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13話目 精鋭

 理想の国アルカディア。西は山脈、東は森。南には海があり、北には雪山がある。

 島は西に続き、山脈の向こうにはまた別の国、ユートピアが存在する。

 ユートピアがアルカディアに侵攻できないのは、険しい山脈が陸地を隔てているからだ。

 海からの侵攻を試みているが、安全無欠の勇者を含めた海軍との決着は未だ着いていない。

 この膠着こうちゃく状態をアルカディア側から打破するために、強者を集めた特別な部隊を送り込み、陸地から攻略していく。

 その攻略のための人間が、結城たちというわけだ。


「違うっつってんだろ!! 敬礼はこうだ!!」

「ヒッ…、ス、スイマセッ……」


 アルカディア国の本体ともいえる、アルカディア城。周囲は城下町、それを高い塀で囲っている。

 城もまた塀で囲われており、庭では日々、兵士達の訓練が行われている。

 結城たちが訓練を受け初めて2日目である。

 

「そうじゃない!!」


 結城は仕事が嫌いだ。あそこは理不尽のたまり場。歪んだ会社に隷属した畜生共が集る場所だ。

 企業とか、そういった組織が苦手だ。まだダンゴムシと戯れていた方がマシだと思っている。


「そこの下郎」

「うぐっ……」


 暑苦しい上官の首に切込みが入る。


「それ以上、我がマスターを虐げるなら……不服ながら、この剣をお前の血で汚すことになる」

「ああ、レイラン! 大丈夫! 俺は大丈夫だから! ほら!」


 上官に躊躇無く剣の刃を突きつけるのは、見るも美麗な銀髪と、優雅で流麗な身のこなし、息を飲むほど綺麗な女性。名はレイラン。


「しかしマスター。通常の軍隊ならばともかく、私達のチームにこのようなことは不要かと」

「そ、そりゃそうだけど、一応王様から一通りの教育をさせてもらえるわけだから」

「マスターは勤勉なのですね。あるいは律儀でいらっしゃる。良いか下郎。今度マスターの表情を曇らせたその時は」

「ば、馬鹿かてめぇ。むやみやたらに軍人殺して、ただで済むと……国から制裁が下るぞッ……」

「ならば」


 その蒼く透き通る瞳が、鞘すら切断し、納まる場所を知らない刀かのように、鋭くなる。

 そして一閃。目に見えぬほどの剣速が風を起こす。


「国ごと斬り捨てるまで」


 軍人は圧倒され、声も出せずに尻餅をつく。

 その拍子に、堅く着込まれた軍服が袈裟懸けに裂けた。

 それを見もせずにレイランは軍人に背を向け、結城の隣という定位置に戻った。


 国ごと斬り捨てる。その言葉が本気であると、十分に示していた。



「はっはっは! なるほどなぁ」


 蓮華は快活に笑っている。訓練が終わったので、レイランを連れて蓮華の部屋に遊びに来た。

 結城たちには一人一つずつ部屋が与えられている。城の人間のほとんどは戦争に借り出され、空き部屋には事欠かず、すぐにベッドやらクローゼットやらがすえつけられた簡素な部屋が用意された。


