表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

随分奥に進んだ。

 空が真っ暗に成り果てた、星や月も見えぬ、雲ひとつ無い晴れ。

 気温が随分と下がり、木々から少しずつ水が滴って落ちてくる。どうやら木々も欠伸をするらしい。随分と遅い就寝だ。

 静かに葉が揺れて落ち、それを喜ぶかのように虫達が鳴く。どこかで川の音がするが、さほど大きな川ではないだろう。仮にそれにぶち当たったのだとしても、水を汲む以外にすることは無い。

 光を当てても、どうせ黒く輝いてくれるだけだろう。冷たい水は何かを導いてはくれない。

 松明を幾つか設置した馬車が辺りを照らす。だが光源があまりに弱々しい過ぎる。

 樹海は、そんなものは無駄だと言いたげに、不気味な光と影が調和を成して驚かそうとばかりしてくる。

 こんな状況でもワイの能力は健在。しかし阻害もまた大きく、把握出来る範囲は限られる。

湿気は来た時よりも強くなり、これでは霧が出てもおかしくはない。そうなれば見事に遭難だ。身動きは朝方まで取れなくなるだろう。

 そう、そんな状態で下手に動いてしまってはならない。何が起こるか知れた物ではないのだ。はっきり言って、ワイでも皆の命の保証は出来ないだろう。

 だからそろそろ動くのを止めるべき。だが、動きを止められないままにいる。

 これほどまでに動物、モンスターの気配が完全に消えているとなると、余計に不気味。

 いいや、消えている、というのは語弊だ。

 彼らは気配を消している、が正しい。更に言えば、息を押し殺している。

 何処かに潜んでいて、何かを待っている。それも結構な数がだ。

 馬車隊を止めていいのか迷う理由はこれしかない。馬車が止まると厄介事が起こる気がする。

 だが変だ。何か異様だ。魔物とされるモンスター達は、一体何を待っているのか。

 ワイ等が止まる事を待っているとするには違和感が生じる。

 何せ、止まった所で奴らにはどうしようもないからだ。返り討ちに合う事を知っているからこそ何もしないままそこに居るだけ。それは昼間でもそうだった。ならば夜でも同じ事の筈。

 確かに停止すれば、少しずつにじり寄ってくるだろう。恐怖しながらも、テリトリーに入ってきたのはワイ達なのだ。当然の報復。ちょっかいくらいは出しに来るに違いない。

 にしても、ここで気配を絶ってどうなる。それが無意味である事くらい、彼らも理解出来るだろうし、それならば明日の為に眠ってしまう方がよほど効率的。

 だからこそ、この気配遮断に違う意図を感じる。それにどこか統率されているような何かも感じ取れるのだ。最初樹海に来た時感じた気配とは大違いなくらいの対応の差がある。

 もうそろそろ来るのか。その重い腰を上げて、ようやく。

「モンスターの一匹も見当たらんが、どういうこっちゃ。すでに馬車の10台分は食料で満杯やっちゅーに」

「………見られ…ている」

 流石に異常性に気がついているのは、ワイだけでは無いらしい。後ろのエルフ兵士達は、気配が消えた事に安堵しきっているようだし、隣のアーノルドに至ってはまるで気がついていない様子だしで、ワイの杞憂かと思い込みかとさえ一瞬脳裏をよぎっていた最中だった。

 ミゥが言うのならば、もう疑う余地はない。それ相応の心の準備が必要になるだろう。

 間違いなく、竜が来る。

「ああ。それはそうなんやが、見られとるだけや。それが薄気味悪くて仕方ない。嵐の前の静けさみたいな、そんな空気や」

「あのー、あたしたちは無事に帰れるんですか?」

 意外にもアーノルド、驚いた様子はない。いや、今の話がまるで理解出来ていないようだ。

 重い甲冑は疲労を倍増させているだろうし、時刻も時刻。そろそろ23時かそこら。当然、眠たそうな顔をしている。意識も定かではあるまい。

 ふと馬車の上に乗って優雅気分を楽しんでいたノヴァを見てみたが、居ない。

 そういえば馬車の上から降りた様子なのだった。何か嫌な予感でもしたのか、馬車を降りて辺りをキョロキョロしているばかり。

 そして今は目が合い、不安そうにコチラを見ている。

 だが、近寄ってくる様子はない。手にあるその武器を握り締める音が聞こえた。

 ぬかるんだ地面が嫌な音を立てながら、嫌な感触をワイに与える。

 嫌な予感しかしない今、嫌な事しか頭に入ってこない。これでは何もかもが嫌な兆候とさえ勘違いしてしまう。だが確実に、忍び寄ってくる何かが居るのだ。

「それは分からんが、多少は善処する。ただ覚悟は決めとけ。相当な数に今、囲まれとる」

「……あはは、冗談ですよね? いやいやいや、もう、冗談キツイですよ、はは」

 みるみる青ざめるアーノルドの顔。どう考えても、死を覚悟してやってきた奴の顔ではない。

 しかも、後ろの兵士からは小さな咳払いが聞こえてきた。少し大声で喋り過ぎたようだ。

 だが現状はそのような状態だ。どうしようもない事態になっている。実際に数は多い。気配の消し方が上手すぎて、逆に露骨になっているのだ。

 岩は岩だし、木は木で、草は草だ。だがそれ以外の気配無き物は、恐らく全てモンスターの類。不気味な沈黙を続けて、そこに居る。道を開けていく。そして付いて来ている。

 出来ればそれが一種のマヤカシであり、幻覚であったり、全てが気のせいであって欲しかったし、出来るならば深夜という、霧まで出そうという、このタイミングだけは止めて欲しかった。この時を見計らっての行動とあらば、褒めてやりたい。

 ただ言えるのは、疑いようはもう無くなってしまったという事。

 元よりワイはそうだろうと分かっていて、それでいて信じたくなかっただけなのだ。

 と、ミゥが刀を抜き払う。何か聞こえたようだ。武器を収める様子はない。その双眸が見つめる先は真っ暗闇。ワイ等が進んでいる方向とは少しズレた方角。

 ミゥは敵意と殺意をむき出しに、唸っている。ワイには何も聞こえなかったが、さて。ミゥの疑心暗鬼が生み出した幻聴なのかもしれないし、実際に音がしたのかもしれないし。

 どちらにせよ、全てを疑う他にないか。

「ホンマの事や。ほれ見てみい。ノヴァがさっきから睨みをきかせ続けとる。ミゥなんて今刀抜いて、そのままや。状況はそうよろしくないみたいやね。先手打つべき頃合いか」

「て、撤退ですね?」

 アセアセと変なポーズを取るアーノルド。もはや何をしているか、自分がどれだけ間抜けな様かなど、自覚さえあるまい。

 しかもそのまま馬車隊に向かおうとするので、甲冑の首部を掴んで無理に引き戻す。

 この様子だとモンスター達も、この程度の音や刺激では反応さえしないだろう。例えばクラッカーを打ち鳴らしても、恐らく無反応だ。彼らはひたすら待っているだけ。それまでは是が非でも動いてはくれまい。こちらから挑まぬ限りは。

 その時が来るまでは、少なくとも。

「アーノルド、馬車に空きがあるんやろ?」

「い、いえ、もう無いです。全部満杯です。だから帰りましょう」

「お前なあ……」

 死にたくないわりに緊張感が伝わってこない理由は恐らく、ツマミ食いしようと考えているからだ。

 今から死ぬかもしれないのでせめて幸せの中で、という事なのだろう。なので、死ぬ事よりもスイーツの事で頭いっぱい。アレが食べられる、コレが食べられる、どれを食べよう、アレがいいかも、いやアレにしようかな、みたいな事をこの期に及んで考えていると見る。

 本当、肝が据わった娘だと感心する。気楽でいいものだ。

 ……ワイは手を離してやった。

 あまりに突然だったので、バランスを崩して尻餅をつくアーノルド。「きゃう」とかかわいこぶった声も一緒に聞こえてきた。

 だがもうどうでもいい。ツマミ食いしたら前歯をへし折りつつ、素っ裸で木に縛り付けて放置してやるつもりだし、今の振動は恐らく……。

 方角は、ミゥがずっと睨みつけている先だ。疑心暗鬼による幻聴ではなかったらしい。次回からはミゥの行動全てを信じて行動しよう。そう思った。

「ドラグーン……、奥から……来る」

「なんやそりゃ。ワイが来るんか?それとも竜が来るんか?」

 ジョークを述べ、場を和ませようとしてしまうのはワイの性。悪気はなかった。

 だがそれとは関係なしにまた振動。随分遠い位置。足音だろう。

 だが足音にしては歩みが遅い。まず間違いなく「来い」の合図。舐められたものだ。

「………」

「お出ましやね。先手取られたわ」

「な、何がどうなっちゃうんですかあ……」


「伏せろッ!」


 足音ではなかったようだ。

 ようは体勢を整えただけの音。来いの合図ではなかった。

 真っ直ぐ飛んできたレーザーのような何か。轟音とソニックブーム。相当に目映い光が一帯を照らし、見事ワイに向けて向かってきた。完璧だ。ピンポイント。

 そのレーザーこそ真上に弾いて事もなく終わったが、衝撃波は流石に防げない。

 葉に受け止め保有していたであろう水を木々が大量に散らし、ワイ等に襲いかかる。葉が飛び交い、突風が巻き起こる。木の枝は悲鳴をあげ、大地が揺れに揺れる。そもそも、そのレーザーを弾く際にワイの足元はボロボロ。クレーターというほど綺麗な痕ではないが、似たようなものだ。

 アーノルドは見事その衝撃で吹き飛ばされ、木の上に引っかかっている様子。

 馬が暴れ始めているようだが、馬車隊がそれをどうにかするだろう。見たところ怪我人は無い。ノヴァは無事だし、ミゥは唸りながら武器を構える。被害が一番酷いであろうアーノルドも意識はあるようで、どうにか木の上から落ちてくる。

 落ちた時の音は随分痛そうだった。鎧は凹んだに違いない。

「ノヴァはここで周りの雑魚を牽制しとけ。ミゥ将軍はワイと前に出る。馬車隊は馬をしっかり見張っとけよ?ビビって逃げられたら事や。

 そんでアーノルド、つまみ食いすんなよな。したら前歯へし折る」

「し、し、しませんよこんな状況でッ!」

 それくらいに叫ぶ力があるならば、逃げるくらいのことは出来るだろう。最悪の場合、馬車隊は荷物を切り離して逃げる。元より危険だと思えばそうして良いと指示はしている。

 食い意地はった生娘アーノルドの自殺行為もまた、ノヴァがどうにかしてくれるに違いない。ひとまずは安心だ。被害は皆無。上出来過ぎる。

 ワイとミゥは駆け始めた。

 何がどうあれ、今のが攻撃だろうが牽制だろうが、竜はワイ等を誘っている事にかわりなし。

 ……ミゥも相当に足が速い。本気のワイには及ばないが、馬より断然早い。流石に人狼第3位の実力者ではないと言うことか。それに、多分ミゥは笑っている。表情変化などよく分からないが、楽しそうに笑っている。

 やはりお前は戦いたいか。戦いにこそ自分の居場所があるとそう考えるような奴か。

 この時を心待ちにしていたらしいその横顔から、酷いくらいの殺気が垂れ流れている。

 見えるかミゥ将軍。お前の死は見えるか?

