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6話目 ヒューマン・フード

 早朝、一階の庭からは少女の快活で溌剌はつらつな掛け声で結城は目覚めた。


「この声は、蓮華か。そういえば一階は蓮華の部屋だっけ」


 建物の西側の部屋であるため、朝日の陽光を浴びるには外に出るほかない。掛け声が気になるので、窓から様子を見てから出ることにした。カーテンを開けて、窓から下を覗いてみる。

 鉄棒にぶら下がり、懸垂を繰り返す蓮華の姿があった。


「へぇ、本当に鍛えてるのか」


 いつもならまだ寝てる時間だが、今日は目覚めが良いし興味も湧いた。結城は枕の横で寝ているチェリーを起こさないよう、静かに部屋を出た。

 建物を出て、門を出ずに塀沿いに行けば、すぐに庭にたどり着いた。その部屋の庭だからといって、特に区切りがあるわけでもない。


「998、999、1000ッ!」

「おはよう蓮華」

「おおっ! おはよう結城! お前もトレーニングするか?」


 蓮華は左腕だけで懸垂していた。しかし、それをするには明らかに筋肉が足りないように見える。


「この世界は理想の姿が維持されるからな。歳は取らないし、鍛えて体が変化するわけでもない。ただ能力はちゃんと上がるぞ」

「へぇ」

「結城も一緒にやろうぜ!」

「いや。俺はそんな力無いから」

「そりゃ始めはみんなそうさ。なぁに、私に任せれば一週間で出来るようになるぜ」


 一体どんなハードトレーニングをさせるつもりなのだろう。


「他にすることも無いんだろ?」

「蓮華は仕事はしてないの?」


 問を投げかけたのはチェリーだった。どうやら目が覚めたらしい。いつもどおりに結城の肩に乗っている。


「私は特にしてないな。昨日でやることは終わっちゃったし、グランプリもまだ先だし」

「グランプリって、あなたが?」

「おう!私はコロシアムでもナンバーワンだぜ?」


 親指で自分を指してドヤ顔している。


「チェリー、グランプリって?」

「北に闘技場があったでしょ? あそこで行われる賞金が出る大会をグランプリと呼んでるわ」

「労働は性にあわなくてなぁ」


 その一言で、結城はグランプリに興味が湧いた。


「賞金ってトップじゃないと駄目なのか?」

「そうだぜ。あそこはいわゆる地上最強を決めるところだ」


 そして興味はすぐに冷めた。ただでさえ戦闘力の無い自分が、そこらへんの戦士はともかく、目の前の鬼と笑顔で立ち会える化け物みたいな人間を相手に出来るわけがない。


「んー……そうだ! じゃあこうしようぜ! 私がお前を鍛えてやる!」


 蓮華はどうやら結城を参加させたいようだ。


「いや、俺は遠慮しておくよ」

「いやいや、お前は割といい筋してると思うぜ? それにローラから魔法も教われば、もしかしたら私を倒せるかもしれないぜ」

「魔法? 使っていいのか?」

「グランプリは基本的になんでもありだ。剣、銃、魔法、拳でもいい。とにかく一対一で相手を倒せたほうの勝ちだからな」

「なるほど」


 なら、確かにもしかしたら…いやでも。


「なんだ? 結城もグランプリに行くのか?」


 振り返ると、額に汗かいたグレイが居た。


「いや、まだ考え中。グレイも出るの?」

「俺は出ない。さすがに蓮華と真正面で戦うなんて手間のかかる自殺はしたくないさ。俺は戦場の方が似合ってる。金も稼げるしな」

「いくらくらい?」

「依頼主からの報酬に加えて、殺した相手が貴族だったら金目のものが手に入るかもしれないし、そうだな。一回の戦争で40万PTから、良い時は400万PT」

「す、すげぇ……」

「まあこんなもんだ。相棒は随時募集してるからな」

「おはようございます皆さん」

 