「グレイについていけば良かったと思ったよ」

「ふっひっひ……まさか結城がいわゆるこ、コミュ……なんだっけローラ」

「蓮華ちゃんの言いたいのはコミュ障だと思うけど、たぶんそういうのとは違うと思うよ。私も気持ちが分かります」


 ローレライは結城の手を握る。その瞳は同情の涙で潤んでいた。


「無闇に理不尽で威圧的な言い方をする人が多いですよね。でも、大丈夫です」

「でも魔女のローラがなぜか筋トレさせられたけど出来なくて怒鳴られて涙目になってたよな!」

「れ、蓮華ちゃん!」

「まっ、ムカついたからコテンパンにしてやったけどな!」


 不意に扉がノックされた。蓮華が誰かと問うと、大家だったときより冷たい声の椿の声が返ってきた。


「皆さんに新しい仲間を紹介します。前庭に集ってください」



 ここに来てから三日。トレーニングの内容は蓮華のと比べればまったく問題ない。というか軽すぎて体が鈍りそうだ。教官が驚愕の表情を浮かべていたのを覚えている。

 それもいびられる理由になったのだろうか。自分の不幸具合に驚きつつ、結城たち四人は庭まで来た。

 そこには椿と、見覚えのある二人の少女がいた。


「紹介します。と言っても、一度面識はあるでしょう」


 確かに。片方は幼いながらも、戦士の目をした小麦の肌に茶髪の少女。もう片方は対照的に、透き通る白い肌に金髪と碧緑の瞳、そして尖った耳はまさしくエルフのもの。


「アマゾネスのレイアに、エルフのリーフ!」


 蓮華が言うと、二人は微笑む。


「覚えていてくれたのですね。光栄です」

「……」

「彼女らも私たちの一員となります」

「そりゃ別にいいんけどさ、いい加減、具体的にどういうことするのか教えてくれてもいいんじゃないか?」


 結城たちは大まかな概要は聞いているが、具体的に何をどうするのか、それが何時いつ行われるのかすら知らされていない。


「そうですね、そろそろ良いでしょう……我々は、新開発の飛空挺に乗り、山脈を越えます」




 友好を深めるにはとりあえず食事。ということで、蓮華の提案で皆で夕飯パーティをすることになった。

 場所はまるで学校の食堂のような場所だった。今ではほとんどの兵士は戦争に借り出され、残りは巡回業務などで誰も居ない。


「貸切だぜ!」


 はしゃぐ蓮華は真っ先に食堂のおばちゃんに注文する。


「オススメの肉料理!」

「おお、これは大食いそうなお嬢ちゃんだね。今は食いに来る人が少なくて食材があまりあまってたんだ。今日は何でも作ってやるよ!」


 そして長テーブル二つ分を埋め尽くすほどの料理たちが並んだ。


「こ、これは、コカトリスの甘辛龍田揚げ! ミノタウロスのA5ランクステーキ!? ユニコーンのチン…」

「蓮華ちゃん! ストップ! 女の子としてそれ以上はだめぇ!!」


 ローレライが慌てて蓮華の口を塞ぐ。


「こ、これは……」

「如何なされましたか、マスター」

「この良い感じの焼き色のついたコイツは……」

「これは、フォアグラでしょうか」


 すると調理場のほうからおばちゃんが大声で教えてくれた。


「そいつはアヒルのフォアグラだよ。本当はガチョウとかのが美味いらしいんだけど、そういうのは富裕層行きでさ」

「く、食ってもいいかな」

「どうぞ召し上がれ! ちゃんと頂きますするんだよ!」

「お、おお。頂きます」


 適当に置いてある箸でもって、柔らかいその脂身を裂いていく。硬い焼き目の奥には大量の汁を含んだ肉。それをまずは一口、ナチュラルな状態で食す。


「ッ!」


 そして急ぎでもう一口分切り分け、醤油を数滴垂らし、再び口に。


「う、美味ぁいぃッ!!」

「マスターはフォアグラは初めてですか?」