 それとも勝利する自らの姿がその目には映っているのか?

 どうした、もう酔っているのか、お前は。まだ宴会前だというのに。

「ミゥ将軍、中継は恐らく全部壊されとる。予想してたけどな。

 んで間違いなく、樹海の奥にワイ等は誘い込まれた形や。だがノヴァが居る今、馬車隊は攻撃を受けまい。それに何か合図を待ってるようでもあった。恐らくワイ等を誘い込んだ後か、交渉次第で攻撃が始まる仕組みやろな。つまりは人質だということになるか。レーザーはただの牽制であり、モンスター達に対しての合図ではなかったようやし。

 んま、竜の野郎はワイが一番脅威やと知ってる筈。肌で感じている筈。ワイを優先して攻撃を加えるやろう。それも総戦力を注いでな。

 ワイ等2名の全滅は即ち馬車隊の全滅。ワイ等の勝ちは生存コース。中々難解で面白いな、将軍ミゥ」

「………」

 言葉にせずとも隠せていないぞ。

 お前の腕の筋肉が、肉塊を切り刻む事を望んでいる音が聞こえる。お前の足が更に疾走したそうに震えているのが聞こえる。お前の身体からバリバリと何かが出てきたそうにしているのが聞こえる。

 お前の目が敵を今すぐ見据えたいと願っているようにしか見えない。

 戦いたいか。ならば戦うがいい。願う戦いをするがいい。楽しく踊って、存分に料理でも励むがいい。

 そして死ね。死ね死ね死ね死ね。

 それが嫌なら生きるといい。生きてこその人生だ。生きていないで人生は語れまい。

 死人に口は無いのだ。

「なあ将軍、どんな気分や。四面楚歌となっているこの現状が、楽しいか?」

「……望む所」

「良い返事や、この死に急ぎ野郎。一気にやってくるだろう中型モンスターは、一撃で仕留めろ。渾身の力を込める必要はない。最低限の動き、最低限の力で殺せ。でなくては先に腕が潰れる。それではつまらんやろ?つまらん死に様やろ?

 そう思うならば言うとおりにやれ。まずワイが殺る。よう見とれ」

「……御意」

 即効で題材がやってきた。中型とは言ったが、もはや人間よりデカイ。縦3m、横全長5mの獣。大きな犬のようで、猫や熊のような。

 ワイは木々を蹴り、それをバネのように使いながら跳び回る。

 一瞬で姿を見失ったらしい化け物は、ミゥに狙いを定めるのだが、横から一気に通り過ぎるワイに簡単にトドメを刺された。 

 首を落とされ絶命という、壮絶な死に方だ。自然界ではあり得ないくらい酷い死に様だ。

 これではワイの方がよほどに化け物でしかない。あまりに一方的。実に残酷。

 一匹を終えると、次々と猛獣魔獣の類がやってくる。ワイがやればすぐに終わるが、それではミゥ将軍が怒るだろう。何匹かは練習台に使わせてやらないと。

 いいや、残りは全部くれてやろう。

「ワイは竜狩ってくるわ。せいぜい命がけの修行、頑張ってや」

「………お前を殺すのはこの俺だ」

「おうおう、言ってろ言ってろ。その時を楽しみに待っとるわ」

 ワイを殺すのはミゥ将軍、という言葉の裏には2つの意味があるのだと分かる。

 1つは、ワイに死ぬなと言っている。

 ワイが死ぬわけがないというのに、どいつもこいつもワイが苦戦すると勘違いしている。随分見くびられたものだ。

 2つに、俺は死なないと宣言している。

 言葉だけ述べるのは簡単だ。だから死ね。死ぬ気で戦え。そうでなくては成長出来まい。

 死線を星の数潜って潜って、漸くワイの境地。それは過酷な道だ。生き残る確率はせいぜい30億分の1。いや、もっともっと、確率は低い。

 それだけ死に掛けて、究極の選択を幾度と無く余儀なくされて、そして生き残ってやっと至れる場所だ。精々生き残るといい。その時をワイも実は楽しみにしている。

 ワイの知り合いはあんな無骨で無口な奴ではなかったが、一年でこの境地にやってきた。

 ワイが立ているこの境地は才能云々のみで至れる場所ではない。如何に死線を潜ってきたかで決まる。それが要だ。

 本当に期待している。だから死ぬな。さもなくば死ね。

 自然とは誰にでも優しく愛を与えるし、自然とは誰にでも厳しく教えを与える。

 よく耳を傾け、目を見開き、抗わずして味方につけろ。それを理解したその時、活路とはようやく開かれるものなのだ。

 と、足早に駆けてきてはみたが、竜が見当たらない。通り過ぎてしまっただろうか。

 よく見れば、先程のレーザーの痕跡がまるで無い。明らかに何処かですっぽかして来てしまったようだ。我ながら馬鹿なミスをやらかしてしまった。

 仕方ないので気配を探り、能力を使用しながら捜索するしかない。

 能力阻害も甚大ではないからして、探すのは簡単だろう。

『待たれよ、クロガネの男』

 かと思ったらすぐ近くに居たようだ。急いでその声が聞こえた辺りに戻ってみる。

 しかし行き過ぎていた事には変わりないらしい。どうやら空を飛んで移動していたようだ。見事すれ違いをやらかしていた事になる。

 竜、大きさにして、全長が30mはあるだろうか。あんなにデカイ竜は初めて見る。翼を持つ竜は見覚え無いこともないのだが、しかし凄い大きさだ。確かに倒すのは骨が折れるだろう。

 木々が避けるようにして、そうして竜は大地に腰を下ろす。

 首が長めで、岩のような材質の鱗は見た目より断然硬そうだ。長年生きている事を示すのかどうなのか分からないが、その身体にはところどころ古びたコケが付着している。

 声を何処から発しているのか分からないが、その身体からどうにか発しているらしい。野太い声ではないからして、その首からではないだろう。

「そのクロガネ族ってのはやめてくれや。ワイは人間族やで」

 先程のレーザー攻撃は恐らくお遊びなのだろう。ワイなら間違いなく防げると見てのただのじゃれあい程度。

 この竜は予想以上にやる存在らしい。恐らくワイが本気を出して狩れる程度。それも結構ギリギリに近い予感がする。

 尻尾による攻撃範囲は大体8ヤード以上。身体ごと捻って繰り出されるその攻撃に加えて硬い鱗。恐らく防御に全力を注いでも、まともに喰らえばアバラ骨の一本や二本では済まされないと見える。どう考えても無事では済まされない。

 一見その腕は脅威に見えないが、接近した際立ち上がられたら、これまた脅威になる。爪は見た目より非常に鋭いし、不用意に接近すればたちまち餌食になることは必須。

 だが、より怖いのは足。あれに掴まれたら一巻の終わりだ。たちまち粉々にされるだろう。防御に全力を注いだ所で、結果は見えている。

 勿論それは、防御にこだわればの話だ。

 彼らはデストロンスに抵抗力はない筈。攻撃に全力を注いでしまうならば、離脱可能と見える。それに、ダメージは一発でかなり通るだろう。

 あの鱗がどれくらい硬いかにもよるが、内蔵まではその衝撃を防ぎきれまい。切り刻む必要も、破壊する必要も無い。根競べになればワイが断然有利。攻撃を食らう確率は皆無。全てを避けきる自信がワイにはある。

 問題は、竜がどれほど動いてくれるかになる。そして先程のレーザーのような攻撃がどれくらいのバリエーションを持っているかにもよる。どちらも数値が大きいほど厄介。

 だが負ける要素は感じられない。竜を狩る事だけには油断しない。

 竜は、ワイが好きな生物ではない。遠慮する理由は無い。全力を注いで討伐するだろう。

 余興にかまけるつもりは毛頭ないのだ。

『私が貴様に勝てるとは思わぬが、貴様もまた私には勝てまい。

 何より、ここで事を荒立てても、イタズラに森を削るだけ。それはお互いにハイリターンであろう』

「そうか?ワイがお前を倒せば、この樹海はワイの物や。半分失おうと知ったことじゃない」

『貴様と私が戦う事で、森の全てが消えるのだとしたら?』

「そりゃ困るな。せやが、お前を殺しきれるだけの自信はある。ワイの目的は確かにこの樹海やが、何よりお前を討伐することを考えてここに来た。憚る理由はない」

『不可能だ』

 交渉をしに来たとは言いがたい開幕だったように思うが、どうにも予想は当たっていたようだ。ワイという存在を試したのがあのレーザーなのだとするならば、道理こそ適っている。

 あの無礼に見合うだけの対価をくれるならば、許してやらないでもない。

 あと、命乞いをしにきた様子では全然無い。だがしかし、倒せないとする理由がまるで不明。間違いなくとまでは言わないにせよ、ワイはこの竜を殺せるだろう。長丁場になるとはいえだ。

しかし不可能と言い切るということは、それ相応の理由があるということになる。

 竜が言った、『森の全てが消えるのだとしたら』に大きく関与する内容になるのだろうか。それとも単なる自信家か。

「理由だけは聞いてやる」

『私はこの森の番人であるが、そもそも竜とは、大地の守護者。

 私を殺すということは、大地を殺すということ。そしてそれら全てが死に切るまで、戦いは延々と続くのだ。海が割れ、地は枯れ、空は黒ずみ、破滅が訪れよう』

 …関与しているどころか、樹海そのものだと言い始めた。いや樹海そのものというか、大地そのものとまで言い始めてくれている。

 恐らくこの竜は自然の象徴であり、守護者であるため、自然破壊が進めばいずれは現れ、制裁を加えに現れる存在。つまりは地球の代弁者。本物の代弁者ということ。彼の死はこの星の死。生命の死。全ての死。逆に、星の死は彼の死なのだ。

