表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

「ノヴァ=J=オーガ。これ、どや?」

 ミゥ将軍の来訪に怯えるエルフ族達。

 かとおもいきや、確かに初めは困惑気味だったが、もう驚き疲れたのか、誰も何も言わなかったし別に日常が崩れるという出来事も起こりはしなかった。だた、腫れ物のような扱いであったことだけは事実だ。誰も近寄ろうとはしなかった。

 アメジストや軍曹が言うには、このミゥ将軍は人狼族の現在の頭領であり、実力は人狼の中で第3位だとか。1位と2位は頭領の座を辞退した為にミゥが頭領になった、らしいとのこと。

 ゲル国における傭兵である筈の人狼部隊だが、それはミゥの私兵として扱われ、ミゥ自身はゲル国の手先、軍人らしい。階級は中将とか。

 なんという皮肉だろう。今では悪魔に成り下がった、元ワイの上司であるレイス・ヴァイキング中将と同じ階級だ。レイスは当時17くらいだったような、そうでなかったような。真偽は問うまい。知れた所で得はない。

 それに、ミゥの肩書きも今では名前以外全てに『元』が付けられる。元中将であり、元人狼頭領であり、元第三位、元ゲル国所属軍人、元君主様の足の裏ペロペロ係だ。

 ちなみに、ミゥの年齢は不明。ただ軍曹が言うには20代には違いないとか。

 真偽は不明だが、調べ物が得意そうな軍曹のその言葉は結構信頼度が高い。現にワイが顎で使ってやっているが、全てに概ね応えてくれている。中々に良い部下だ。

 で、今は鬼子の名前を決めている最中になる。

 一度は人生を諦めていた元奴隷のエルフメイド達も、楽しげに暗い表情をたたえながら、ワイ等を見守っている。

 これではミゥも型なし。

 奴隷共、一度死を覚悟しているが故に、何者も恐るるに足らずということなのだろう。

 いいや、ワイが連れてきたのも恐らく効いている。ミゥも聞けばかなり無茶苦茶な存在だそうだが、それを遥かに上回る武勇伝がたった1日で幾つも存在するのがワイだ。そんなワイがいかにも『下してやった』と言いたげに、この城までの道のりを歩いてきた所為でこうなったのだと思う。

 簡単に言うと、変に騒ぎが起きなかったのは、ワイがミゥを負かせて奴隷にしたように見えたからで、誰もが変に質問を投げかけなかったのは、ワイが単に怖いから、なのだと思う。

 戦ってもいないのにミゥは勝手に負け犬扱いとは。そこらへんは同情しよう。本当は笑い飛ばしてやりたいくらいだが。

 あれ、ではあの腫れ物のような扱いだったのは、ワイの所為。というかワイが腫れ物となるのではないだろうか。あれ、どうしたのだろう。目から汗が。

「大賛成です」

「………」

 アメジストがとても嬉しそうに手を組んで乙女ポーズを決めている横で、ミゥは腕を組んで無表情。挙句は不動。

 反論の声は少なくともない。エルフメイド達も華やかな衣装に不似合いな暗い笑顔を湛えているだけ。口が不動だ。

 そして、話題の中心であるノヴァ、かっこ仮名、は首を横に振るっている。思い切りにだ。

 表情は当然、それ相応だ。泣きそうという物とは程遠いが、とりあえずムスッとしている。唇を強く結んで、ほんの少し細くなった目に、若干低く下がった眉毛。そんな恐怖を植え付ける事不可能な程愛らしい睨みの先に居るのは、不本意であり当たり前であり、非常に残念でもあるが、ワイだった。

「……なあ、本人が大反対してるんやけど。ホンマにこれ、良いと思えるんかお前ら」

「反対?そうは見えませんよ、ベルデ様。私には彼女がとても喜んで見えます。

 それにベルデ様が名付けたそれは、とても深くて直接的で、斬新かつ淡々としていて、凄くいいと思います。シンプルで素敵です」

 随分と巧妙なイロニー(皮肉)が聞こえた。

「なあそれ、褒めとるのそれ?貶してるのそれ?」

「………」

「お前は何か言えや。喋れるやろお前は」

 椅子の上にただ一人座るノヴァ、かっこ仮名、は随分気分悪そうだ。ぷいっと顔を背けては髪を弄っている。

 これは、もしかしなくとも、名前が気に入らない以前の問題なのではないだろうか。

 例えばこの【ノヴァ=J=オーガ】という名前をアメジストが告げていたら、大喜びしやがったのではないだろうか。単にワイが嫌いなだけで嫌がっているのではないだろうか。

 コレだからガキはいけ好かない。いつでも荒唐無稽な持論を掲げ、厚顔無恥さながらの行動をやってのけてくれる。損得を知らず、価値も知らず、苦労も面倒も何も知らない。

 挙句、全ての後始末はワイの仕事になり、無駄にも思える時間が過ぎていくばかり。毎度それの繰り返し。繰り返して繰り返して、決して終わらない。感謝の言葉にいたっては、いくらワイが後始末を繰り返そうが、一切発生しないのだから理不尽だ。

 思えばレイスも、ガキの頃は手間のかかる奴だった。それに比べればノヴァなど可愛らしい物なのだが、やはりいけ好かない。嫌気が差す。面倒くさい事に一切変わりなし。

 ガキなんて、こうやって頭を撫でてやるとすぐ顔を風船のように膨らませる。頬を妙に染めて、ワイを笑わせようとしてくる。

 実に可愛げのない奴だ。本当にどうしようもない奴だ。

 一般的な哺乳類ならばこの瞬間、ゆっくり身を寄せてくるべき所だろう。甘い声を上げるべき所であり、安らかそうに目を細める場面だろうに。

 抵抗するなら抵抗して、甘えるなら甘えればいい。妙な大人ぶり方をしても、お前は決して大人とは程遠い。そんな付け焼刃のような意地など捨ててしまえ。そこにお前が望む物はない。

 とも、言えないか。

 子どもの身なりをしたこの鬼娘は、まさに頭の中もそれそのものなのだろう。

 行動のひとつひとつに演技性は無い。ましてや、裏表をひっくり返すような真似は、一切といっていいほど確認出来ない。

 あるのは子どもらしい好奇心と、俗世間や文化に無頓着である妙な心持ちと、仄かにも程がある、列記とした弱々しい殺意。そして、その身に余る力。

 恐らくは隠すつもりこそ無いし、隠す知恵もないといった所であり、どう考えても知恵が足りていない。だが確実にこの鬼娘、本能的な面でか知らないが、ワイがどういう存在なのかを理解している。

 それも尋常ならざるほどの理解者。神掛かった感覚の持ち主。

 当然、その潜在的な能力や感覚に一切の自覚はあるまい。いいや、自覚云々はおろか、自らがどこまで出来るかさえよく分かっていないと見る。

 己の力を限界まで引き出した事はなかっただろうし、向上心はまるで見られない。

 本能的とはいえず、まして理性的とも言えずで、つまりは生命として必要な要素の大部分を欠如しているような存在。

 本物のサイコパス。コイツはサイコパスだ。

 残虐性、暴力性、猟奇性といったような過激な要素は間違いなく存在していない上に、もはや全てに無関心であるが為、今の今まで感情を表に出した事もないだろう。そのように見れば、決して好戦的と言えないようなただの幼子でしかないが、下手に鬼娘の好奇心を刺激したり、ただの癖のようにそれを躾けてしまえば、軍用犬よりヤバイ存在になる。K9など目でもない。

 そんな確信がワイにはある。これは命令を与えられる事に何ら疑いを持たないような存在だ。

 現状でこの娘を殺すのは簡単。虎が子猫をいたぶるよりも簡単。それでもこの先、つまり未来において殺せる存在のままかどうかまでは、流石のワイも分からない。

 何が引き金になるかも知れず、どこまで伸びるかも未知数。ワイの自慢の眼力や直感力の範疇から外れているのは、何度も告げたか。

 こんなだから妖魔は恐ろしい。人類最強などという称号も、所詮はワイの世界という狭い牢獄の中にのみ適応される概念。一旦外に出れば、魍魎跋扈。特に魍魎、妖魔の類に至っては、時折対処しきれぬ存在さえ居る。目の前の存在もまた、いずれそうなるのかもしれない。

 そう考えるとゾッとする。恐怖が渦巻いて仕方ない。ワイは多分今、

 笑っているだろう。

「ところでJとは?」

 いや今更すぎるだろう。

 アメジストの突然の質問に、気分が一気に萎える。これが湯に入れたパスタのような心の動きであったならば問題無かったが、どちらかというと今の心境は、伸びきったラーメンだ。

 確かに一興であるかもしれない。こういう物もまた時には必要……、いや要らない。

「JAPANの事やで。そういう名前の国がある」

 元々はJAPANではなく、ZIPANG。

 知る限りでは侍と忍者とおぼー様の国だ。住民の半分くらいはそれで、もう半分は妖魔。

 確か今でも征夷大将軍が政治をやっていて、天皇様はマジのGODで、足軽とかいう兵士は弓を持って槍を持って刀を抱えて橋の上で決闘する毎日を行っているとか。庶民はそれを見て楽しむという。どうもこれをSUMOと言うらしい。YOKODUNAという存在がラスボスで、武器を数百種類所有しながら戦うらしい。

 あと、忍者は妖魔をバッサリ倒したり、侍もまた妖魔を倒したり、おぼー様とかもまた妖魔を倒したりとかで、完全にそういう、プリースト顔負けの対妖魔退治国家でもある。だが対人戦もまた強いらしく、中華の国も侍と忍者とおぼー様に酷い目にあったらしい。実際に資料等にも残っているとか。

