8話目 グランプリ
一戦目。結城と蓮華は円形の舞台の上で、二人の騎士と対峙する。
「元々は貴族が交流の手合わせをする場所だったと言うのに、どうしてこのような野良まで」
「まったくですな。そろそろこの場所を我々で取り戻さなければ」
顔は兜で見えない。全身を甲冑で覆っているので、拳銃ですら通用しなさそうだ。
「にしても酷い言われようだな」
「気にするな結城。そういう奴はどこにでもいるもんさ。私たちは私たちのバトルを楽しもうぜ?」
屈託のない笑みを寄越して言ってくれる蓮華。それに応えるためにも、全力で向かおう。
「ああ、そうだな」
審判がルールの確認をするため中央に現われる。どうやら魔女らしく、三角帽子に箒、黒の外套と魔女らしさをこれでもかとアピールした姿。帽子の鍔で顔は見えないが、女性らしい雰囲気がある。
「お互いの持ちうる全てを以て、己が最強を示せ。一回戦…開始ッ!」
魔女の体が突如発光し、弾ける音と共に消えた。
「とりあえず様子見を……」
次の瞬間、蓮華は騎士の眼前にまで迫っていた。
「ヌオッ!?」
慌てて剣を抜いて切りかかる。が、蓮華の左手が無造作に剣を握る騎士の手を掴んで止めた。
「!?」
「よっこら……」
重い甲冑を身につけた騎士の体が片手で容易に持ち上げられ、蓮華はそのまま回る。
「せっとぉ!!」
一回転して勢いがついたところで、もう一人の騎士のほうへ投げ飛ばす。
「う、うわぁあああああ!! ぐへぇっ!」
砲弾のように飛んだ騎士が相方と激突し、地面に打ち付けられながら転がり跳ねていき、最終的に場外の客席の壁に叩き付けられたところで終わった。
「し、勝負ありッ!!」
「よっしゃ! 勝ったぜ結城!」
「お、おう……」
鬼との戦闘を見たときも思ったが、この少女は本当に度肝を抜く戦い方をしてくれる。これが彼女の理想だったのだろうか。
そんな展開を観客席の最前列で見ていたグレイとローレライ。
「俺があいつに、まずは様子を見ろって助言してやったのはつまりこういうことだ」
「確かに適切でしたね。蓮華ちゃんはとりあえず突っ込んでいくタイプですから」
大抵の敵は蓮華一人で圧倒してくれる。運がよければ最後まで結城が活躍することはないだろう。
「ただ、今回は妙に臭い」
「臭い?」
「ああ、血生臭い。今日は強烈だ。まるで戦場にでもいるみたいだ。こりゃなんかあるな」
その予感は的中した。
一回戦・第4試合
結城と蓮華も観戦していた。見ることも経験のうちである。
「あっ! あれは」
結城は片方の選手に見覚えがあった。
珍しい特徴的な青いドレス。前面の開いた兜と、膨らんだ胸を守る胸当て。それ以外は甲冑らしいものは何も身につけていない。チェリーと共にこの国を観光したときに見た剣士だ。
「あいつだ。あれが血生臭さの元だな」
「えっ、あの剣士が?」
「いや、相方のほうだ」
見ると、剣士の隣には黒い衣服で身を包んだ人がいた。長い黒髪で、顔は見えない。男か女かも分からない。
分かるのは、その腰にさげている銃から、銃士であるということだけ
「近距離の剣に遠距離の銃か。基本ではあるが、レベルがそこらの奴らとは違いすぎる。」
それと対峙するのは、重火器を全身に背負った大男と、和風の甲冑を着込んだ武士。
「グハハ! この火力ならなんのことはない!立ちはだかる者を肉の瓦礫にしてやるわ!」
「ふん。拙者のような名門が組む相手がまさか、うぬのような路傍の者とは」
タッグを組むにしてはまったくかみ合ってない。グレイはため息を一つしてから。
「ありゃチームワーク最低だな……とはいえ、あの火力、それに殺気、割とやるかもしれん」
「朱、くれぐれも死人を出さないように」
「喧しい。何度目だレイラン。それは相手に命からがら生き延びられるくらいの腕があることを祈れ」
あまりに物騒なやり取りを目の当たりにして、グレイは苦笑する。
「向こうもよっぽどだな」
そして、試合開始。
こんなお子様共が一回戦とは、随分楽なもんだ。
「行くぞオラァ!!」
てめぇらにはこのミニガンで十分だ! 精々逃げ回りな!