 どおりで強いワケだ。どおりでギリギリなワケだ。恐らく本体であるコレは長らく眠っていて、魔獣等を使って間接的に試練を与えたり、道案内してやったり、薬を渡してやったりしていたのだろう。

 竜の体中にこびりついたコケがその証明。今ではかなりが地面に落ちているから、まさに今、久しぶりに身体を動かしたという事。

 ということはつまり、コイツは寝起き。起き抜けているだけ。それでこの現在の強さの規模。

 その今がワイにとってギリギリ勝てるであろう段階。最低の体調である竜相手にようやく勝てる程度でしかないという段階。

 だとするならば、本気を出させたらワイはひとたまりもないのではないか。

 到底狩れる存在ではないということになるのではないか。

 いや、そうでもないか。

 確かに世界の、挙句は自然の全てを相手にしなくてはならないのは分が悪い。ずいぶん悪い。最悪なくらいに悪い。今までワイが経験した中で最も分の悪い戦いになるだろう。

 しかし自然を味方にしているという物こそが弱点だ。やり方はいくらか思いつく。

 が、それは自然破壊をやってのけるという意味になる。ワイにそれは出来ない。

 ではやはり、勝てない事になるか。けったいな話だ。

「そりゃ困る。そういう意味とは思わんかった。じゃあ、森は奪えんときたか」

『そうなる。だが貴様はまた訪れよう。次は世界を滅ぼす為に来るだろう。

 その時は、この星が相手だ。心してかかるがよい』

「その時が来たら、そうするわ。

 んで、お前は何を代償にワイをここから退けたい?

 戦う事で勝手に樹海が傷つくとあらば、お前から何か話があるんやろ?」

 勝手にワイがいずれ来るのだと勘違いしているらしいので、その方面に乗っけてもらう事にする。

 恐らくだが、ワイの心底にある闇とかそういう、なんともありがちな漫画的解釈が出来そうな部分を見てそう思ったのだろう。世界を滅ぼす意思をこの胸に宿して見えたのだろう。

 確かにワイは竜を狩りたい。が、自然を守護する竜とあらば別だ。自然の味方ならば手を出す事は憚られる。

 それに現在、都合よく話が進んでいるのだ。下手に刺激しないようにしながら、強気に出るとしよう。交渉術はお手の物だ。ふんだくれるだけふんだくり、奪い取れるだけ奪いとる。値切るだけ値切り、貰うだけ貰う。ここは今まで培ってきた、ワイの話術の見せ所だ。

『試練を与えた。それを打開出来るなれば、森の10分の1をエルフの国の隣へ移してやろう。食糧難は多少だが解消されるであろう』

 いきなり破格の交渉がやってきた。予想以上どころではない。話術披露の暇さえ無い。

 例えるならば、木に良い肥料を2㎏のお返しにと高級の家を貰うくらいのあり得ない交換条件だ。だが何か理由があるのだろう。でなければやり過ぎだ。裏があると見てもいい。

「だだっ広い樹海の10分の1……。

 いちいち40マイルも移動せんでエエんやとしたら、破格の褒章やな。

 それで試練ってのはまさか、後ろで繰り広げられとる戦闘のことか?」

 ワイはミゥの事を言っている。どうも後ろで待機している馬車隊の方は囲まれているだけで、交戦の様子はない。だからミゥ以外にソレに該当する試練はない。

 逆に言えば、たったこれだけだ。ミゥが相手にするには少々数が多かったようには思うが、これが森の10分の1に足る褒章だと、報酬だと、試練だと、本気で思っているのだろうか。

 この竜は目覚めたばかりで未だに寝ぼけているのではないだろうか。

 そのようにして、色々と疑ってはみるのだが、どうにもこの竜、嘘を吐くような存在とは到底思えない。

 アメジストから聞いた過去の伝承も、基本は良き存在のように語られていた。

 試練を与える理由も今では分かるし、道案内や、薬を授ける心の広さまで持ち得ている竜だ。

 裏がある、と思ってしまいたいし疑いもするような話だが、そのように思えない自分がいる。

 では一体、何を考えてのこの待遇だ。一体何を報酬の代わりだと言っているのか。

 問いただしたいところだが、場合によっては今の好条件を破棄されかねない。触れるべきではないと考えておこう。好奇心は抑えこんでおこう。それが恐らく正解だ。

『手出しするでない。ウォーウルフに全てを賭けよ。下手に動けば即座に、珍妙な生命とエルフ族、全て殺そう』

「その人狼のミゥが負けた場合は?」

『自由に動くがよい。ただし馬等は全て殺す。エルフ族も、珍妙な生命も。結果的に見逃すのは貴様だけだ。その時は代償として、森の10分の1を与えよう』

「どちらにしても、ワイが得する形……か」

 もはや交渉とはいえない。

 これはもう、多分だが口実だろう。

 『しっかり試練を与えたぞ』という口実。そして試練打開が出来なかった場合も保険で、『代償はしっかり貰った』という口実を作ろうとしている。

 伝説上の存在であるが為に、ここばかりは譲れないと来たか。

 勿論、ワイに見合った試練を与えようと思ったら、ここの魔物化け物モンスター総出で相手しても足りない。竜本体が相手する必要性が出てくる。だがそれはお互いにとって本意ではない。だから仕方なく、こういう形になったという具合だろう。

 いや、ワイが引く事が大前提か。そうならば話は分かる。ワイが竜と戦えば間違いなく星が相当な打撃を受ける。だからワイが引くというただそれだけの行為に見合った代償だと、そう言いたいのだろう。

 ならば森の10分の1など、安い安い。不満を申し立てても可怪しくない程、見返りに合っていないようなものだ。

 だが納得するしか無いのは事実。

 竜を狩るメリットこそ無いし、ほぼタダで分けてもらえるなら、これは相当良い話になる。しかも運送まで頼めるのだから、あまりワガママを言える立場ではない。

 ……竜もまたルールに縛られているということか。 なんと哀れな。

 強大な力を持っているお前は、自然を思うがあまりその力を縛っているというのか。

 自由に空を謳歌することさえ出来ぬ程、お前の空は狭いのか。

 分かった、お前を救おう。

 その大きな翼を広げて自由に飛べる空を作ってやろう。

 こんな破格の報酬を、竜を狩る物であるベルデ=ガドロサ=ドラグーンが貰って良い物ではない。あまりに大きな借りになりすぎる。到底無視していいような報酬ではない。

 お前のその自然に対する慈愛に敬意を示そう。そしていつか解き放とう。

 お前がそれでも自然を愛する為に生きたいのだと、ワイを殺して世界を護ると、開放されてなおも言い放つならば、その首は一生安泰だ。自然と共に愛を育み暮らせ。自然を護り空を自由に飛び回れ。広大な世界はもうお前の庭だ。空はお前の物だ。誰も阻めぬし、誰も拒まない。

 皆を守ったお前は世界に愛されて然るべきだろう。

 もしも消えたいなら、人知れず消えればいい。だがその時お前は、自然と共にそこにあるのだ。一人ではない。だが何にも縛られない。そして世界を見守る真の自由な存在となる。

 ただ雨を受け、ただ日差しを受け、そして安らかに、


 安らかに、休んでもいいのだ。


『それもまた、自由に考えよ。私は退散させてもらおう』

「問う。名前は?」

『ヴイーヴル』

「ワイはベルデ=ガドロサ=ドラグーン。竜の末裔であり、竜を狩る者。自称地球の代弁者。

 故にヴィーヴル、お前をワイが狩る事はない。が、望むならば狩ろう。お前を狩れるのはワイただ一人。そして自由をくれてやる。それまで少しの間、待っててくれ。

 いずれまた。ほな、サイナラ」

『……ではさらばだ。クロガネの男、ドラグーン』

「人間族やっちゅーに」

 咆哮。

 木々が踊りたがる理由がよく分かる。大地が歓声を上げる理由もよく分かる。

 葉々が紙吹雪になりたがる理由も、水しぶきが立ち上がって拍手する理由も。

 空を飛ぶその姿に風が同調し、空自身はそれを優しく包み込む。本当に自然に愛されているのだと、よく分かる。エルフ族がこの光景を見ていたとするならば、涙しているかもしれない。

 大きいのだ。見た目もそうだが、何よりその心が。

 広いのだ。その背中もそうだが、何よりその懐が。

 ワイはお前を認めよう。あの竜の存在を認めよう。殺していい存在ではない。出来れば長生きして欲しいと願える存在だ。

 だが、死にたいのだと、殺してくれと、そう頼まれてしまった時は、殺してやるしかない。

 その辛い辛い使命をワイに頼んでくれるとあらば、それはとても光栄な事だ。出来る限り、楽に殺してやろう。そして、その最期の一時が幸せであることを祈ろう。

 自然を愛しすぎた竜よ、願わくばその身に幸あれ。

 七宝石よ、彼の者の道筋を照らし給え。女神の祝福あらんことを。救いがあらんことを。安息が訪れんことを。













「よう将軍、生きてるようやな」

 事が終わったのを察知し、ワイはミゥの所へ移動した。

 木々は折れ、モンスター達は見るも無残に果てている。相当な数と、相当な巨体。

 ノーマルなエルフ族の戦闘力で今回の代役を果たそうとなると、ざっと10万人くらいになるだろうか。実際は分からないが。

 ミゥよ、よくぞ生き残った。むしろよく生き残れた。ではあと何度、これを越えられる?どれくらいの数、この死線を潜れる?