 槍を持って大人数で戦いを挑んでも、侍はジャンプで10mを軽々と飛び、KATANA一つで相手の肢体をたったの一振りでバラバラにしてくるとか、鉄砲を用いても足軽弓矢部隊に一方的に負けるとか、JUDOで舟真っ二つにするとか、AIKIDOを駆使して槍投げてきたと思ったら200m先の兵士に命中させてしまうだとか、KARATEにより万里の長城が一度マジに砕けたとか、そんな逸話が多く残っているらしい。

 それだけの武術、剣術の使い手である足軽達はパーソナルコンピータを使って事務業もするし、残業もするし、仕事に一生懸命で過労死して尚死体のまま作業するとか。何せ死神という仕事があったり、閻魔という仕事があるらしいのだ。死んでも尚仕事三昧とは、もはや気が狂った民族だ。イメージ的には、一般人がワイより強いしワイより頭が良いと見る。

 しかも趣味多彩の文化多彩。宗教の自由が認められているにも関わらず平和であり、でも、宗教違えど米の関係で一揆とか起きるらしい。マフィアも漫画にされるくらいだし、エロいのも全然許容されているらしい。最近そういうのを取り締まる法が出来たらしいが、征夷大将軍が鉄板にそれを書き記して、法を作った奴らに踏ませたとかいう話もある。それをYAKIDOGEZAの変とか言うらしいが、詳しくは知らない。あと、中華でも侍や忍者が人気らしい。やはり格好いいからなのだろう。圧倒的過ぎて尊敬出来るのだろう。

 特にJAPAN戦闘民族は絵が上手で、漫画が凄く面白く、小説も大人気で、ワイは見てないがアニメが更に凄いらしい。漫画は最高だと思っている。どうも蜘蛛食べたりし始めるくらいでなければ漫画家にはなれない、とても厳しい業界のようだが、そんな命のやり取りを終えて晴れて漫画出版。流石に出来が違う。覚悟も違う。流石JAPAN。

 ワイは漫画を読むのが趣味なので、JAPANの漫画はよく読んでいる。いや本当大好きだ。アメコミとかも読むのだが、JAPAN国は桁外れな程に良作が多い。言語理解に最初は苦しんだが、それでも、JAPAN民族語を勉強した価値はあったと言える。寧ろ義務とすべきだと思わざるをえない。

 それほどまでに生死の瀬戸際を生きるJAPANは環境配備を徹底しているとかだし、別に絶滅させなくていいんじゃないかなと思う。というか侍や忍者に勝てる気がしない。いいやそもそも、死んで尚も働く部族だ。絶対勝てない。死者が襲ってきたらひとたまりもない。

 ワイからは何もしないので、漫画頑張ってください。応援してます。あとJAPAN民族語を普及させます。JAPANバンザイ。JAPANバンザイ。

「なるほど。よく分かりました」

「分かってたまるか。適当言いなや」

「………」

「お前は何か言えや」

 ともかく、ノヴァは仮名ではなくなったようだ。確定らしい。ノヴァ自身も何だかんだで嫌ではなかったらしいので、万事解決。

 何故発案時はあれだけ反抗的だったのか。今となっては闇の中。しかし些細な事だ。呼ぶのに毎度『鬼娘』では何かしら面倒だったし、説明も面倒だったしで、結果このように落ち着いたのはありがたい話だった。

 そしてアメジストが言うのだ。

「それではノヴァさん。お着替えしましょう。流石に刺激的すぎる格好です。動いたら見えてしまいそう」

「お前が言うなや」

 まるで格好を変える意思のないアメジストは、激しく動いたら色々ポロリしそうだ。

 そのままでは、目が釘付けにならざるを得なくなった味方側のエルフの首が一緒にポロリしかねないような気がする。それはどうなのだ。色々な意味で。

 とはいえ、ノヴァの格好が格好なのも事実。二次性徴が一切と言っていいほどに現れていないとはいえ、酷い成りに変わりはない。

 見すぼらしいというよりは、質素というか、貧相というか、貧困というか、決して身体の話ではなく、格好の話。

 アメジストが昨日言っていた限りでは、数年間放置されていた筈だ。発汗する身体ではないようなので、清めも不要なのだろう。下手すると食事さえ不要。

 結果、衣食住の概念そのものが不要であり、関心さえ皆無なのだろう。

 もうボロボロの服。今まで形を一応で保っている事が奇跡的。あまり活動的ではなかったということを表している。寧ろ現在が限界寸前というところか。このままでは自然にスッポンポンとなるだろうから、アメジストに全てを託してしまおう。

 流石に『自然が一番だ』と言い張るワイでもそれはちょっと困る。いや、かなり困る。

 それに、ワイが用意するよりは何倍かマシだと思われる。と言うより、女物の子供服なんぞ持っていない。無論、下着類もだ。持っててたまるか。

「………」

「いやお前は何か言えや」

 度々思考を凝らしてみて思うのだが、この黙りっぱなしの人狼、ミゥ将軍は、妙にアメジストを見つめているような。

 もしかして睨んでいるのだろうか。そうかもしれない。

 ここに恋愛的感情が存在しているのだとするならば、それはそれで面白いなとワイは思っているが、実際はどうだろう。種族が明らかなまでに違うし、よほどアブノーマルな趣味でもなければあり得まい。硬派そうなミゥにそんな趣味があるとは到底思えない。

 ならば何が興味を惹いているのか。それとも驚愕でも抱いているのだろうか。

 確かに、元敵国の最強の騎士であり、元敵国のお姫様。それだけで興味を抱く理由にはなる。

 好き嫌いではなく、観察対象。事情を半端に知っているだけのミゥは、アメジストの今の無邪気な様に、意外性を感じている、のかもしれない。

 事実、アメジストは無表情が常だ。他国ではきっとその無愛想さが周知だったと思われる。

 女性的な意思や自覚が皆無で、冷酷非情。まるで氷の女だ。氷の女神だ。そういった話は何処かしこにも届いている事だろう。何せこれだけのべっぴんさん。変な噂も飛び交いやすいと見る。

 現実はコレだ。ワイが来てからこんな感じだ。

 この代わり映えにはエルフ族も驚いているだろうし、ミゥからしても青天の霹靂と、そう感じざるを得ない様だったに違いない。

 いや逆に、こういう一面を垣間見る事によって恋に落ちるとか、そんなありふれた話も起こりうるか。

 今のミゥは観察しているだけのような具合だが、今後は分からない。どう転ぶかなど、誰にも分かる筈がない。未来予知能力でもない限りは絶対にだ。

 あとはミゥがケモナー趣味でなく、エルフフェチであったならな、舞台は整うだろう。

 もうどれにせよ、酷い話だ。何故こんな事を考え始めたのだったか。

「ガドロサ様、資料を、持って来ました」

「ん、ご苦労さん軍曹。次は人狼の資料を頼むわ」

 ミゥのことを知るという意味でも、今後の大きな弊害という意味でも、人狼族は厄介。

 敵を知ることから戦略は始まる。

 そう思ったワイは、軍曹に頼んだ資料を指でここに置けと指示した上で更にそれを要求。

 190㎝もある軍曹は実は、ミゥより大きい。力の差は歴然だが、横幅も軍曹の方があるため、変な光景だ。大きな身体をしてビビリ倒しているその様が余計に。

「またですか……」

 かれこれ4回程、資料を持って来いと命令しながら、容赦なくこき使っている。

 ゲル国参謀シュンのことだから、すぐには攻め入ってこまい。ということで、現場監督者をこんな所に持ってきている形だ。

 どうせ平野の何の弊害も防壁もない道筋だ。遠距離からの発見も可能である以上、シュンも攻めあぐねいている。仮に進軍したととしても、この国は余裕綽々に対処出来るのだ。

 それだけが現状の強み。エルフ王国の立地条件のプライオリティ(優位性)。

 ワイが城でのんびりしている所為で、それが光る。

 完全に潰せたか分からないチンコロ野郎共だが、恐らく全滅は出来たと思う。つまり、今までだだ漏れであった情報はゲル国に届かなくなった。シュンはこれによりやりにくくなった筈。

 一応でどうでもいい情報を垂れ流して見るのも有りだろう。餌に食いついたゲル国の素振りが垣間見えた場合、今度は兵士だけではなく、民までも処罰対象となる。大々的な制裁を加える作業がまた始まるだろう。

 だが普通に勘定ができる奴ならば、もうゲル国と縁を切って終えたに違いない。

 兵士側のスパイが全滅したとあらば、次は必然的に民が疑われる。命惜しさにスパイをやっていたのだとすれば、もう天秤など簡単にひっくり返って終わっているだろう。故に出しゃばれまい。

 というよりは、兵士でもない民が重要な情報を掴めるワケもなく。

 では放っておいても問題はない。あって目障りを思う程度。その都度に処罰すればいい。簡単で単純な話だ。

 問題があるとするならば、今目の前で資料を置き終えて、超嫌そうな顔を向けてため息ついている軍曹が居る事になる。

 ハエが目の前に居たらそりゃ、叩きたくなるだろう?