「おせぇよ、馬鹿」
馬鹿はテメェだ! くたばりやがれ!
「……アッ?」
なんだ? 動かねぇ!? んな莫迦な! あのクソジジイ、ガラクタ売りつけやが……
「ひぃッ!?」
……はっ?
なんで?なんで無いんだ?
嘘だろ!? 分からねぇ! なんだよこれぇ!?
何で無いんだよぉッ!!!
「お、れの、指……」
肥え太った豚が筋肉を仕込んだような男が断末魔を上げる。
「チッ、役立たずめがッ」
舌打ち一つ置き、駆け出す。ここは戦の場。敵が女子供であろうと容赦も油断もせん。
「エェイャッ!」
狙うは青い礼装の若造だ。そのナリで剣を持つとは、剣の道も甘く見られたものだ。
振り上げた刀で、一気に叩っ斬る。
「獲っ…」
完璧なタイミング、完璧な動作。その斬撃が敵を切り裂くイメージが浮かぶ。
「うぐぇっ!?」
手ごたえの代わりに、腹部を強烈な衝撃が貫き、武士の視界は闇に閉ざされた。
「勝者、レイラン&朱ペア!!」
勝利宣言を聞くまでも無く、二人は舞台を後にした。レイランと呼ばれた者だけが、舞台に向かって一礼をしてから背を向けた。
「と、とんでもねぇな」
「グレイ、俺に解説してくれないか? ぜんぜん理解が追いつけない」
「ああ……まず、ガトリングを構えた大男の指を、即座にあの朱が拳銃で吹っ飛ばした。にしてもあの音と手のぶっ壊れ方は間違いなく大口径の銃だぞ? それであんな精密な射撃を……」
そして大男は戦意を喪失した。次は剣のほうだ。蓮火が口を開いた。
「あれは簡単だぜ。武士が切りかかったところに深く踏み込んで、柄の部分で腹部をド突いた。そのまま吹っ飛んだ衝撃で気絶したんだ」
蓮華以外にこんなデタラメがあるとは、結城は驚愕した。
「すっごいぜ! すっごいぜ!! 今度の大会は!」
ものすごい興奮具合で、蓮火は両手を握り締めうずくまっている。
「あんな強い奴が相手になるなんて! 楽しみすぎる! ああ、早く戦いたいぜ!」
「蓮華、ちょっと落ち着いて…」
「どんな技を使う? どんな理想で戦う? どんな力を見せてくれる!? うおおおッ!! これはいいぜ! ひっさびさに、滾るッッ!!!」
興奮した蓮華を止められるものは居なかった。一流の武人も剣士も、魔法使いですら相手にならなかった。
二回戦の相手は二組の魔女。
「ファイアボール!」
炎の球体が放たれる。
「弱い!」
拳で弾き飛ばした。
「燃えて尽き、熱して溶け、焼かれて果て…」
「長い!」
拳一つを鳩尾に叩き込んで気絶させた。
三回戦は武人
壮絶な打撃を受けながらも、的確に一撃の拳を叩き込んで終わった
頑強にして強力。あまりに人の身を凌駕しすぎたそれを、蓮華は確かに体現していた。
「それはおそらく法理です」
ローレライはそう言った。
ここは控え室。畳の上のちゃぶ台で、蓮華は夢中で弁当を食べている。
「法理?」
「はい。世界にはそれぞれ、その世界の法則と理屈があります。即ち、世界を存在させ、存在を構成する要素。それを法理と呼びます」
「その法理ってのは具体的にどういうものなんだ?」
「例えば、木は火に燃え、水で育ち、水は火で打ち消しあう。そういった事象を法といい、その法の根源となるものを理と言います。この法と理は、法理と呼ばれ、存在を成します。そういった法理の内容は世界ごとに小さく、或いは大きく異なり、それは神が設定したものである。と私は見ています」
法理と存在。またえらく難しい話が出てきてしまった。
「結城さんの世界には、アニメとかありませんでした? 例えば魔法ものの」
「あー、あったな」
「作品ごとに魔法の意味とかが異なりませんでしたか?」
そういえば確かに、微細な違いはあった。
「それは魔法を構成する法理の設定が違うからです。世界が違えば法理も違う。ギャグアニメやシリアスアニメの違いもそうです」
「じゃあ、魔法がない世界はどうなんだ?」
「その世界に魔法が無いならば、魔法の法理が設定されてないんですよ。法理の無いものは存在できないですから」
法+理=法理=存在 というわけだ。そして、この世界では理想を抱く強さが力に変換される。
そういう法理、設定なのだ
