16話目 潜入
「ふぁ~……クッソ眠い。交代まだかよ」
腕時計を自室に置き忘れてしまった。苛立ちで首を振る。激しい睡魔のせいで頭と瞼が重い。
見張り場である廊下は明るく照らされている。
「眠すぎて死にそうだっての」
「そいつは良かった」
眠気に紛れたか、その気配に彼が気付くことは無かった。ただ声だけが、彼の耳に響いた。
「丁度いい、これで眠れるぜ」
「おい、一体誰のいたず、ら……」
視界が傾く。体は動かないままに、視界だけが傾き、そして落ちた。
「永遠にな」
逆様になった廊下。意味が分からず、分からないままに、瞼が閉じた。
体に力が入らないので、どうしようもないので、そのまま寝ることにした。
やっと寝れる。今日はいい夢が見れそうだ。
施設に潜入した結城とレイアが目にした光景はあまりに意外なものだった。
「れ、蓮華が暴れたのか?」
いわゆる基地という施設の内部に潜入した二人だが、そこは屍が連なる死地だった。
どういうわけか、「先客」がいるようだ。
「この、なんか凄い、ヤバイ感じする」
「戻るわけにも行かないだろう…さっきから妙な気配がする。気を抜くな」
長い廊下を、死体を跨ぎながら進んでいく。壁や天井は血飛沫で彩られ、あまりの血溜まりの多さで、床には川が出来つつあった。
その中を悠然と、しかし慎重に進むレイアと怯えた小動物のようにきょろきょろ見回す結城。
こんな時にグレイが居てくれたらどれほど心強いかと。
「何か来る……!」
咄嗟にレイアが身構える。だが、結城には何も感じ取れない。
とりあえずレイアに合わせて剣を抜くが。
クリストが叫んだ
「結城!後ろだッ!」
結城にだけ聞こえる声、咄嗟に妄想顕現。
上昇した身体能力で即座に振り向き、剣で払う。
だがそこには何の姿も無かった。
「クリスト!?」
縋るように名を呼ぶ結城。次の瞬間、頭上で金属音が響いた。
レイアと、黒い影がぶつかりあっていた。
「何者だ!」
レイアと影はお互いに弾き飛ばされる。影が何かを投擲し、レイアがそれを弾いた。
地面に落ちたそれは、黒く、ひし形の刃を持った刃物だった。
「これは、くない?」
「苦無だな。忍者が持つ武器の一種」
レイアと影が同時に着地する。
「やるな、だが……」
「仲間を呼ばれる前に仕留める。なにっ!?」
首、右腕、左足に巻きついた糸。糸は影の左手、親指と人差し指と中指に繋がっていた。
「あの一瞬で仕込まれた!?」
影が手指に力を込めると、レイアの肌に傷が入り始める。
「やめろ!」
結城が剣で切りかかる。影は懐から何か取り出したかと思えば、それを投げつける。
「うぐっ! す、砂!?」
一時的に目を潰された結城は思わず下がる。
それよりも速く、影の持つ刃が結城の喉を掻き切るかと思われた。
刃は強烈な衝撃で手から弾き飛ばされた。
「そこまでだ、紅」
影……いや、紅は声を聞いて静止する。自分たちがやってきた方向から、歩いてくる一人の男。
「悪かった。まさかお前がここにいるなんて思わなかったからな」
「その声は……」
目を擦り、砂を排除して男を見る。そこにいたのは、かつて別れた傭兵・グレイだった。
「よう、元気そうで何よりだ」
結城とレイアは、グレイと紅の二人を迎え入れ、グレイの提案で通風孔を通っていた。
