12話目 Mercenary
「コンバットナイフか。そろそろ買い換えるか」
ナイフは様々な用途で使う。器量さえあれば用途は無限だ。
グレイはとある地下の武器店を訪れていた。ユートピアの技術をふんだんに使った強力な銃器やナイフが流通している。いわゆる裏ルートで仕入れている店だ。
石の牢獄のような部屋を、蝋燭の火が様々な武器を照らす。
「おっ、これ良さげだな」
肉厚の刃のナイフに手を伸ばす。突如それが別の手に取られる。
「あっ、おいそれ……」
「へぇ、随分と目がいいな」
グレイは隣の人間を見て、硬直した。
「これはかなり頑丈なタイプだ。とはいえお前に扱いきれるのか……なんだ」
「お、お前は、決勝戦の……」
「んん? ああ。お前はあのときの観客か。客の中で唯一、血と硝煙の嗅ぎ慣れた臭いのする奴だったから覚えている」
そこにいたのは、あの決勝戦で蓮華と互角に戦った死神だった。
黒い髪、黒いジャケット服、大口径の拳銃が腰に二丁。黒のコンバットナイフ一本がジャケットの内側から覗く。
「お前がどうしてここに……」
「正気で聞いてるのか。お前は俺が戦うときに何を使っていたのか、それすらも忘れるほどなのか」
そう、この死神は銃使い。傭兵としてそれなりにやってきて、技術もそこらへんの雑兵とは比べ物にならないが、こいつは人間のそれではない。
「もっとも、あの時はレイランの意思を尊重して殺さないでやったが、殺せるならあっという間に終わらせられたが。お前は蓮華の知り合いか」
「い、一応同じアパートの住人だ」
「なるほどな。おそらくお前のところに剣馬鹿娘が転がり込んだろう」
「ああ、レイラン、だったか」
「そうだ。あいつは結城と言う男に心底惚れ込んだようだ。奴も面倒な奴だ。国王だろうとなんだろうとぶっ殺してしまえば同じだろうに」
死神の言い草を聞いて確信した。
やはりこいつはぶっ飛んでいる。人間の命なんて蚊か何かと同程度の価値にしか見てない。
「しかしその武器の買い込み方。戦争にでも行く気か」
グレイの手持ちはショットガン、グレネードランチャーを背に、大型拳銃、小型拳銃を腰に。コンバットナイフを一本腕に、ククリナイフを腰の後ろに。サブマシンガンを二丁。スナイパーライフルをケースに入れて一つ。
「一応傭兵だからな。装備は自費で整えてる」
「傭兵? なるほどな」
さっさと済ませて南の港町に向かおう。そう思い、グレイは会計を済ませる。
「どこまで進んだ」
「南方港町から海を渡っ西側の砂漠地帯を制圧」
「なるほど。数ヶ月前、砂漠で一個大隊が船に乗り込む前に全滅したのはお前の仕業だったか」
「あんた、まさかユートピアの…」
死神は片手で柄から刃に持ち替え、グレイに差し出す。
「お前の名は?」
恐る恐るナイフを受け取り、名乗る。
「俺はグレイ。傭兵をやってる。あんたは」
「朱。朱色の朱だ。ガンスリンガーだ」
二人は階段を上り、路地裏に出る。
「山脈を避けるために岸に沿って船で移動か。あそこは海軍と空軍のちょうど境目だな」
「現状で一番確実で安全なのはそれしかないんでね。山脈で空軍に爆撃食らうのも、海で遭難するのも御免だ」
「ほう……」
グレイは大通りに出て、南にある出口へと向かう。
「あのメーカーの銃はバランスが良いからな」
「だが威力が弱すぎる。やはりブラッディ・シリーズの銃が至高だろうが」
「あの浪漫溢れる威力は確かに魅力だけどなぁ、俺には使いこなせない」
「威力が強いから使いにくいなんていうのは印象の問題だ。ようは慣れだ、慣れ」
気付けばガントークに耽っていた。
存外面白い奴だとグレイは思った。結局自分も人殺しで金を稼ぐ人間だ。そこまでの差など元々なかったのだ。
「ところでグレイ。お前は何のために殺し合いをする」
「何を急に」
「俺はただの趣味だ。殺すのが趣味なのではない。殺し合いが面白いのだ。お前は? 金か、娯楽か、道楽か」
「そんなもん決まってる。英雄と呼ばれるためだ」
「英雄? 人殺しのか」
「英雄に人殺しもなにもない。敵を殺すのに人間も獣もない。ただ敵を殺す、それだけで英雄になれる。最高じゃねえか?」
朱に微かに驚きの表情が浮かぶ。
「それに人間なんてろくでもない生き物に、その命に尊さなんてありゃしないさ」
「……クク、クッハッハッハ!! 面白い! 面白いぞ傭兵!」
朱は立ち止まり、銃を構える。
「レイランとも離れ、ちょうどフリーだ。お前の理想に付き合ってやる、戦場ならば飽きもすまい」
気まぐれな朱を連れていくことになり、二人はアルカディアから南に向かう。
緑の平原と青い空がどこまでも続く。
ここからユートピアに行くには西方にある山脈を越えなければならない。一応道はあるが、現在は鉄の鳥を主力としたユートピア空軍に制空権を奪われているので、死にに行くようなものだ。
なので南方にある港町に向かう。
港町の人々は漁業を営み、アルカディアに魚を届け、その報酬として金銭を得ている。
現在ではユートピア海軍に抵抗するため、アルカディア海軍がそこで待機している。噂の安全無欠の勇者もそこから出撃し、ユートピア海軍と激戦を繰り広げている。