法理。そうか、じゃあ自分が前居た世界は。
「よくもまあ、あんな何も無い世界があったもんだな」
「ふふっ。でもそんな世界でも諦めなかったから、この世界に来れたんですよね。尊敬します」
「それはこの世界の全ての奴らがそうだろ?」
この世界に来れたということは、諦めなかったことの証。それだけが誇りで、それ以外の何もかもを捨てた人々。
友人も、恋人も、親類縁者の存在すら及ばぬ、純度100%の執着だ。
「むぐ、理想を叶えるために、んぐっ、っぷは! 必要なものは一つだけだぜ」
ごちそうさん! と言って立ち上がる蓮華。
「人間の体に備わった中で、誰よりも突出した力と個性だけだぜ!」
準備万端といったふうだ。結城も立ち上がる。
「よし。行くか」
「おう! 準決勝だ!」
次の相手はエルフとアマゾネス。女性二人だ。
アマゾネスの少女。褐色の肌に茶髪赤眼。
装備は弓矢と短剣。そして両腕に装着された鉤爪。
しかしそれより目を奪うのは露出の高い服。服と言うか布で局部を巻きつけただけの身軽なスタイル。観客が大歓声を上げるのも無理は無い。グレイもまた鼻の下を伸ばしている。
「アマゾネスか、戦場でよく見かける。こっちの味方としてな」
「アマゾネスは女尊男卑の社会を形成している種族ですね。その遺伝子は他の人種より優秀で、質の良い強靭な肉体と魔法耐性を有します。武器の扱いに長けます。俊敏さを最優先してあの格好なんでしょう」
エルフの乙女。色白の肌を緑の服で隠している。金髪碧眼が印象的な、まさに美人。
装備は弓矢、レイピア。
「エルフか。相手国の戦車とかいうのに爆発魔法カマしてたのを見たことがある」
「エルフは魔法が得意です。金髪碧眼を見ると、純粋なエルフみたいですね。アマゾネスとは対照的に魔法に長けています。ただ魔力で身体強化しているのがほとんどですから、ほぼ互角ですね。ちなみにアマゾネスとエルフは良きライバル関係にあります」
ローレライはやや表情を曇らす。
「どうしたよ? ローレライ」
「いえ、今までと違って強めの相手なので、蓮華ちゃんが遊ぶんだろうなって」
「あー、結城がちょっと不憫だな。まだ訓練も一ヶ月してないし、実践だってコレが始めてだ。せいぜい怪我しなけりゃ御の字ってとこか」
「むぅ」
「蓮華、どうかした?」
舞台の上、試合開始直前に、相手の方を熱心に見ている。
「向こうの茶色い方とは仲良くなれそうだな」
「あのエルフっぽいほうは駄目なのか」
「あっちはローラと仲良くなれそうだな。エルフ魔法使うし」
「あー、なるほど」
「あと胸」
見れば、アマゾネスの方はやや膨らみかけた程度だが、エルフの方は大きく、さながらたわわな果実のようだ。
「アレ絶対魔法でごまかしてるだろ……赦せないぜ」
すると、相手が唐突に動いた。
「私はエルフ。エル・リーフ・ティターナ! 貴方たちとは良き戦いが出来そうです」
背の中ほどまで伸ばした風に揺れる金髪は本当に綺麗で、清涼感があった。尖った耳が髪の隙間から覗いている。紛れも無いエルフ。
「へぇ、律儀な……私は蓮華! 楽しく戦おうぜ!」
蓮華は楽しそうに挨拶を返した。するとティターナの方も微笑み、隣のアマゾネスに手招きする。
「ほら、レイアも挨拶して」
促されて、レイアと呼ばれたアマゾネスの少女はイヤイヤながら一歩前へ出る。
「……我が名はレイアだ。よろしく」
素っ気無く、小さく頭を下げた。短く切り揃えた髪はやはり実戦を意識したものか、しかしまだ顔に幼さが残る。
それでも準決勝まで勝ち進んだ猛者であることに変わりないのだが。
「それじゃあ結城もだ!」
「えっ? あ、ああ。結城です。どうぞよろしく」
自分もアマゾネスの方、レイアとのほうが気が合いそうだ。
「試合開始ッ!」
合図と共にレイアが弾丸のように飛び出してくる。蓮華は迎え撃つにしても過度な速度で駆けだす。
「来い!」
「……ッ!」
お互いがお互いの間合いに踏み込み、互いの一撃を繰り出す。蓮華の拳とレイアの爪がすれ違う。
瞬間、レイアの姿が忽然と消えた。
「うおっ!?」
反射的に分かった。狙いは結城だ。飛び越えられた!?