「どうしてグレイがここに?」
「それはこっちの台詞だ。戦争に参加するとはいえ、どうやってここまで来た?」
結城はグレイにこれまでの出来事を話した。
アルカディアから飛空船を使い、山脈を越えたこと。
墜落し、川に流されるままここまでたどり着いたこと。
とても長い間の出来事のように感じていたが、こうしてみるとほんの僅かな間のことだ。
「そういうグレイはどうやって?」
「俺たちは潜水輸送艦に乗ってここまで来た」
実際は潜水艦というにはあまりにお粗末なもので、大きな、そして頑丈な入れ物の中に人員が入り、魔法使いが水流を操作し、周囲を確認しながら漂流するというものだった。
そして三日間の漂流の後に上陸。というよりは漂着。
山脈の西端にして海沿いの場所。西にはガンダーラの町明かりが見える。
「さて、どうする。早速乗り込むか」
「朱はそれでいいだろうが、仲間のほとんどを失うことになる。ザック、情報屋の話だと…」
「ああ、ここから東に言ったところにアジトがあるらしい。アイス、疲れているだろうがもう少し頑張れるな?」
「はい、お父様。戦場で弱音を吐く時はジョークの時だけです」
アイスの言葉を聞いて、ザックは少女を抱きしめた。グレイには彼女がジョークを言うような軽いキャラには見えないが、とりあえず幸せそうで何よりだ、とすることにした。
「とまあ、こんな感じでな。それからはアジトに篭って色々作戦を練ったりしたわけだ」
「なるほどなぁ。そういえば朱ってレイランの友達だったよな。あの人はどこに?」
「朱? ここにいるが」
グレイは後続する紅をちらりと見る。
「えっ、この人は紅だろ?」
「あー、そうか、この話もしないといけないのか」
盲点を突かれた様にグレイは言う。
「長くなるから詳しい話は後でするが、朱は二重人格でな。片方になると髪と目、服装と性格が変わる」
「二重人格だけじゃ説明できないところまで変わってる!?」
「まあ、ユートピアは人体改造とか研究してるらしいしな。そういうこともあるだろう」
今のところユートピアのイメージが、狂った地獄のような場所で固定されている。
「もしかしたらここの奴もそういう人体改造を施されてるかもしれないな。さて結城、現状の確認をしよう」
レイアと結城は止まる。紅はグレイの背後に居る。
「情報なら俺と紅がほとんど収集した。余すところなくな」
「えっ、それじゃあ」
「そうだ。あとはここを奪い返すだけだ。だから戦闘前に戦力を極力削りたかった」
なるほど。それで廊下や部屋が血の海になっていたわけだ。
戦闘前に戦闘員を殺しておく。暗殺忍者・紅とグレイの戦場暗殺術が発揮されていたのだ。
「俺たちは傭兵だ。お前たちとは違うからこれ以上同行するつもりは無い。お前がよければ歓迎はするがな?」
「あはは……気持ちはありがたいが、今のところなんとかなってるし。俺は椿さんにこの事を報告して、指示を仰ぐよ」
「そうか。それじゃ、ここの奴らはBOSS(領主)ともども俺たちが食っちまうとするよ。また会おうぜ」
そう言うと、グレイと紅は横にある別の道を進んでいった。
「さてと」
結城は思念でローラに言葉を送る。
(ローラ、聞こえる?)
