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14話目 コミュニケーション

「見失った?」


 山脈の近く、白いテントの中で部下の報告を聞いている士官は眉間に皺を寄せた。


「冗談も休み休み言いたまえ。あんなデカブツをどうやったら見失う」

「と、突如強烈な発光があり、数秒の後に止んだ時にはすでに……」


 向こうは魔法などというオカルトを使うと聞いたことがある。もしかすればその類かもしれない。


「転移したとするなら、ここまで来てわざわざ自国に戻るわけが無い。とはいえユートピアが襲撃にあっているという報告も無い。とすれば……そういえば、あれは船の形をしていたな」

「ハッ! 船の上部には支柱とプロペラがありました」

「ふむ……とはいえ、あの船がどう足掻いたところで、ユートピアは落ちん。我々は引き続き、山脈を掘り進む」

「ハッ!」


 部下がテントを出る。それを見送った士官は、おもむろに通信機を手に取る。


「こちらモグラ。そっちに異物が流れ着く。川に注意しろ」





「まさかこんな大きい川があるなんて」


 結城は自室のベッドに寝転びながら、窓から流れる風景を眺めている。すでに夕暮れ。景色はいずれ夜闇に包まれ、何も見えなくなるだろう。前の世界のように照明があるわけではない。


「いい世界だな結城」


 声をかけてきたのは、眩いほどの金髪の美青年。妄想の産物、理想の自分。最親さいしんの相棒。


「よう、結城。ここはいい世界だな」

「ああ、そうだな相棒ユウキ

「ここじゃもう、それはややこしくなる。違う名がいいな。そうだな、光の使者として相応しい名がいい。ライト、フラッシュ、ホーリー……」


 結城は起き上がり、ベッドにこしかけて、彼と向かい合う。


「またお前に助けられたな」

「なにを今更。俺はお前の妄想の一部に過ぎない。お前は自分の力を行使したに過ぎないんだぞ?」

「でも、お前が俺を助けてくれたのに違いない。礼を言うよ、ありがとう」


 相変わらずだな、と欧米風に彼は両手を上げるしぐさをした。


「じゃあ、俺のことはクリストと呼んでくれ。改めてよろしく頼む、結城」

「ああ、よろしく」


 懐かしい感覚だった。傍から見れば独り言なのだが、やはり結城が最も信頼を置き、頼れる存在。親友にして相棒と呼べる存在だ。

 前の世界があまりに夢のないせいで、彼女が居ないどころか友人すら上辺だけのものだったから。


「にしても、妙だな」

「妙? なにが?」

「この世界はとりあえず初期状態といえど、理想の自分に近づくはずだ。しかし、結城は前の世界とあまり変わりないように見える」


 クリストはそう言うが、明らかに前世とは違う。ただ若返ったにしては色々な差があるし、とはいえ面影が無いということもない。


「変化するとしたらお前の姿に近づきそうだな」


 冗談交じり、笑いながら言うと、簡素に彼は否定した。


「それはありえない」

「なんでさ」

「確かに俺はお前にとって理想の自分かもしれないが、それを象っただけの妄想、別の存在だからな。姿形はお前で、俺がお前自身だとしても、俺とお前の存在は確かに別のものだ」


 不意に扉がノックされた。クリストは脇に避け、結城はどうぞ、と声をかけた。


「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは、紫色のコートで頭から足まで隠した二人と、甲冑を身につけた騎士一人。


「えっと、何か御用でしょうか」


 それに応えるように二人はフードを後ろにやって首から上を露にする。騎士もまた甲冑を外し、素顔を晒した。


「あの時、あなたが船を盾にしろと言ってくれなかったら、俺たちはやられていた。本当にありがとう」


 騎士のほうは、大人びた黒髪の青年だった。自分と同じか、少し上くらいの。おそらくワイバーンを操縦していた竜騎士だ。


「いやぁ、あの時は体が勝手に動いただけだから、あんまり気にしないでください」

「私たち、決めたんです」


 フードを取った二人は、水色の髪と瞳の乙女だった。もう一人はプラチナブロンドの少女。二人は魔法使いのようだ。竜騎士の背後に乗り、前後の敵を撃ったり、攻撃から自分たちを守る役割を持っている。