 なあ、楽しかったか、ミゥ。翻弄されるのは面白かったか、ミゥよ。

 腕も上がらないか。歩けもしないか。酸素がそんなに恋しいか。

だが褒めはしない。

 ワイだって褒められた事などなかったのだ。諦めて笑え。笑ってしまえ。そして立ち上がって次に挑め。そうして狂気の沙汰を極めてしまえ。

 そうして死に掛け続けている内、いつの間にかお前は、ワイになっているだろう。

「どれだけ斬った?」

「……119」

 ……どうも120居たらしい。アレだけの巨体である魔物達120の内119とは、恐れいった。本当、よく生き残れたものだ。

 だがミゥは傷を負っている。早めに手当する方が良いかもしれない。一応で深手は負っていないらしいが、油断ならないのが森、樹海だ。それに血の匂いをいつまでも漂わせていては、モンスター達の格好の的になる。

 だが生憎と、救急箱の類は馬車隊が所有している。ワイにできるのは、ミゥを担ぐ事くらいになるだろう。

「疲れたか?」

「……足りない」

 ワイは今、かなり気分がいい。この樹海のジメジメした感じがまるで不愉快ではないと思えるくらいに舞い上がっている。こんな気持は本当に久しい。かれこれ3世紀前にまで遡る、あの日の時のようだ。

 だがミゥは一方で、不機嫌そう。いいや、それもそうか。

 ワイという存在は鬱陶しいのだろう。上機嫌である様が鼻につくのだろう。先程まで死に掛けていたミゥからすれば、ただの不愉快の種でしかない。

 手を伸ばせは跳ね除けてくれる。

 ミゥよ、その強がった様は、ワイを余計笑わせるだけだ。逆効果だ。やめておけ。

「っは。流石死にたがり。言うことがひと味ちがうな。

 それより撤退や。竜との交渉は成ったで。お前が打ち勝てばそれでよしって試練やった。この樹海の10分の1の報酬やとさ」

「………」

 だが勘違いするなよ将軍。ワイはお前の生還を喜んでいるのだ。本当は褒めちぎってやりたいし、それこそハグしながらチューしてやりたいくらいの気持ちなのだ。

 それが出来ないのはただ単に、それではいけないのだとワイが知っているからだ。

 ワイは竜に対する憎悪のみでここまで這い上がってきた。ワイと同格のもう一人もそう。やるせない気持ちと、圧倒的な悪意によって上り詰めたのだ。

 だからお前はワイを恨まなくてはならない。そうでなくては台無しになる。その憎悪が途切れた途端、お前の成長は止まってしまうだろう。そんな予感がワイにはある。

 だから怒れ怒れ。怒ってしまえ。今のワイは反対言葉しか言わないぞ、ミゥ将軍。

「怒るな怒るな。ワイかて予想外の報酬や。それに竜は狩れん。竜が死ぬと世界滅ぶんやってさ。巫山戯た話やろー?」

「………先に帰る」

「あ、おーい。あーあ……」

 疲労は限界にまで到達しているであろうに、立ち上がってそのまま走りだすミゥ。

 そうだ。それでいい。限界に到達しているというのに、憎悪がお前の身体を動かしたのだ。

 そして、城に帰るまでは限界を突破したまま走り続ける事が出来るだろう。とてもいい兆候だ。お前は絶対に強くなれる。お前はワイにその手を伸ばせる。届く。間違いなくワイの脅威足りえる存在となるだろう。

 ただ、手当くらいはしていったほうが良いと思うのだが、さてどうなるやら。

 とはいえ、城にたどり着けば誰かが介抱するだろう。アメジストか、軍曹か、それ以外でも誰でもいい。今宵のお前は生き残ったのだ。だから必ず生き延びる事が出来るだろう。運はお前に傾いている。偶然もまた必然だ。

 ……奴の身を案じる暇はない。帰ると言ったのはミゥだ。自己責任だ。だから放置しよう。

 それよりもノヴァが不安そうにコチラを見ている。

 ここは馬車隊からかなり遠いし、視界はどこまでも暗いというのに、ワイとミゥの会話まで聞いていた素振り。見ていた素振り。

 ワイであってさえ、デストロンスを使ってようやくノヴァの顔色が窺えるというのに、なんと末恐ろしい娘だ。とんでもなさ過ぎる。

 ともかく戻らなくてはなるまい。何なら一発ぶたれるくらいの覚悟をしておこう。

 ノヴァはどうにもお怒りだ。

 ワイはそう思い、ようやく走りだして、気がつく。

 これは竜であるヴイーヴルの仕業だろうか。ワイが馬車隊の元まで戻れるようにという配慮のつもりなのか、きっちり目印が付けられている。

 光る茸の道。それは蛍のような輝きであり、薄暗いながらしっかり道筋を作っている。

ミゥは別方向に走って行ってしまったが、大丈夫だろうか。一度は放置を決め込もうとしたワイではあるのだが、少し心配になってくる。

 樹海はそれほどに広い。竜も流石にこの道しるべを無視する輩を世話するとは思えない。

 だが、やはり自己責任という言葉に尽きる。これこそが奴が望んだ結果だ。この際野垂れ死のうが気にしないでおこう。奴の命運はそこまでだったということ。自然は生きるべき者を理不尽にも選ぶ。それに抗う術は無い。ワイであってさえもだ。

 ある程度進むと、馬車隊の松明の光が肉眼で確認出来た。場所は移動していない。馬をどうにか制御出来たのだろう。交戦痕跡まるで無し。損傷も見たところ無し。モンスターに至っては、見る影もない。竜に指示されて帰ったか。

 颯爽、と言うには少々葉っぱまみれだが、ワイは到着早々にアーノルドの背中を叩く。

「よう、無事か?」

「ぎゃっ……うわっ!ガ、ガドロサ様!いいいい生きてたんですか!?」

 何かアーノルドの驚き方がおかしかったような気がする。

 背中を叩かれて驚くのは分かる。突然なのだから驚きもするだろう。だがその後にワイを見て、更に驚いたように見えた。ワイは葉っぱまみれだが、そこまで豹変はしていないつもりだ。

 怪我もしていないし、普通の顔であることは間違いない。

 もしかしてだが、いやまさか。アーノルドが相当に食い意地張っているとはいえ、まさかそんなことはあるまい。ワイが怖いと思うならば余計にその筈だ。まさか、いやまさかそんな筈は。いやいやまさか。

「何故に殺そうとしてんねん。ふざけんなや。てかワイの死亡はつまりお前らの死亡やぞ」

「あ、あははー、そうですよねー、あははー」

 いやー、まさかねー?

 とかいって見逃しても良いのだが、ワイは生憎機嫌がいい。故にイジメてやろうと考える。

 アーノルドも少しは痛い目を見なくては分かるまい。それに、帰るまでに何度ツマミ食いされるか分かったものではないのだ。

 今となってはツマミ食いどころか、全部食べてしまっても問題はないのだが、本当に困る時が訪れた際もこの調子では困る。釘は早めに打ち付けておくに限る。

「あー、お前もしかしてー?」

 そんな風に、脅かしに入った直後、まさかのDOGEZA。流石のワイもこれにはドン引き。

 流石に、ここまで求めてはいない。ほら、ノヴァが怒っている。ワイの所為じゃないのに。というかワイは今回ばかりは正論を述べている筈なのに。

 いや、正論でないことをノヴァは知っているからこそ、ワイに怒っているのだろう。

「ごめんなさいあたし欲に負けてもう放置でも何でもやってくださいごめんなさい!」

「……」

 ノヴァはワイの服を引っ張り、睨んでくる。勿論ワイには大体予想がついている。

 そしてノヴァは、ワイと竜の会話もしっかり聞いていたのだ。結構小難しい話だったと思うが、全てを理解しているらしい。

 どう足掻いても、余興を続けられる状態ではなくなった。このままではノヴァがひと暴れしかねない。ワイも子ども相手に手を上げるつもりはないし、穏便に行こうと考えざるを得ない。

 まったく、これだから餓鬼は嫌いなのだ。そう心の底から思う。

「ミゥなら一人で帰ってったで。あと別に、アーノルドをどうこうするつもりはない。ツマミ食いじゃなく、ノヴァがくれてやっただけやろ?」

「いえ!あたしが欲に負けた結果です!ノヴァさんは悪くないです!」

 意味は分からないが、かばうかのようにアーノルドがノヴァを抱きしめる。そして何故かアーノルドまでが睨みつけてくる。

 って、あれ?ちょっと待って下さい。どういう話だったかを1から考察させてもらってよろしいでしょうか。何か理不尽を感じるのですが、それは気のせいなのでしょうか。

 …ああ、もう気分がダレてしまった。

 とてもいい気分だったのに、誰かさんの所為で帳消しだ。なんでワイが悪役ポジションなのか説明して欲しい。この理不尽を誰でもいいから解説して欲しい。

 とりあえず誤解をとくため、告げておく。

「誰もノヴァが悪いなんて一言も言ってないがな」

「え、では……」

 ようは、アーノルドが死を覚悟してまで果実を食べようとしていてしまっていたが為に、ノヴァが気を利かせて与えてやったのだろう。

 そうすればワイが怒るに怒れなくなる事をノヴァは知っていたし、竜の話で余計にそれを確信したのだろう。

 事実、ノヴァの判断だ。子ども相手に駄々こねるなと言う事自体間違っている。

 駄々をこねたのはアーノルドだが、そうではなく、子どもに大人の価値観など理解出来ないという話だ。ノヴァは正しいと思って行動を起こした。それだけの事。そしてそれを褒めてやるのが本来大人の勤め。怒れるワケなど最初から無かった。

 ワイはノヴァの麦わら帽子を脱がしてやって、ひとしきり頭を撫でてやる。

 まだ怒っているようだが、もう何も言うまい。子どもは素直が一番だ。

 ………、血は争えない、というべきか。蛙の子は蛙と喩えるべきか。ワイもまた、嫌な大人になってしまったものだ。

「……どうでもエエから帰るで。道筋は示してくれてるようやし」

 空いた手でワイは指指す。他のエルフ兵達やノヴァは気がついている様子だが、リーダーたるアーノルドはまるで気がついていなかったらしいので、あえて教えてやる。

 見ればワイが通ってきた道筋よりも遥かに多い、光る茸。時間経過でそれ相応に増えたということか。ついでに光も強くなっているようだ。

「わあ、何ですこれ、綺麗」

 アーノルドがそう告げるということは、この茸はこの樹海特有の産物なのだろうか。いいや、そんな筈はない。光る茸は以外と多い筈だ。特に洞窟などでよく見かける筈。種類は違えども。

 間違いなくアーノルドが見たことないだけだろう、とワイは結論に至る。

「まあ樹海の外に行こか。夜間移動は馬もかなりキツイ筈や。外出て休息するで。んで、朝には出発。エルフの国に帰る」

 光る茸に感動してか、茸を集めて回っているアーノルド。一応道しるべなので、ちょっとよして欲しい。しかも触っていい代物かさえ分からないというのに。というか何故集めているのか。部屋にでも飾るつもりか。どんな部屋にするつもりだ。馬鹿か。