「なんや、文句あるなら言えや」

「いってきます……」

 言えと言ったら言えばいいのに、どうして言わないままその場を後にするのか。

 当然、言ったら言ったで一発くらい殴り抜けるのだが。

「………」

「何か言えや」

 こんな下らないやり取りに、エリフメイド達が笑う。アメジストもそれに釣られて笑い、ノヴァなんて雰囲気が面白そうという理由だけで笑っている。

 ミゥはミゥでメイド達に睨みを利かせようとするのだが、もう無駄だ。死ぬのが怖いと思っている奴らならば、ワイにこうして紅茶を用意したりはすまい。つまり、何が最期になるか分からぬ環境で働いている為に、恐怖などいちいち抱いていられない。

 ミゥより怖いワイが居る間は、ミゥが何をしても無駄。可哀相だが、せめて喋って怒るなりしない限りは打開出来ない。だから頑張れ、ミゥ将軍。応援はしない。

 ワイは資料を広げる。

 昨日も徹夜しながら一応で色々物を見たのだが、根本的に人員が足りない。それがワイの結論。そして軍曹、アメジストの結論でもある。

 ここにミゥという多大な戦力を得たが、必要なのは馬力ではない。

 数だ。数が必要だ。より多くの手と足と身体。ある程度作戦を理解する頭と、根性。

 兵士全部出払っても5,6万程度。これでは少々足りない。せめて15万は欲しい。ギリギリでも10万。それだけの兵士が必須になる。どのような作戦を組んでもだ。

「ゲル国を落とすには、さてどんな趣向で行けば面白いか、とか言ってる場合ではない。

 結構、ゲル国が所有する土地は狭い。せやが、正攻法で城壁突破は不能。城下町に入るまでが至難の業。それに、取り囲むだけの兵士も居らんし、間違いなく逃亡を許す戦術しか組めそうにない。

 なあミゥ将軍、なんで部下連れて来んかったんや」

「……不要」

「必要やがな。駒が無い事にはチェスは出来んがな。そりゃあ、詰み(チェック)宣言は出来るかもしれんが、できる事なら兵士壊滅させてキングを殺す手段を、思いつきたい所なんよね」

 実際、ミゥの言い分はよく分かる。確かに不要だ。

 ゲル国を落とすだけならば、必要な兵士の数は一万で十分。最悪は要らない。まさに不要でもある。キングの首を落とし、相手兵士の逃亡を許すだけならばそれでいい。別に全てを殺す必要性はない。

 だがそれでは完全勝利とならない。

 名目上のキング討伐、そのような勝利を得た後、間違いなく起こるであろうゲリラ戦、テロ行為。これは民の信頼をどん底まで落とす良い材料になる。

 それが起こった後、我々は民から口々にこう言うだろう。

 『こんな勝利ならば要らない』と。身勝手な意見を延々と。山ほど。

 負ければこれ以上に悲惨な事態になったにも関わらず、そのように民から反発される。批判を受ける。だが当然の仕打ちでもある。

 それこそワイからすれば少々の悲劇、尊い犠牲でしかない。軍からすればなんら取るに足らぬ悲劇だ。戦場ではそれ以上が当たり前に行われ、誰もが死を覚悟して戦っている。

 だから兵士等は、微温湯に浸かっている民風情が何を抜かすと苛立ちを顕にするだろう。

 だが民からすれば、それが全てだ。家族が死ねばそれが全てだ。替えはきかない。唯一無二の資本。そして生き甲斐であり、勝ちたい理由で、ワイに全てを捧げる理由でもある。

 結果、ワイの狂言を信じてしまったが為に、今を犠牲にしている。そして、理屈や理論では到底かた付けられない感情がそこにある。兵士や憲兵の常識が通用しない思いがそこにある。

 だからハッキリ言って、これは戦争以上に怖い。ゲリラ戦からテロ行為による二次被害が、更に何かしらを被り始める。三次四次と延々続く。

 これにいちいち頭を抱えなくてはならなくなるのが、怖い。いや、怖いというより面倒。

 そしていずれは、民への大制裁を決行せざるを得なくなるだろう。自粛命令を出し、金品を巻き上げ、武器を奪い取り、無力化するという、横行を余儀なくされる。

 ここまで来たらもはや紛争の始まりだ。自由のない民は、ここでようやく決起する。

 国は他国の侵略ゲリラテロ関係なく、自らを喰らい、削ぎ落とし、勝手に自滅し幕を下ろす事となる。ウロボロス(自らを食らう蛇)とはかけ離れた様となって、死屍累々に終わるだろう。

 これはあくまでも、やり方を大きく間違えればこうなる、というだけだ。だがそれと隣り合わせになるという事実も存在する。常に死神は付きまとう事になる。

 それを防ぐためには、相手を根絶やしにするしかあるまい。全てを殺し、全てを消し去り、火種全てを消化するしか他にあるまい。火の粉の全てを立てぬよう尽くすしかあるまい。

 これもまた軍と同じ考えが出来る。国家は生命なのだ。

 頭をとっかえたくらいで別の生物にはなってくれない。いずれ身体の方が頭を刺激し、同じ思想を持った国家が復活するだろう。そして再び牙を向け、厄介な火種を撒き散らし、大火となって我々を襲い来る。無慈悲で容赦なき災害とさえなる。

 一度死んだ国家の団結力はそれほど恐ろしく、そして怖いもの知らずだ。

 一度奪われた経験と記憶を持つ国家はもう、奪われる事を恐れない。

 今をどん底だと知っているからだ。これ以下にならぬと知っているからだ。

 そして、更に知ってしまうのだ。分かってしまうのだ。理解してしまうのだ。

 奪わなければ取り返せない自由があるのだという事を。全て失う覚悟で臨まねば、取り戻せない自由があるのだと言う事を。

 だから今、全てを消し去る必要性と理由があるのだ。

 今後に全てを失う気で戦いを挑んでくるソイツらを、今の戦いの内に全部殺す理由があるのだ。今は無抵抗で、ただ奪われるだけの家畜であるかもしれない。だが時経てば、無抵抗を放棄することをワイは知っている。未来にそれだけ強大で厄介な力を持つことを知っている。

 未来のその宣戦布告を、今この時受け入れてやるだけだ。何もただの大量殺戮ではない。立派な戦争だ。立派に宣戦布告された戦争でしかない。未来からやってきた宣戦布告を今受け、殺すだけだ。

 理不尽を思うか?

 馬鹿を抜かせよ、ゲル国のヒューマンズ。

 人狼族に戦争による犠牲の全てを担わせ、エルフ族を慰み者に、農奴に使おうとしておいて、他から全てを採取しようとしておいて、それこそ根こそぎ全てを使いまわして捨てようとしている癖に、自らはそんな理不尽全てを相手に押し付けて自由を獲得しようとするヒューマンズ風情が、理不尽だと言える立場か?

 人狼族とエルフ族の未来を奪おうとしておいてそれは無いだろう。

 お前らも未来を代償にせねば、貸付金のひとつやふたつ返せない所まで来ているのだ。

 平等だぞ、何もかもが。お前らのやってきた事をここで返済するだけだ。仕方ないからレジ打ちをワイがしてやろうと言っているだけだ。感謝される覚えはあれど、理不尽を説かれる筋合いはない。汚客様はそこで跪いて命乞いでもしていればいい。

 事はすでに裁判沙汰なのだ。それもワイが執り行う裁判。違法裁判でしかないワケだが。

「ベルデ様が直々に突入すれば、事は簡単に終わりませんか?」

 ……知らず知らずに気持ちか昂ぶっていたワイは、そんな声に我に返った。

 どうにも考えが次から次へ脱線しがちだ。ほれみろ、ノヴァが不安そうにしているではないか。怖がっているワケではないが、ただただ不安そうにしているではないか。

 ワイの所為だけども。

 ともかく、殺意や殺気などを肌で感じるノヴァにとってワイの高揚は、非常に教育に悪いだけとなる。もう少しでもいいから、平静を保つよう心がけた方がいい。そう自らを律する。

 今はアメジストの問いかけに、ゆっくり返事をしていこうか。

「無理。絶対に取り逃がしが出るんやって。

 ワイの出現により、統制が崩れて烏合の衆に成り果てた軍や民は、散り散りになるだけの時間を確保してしまう。それでは皆殺しが成せん。手が届かなくなるのが目に見えてる。

 だから出入り口を兵士で固めてしまうが吉なんやが、生憎と手足が足らん。指も足らん。目も足らんし、金も何も足らん始末やね。

 さて、ちいと頭使わなならん。相手国の参謀シュンを出し抜かなならんとあらば、余計に」

「どうして全滅にそれほどこだわるのですか?」

 手痛い質問だ。

 理由など先程の思考で事足りるが、答えると少し面倒。多めに話さなくてはならなくなること必定。それに少々横暴が過ぎる言い訳でしかない。

 だが、実は理由はもうひとつ存在している。

 語るべきならばそのもう一つの理由がいいだろう。先程のアレでは過激すぎて、理解を得られるかどうか怪しい。そうなれば皆殺し作戦、反発意見が出ても不思議はない。ここは演説場ではないからして、余計に理解を得られにくい。ワイはヒトラーではないのだ。

 とはいえ、もう一つの理由のほうもまた、過激と言えば過激。やっている事こそ先程と変わらない。結局は大量殺戮だ。これを綺麗に語る事こそ不可能なのだが、全ては言い様。

 魔法のようにそれらを唱え、奇跡のように心を掴む術くらいは考えている。

 この大量殺戮作戦がどれほどエルフ族にとって有意義で、人狼族にとってどれだけ有意義かを説けば良い。疑問を抱かせぬような正当性。得られる利益の大きさの具体的な表明。

 政治家もどきをやっていたワイの見せ場だ。少々気合を入れて語ろうか。

「……事実は小説よりも奇なり。伝説とは、それの上位互換やとワイは思う。

 この10年続いた戦争において初めてワイが指揮する、いわば晴れ舞台なワケやけども、その初めてで偉業を為す事に意味があるんや。

 仮の話やが、ベルデ=ガドロサの軍勢は初陣において、今までの形勢をいとも簡単に覆したとするで。つまりは、ゲル国滅亡ってことな。全滅な。

 そうとあらば残り2国、必死こいて派兵してくるやろ。優位が崩された事に腹を立てたり、得られる筈の利益が台無しにされてしまうんやから、必死にまた同じ立場に戻りたがる筈。

 そもそも、それだけの好条件が積み上げられて早10年。一歩も引こうとせんやろう。勝利が目前だったとあらば余計に、元に戻そうとする行為が可能に思えるからや。ありとあらゆる手を尽くしながら、それを実現させようとする。

 なにせ、ゲル国滅亡により、取り分3頭分が2頭分となるんやもんな。ある意味相手にとっては吉報でもあるワケやね。それが炎の猛りを増させるワケや。

 だがしかし、全てをこのエルフの国が凌いでしまえば、相手はもう攻められん。あまりに強大な国になってしまったのだと漸く知る。そしたら、悪戯に兵を失う真似は出来んなる。準備が必要だと、そう結論付け始めるやろう。