 グレイのまた背後に椿が立っていた。


「どうですか、朝食ご一緒に」




 どうやらこのアパートでは管理人が食事を出してくれるらしい。

 昨日の宴のときと同じように、椿の部屋で全員が朝食をとっている。


「家賃にはこの分も含まれます。私の花嫁修業といったところです」

「もう十分修行したろ? 早く相手を探さないとだぜ?」


 ご飯をかきこみ味噌汁を啜る蓮華の口からは、容赦ない言葉が吐き出される。


「黙って食べなさい」

「でも本当にどこで見つける気なんだよ? 蓬ちゃんなら喫茶店で運命の出会いとか出来るだろうけど」

「お姉ちゃんのごはんおいしいなぁ」

「役所で運命の出会いもありでしょう」


 確かに役所ならば人は来るが、あれでは……と結城は思う。おそらく他の皆も思っている。


「朝から晩まで仕事漬けで、買い物して帰ってくれば適当に家事をこなしてお風呂入っておやすみなさい、じゃあなぁ」

「じゃ、じゃあどうすれば……」


 基本無表情の椿がやや絶望に俯かされる。朝から不憫なことだ。


「仕事中にもっと笑顔で対応すれば」

「仕事中にヘラヘラとか駄目でしょう。キチンとした態度で居なければ、国への印象にも関わります」

 

 やはりお堅い。カチコチだ。これは道のりが険しそうだ。


「ほらローラ!ちゃんと起きろって!」

「あう……」


 蓮華の隣では、ぽわぽわと眠そうにしているローレライ。左手に持つ味噌汁が傾き、流れ出た先の白米と混ざってしまっている。


「まーた夜中まで魔法の研究してたんだな? 背が伸びなくなるぞ!」

「うぅ……」

「くっ、胸は順調に育ちやがってぇ!」


 やけくそ気味に蓮華がわしづかみにすると、ローレライの体がびくんと跳ねた。


「ひゃうあっ!?」


 やや艶かしい声を上げて目を覚ますローレライ。


「ほれほれ!起きるまでやるぞ!」

「わ、分かった! 起きた! 起きたよ蓮華ちゃん!!」


 グレイは笑い、蓬も笑い、椿は恨めしそうに自分とローレライの胸を睨んでいる。

 それにしても美味い。柔らかすぎず硬すぎずの白米に鰹出汁の効いた味噌汁、爽やかなお新香に香ばしい焼き魚という品揃えで、何一つ欠点が無い。


「そういえば、結城さんはお仕事はどうするつもりですか」

「そりゃ俺と一緒に傭兵に」

「私と一緒に最強を!」

「いえ、きちんと本人の意見を聞かなければ。こちらとしても紹介できるかもしれませんし」

「んー、俺はあまり働きたくないからなぁ」


 結城は生粋のめんどくさがりやである。そしてそういったことに時間を割くのが大嫌いなのだ。


「前の世界には無かった職業もあります。たとえば、人間養殖とか」

「それってまさか食べ物になる人間か」

「ええ、その通りです。彼らは牛や豚と同じように飼育され、同じように出荷されます。そこで働いているのはほとんどが知性ある魔物です。人間で働く者は少ないですが」

「そりゃぁ……」

「ただ、国の管轄ということもあって公務員なので給料は高いです。基本給月20万から昇給あり。朝、昼、夜の八時間ずつのシフト制でどれが一つ選択。なので残業もありません」