 分かった、お前には例の発光する棒をくれてやる。後でくれてやる。だから集めるのをやめろ。お姉さんであるお前がそれでは、ノヴァが真似しかねない。

 やめろって言うに。

「でも馬車はまだ一杯じゃないですよ?」

 防具首部分を持って掲げてやると、そんな事を言い始める。本当、呑気で羨ましい。

 ともかく光る茸を捨てさせて、馬車隊を歩かせる。もう夜も遅いし、あまり長居するのは賢い選択ではない。早々に樹海を出て、早々に休息するべきだ。

 特にワイは昨日徹夜なのだ。もう体力は限界。ワイもそこまで若くはない。

「竜から報酬貰ったんや。帰れば分かる。あー疲れた」

 ノヴァは馬車の上でのんびりし始める。エルフ兵達も随分疲れたご様子。恐らくモンスターは襲ってこないだろうと思うのだが、それでも一応警戒しておこうと思う。

「ご飯はどうしましょう!」

 アーノルドは本当、呑気で羨ましい。なんだかんだでこの中で一番元気そうだ。

 というより、竜から報酬を貰った、とワイは確かにそう言った。エルフ兵達も気になるワードだっただろう。出来れば拝聴しておきたい内容だっただろう。にも関わらずアーノルドときたら、頭の中は食べる事で一杯一杯。変わりに頭と胃袋は空っぽか。

 脳筋という概念はあれど、脳みそまで胃袋で出来ているという話は聞いたことがない。この娘はどれだけお目出度いのだろう。呆れて物も言えない。

 どっと疲れた。そして腹も流石に空いてきた。樹海を出たら早速食事にしよう。それだけはアーノルドに賛成だ。

「……もう好きに食えや。後ろの荷物は解禁や」

「やった!ノルポゴーデもいいですか!?」

 その口も喧しいが、鎧なんてガチャガチャと更に喧しい。アーノルドの防具をせめて新調してやる必要性を感じざるを得ない。きっと他のエルフ兵も同意見である事だろう。

 そしてワイは力なく言ってやるのだ。

「……なんやそれ。呪いの呪文?」














「よーうミゥ将軍様。大将より早いお帰りは、いかがな気分やったかね?」

「………」

 時刻は昼間。馬車の乗り心地は言うほど悪く無かった。

 アレほどの大移動に加えて、警備をワイ一人に任せられ、ノヴァはアーノルドとスヤスヤ眠ったままだったし、徹夜のワイには地獄のような時間だった。

 言ってしまえば現在のワイは、酷く不機嫌でしかない。

 何度アーノルドの間抜け面にラクガキしてやろうと思ったことか。

 とりあえず先程、ようやく到着。未だにスヤスヤお昼寝中のノヴァ様をベッドに寝かせ、ワイは肩を鳴らしながら玉座の間にやってきた。

 だがそこにはエルフメイド達の姿はなく、アメジストも見えない。軍曹は警備途中であろうし、兵士達がここにやってくるワケもない。だから居るのは、ミゥただ一人。

 暇そうに腰掛け武器を整備するミゥは適切な治療を施されているようで、大げさな包帯に巻かれている。お前もまた、呑気なものだ。良いご身分だ。

 ワイの一言は無駄に喧嘩腰だ。だからミゥもそれに乗るだろうと思った。正直なところ、一発そのすました顔を殴ってやらねば気が済まない。何が悲しくてエルフ国の王様であるワイが警備から戦闘から色々を寝ずに務めなくてはならないのか。本来ならばミゥと半々になるところを全部だ。当然ワイの虫の居所は悪い。

 怒っている理由が何かを理解しているらしいミゥは、横目で冷たい視線を送ってくる。

 眉間にシワさえ寄せずに、それだけ。そんな余裕さが余計にワイを怒らせる。

「せやろせやろー。気分悪い事この上ないやろー」

 ワイがジェスチャー踏まえて怒りを顕にしてやると、ミゥは立ち上がった。

 怒ったか、怒れ怒れ。前回は反対言葉で済んでいたが、今のワイは素直に怒っているし、怒らせようともしている。

 どうだ、お互いに理不尽押し付けあっているというこの不毛な感じは。とてもやるせないだろう。どこに怒りをぶつけていいか分からなくなるだろう。

 だが互いの目の前に丁度、いいサンドバックがあるのだ。よく見ろ、あるだろう。

 ワイがお前の目の前に立ち、お前がワイの目の前に立っている。

 これで十分だ。全ての準備は今、整ったぞ。

 さて始めようか。怒っているのはお互い様だ。殴り殴られるのもお互い様だ。せめて一発殴らせろ。その口実を作るために早く、お前から始めろ。ワイからでは少々問題があるのだ。

「……竜が来た」

 と、まさにゴングが鳴ろうとしている最中で、ミゥが関係ない話を始めてくれた。これ以上ワイを焦らすとはいい度胸だ。手加減はしてやるが、骨の1本2本は覚悟しておくといい。

「……まあ、そりゃ来るやろ。樹海移動させに」

「……森を作って」

「いや、分かってるから。アメジに聞くからエエ。そこで永遠にすねとれボケ」

 言い放ってみた途端に、違和感が胸に刺さる。

 ワイはこれほどかと言うくらいに激昂してはいるものの、流石にそこまで子どもではない。もういい年だ。36歳だ。だがら冷静になるのも随分早かった。

 いや、遅すぎたくらいか。

 冷静に考えればこの状況は変だ。ミゥは別に高揚して仕方ないワケでも、喧嘩腰でも何でもない。強いていうなら、ややテンション低め。いや、落ち込んでいるような様。

 先ほどの冷たい目だと感じたそれは、別に冷めているワケではなく、怒る気にさえなれないと、今はそんな気分じゃないのだと、そう言っている目にほかならない。

 なのにだ。ミゥはどうしてかよく喋る。いつもは話しかけても喋らないし、樹海で喋っていたのも、気分が高まっていたからにほかならない。そして、どうしても喋る必要があったからだ。

 そうでない場合以外、ミゥは喋っていないように思う。それこそゲル国に居た段階では一言も喋っていなかった。参謀シュンが傍に居たからだろう。

 とんだ早合点だった。ミゥはそれどころではないのだ。そうでないならすでに殴り合いは始まっている。それにミゥは喋り出している筈がない。

 では今、何を話そうとしているのか。何がそんなにお前のやる気を奪っているのか。

 これは、聞いてやらねばなるまい。一応ワイはコイツの保護者だ。

「ああ、すまん、堪忍したってや。勘違いしてた。前の事で拗ねてるワケと違うん、今分かった。ごめんなホンマ。んで、何かあったんか?」

 ミゥはそれを聞いて、随分安心した表情をする。

 とはいえ、変化など殆ど無い。だから多分、ワイの直感がその気配を肌で感じているのだろう。ただそれだけの、何とも形容しがたい理解方法ではある。

 だが分かるのだから仕方ない。通常の価値観や常識がアテにならないのは、ミゥもワイも同じというだけだ。

 少しするとミゥは椅子を引っ張りだし、ゆっくり座る。

 体重が重いのか知らないが、椅子が少し嫌な音を立てた。

 ワイはなんとなく後方を見て、誰もない事を確認。だが座る必要性を感じなかったワイは、立ったままこの耳を傾ける。

 すぐに意図は伝わったようだ。

「…喜んでいた。理解者が出来たと」

「……竜がか?」

 と言うことは、竜はミゥと会話を交わしたと言うこと。そしてメッセンジャーとしての役割をミゥに押し付け、樹海をここに運んで、そのまま去っていったのだろう。

 伝言役であるミゥは役目を果たそうとここに居て、そして喋っているのだ。

 しかし、竜がやってきたというのにエルフ族共、どうして何もしなかったのだろう。

 いや、事が起こったのは間違いなく深夜。だから余計な混乱は起こらなかったのだと察する。

 恐らくだが、ワイと交渉を終えてすぐに飛び立ったのを考えると、それから1時間後かそれより前には到着していたと見る。

 そして、話を交わそうとする存在を、あのヴイーヴルはその場で待ったのだ。エルフ族は怖くて近寄ろうとしなかっただろうし、アメジストなんて軍曹に止められてしまっていただろうから、かなりの時間を放置されていたと思われる。

 そこにミゥがやってきた、という所か。

 しかし、無口が常の存在に伝言とは。そう考えると少し笑えた。

「…奴は、お前に殺される事を、望んでいる。お前は、一手を、早々に打たねば、ならない。

 その為には、ゲルマニクス大帝国、を倒さねば、……ならない」

「…、なんやこれは」

「竜の資料……。竜を開放する、手段」

 ヴイーヴルはやはり、消える事を望んでいるというのか。だとしたら残念だ。

 だがあまりに長い時を生きたであろう竜だ。ずっと世界を守ってきた竜だ。そう思っても仕方あるまい。形あるもの不変であってはならない。それが自然の摂理。

 なのに一人変わらぬままそこに居なくてはならない苦痛は、計り知れない。

 誰もが死んでいく。どうしても死んでいく。置いて行かれる。それはとても辛い事なのだろう。きっと、想像を絶する痛みなのだろう。

 もう十分苦しんだ筈だ。もう解放されてもいい筈だ。誰も咎めまい。お前に罪はない。

 そして、机に置かれる一冊の本は、ワイの手を勝手に動かした。

 答えがここにあるのだと言われたら、触れるしかあるまい。目を通すしかあるまい。

 ヴイーヴルに同情している。哀れだとも思っている。力になりたいとも思っているし、そして、殺してやらなくてはならないという使命感もある。

 全てが総じて、ワイを突き動かす。結果、怒りも疲れも、一瞬で忘れてしまっていた。

「……。速読するわ。少し待ってろ」

 随分古い。だが一応で言語は理解出来る。読むのはそんなに難しい話ではない。これをミゥが探し当てたのか、軍曹が頼まれて探したのかはこの際置いておこう。

 少なくともこれが答えであり、結果なのだ。ヴイーヴルを救う全てなのだ。

 パラパラ見れば理解出来る。随分と長い伝承と、数々の大きな伝説がこの本には書き連ねられており、そのほとんどはヴイーウルの解放とは関係がない内容。

 元よりヴイーヴルとは、ワイの世界においての伝承上、竜というより蛇が近い見た目であった筈だ。その背中には蝙蝠のような羽があるとされ、ダイヤモンド、またはガーネットの瞳を持つと言われていた。もしくはそのダイヤは額にあるともされている。