「私たちを、あなたのチームに加えて下さらないかしら」

「もう一人の騎士のほうは、負傷して来られなかったが、気持ちは同じだ。あなたは命の恩人。騎士として、恩人であるあなたに忠義を捧げたい」

「なっ!? ちょっと待て。大げさすぎじゃないか?」

「大げさじゃありません。私たちには皆、叶えたい理想があるんです。その理想が潰える瞬間、あなたがそれを救ってくれた。これは確かに大事です」


 水色の魔法使いが言う。

 理想を叶えんとする者が集うこの世界で、二度目の死を迎える。それは、二度目の敗北、屈辱、無念。その悔恨は計り知れない。

 金髪の魔法使いが続ける。


「私たちの理想を護って下さったあなたに報いたい。言ってしまえばそれだけですわ」


 彼らの命と人生には、自身の理想と言う大きな価値がある。普通の人間が抱く感謝とは質が違うのだ。


「まあ、そこまで言うなら……でも、俺たちはただのチームだからな。率先して俺の身を守ろうとかそういう行動はしないでくれ。常に自分を第一に考えること。いいな?」

「ああ、分かった。これからよろしく結城」


 騎士が歩み寄って手を差し出すので、それを握る。


「よろしく。えっと」

竜人たつとだ。竜騎士っぽい名前だろ」

「私はセレナ・アクエリアス。魔法使いをしております」

「ふふ、私は、今は新月と名乗っておきましょう。一応、魔法使いということで」

 

 自己紹介が済んだタイミングで、ドアが開かれた。


「マスター、お食事の用意が整いました」

「ああ、すぐ行く」


 ちょうどいい。新しい仲間とも理想を語らうとしよう。




「俺は竜で世界中の空を飛んで、旅がしたい」


 竜人はそう言ってベーコンのステーキを切りわけて頬張る。


「この広い空を自由に飛びまわるんだ。のんびりとな」

「なるほど、旅か。旅はいいよな」

「結城は旅をしたことがあるのか?」

「空を飛んで、ではないけど、前の世界でちょっとな」

「へぇ、どうだった?」

「ちょっと探し物をしてたんだけど、色々巡って、結局何も見つからなかった」

「そうか……探し物って?」

「なに、ちょっとしたものだよ」

「ふふ、ちょっとしたもの、ね」


 新月が呟く。パスタをフォークでくるりと巻いて、小さな口へ運ぶ。


「あなたの理想はなんですか? 新月さん」


 同じ魔法使いであるローラが、新月に問う。


わたくしは、そうね。好きな人が居るのよ。彼と永遠に結ばれることが私の理想ですわ」

「それは、前世で?」

「どうかしら。その人はね、常人とは違う想いを秘めた、言わば変人なの。そして同時に変態でもあった人」

「へ、変態ですか」

「ええ、かくいう私もそうなのだけれど。彼とは良き戦友ライバルでしたわ。己の力と技巧を存分に比べあったものです」


 懐かしみ、楽しむような表情でパスタを巻く。


「また彼に出会い、この恋愛を成就させること。それが私の理想」

「そいつのどこが好きだったんだ?」


 ふと蓮華が問う。新月はそうね、と手を止め思案する。


「彼は、誰よりも独創的で在りたかったみたい。そして事実、彼はあまりに独創的だった。そこに惹かれたのかしらね」


 見るに彼女は年端も行かぬ少女。だがその儚げな表情は恋する乙女か、あるいは未亡人か何かにすら見えた。


「私の番は終わり。お次はセレナの番ですわよ?」

「私は、なんというか、魔法使いに憧れてて。夢だったんです。魔法使いになるの」


 セレナははにかみ、水を少し飲む。


「前世は体が弱かったので、体力も無くて……絵本の中の魔法に、いつも憧れてて。だから魔法使いになって、夢みたいな時間を過ごしたいって」

「セレナさんはウォーロックって感じですね」


 ウォーロック。地水火風の精霊を召喚、使役する魔法使いの一種。他にも呪文や詠唱無しでの強力な魔法を使うことが出来ます。


「すごい、よく分かりましたね」


 そう言うとセレナは手の平を出して見せる。


「アクア!」


 ポンと破裂音がしたかと思えば、そこには手の平サイズの水滴があった。それは徐々に形体を変化させ、少女の上半身が生えているような見た目になった。


「かわいい! 水の精ですね」


 ローラが言うとセレナは頷く。


「はい。水は私の得意魔法で、水の精霊とは相性もいいんです。火の子には嫌われてますけどね…」

「色々と相性がありますからね。でも頑張ればきっと誰とも仲良くなれますよ」

「あのローラさんにそう言って頂けるなんて、感激です!」


 感動のあまり手の平の上の水精に魔力がいきわたりすぎ、驚いている。


「ローラはやっぱり有名人だぜ」

「魔法使いでローラさんを知らない人なんて居ませんよ。魔法使いというジャンルの全てを熟知し、会得している。黒魔術から祈祷、果ては妖術から仙術まで使いこなす。まさに神!」