 そして何も思い浮かばず、ただ震えて怯えて、眠れん夜を過ごすっちゅー寸法やよ。

 この1回目で他国を牽制する大きな一手にする。そうでもせんとワイ等、ただでさえ弱小国。

 いつでも同盟三国以外からの漁夫の利に怯えなあかんなるし、半端な牽制では遠征が度々行われる。そしたら間違いなくエルフ族は消耗する。それも致命的な程に。

 そうあらん為にも、最低限、そして最短で全てを済ませる必要がある。どでかい抑止力、つまりは伝説が欲しい。強さの証明を立てなあかん。そう思う」

「不可能を可能にしたエルフの国相手に、他の国は怯えるという事ですか?」

「簡単にまとめるならそうなる」

 相手も、今なら落とせそうな国を手放したくはないだろう。もう少しであったのは事実なのだ。欲しいUFOキャッチャーの景品があと少しで手に入りそうだというならば、そりゃ何度でも挑戦する。一度その場を離れたら負けなのだ。

 だから、絶対に手に入らないのだと理解させる必要がある。

 相手もそれが釘で固定されているのだと知れば、もう連コインしない。絶対に手に入らないのだと知れば、手に入りそうな手前でも諦める。

 そして噂は広がるだろう。取れそうで取れないUFOキャッチャーがそこにあるのだと。釘打たれて固定されているのだと。イカサマされているのだと。挑戦するだけ無駄、やるだけ金の無駄、時間の無駄、労力の無駄だと。

 これにて完成。誰も攻めようとしない、虚飾の城の出来上がり。

 そうでなくてはならないのが今回の戦いだ。エルフ族は憔悴し切っているし、今回を無駄に引き伸ばされては釘も抜けかねない。所詮は仮止め程度の釘だ。実際は簡単に引き抜けるような物でしかない。

 それを悟られる前に決着をつける必要性があると思っている。

 ハッキリ言えば、苦肉の策だ。これを成せるかどうかは分からない。現状の兵力ではかなり難しい。今のところは不可能に近い作戦でしかない。どうしたものか。どうするべきか。

 別に殺戮ショーは必須ではないのだが、他に思いつかない。

 なので原点回帰というか、情報が欲しいという理由だけで資料漁り。この世界特有または独自の何かしらを味方に付けられればいいな、という、神頼みかのような行為。

 大抵はそう上手くいかないものだが、一応だ。

「ですが、土地があっても民が居なければ、税は賄えません。武器も道具も食料も、民がいなければ生産出来ませんよ」

 アメジストがそう言い始める。流石にお姫様というだけあり、ちょっとくらいは理解があるようだ。

 いいや、寧ろ考慮に入れていなかったワイが問題か。政治活動やっていたどころか、経済関係に思い切り介入していた経歴があるワイが、その分野を一切放置していたという現状。随分落ちぶれてしまったものだと感動する。嫌な方面で。

 どうあれ、作戦に熱を入れるあまり知らなかったが、経済面の方は寂しい事になっているということだ。よく考えれば、ワイはその辺の事情を殆ど知らない。目に見えて兵士が消耗している事や、防具が錆び錆びであったことくらいは知っていたし、食糧難もまた発生しているに違いないとそう思っていたけれども、こうして紅茶が当たり前のように出てくるから、少なくとも食料関係はそう思う程困っていない物だと勘違いしていた。盲点だった。

 出来れば次はミルクティーが良い事を告げておこう。

「……そういえばこの国の物資を視野に入れてなかったな。もう限界近いんか?食料と武器防具関係は」

「武具は先日ベルデ様が相手軍勢を殺して回ったおかげで、補充と加工は可能です。問題は職人の人材不足でしょうか。そして食料の方は、すでに底を突いている状態でもあります」

 もはや兵士どころか、生産者も足りないと来たか。問題は膨れ上がる一方だ。

 武器防具等の資材は限度あれど、アメジストが言うからには困ってはいないらしい。

 食料が少し面倒だ。食わずして戦争は出来ない。これは士気に大きく影響する。作戦以前に解消すべき課題になる。優先順位がどんどんすり変わっていく。

 しかし、どうしたものか。ワイの能力でその辺は無理やり解消可能だとしても、いつまでもそれでは頭が痛くなる。何が悲しくてワイの奢りなのか。ワイはそこまでお人好しではない。

 とはいえ……。

「早期現状打開は必須か。どうせ兵士の数足りてないしな。

 この近くに森やの色々、こう、補えそうな場所はあるか?」

 まずはそういった場所に向かう必要性があるだろう。自給自足が可能になれば、多少貧困でも民は満足する。まさに、無いよりかは全然良い。

 それに、ワイ自身が打って出た方がいい結果を招く。士気は当然上昇するし、民からの信頼もまた上がる。そうすれば色々な作業が進み良くなり、全てが捗り、遠征志願者もたちまち増えるに違いない。すでに出尽くしているのが問題とはいえ、だ。

 この際ゲル国は放置してもいい。どうせすぐには攻撃を仕掛けてこないだろう。最悪は守りを固めている頃合いだ。攻めあぐねいているのはお互い様でしかない。

「東40マイル先に、モナモの樹海があります。

 しかしそこは迷いやすい。広大で複雑。豊かである理由はそれです。各国もそこに手を出そうとは考えていない。樹海には魔物が住んでいる」

「魔物?」

 随分と更にファンタジーな話になってきた。よく考えれば人狼族も、変なモンスターに乗っていた。モアみたいな生物がトカゲになったような感じだった。

 つまり、一部は馬だったし、一部はトカゲのような生物であったのだ。形容が難しい。言語化は到底不可能。だが確かにあれは、モンスターだった。

 恐らくこの国のみならず、ゲル国までもが大きな壁を建設している理由は、戦争の事もあるのだろうが、何よりモンスターの存在による結果なのだろう。駆逐は随分進んでいるようだが、未開の土地も多いということか。

 その一端がそのモナモの樹海。他の国が手を出さないと言うだけあり、よほど危険な場所と見える。

 いや待て、どうしてそんな場所の名前を今出す。もっと手軽な場所はないのか。

「数多くの凶暴な魔物がウヨウヨと。そして、古よりそこには竜がおります。かの者はモナモの樹海の守護神で、人語を話しますが、干渉を強く拒みます。食料を取りに入ったのだと知れば、もれなく攻撃してくるでしょう。

 ただし、迷った者を出口へ導いたり、死にかけた者を助けてくれたり、万病に効く薬を入手しにやってきた者へは試練を与え、打破出来ればくれてやるらしいなど、多少の交渉の余地はある存在です」

 酷いくらい厄介な場所らしい。

 だが思うに、アメジストには他に心当たりがないのだろう。実際、何処にあるかも知れない海や湖に行くよりは確実で近くであり、ワイが行くとあらばそんな凶暴な魔物など話にならぬと思ってもいやがるのだろう。

 間違いなくその通りだ。竜を狩る者であり、竜の末裔であるワイに、その守護神だか番犬だかよく分からない竜が倒せぬ道理は存在しない。

 アメジストにワイが竜の末裔だ、竜を狩る者だ、地球の代弁者だ、などと告げた記憶はないが、恐らく本能的に理解したか。

 アメジスト、お前は凄く嫌な女だ。ワイが楽しめるような話題をホイホイ出してはその気にさせ、エルフ族を救おうというのだから。

 食えない女だ、お前は本当に。

「ようは竜を退治すればエエってことやな」

「彼の者は不死身と言われています。ベルデ様でも仕留めるのは困難かもしれません」

 随分と呆気無くそう言い張る様を見る限り、別にワイを信頼しているワケではないらしい。ワイを絶対的だと思ってはいないらしい。ワイを愛して止まないと宣うお前がそう思っていることに腹が立つ。

 いいだろう。どんどん言え。見返してやる。絶対に見返してやる。竜の首を抱え、食料沢山持って帰ってやる。その後にキツい御仕置きだ。

 御仕置き内容は、放置だ。口を当分の間聞いてやらない。そうして悲しくて寂しくて泣いてしまえ。お前が悲しむ様を見れば、ワイの心も少しは晴れる事だろう。たっぷり虐めてやる。

 お前が望まぬ方法でたっぷりとだ。どうだ、これは中々いい線いっているだろう。

 そしてどうかワイを嫌いになってください。お願いします。

「竜を狩る者が、竜を狩れんと言うつもりか。仕方ない、竜狩りに出かけるで」

「国ががら空きになっては、攻め落とされる恐れが」

 お前がその気にさせておいて何を抜かすか、と言ってやりたい。

 だが事実、完全にチンコロ野郎を排除排斥出来たとは到底言えない。見零しは万に一つとはいえ、ある。

 そうなると、ワイの不在中にゲル国は攻めて来かねない。これ以上ないチャンスを相手に与える事になるのだ。

 だがアメジスト、お前は兵法を知らない。この世には腐るほど戦略の数がある。

 ワイのように世界を跨いでしまえば文字通り、星の数に匹敵する程存在するだろう。そしてその殆どに言える話になる。


 攻めと守りならば確実に、守りの方が簡単なのだ。


 拳を振り上げ、身体を捻って繰り出すストレートパンチは体力の消耗が激しい。だが防御は動作一回でいい。一方的に打たれるが、相手に比べれば些細な消耗でしかない。状況にもよるが、基本は相手のほうが被害甚大になる。戦争もまたそれに似ている。

 いずれ攻め続けた兵士等は体力を奪われ、士気が下がり、食料が底を突く。

 ボクサーで言う所の、スタミナが尽き、意思が折れ、酸素が足りなくなるようなもの。

 守りもまた最強の攻撃だ。自滅を招けるならば、この方がいい。ただ、ゲル国は物量がある以上、物資も多いに違いない。自滅などというラッキーは起こるまい。

 だから、いずれはコチラから打って出るしかない。ようはそれまで耐え忍んでもらえばいいだけの事。それだけでいい。ワイが居ない間という、たったそれだけの短い期間のみだ。