遥か上空、ローラと竜人は遊覧飛行を楽しんでいた。と言っても、あたり一面砂漠なので、面白みはない。
「あ、はい。聞こえますよ」
(さっきアルカディア側の傭兵部隊の人、っていうかグレイに会った)
「グレイさんがここに?」
(そう。それで、ここの情報は粗方手に入れちゃったらしい)
「あー、そうなんですか。分かりました。それじゃあ椿さんに教えておきます。お二人は捕虜役の皆さんの救出に向かってください」
「そうですか、傭兵が」
椿は不機嫌な様子。自分の作戦にイレギュラーが紛れ込むと嫌なのだ。
「結城さんたちが救出に来てくれるみたいです」
「わかりました。では、合流後にここの敵を殲滅します。一応、投降の勧告はしてください」
一等級の執務室。高級な赤い絨毯、高い品質の執務机。壁の随所にあるピラミッドにありそうな壁画とくれば、退屈なラガーの神経を逆なでする。
「アァッ!!本当に悪趣味な部屋だなここは!」
そもそもラガーは前線で敵を殺しつくすのが本領であり、執務や雑務すら彼にとっては拷問に近い。
「早く色々ぶっ殺してぇ……」
「殺し合いの相手をお望みかね?」
普通に扉を開けて、普通にその男は入ってきた。
黒い肌にサングラス。黒髪を綺麗にオールバックにした厳つい男。ラガーよりかは幾分細いとはいえ、並の男なら2,3人集ったところで軽く伸せるだろう。
「お前は……」
「初めまして、なんて挨拶はいらんかね?」
「なぁるほど。通りで静かなわけだ。ここの奴らがこんなに騒がしくない日なんて一日たりとも無かったんだからな。やられたぜ」
ザックはショットガンの銃口を向ける。
「そういうこと。さて、さっさと終いにするか」
銃口が火を噴き、分散する弾丸がラガーを襲う。
「がッ……!」
ラガーは衝撃で椅子ごと後方に倒れる。
「呆気ないな。ま、仕事は楽に越したことは無いか。とはいえ……」
ザックはショットガンについてる紐で肩からかけ、腰の拳銃をラガーに突きつける。
傭兵界隈では死体の頭部に1、2発くらい撃ち込むのが常識なのだ。
知り合いの傭兵は死んだ振りをした敵に後ろから撃たれて引退する羽目になった。
「念には念を…」
銃撃の、終局の音が響いた。
鮮血が噴出し、床が赤く染まる。
「……がっ」
膝が崩れ、体は床に落ちた。
「惜しかったなぁ。傭兵」
ラガーは何のこともなく起き上がる。そして、喉から飛び出した銃口を押し込んだ。
「熱源感知機能の付いた護身用銃撃装置だ。あの博士の狂った発想は割と役に立つな」
立ち上がり、ザックを見下ろす。
「なるほど、傭兵か。詰めまでキチンとするのは良い事だな。俺もそれに習うとするか」
倒れ伏すザックに銃を向ける。
突如、扉がぶち破られ、無数の銃弾がラガーを襲った。
「アァっ?」
顔を手で覆い、銃撃が止むまで待つ。やがて銃撃が止む。
「私が相手だ馬糞野朗!」
台詞にまったく似合わない、綺麗な銀髪、年端も行かぬ少女。両手でサブマシンガンを構えている。
「アイ、ス…逃げ…ろ」
掠れた声では、銃声で麻痺した鼓膜には届かない。
「子供が銃を持ってやがる。これは面白くなってきたなァ!」
ラガーが手を構えると、手首が外れて下を向く。腕の中から飛び出している、手首とは別のもの。
それはどう見ても砲口だった。
「久々の銃撃戦だ。精々楽しませてくれよ!?」
凶悪な笑みで、ラガーは右の銃砲をぶっ放した。
寸前にアイスは壁に隠れる。廊下の奥の扉に大穴が開いた。というより砕けた。
「くっ、なんて威力ですか、あれは…」
呟いた瞬間、自分のすぐ左の壁、自分の顔くらいの高さに大穴が開いた。
「っ!?」
防壁に出来ると思っていた壁が、いとも簡単に粉砕された。その瞬間、アイスの全身に死の恐怖が纏わり付いた。
「くっ!」
とりあえずは間合いを置かなければ、アイスは走った。
父がとどめを刺されないように、なんとか引き付けなければ。
「この歳で鬼ごっこなんてすることになるたぁな」
