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セントラル

勇者一斉召喚の場合

作者: A99

 宇宙は無限に存在し、無限に存在する宇宙を膜が包み一つの世界を作り出す。そんな世界もまた無限に存在することで、全ての世界は成り立っている。

 時間で、意思で、可能性で、あるいはそれ以外で宇宙は常に増え続け、その分だけ世界もまた増えている。無限を超え、更に無限を超え、更に更に無限を超え、いつでもいつまでも世界は常に増え続ける。

 ならば、宇宙の始まりはどこにある。世界の始まりはどこにある。

 それが、ここにあった。

 そこには、あらゆる全てがあった。

 人があった。地面があった。空があった。宇宙があった。空間があった。時間があった。世界があった。因果があった。知識も、知恵も、可能性も、事実も事象も矛盾も存在もそれ以外も。

 ありとあらゆる全てがそこにはあり、ありとあらゆる全ての始まりがそこにはあり、ありとあらゆる全ての終わりがそこにはあった。

 宇宙とは、世界とは、ここから漏れでた破片で構成されているのだ。ありとあらゆる全ては、ここから流出した欠片で作られているのだ。

 名前をつける必要はないけれど、そこには名前があった。

 『セントラル』。

 そこは、ありとあらゆる世界の中心。そこは、ありとあらゆる全ての始まりにして、ありとあらゆる全ての終わり。そして、あらゆる全てを覆うもの。

 ありとあらゆる全ての中では、ありとあらゆる全てが起こる。


 ◆


 『セントラル』から流出した『魔法』で作られた一つの世界。

 ごく普通に魔法があり、ごく普通に魔物がいて、ごく普通に魔王がいるのがその世界だ。

 ごく普通に魔王が人類を侵略しようとしているその世界では、いよいよ人類が滅びるかもしれないところまで追い詰められていた。

 人類に残された手段は少ない。全滅を覚悟して特攻するか、一縷の望みにかけて降伏するか。

 そして、勇者を召喚するか。

 最後の手段を選ぶことはなかっただろう。平和ならば。

 しかし、今は平和ではない。滅ぶか否か。生か死か。生存競争に負ける瀬戸際の、まさしく極限の状態だ。

 なりふり構っていられない。およそ全ての人類が、藁にもすがる思いを持っている。

 魔物を倒す勇者。魔王を倒す英雄。人類を救う救世主。そんなご都合主義を、全人類が等しく信じていた。

 ならば、手段は選んでいられない。

 勇者召喚という鬼畜外道の行いを、迷うことなく選択した。

 仕方ないといえば仕方ない。希望を見れば、それに縋るのが人間だ。自分たちのためならば、どんなものでも切り捨てられるのが人間だ。

 多数と少数。多数が救われるならば、少数を切り捨てても構わない。

 だから、勇者を召喚する。勇者という少数を犠牲にして、人類という多数を救う。

 しかし、一人では不安が残る。ならば、二人召喚するか。いや、二人でも少ない。

 百でも、千でも、万でも足りない。

 もっともっと、星の数ほど召喚できるように。

 そうして、人類は選択した。全平行世界から勇者を召喚するという手段を選択した。