「攻めに関しては少々思いつかんが、守りに関しては策有りや。

 後で軍曹に作戦伝えて、ちょちょいとワイが穴掘りして、出発でもしてしまおうかね」

「私もお供します」

 ワイは今回、とても楽しいピクニックになるかと思っていたが、楽しくないピクニックに早変わりらしい。ワイはこの女がとても嫌いだから、出来れば残って欲しいのだが。

 いいや、考えようによってはそうでもないか。

 アメジストは戦略を知らない。それどころか、箱入り娘に等しい。

 遠征などしたこと無いだろうし、それこそピクニックも体験したことはあるまい。今後の働きを考えると、こんなどうでもいい経験もまた必須。些細な事や不要な事、無駄だと思える行動は、意外と良いアイデアを生む。

 それに、アメジストはエルフ族上では今のところ一番の地位。エルフ族を従えるという意味ではこれに勝る人材は居ない。ならばこそ余計に、民の苦労を知るのも大事だ。理解無き無能な長が、原因不明の死で幕を下ろすなどよくある話。それでは困る。

 よく考えれば、そんな箱入り娘だからこそのこの謎めいた大胆さなのかもしれない。色々経験し、色々を見て知れば、少しは羞恥を覚えるかもしれない。

 ……逆、だろうか。

 今の過激な格好を見られて羞恥を思っても、何故かこの女は満足してしまいかねない。それこそ露出狂に転職したらどうしよう。

 いや、もうどうでもいい。結果が良い方向に転がるのを祈るだけだ。露出狂になったらなったで、是非もなく厚着させればいいのだ。深く考えるだけ無駄。

 正確に言うなれば、出来れ不幸な未来など考えたくない、になる。

「そ、そか。まあ道案内は必要やしな。じゃあミゥ将軍、例のエルフ族の軍曹の言う事、しっかり聞いて留守番頼むわ」

「………俺も行く」

 なんでやねん。

「じゃあノヴァ。お前はこの国でお留守番や。気が向いたら軍曹の手伝いしてやってな?」

「……」

 服掴んでくる。

 お前はワイが嫌いなんじゃ無いのか。なんでや。

「おいおいおい、じゃあ誰が国に留守番するんやアホか」

「でしたら私がここに残りましょう。ベルデ様の役に立てるのは私だけ、のようですし」

 いきなりにアメジストがそんな事を言い始める。

 凄くいい笑顔で、エルフメイド達を横目で見、ミゥ、ノヴァをチラチラ見て、無駄に優越感に浸っているようだ。

 まさに、『私こんなにお姉さんなんです。そこの駄犬や餓鬼と違って駄々こねないんです。ベルデ様の望む形を躊躇いなく選択出来るいい子なんです。だから褒めてください』みたいな事を言いたげな顔をしている。

 鳥肌が凄いヤバイ。普通ならば駄々をこねてでも付いてくるところを、見え見えの利益の為に一歩引いてくるあたりが怖い。しかもその選択に一切の後悔がない所が余計に恐ろしい。価値観が可怪しい。狂っている。

 いや、確かにありがたい。ありがたいが、勘弁して欲しい。まるで借りでも作ってしまったかのようなこの現状が嫌だ。そう思わせるこの空気が嫌だ。だがこれを断るとワイが『一緒に来てほしいのに』みたいに言っているかのようになってしまう。それの方が断然嫌だ。

「お、おう……。実に良い判断や……」

「……嬉しい。お役に立てて、私、幸せです」

「……なんつー最悪のチョイスや……」

 もう何を言っても無駄なので、平々とそう述べておく。一人よがりのオ○ニープレイに付き合っても仕方ないし、時間も無駄だ。この際、全てを忘れよう。

 ミゥとノヴァが付いてくるとあらば、さて、どうしたものか。ミゥはともかくノヴァが問題。

 比較的言う事を聞きそうではあるが、本質は子ども。目を離せばすぐにどこかをほっつき歩きそうだ。

 今回、交戦は避けられまい。魔物も竜も間違いなく攻撃してくる。

 ミゥは主戦力。ワイもそうなるだろう。ノヴァが野放しになってしまうではないか。どうする。説得してでも、最悪無理にでも、ノヴァは置いていくべきか。

 いや、どうせ食料を運ぶための馬車が必須だ。エルフ族の数名かを引き連れる事になる。ならばノヴァの相手を誰かに担当させればいい。そうすれば何の気負い無く戦う事が可能になるだろう。仮にどこかほっつき歩きはじめたとしても問題にはならない。ノヴァなら魔物程度、脅威ですらないに違いない。

 そう考えると、ノヴァは別に放置でも別に構わないか。余計な心配だった。

「早速出発なされるのですか?」

 アメジストのそんなどうでもいい問いかけに、ワイはどうでも良さげに答える。

「せやな。事は早い方がいい。馬車数個借りてくで」

「全てはベルデ様の所有物でございます」

「お、おう」

 どうあれ困った事はない。少し手間にはなるが、防御策を講じて終わり。食料探しの旅の始まりだ。

 ミゥは今日、というかほぼ先程来たばっかりなので、武器も防具もこの玉座の間に置かれている。それを取りにいっては腰掛け、武器をちょいちょい整備している様子。

 見た限り、防具装着はしないようだ。その防具にはゲル国の紋章が思い切り刻まれているから、という理由かもしれない。元々防具というよりは、特殊な民族服みたいな代物だったが。

 ノヴァはノヴァで椅子に座って足をプランプランさせている。心なしか楽しみそうだ。と言うか彼女に言語を理解する力があるのかどうか、甚だ疑問でしかない。

 アメジストはアメジストで何も言わぬまま何処かへ行こうとしている。馬車の準備か、ノヴァの服でも取りに行ったのだろう。そう時間は掛かるまい。ワイは軍曹が帰ってくるのを待てばいいだけだ。

「ガドロサ様ー、人狼の資料を持って来ましたー」

 随分早いお帰りだ。沢山の本や色々を持っている軍曹は、フラフラする様子はない。流石に兵士だと言うことだろう。

 ワイは指でカンカンと机を叩き、ここに置けと指示。ため息一つついて、軍曹は資料を置く。

そして『次は何でしょうかねチョビ髭野郎』とでも言いたげにコチラを見る。超嫌そうな顔だ。おい誰がチョビ髭野郎だぶっ殺すぞ。一発殴ってやってもいいくらいだ。が、それより先にやるべき事を終わらせよう。殴るのはその後だ。

「んい、ご苦労さん軍曹。早速やがちょっとエルフの兵等に命令がある。一仕事頼むわ」

「は、はあ」

「あ、そういえば看板って設置したか?」

「看板?何の話ですか?」

「今から指示するわ。後でやっといてな」

 エルフ族で一番憔悴し切っているのはもしかしなくとも、軍曹なのではないだろうか。

 というか軍曹の名前を知らないままだという事を今更思い出す。それに、サージェント(軍曹)ではそろそろ役不足にも思える。今からカーネル(大佐)と呼ぼうか。いや、当分はサージェントでいいか。ゲル国を潰してから昇格させよう。

 ともかく準備をするため、軍曹に兵士を集める命令を出す。集合場所は門前。ゲル国と対面位置の門。人数は200程度。適当にかき集めろと言っておく。軍曹は嫌そうに走っていった。

 これからもこき使われるのだ。この程度で音を上げてもらっては困る。

 そして、ごめん。名前聞くのまた忘れてた。



「これでよし。遠征しに来た馬鹿共はこれで死にゆく残骸になる。でも皆仲良く墓の中、楽しく過ごせるで。一部違う終わり方しかねんけど」

 とにかく暑い。結構骨の折れる作業だった。

 覚醒者が使うデストロンスという能力は、別に完全な物ではない。

 こうして多大に使用すれば、熱も発生する。それに、物を移動させるのに特化した力では少なくとも無い。その為に無駄に力の使用を強要された。消費量も馬鹿にならない。

 今ではのんびりと食べ物を貪っているが、この疲労感はすぐには癒されない。絶大な感情量により消費されるカロリー量も凄い話で、こうして一気に腹が減る。

 とはいえ、随分エコなのもまた事実である。

 人の手でこれだけを成そうと思ったら、こんな程度のカロリー消費では済まされない。何千倍、何万倍、それ以上の消費が必須になっただろう。だからこの食事など僅かな犠牲に他ならない。問題はワイが大損した気分になるという事になるか。

 横幅にして2マイル、縦を0.3マイル。深さもまた0.3マイルくらいの、半円柱形の溝。削ったと言うよりは、押しつぶしてそうした感じだ。ゲル国の対面平行にそれを作った。

 その2マイル横にはどでかい岩や瓦礫を積み上げてもおいた。高さこれもまた1マイル前後。横幅それぞれ1マイル。器用に組んで、ゲル国側からはネズミ返しのようになっている。だからロッククライマーでもなければ登れないだろうし、下手すると崩れるだろう。まとめてみんな下敷きの大惨事となる。

 だから、必然的に溝の部分を通らなくてはならない。

 溝の方もまた仕掛けがある。ゲル国側から下りて行くのは簡単だが、エルフ国側に登るのは面倒な傾斜となっている。そこに山ほど、落とす為に使用出来るであろう大岩を用意したので、登ってくるのに手間取ってしまえば、落下してくる岩の餌食となる。