「さすがに言いすぎでは……いくらなんでも神様には勝てませんから」


 苦笑するローラ。その後もやいのやいのと蓮華が騒ぎ、場の雰囲気は和やかに、時間は流れていく。

 結城はふと、椿に声をかけた。

「この夕飯も椿さんが?」

「今は一応は司令官と呼んでください。さて、これより、これからの予定を説明します」


 結城たちは手を止める。蓮華とレイアだけはもぐもぐしている。


「現在、私たちは山脈を越え、その更に西の大河を南下しています。このまま進めば、いずれ砂漠の理想郷・ガンダーラに到着するでしょう」

「砂漠にも川があるのか?」


 蓮華が問うと、ローラが応える。


「水源は北のほうにあって、そこから流れてくるんだよ。それは海にまで続いているの」

「へぇ、干上がったりしないもんなんだな」

「ガンダーラは現在、ユートピアの占領下です。ほぼ確実に戦闘になるでしょう。皆さん気を引き締めて」


 戦闘と聞いて蓮華がガッツポーズ。


「そのままガンダーラを解放し、そのまま自軍の艦隊を支援します。つまり、ガンダーラから出撃し、現在戦闘中の敵艦隊を挟み撃ちにし、撃滅します」

「つば…司令官、敵の戦力とかは分かってるのか?」

「ある程度は把握していますが、かなりの数です。とはいえ安全無欠の勇者率いる艦隊がその侵攻をほぼ完全に防いでるところを見ると、我々は敵の旗艦を集中して攻撃することが出来るでしょう」

