お前はどうするんだ?えぇ、小娘。このまま大人しく殺されとくか?」
このまま、殺される?
「い、いや…嫌!」
死を前に、最後の恐怖がパニックとなって爆発しかける。
「助けて!パパ!助けて下さい!パパぁっ!」
しまった。とラガーは舌打ちした。
こうなっては詰まらない。ラガーが欲しているのは殺し合いの後にある勝利だ。自分が生死をかけて戦い、生き残る。この実感が素晴らしいというのに。向こうが抵抗ひとつせずに死んでしまっては楽しみも糞もない
「や、やだ!死にたくない!許して!もう悪いことしませんから、神様!助けてよパパぁ!」
全てが台無しだ。これでは窮鼠どころではない。動物ですらないただの的だ。
「はぁ……残念だ。じゃあな小娘」
ラガーは引き金を引いた。
死にたくない!死にたくない!死にたくない!
こんなところで、ゴミみたいに転がされて、血肉と臓物をを晒す。誰にも看取られず。誰にも慰められず、呆気なく死ぬのかと。
パニックで体の硬直は解けたが、逃げ場はない。銃口は間違いなく自分を捉えている。
死の臭い。
逃げるのに夢中で気がつけなかった。鼻腔を刺激する嫌な臭い。血と肉と油の臭い。死の臭いだ。
恐慌しながらも、思考ではどこか冷静な部分があった。とはいえ、こんな状況から自分がどうやって動けば助かるのかなんて分からない。
「じゃあな小娘」
別れを告げるのは、男の銃口。次の瞬間、自分は間違いなく殺される。
どうせ、どうせ死ぬなら……
「っ!」
気付いた時には体が動いていた。
「来たかッ!」
ラガーの顔が歓喜に歪む。
邪悪なそれに向けてアイスは父親から貰ったサブマシンガンで弾をばら撒きながら、弧を描くように走る。
ラガーはアイスの動きを予測し銃弾の軌道から逃れる。
「銃がブレブレだぞ小娘ッ!」
左手の銃と右手が開くギミック砲で射撃し、アイスの周囲の床や壁を抉っていく。
弄られている。そう実感し、アイスのなかに怒りの炎が灯った。
「こ、この、くそやろうっ!」
馴染まない悪態を吐き捨て、両手でマシンガンを持ち、ブレを無くす。
しかし、動いている相手に命中させるのはそれでも難しい。
「甘ぇぞ小娘」
大口径ギミック砲の二発。アイスの真上の天井を砕く。大きな破片がアイスの頭部を強く打った。
「痛ぅ……!」
「ハッハッハ!お笑いだぜ間抜け!」
頭に血が上る。アイスなんて名前が似合わないほど、顔が真っ赤になる。それよりも赤い血が髪の隙間から顔を伝って流れてくる。
「くそっ、くそぉっ!」
アイスは銃を乱射しながら接近する。
「ッチ、いいキレっぷりじゃねぇか」
小さな弾丸が体中を抉る。だが、何故か痛みに悶える様子も無く、ラガーは平然としていた。
「死ねぇ!」
弾切れのサブマシンガンを投げつけ、サバイバルナイフを手に跳びかかる。
ラガーは造作なくサブマシンガンを振り払い、左腕でナイフを防いだ。
「なっ、なんで!?」
ナイフは突き刺さった。だが、血が一滴も出ない。
「運が悪かったな」
まさか、ザックと同じ義手だったのか、しかも両腕ともに。
「そこそこ楽しめたぞ小娘。あばよ」
右腕のギミック砲の砲口が眼前にある。
不思議と、先ほどまでの恐怖は無かった。癪だが、それだけはこの男に感謝してしまった。
「諦めるにはちょっと早いぞ?」
強烈な銃声。衝撃は心臓を撃ち抜かれたかのような錯覚を覚えるほど。眼前の右手の肘から下が吹き飛んだ。
「なるほどナァ!」
「きゃっ!」
ラガーは呟き、アイスを声の方向にぶん投げる。だがアイスの体はしっかりと抱きとめられる。
「英雄は遅れてやってくるってな」
「ぐ、グレイさん!」
「ったく、可愛いお嬢ちゃんが血まみれで台無しだこりゃ。立てるか?」
「は、はい。大丈夫です」
アイスは自らの足で立つ。震えながらも、しっかりと。
「偉いぞアイス。それじゃあ怪我しないように下がってろ」
グレイは背負っていたスナイパーライフルを置き、ホルダーから拳銃を抜く。
「にしてもだ。よくザックをやれたなあんた」
「ザックって、あれか。あの黒人。いいセンスしてたぜ」