「へぇ、それはいいかもな」

「職業体験も出来るので、色々やってみたほうがいいでしょう。私から紹介します」

「ああ、俺の相棒が国の飼い犬に……」

「私の弟子ぃ!」

「確かに人間の養殖は一度見てみたかったし、実は一度人肉を食べてみたかった」


 たぶん皆びっくりして固まるんだろうなぁ。とちょっと楽しみにしながら言ってみた。


「あー、あれなー! うん。割と美味いぞ!」

「はい、私も食べたことがあります。かなーり美味しいですよ?」

「ああ、戦場で食料がなかったときに食べたことがあるな。美味かった記憶がある。過度な空腹のせいかもしれないが」

「私も食べてみたいなー」


 予想は裏切られ、三人は世間話をするように話している。蓬も経験はないが、抵抗も無いようだ。

 唯一、椿だけは若干引いたようだが。


「さすがに人肉は私も食べたはありませんね。鹿肉くらいなら」


 期待通りの反応を示してくれたのは椿だけだった。


「と、とにかく! 仕事の紹介をしますから、今日から市役所に来てください。あの窓口に居ますから」




 と、いうことで、結城は職場見学に来た。


「うっ、社会特有の匂いがする……帰りたい」

「何よそれは」

「しっかりしてください。見学といってもきちんと礼節をもって臨まないと」


 結城とチェリー、椿は東部のとある企業を訪れていた。ヒューマン・フード株式会社と描かれた看板が掲げられた家畜小屋のようなところだ。周囲はやや広い草原が広がっていて、塀がそれを囲っている。民家や他の建物とはやや距離を置いている。おそらく家畜小屋特有の匂いのせいだろう。


「そういえば公務員なのに企業が関わってるんだな」

「国がこの企業を持っているんですよ。国の持つ企業の従業員となれば公務員とみなされています。さて、早速行きましょう」


 三人は目の前の家畜小屋を遠回りして、奥にある大きめなコテージに向かう。経営者はここにいるらしい。

 コテージに入ると、事務机が並べられた室内の最奥に一際幅広い机に向かう少女がいた。


「ようこそ。ヒューマン・フード株式会社へ。まあ株なんてないんだけれどね」

 

 立ち上がってこちらに歩いてくる少女は、悪魔のような角と翼が生えた、悪魔娘だった。


「私はベルゼ。社長は不在なので私が相手してあげるよ」


 赤黒い髪の少女。とても社会人とは思えない口ぶりで、結城はどう接するのがよいのか途方に暮れていた。


「……まあ、相手が悪魔ですからこうなることは予想していましたが。本日は彼がここを見学します。よろしくお願いしますね」

「よ、よろしくお願いします」

「あはは! カッチコチじゃない! あなたかわいいし、面白そうだから付き合ってあげる!」


 長い赤黒の髪。そして夜を迎える前のような紫の瞳。140あるかどうかの身長の言わば小悪魔。


「あ、私はベルゼ。この会社の役員の一人ね。ここの社長はローレライ・アンジュで、彼女の使い魔でもあるのよ!」


 えっへんと微かに膨らむ胸を張る。幼女好きにはたまったものではない、魅力的に絶妙な凹凸ラインはよくよく見れば目の毒である。


「表の家畜小屋は別の奴らだから、地下の飼育場を先に案内するわ!」





 まさかの巨大なエレベーターで降りてゆく。

 その間にも、ベルゼは自分のことをぺらぺら話している。


「私は蝿の王と言われているの。私のお気に入りの名よ! だから糞みたいな匂いのするここが大好きで、だからここの管理をローレライから任されてるってわけよ!」

「すごいですね」


 相手の話に適当にあわせるのは前世で慣れていた。


「んー」


 合わせられていると思っていたが、微妙な唸りを上げながらベルゼは結城を見る。


「な、なんでしょう」

「あなたは真面目なのね。可愛いけれど、ここで働くなら上司を足でどけるくらいのふてぶてしさが必要よ」


 すごく帰りたくなってきた。この職場は自分にはあわなかったと言うことでもうお暇させてもらおう。


「駄目です。しっかり見学してください」


 人肉を食べたことが無く、抵抗がある椿も、仕事となると真面目に全うしようとする。立派な社会人だ。

 と考えているうちにエレベータが止まった。階数は地下11階


「最下層から順番に案内するわね!」


 まず案内されたのは宿舎スペース。長い廊下の左右にはいくつも扉が並んでいる。ベルゼのすぐ後ろを結城はついていき、その更に背後をチェリーと椿がついて来ている。


「従業員は男女共にほとんどが魔物。あなたが入ればこの会社唯一の人間社員よ!」

「やっぱり人間だと人間を食糧として育てるのは抵抗があるんですかね」

「それもあるでしょうけど、やっぱり魔物と一緒に働くのに恐怖を感じる人がいるのよ。一定の距離感が必要みたい。私はよく分からないけど。あとは女性従業員にちょっかい出したら返り討ちにあって病院送りとか」