 それは、悪手だ。それは、悲劇だ。

 無限に存在する平行宇宙。無限に存在する勇者を召喚するという喜劇。

 考えれば、それはすぐにわかることだった。


 ◆


「用意はよろしいですか?」

「いつでも」

 神官の男の言葉に、姫は緊張した様子で答える。その様子を見守るのは、姫の護衛についてきた騎士たちだ。

 誰もが見とれる姫の可憐な容姿だが、その顔色は悪い。

 当たり前といえば当たり前だ。何故なら、彼女は今から勇者召喚という大儀式を行おうとしているのだから。

 朽ちた白城の地下。既に忘れられた廃墟となった城だが、そこには他世界から勇者を召喚するための召喚陣が存在する。

 それは一般の人間には知られていない。召喚陣の情報は、この城を建てた国が滅ぶと同時に失伝したのだから。

 だが、ごくごく一部――城を建てた国を滅ぼした国の王族のみだ――では口伝で伝えられていた。

 正確には、口伝として伝えることしか許されなかった。自らの国を勇者に滅ぼされることを恐れたがゆえに。

 真に滅ぼされたくないのならば、召喚陣の存在を伝えないもしくは召喚陣そのものを消してしまえばよいのだろうが、それでは万が一の事態に対応できない可能性がある。

 よって、口伝として召喚陣を伝えることになったのだが、その判断は正解だったといえよう。

 今この時が、人類が滅ぼされようとしている今こそが、その万が一の事態なのだから。

「では姫様、手筈通りに」

「わかりました」

 神官の言葉に、姫は小さく頷く。数回呼吸することで心を落ち着け、目の前にある召喚陣に目を移す。

 目の前にある召喚陣は、神官たちが数ヶ月かけて改造したものだ。一度勇者を召喚し、さらに勇者が元いた世界の平行世界からも同じ人物を召喚することで、無限に勇者を召喚するというものだ。

 これにより、文字通り勇者を無限に召喚することが出来る。多数の勇者で、魔王と魔物たちを確実に鏖殺するのが目的だ。

「接続」

 その言葉を合図に、姫から魔力製の擬似神経が召喚陣目掛けて伸びる。これにより、姫と召喚陣は一つとなり、召喚陣に指定された動作一つ一つを姫が細かく制御することが可能となる。

 姫と召喚陣が一つになったことにより、姫の脳内に召喚陣が描かれる。これには召喚を行う際に発生する召喚陣への負荷が姫の脳内にも伝わってくるというデメリットもあるのだが、一人ずつ召喚する分には何の問題もない。

 姫は脳内で召喚陣を起動する。それに伴い、目の前に存在する召喚陣も光を放ち始める。姫の脳内とリンクして、実際の召喚陣も起動した証拠だ。

 召喚する勇者の条件を指定。勇者の検索には時間がかかると姫は思っていたが、予想よりもだいぶ早く召喚する勇者が見つかった。

 次に、勇者がいる座標を割り出す。勇者がいる位置にこちらに送るための魔法陣が出現、それと同時に勇者をその場所に固定する。

 そして、最後に勇者を召喚する。この際、勇者に勇者としてふさわしい能力を付与することも忘れない。付与した能力の中には、こちらに敵対させないための制限の術式も含まれている。これにより、勇者が人類を滅ぼすということがなくなる。

