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「パープルアイエルフの招集は進んでいます。今では少数がすでに城にて饗されている段階です。数はまだ居るとは思いますので、しばしお待ちを。招集が間に合っておりません。
いえ、ベルデ様、もう面会なされますか?」
朝日が随分上へ登った。
もう朝日とは呼べないくらいに高い位置。春先の陽気に細やかな風。桜はないが、代わりにクビスマスツリーが良い感じに花びらを落としているらしい。
壁の向こう側から妙な異臭が漂っている。だがもはや昨日のキャンプファイヤーによるものなのか、カラスが沢山のクビスマスツリーの所為なのか、それもとまかさ、あの豚族の王様の汗が服に付着してしまったのか、その真偽は問えない。だが恐らくその全部だと思われる。
ともかくそんな陽気な空に自然に大地にクビスマスツリーというナイスチョイスなのだが、お花見とはいかないらしい。少なくとも飲酒していい雰囲気ではない。
がやがやと、烏合の衆と成り果てた人集り。パープルアイエルフに至っては中でのんびりお茶会を開いているとの事だから、統制もクソもない。ようにも思える。
この群衆は、ワイが集めた。こうしてダラダラ整列させて待たせる形はあまり望ましくないのだが、こうしてワイが全員を集めて放置中なのだ。
皆が皆、緊張と恐怖によって雑談を余儀なくされている。
その様は良く見える。それぞれよく見える。だから都合こそ悪くはない。本来ならば。
ワイから言えるのは、始まってしまえば全て分かるからして、この時間はワイにとって非常に無駄だということ。
早く全員揃ってしまわないかと思い始めるくらいには、時間経過が凄まじい。
面倒でならない。眠くなってきたし、肩が痛くなってきた。アメジストに肩でも揉ませようか。
……やっぱやめよう。
「その前に裏切り者を燻り出さんとならん。だから軍曹に兵の招集を任せたんやろ。
……てか、まだかいな。まだこれ全部やないんか。くだらんわ。マジくだらん時間や。漫画でも読もかな」
「非番の者も怪我人も残らず全て集合でしたか。その所為で時間を食っているのだと思います」
アメジストの言うとおり、そのあたりで無駄に時間を費やさざるを得なくなっているのだろう。ワイの直々招集というのもまた、エルフ族にとっては怖い話でしかない。様々な弊害が、軍曹を邪魔しているに違いない。
違いないが、どうでもいい。
では早速、といった感じにテンポ良く行動したい。何せ普通、時間は停止してくれないのだ。
待たされるのは嫌いだ。どれくらい嫌いかといえば、大好きで大事な漫画読書時間を誰かに邪魔されるくらいに嫌いだ。
とんでもなくしょうもない話だが、ワイにとってはそれくらい重大な事なのだ。
「戦時中に非番も糞もあるか。寝てても次の瞬間には起き上がらんと、死ぬのは全部やろ」
「ごもっともですね。それでは今すぐ、チンコロをやっつけましょう」
「ごめんもうその俗語忘れてや…」
しかし、クビを飾った木を見るのも飽きた。何時間も見ていれば、そりゃ飽きる。
事の次第があとどれほどで完了するかも分からない今の段階では、何をするにも不都合。
入れ違いだの食い違いだの、それが引き起こるのは面倒極まる。故に座って待つしか無い。
ふと能力を使用し、遠くを眺めてみるものの、
いや、これは意外と面白い暇つぶしになるのではないだろうか。
有効範囲内のみを視る能力とは言うが、漠然とその有効距離は300マイル以上(500㎞以上)。世界をゆっくり眺めていくのもいいし、今後の戦略を練る上でも必須になる情報収集、そして情報整理をするのもいい。
ここから見える限りの全てを眺め、後で調べる。美しい風景までもオマケ付き。素晴らしい特典ではないか。そしてワイのみに許された特権でもある。