 ならば、この壁を迂回してやって来るのではと、そう思うだろう。

 心配は必要ない。前に食らった手痛い手段を講じておいた。

 地雷原だ。山ほどの地雷を埋め込んでおいた。この世界の文化では到底作り得ない地雷。

 故に敵兵は畏怖して近寄るまい。壁の外側一周に植え込んでおいたから、牽制としてはやり過ぎなくらいだろう。

「ガドロサ様、これでは我々も進軍出来ませんぞ」

「そん時はまたワイが道を作ったるて。

 ま、数日中を凌げればエエ話。ワイ等はすぐ帰ってくる。それまでは弓矢部隊で、やってきた馬鹿共をガンガン撃ち殺しや?あと岩を転がすのも有りやで。

 城を攻めるんは凄く難しい事やけど、数の暴力でそれは可能になる。それがエルフの国の現状や。呆気無く潰されてしまいかねん籠城戦なんざ出来る程食料無いしな。

 せやが、一度低い位置に降りざるを得ない敵兵は本当に弱くなる。数百人の兵士だけで、20万の敵兵団を足止め可能になってしまう。

 お前等は適度なバリケード作って、岩転がししながら的当てゲーム楽しんどればエエんよ。

 万が一にも攻めこんで来るとは思えんけどな。

 あとあっちの方とそっちの方は行くなよ?地面爆発するから」

 地雷がモンスター達によって爆発する可能性もあるが、数が数なので問題あるまい。一発でも発動すれば、怖気づいて逃げ出すに決まっている。

 それに後から回収可能、再利用可能なので、また帰ってきたら処置も出来る。

 何故こんなに兵器を所有しているかと問われたら、色々な都合だ。時にはワイが勝てないような相手も居るのが平行世界。様々な逃げる手段を持っておかねばならない為にこれだけ馬鹿げた数を所有している。

 今まで使った試しがないからこうして山ほど余っているワケでもあるが。

「はあ…、でもジューダス姫も居ますので、これだけの準備があれば凌ぐのは容易に思います。

 しかし、山を動かすなんて、無茶苦茶しますね本当」

「山?岩の間違いや。

 寧ろこのエルフの国、本格的に平野過ぎてあかん。攻めにくい形になってなさすぎる。今回ので多少なり改善されたけどな」

「多少どころか……」

 軍曹がそう言った。だが、的を射ている。

 このエルフの国はまるで準備されていない。いいや、準備のやりようがもう無いのだ。

 木々は大抵伐採されている。これは戦争による弊害だろう。資材がどうしても必要だったのだろうし、相手国もまた邪魔な為にそれら全てを焼き払ったのだ。それらしい痕跡が痛々しい程に残っている。

 その所為でただでさえ見晴らしが良かったであろうこの国は野晒しとなり、当然ながら資材不足が顕著になってしまった、と。

 バリケードの残骸や色々が転がっているのも見て取れた。今では設置もままならない状況。

 この国は土地ごと消耗しているのだ。味方につけられる自然を自ら削り、相手にも削られ、この有様。まさに天が見放した国。繁栄や存続が出来るとは到底思えない有様の国。

 そんな劣悪たる環境を打破するには、やはり自然を味方にするしか無い。それも、無理矢理にでもだ。

 これだけの状況から全てを味方にするのは到底不可能である為、兵器で補わざるを得ないのは少々残念ではあるが、間違いなく今、有為転変した。この段階から運を手引きするのだ。策を講じずして、幸運は足を運んではくれない。摩天楼的大物ならば特にそうなる。

「ベルデ様、馬車20台準備完了です」

 自然は優しい。だがそこに価値観や感情はない。ただそこで芽吹き存在しているだけ。誰も拒絶しないかわりに、途方も無いエネルギーによって災害を引き起こす。地球からしたらちょっと咳き込んだくらいの事。

 それだけなのにも関わらず、我々にとっては脅威的なまでの破壊力となる。

 人間はこれを昔から打開しようと考えていた。防ぐ為に奮闘した。抗おうとした。消し去ろうとした。

 違うのだ、それは違う。間違えている。考え方が大きく外れている。

 どれだけ大きな力であろうが、どれだけ無慈悲な力であろうが、その全てを味方につけるようにするべき。それくらいの根気を見せねば、そしてやってのけねば、自然など到底克服出来ない。出来る筈がない。

 脅威と見るには、敵対するには、あまりに強大過ぎるのだ。自然とは。

「よくやったアメジスト。20は居らんとならんわな。あとは国頼んだで」

「はい、必ずや守りぬいて見せます」

 まずは自然を味方につける必要がある。

 この枯れた大地、エルフの土地では、策も糞もない。身を任せる風さえありはしない。

 それではいけない。雲が上から鼻で笑うだろう。雨さえ降らせず通り過ぎるだろう。

 そうすればこの国は終わるのだ。エルフ族は自然の力によって滅亡するのだ。ゲル国が手を下すまでもなく。

 それにこういう物は芋づる式。川があれば木々は生い茂るし、木々が生い茂れば動物が集まり、動物によって種は運ばれ、種はまた別の場所で芽吹き、湖が形成され、魚が集まり、鳥が舞い、大地が潤い、華が咲いて、風に蝶が舞う。逆もまた同じ。

 だが自然とは、長い年月をかけて大きく長く育まれる。これはまた、奇跡の形だ。

 そして、ワイはこれを破壊する人類という種族が大嫌いだ。無関係の大地は、自然は、幾度と無く蝕まれ、傷つけられ、そして消滅さえしていった。泣き叫ぼうが関係なく。

 だからエルフ族、お前達も同罪でしかない。自然の精霊とはよくぞ言った。使命も忘れて殺した自然の味はどうだ。お前達は今まさに、自然から攻撃を受けているのだ。守りきれぬから、そして、自らがそれらを削ぎ落したから、こんな無様な事になったのだ。

 あわよくば死に絶えろ、エルフ族。願わくば死に絶えろ、エルフ族。

 必然としてお前達はワイに殺される運命にある。その日までその呆けた面を極めるといい。

「ミゥとノヴァ、行くで………って、おいアメジスト!」

 馬車と共にやってきたミゥとノヴァ。少数のエルフ族。

 エルフ族達は防具で身を固めているし、馬車も相応に頑丈そう。馬さえ簡易な防具付き。ワイはタンクトップにジーンズ。バンダナ付き。オマケにチョビ髭。ミゥは謎の民族風の格好で、ノヴァは何それな格好だ。結局ワンピース。しかも真っ白。

 そう待てだ。おい、何だこれは。

 ノヴァお前。遠足に行くワケじゃないというのにお前。お前。

「はい、何でしょう、ベルデ様」

「……いや、もういいわ……」

 ワイは取り出す。それはJAPAN仕立ての麦わら帽子。少々変わったデザインの物で、女性向け。それをノヴァにかぶせる。

 ワンピース姿も相まって、相当に似合っている。が、ツノが邪魔になっているようだ。

 仕方なく、ある程度形を整えてやると、悪くない出来になった。

 よほど気に入ったのか、ノヴァは笑った。

 そんな呑気な様にあきれ果てて、ワイはもうどうでもよくなっていた。



 虫除けスプレーがまるで効かない。しかもジメジメしていて、まさに樹海だ。

 変な虫の鳴き声と、出っ張りまくった木の根っ子。ツタが少しずつ垂れ下がっていて、日差しが完全には届かないような場所。つまり薄暗い。

 先程はカナブンみたいな虫がワイの顔面を体当たりしてくれたし、鳥が随分警戒した声を上げている。足元もぬかるんでいる場所が多く、落ち葉の所為で滑る滑る。ノヴァなんて何度転びかけたか。毎度ワイが手を差し伸べてやらなくてはならないのが腹立つ。他は何をやっている。子どもが歩いているのを見ていて、どうして見てやらないのだ。

 それと関係ない話になるが、ワイは耳も常人よりはいい方だと自負している。

 だがミゥは流石に本物の犬。ワイより素早く察知して指さしては、蜂の巣を発見。超でかいスズメバチの巣。兵士に聞けば、相当危険な毒を持っているとか。そもそも蜂がデカイ。数も多そうだった。その所為で地味に迂回を余儀なくされる。ハチ退治の経験なんて無いし、無駄に疲れそうだ。やってられない。

 あとは比較的大きな蛇と出くわしたりもした。虫に噛まれたりで巻きつかれたりで、本当散々だ。森に来る際は厚着の方がいいというのをワイはよく知っていたワケだが、まさかここまでとは。虫除けスプレーが効かない事が特に災難だ。楽観視し過ぎていた。

 もうこのスプレーを、さっきの蜂の巣の中で爆発させてやろうか。いやもうそうしよう。そうしてやらねば、この腹の煮えくりかえりの収まりがつかない。くらえ蜂め。

「しっかし、異様な雰囲気の樹海やな。確かに道に迷いかねん。ワイの能力も超微妙に制限されるらしいし、厄介な場所やでホンマ。ミゥ将軍はここ来た事あるか?」

 問えば、首を横に振るミゥ。

 だがすでに武器を構えて臨戦態勢。

 やはり分かるのだろう。ここが本格的にヤバイ場所だという事くらいは。

 一方のノヴァは舞い上がっているご様子で、挙句放っておいても大丈夫そうだ。

 ただ、一応武器を持たせておいた。もうミゥの体重より断然重いであろう馬鹿でかい武器だったが、虫あみかのように軽々とその手に持っている。最悪、武器のほうが呆気無く折れてしまうだろう。またはどこかに置いてきてしまうドジっ子っぷりをやってくれるに違いない。

どちらにせよ、気にした事ではない。放っておけばいい。

「しゃーない。どうせ無駄やろけど、今まで通り中継地点を設けながら進むで。馬車を絶対に護る事。馬車隊も溝にハマったり、下手に馬が動きまわったりせんよう注意したってな。ヘタすると馬車と一緒に死ぬで?

