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負けない勇者と勝たない魔王

作者: 木南 冬威

「覚悟だ魔王ッ!!」


 闇を貫く光の剣が、空間を切り裂いて、頭上から振り下ろされた。

 天鵞絨の天蓋で覆われた寝台の上で、魔王は知らず目を細める。

「おやおや、これはまた随分なタイミングで奇襲をかけてくれたものですねえ」

 耳に心地良い美声が、歌うような軽やかさで言の葉を紡ぐ。

 剣を振り下ろしてきた相手――世間的にいうところの勇者だ――を楽しげに見上げて、彼は右手を持ち上げた。

 中指に嵌った指輪の、真紅の石がとろりと光る。

 その瞬間、魔王の腕は金剛石で包まれたかのような硬度に変化した。

 そして、それに続く音は剣を握りしめただけの、鈍い摩擦音。

「…ぇえッ!?」

 いきなり空間を裂いて現れた上に、全体重を乗せた奇襲攻撃をしかけたはずの勇者は、受け止められた衝撃に間抜けな声を洩らした。

 慌てて足をついて距離を取ろうとしたが、場所が悪かった。

 田舎の実家の居間が入るんじゃなかろうか、と勇者に思わせたほどの大きさの寝台の上だ。

 踏ん張ろうとした足の裏が、最高級のばねに沈み込む。

「え、うそッ!!」

 なにこれッ! と狼狽した様子で叫びながら、勇者は体勢を整えようとした……が、時すでに遅し。

 剣を掴んだ右腕を引きながら上体を起こした魔王が、そのまま身を反転させた。

「うそ、じゃありませんよ。ほんとにあなた懲りませんねえ、リューイ」

 寝台に押し倒した勇者の身体を押さえつけるようにして覆いかぶさり、少々呆れた様子で告げる。

 毎回毎回攻撃と共に降ってくるのは構わないが、寝室はちょっと勘弁してもらいたい。

 ギリギリで踏み止まってる最後の一線を、うっかり越えてしまいそうだ。

「うるっさい! いい加減お前を倒さないと、ホントに世間の目が冷たくて冷たくて…ッ!! って、何言わせてんのバカ!」

 肩で切り揃えられた蜂蜜色の髪を、純白の絹の寝具に散らし、目の覚めるような空色の瞳を潤ませてこちらを見上げてくる勇者を見下ろして、魔王は嘆息した。

「ですからいい加減、人になんか見切りつけて、わたしのところに来なさいって言ってるじゃありませんか」

 言いながら、掴んでいた剣を勇者の手から引き抜いて、背後に放り投げる。

 毛足の長い絨毯のお蔭で、音で場所を判断するのは難しいだろう。

 右腕の硬化を解いて、指の背で勇者の首筋を撫で上げると、勇者は瞳を見開いて肩を竦めた。

 剣を取られてしまったので、両手が空いていることに気づいた勇者は、そこでようやく魔王の身体を押しのけようと奮闘を始めた。

 一点集中! とばかりに両手を魔王の胸の真ん中に重ねて、全力で押す。


 ――押す。



 ――……押す。



 ついでに、押しながら先程の魔王の言葉に反論を返してみた。

「私だって何回も断ってるだろ! 人の世を守るのは勇者の役目で、一番重要な仕事は魔王を倒すことなんだか…ッ…ぅんッ!!」

 が、言い終わらないうちに、唇を塞がれた。

 しかも、魔王の身体は微動だにしていない。

 それどころか、腰と後頭部を固定されて、密着していた。

 密着したことで、腕の動きを完全に封じられてしまった勇者の抵抗は儚いものだ。

 当然のように口内に侵入してきた魔王の舌が、歯列をなぞって上顎を舐め上げ、勇者の舌を絡め取る。

 時折角度を変えて、呼吸の為の隙間を与えられてはいるが、執拗なくちづけに勇者は背筋を震わせた。

 下唇を甘噛みされ、舌にも歯を立てられて、指が敏感な耳の後ろを撫でさする。

 どれくらいそうしていたのか。

 送り込まれた唾液を嚥下して、意識が朦朧としかけたころ、ようやく魔王は唇を離した。

 飲み込み切れずに零れて、勇者の頬を伝うそれをざらりと舐め上げて、満足したように微笑を浮かべる。

「…っ、は………ぁっ……」

 濡れて赤く染まった唇が、悩ましげに吐息するのを見つめて、魔王は更に笑みを深めた。

「リューイ」

「……っ、る、さい…名前で呼ぶな……」

 目許を赤く染め、先程よりも潤んだ瞳で睨みつけられて、魔王は愛しさに胸を躍らせた。

 何度も勇者に戦いを挑まれているが、勇者の攻撃によって魔王の血が流れたことはない。

 さらに言えば、勇者もなのだが、それは純粋に魔王が手を出さないからである。

 ――別の意味で手は出しまくっているが。

「ほんとうにあなたは可愛らしいですね。わたしの真名を知っているんだから、名を呼んでひとこと『消えろ』と言えばすべて終わるというのに」

 楽しそうに目を細めた魔王とは対照的に、勇者の眉が不機嫌そうに寄せられた。

 魔王の真名も、謎を解いたり戦ったりして手に入れたわけではない。

 初めて対面した時に、なぜか嬉々とした様子で教えられたのだ。

 もちろん、魔王本人から。

「そんな……卑怯な手なんか、使えるかっ!」

 少々呼吸の復活した勇者が噛み付くように叫び、軽く仰け反ると勢いをつけて、魔王の顔面に頭突きした。

「!?」

 痛みはともかく、反撃とその勢いに驚いた魔王が、咄嗟に身を引く。

 その隙をついて魔王を突き飛ばした勇者は、急いでベッドから飛び降りた。

 顔を真っ赤に染めたまま、手の甲で唇をぐいっと拭って、視線を巡らせる。

 が、見える範囲に勇者の剣は落ちていないようだ。

「きょっ…今日はこのくらいにしといてやるっ!! 次は覚悟してなよ…ッ!! あと、私の剣を拾って送り返しといて!」

「……三下の雑魚ですか」

 呆れたような溜息と共にそう零して、来た時と同様に転移の魔法で部屋から消える勇者を見送った。

 勇者の姿が完全に部屋から消えると、ゆっくりとベッドから降り、放り投げた先で淡く光っていた勇者の剣を拾った。

 刀身に指を滑らせると、すうっと光が引いてゆく。

 完全に光が収まったのを確認してから、ベッドの上に乗せた。


 このまま置いておいたら、確実に自分で取りに来るに違いない。


 と思った魔王だったが、折角のお願いだったのでオプション付きで期待に応えることにした。





 ――3日後。


「ホントに今度こそマジで覚悟しろぉおおお!!!!!! この破廉恥魔王……ッ!!」


 羞恥と怒りに頬を染めた勇者が、絶叫と共に飛び込んでくることになるのだが、それはまた別のお話しである。

シリーズになったら魔王の名前もいつか出てくるのだろうか…、と自分自身に問いかけてみています。

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