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15話目 夜闇の蠢き

「結城! そろそろ時間だぞ!」

「蓮華、人の部屋を勝手に開けては失礼です」


 部屋を訪問に来たのは蓮華とレイランだった。このシチュエーションは誤解を招く…そう思われた。


「あ、あれ?」


 それまでのあらゆるものが、変化していた。

 はだけていた服、淫靡な空気、新月の立ち居地から全てに至るまで、まったくもって健全に、お茶を楽しんでいたかのような配置に。


「どうかしたのか?」


 蓮華の問いに、戸惑いながらも答えた。


「あ、いや、なんでも…」


 新月は人差し指を口に当てて、こちらを横目で見た。

 これがパーヴァートの力であるらしかった。


 


 食堂は一瞬にして会議室と化した。長机の片方には蓮華、ローラ、レイア、ティターナ。

 もう片方には結城、レイラン、新月、竜人、セレナの順で座っていた。

 そして、上座には椿の姿がある。指揮官として鋼鉄の仮面を心に備えた公務員。


「敵側の戦力がはっきりしない以上、下手に戦闘を行うのは無謀です」


 椿がホワイトボードに地図を描き始める。大きな川と、その先の砂漠、そして集落。


「敵は集落付近の川で待ち伏せしていると思われます」

「そこから敵を吹っ飛ばしていくわけだな!」


 蓮華が拳と手の平を合わせて鳴らす。


「いえ、ここはあえて捕まります」

「えっ」


 蓮華は肩透かしを食らいよろける。


「なんでだよ!」

「敵がどの程度の戦力かはっきりし無い以上、下手に戦闘を行うのは危険です」

「私たちなら大丈夫だろ! なぁ、ローラ!」

「落ち着いてください蓮華。こちらとしてもただ捕まるつもりはありません。班を二つに分けます」


 椿は地図の隣にAとBの二つの一覧を作った。


「Aは捕虜となり、内部と敵情の偵察、及び囮の役割を担います。Bは潜入です。警戒が薄いところから潜入し情報収集。同時に制圧とAチームの救助です…とはいえ、主戦力はAに集中させますが」

「それで、肝心の編成は如何様なものかしら?」

「はい。編成は……」


Aチーム…椿、蓮華、レイラン、新月、セレナ、ティターナ

Bチーム…結城、竜人、ローラ、レイア


「こうです」

「なぜ私がマスターと別部隊なのでしょうか」


 レイランは真っ先にそこを指摘した。


「これはいざと言うときに自力での制圧や脱出を可能とするためです。Bチームはあくまで隠密行動に専念してください。敵の戦力などの情報を極力詳細に集めてください。こちらの時間稼ぎが限界の場合はセレナからローラに、情報収集が完了した場合はローラからセレナへ魔法で伝達してください」