そう思って遠くを眺めようと思った矢先、
「ガドロサ様、兵を集め終わりました」
邪魔が入った。
靴を舐め始めるアメジストを止めようとしながら止められなかった、間抜けで情けない部隊長、軍曹、後の大佐。兵を全部集めろと命令を下した相手。
妙に汗をかいているそのむさ苦しさにガッカリだ。ため息が出た。
ワイはこんな物ではなく、もっと綺麗な世界を拝む予定だったのに。そう思えば思うほどガッカリ出来る。寧ろ苛々する。
だが仕事をせっかく終えてくれたのだから、労わなくてはなるまい。
「ご苦労軍曹。そこで見てろ」
さて、労いの言葉は告げたし、早速始めよう。
肩を叩いてから背伸び。カチコチとした身体が伸びきるのを感じる。
この感覚は悪くないが、まさに待たされていた証明でもある。好きになれそうではない。疲労感が圧倒して勝る。
そんな些細な事を思いながら、広間を一望出来る変な高台に登る。ついでに設置されている机の上にさえ登る。
声は張り上げた方がいいだろう。後ろの奴らにも聞こえるように喋らねば、意味が無い。
などと思ったが、ワイは考えるより先に、広間にある噴水を思い切りに破壊した。
見た目は光だが、それはレーザーだ。大した損傷こそ有りはしないが、相当な轟音をもって欠けた噴水に誰もが視線を釘付けし、少しするとコチラを見る。瞬きさえ忘れて。
すぐに雑談は困惑の声に変わり、20秒もすれば誰もが黙る。
いちいち注目しろと怒声を張り上げる必要性はなくなった。ワイは勝手に注目の的だ。あとはある程度大きな声で述べれば問題ないと思う。
エルフの耳は大きいし、多分良く聞こえるだろう。目も良いらしいし、全てを見ることが出来るだろう。
問題視すべき事項は今のところ無い。気楽で良いものだ。
「よう集まった、勇敢な豚共。これからちょっとおもしろい話をさせてもらう。
今後に関わる大事な話でもあるし、ワイからこんなありがたーい言葉を聞ける機会は滅多にない。耳をかっぽじってよーく聞きや?」
本当にありがたいお話だ。エルフ族の存亡に関わる大事なお話だ。
密告者、スパイ、工作員のすべてをここで一網打尽。それはエルフ族にとって大きい一手。不利を覆す大きな一歩。ありがたい以外に形容は出来まい。
挙句は面倒くさがりのガドロサは、こんな機会さえ面倒だと思うような男だと自覚している。
こうして無駄だ無駄だと駄々をこねながらも、全てが集まるまで我慢してやったのだ。感謝どころか崇拝されても可怪しくないくらいに真面目な態度。労いの言葉の一つや二つくらい欲しいものだ。
出来れば、アメジスト以外から。あと軍曹も却下。
「まずはデモンストレーション。そこの前列左から三番目、前に出ろ。
お前は確か、初陣の2000の軍勢、勇敢なる豚の一人やったな」
「ベルデ様、よく覚えてらっしゃいますね」
アメジストが隣にいつの間にか移動してきている。一応机の隣だ。
ワイは仕方なく机から降りて、そして高台からも降りた。それについてくるアメジスト。
この女はただただワイの隣に居たいだけなのだろうが、ワイは意味あって降りた。ついでに会話もしてやろうと思う。
「全員の顔は一応覚えとるで。名前はともかく」
すぐに兵士が目の前にやってくる。緊張と動揺、恐怖を必死に後ろに隠そうとしている。あくまで気丈な兵士を演じるつもりらしい。
いいや、それくらいの度胸が無くてはなるまい。それでこそだ。尊敬さえしよう。
よほど苦労したのだろう。その目は多少濁っても見える。少し痩せ型か。過度ではないが、栄養失調の症状が出ているようだ。あまり顔色が良くないし、微かに胃液の臭い。
今朝方に一度、嘔吐したか。
真面目な奴なのだろうと察する。きっと良い奴なのだということも分かる。
だからこそ呼んだ。ここに呼びつけ、立たせた。