「くっそッ! 結城逃げろぉ!」
振り返ればやはりレイアは結城のほうへ向かっていた。すぐさま追いかける。
「悪いわね」
ティターナの弓がしなり、矢が風を纏う。
「必誅、ウィンドアロウ・マクシマム……放てッ」
ティターナの指が矢を放すと、会場全ての空気は嵐のように入り乱れ、その中を矢が瞬くように進んでいく。その行く先は蓮華の背。おそらく必殺となる一矢。
「くっ……」
蓮華は振り返り、襲い来る矢に手を伸ばす。
そして暴風によって吹き飛ばされ、壁に打ち付けられながら矢の追撃を食らった。
全ては一瞬だった。そして。
「残るは、お前一人」
「っ…!」
手足が震える。目の前の少女は、まるで獣だった。その眼光は獅子をも怯ませるような殺意。
「まるで温室の猫のよう。お前はなぜこの場に立っている」
「なぜって……」
「大方あの女一人の実力で全て乗り切れるとタカをくくったのだろう。賞金に目が眩んで」
「ち、ちがっ」
「力もないようだな。どうせ大した理想ではないのだろう。ほんのささやかな理想で」
ほんのささやかな理想?
「降参するがいい。お前の理想など、私たちの理想には遠く及ばない」
「いいや、違うな」
結城の背後からの声。見ればそこには蓮華の姿があった。
指先から肩まで深い切り傷が多くあった。しかし胸や腹などの胴体には小さな切り傷程度しかなかった。
「馬鹿な……まだ立てるというのか。リーフッ!」
「全力でやったわよ!」
ということは、受けきった? あの矢を?
「すごかったぜ、まったく。おかげでこの試合じゃ両腕使えないぜ」
やれやれと言った風だが、どう見ても立っているのがやっとだ。
「レイア!追い討ちかけて! 男の方は私がやる!」
「承知」
野獣のようにレイアは蓮華に飛び掛る。しかし蓮華はレイアの真正面から蹴りを打ち込む。
「!!」
咄嗟に片方の手で受け、勢いで飛ばされながらも宙返りして着地する。
「疾い……」
「へへっ、敵より速い打撃なら後手でも問題ないぜ!」
だが、両手を失った蓮華が攻撃や防御に使えるのは足一本のみ。こちらの優位、いや、せめて五分以上はある。
「覚悟しろ」
レイアは爪を前に突き出して構える。だが蓮華は結城に語りかける。
「結城、言ったろ? 理想を叶えるために必要なのは、力だ」
「蓮華、でも俺は……」
「大丈夫さ。お前の理想は大きく重い。そしてそれを抱き続けたお前は間違いなく……」
「その戯言をやめろ」
レイアの踏み込んだ横払いを飛び越えて避ける。
「お前は強い! 力持ちだ!」
「どんな力持ちも、戦術にハマったら負けるんですよ」
ティターナが次の矢を準備する。
「さよなら、結城とやら」
螺旋の風を纏った矢が放たれた。