 えーと、馬車隊のリーダーはどれやっけ。おーい、リーダー」

 隊列のイメージを考えついたワイは、少々それを相談しようと思い、馬車隊のリーダーのような人物を探す。一番前の馬車付近に居るかと思ったが、随分後列……、もはや最後尾から誰かが走ってやってくる。

 鎧がこれまた体格に合っていないようで、ガチャガチャ五月蝿くやって来ている。身長もかなり低い。どうしてあんな奴が馬車隊リーダーなのか疑問で仕方ない。

 だが最後尾に居た理由は凡そ判断が付く。弱くてビビリなら後列には居ないだろう。

 後列こそ一番危ない場所。そして、護るべき場所でもある。

「あ、あたしです」

 随分若い声。年齢にして10歳くらいの……。

 いや、それにしては身長が高い。何より10程度の子どもがこんな所に居るワケがないし、リーダーなどやれる筈もなく、後列にて警備するワケなどあり得ない。

 少し考えれば分かった。コイツはアメジストと同じ、女兵士、女騎士だ。

「お前女か。身長低いなとは思ってたけど」

「は、はい、あたしはトリス=アルノルトです」

 ガチャガチャ音を立てながら敬礼ポーズ。そういえば敬礼を初めて見る。この国の敬礼も随分変らしい。手をグーにして、額に当てるようなポーズだ。映画や漫画でいう、『弾丸摘みしました』みたいな、アレそのもののようなソレだ。

 そして見て分かったが、いや、見て分かったというか、吟味の必要さえ無いほど明らかだが、彼女の防具は男物。しかも身長も腕の長さも、様々なサイズが合っていない。かき集めてこうなりました、というような具合。

 物資不足の結果こうなったのだろう。動きづらくてやりにくそうだ。

「よし※アーノルド、全てはお前にかかっている、とは言わんが、まあ適当に食えそうな食べ物見つけたら頼むわ。そこの戦力にしかならん無言の生物二名からは情報得られそうじゃないしな」

※アルノルトとはドイツ語読み。基本は男性名及び姓。英語圏ではアーノルドと読まれる。

「はい、は、頑張ります!」

 頑張る意思がガチャガチャと共に伝わってくる。よほど真面目な奴らしい。男女差別をするつもりはないが、女の身でよくぞここまで頑張ろうと思えるものだと感心する。

 だが、これほど湿気の強い樹海内部だ。動きにくさが相まって、恐らくアーノルドは汗まみれだろう。それでも頑張るのだろう。ワイはそれでも別に構わないのだが、改まれるのは好きではない。敬語は別としてもだ。

 せっかくなので無礼講を許してやろう。子どもに無理させては、年上として少々気分も悪い。

「……見分けつきにくいから、兜取れや」

「きゃ、あわわ!」

 無理やりひっぺがしてみると、これまた驚いた。

 女の身とは言ったし、子どもだとは思っていたが、予想より幼い。てっきりアメジストと同年代だと思っていたが、これでは13,4歳。

 それ以外も驚く要素がある。

「……、赤い髪の赤目エルフ?見たこと無いな。それに肌が褐色。お前、ダークエルフか」

「は、はい……」

 驚いたとも。エルフにまだ種類が存在しているとは流石に思わなかった。

 白いエルフ族同様に整った顔で、地味に褐色かなと思う程度の肌の色。目は完全に赤い色であり、髪の色は他のエルフより断然彩度が強い。そしてこれまた長い長い。ワイが人間だった頃に仕えていたお姫様と同じくらい長い。膝くらいまである後ろ髪。前髪は随分雑に整えられており、黒いバンダナ。それも引っぺがしてやると、これまた可愛らしいお嬢さんだ。

 だが、あまりに若すぎる。それでいて女。

 戦場に出たいという意思があるなら話は別だが、もっと違う選択をしても良かったのではないだろうか。

 幸せを願えるような道を歩んでいても不思議がないくらい、それこそ、恋だのそういう方面に突っ走っていても可怪しくないような年頃でしかない。

 いいやそもそも、これほど若い兵士をワイは知らない。

 16歳前後のエルフ兵士を見かけた記憶はあるが、それでも十分若いと思ったくらいだ。

 16の兵士なんて何処の世も珍しくはないが、それにしてもと思う。

 これだから戦争は、こんなだから戦争は嫌いなのだ。命の価値が軽すぎる。無価値に等しい所まで落ち込んでしまう。こんなだから、人類など地球の肥料になった方がマシなんじゃないかとワイに思わせる。思いつめさせ、実行さえさせてしまう。

 そのような価値観しか持ち得ないから、完全に生命の冒涜でしかないと、ワイは思うしかないのだ。

 誰もやらぬなら、誰かがやらねばならない。誰にも達成出来ないならば、ワイがやるしかない。やらざるを得ない。そうするしかない。

 もしもこんな、アーノルドのような若い者が人生を狂わされるような事が起きないというならば、ワイも重い腰を上げずに済んだというのに。見守るだけに終わったというのに。

 やはり絶滅するしか他に手はないようだ、エルフ族。そしてアーノルド、お前も滅ぼされてしまうのだ。身勝手な大人達の巻き添えという形として。

「……んー、やはり年齢は13,4の生娘って具合やな。挙句育ちも悪い」

「くうう……」

 ……絶滅の件は、今は忘れておこう。

 どうせ全てを殺すつもりでしかないワイだ。彼女に何かを説けるとは思っていない。

 結局のところ、ワイの大嫌いな戦争にワイ自身が加担しているし、コイツ等の命を無に帰すワイこそ、戦争をおっ始める気満々なのだ。

 人間族やエルフ族とワイは、別段差などない。台無しにするのはお互い様だ。

 そもそもアメジストを見殺しにするような民族だ。肥え太ろうとする王族が居た国だ。死んでしかるべきであることに変わりはない。それにワイの目的は、ワイからアメジストを引き剥がす手段を見つけるという事のみ。そのついでに戦争やっているだけだ。決定事項に対して揺らいでも仕方あるまい。

 今は気になった事に興味を示していればいい。それだけでいい。それ以外は必要ない。

 所詮は暇つぶしだ。この娘もまた、いずれ死ぬ。いずれは殺す。それだけの事。

「他が白エルフやのに、なんでお前はダークエルフなんや?」

「だ、ダークエルフはノーマルエルフと友好的関係にあるんです。あたしはこの国に派兵された兵士でして……」

 と言うことは、アーノルドは志願兵なのだろう。強制的に兵士になったワケではなさそうだ。

 しかしダークエルフの国だか街だかを、ワイは聞いたことがない。ダークエルフを見るのも今回が初めてだ。

 では殆どは死んだのだろうか。アーノルドはその中で取り残された兵士なのだろうか。

 きっとそうなのだろう。前線に立って死んでいったのだろう。

 アーノルドは若いからという理由で、前に出させてもらえなかったと考えるのが妥当。

 挙句は派兵も途中でストップされ、ダークエルフとノーマルエルフの友好関係もとっくに終わっているに違いない。

 ならばアーノルドはどうして帰らないのか。それは非常に気になる所だ。エルフ族も一体何を考え、アーノルドをここに留めさせて居るのだろう。

 だがしかし、下手するとこの話題は、非常にデリケートな部分であったり、複雑な箇所かもしれない。訊かない方が無難か。

「ノーマルとの寿命の差は?」

「えっと、多分殆どありません」

「身体的な能力に差はあるんか?」

「白いエルフに比べて力が段違いです。だからあたし、その、育ち悪いしこんな年齢の、生…生娘ですけど、戦えるんです……」

 ワイは誰かを虐めるのは好きだ。特に、優位に自分が居るのだと勘違いしている奴を地べたに引きずり落とすのが大好きだ。自信たっぷりに語るそれを完全な理論で叩き潰してやるもの大好きだ。正義感に溺れる馬鹿を悪たるワイが撃退するのは本当に大好きだ。自分が強いのだと勘違いしている奴を完膚なきまでに叩き潰すのも大好きで、心を絶対に折らないのだと言い放った奴の心を様々な手を使ってぶち折るのは大好きすぎて仕方ない。

 ようは気に入らない奴を真反対の位置へたたき落とす行為が好きなのであって、こんなか弱い娘を虐めるのは流石にどうかと思っている。

 口が悪いワイは自然とこういう微妙な空気をよく作ってしまうのだが、この空気は好きじゃない。むしろ大嫌いの部類だろう。

 罪悪感の概念は無いのだが、とにかく面倒だと思う。世間体的にも少し痛い。

 ノヴァなんて見てみるといい。ドでかい剣をブンブン振り回し、こっちを見ている。冷たい目で見ている。『殺しちゃおっかなー』とか言い始めそうな表情だ。怖すぎる。

 ミゥも心なしか怒って見える。馬車隊なんて『あーあ、やっちゃったなー』みたいな空気でワイを責め立てている。

 知るか。

 勝手に気にして勝手に泣きそうになっているアーノルドが悪い。ワイは事実しか言っていない。拡大解釈も大概にして欲しい。

 とも言えないか。元気の良さそうなアーノルドは13,4の生娘でしかない。

 兜を引剥がしたのはワイだし、これではセクラハのようなものだ。パワハラともいう。

 もっと考慮すべきだったのは認めよう。認めざるをえない。

 だからアメジストにチクるのは止めてください。絶対幼子集めては変な仕込みまでやってのけかねないので。トリガーがワイだという事実がもっと嫌なので。流石のワイでもSAMURAIのように切腹しかねないので。

「あー悪かった悪かった。育ち悪いは撤回や。堪忍な。

 それにめんこい顔は笑ってこそやで。そんなしょげくれてたら台無しやよ」

「え?ほにー?」

 方言が通じないのは何処の世界でも一緒だろう。ちなみに英語では「horny sweet face」と言っておいた。滅茶苦茶下品な言葉だ。だいたい直訳すると「ヤりたいくらい甘い顔」になる。

 hornyが特に要らない語ではあるし、「めんこい」とはまるで違う意味だが、つまり相当可愛いのだと告げたかっただけだ。大げさな比喩はワイの世間では常識的だったのだ。