コイツにいたっては、今であろうが後であろうが、結果は変わるまい。せめて見世物にしようと思う。せめて華々しく散らせてやろうと思う。
お前は教科書に掲載されている写真やイラスト程の価値になるのだ。死んで後に輝けるのだ。それはそれは、光栄なことだ。
さあ笑え。堅苦しい演技を続けろ。写真は撮らないが、かわりに目へ焼き付けてやる。
「んで、お前がこうして呼ばれた理由は何か分かるか?」
「け、検討もつきません」
「お前には家族はおるか?」
「いえ、父母共々死に絶え、一人っ子であり、独身のエルフの兵です」
「家はあるんか?」
「いえ、前エルフ王により支給された宿舎に。不自由はありません」
「親戚はどんなや」
「遠い親戚は居ますが、それ以外はもう…」
「戦友はどうした」
「我が部隊は近日中に壊滅。遺憾な事に、芳しい戦果も上げられず」
「お前の階級はいくらや」
「はっ。エルフ軍第11大部隊、槍盾兵団の一人、オプバン伍長であります!」
「ほう、オプバン伍長。伍長の蓄えはどうや?」
「い、いえ、それほどには」
不安げにこの光景を眺めているエルフ族兵士達。一番に不安であろうオプバン伍長。
ワイの隣で冷たい眼差しを向け続けるアメジストに、ここで多分一番嬉しそうに微笑んでいるワイ。
当然、楽しみでしかたない。このエルフは、オプバン伍長は、とても楽しい男だ。とても良い兵士だ。きっと強い兵士となったに違いない。
しかしオプバン伍長、お前はどの道早死する。
エルフ族は総じて卑怯を嫌うが、お前もまたその類。
心が折れそうだろう。後悔しているだろう。しかしそれでも生きたいのだろう。
仮に彼が成し遂げたい事が見事にも成功したとしよう。しかしすぐに暗殺されたに違いない。信用に値しないと相手は思うからだ。全てを裏切り仲間を売ったような奴なのだから当然だ。
では仮に失敗したとして、助かる見込みはどうだ。ワイから逃げ切れる自信はあるか。そして手はずは整えて終わっているか。どう思う、オプバン伍長。
…オプバン伍長、お前はどの道助からない。かろうじて1日2日の差、数時間程度、最悪数分程度の差の生に縋りつく事しか出来なかっただろう。それも今日は特に運が悪い。
オプバン伍長、お前は最短経路で死ぬ事となる。数分の生に縋りつく事さえ許されない。目の前に居る男がそれを許さなかった。たったそれだけの事だが、それだけの事でさえ抗う術がない程、お前は弱い。挙句、大きく選択を誤ってしまったからだ。
全てはそのいつの日かに始まった。お前が決意してしまったその時に決まってしまっていた。
結果がこれだ。色々あってこれだ。
全てを諦め、全てを委ねろ。でなくては楽に殺してやれないかもしれない。せめてこれ以上選択を誤らない方が、その身の為になる。
お前だってそれは望むまい。これ以上は望むまいよ。
「つまり今以上の階級と今以上の年収、そして、今以上の住まいと今後の安泰が有るというならば、何ら躊躇いなくソレにすがりつけるというワケや。準備も何も要らんわな。何も邪魔にならんわな。心次第ってこっちゃ」
「……」
もう分かっただろう。否、最初から分かっていただろう。ここに呼ばれた理由も、こうしてワイの口から吐き出される言葉の意味も。
その心境はもはや穏やかとは程遠い。これほど春の陽気、いい日だというのに、まるでそんなもの関係がない。関係なく、心臓が破裂寸前と見る。
見るも無残だ。呆気無い。しかし強い精神力だ。何をしても無駄だという事が分かっていても、こんな事になっては即座に逃げ出したくなるというもの。
それこそ、これ以上の醜態を晒してでも、生きたいと願い、行動するもの。人狼族が負けを悟り、尻尾巻いて間抜けに逃げ出すあの時の様のように。そんな無駄をやらかしてしまうように。命が惜しいならば尚の事そうなる。それが当然であり、当たり前でもある。
それなのに動かない。震えて動けないワケではなく、動かないのだ。