「いや、前世で何度か。割と流通してたな」

「そうですか。私も何度か口にしたことがあります。脂が多いので極稀にですが」

「うーん! 美味いぜ! ほら、みんなもっと食えよ!……おっ」


 蓮華の隣に座るのは、レイア。小さい体なのにガツガツと肉を食い散らかしている。蓮華は骨付き肉を差し出す。


「いい食いっぷりだな!」

「アマゾネスは、狩猟種族。ちゃんと食べねば、生きられぬ」


 二人はガツガツと肉を食い漁る。

 一方、エル・リーフ・ティターナのほうは困惑していた。気付いたローラが声をかける。


「どうかしました? ティターナさん」

「いえ、その、野菜がないみたいで」

「お肉は嫌いですか?」

「胃もたれ対策。私はどっちかというとお肉好きなんですけど、小食で」

「そうでしたか。待っててください。私が貰いにいきますから」

「あ、いえ、私も!」


 まずは親切から、そこから始まる友情があると、魔女は知っている。二人はおばちゃんのところへ向かう。

 そして、ある程度食事も終わり、飲み物片手に雑談タイムへと突入した。


「で、リーフとレイアの理想はなんなんだ?」


 無遠慮に、ストレートに聞く蓮華を見て、自分は余計な心配をしすぎているのだと思った。


「れ、蓮華ちゃん、唐突すぎるよ!」


 そうでもなかった。常識の範囲だった。最初に口を開いたのは、意外にもレイアだった。


「アマゾネスを最強の民族であることを証明する」


 夢見る少女の瞳ながら、その内容たるやなんと男らしい。


「へぇ、レイアも最強を目指してるんだな!」

「私じゃない。私たちだ」

「私たち?」

「私たちアマゾネスは、長い年月をかけ、優秀な遺伝子を残し、育ててきた」


 アマゾネスは女性だけの種族であり、民族だ。彼女らはどこからか優秀な技量を持つ男性を攫い、夫婦となり、子を産む。完全なる女尊男卑の社会。

 優秀な遺伝子を残すためなら何でもやる。人攫いから近親相姦。昔は男を狩るために、村一つ襲って壊滅させたという話もある。

 ただ、アマゾネスは基本的に身内に優しく、家内や身内への愛情は深い。


「強くなるために、生き残るために、より強くなるために。でも、せっかく強くなるなら、一番が良い」

「それは同感だぜ」

「だから私たちはどの種族にも劣らぬことを示し、汚らわしい男共を屈服させる」


 その言葉の終わりに、レイアは結城を睨んでいた。


「レイアは男が嫌いなのか?」


 蓮華の問いにレイアが食いつく。


「男は汚らわしい。最低だ。犬畜生にも劣る」

「レイアには嫌な思い出がありまして」


 リーフがレイアの左に座り、身を寄せる。


「かなり前のことですが、身内の男に乱暴をされて」

「ああ……それは」

「今は良くなってきた方で、でもやっぱり会話とかはちょっと」

「本当なら、男なんて皆死んじゃえばいい。でも、それだと子孫を残せない。だから、もうそんな気は起こさせないほどに蹂躙し、屈服させる。最強のアマゾネスに隷属させる」


 その深い憎悪の篭った声に、結城は慄く。気を抜けば寝首をかかれそうな気がした。とはいえ。


「それは、人間なのか」

「そうだ。お前のような人間の雄だ」

「そうか、また人間か」


 食事の手が止まる。人間のそういう、何よりも醜悪なところというのは、ここに居ても垣間見えてしまうのか。

 結城の様子に察したのか、レイランが語りかける。


「マスターが気に病む必要はございません。そのような下郎とマスターはまったく別のものです」

「まったくではないよレイラン。俺にだって、そういうところがまったく無いわけじゃない」

「ならば、それに憤りを感じられるマスターが恥じることはありません」

「そう言ってくれるのは嬉しいな」

 