 地底か城かに住まうソレには雌しか居ないとさえ言われており、その宝石を手に入れれば世界一の権力者になるとか何とか。

 昨日見たヴイーヴルはそういう竜ではなかった。額に宝石なんて無かったし、目なんて爬虫類のそれそのまんまであり、形状こそドラゴンそのもの。

 だがその鱗が岩のようであった事を考えると、ドラゴンとも厳密には違う生物なのだろう。

「………ヴイーヴルは、命の恩人だ。だから頼む、解放してやってくれ」

 今の台詞は、聞き逃せない。

 よくよく考えれば、ミゥであっても竜に近づくのはあまりに不注意過ぎる。軽薄にも程がある行動、警戒心が皆無にも程がある。

 仮に竜のご指名であり、そして竜が敵意がないことを告げたにしても、誰もが耳を傾けないのが普通。そうであるのが当たり前。何せあの巨体だ。爪は鋭く、羽根は大きく、牙もまたあって、何より昨日のレーザーを垣間見てしまえば、ミゥとて容易に近づく筈がない。

 だがそうならなかった理由を、しかも重要そうな事を、今ミゥは口にした。

 命の恩人と言うことは、いや、待て。違和感はそれだけではなかった。

「ヴイーヴルとは、……どういう関係や?」

 ワイの予想が正しいならば、ミゥは、

「…幼き頃、俺はジューダス姫に、会っている」

「……」

 そうなる。いや、そうにしかなるまい。それ以外の解答が見つからなかった。

 アメジストは知っていたのだ。竜がどういう存在なのかを。恐らくその姿を見た事はないにしても、話が通じる相手である事をだ。

 随分前の会話に遡ってしまうのだが、昨日のアメジストは竜の話をしていた。

 しかし何故かその語りは、誰かに聞いたような具合とも、この本を見た具合ともまるで違っていた。実体験を一部一部交えて話しているような、とても懐かしんでいるような。

 そっくりそのまま思い出すと、こうだ。


【数多くの凶暴な魔物がウヨウヨと。そして、古より『そこには竜がおります』。かの者はモナモの樹海の守護神で、『人語を話しますが、干渉を強く拒みます』。食料を取りに入ったのだと知れば、もれなく攻撃してくるでしょう。

 ただし、『迷った者を出口へ導いたり、死にかけた者を助けてくれたり』、万病に効く薬を入手しにやってきた者へは試練を与え、打破出来ればくれてやるらしいなど、多少の交渉の余地はある存在です】


 どおりでアメジストやミゥが、竜を買いかぶったような台詞を吐いていたワケだ。

 ワイの強さを知っていて尚、竜に部があるかのように語っていたワケだ。

 どおりで具体的な部分が多いと思っていた。珍しく変な語りだなと感じたワケだ。

 どおりでアメジストもミゥも付いて来ようとしていたワケだ。会話の機会があるかもしれないとそう思ったのだろう。

 だから、ああ、なるほど。そうだったのか。

 そのようにしてワイは、ようやく全てを理解した。そして詳しくは、ミゥがここで語ってくれるだろう。

「ジューダスは、…野良犬がやってきたと、思い込んだ」

「……鍵…」

 見つけた。この辺りがヴイーヴルを開放する手段。それらしい文面が、無駄に古びて存在している。

 過去にも竜討伐を目論んだ存在が居たと言うことか。その結果、読みにくさは倍増している。だが読めないワケではない。保存状態はさほど悪くない。過去のエルフ族に感謝しなくては。

「俺は彼女を、連れだした。外が見たいと、……言ったからだ」

「…………」

「怪我を負った。俺は、動けなくなった…。

 だがジューダスは、森へ俺を、運んだ。伝承こそ、知っていた、からだ」

 当時、アメジストとミゥは何歳だったのだろう。察するに二人はかなり若い。アメジストに至っては記憶が曖昧な年頃だったかもしれない。

 ああ、だからミゥはアメジストを無駄に観察していたのだ。

 きっととても懐かしかったのだろう。嬉しくもあっただろう。

 そして竜討伐の話を聞いて、ミゥは一緒に行くとだけ告げて、武器を整備しにいったのだ。複雑な気持ちのままに。

「………、鎖と鍵、杭…ヤシロ……竜は………」

「そこで竜に出会い、俺は、生きながらえた……。奇跡的、だった」

「……ゲルマニクスの所有地、か。距離も近い……」

 なるほど、と思う。それは両方の意味で。

 ヴイーヴルを解放する手段もおおよそ理解した。そして、ミゥが言いたいことも、もう分かった。だから好きに語らせてやろう。お前にはその権利がある。ワイにぶち撒けてしまうだけの権利がある。そしてそれはもはや、義務に近い。

 気が済むまで語れ。そしてワイも、なるべく期待に応えてやろう。

 そこに義務や権利がなくともだ。さもなくばお前は強く在れない。それでは困る。

「竜は、竜ではなかった。本物では、なかった。俺の愛竜、グレードラグ。竜は、彼を通じて、会話していた」

 ミゥが乗っていたあの竜モドキの名前は、グレードラグ。灰色という色ではなかったように思うが、ヴイーヴルが名付けでもしたか。妙にハイセンスな名前だ。ワイと同じレベルのセンスを感じなくもない。

「………確かに、ゲル国盗らんことには……」

「ジューダスを送り、俺も、帰った。それ以来、会っていな、かった。覚えてもいないらしい」

 覚えていない、とは。それはミゥのこともそうだし、竜との出来事もそうなのだろう。

それはミゥにとって、本当に辛い事だっただろう。そしてワイに一目惚れしているような素振りに、当たり前のようにアメジストの隣にいるワイに、嫉妬したか。

 お前は、だからダメなのだ。

「…お前いくつやっけ」

「……23」

 軍曹の言った、少なくとも二〇代というのは当たりだったようだ。ワイはもっと若いかのように思っていた。アメジストと同い年とは言わずとも、丁度20際くらいかと。

 シュンに至っては30か40かで悩んでいたが、どういうことなのやら。

 ただ思ったのは、コイツもまた箱入り娘であるアメジストと何ら変わらないという事。

 お前もまた、自由を知らぬ、檻の中の狼か。

 どうしてこうも奇遇なのだろう。類は友を呼ぶ、というやつか。どれもこれも、ワイにそっくりな境遇だ。

 違うのは、コイツ等は檻を自分で破壊したワケではないという事。場合によってはまだ檻の中だという事。そして、経験があまりに足りないという事。

 決定的に違うのは、その胸の内に、愛を掲げている事になるか。

「ワイは36。とはいっても、死亡した段階がな。そっから歳を取らない肉体手に入れて、早3世紀生きとる。ある意味ではおじいちゃんやね」

「………俺は、ジューダスを保護しようと、思っていた。だが、抗えなかった。だからドラグーン、お前の存在は、本当にありがたかった」

 これだけの話を聞けば分かる。

 少しの間でしかないとはいえ共に過ごした馬鹿達だ。挙句は似たもの同士。考えている事、やろうとしていた事、そして葛藤や苦難や思考パターンなど、もうお見通し。

 同じ立場ならばワイもそうしただろう。そう思う。

「そりゃ輪姦されんで済んだもんな?

 お前にその意志がなく、そして抗っても無駄だと知っていた。

 そこでお前はこう考えた。

 例え彼女が穢されてしまっても、とあるタイミングで、駆け落ちしようと。全てを愛し、絶対に幸せにしてみせる。そして見捨てた罪も償おうと。誰も知らない安住の地で、二人きりになって、二人だけの世界で」

 言葉がキツくなってしまったのは、不可抗力だ。ワイの口は元々、反吐が出るくらいには悪い。だから自然と責め立てるような台詞になってしまう。

 だが事実だ。これが事実だ。嘘偽りのない、客観的意見だ。

 ミゥは、ワイの登場に酷く安堵しただろう。そして悔しさに打ちひしがれた事だろう。

 本当は護ってやりたいと思っていたし、正解だろう術も知っていた。だがそれもまた間違いなのだと、間違いにしかならないのだと、ミゥはわかっていた。

 苦渋の選択だったに違いない。ミゥは人狼全てを皆殺しにする以外に、ゲル国全ての兵士を相手にし、全てを殺す以外に、アメジストを救う術がないのを知っていた。

 だがそんな事、絶対に不可能。そんな事が出来るならばやっていたに違いない。

 だが自らの力程度ではそれを成し遂げられない事を、愛云々だけではどうにもならない現実を、力いっぱい噛み締める以外に出来なかったのだ。

 例えば全てを敵に回して、生き残れる確率は幾らか。簡単な計算だろう。考えるまでもない。

 答えはゼロ。掛け算しても一切変化しない、ゼロだ。

 そうとあらば動き出せない。実行すれば自らは死に、アメジストは陵辱の限りを尽くされて終わる。その結末を覆す存在は居なくなってしまう。最低の事態が起こってしまう。

 だから、もう一方の方法に自然と意思が転がり込む。助ける方法としてはあまりに邪道であり、成功率もまた低いが、ゼロではない方法へと。それに賭けるしかないのだと。

 それが、捕縛されたアメジストを救出する作戦だ。

 敵陣地にやってこさせられたアメジストはすでに酷い目にあっているだろう。だがそれを承知の上で連れだし、あとはハイリスクの逃亡劇を決行するいかない。ミゥにはもはや、それしか手が残されていなかったのだ。

 仮にエルフ国へアメジストを連れ去りに移動したとしても、事はそう単純には進まない。

 アメジストは抵抗するだろう。何が何でもエルフの国から離れようとはしないだろう。ミゥは彼女と交戦し、結果、どちらかが高確率で死ぬ事になる。そしてその内で最も恐ろしいのは、ミゥが彼女を殺すという結末。考えられる限り最低の結果だ。そうでない一方、ミゥが死んでしまうような末路だったとしても、やはりアメジストは捕らえられて酷い目に合う。未来に変化は訪れない。

 もしもミゥがアメジストを捕らえる事に成功したとしても、そして見事連れ去りを成し遂げたとしても、タイミングがあまりに悪すぎる。

 ミゥはアメジストの意思を完全に踏み躙る形。その気が無くとも、アメジストはそう感じるだろう。そしておそらくは、……、自殺する。

 アメジストがゲル国の手に落ち、陵辱の限りを尽くされた頃にはエルフの国は陥落している。すでに手遅れ。故にアメジストはその段階になれば、全ての諦めを悟る可能性は高い。よく頑張ったのだと、やるだけやったのだと。そうしてミゥが導こうとする、新しい道を歩み始めても変ではない。