 まあ、通じなかったのならば仕方ない。殴られる覚悟くらいはしていたつもりだったが。

 つまり、伊達に生娘ではないということだ。流石生娘。恐れいりました生娘。

「可愛いっちゅーこった」

 次は「Charming」、チャーミングと言っておいた。

「か、か、かわ、」

「お世辞やから気にすんな」

「か、え…、なっ!」

 元気は出たようなので、さっさと進む事にする。

 未だに後ろで剣をブンブン振るっている音が聞こえるが、気にしないでおこう。ミゥも別に気にしていない様子だし、皆も普通に付いてきている。

 アーノルドがあーだこーだ文句を言っているが、これこそ元気な証拠だ。この世界に来てここまで憎まれ口を叩かれたのは初めてだ。そして見過ごすのも初めてだ。ある意味で頭が上がらなくなってしまった。悔しい事だ。

 しかし子どもの戯言ほどに真っ直ぐであり、そしてどうでもいい事はない。相手にしない大人の対応を貫かせていただこう。流石ワイだ。大人すぎて魅力的だ。惚れられたらどうしよう。ワイには小娘を相手にする趣味などないが、フるとなると良心が痛んで仕方ない。こんな若い子を傷つけなくてはならないなんて、なんとワイは罪深いチョビ髭なのだろう。

 などと本格的にどうでもいい事を考えていると、今度は結構食べられそうな物が見えてきた。

 やたら目立つ色をしている。一見すると食べられそうには見えない真っ赤な木の実。

 だが今さきほど、鳥が啄んで居るように見えた。その後バサバサ飛び去っていったのも見た。

 アレの毒や色々が効かない鳥だったならば、エルフ族の食料にはならない。だが恐らく食べられる代物だろう。そう思うが一応訊いておく。

「アーノルド、あれは食えるんか?」

「……はあ。どれです?」

「あれや。あのヤシの実が赤くなったみたいな。

 で、伝わるワケないな。ほれ、あのなんか硬そうで大きそうな木の実やよ」

 不機嫌そうかつやる気無さげに隣にやってきて観察するアーノルド。すると、一瞬凄い顔をする。苦虫噛んだような顔だ。かと思えば急に両腕で胸ぐら掴んできて、ガクガクとワイの身体を揺らす。ガチャガチャする鎧も一緒に揺れている。本当五月蝿い。忙しい小娘だ。

「あれって超高級スイーツですよ!あんなに沢山!こんなに沢山!?あれの名前はですね!ノルポゴーデ!」

「なんやそれ。呪いの呪文?」

「しかもでっかい!何ですあのデカさ!見たこと無いくらいデカいです!売りさばいたら凄い値段になりますよ絶対!」

「あー、んで、美味いんか?」

「あたし大好きです!!」

「そりゃ……食料の宝庫やな。良かったな」

「はい!」

 ある程度ガクガクを続けてワイをほっぽり出した後、急ぎ木を揺らし始めるアーノルド。

 そして、ミゥからゲンコツを貰っては座り込んでいるアーノルド。本当に馬鹿な奴だ。

 今のタイミングで木を揺らすのは止めたほうがいいのは間違いなかった。ミゥはアーノルドを殴りつけて大正解。命を救われたのは、アーノルドだ。

 彼女はエルフらしくもなく鈍いようだが、この辺りでモンスターが数匹、目を光らせている。馬車隊の数名もそれを察知しているようだ。

 太い木の付近で。青々しく大きな葉っぱの後ろで。宿木の影で。大岩の真上で。それは至る所に居る。

 攻撃を仕掛けてこない理由は、ワイやミゥ、ノヴァが居るからだろう。その所為でモンスター達は手が出せない状態で固まっている。

 あまりに恐ろしい存在なのだと理解しているからこそ、背を向けてさえ襲ってこない。隙だらけでも襲ってこない。返り討ちにあう事を明確に理解せずとも、分かるからだろう。

 しかし木なんてこんな大袈裟に揺らせば、刺激を与え過ぎる事になる。ただでさえ凶暴性のあるモンスターであり、怯えて平静を失っているモンスター。何を思って攻撃を仕掛けてくるかは知れたものではないのだ。

 が、その事実を告げるのはよしておこう。下手に怯えられるのもかえって危険。

 この手の狩人たる生命は、そういった恐怖や動揺を察知して襲って来る場合がある為だ。ならば何も知らぬまま、殴られた頭を抱えて間抜けに歩いている方が断然安全。

 出来れば今後も気が付かぬまま居てもらいたい。その方が平和で楽だ。

「お前な。食料集めに来たのにお前だけ食うなんて許されんわ阿呆。集めた物つまみ食いしたら前歯折るで?」

「いいっ!?」

 まだ何も集められていないので、このポンポコールみたいな名前の木の実が初めての収穫だ。

 出来る限りこのように大量に集め、少しくらいは凌げるようになればいいのだが、状況は予想より厳しい。

 仮に馬車20台に食料全てを詰め込んだとして、何日持つだろう。エルフ族は総勢30万。ハッキリ言って、1日で底を突くのは見えている。これでは緩和剤にもならない。

 とはいえ、竜を狩ればここは出入り自由。つまりは食料確保が容易になる。

 実際問題、食料がどれほど存在しているかの確認の為の遠征が今回であり、竜退治こそが真の目的だ。何はともあれ、竜と遭遇するまでの期間はここで過ごす事になる。

 今日は出発が遅すぎた為、時刻はすでに夕刻。日があと1時間くらいで完全に落ちるだろう。

 本当ならば樹海の外で寝泊まりするほうが安全なのだが、竜との遭遇率を上げる為とあらばやむを得ない。ミゥとワイで交代しながら夜を明かし、竜を狩る方法で行こう。

 ノヴァやアーノルドのような子どももいるからして、不本意ながら護ってやる必要があるのがネックだが、付き合ってもらう他に手は無い。

 そういえば昨日、ワイは徹夜したのだった。まさか今日も徹夜必須とは、つくづく運が悪い。

「ミゥ将軍、早速やがかき集めてくれ。ワイはここに超簡易な中継作っとくわ。馬車隊は周囲警戒徹底。あ、ミゥ、1個投げといてやー?」

「………」

 軽々と木に飛び乗るミゥ。気配も荒立っておらず、まるで鳥のような静かな着地だ。そしてすぐに1つの大きな木の実が飛んできた。

 わざとだろうが、結構凄い速度だった。意に介さないワイもワイだが。

 そうして触れて初めて理解する。これは見た目以上に柔らかい。桃の感触に近いか。

 これにナイフを挿れる。大きすぎて中まで刃が入りきらなかったが、ちょっと力を入れてしまえば綺麗に割れた。

 中も赤色で、随分甘い香りだ。果肉は結構柔らかいらしい。まさに巨大な桃といったところ。中は小さな白い種が山ほどある。

 高い所に実る点からして、熟れて落ちた際に動物が食べ、その熟れ切る前に鳥にも食べさせる結果、遠くまで種を運んでもらう事が可能なのだろう。種の量から考えるに、相当な数がこの森に繁殖していると思われる。

 が、アーノルドが高級と言っていた事を考えると、湿気の強く、そして日差しが強くないような場所にのみの分布に違いない。

 そうなるとこの木の実を大量に入手するには、更に奥に行く必要があるか。

 などと考えながら、自前のスプーンで試食してみる。随分甘い香りであるし、木の実が大きいのもあり、水分まみれかもしれないと思ったからだ。スイカのようであれば、高級とは程遠い。食料としても価値は低いだろう。

 だが意外に美味い。甘ったるいようで後味は悪くない。食感は桃とも違う。メロンとも若干違う。何と例えたものだろう。マンゴーみたいな物だろうか。

「んー、こりゃ美味いな。ほれノヴァ」

「……」

 半分を新たなスプーンを付けて渡してやる。ノヴァは最初戸惑っていたが、すぐドでかい剣を木に立てかけて、両手で木の実を持つ。

 随分不思議そうにそれを眺めており、ワイを何度か見て、漸くスプーンの存在に気がついたようだ。ぎこちないというか、下手くそな持ち方をしながら一口食べる。行動も動作も見た目も子どもということになるか。

 ノヴァは本当によく笑う。

「あ、ずるいですガドロサ様!あたしもそれ食べたいです!」

「ワイと間接キスしたいなら、これやるわ」

 どうせ種まみれなので、ワイは欲しいとは思わなかった。出かける前に山ほど色々食べたのもあり、腹はそう空いていない。

 馬車の移動速度も遅くなく、40マイルは4時間で到着した。 

 動かずのままでは腹も減らない。なのでこの赤マンゴーを捨てようかと思っていた所だったので丁度いい。

 これならばつまみ食いではないし、生娘らしい対応も見られるだろうし、それはそれで良い余興になるだろうと思った。なるほどセクハラもたまには悪くない。

 が、残念。生娘は野生児だった。

「全然無問題です!いつ死ぬか分からないこの土地ではもう何もかもがどうでもいいです!

 っひゃー!おいしーっ! これが!これがセレブの味!」

 奪い取るや否や即座に口にして堪能するアーノルド。間接キスさえも気にしない生娘。

 もうこの小娘の人生は色々な意味で終わっているのではないだろうか。何せワイはチョビ髭だ。悪人ヅラだ。根っからの悪人だし、顔もイケメンとは言えない。タバコは吸ったこと無いが、酒はよく飲むし、人殺しだし、亡霊だし、一応人間族だし、おっさんだし、36歳だし。

 それが13,4歳の対応でいいのか。エルフ族とは全部こういうものなのだろうか。間接キスが当たり前なのだろうか。

 もしかしてこいつは、生娘ではないのだろうか。ビッチだったのだろうか。

 だとしたら、なんて悪女だ。優しいワイの心と今までの対応を返す為に今すぐミゥの手伝いでもしてこい。

「……そか。流石生娘や」

「生娘関係ないです!」

 どうやら思い違いだったようだ。アーノルドは生娘らしい。

 何か腹が立ってきたから、素っ裸にしてその辺に吊るして放置していってやろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