 こんな世界でも人間というのはやはり、そんなもんなのだと自覚させられてしまった。

 理性でガチガチに固めろとは言わない。ただ、そこに確固たる意志さえあれば良かった。誰かが貶そうと、己だけは誇れる。そんな意志があれば。

 理性だけでは機械だが、本能だけでは野獣のそれだ。

 未だに睨みつける彼女の瞳を、見ることが出来なかった。


「次はリーフの番だぜ」

「私は、他のエルフと、友好を築けたらいいな、と」

「他のエルフ、ですか?」


 ローラが食いついた。リーフはうなずき、言葉を続ける。


「ええ。私たちエルフの半分以上は、血統を重んじるところがありまして、つまり、純粋な混じり気の無いエルフ以外は排斥する傾向があります」

「排斥とは、穏やかじゃないですね…」

「ええ。だから、次期女王として、ダークエルフやハーフエルフ、ドワーフ、様々な種族との友好を築きたいと思っているのです」

「っ!」


 ローラの瞳に光が宿る。


「わ、私も賛成です!」

「……はて? あなたは人間でしょう?」

「人間とは、仲良くしたくはありませんか?」

「いえ、というより、エルフは既に人間とはある程度の友好は築けていると」

「そうですね。でも、私の理想は、全ての人間、魔族を隔てぬ世界平和です。エルフ同士の関係も、私の理想の範疇ですから」

「世界平和って……あなたは、まさかあの、魔女のローレライ・アンジュ?」


 リーフは目を丸くすると、ローレライはおかしそうにくすりと笑う。


「はい。私は魔女のローレライですよ」


 どうやらローレライという名はかなり有名らしかった。


「ローレライはそんなに有名なのか」

「有名も何も、この世界のあらゆる種族が少なくとも一部は相互理解できるようになったのは彼女のおかげではありませんか」


 確かに人肉養殖とか割とぶっ飛んだことをしているとは思っていたが、もしかして、超の付くほどの偉人なのでは。


「大げさですよ。私はただの、一人の魔女です」

「一人じゃないぜ!」


 ローレライの表情に一瞬の影が差した。瞬間、蓮華がそれをかき消した。


「ローラは一人なんかじゃないぜ?」

「ふふっ、そうだね。蓮華ちゃん」


 それを見て、リーフは驚きつつも、表情が綻んだ。


「さすがですね。異種エルフへの迫害なんて、魔女狩りに比べたらとても小さいことに思えます」

「そうですね。今でもまだ、魔女への偏見は多く、危険な魔女も確かに多い。エルフとは根本が違いますね。でも、それでも私は、きっと解決できると信じています」


 二人の理想もやはり、生半可なものではなかった。とはいえ、二人とも一粒の諦めも無く、全力で理想を追いかけていた。


「俺も、なんとかやってみるかな」



 そして、二人が加わってから一週間、結城たちがここに来て9日が経過した。





 アルカディアの東方は、人が住む場所があるのみならず、牧畜や建造建設もしている多様な場所だ。

 その中でも端にある工場にその飛空挺はあった。

 外見はほとんど通常の木造船。後方と上部にプロペラがついていることを除けば、それは大きな船と言う外見であった。


「行くぞ!」



 男の声がして、その後にプロペラが回りだした。


「よし、そのままだ。ドーム開け!」