「女性従業員?」

「主にサキュバスとかね。彼女たちは雄の人間の精力増強や搾精の業務を担当しているわ!」


 左手を握るような形にしてクイクイっと上下させるベルゼ。確かにこれでは、男ならちょっかいの一つも出したくなる。


「返り討ちにあった彼らは衰弱して職場復帰を断念させられたわ」

「し、死んだ?」

「違う。勃たなくなった」


 それは恐ろしい。ショックで働けなくなったのだろう。かわいそうに。


「というわけで、あなたも気をつけてね。で、部屋はこんな感じね」


 ベルゼが扉を開ける。まあ簡素な部屋で、家具はベッドとクローゼットにテーブルくらいのもの


「なんてシンプルな」

「ああ、モノは持ち込みOKだから。あんなモノでも、こんなモノでもね?」

「ふむふむ」

「あっ! あと出したものは鮮度次第で買い取るわ。サキュバス辺りに高く売れるのよ」


 寮は11階から9階までで、次に案内されたのは8階。


「ここは出産場。身ごもった雌の人間を安全安心に生活させ出産させるところ」


 通路からしてそれは病院そのものの設備であった。あるいは刑務所。養豚場のようなところと少し覚悟はしてたのだが。

 部屋は一人に一部屋。こうしてみると囚人のようにも見える。と、よく見ると。そこにはポテチの空いた袋、ペットボトルの空き容器が部屋中に散乱していた。


「ここでの作業は主に清掃と餌やり。あと体調管理と、兆候が出たときに産婦人科の医者を呼ぶこと」

「あの、あれは餌?」

「あれは餌よ。高カロリーのものを摂取させて太らせるの」

「やっぱりランクとかあるんですか? A5ランクとか」

「んー、特には無いわ。まだそこまでに至ってないと言った方がいいかしらねー。ちなみに私は肉は腐ったほうが好き!」


 ちょっと気が合わない。合わせようとも思えないし合わせられない。腐った肉は体に悪い。

 次は7階、養成所。


「ここは赤子を飼育する場所。数日の間は母親の元で様子を見たら、ここで子を育てるのよ!」

「親子は離れ離れか……」

「人間だけの話じゃないわ。豚だって牛だって同じようなものよ。だからせめて同じように扱うのが公平ってものでしょう?」


 なるほど、そうかもしれない。人間だから優遇、というのは、やはり驕りなのだ。ん?


「悪魔が公平とか言うんですね」

「そりゃそうですとも! 悪魔ってのは欲におぼれた人間が堕ちていく様を楽しんでいるのであって、別に罪も何も無い奴がボロクソな目にあって死に悶え苦しむのなんて見ても面白くないし」



 次に案内されたのは6、5階、育成所。

 ここは紛れも無く家畜小屋のそれだった。地上で見たアレと同じ。


「ここは出産後の雌と、成長した子豚が行き着く場所。どの人間がどの部位の肉として出荷されるのがいいかの適正を検査して、見合った育成をするところ」

「どの部位って、ホルモンとか?」

「そう! レバーとかね。たまにフォアグラがあるわ。あれは本当にオススメよ! 一度食べてみるといいわ!」


 よほど良い味なのか、随分と力説する。

 次は4階。精肉所


「ここは精肉所。まあ読んで字のごとく、生きてる人間を捌いて食肉として加工する場所」

「なんか元気ありませんね。やっぱり複雑な心境とかですか?」

「いや、なんか飽きた」

「」


 とりあえず苦笑しておいた。


 3、2階は冷凍庫。加工された肉を保管しておくところ。特に面白い、ではなく、説明することも無いので割愛された。

 そして地下1階。


「ここは梱包室、及び電源管理とか、その他色々ってところね。ここら辺は専用の技術スタッフに一任してるから私も詳しくは知らない。で、上は事務室。これで一通り紹介終わりね! 何か質問ある?」

「そういえば、地上にあったあれは?」

「ああ、あれは近々放牧にチャレンジしようと思ってた奴。外の方がストレスがたまらなくておいしい人肉が出来るらしいの」

「なるほど。分かりました。本日はありがとうございました」

「どういたしまして! 気が向いたらいつでも来なさい! 歓迎するわ!」

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