死を覚悟している。そういう意味では立派な兵士だ。ああ、立派だとも。
だが反吐が出る。いいや、これ以上なく不愉快だ。
生に縋るのは当然の行動だ。ここで動かないお前はただの馬鹿だ。誇りや理性が全てを塞き止めているのだとするならば、その全てをワイは全力で否定してやる。
オプバン伍長、お前のその行動はもはや自然を逸脱している。直感が警笛を鳴らし続けているであろうに、どうして動かない。お前は裏切り者だろう。そんな屑のくせに、今更綺麗に死のうとはどういうつもりだ伍長。すでに綺麗とかけ離れた糞のような命であるというのに、誇りも糞もないだろう。どういう道理だ伍長。説明しろ伍長。
これだから、これだからエルフ族は。
駒としての見どころはあるかもしれないが、ワイはそんな軟弱な魂に興味はない。
勇敢や誇りによって死のうとするような虚け者など、死人も同然だ。
咲く事を拒絶して通そうとする花くらいに間違っている。
不可抗力ではなく、自らそれを望む所が特に滑稽だ。
お前らみたいな者が居るから、この土壇場でこのような有様だから、生の意味がいちいち分からなくなってしまうのだ。いい加減分かれ。何度繰り返す気だ。
進化の硬化にどのような未来があるというつもりだ。
進化否定に一体どのような栄光が待ち受けているというのか、言えるならば言ってみろ。
大声で、自信満々に。ワイに堂々言ってみせろ、屑エルフ。ただのゴミめ。
……そうだな、せめて自殺はさせまい。
その嘘に塗れた誇りとやらに埋もれて眠る権利を与えてやろう。
選択を間違えるなよオプバン伍長。それ次第で、そのしみったれた糞のような誇りさえも燃えて消える事になる。糞以上に醜くなってだ。
「ワイの知り合いの兵士にレイスってのがおってな。ソイツは暗殺の達人であり、そして参謀。陸軍中将やった。年齢は当時15そこそこでな。ま、天才やったんやよ。
んでな、一時期城に不穏な動きをする人物が仲間内に居た。それが我が国にとって不利益を被る害虫、つまりは諜報員、スパイやと知ったレイス中将は、レイス中将率いる兵隊連れて街を見回り警備の際、あえてソイツを隊列に組み込んだ。
その日の深夜頃、そのまま暗がりの路地裏に引きずり込んで残忍な死を与えて終わった。報告書も読んだが、見事な惨死やたそうやで。酷たらしく、罪に見合った死を与えられたようやった。
その一件は表向き、事故死という事でケリついた」
「………」
オプバン伍長にその残酷な死が与えられるかどうかは別の話だが、つまりはそういうこと。
裏切り者の末路など、知れたものなのだ。そしてお前もよく理解しているだろう。しかしバレる筈がないと思っていたのだろう。
確かに、ワイでなければバレなかったに違いない。しかし伍長、裏切り者など、相手にとっても不都合でしか無い。信頼出来る仲間とは見ないだろう。現にゲル国参謀のシュンは、お前をすでに切り離して終わっている。助けになど来ない。仮に逃げ切ってゲル国に亡命しようとも、シュンはお前を間違いなく殺すだろう。
誘惑に負け、仲間や一族を裏切るような奴など、高確率で反乱分子となり得るからだ。
お前はそれほど簡単に裏切られるのだ。現にこうして裏切られているのだ。それはお前がやったように。裏切りによって全てが片付いた。
終わったのだ。
お前はもう終わった。随分と下手くそな具合に人生を棒に振るってしまって、ただひたすらに可哀相とも思う。だが終わったならば、もう仕方ない事だ。どうしようもない所までやってきてしまったのだ。今更戻れるとは思うなよ伍長。
力量の足りなかった自分を恨み、裏切り仲間の到着を一足先に地獄にて待つといい。
心配せずとも、数名はすぐそちらに向かう事になる。寂しく独り、とはならないだろう。
「裏切り者には死を。裏切り者の末路はいつでも凄惨。それでも事故死で済まされたりするだけ、マシなのかもしれんな」