「あ、あの、蓮華ちゃんは…」

「捕虜は危ないからな。ローラは結城と一緒に調査しててくれ」

「でも…」

「大丈夫だって! いざとなったら壁でもなんでもぶっとばして助けにいくからさ!」

「……分かった。無理はしないでね。私も蓮華ちゃんが危なくなったら助けに行くから」

「へへっ、それじゃ決まりだ!」


 蓮華とローラは笑いあう。一方、やはりレイランは結城の身を案じていた。


「マスター、お一人で大丈夫ですか」

「一人じゃないよ。ローラたちが一緒だ」

「ですが…」


 尚も不安そうな顔をするレイラン。よく見れば、常に冷静で無表情に見える彼女の顔色に、微かに怯える子供のような色が見えた。


「一応、あなたに認めてもらった、一矢報いた男なんだ、少しくらい信用してくれてもいいんじゃないかな」

「無論です。しかし…いえ、だからこそ心配もします」


 なんてことだ。と結城は心底驚く。

 この世の中に、ここまで自分を思ってくれる存在があるなんて思わなかった。


「わかりました。マスター、どうかご無事で。ご武運を」

「結城、貴方に危険が迫ったらすぐに駆けつけますわ。安心して下さいまし」


 唐突に横から話しかけてきたのは新月だった。


「私の干渉力ならば、結城の位置や状態はすぐに分かりますわ」

「すごいな、まるで魔法……より便利なんじゃないか」

「ええ。その時には一応、そちらの従者さんもお連れしましょう」

「……」


 だんだんとレイランの表情が読めるようになって来た気がするのだが、今のところ彼女は無表情だ。不機嫌そうなくらいに。




「離れ離れになってしまいましたね」

「問題ない。普通に終わらせる」


 ティターナに素っ気無く返すレイア。そして結城を一瞥する。


「くれぐれも足を引っ張るなよ。雄犬」

「お、おう」


 あまりの言われように結城は慄く。よほど嫌われているらしい。


「レイア、男嫌いにしても少し厳しすぎませんか?」

「ティターナは甘い。その甘さの隙を突かれて襲われ…」

「あなた処女ですのね」

「!?」


 レイアが咄嗟に振り返ると、すく近くでしゃがみ、腰の近くで香りを堪能する金髪少女の姿。


「なっ…なんだ貴様は!?」

「あら、自己紹介は食事会で済ませましたが」

「そういうことを言っているのではない! 何をしている新月!」

「失礼。いえ、芳しい処女の香りがしたものでつい」


 すっ、と立ち上がる新月。思わずレイアは後ずさる。

 身長も年齢もほとんど変わらなそうな、このお嬢様風変態を相手に後ずさってしまった屈辱が地味に心に刺さる。


「ついって……」

「男性がお嫌い?」

「むっ。まあ、そうさな」

「それならば、いずれ私の診療所に足を運んでくださいな。きっとお役に立てますわ」

「…………」


 正直、反応に困る。わけ分からないし得体が知れない。しかも変態のくせに自分のすぐ後ろにまで迫りながら、自分に悟られなかった。

 要するに怖い。この少女怖い。


「き、機会があれば」

「ええ、是非」


 営業スマイルというやつか。しかし恐ろしい。

 勇む彼らとは逆に、不安そうなセレナを竜人が励ましている。


「だ、大丈夫かな…」

「大丈夫だって。さすがに捕虜を問答無用で殺すようなことはないはずだ」

「で、でも、捕虜にするって確証も無いし……」

「そのために部隊を二つに分けだじゃんか。危なくなったら応戦するし、援護もあるしさ」

「う、うん…そうだね。大丈夫だよね」

「それにセレナには精霊の加護がある。友達は信じるもんだ」


 セレナの顔に明るさが戻りつつあった。


「皆さん、これより作戦を開始します」




 底なしの深い夜闇。その中にぽつんと浮かぶ光。

 この死の砂漠にある唯一のオアシス。川沿いにあり、海にも近い理想郷・ガンダーラ


「川に警戒せよ、ねぇ…」


 川上に部隊を配置し、かれこれ半日が経とうとしている。日はとっくに落ち、魔物は出ないものの、気温は低く、死ぬほど寒い。


「ったく、都市を任されるってのも楽じゃねえな」


 軍服の上からでも分かる筋骨隆々な肉体と野獣のような鋭い眼光。

 顔や手には複数の傷跡が生々しく刻まれていた。

 対峙すれば、万人が連想するであろう、悪鬼羅刹。


「イキの良い敵の一匹や二匹転がって…?」


 夜闇の奥深く、川上の彼方に、何かが見える。


「照明ッ!川上を照らせぇぃ!!」


 建物の上からいくつもの照明が一点を照らす。そこには船があった。

 上部にプロペラのある支柱を何本も取り付けられた船。

 とはいえその飛行能力は失われているらしい。川の流れに身を任せたまま、こちらへと進んでくる。


「まさか、本当にあの山脈を越えてきたってのか?」


 だとすれば、あそこにはとんでもない強者がいるだろう。男の顔が歓喜で歪む。


「俺の指示があるまで砲撃はするな」


 船がすぐ近くにまで迫る。


「いるんだろぉ!!出てきやがれ!」

「おうっ!」


 船から一つの影が飛び出し、男の前に立つ。


「ほう…」


 幾度も戦場に立ち、兵を狩り、生き抜いてきた。培われた勘が告げる。

 こいつは強いッ!と。


「お前か、戦闘機一つ落としたって奴は」


 照明の一つが二人を照らす。

 強者の予感とは違い、見た目は小柄だった。そして緑色の短髪。顔を上げ、青色の双眸がこちらを捕らえた。


「来たぜ」


 立ち上がる。その姿は、どうにも男には見えない。


「まさかお前、女か?」

「そうだぜ?で、何か用か?」

 