「敵の旗艦……」

「そのためには、迅速にガンダーラを奪取する必要があります。可能な限り迅速に、隠密に、正確に、精確に」

「私たちなら余裕だぜ!」

「油断したら駄目だよ、蓮華ちゃん」

「マスター、私が御守りいたします」

「地上戦なら私たちも活躍できますね」

「うむ……」


 今回ならティターナとレイアも戦いに参加できるだろう。闘士として向き合った相手が、戦士としてどう戦うのか、結城は少し興味を抱いていた。


「作戦はもうこちらで立ててあります。その打ち合わせもするので食事の後にここに集合してください」





 深夜、川の流れる音しかしないこの夜闇の景色を、帆の上で眺める少女が一人。

「……」


 普通なら、夜ともなるとそれなりの魔物がうろちょろしているものだが、ここはユートピアの、管理された土地だ。大蝙蝠の一匹も居はしまい。


「どうしたんだ? レイア」


 振り返ると、そこには蓮華の姿があった。人間が容易く昇れるような場所ではないはずなのだが。


「……別に、なんでもない」

「そっか。あんまり夜風にあたるのは良くないぞ」

「蓮華、と言ったな」


 少女にしては喋り方が大人びているというか、心を開いていない。蓮華はそう思った。


「ああ、そうだぜ」

「お前は、あの結城をどう思う」

「どうって?」

「私は、人間の男というのは、皆汚らわしい存在だとしか思えないが、共に戦った仲間からみると、アレはどう見える」

「んー」


 蓮華は唸る。唸りに唸って、夜空を見上げ、そして応えた。


「小難しいことは分からないけど、純粋な奴だと思うぜ。汚くはないんじゃないか?」

「純粋?」

「ああ。純粋すぎて、他の色に染まることも出来ない。純情すぎて苦労しそうだ。純朴な奴だから、レイランって奴も守りたくなったんだろう」

「あれが、純粋……」

「ああ、純粋に理想を見てる」

「欲があるのに純粋なのか」

「混じり気の無い欲ってことさ」


 納得いかないというふう表情で、夜闇の向こうを見つめている。


「欲に塗れてるって、別に悪いことじゃないと思うぜ」

「欲で誇りを忘れた獣など」

「まあ、もっとよく知ることさ。敵を知り、己を知ればなんとかってな」


 どうやらこの蓮華と言う戦士はあまり頭が良くないようだ。


「それじゃあ私は戻るぜ。ローラが心配するからな。お前も早めに休んどけよ」

「……気遣いには感謝する」


 蓮華はニィッとにやけ笑うと、一気に飛び降り、甲板に着地した。こんな高さから飛び降りたら、

人間なら足が使い物にならなくなるはずだが。


「人間……変な生き物だ」




 結城の自室。

 結城はクリストと昔話に耽っていた。

 結城はベッドでごろごろし、クリストは部屋の隅の壁に寄りかかっている。


「本当にお前の望む世界とはまた違った場所だが、あの時の努力は無駄ではなかったな」

「妄想や幻想を抱き続けてきたけど、まさか理想が絡んでくるとは思わなかった」

「で、結城、お前の理想って結局何だ?」

「え? そりゃあ、この世ならざる…」

「それは一部だろう? もっと大きい、全体含めた一つがあるはずだが」

「うーん…叶うなら、もし叶うなら、やっぱり俺が夢見たあの世界に行きたいな」


 あの世界には自分の望む全てがある。おそらくそれこそが自分の最も求めるものだ。


「妄想と幻想、夢想と空想を目指し、お前は理想を叶える機会チャンスを得た。くれぐれも無駄にするなよ」

「分かってるよ」


 すると、不意に扉がノックされる。


わたくしです。新月ですわ。少しよろしいかしら」

「魔法使いがこんな時間に用か。予感がするな」


 クリストが意味深なことを言い出すが、彼の声は結城にしか聞こえない。結城はほっとして、どうぞと声をかけた。

 扉が開かれ、プラチナブロンドの少女・新月が部屋に踏み入る。


「ご機嫌いかがかしら」

「まあ、そこそこ」


 クスクスと新月は笑う。


「結構なことね。よろしければ、私と一緒に少しお話なさらない?」

「話?」

「ただの雑談ですわ。星月の下で、あなたのような殿方と語らうのを楽しみにしていましたのよ」


 蜜のように甘い言葉の音色。歳相応ではない。

 とはいえすることも無し、結城は付き合うことにした。



「あなたはパーヴァートというのをご存知かしら」

「パーヴァート?」

「ええ。変態の別称ですわ。と言っても、ここでいうパーヴァートはただの変態ではありませんの」


 変態にタダとかタダじゃないとかあるのかと内心でツッコミを入れる。


「パーヴァートとは、干渉力という戦う力を持った変態のことですわ」


 新月はおもむろに手を動かした。形はまるで、紅茶のカップをつまむような。


「見えて来ませんか? ほら…」

「なにを、おっ?」


 その手が、指がつまむ何か。その何かが、薄っすらと現れ、その影を徐々に濃くしていく。

 やがて、それは白い紅茶のカップになった。


「うお!?」


 さすがに驚き前のめる。


「ふふっ、お気に召していただけましたかしら?」


 そして新月はそれを口につける。テーブルに置かれたそれを見ると、中には紅茶が入っていた。


「魔法使いというのは嘘です。妄想をもって、現実に干渉する。それが私たち、パーヴァート」

「も、妄想で紅茶を出したと」

「ええ。勿論これは力の副産物に過ぎませんわ。本来はお互いの性癖と性欲の強さを比べあうためのものですから。とはいえ……」


 新月の表情が曇る。


「世の中には変態を駆逐しようとする輩がいますの。健全という御旗を掲げ、私たちを根絶やしにしようとする者たちが」

「ああ、なるほど。それは確かに出てくるなぁ」

「私たちパーヴァートは青少年に害をなす悪党として、あるいは世間に害なす異常者として排除されかけてきましたわ。ユートピアの侵攻に便乗されて、それが決定的なものになった」