「だが俺たち傭兵はそんな馬鹿みたいな正面突破はしない。岸に沿って山脈を迂回する形で航海し、更に西方、ユートピアからは南方にある砂漠の民が住む場所、ガンダーラに向かう。夜のうちにな」
ガンダーラ。山脈を越え、南西に海岸に沿って向かえばたどり着ける砂漠の地にある国。西側の漁業を担っている国だ。今はユートピアに侵略されてる。
「前に来たときに奪還したぞ?」
「空軍が出張ったせいで占拠していたアルカディア軍は全滅した。二度目の陥落を許してしまった」
「マジかよ、あそこかなり苦労したんだぞ。砂漠しんどいのに」
グレイは港町にたどり着く。この町のシンボルである高い白の灯台。西洋風の赤茶の石畳に、立ち並ぶ家々。
遠くからでも見えるほど大きな船が並ぶ。漁船ではない、軍船だ。
「あれがユートピアの軍艦に対抗できるのか」
「向こうには無い、いわゆる魔法とかも使ってるからな」
敵の砲撃や弾丸、雷撃さえもエルフや魔女が協力し、魔法で防御や攻撃を行う。こちら側の砲弾にも魔法を付与し、破壊力を増強したりと様々な工夫を凝らしている。
グレイは急勾配の坂道を降り、ふと小道に入る。曲がりくねる道を進み、とある扉の前に立つ。
そこで二回叩く。
「新聞なら間に合ってる」
「今日はどこから火の手が上がる?」
奥から聞こえる老人の声に、グレイがそう応えると、しばしの沈黙が流れる。
「……灯台だ」
グレイは海沿いの白い灯台に来ていた。中に入ると、様々な人間、だけでなく、人外も居た。
「おお! グレイじゃん!」
そう声をかけてきたのは、鋭い目つきの黒人の若い男。
「ようザック」
「お前がいれば勝つことはあっても負けることはまず無ぇ。今回はツいてるぜ!」
「気ぃ抜きすぎだろ」
はしゃぐザックに苦笑するグレイ。
「で、そこの美人さんは誰よ」
「こいつは朱。かなり腕の立つガンスリンガーだ」
「へぇ? お前が言うなら余程だな。よろしく頼むぜ朱」
手を差し出すザックの手を見る。
「なるほど、これがこの国の傭兵か」
朱は差し出された手を握り……即座に左手でナイフを突きつける。
刃がその喉を掻っ切るかと思われた瞬間、ザックの左手がそれを掴んだ。
「ったく、血の気が多くない? せっかくの美人さんが台無しだ」
「なるほど、義手か」
朱はナイフを引く。ザックの左手の白い手袋の裂け目から、鋼鉄の色が覗いていた。
「ああ、昔トチっちまった」
「なあザック」
不意にグレイが問う。
「なんだよグレイ」
「朱って女だったのか?」
灯台の中は吹き抜けになっており、壁沿いに螺旋の階段がかかっている。
「おいザック」
「なんだよグレイ」
「お前、いつから幼女趣味になったんだ?」
見れば、ザックの足元には、色白の少女が一人。
「やめろ馬鹿! また黒人批判が増える」
「冗談だって! それにこの世界で黒人も白人もないだろ?」
各々が各々の理想をもって臨むこの世界。人種でモノを判断する輩は少数だ。
「他人に興味ないだけだろ……それと、ユートピアは割と人種差別激しいらしいぞ」
「そりゃ初耳だ。で、結局その子は誰だ?」
よく見れば本当に可愛いらしい。端正な顔立ちに、短く切り揃えたプラチナブロンドの髪、透き通るような青眼。結城がグランプリの決勝戦で戦ってた女性と同じ匂いがする。
「初めまして、アイス・バイエルンです。ザックの娘です」
「はっ?」
まず、とんでもなく礼儀正しいことに驚いた。そして間髪いれずにあのザックの娘だということに驚き、動揺した。
「おま、嫁いたの!?」
「あれ?言ってなかったっけ。まあな! お前も早く綺麗な嫁さん見つけるんだな!」
「うるせぇ! にしても、なんで自分の娘をこんなところに」
「そりゃお前、こいつが俺の相棒だからな」
「娘が相棒? 正気かお前は」
「今はまだ色々未熟だけどよ、いずれは一流の傭兵として背中を預けられるくらいの相棒にするんだよ」
「私も早くパパの相棒になりたいわ!」
きゃっきゃとザックにしがみつくアイス。
「はっはっは! こらこら、人が見てるだろう?」
暢気なものだ。とはいえ、そういうことなら協力するしかない。
「おい、お前ら本当に正気か。ガキを戦場に出すなんぞ」
「ガキって言っても、本場の訓練は一応させてる。狩りや調理、一通りのサバイバル技術は身につけさせた。後は本番だけだ」
微笑む少女の頭を撫でるザック。朱は舌打する。
「……まあ、いい。俺には関係の無いことだ」
「で、今回はどの手段で行くんだよ?」
「聞いて驚け? なんと今回は潜水艦を使うらしい」
「また妙なものを拾ってきたんだな」
こちら側の言う潜水艦は、外見は鉄で出来た樽だ。それを複数の魔法使いが透視などを使って航行するらしい。
「出発は今夜。航行期間は三日だ」
「のんびりしてんな」
「しょうがねぇって。前回のせいで海上の警備が強化されちまったらしい。その分、本国の艦隊は楽できてるんじゃね?」
「まったく、せっかくの占領地をみすみす奪い返されるような本国とはなぁ」
「しょうがねぇって。向こうは優秀なエリートの大集団。比べてこっちは天才がぽつりぽつり混じる有象無象だ」
「お前はどっちだ?」
「俺?そうさなぁ」
すると突如、扉が開かれ、一人の男が現れる。
「時間だ。これより作戦を決行する」
「おっ、来たな」
グレイ達は立ち上がる。彼らはこれから戦争に向かうのだ。