「こ、……殺すなら殺せ!」
潔し。ならばそれに見合った地位へお前を導こう。
「おおきに。伍長様直々の命令とあらば、罪悪の概念は無くて済むわ」
空間を一瞬で捻じ曲げて取り出した細剣が、オプバン伍長の首を刎ねた。
そうして鮮血は溢れ出て、身体は何とも軽い音を立てて倒れ込む。首は空高く舞い、王族や貴族の首が掛かった枯れ木に見事引っかかる。
お前の位置はそこだ。高くて見通しが利いていて、それはそれは安心出来るだろう。
眺めなんて特に最高だろう。裏切り者にしては相当良い待遇だ。感謝して欲しい。
それに、お前は十分苦しんだ。裏切りによる罪悪感が原因で、お前の精神は削がれ、心は潰され、その全てが肉体にさえ作用して、だがそれでも生きたいと願った。
きっと、富や地位を望んだというより、静かに暮らせる世界か未来を望んで、事を起こしたのだろう。
どういう経緯でそそのかされたかは分からないが、きっと苦渋の決断であっただろう。そして誘惑に負けたのだろう。戦争で死ぬなどごめんだったのだろう。奴隷など嫌だったのだろう。
可哀想に。
今回は本当に運が悪かっただけだ。全ては生きたいと思ったが為。
問題は、あまりに求めすぎた事だ。
安息の世界などありはしない。どこにだって脅威は存在し、不自由は存在するのだ。
身勝手にも、身の程も知らないままに、豊かであろうと願うからこうなる。相手国に行っても同じような末路が待っていたのは間違いない。
だからせめて眠るといい。最初の犠牲者となるといい。あの土壇場で腰を抜かさず、そして逃げもしなかった勇敢なエルフ。
ワイはそんな生への諦めを全否定するが、それでいて肯定さえしよう。
お前の誇り高さは称賛に値する。哀れにも死んでしまったとはいえ、殺せとまでワイに言ってのけた所は嫌いじゃなかった。お前は恐怖の対象にそれだけの事を言える意思が確かに存在していたのだ。
どうだ、誉れだろう。誇るがいい。地獄で笑って自慢しろ。
無駄死じゃないのだとそう思いたいならオススメだ。
ワイもまた、お前の死を無駄にはすまい。
「裏切り者は相手国のこのピンパッジを装備しとる。
そしてあえて言わせてもらうが、ワイはコイツが裏切っていると裏付ける証拠なんざ持ってなかった。これは殺して初めて見つけた物になる。
もし間違いやったら、すみませんでしたでは済まされんって事やけども、勘違いしなや。
ワイの目は誤魔化せん。
これは一罰百戒や。一人を罰し、百を戒める暴挙であり法。
この場にいる裏切り者は全て出てこい。殺さず牢獄生活程度にしてやるわ。
出て来なかったならば、惨殺や。裏切り者は死んでもらうしかない。出来ぬと思うならそこで立ち尽くして死ぬのを待て。ワイは短気や。あまり怒らせんといてな?」
ここで皆が恐怖に顔を歪ませながら叫ぶかと思ったが、誰ひとり声を上げはしなかった。
引きつり笑いをしている者、泣きそうにふるえている者、現実がよく理解出来ていないらしい者、、失神している者、唇を強く噛んで何かを我慢している者、冷や汗だらけの者、どうでも良さげに見ている者。
そんな中、予想より多めに色々と前に出てくる。そこで誰も咎めない。罵倒の声さえない。
一歩間違えれば自分達もまたこうして晒し者にされるかもしれないと思っているのだろうか。
生憎とその考えは、大正解だ。
何かあれば晒し者にされる。こうして整列させられ、まとめて牢獄行き。最低1名はこうして見世物。事が事なら今後もこのようなデモンストレーションが発生するだろうし、その度兵士は招集される。時間の無駄がこうして何度も続きかねない。
次回からこの無駄をどうやったら解消出来るか考えておいたほうがいいかもしれない。
「約束通りお前等は殺さん。尋問もせんし、拷問もせん。ゲル国が壊滅した頃に、3等兵にしたる。だからそう怯えんでエエで。よし、軍曹、コイツ等しょっぴけ」