 だがそうでないタイミングに連れ去りをする事は、自決というリスクを非常に高めてしまう。

 誇り高いエルフであるアメジストを考えれば尚の事、陥落前に連れ去られる事はショック以外の何にもならない。戦えた筈なのにと、護れた命が数多くあった筈なのにと、そしてミゥを恨みながら……。

 ミゥは全てを想定した。その道が彼女を生かす最善なのかを。そして悩んだだろう。悔しかっただろう。どうしても彼女が辛い思いをしなくてはならない選択しか選べない自分が情けないと、何度も何度も、そう思っただろう。

 自らの無力を悔やみ、どうしようもなく、ただただ立ち尽くし、そして言い訳までして、自らを散々責め立てて、責めて責めて責めて責めて、問い詰めて、自らを追い込んで。

 ミゥ、お前の気持ちは痛いほど分かる。だがお前に罪などない。

 そして、自らの無力が許せない、自らの全てが許せない、とそう思う理由もよく分かる。

 それで正解だと、ワイも思う。

 弱い者に何も救えないのだ。どれだけ綺麗事を並べても、どれだけ偉大であろうとも、どれだけお前の想いが強くとも、世界で一番、彼女を愛していようとも。

 思うだけならば自由だ。だが、行動するには強い力がどうしても必要な物。

 弱いお前は、何も出来なかった。それが現実だ。辛いだろうが、現実だったのだ。

「………俺は、弱い」

「……責めるつもりは無い。結果的に事態は好転した。それだけや」

「………」

 そう、お前は弱い。だからこうしてワイがやってきて、全てを奪われた事に何も言えない。 

 お前は現実を受け入れ、そして感謝さえしている。お前は愛するが故に見守るだけの存在になろうとしている。

 だがミゥよ、それは間違いだ。そればかりは大きな間違いだ。

「…なあ、将軍。お前はジューダス・アルブフェイラ姫が、ホンマに好きなんやな」

「………」

「んでお前は、竜を救いたいんじゃないんか。お前の手で」

「…………俺は、」

 ワイの知り合いはそうだった。自分では見合わないから、せめて遠くで見守ろうと、そんな女々しいことを考えていた。その結果をワイは見た。知っている。

 最悪の結果だけが待っていた。見る限り最低の終わりだった。

 お前だってなんとなく分かっているだろう。そんなもの愛ではないのだということくらい。

 無意味な茨の道を歩む事がお前のやるべき事ではない。そんな事に力を使おうと思うくらいならば、この場で天に還れ。地に還れ。

 お前は、お前はそんな事のために強くなろうとしているのか。違うだろう。そうではないだろう。なのにどうして逸れようとする。どうして離れていこうとする。お前はどうして、自ら出した、そして、自らが一番正解だと思う答えを諦めようとしている。

 自信を持て。正解なのだ。それが正解。それが正しい。間違えなどではない。

 分からないならば分からせてやろう。怒鳴る必要性があるならば、怒鳴り散らしてやろう。

 そうでもしないと分からないならばそうするしかない。この馬鹿が。お前は本当に馬鹿な野朗だ。糞のような犬だ。

 そんなだからダメなのだ、一匹狼。目を覚ませ、将軍。元中将。

「彼女が望むなら良しだとでも?竜がワイを指名したから引き下がるとでも?

 お前な、それは可怪しい。ハッキリ言えばアメジストも可怪しい。お前らお似合いなくらい頭可怪しいわ。

 なんで複雑に考える。どうして自分よがりで生きていけない。綺麗でありたいんか?それとも、………。

 竜退治はお前に譲る。竜にはそう言う。選手交代やーって。

 全てはこの世界の問題や。全部を部外者のワイが解決するのは変やって思うし、出しゃばり過ぎやとも思う。

 ワイから言えるのは、どれだけ過酷な道であろうが何であろうが、生きるしかないって事や。

 それでな、護りたいって思える人が出来たんなら、精一杯愛さなあかん。ずっと一緒にいてやらなあかん。そばに居らんと護ってやれんのや。誰も救えん。愛する人さえ救えん。

 救えんかった奴が知り合いにおった。ワイと同じくらい強い奴やったのに、傍におらんかった所為で、救えんかった。ああ、エエ女やったで。我が子護って死んでったらしいわ。

 羨ましい話やで。ワイは親に、一族全員に、殺されかけたっちゅーのに。逆に皆殺しにしてしまったっていうにな。ホンマ巫山戯てる。何やソレやろ。天と地の差の境遇や。

 その子どもは生きて成長して恋して、でもやっぱ親子やわ。傍に居てやるという行為をすぐに止めた。馬鹿な親子、似たもの同士。結果的にその息子の方も最悪やったで。最低の終わり方したで。んで死ぬ気もないのに事故死しやがった。あの馬鹿、ああクソ、思い出すだけで腹が立ってきたわ。何の為にワイ等必死こいて色々やってたかも知らんと……。

 あのな、ワイはな、ジューダスを愛してなんか無い。なのに勝手に言い寄ってくる。

 きっと強い男やから勝手に惚れやがったんや。顔とか性格とかじゃなく、ただひたすらキチガイじみて強いって理由でな!

 んだらお前、やることなんて決まっとるやろ!ひたすら強くなって奪ってみせい!男なんやったらど根性みせたらんかい!ジューダスが惚れ惚れするくらい強くなってしまわんかい!竜一匹狩るのが造作ないくらいの力身につけて!そんで!護ったれや!

 好きなんやったらやってのけんかい!彼女が望むならうんだらかんたら、お前それでも男か!一人の女に惚れてしもた男なんか!けつの穴小さいで!ワレは好きな女の為だけに命張ることさえ出来へんのか!奪いとったらーと息巻く事さえ出来ん弱い弱い一匹狼か!ああ!?」

「…………」

 なんて面だ。見っともないぞ千疋狼。

 どうだ、お前の心に真っ直ぐ届いただろう。それも相当痛いだろう。思い切り殴りつけてやった。殺すつもりでやってやった。これでワイの怒りも収まりがつくというものだ。

 で、どうしたミゥ。衝撃が強すぎたか。目を見開いて、驚いて、泣きそうで、お前は一体何を考えている。

 そうだろうよ。そんな面にもなってしまうだろうよ。

 それで、少しは落ち着いたか?

 お前の行末と、お前の未来、それがはっきり見えてしまったならば、もう逃げの道は選べまい。見守るだけの存在を望む気さえ起きなくなっただろう。

 答えは完全に見えた筈だ。正解がどれかよく分かった筈だ。

 これであと、お前に必要なのは勇気だけ。覚悟だけ。

 とはいえ、こっちもまた茨の道には違いない。いやむしろ、コチラの方が断然生き地獄に等しい。死ぬより断然辛い、過酷な道なのだ。

 だが、お前の愛が本物であるというならば、お前はこれを進まなくてはならない。

「……、言い過ぎたかもな。堪忍な。

 せやけどミゥよ……、ワイはそう思てる。これが素直な感想やし、願いやし、答えや。

 お前ならばアメジストを幸せに出来ると思うし、竜だって頑張って狩れると思う。

 弊害が、ジューダス姫を覆い隠してしまうってんなら、全部貫いてしまえ。

 お前が信じないで誰が信じるよ。

 お前が信じろと堂々言えないで、ジューダスがどうして信じてくれるよ。

 どうして寄りかかってくるよ。どうして頼ってくれるよ。

 いいか、ミゥ。

 愛したい女は、ただぎゅっと、抱きしめてやれ」

「………」

 椅子に腰掛けるミゥの肩を、ワイは思い切り叩く。そして、手を乗せたままに言ってやるのだ。覚悟はそれだけ必要で、そしてこの手が、ワイが、最大の弊害に他ならない。

「傍に居てやれば、それが全てなんや。結果がどうあれ、全てなんや」

 お前にならばこの命、くれてやってしまいたいくだいだ。だがワイにも目的がある。だからくれてやるワケにはいかない。どうしても渡してやるワケにはいかない。

 だから、どうしようもなく強くなれ。そして奪いとっていけ。 そうでもしなければお前は一生、負け犬のままだ。だから貫け。

 アメジストのワケの分からない愛なんて、粉々にしてしまえ。

 もうそうするしかない。そうでしか手に入らない。

 今ではお前の事を覚えていないらしいアメジストらしいが、いずれ思い出すに違いない。そうとあらば、今より自体は好転する。間違いなく好転する。

 あの女は実際、いい女だ。誰かに尽くし、誰かを一途に愛し、そしてその誰かを幸せを思う女だ。いい女じゃないワケがない。

 今ではワイに一目惚れしたと語っているが、それは間違っている。

 あんないい女、ワイの所で死んでいいような奴ではない。だから、お前は救ってやらねばならない。間違いを正してやらねばならない。お前ならば、あの女も幸せだ。ワイには勿体無さすぎる。あまりにも惜しすぎる。

 歪む一方なのだ。このままでは。

 だから頼む。お前は生きろ。死線を幾多もくぐりながら、それでも生きろ。

 ……ミゥは、こう言った。

「………、ありがとう」

 さて、格好良く決め台詞も吐いた所で、一段落はついている。だから変に我慢剃る必要はないだろう。全身全霊で対応させてもらう。

「やめい!お礼はやめい!鳥肌立つ!ワイはお礼言われるの好きじゃないんよ!