ラガーは足を振り上げた。今までの鬱憤を全て叩きつけるように、邪魔な執務机は破砕された。
「ひゅるる…」
前方への跳躍で、一人の兵士の首が跳ねた。
思わぬ飛来に姿を確認する間に、精密に相手の首を切り飛ばしていく。
牢獄前の通路は狭く、兵士たちは避けるどころか逃げることすら叶わず、廊下に血だまりを作った。
「次」
床をタンっと蹴り、跳躍する。その音に気付いた兵士がそちらを向くが、レイアの姿は既に兵士を飛び越えた先。
背後で音がして、再び振り返る。刹那、横の壁に人影を見つけ、二度見した。
何かが通り過ぎるような風を感じた時には、景色はくるくると移り変わり、もはや音の方を見るどころか、体を動かすことも出来なかった。
「す、すごいな」
さくりさくりと殺していく。幼くも凶器的な野獣。
そうして二人は椿らと合流する。
「ご苦労様です」
「何もされてないか?」
結城が牢屋の鍵を開けながら問う。
「勿論ですわ! 私の体はあなたのために何時までも純潔を保ち続けますもの」
新月は開いた牢屋から飛び出して結城に抱きつく。結城の瞳と新月の瞳が交差する。
「ずっと、ずっとお待ちしておりましたわ」
「マスター」
横から突き飛ばすようにレイランが介入した。本人にその自覚は無いようだが。
「申し訳ございません。どこかで私の剣を見かけていませんか。捕縛された時に没収されてしまったのですが」
「そうなのか。ごめん、それっぽいのは見つからなかった。探してくる」
「いえ、そこまでする必要は。ただ普通の剣で希少というわけでもありませんので」
「でも、それだとレイランは武器なしだし、不安じゃないか?」
「ご心配には及びません。武器ならここに」
レイランは首を刈られた兵士から、ナイフを剥ぎ取る。
そして錠で固定された腕のまま、それを上に放り投げる。
「ンッ!!」
落ちてくるナイフめがけ、両手を電光石火の速さで振り上げた。
「はっ!?」
思わず声が出た。レイランの手首に嵌められた錠は一刀両断されていた。
落ちたナイフを拾い、あとは難なく、いつもの斬撃で錠を切断し、解体した。
ついでに他の人間の錠も解体した。頭の上に乗せたリンゴの的を射抜く曲芸と同じように。
「では、行きましょう」
神がかりの技巧を造作も無く見せ付けて、しかしレイランはいつもと変わらない清楚さで居た。
「ティターナ、無事か」
「ええ、大丈夫ですよレイア。お疲れ様です」
「……お前はいつもそうだ」
「はい?」
「なぜお前はいつも穏やかなんだ。お前は誰かを憎んだり、恨んだりということをしないのか」
「そんなことは……私にもあります。ですが、それでは何も解決しません。平和を望むなら、本当に殺すべきは私利私欲。憎悪や悪意という感情です」
ティターナは魔法で弓矢を作る。
「そんなことをしていたら、いつか心が壊れてしまうのではないか?」
「心配してくれているんですね」
ティターナの微笑みから、レイアは目を背けた。
「大丈夫ですよ。あなたにもきっと分かる時が来ますよ」
ローラ、竜人以外の全員が合流した。椿が全員の状態を確認する。
「各自、状態を確認し、報告してください」
「結城、特に異常なし。行ける」
「レイラン、問題ありません」
「レイア……行く」
「エル・リーフ・ティターナ、いつでも構いません」
「新月。さっさと終わらせてシャワーを浴びたいですわ」
「せ、セレナ・アクエリアス! 大丈夫です!」
椿は敵の兵士の武装を銃からナイフ、防弾チョッキまで掻っ攫う。これでも一応、指揮官である。
一通り装備を整えた椿。咳払いをして皆と向き合う。
「それでは、これより敵拠点、ガンダーラの占領。敵勢力の制圧を開始します」
一方その頃、蓮華は……
「ぐぅ~っ! もう駄目だぁ~…」
どこかの部屋。苦しそうな声が響く。
「こ、これ以上は、もう……」
白いベッドが軋み、手足が苦しみに悶える。
額に汗が浮かび、表情は苦悶に満ちていた。
「うぅ、ぐぅ……」
そして、彼女の体から力が抜け、意識は闇に沈んだ。