「ああ、いい戦友だった」
「なら、敵討ちしないとな? 傭兵」
ははっ、とグレイは笑った。
「冗談よせよ。俺たちは傭兵だ。金にならないことはしねぇんだよ。仕事だからお前は殺すけどな」
「冷めてるな。いや、クールって言うのか? まあいい。お前なら楽しめそうだ」
腰から何かを取り出す。それを右腕に取り付けると、光の刃が現れた。
「ビームサーベルって奴か。っていうかお前もしかして」
「ああ、お察しの通り俺は改造人間。いや、機械人間だな。俺の体は8割が機械だ。便利だぜ?」
武装はアタッチメント式。普通の人間に偽装でき、普通の人間のように武器を扱える。なるほど、ザックが隙を突かれるわけだ。
「そんじゃ、そろそろ」
「おう、精々楽しませてくれやァ!」
グレイとラガーの銃弾が交差する。グレイは体を逸らして銃弾を避け、背中の方から何かを投げる。
閃光手榴弾の強烈な光が視界を遮る。
「グヌゥ!?」
目を一時的に潰されながらも、左手の銃で乱射する。
グレイは伏せながら拳銃で何発か撃ち込む。
肩、足、腹、胸、そして頭部。全てが出血なし。前面のほとんどは何かしらの銃撃対策がされているようだ。舌打ち一つして、次にグレイが行ったのは仕掛け。
「アイス、傭兵の戦い方ってのを教えてやる」
レイランは屋上に戻ってきた。そして目の前に広がる光景で硬直した。
「あら、レイラン。結城はどうなさって?」
新月はどこから持ってきたのか、玉座のような豪華な椅子に座っていた。
「マスターはご休憩なされています。それより……」
そして、左右に並び立つ、三角木馬に乗せられた敵兵。左右一列ずつで並んでいた。
悪趣味な女王のようだった。少女は不遜に足を組み替えながらワインを一口。
「敵は一通り片付けられたようですし、私は月見でもしていますわ」
「そうですか。ところでこの兵士たちは」
「ああ、一応生きてますわ。一応、ね」
しかし困った。敵が残っていれば結城に倒させ、耐性を付けられたのだが。
人を殺すことへの抵抗。おそらく平和な世界で育ったのだろう。とはいえ平和だから幸福とは限らない。
彼もまた、理想を追い求めて果てた一人なのだから。
「人を殺すことへの抵抗、ね」
新月が呟く。まるで心でも読まれたようで気分が悪い。
「はい。マスターは理解はしていても、心がそれを赦さないようです」
「ふふ、レイラン。それは大げさですわ」
小悪魔のようにころころと笑う新月。
「どういうことですか?」
「彼は、ただ単に考えすぎなだけですわ。本当に彼ったら生真面目がすぎるんですもの」
「考えすぎ……」
「人を殺すのも、家畜を殺すのも、虫を殺すのも意味などありません。ただそこに目的があるだけ」
「ですが、ここでは理想を持つ者がほとんどです。それを断ち切るというのは、やはり」
「それが考えすぎというのですわ」
そう言うと、またワインを一口飲み、月を見上げる。
「ここは理想を叶えるための世界。言わば誰よりも我侭を押し通すための場所」
「それは、そうですが」
「自分のことだけ考えていれば良いのに。他人の都合まで考えてしまうなんて。もっとあの人は我侭になるべきなのですわ。自分に正直に、自分の思うがままに」
「……それは、彼の性分ですから」
「本当に、苦労しそうですわね」
「答えは出たか? 結城」
クリストが問いかける。結城は首を横に振る。
参ったこれは重症だ。
結城の優柔不断は前世の頃からそうだった。だが前世のうちに答えは出ていた。
それがここに来た時の「何か」で記憶の一部が欠けて、やり直しに状態になっている。
ここはもう教えておくべきか……
「クリスト、俺の理想って、本当にこれで合ってるのか?」
「なに?」
「前世で架空や妄想の類とされてきた生き物や事象。それと出会い、触れ合うこと。本当に俺の理想はこれなのか、ってこと」
「なぜ疑問に思う?」
「だって、この世界は人がその理想を果たすための世界なんだろ?」
「まあ、そうだが」
「俺が前世、命を賭して、その他諸々を投げ打ってまで果たそうとした理想が、どうして人の理想を挫くくらいのことを躊躇うんだろう」