「は、はい!担当ははやくしろ!」
ちなみに、予想より多めというのは、別にワイが裏切り者の人数を測りそこねたワケではない。オプバン伍長が結構な堅物であったから、他も結構粘ると思ったのだ。
裏切り者からすれば、これだけの大人数の裏切り者全てを把握出来るワケがない、とそう思ってしまっても仕方がないくらいの人数だし、オプバンに至っては最前列だった。
他は前、真ん中、後ろ、左右に散らばっている。ふと考えてしまえば、変な所だらけ。あえてオプバン伍長を前に整列させたかのようにさえ見えてくる。
スパイだとバレていたオプバン伍長を晒し者にして、いぶり出す作戦なのではと思わせるような。実際、そのようにも見える。
だから、『もしかするとガドロサという男は、全てを把握など出来ないのではないか』と、そう思わせるような隊列でしかない事になる。ふと考えがそこに至ってしまえば、肝が据わったエルフであればある程に、自首する真似はするまい。
しかしこうしてホイホイ前に出てきた様子を見て察するに、基本的には意思の弱い者ばかりか。前のエルフ王の人望を考えると、あながち間違いじゃなく思える所が笑える。
「では約束通り、立ち尽くしてくれた裏切り者は死んでもらう。
ここで仕損じる事は絶対にない。最後のチャンスや。出てこい。残り6名」
ともあれ、勇敢なエルフ族はたった6名。オプバン含めて7名ぽっち。
この方が助かるとも言えるし、なんだこの程度かとも思う。
誇り高いエルフもよほど腐っているようだ。それこそ度胸は無いし、意地さえ昨日のキャンプファイヤーで燃やしてきたか。
これではヘタすると、人間族より意気地なしだ。エルフ族は臆病者の集まりということか。
そういえば軍曹もかなりの臆病者であったから、こんなものかもしれない。
それにしても、もう少しどうにかならぬものか。誇りやの勇敢やのは時折邪魔だが、必要な時はやはりあるのだ。生命の中でもライオンなどは、どこか誇りを感じるし、無謀にも見える勇敢さも備えている。
あのようであれば誇りも勇敢もまた、自然において美点であるのだが……。
いいや、これ以上はいいだろう。緊張するような時間が長引きすぎている。
本来関係のないエルフ達もそろそろ限界が違い。失神者が続出してはたまらない。
「そうか、では死ね。せめて楽に殺してやるさかい。
付近の兵士は身ぐるみ漁って、証拠の全てを探しだせ。この場に持ってきてるかどうかは分からんから、証拠がその死体から洗えんかったら、次は部屋を洗いや?
見つけ出した者には特別に、パン1つをプレゼント。
ほな、サイナラ。ほい、解散」
バチリと大きな音を立てて、6名が倒れこんだ。
天から降り注ぐ一本の細いレーザーは、その脳天を綺麗に破壊。痛みさえ感じぬうちに全員が即絶命。シュンの望みを聞いてやったようで、どことなく負けた気もするが。
そのまま、ほとんど無意味に取り出した細剣をしまいこんで終えたワイは、震える軍曹のところまで歩いて行く。
そのうちパンを目的に、死体をを漁り始める兵士が現れ、そして他の皆は持ち場に戻るだろう。だがそれでいい。これ以上は不要。
これほど衝撃的な事を目に焼き付けさせられた以上、誰もがもはや裏切りしようとは思うまい。度胸なしには文句も異議も述べられないだろうし、比較的治安は良くなると見る。
当分の間は皆真面目に働き始める。
あれ、これってまさしく恐怖政治なのでは。あれ、いや、まあいいか。
「ベルデ様。
全ては直感で分かると仰りましたが、何を根拠に見ているのですか?これで誤って殺害してしまった場合や、隠れ潜み切った者が居た場合……」
急に隣から声。ふと見てみれば、アメジストが居る。
そういえばアメジストがずっと居たのを忘れていた。というか、会話してやろうと思った時もすぐ会話を途切れさせてしまっていた。少し熱中しすぎたか。