 自分と対峙していながら、まったく怖気づいていない。どころか目線をまったく外さない。まるで獲物を見る肉食動物のようだった。


「すげぇな。ここじゃ女が強くてもなんら不思議じゃあねえが、お前は別格だ……撃て」


 鼓膜を叩く音とともに、船体の側面が爆発する。


「なっ!?」


 そしてぞろぞろと兵隊が取り囲む。全員が突撃銃を構えている。

「お前、俺の部下になれ。そうすりゃ仲間は助けてやる」

「どういうつもりだ?」


 少女の目が鋭く光る。良い戦士の目だ。ますます期待できる。


「俺はラガー。ユートピアでこの砂場とガンダーラを任されているんだが……正直暇でな」


 ラガーは腰にある銃を取り、弄り始める。


「別にお前と殺しあってもいいんだが、暇つぶしで食うにはお前は勿体無すぎる。そこで、だ」


 その銃を川下の方へ向ける。


「お前が俺の部下になって、海に居るアルカディアの奴らをぶちのめし、撤退させる。そうすりゃ俺の株が上がる。こんな公園の砂場みてぇなところを抜けられるってことよ」

「私が裏切るかもしれないぜ?」

「お前、船を砲撃したときに軽くキレそうになったろ」

「…………」

「その目をみりゃ分かる。あそこにはお前のお仲間がいて、お前はその仲間が心底大切なようだ」

「……本当に、仲間に手は出さないな?」

「ああ、俺は捕虜をいたぶる変態じゃねえ。俺は早く最前線に出て殺しまくりたいだけだ。出来れば強い奴をな」


 ローラたちがいる船を攻撃した。その時点で仕留めようと思ったが、生憎とそのローラに暴走しないための魔法で力を押さえつけられている。

 蓮華の答えは決まっていた。


「分かった。お前に付くぜ」




 船は無残にも壊された。

 かと思いきや、今ここには船が無いらしく、技術者が修理して使うことになった。

 とはいえこんなところに居る技術者では大したことはできないが。


「ほら、さっさと歩け」


 手枷足枷を嵌められながら、椿、レイラン、新月、セレナ、ティターナの五人は不慣れな砂地を歩かされる。


「武器は全部没収だ」


 椿の持つナイフや銃。レイランの護身用の短剣、新月の杖と鞭、セレナの杖と本、ティターナのナイフと弓矢、様々なものが奪われ、丸裸の状態にされていく。


「へぇ、随分いい体の奴らが揃ってるな」

「死にたくないならそいつらには手を出すな。こいつが怒る」


 兵士の首に、蓮華の手が掛かっていた。


「庇わないのか?」

「俺は元々部下なんて要らねぇし、興味もねぇ。雑用さえこなしてくれりゃな。そいつらがどんな理由で死のうが知ったこっちゃねえ」


 どうやら、ラガーと言う男には仲間という概念が存在しないようだった。戦場で殺し合いをすること以外にはまったく興味が無いのだ。


「お前が気に食わないならいくらでも殺しちまっていいぞ。静かで良い」

「たっ、たすけ…おわっ、悪かったよ!俺が悪かったぁ!」

「……いや、別にいい」


 そう言うと、蓮華は手を離す。


「夜が明けたらあの船が治ってるだろう。それで海に出てもらう。あそこが何の進展もしねぇせいで暇すぎるんだ。早く終わらせてくれよ」

「分かったぜ」

「おいそこの奴!こいつを適当な部屋に案内してやれ」

「はっ!」


 一人の兵士が近づき、蓮華は兵士についていく。


(情報収集か……)