そこまで来たか。じゃああともう一押しというところだろう。
「結城。お前は理想理想と言っているが、お前は他にも持っていたものがあったんだぞ」
「ん?」
「思い出せ結城。お前は理想だけを想い続けたわけじゃなかったはずだ」
理想だけではない。理想以外の、想い。
ふと新月との会話を思い出す。
「パーヴァートは妄想によって力を発現できるのですわ」
「理想と、妄想?」
ならば、妄想を抱く元はなんだ。俺が妄想を抱く根源は。
「架空とされた物事、架空……空想?」
胸がざわつき、体が疼く。自分の奥深く。とんでもないものに触れようとしている気がする。
理想と妄想と空想。他に何かあるのか。自分が誰かの理想を挫くほど、強い想いが。
とはいえ、そこまで強い想いなら、寝ても覚めてもそのことだけ考えてしまうはずだ。
そう、夢にまで見るような。
「夢に見る程の想い、夢想か」
あと僅か、ほんの僅かで届くはず。何故かそう感じるのだ。
理想、妄想、空想、夢想と来て、後もう一つ挙げるなら……
「しかし、お前の前世は本当に途方もなかったな。まさか旅にまで出るなんて」
「旅? そうだ、旅だ。なんで旅をする必要があったんだ?」
妄想なら頭の中で、空想なら創作物でいい。夢に見るほど、理想として掲げ、旅をしてまで求めた物は何だったか。
現実にない物だ。現実の中に求めるのは……
「マスター。マスター?」
「ん? ああ、レイランか」
ふと見れば、レイランの姿があった。
「制圧はほぼ完了したようです。他の方と合流しましょう」
「分かった、行こう」
「よし、ここまで来れば良いだろう」
「え、えっと、グレイさん。本当にやるんですか?」
「やれば生き長らえることが出来るんだ。やるっきゃない。それとも諦めて俺と一緒に仲良く死ぬ?」
「それは、ちょっと……」
「だろ? じゃあやるしかない。なぁに、やるしかないことをやるんだ。気楽にやろう」
本当に彼は気楽にやるつもりなのだ。アイスは自分の心がどんどん軽くなっていくのを感じていた。
不意に爆発音が聞こえた。グレイが途中でしかけた地雷だ。
「今の手持ちの装備であのサイボーグを確実に仕留められるのは、君に預けたライフル以外には無い。クールに決めてくれ?」
「は、はい!」
すると、グレイは堪えながらも、やはり堪えきれずに笑う。
「だから、もっと気楽でいいって。いいか? 不安は雑念だ。神経を研ぎ澄まして、やるべきことだけを見てやればいい。失敗したらどうしようとか、考えなくていい。ただ一つのことに全神経を注いで、イメージしてやれば、自然と上手くいくもんだ」
「イメージですか?」
「ああ。自分がしたいことを過程から結果までイメージするんだ。そしたらそれをなぞるように動けばいい。それで上手くいかなかったら、何したって無駄だったってことだから、諦めもつく」
人生は諦めも肝心だからな、と付け加える。
「そろそろだ。アイス、位置についてくれ」
「分かりました」
アイスは廊下を進み、角を曲がって見えなくなる。グレイはそのままラガーを待ち構える。
「このクソったれがぁ!」
死体をばら撒いておいたのが想わぬ役に立った。地雷や爆弾を仕掛けるのに丁度良かったため、ラガーは面白いくらいに罠に引っかかっていた。
「うわっ、グロい」
見れば、ラガーの皮膚は爆発でほとんど吹っ飛び、全身の機械がむき出しになっていた。残っているのは顔とその他一部くらい。
「中々イラつくトラップばっか仕込んでくれるじゃねえか」
「こちとら派遣の傭兵さんなんでね。ガチな軍人さんと真っ向勝負って訳にも行かない」
ラガーはグレイを見る。
「なるほどな。小娘を逃がす時間稼ぎってわけか。どうせお前の他にも居るんだろ」
「そりゃそうだが、助けに来るほどお人好しな友人は持ってないな」
「そうかい……飽きた。そろそろ終いだ」
ラガーの左腕から何かが姿を現した。銃砲のようだが、どういうものかは想像がつかない。
「本当に多彩だな!」
だが問題は無い。グレイは銃を撃ちながら接近する。