 工場の天井は針金と布作られた屋根だった。それがからくり仕掛けでカラカラ音を立てながら左右に割れ、開放される。青い空が覗き、太陽が照らす。


「出力上げろ!上昇!」


 プロペラの回転がより早くなる。すると、船が微かに浮き始めた。


「よしっ! よぅしッ!!」


 徐々に、確実に浮き上がり、やがては城の天辺も越えた。


「オッシャ!成功だッ!!」


作業員たちは喜びを分かち合っている。


「俺たちの最高傑作、《スカーレット・バロン》。苦労して作ったんだ。必ず成功させてくれよッ!」




 ということで、結城たちは飛空挺に乗っていた。

 既に国は遥か下。周囲は青い空に山の頂点。南方には青い海が見え、北方の雪山や山脈の頂上と同じ高さに居る。


「まさか飛空挺に乗れるなんてな!」


 結城は興奮しながら船のあちこちを観察している。


「加えて生のエルフやアマゾネスに会えるなんて」


 あの時は戦いの場だったために気付かなかったが、彼ら二人は結城にとって幻想の生き物なのだった。

 この世界に来たときにピクシー・チェリーと会ったときのように楽しんでいる。


「改めてよろしくお願いしますね」

「よろしく……」

「マスターが楽しそうで何よりです」


 レイランは至福の表情で主を眺めていた。



 椿が船頭でじっと遠くを眺めている。ふと、上を見る。


「来ましたか」


 そこには五匹の飛竜ワイバーンがV字に編隊を組んで飛んでいる姿があった。五匹は徐々にこちらに近づき、やがて船を囲む。そして先頭の竜に乗っている魔女がこちらを向き、


「特別精鋭の方々ですね。スカイラット隊、これより山脈を越えるまで貴君らの護衛を務めます。よろしく」

「よろしくお願いします。」


 突如現れた飛竜に、結城はやはり釘付けになった。


「すごいな。ドラゴン?」

「いえマスター、これは飛竜です。ドラゴンというよりは翼の生えたトカゲ程度のものです」

「へぇ、これが……」


 ふとローラと蓮華が横に並んだ。


「飛竜を見るのは初めてですか?」

「まあ、生では初めて。ローレライは見慣れてるんだろうな」

「そうですね。一応、飛竜の育成や竜騎士への貸し出しの仕事もありますから」


 本当にローレライは手幅が広い。人間と魔物や人外との繋がりをしっかり作っている。


「あ、そろそろ山脈上空ですよ」


 険しい岩肌の山脈が空の切れ目まで広がっている。ここを越えればユートピアの領土だ。




「レイランはさ」


 空を眺める結城。傍らにはレイランが控えている。


「はい」

「俺のどこを見て、自分の主にしたいと思ったの?」


 西に進む飛空挺。流れる景色の遥か向こうに、青い海が見える。日の光がキラキラと反射している。


「あなたを初めて見たとき、抱いた印象は優しい人、でした」

「優しい?」

「虫も殺めないような。むしろ時に虫でさえ見過ごさずに助けてしまう。そんなお人好し、といったところでしょうか」

「お人好しかぁ、なるほどなぁ」


 結城はくすりと笑う。


「マスターは、このような言葉をご存知でしょうか。強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格が無い。と」