 うっわ、柄にもない事した罰やわ!ううわ!うっわ!っぺ!気色悪!」

 ワイはお礼を言われるのが特に大嫌いだ。しかも心をこめて言われると余計にヤバイ。何がやばいかは知らないが、とにかくヤバイのだ。こそばゆいではなく、そう、拒絶反応。アメジストの『ありがとう』は基準が明らかに変であるからノーカンで済ませるが、今のミゥの『ありがとう』は真心が篭められ過ぎていて一切笑えない。いやもう笑うどころか悶え苦しみかねない。というか死にかねない。血液が逆流する。ヤバイ、これは死ぬかもしれない。マジで死んでしまうかもしれない。ショック死する。気持ち悪い。気色悪い。どうしてこんな体質なのかは知らないが、ともかく助けて欲しい。誰でもいい、殺してくれ。腸引き裂いてこの暴れる虫を引きずり出してくれ。きっとワイにはたちの悪い寄生虫が身体の中に、

「………ドラグーン」

「なんや!もうお礼は聞かんで!言ったら殴るで!」

「……お前を殺すのは、この俺だ」

 と、全ての何かが元通りになるのを感じる。

 ナイスファインプレーだ、ミゥ将軍。褒めて遣わそう。

「…おうおう、死にたがりは言う事が違うなー。んま、頑張りや、程々に」

 ミゥはやっと立ち上がって、そして笑った。表情に殆ど変化はないが、ワイにはそう見える。

 真偽不明ではあるが、ワイがそう感じたのだ。だから笑っているのだろう。

 それにこの古文書のような物から、ヴイーヴルの解放手段が見つかった。正攻法で殺そうとなるとやはり地球が道連れになるようなので、この方法を試す他に無い。

 そして恐らくだが、ヴイーヴルもこの方法を知っているに違いない。敢えて教えないのは、ルールの為なのだろうと思う。これもまた試練の内なのだろうと思う。

 これまた難儀な制約に縛られた竜だと、同情さえする。

 だがおかげで妙案も浮かんだし、ワイは俄然、ゲル国を潰す気になれた。これはとても大きい原動力になる。やる気はかなり充電された。これならば行けるとも思えるし、ワイも常より万全となる。

 いいや、ポテンシャルが引き出されるだろうから、万全以上に動けるだろう。

 ミゥに色々言ってやってスッキリもしたし、アメジストを引き剥がせる良き方法も見つかったし、となればエルフ族は少なくとも絶滅させる理由がなくなった。

 手間を考えると実にやるせなかったので助かる話だ。

 良かったなアーノルド。死なずに済んだぞ。これで沢山呪いの呪文を唱えられるようになったぞ。もう自由に、たらふく食うがいい。ついでに生娘もさっさと卒業するといい。

「あ、ようやく見つけましたよガドロサ様」

「軍曹か。大事はなかったか?」

 随分とタイミングでも見計らったかのように、軍曹がやってきた。

 そういえば軍曹の名前を今まで忘れて聞いていなかったが、もういいか。軍曹は軍曹以外の何者でもないし、後の大佐などという器では少なくとも無い。

 どちらかと言うと大将の器。いいや、元帥くらいか。いっそのこと、ワイがこの世界を後にした際にエルフ王になってしまえ。中々似合っていると思う。

 まあどうでもいい話だ。ワイの中で軍曹は、いつまでも軍曹でしかないのだから。

「進軍は一切無しでしたので大丈夫でした。しかし、こんな所で一体何をしておられたので?」

 別にこんな所で一体何をしておられていても可怪しい話ではないと思うのだが、ヤケにテンションの高いワイに違和感を思ったのだろう。軍曹らしくもなく鋭いものだ。

 だが語るわけにはいかない。それでは全てが台無しになってしまいかねないし、ワイもまたそんな詰まらない事になって貰っては困る。

 余計は大事だが、余計はやはり余計なのだ。手間が増えるとあらば、取り除くが道理。

「世間話や、世間話。森の管理に関する話やね」

 ということにしておこう。森の管理など別にどうでもいいが、ともかく、やるべき事も為すべき事柄もおおまかに決まってきた。食糧難はどうにか乗り越えた事だし、あとはあの森の平穏を崩さぬよう、しっかり見張ればそれでいい。

 ついで言うと、地雷を未だに撤去していないので、面倒だが作業に早速移らねばなるまい。

竜の配慮か何かで、森が移動された部分にあった筈の地雷は跡形もなく完全に取り除かれてしまった様子だ。

 だがそれ以外は未だに地面で誰かを待ち続けている。はた迷惑以外の何物でもない。

「へえ、あの森の話ですか。いやはや突然現れてびっくり仰天でした。

 ミゥさんが全てを終わらせたようで、よくは知らないのですが」

「お前、ミゥかアメジストの話を全部聞いただけかい。軍曹、お前本当ヘタレやな」

「め、面目ない」

 軍曹はミゥ将軍が未だに怖いらしいから、ミゥがアメジストに語った後、又聞きでアメジストから聞いたのだと思われる。本当、優秀すぎてため息が漏れる。

 そしてそんな会話の後、アメジストとノヴァが顔をのぞかせた。

 アメジストは至って普通、いや格好は普通ではないが、そういう要素を除けば普通だし、ノヴァも眠り姫は一旦終了したらしい。

 ノヴァは何故かミゥの元へ走って行って抱きついている。室内でも麦わら帽子を被っているあたり、帽子が何かまるでわかっていないのだろう。

 ミゥはミゥで、どうしたらいいのか分からないらしい。直ぐ様ワイに助けを求めるアイコンタクトをしてくるのだが、知ったことではない。大事なことは先程教えたばかりだ。二度も同じ事を告げてやる程優しくはない。

「ベルデ様、これから如何なさいますか?」

 アメジストはアメジストで、まるで現状を無視。ノヴァもミゥも軍曹も眼中にないらしいし、ワイが上機嫌である理由さえ知ろうという意思がないようだ。

 果たして、いつまでワイの道具とあろうつもりなのやら。そろそろ諦めてミゥと仲良く過ごして下さい。お願いします。かなり本気で頼みます。

「おう、それがな、妙案思いついてん」

「妙案ですか?」

 ワイは地図を広げ、皆を机に集める。皆思い思いの表情でこれを眺めている。

「おう、それもとびっきりのな」

 ともかく、アメジストのことは置いておこうと思う。

 それよりも作戦会議だ。ヴイーヴルを救い出す為に必要な陣形、攻略法、様々な役回りの取り決めを手早く行う必要がある。

 まさに、善は急げ。そうでもなくては参謀のシュン、何をやらかすか知れたものではない。

 戦況とはそういうものだ。相手に考える時間を与えれば与える程、事態は悪化していくのが常。最悪ワイの巧妙さえもが封殺されかねない。そうであっては困る。

 ワイは地図に筆を走らせる。ざっと色々書き込んでいく。恐らくこの程度の書き込みでは理解はすまい。だが一応、前準備として色々と筆を走らせる必要があった。語れば皆納得出来るようにと、そう思っての行動だ。

 軍曹は不思議そうにそれを拝み、顎に手を当てて探偵ごっこでもしているらしい。

ノヴァはミゥの肩に乗って上機嫌で、地図を見る気なし。

 ミゥ自身は不機嫌そうな眼差しをワイに向ける。原因はアメジストだ。

 何を考えてなのか、超接近。地図でなくワイの顔面を思い切りガン見。邪魔なので押して見るも、あえて逆らい、擦り寄ってくる始末。

 ああ、もう怒れ怒れ、ミゥ将軍。その怒りのパワーと愛のパワーで、この女をどうにかしてやってください。マジでお願いします。切実に願っております。というか今すぐどうにかしてください。物理的に引き剥がして下さい。ワイはマジです。

 とか思っている間に、準備は整った。

 アメジストを押し返し、ワイは対面位置まで移動して、筆を掲げる。

「そんじゃ、ゲルマニクス大帝国をひっくり返しますか。

 天変地異でも起こったかのような強烈な変化をお見舞いしてやろやないの」

 作戦名は皆で決める。今決める。だがすぐに終わる作業だ。ワイが提案してすぐに満場一致で決まるに違いない。ノヴァさえ首を縦に振ることだろう。

「楽しいお茶会始まりや」



 作戦名【ヴイーヴル】

 決行日:3日後











ジューダス・アメジスト 第1巻分終わり

見ての通りの文字数です。分割さえ適当です。サブタイトルなんて数字です。ごめんなさい(´・ω・`)


おはようございますこんにちはこんばんは、370mLです。

如何だったでしょうか。超長い作品ですが、そもそも読みきったという方は後に現れるのでしょうか。このあとがきを見る方が現れるのでしょうか。

それらは定かではありませんが、そうある事をただ願いましょう。


今回の作品は、本来3人称形式で書くべき物でした。

ガドロサさん視点による難点もまた、顕著に現れていることかと思います。

特に一人称が「ワイ」なのは超問題だと思います。でも前代未聞だとか普通と違う事が大好きな私は、むしろこれを尖った部分として見ています。是非はともかく。


何故3人称で執筆しなかったのか。

見た限り分かるかと思いますが、完全なるオ○ニー作品だからです。一応、ガドロサさんの思考のあり方などを定めやすいという理由もあります。キャラ作りの一環というのが真の名目ですね。

ただ予想より面白く出来たような気がしたのと、最近はこういった過激な内容を求めるユーザー様も多いのではないかなと思い、身勝手ながら投稿してみた、という次第です。

正直、ガドロサさんの狂いっぷりは私もドン引きです。


言葉は魔法である。私は常々そのように考えています。


ここはラノベが数多く存在していますが、私は少々古い人間でもあります。角川さんあたりのラノベが主に好物なのです。

そういったプロ作品、そして私と同じく素人様による作品を見てて思ったのです。

ふと日常が狂うといったストーリーはありふれていますが、それでもそれが王道であり、未だにそれに心打たれる人は居います。


ただ、そのありふれた描写が、虚を突くような描写であったならば、人はもう本を手放さないのだと。最後まで読んでしまうのだと。


私は、続きが気になってしまう小説を好みます。多分これが、面白いと人に言わせる要だからです。

私は魔法のように言葉を連ねてみたいです。気がつけば時間を忘れてしまうような、充足感を植え付けるような、そんな言葉たちをです。

今回それが出来ているかどうかは微妙ですが、それでも少しずつ、望む形に近づいていたらいいなと思う次第です。


今作品、見て分かる通りですが、というか最後に書いてますが、「1巻分」です。

つまり続きがあるのだと告げているような物ですね。

でも、続きをまた投稿出来るかどうかは分かりません。一応私、漫画家志望だったりするのです^p^

じゃあはやく漫画描けよ!と言いたいかもしれません。


私も言いたいです^p^


まあまあ。ともかく余興です。楽しんでいただけたならばそれはそれは光栄な話です。

『この世の全ては自己満足である』、と言った偉人が過去に居ます。彼は次にはこう繋げました。

『だがそれを評価してくれるというのであれば、これほど光栄な事はない』と。

私もそう思います。そう思っています。

気楽でいいですよね、この言葉。なんだか自由ですよね。開放的で素敵です。


ともあれ、続編はいつになるやらです。そもそも、続編が上がるかどうかさえ不明です^p^

風景描写や精神描写が多すぎる作品ですので、かなりの数の方は私の作品をスルーするでしょうし、まあ気楽にやっていきたいと思います。


私の作品をお目通し頂きまして、誠にありがとうございました。

機会あればまた、どこかで。

重ね重ね、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