 酷い話だ。好きなものを好きだと言えないなどと、そんなことは結城の前世にもあった。

 だからこそ現実に唾を吐いたのだ。


「確かに、闇の変態による被害はあるでしょうが、私たちも自警団として活動し、抑止もしています」

「闇の変態?」

「主に一般人に対する干渉力での性的暴力行為ですわ。まあ簡単に言うとレイプとか」

「それはまた…」

「私は日々、変態が世間に認められるよう活動していますわ。あなたは、如何かしら」

「俺は……どうなんだろうな。変態の定義がよく分からない」

「人間なんてものは皆変態と言っても過言ではありませんわ。S気やM気、攻めと受け、露出癖や隷属願望、自慰狂いに性交狂。境界線など必要ありませんわよ」

「ふむ…どっちかと言うとM気かな」

「あら、私はちょっとS寄りですわ。気が合うかもしれませんわね?」


 思わせぶりに微笑む新月。胸の奥に微かな息苦しさが生まれる。


「今のは魅惑。洗脳と言っても良いですわね」


 知らない間に洗脳されかけてた。恐ろしい。


「ご安心なさって。私は基本的に相手を射止めるのが流儀。無理矢理弄くるのは風情がありませんもの」

「でも怖いな。知らない間に洗脳されたりとかするのか」

「干渉力に目覚めれば察知出来たり耐性がついたりしますわ。」

「へぇ。だから一般人に対する能力の使用は禁じてるのか」

「仰る通り。彼らも闇の変態だけを標的にすれば良いものを…」

「彼ら?」

「さっきお教えした、変態を排除する者たちですわ。例えばPervert(変態)・Eradication(撲滅)・Association(協会)。通称PEA。国家の機関では健全省などありますわ」

「干渉力が使える変態に一般人が勝てるの?」

「変態とはいえ、性欲が無ければ妄想も何もありませんもの。不意打ちなら能力なんて意味を成しませんし、何やら干渉力を無効化する何かを開発しているとも聞きますわ」

「何か?」

「とはいえ、彼らのなによりも厄介なところは多数派であることですわ。世間を味方につけるのが容易な立ち居地ですもの」


 世の中は大体が多数派によって主導を握られている。それを覆すのはより強力な個人が存在した場合のみだ。あと運。


「ところで結城さん。あなたも中々の性癖だとお見受けいたしましたわ」

「俺の性癖が?」

「性癖そのものというより、その執着度合いというか。思い入れでしょうかしら。情熱とも」

「二次元主義のことかな」

「二次元主義……おそらくあなたはこの世界がそういう風に見えているのでしょう?」

「よく分かったな。そういうものなのか、ここは」

「ええ、何せ理想の世界ですもの。とはいえ、なるほど。その童貞の匂いもそういう理由があったのですわね」

「ど、童貞の…匂い?」

「あら、恥ずかしがることはありませんわ。己の恋し愛するもののために純潔を守り通すその実直さと健気さは、敬愛に値する尊きものですわよ?」

「いや、匂いって」


 否定は出来ないが事実なのでなんともいえない。それより童貞の匂いとはどういうことか。


「女性の匂いがしない、純粋な男性の匂いですわよ。一種のフェロモンとでもいうのかしら」

「ん? 待った。今さっき妙なことを言ってなかったか? あなたにはこの世界がそういう風に見えるって」

「ええ。ここは理想の世界。その者の目には、その世界は理想に映る。三次元の生者が二次元を理想とするならば、この世界のすべては二次元に見えるのですわ」


 さすが理想の世界。なんと好都合な世界。


「ですから、あなたは私のことも愛らしい二次元美少女として映っているのでしょう?」

「えっ、ああ。まあそうだな」


 確かに美しい少女だと思う。

 少女であることを忘れてしまいそうなほどに大人びた雰囲気で、それでも幼い容姿というギャップは中々に堪えがたい衝動が沸き起こる。

 色々と忙しかったが、こうして見ると出会った全てが魅力的であることに気付かされる。


「ところで結城?」


 鼓膜をなぞるその声に、一段と色が付く。


「この密室。私と貴方の二人きり」


 魔法使いのフードを乱暴に脱ぎ捨て、その下の服もはだけさせ、肌触りのよさそうな純白のサテンスリップが見える


「この据え膳、頂いて下さるかしら?」


 あまりのことに一瞬思考が止まった。

 そして次に、クリストが居ないことに気付いた。気を利かせすぎる。


「ど、どうして俺なんかに?」

「そうですわね……三つありますわ。まず童貞であること。次に善の変態であること」


 新月の小さな白い手が服の裾から入り込む。蓮華に鍛え上げられ、引き締められた体だ。恥ずかしいところは無い。

 とはいえ、この状況は恥じらわざるを得ない。


「最後に、あなたが結城本人であること」

「それは、どういう…」


 そのとき、唐突に結城の扉が開かれた。

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