「どこかで聞いたことがあるな。どこの誰が言ったかは覚えてないが」

「きっと、あなたはどのような価値観と対峙しても、それを納得できずとも理解し、思いやるほどに優しい」

「……それで?」

「ですが、優しい者は悪しき者におとしめられるのが世の常です。あなたの生前も、おそらくそうだったのでは」

「ん、まあ。思い当たるところは、あるかな」

「失礼ながら、マスターは脆弱です。優しさに見合う強さが、あなたにはなかった。それはあなたと剣を重ね交わした時に分かりました」


 結城は耳が痛いな、と苦笑する。


「だから、私はあなたの従者に、剣になったのです。優しいあなたを守り、意志を貫く。あなただけの剣に」


 海からレイランに目を向ける。彼女は結城をまっすぐ見つめ、綺麗な微笑のまま。


「長々とお話してしまいましたが、あなたの底知れぬ優しさに惹かれ、優しいあなたを守りたいと思った。ただそれだけのことです」


 ふとレイランが剣に手をかけ、飛空挺の進行方向を見る。


「マスター」

「どうした?」

「敵です」




「敵だ!敵襲!」

 四機の鉄の鳥、戦闘機が飛空挺とすれ違い、旋回して後方についた。

「させません!」

 船の後部。ローレライが立つ。

「天魔の加護よ、天駆ける船に祝福を!」

 詠唱、というよりは、語りかけるような口ぶり。船体が仄かな光を纏う。

 続いてローラは後方に手を伸ばす。

「魔性にして魔障。その性質は障壁。如何なる者も遮れ」

 戦闘機が火を放つ。いくつもの弾丸と鉄の筒が撃ち込まれる。

「マジックシールド!!」

 船の後方を覆うほどのオーロラが、弾丸とミサイルを受け止めた。

「護衛の皆さん! 攻撃はお任せします!」



 飛竜が戦闘機の上空につき、魔法使いたちがファイアーボールを一斉に撃つ。

 いくつかが掠め、いくつかが直撃する。しかし大したダメージを与えられた様子は無い。

「くっ、火力が足りない!」

 すると四機のうち二機が飛竜のほうへ向かう。

「来たぞ!」

「分かってる!」



「随分硬い。腕の立つ魔女か」

 二機の鉄の筒や機銃の弾丸をもう何度も撃ちこんでいる。弾も残り少ないが、後部に立つ魔女の顔色は焦りの一つも見せない。

「角度を変える。お前は下方、俺は上方から行く」

「了解」

 二機の戦闘機は二手に別れ、一機は上昇、一機は下降する。

「ローラ!」

「うん!」

 ローラが手を前に翳すと、魔法陣が空中に描かれる。そこから突如現れたのは、彼らが乗るより少し大きい飛竜。蓮華が空中に飛び出し、飛竜が蓮華を背に乗せた。

「行くぜ!」

 蓮華は下降した戦闘機を追う。

「魔剣・ダクスオン」

 レイランが刀身の黒い剣を取り出す。一体どこに仕込んでいたのか分からないが。

「レイラン、それは……」

「魔力を宿した剣です。この世の理論や法則を超越し、持ち主の技量に合わせた斬撃波を放てます」

 ひょいと跳んで昇っていき、帆の上に立った。その目には上昇から急降下してくる戦闘機が見える。

「行きます」

 右手で握る剣を大きく左に引き絞る。

「なんだこの女は……まあいい。チェックメイトだ」

 鉄の筒が放たれる。同時に魔剣も空を裂く。

「フッッ!!」

 巨大な紫色の三日月が高速で突き進む。鉄の筒を左右に両断し、緊急回避した戦闘機を前後に切り裂いた。

 空戦において、初めてユートピア軍機が落とされた瞬間だった。



 一方、飛空挺真下の蓮華は戦闘機の操縦席のガラスに張り付いていた。

「な、なんだこのデタラメな奴は!」

 急旋回や回転で振り落としを試みるも、がっちりと張り付いている。

「行くぜ!」

 右手を大きく振りかぶり、堅く握り締める。ただただ強く、強く。

「うらァッ!!」

 衝突、ガラスを突き破り、拳が内部まで進入した。

「うおおお!!?」

 たまらず声を上げる操縦士。思わず脱出装置を作動させた。するとさすがに蓮華も吹っ飛び、操縦士はパラシュートで降下した。

 操縦士を失った戦闘機は山脈の岩肌に叩きつけられ爆発四散した。



「応答しろジャック! デル!」

「俺たちが落とされただと……マーク。一旦戻るぞ」

「隊長!せめてこのトカゲ共を全員撃ち落して……」

「問題ない。どうせこいつらも無事に山脈を越えられん。敵地の中でやがて死ぬ」

「……くそッ!」

 二機の戦闘機は飛竜に背を向け、飛空挺を追い抜き西に撤退していく。


「き、切り抜けたのか」


 レイランのあの技。戦闘機すらも一刀両断した斬撃。あまりに強力すぎて見惚れてしまった。