 蓮華は情報収集なんて器用な真似は出来ない。と、自分でも自覚している。

 なのでとりあえず、今自分の中で最も重要なことを聞くことにした。


「なぁ」

「なんだ新人」

「飯ってどこで食える?」




 ほとんどの照明が船を照らしたのを確認し、竜人は飛竜を駆ってガンダーラの上空についた。

 飛竜の背に乗る竜人、結城、ローラ、レイアはほっと一息。


「よし、準備は良いか?」

「ああ。最後に作戦の確認をしよう。まず俺とレイアは降下してガンダーラに潜入、調査を開始するローラと竜人は魔法で姿を消して、上空からナビゲート」

「ああ、問題ない。きっちりやるぜ!」

「二人とも、気をつけてくださいね……ではいきます!」


 そしてローラは詠唱を始めた。


「見えず、聞こえず、さわれず、知れず…<消失幻影インビジブルバニッシュ>」


 幻影の魔法。正真正銘、存在を透明にする強力な魔法だった。


「私から離れて持続する時間は10分とそこまで長くないです、できる限り身を隠してくださいね」

「さて、行くか…」


 飛竜が地面に近づくと、レイアは身軽に飛び降りた。正直この高さからは自分にはきつい。

 とはいえレイアくらいの少女が出来るのに自分が出来ないというのは格好がつかない。


「相変わらずだな結城」


 クリストの声が自分の耳にだけ響く。


「お前はあれこれ考えて物怖じするところがある。根拠のない自信は確かに無謀だが、時にはそれが活路を開くこともあるさ」

「そうだな……よし」


 結城は思い切って跳んだ。

 高速で落下し、風を切って進む。地面が迫り……足に衝撃が走った。


「うぐっ!……おっ?」


 思ったよりも、容易に着地できた。


「なんともない、か?」

「案ずるより生むがやすしという奴だ。蓮華たちとの訓練と賜物だな」


 自分はここまで出来るようになったのか、と感激せざるをえなかった。


「何をしている。早くしろ」


 容赦ない言葉をレイアから貰う。


「あ、ああ、分かってる」


 とはいえ、特にアテがあるわけでもない。周囲は民家のようで、明かりもついていない。

 おそらく住民は寝ているのだろう。もしくは別のところで捕虜として監禁されているのか。

 するとローラが持たせてくれた手の平サイズの木札が振動する。いわゆる無線機の役割を果たしてくれる魔道具だそうだ。

 耳に当てるとローラの声が聞こえた。


「結城さん、無事ですか?」

「ああ、でもどこに行けばいいのか」

「大まかな透視をしたんですけど、そこから南に大きな施設があります。建造中の船も見えたので、きっとそこが拠点です」

「分かった。そこに行ってみる」

「南。川沿いに行けばいい」


 結城とレイアは早速、南に歩を進めた。




 牢獄に閉じ込められ、椿たちはとりあえず待機する。

 不安を紛らわせるように、セレナが言う。


「夜だからか、そこまでの人数ではありませんでしたね」

「そうですね……それでは、お願いできますか?」

「はい、椿さん。今ローラさんとリンクを繋いでいます」


 セレナが念じると、ローラの声が返ってきた。


(セレナちゃんですね!? 大丈夫ですか?)

(はい、全員怪我も無いです)

(そうですか…良かったです。とりあえずは)


 ふと、ローラの言葉が止まる。


(ローラさん?)

(この気配……)

(えっ?)

(いえ、なんでもありません。こちらはさっき結城さんたちを降ろしたところです。南の海沿いの施設に向かっています)


 セレナはローラたちの状況を椿に説明する。


「分かりました。とりあえずはそのまま偵察を続けてください」

「マスター…どうかご無事で…」

「心配要りませんわよ。彼なら」


 レイランの呟きを耳にした新月は、そう言って励ます。


「あなたは……どうしてそう思えるのですか?」

「うふふ、それは私と彼が同じ志を持つものだから、かしら」

「同じ志?」

「私と彼はかつて、妄想で繋がっていたのですわ」


 かつて、妄想……それは前世のことだろうか。


「だから私はずっと前から彼のことを知っているし、彼は私のことを知っているはず。なのだけれど」


 そこで彼女の表情は曇る。

 それにしても、年端もいかぬ少女とは思え無い大人びた仕草。そして結城への信頼。

 自分は、彼女とどう接するべきだろう。


「勿論、あなたのことも」

「私が、何か?」

「彼なら、あなたのことだけは忘れることはないと思っていたのだけれど……まるで記憶が改ざんでもされているかのようですわね。そしてあなたも」

「私が、マスターを知っている?」

「ええ。とはいえ、それでもお互いに引き合って出会えたのでしょうけれど……妬けますわね」


 自分がマスター・結城のことを知っているはず。それがどういうことなのか。


「私は、マスターに忘れられていたとしても、構いません」

「へぇ、どうして?」

「過去に何があれ、今の私はマスターの従者であり、剣です。それは決して揺らぐことの無い事実であり、私の意志であり、理想です。記憶が無くとも、それだけは変わりません」

「そうですわね。あなたはそういう人でしたわ。だからこそ、彼もあなたに惚れ込んだのでしょう」

「えっ?」

「ねぇレイラン。この世界でも、何があってもあなたは、彼の味方で在り続けられるかしら? たとえ彼が間違いや罪を犯し、罪人となり、悪人となったとしても」

「無論です……とはいえ、そうはならないと信頼もしています。彼は、きっといつも正しい」


 新月は目が眩んだ。その慈愛と敬愛、純粋なほどの愛情は、かつての彼女となんら変わることの無い立ち振舞いだった。

 あまりに見事で、やはり自分のライバルなのだと。


「安心しましたわ。それではゆっくり待つとしましょう。彼を信じて」

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