「……え?」

 こうして、哀れな生贄は召喚された。哀れな哀れな子羊は、状況も何もわからぬまま召喚された。されてしまった。

 召喚されたのは、十代後半の気弱な少年だった。

 戦うのに不向きな少年を召喚したのには理由がある。それは、従順であることを求めたためだ。

 制限術式だけでは不安が残るため、こちらの言うことを聞かせることが出来るように気弱な少年を召喚したのだ。

「ここは……イタッ!」

 即座に騎士に取り押さえられる勇者。勇者として召喚された少年だが、その扱いは奴隷や犯罪者と何ら変わりない。

「何!? 何なんですか!?」

「うるさい!」

 騒いだため、騎士に殴られる勇者。顔面を真正面から、しかも硬い手甲で殴られたため、勇者の鼻からは大量に鼻血が溢れ、その目には涙が浮かんでいる。

「静かにしろ! いいな!」

「……はい」

 騎士の強い声に、勇者は涙を流しながら、力なく頷く。姫は勇者の様子に少し心を痛めたが、すぐに気を取り直して次の召喚に取り掛かる。

 勇者の召喚には成功した。次にやることは、平行世界から勇者と同じ人間を召喚することだ。

 姫は脳内で召喚陣を操作する。全ての平行世界への接続を確立し、勇者の存在を確認。そして、召喚する。

 再度召喚される気弱な少年。こちらも最初の勇者と同じく、何がなんだかわかっていない様子だ。

 後は繰り返しだ。平行世界へ接続し、勇者を検索し、召喚する。また平行世界へ接続し、勇者を検索し、召喚する。

 やり方さえわかれば、子供でも出来る単純な作業の繰り返しだ。ただただ召喚するだけの、単調な作業である。

 それ故飽きてくる。大多数の人間がそうであるように、姫も召喚という単調な作業に飽きてきた。

 そこで姫は、一気に召喚することを考えた。一つ一つではなく、全ての平行世界へ一気に接続し、そして一気に召喚しようと考えたのだ。

 それを行うために術式を調整。勇者の検索と召喚を自動で行うように術式を変更する。勇者の検索には時間差があるため、全ての検索を並列で行うようにして、勇者召喚の時間を短縮するのも忘れない。

 この時、姫は重大なミスを犯した。とてつもないミスで、それは自身の破滅を招くものだった。この時がそれを防ぐ最後のタイミングだったのだが、結局防ぐことは出来なかった。

 召喚陣の術式を調整した姫は、その術式を起動する。

 一気に起動する勇者の検索処理。それは十を超え、百を超え、千を超え、無数に無限に走り始める。

 一気に見つかり始める勇者たち。姫はそれに喜色満面になり、そして――死んだ。

 呆気無く、何の前触れもなく姫は死んだ。顔中の穴という穴から血を吹き出し、そのまま床へと崩折れた。

 姫が死んだ理由。それは、膨大な負荷が脳にかかったせいだ。

 無限に行われる勇者の検索は、人間の脳に耐えられるものではない。その例に漏れず、姫の脳もその負荷に耐え切れず、脳が焼き切れる形になり、そのまま姫は死んだ。

 普通ならば姫が死ぬことはなかったのだろうが、あいにく姫は擬似神経にて召喚陣と接続していた。そのため、召喚陣の負荷を姫自身が受け取ることになり、死ぬこととなってしまった。

 これに慌てたのは神官と騎士たちだ。まさか勇者召喚で姫が死ぬとは夢にも思わなかった。これを王に知られたら……。考えるだけで、心の底から絶対零度の氷がせり上がってくるような気持ちになる。

「どうするのだ!」

「知るか! そんなこと!」

 各々好き勝手に喚くが、それで状況が改善されるわけがない。姫が死んだことは変わらないし、王に処刑されることも確定事項だ。

 そして、喚いている間にも勇者が召喚され続けていることも。

 勇者の検索処理が終わった瞬間、それは起こった。

 勇者の一斉召喚である。

 検索処理は無数に走っていた。それこそ、無限に同時に検索されていたのである。それが一斉に終わった場合、どうなるか。

 星を埋め尽くす勢いで、勇者は召喚された。

 もちろん、それで終わるはずがない。

 平行世界は些細な条件で増え続ける。人の選択で増え、人の死亡で増え、神の悪戯で増え、時間で、可能性で、様々な条件で無数に無限に際限なく増え続ける。

 勇者の検索は、増え続ける平行世界に対しても行われる。

 召喚は止まらない。

 増える平行世界に検索し、また世界が増えて検索し、更に世界が増えて検索し――終わらない。

 無限に検索は行われ、無限に召喚し続ける。

 いずれ勇者は宇宙に到達する。召喚された瞬間死んでしまう勇者だが、それでも召喚はされ続ける。

 召喚され、召喚され、召喚され――いずれ宇宙の終わりへと勇者は到達する。

 勇者によって圧迫される宇宙。それは、ギリギリまで膨らんだ風船によく似ている。

 少しでも衝撃が加われば。あるいは、少しでも中身が増えれば即座に破裂する状態だ。

 そんな状態でも、勇者召喚は終わらない。

 限界まで勇者によって圧迫された宇宙。それでも、勇者召喚は終わらない。止まらない。

 そして、極限を終えたその瞬間――全ては弾けた。

 宇宙は弾け、宇宙は終わり、そこでようやく召喚陣は機能を停止した。

 哀れな哀れな生贄は、こうして召喚されることが永遠になくなったのだ。

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