 思い返しているうちに、レイランが帆の上からこっちに飛び降り、目の前で着地した。


「いかがでしたでしょうか、私の技量は」

「ああ、うん。すごいと思うよ。てか、デタラメだと思うよ」

「お気に召していただけたようで何よりです」


 頬を僅かに染める姿は、まるで父親に褒められた娘のようだ。

 聞いた話だとシルファン家は随分と厳しいようだ。剣術の道場らしいので、おそらく褒められることも少なかったのか。


「魔剣の斬撃波、強力だったな。あれを俺との試合で使われなくてよかった」

「これは近接戦闘にはあまり意味を成さないと思いますよ」


 普段のレイランの剣は一般的なソードだ。何の変哲も無い。それで相手の剣すら切断するというのだから、なんとかは筆を選ばずといったやつだ。


「斬撃波は本人の技量に合わせた威力を持ちます。単純に飛距離が伸びるだけのことです」

「えっ、じゃあ戦闘機が切れたのは魔剣の力じゃなくて……」


 相手が遠くなく、飛んでいなかったら……つまり間合いの外でなければ、レイランは戦闘機をさえも


「おーい!」


 今度はくるくると回転しながら蓮華が着地した。衝撃で新品の船に傷が出来てしまった。


「いやぁ、スリルがあってよかったぜ」

「お疲れ様、蓮華ちゃん」


 ローレライも駆け寄ってくる。


「ローラの魔法も全然衰えてないな。船に傷一つ付いてないぜ」

「蓮華ちゃんが今足元に作っちゃったよ?」

「あははは!……っ!?」


 衝撃。とてつもなく船が揺れた。


「な、なんだ?!」

「マスター!」


 結城は駆け出し、船の端で周囲を見回す。すると、飛竜が下方からの何かにぶつかり、爆発し、墜落した。

 下を見る。山脈の端まで来ていたようで、先は平野が続いている。


「どこから……あれは」


 山と山の間。そこに見える機械。

 見ているとそこから何かが発射され、また別の飛竜を撃ち落した。残り3匹。


「ち、地対空ミサイル?」


 これはまずい。ここまで来て火達磨になって墜落なんて冗談ではない。


「飛竜隊! こっちに来い! 船を盾にしろ!」

「な、何を言う!我々は貴君らの護衛を……」

「もう2匹やられてるんだぞ! 全滅したいか!」


 爆発と共に船が揺れる。振り落とされそうになるのを何とか堪え、手を振る。


「早くこっちに来い! 早くッ!」


 三匹のワイバーンが船の真上にくる。

 するとまた新たな影が船の前方を塞いだ。


「戦闘ヘリだ!」


 機銃が火を噴き、飛竜の一匹をズタボロにする。力なく、操縦士と魔法使いと一緒に落ちていく。


「えいっ!」


 ローレライが手を前に突き出す。すると突然ヘリが爆発する。


「鉄の筒は爆薬みたいですね。熱で引火させれば倒せます!」


 しかし三度目の揺れが船を襲う。たまらず操縦者と椿が船室から出てくる。


「もう船が持たねぇぞ!」

「結城、状況はどうなってますか」

「護衛が三匹やられた。地上からのミサイル攻撃だ」

「ミサイル……?」

「あの鉄の筒のことだ」

「ああ、なるほど。仕方ありません。操縦者。強行着陸してください」

「なっ、だ、大丈夫なのか!?」

「墜落して全滅よりは幾分マシでしょう。早く」

「わ、分かった!」


 慌てて操縦士のおっさんは船室へ戻る。


「ローラは船体を魔法で出来る限り保護してください。結城、蓮華、レイランは着陸の衝撃に備えて」

「わ、分かった」

「了解」

「おう!」

「はい!」


 椿はあくまで冷静だった。やはり只者ではない。


「出来る限り、ここから遠くへ着陸出来れば良いのですけど……」


 椿は船室に戻る。激しく揺れる船の中で、テーブルの上の地図を眺めた。


「ここで不時着したとしてもユートピアには遠い。むしろ準備もなしに突撃するのは無謀、なら、進路は南の砂漠か、北の山岳地帯か……」


 北の山岳は岩山の多い、仙人が住むという噂の場所だ。環境も険しく、ユートピアも侵攻を後回しにしている。

 対して南の砂漠は過酷ながらもユートピアが占領した町、ガンダーラがある。

 一時こちらで占領したが、すぐに占領されてしまった今は、敵の拠点の一つであり、安全無欠の勇者らが戦う艦隊にとっての拠点。

 一方を選べば、もう一方には行けないだろう。一か八かの選択。


「ここは……!」

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