銃弾が機械の体にぶつかるが、ダメージはやはり皆無のようだ。どんな素材で出来てるんだ。
「死ね傭兵!」
左腕を突き出すと、超高速の連射速度で銃弾が打ち出された。
「ったく性能の良い銃だこと!」
グレイは懐に手を突っ込み、前へ投げつける。銃弾がそれを砕くと、大量の煙が発生して廊下に充満した。
「また小癪な真似をッ!」
弾丸をばら撒くラガーだが、既にグレイは背後に居た。
「こっちだぜ、鈍間」
至近距離でショットガンを撃ち込む。
「うぐぁ!」
うめき声を上げながら、振り返り、左腕のマシンガンで狙う。
「遅ぇ!」
振り返る動作にあわせて左腕にショットガンの弾丸を命中させる。見事に吹き飛んだ。
「この距離でのスラッグ弾なら割といけるんだな」
余裕の笑みを浮かべるグレイ。だが、ラガーも不敵な笑みを浮かべた。
軽い銃声。だが、人を殺すには十分なものだった。
「……とはいえ、当たらなければいいだけだ」
グレイはしゃがみ、拳銃を下から顎に突きつけていた。
次の瞬間、衝撃がラガーの脳を揺らす。
「さすがに脳みそまでは機械に出来なかったか?」
フラフラと足がもつれるラガー。
「アイスッ!」
叫び、横に飛ぶ。次の瞬間、グレーの胸部のど真ん中を、ライフル弾が貫いた。
「次弾装填だ撃ちまくれ!」
一呼吸置いて再び銃声。胸部に二つ目の穴が開く。
三つ、四つと穴が開き、ついにラガーは両膝を地面に着けた。
「あぁ……こりゃ、さすがに、無理だな」
見て分かる。胸の穴から電気の火花みたいなものがバチバチ弾けている。その目もどこか虚ろだ。
「アイス、もういいぞ」
だが、二発のライフル弾が両足をもぎ取った。それは父親を殺された故の警戒だろうか。
ラガーの体が地面に横たわったところで、やっとアイスは物陰から姿を現し、傍に近づく。
両手両足を失ったラガー。もはや二人を殺したところで、別の人間に処理されるだろう。
「どうするアイス。トドメはお前が刺すか?」
「パパ……いえ、父の仇を取ります」
アイスは拳銃を頭部に突きつける。さすがに連続で同じ箇所に弾丸を受ければ、装甲は貫ける、かもしれない。
「そのことなんだけどな。ザック、生きてるんだよ」
「……えっ?」
アイスがグレイを見る。
「ほ、本当、ですか?」
「ああ。あいつも中々抜け目無い奴だ。体に鉄板仕込んで銃弾を防いでたよ。さすがにダメージがあって動けないけどな」
「ぱ、パパが生きてる……」
「だから無理してお前がトドメを刺さなくても……」
「殺します」
彼女は即答した。アイス・バイエルンは選択したのだ。人を殺すことを。
「私は、この人に感謝しないといけませんね」
アイスは再び虚ろな目のラガーに向き合う。
「ク、ハハ……そう、じゃないとな」
壊れかけた機械のような声で、ラガーは呟く。
「俺を、殺したのが、人も殺せないヘタレだなんて、死にきれねぇ」
「……どうして私を殺さなかったんですか」
「期待を、裏切るようで悪い、が。お前ガ、生きていルのは、偶然だ」
「偶然……」
「偶然、お前が足掻き、偶然、救援が間に合った。それだけだ」
「私を殺す機会ならいくらでもあった」
「俺は、戦って、生き残るのを、楽しんでいた。お前には、戦ってもらわないと……」
アイスの抵抗を楽しんでいたということか。
「感謝、ナンテ、要ラナイ、ンダヨ。コ娘」
「死ぬのは、怖くないんですか」
問うと、老人のように掠れた声で、笑った。
「モウ、十分楽しンだ。前線ヲ外された時点デ、潮時だったノサ」
ラガーの瞼が徐々に下がっていく。もう時間は残されていない。
「最後ニ、これだけ楽しめた。満足だ。サア、トドメヲ……」
「…………」
アイスは、どこか名残惜しいと感じていた。
父親と過ごした、厳しくも穏やかな訓練とは違う。
肝が冷えるような恐怖と、頭が沸騰するような憤怒が織り交ざった刺激的な時間だった。
どこか汚されてしまった気がするし、逆に清々した気もする。一言で言い表すなら、そう。
「私も、楽しかったです」
一瞬、二人が笑みを交し合い。そしてありったけの銃弾を最後に贈った。