それとも、この陽気な春麗らかさに頭まで緩んでしまっていたか。
ともかくアメジストに返事を返してやる。コイツは少しオツムが足りない。
「ワイはいつでも死に掛けて生きてきた。それこそ直感力だけ鍛えられてきた。
ふと撃たれた弾丸を避けなければならないとか、後ろから襲ってきやがったとか、それこそ森の中、林の中、街の中、睡眠中だろうが糞の最中だろうが、何気ない一時や会話中、その至る所で、究極の選択を余儀なくされ続けた。
そんな中において、たった一瞬の判断がワイを生かし続けた。結果がこのザマや。
ワイは人の呼吸、汗、目の動き、筋肉の軋む音、ふとしたそれらを察知する。五感は研ぎ澄まされ、最悪は六感さえも完全に解放する。その影響で、本来ならば見過ごしそうなくらいに些細な事や、通常の人間やエルフであれば感知不可能な動きのすべてを感じ取る。
そんな殺伐した事にいちいち敏感になった所為か、ワイは人の心さえ透かせて見えるようになった。だから明らかに分かる。絶対に近い程分かる。99%以上や。100%ではないのが玉に瑕やが……。
今回の場合なんて、あえてデモンストレーションを行ったのが効いた。明らかな程それらは浮き彫りになってた。オプバン伍長の死を見て、自分もああなるかもしれないと思うその瞬間の心は偽れん。ここには特徴的な動きが存在する。その後の呼吸や色々もまた、全てではないが一貫性がある。
ワイはな、眼力に加えて空間把握能力にも長けとる。全てを見て全てを処理するこの頭脳あってこそ出来る技やね。だから、どんな努力してもお前には真似できん。仮にワイと同等の感性を習得したにしても、ワイの能力、デストロンスが更に大きく関与しとるってのもあるし、余計にお前には無理や。他にも無理や。
まあ安心して見ときや。ここで死んだ合計七名の内、後に死んだ六名も、すぐに証拠が上がるやろから」
そう言った矢先、
「ガドロサ様、全てがバッジを所有していたそうです」
軍曹がそう言ってくる。
率先的に調べて回ったのだろうか。ともかくその手には、6つのバッジ。ゲル国軍マーク。参謀シュンとお揃いだ。そのうち生死までもがお揃いになるだろう。
「ほらな?」
「流石です、ベルデ様。私の目に狂いはなかった」
「お前自身は狂いたい放題やろが」
皮肉ではない。真実だ。そもそも、その目も狂っていると考えられる。
とてもではないが、ワイに一目惚れする時点で狂っている。行動が全部狂っている。もはや狂人とかいう言葉でさえ補えない狂いっぷりだ。バーゲンセールだ。取り揃え最高だ。選びたい放題の、手に取りたい放題。押し売りまでやっている。試食さえも万全の体勢。お値段以上。
出来る事なら閉店して欲しい。株価大暴落によって倒産して欲しい。その後は知らない。出来れば関わりたくない。頼むから関わらないで欲しい。お得意様でなくなったワイに絡むのは止めて欲しい。出来れば、お願いします。というか元々お得意様じゃないので。
「こら!なにしてる!」
突然にそんな声が上がる。それは比較的近くて、比較的遠い。ようは半端な位置から聞こえたのだ。具体的には30ヤード以内。
恐らく軍曹直属の部下が騒いでいるのだろう。今や兵士達は散り散り。持ち場に戻っているか、休憩に向かっているか、家に帰っているか、どうあれ自由時間と成り果てている。
そんな中に発せられた、兵士らしい兵士の声。真面目に勤務中であることを敢えてアピールする意図の声ではなさそうだ。
しかし、声はそれだけではなかった。ところどころで声が上がり、雑談が始まり、妙に皆が何かを怯えているような。実に不可思議な現象だ。
「…なんや?おい軍曹、なんか騒いでるけど何や?」
「さ、さあ。今から確認してきます」
そう言うものだから、ワイは能力を使用してその原因を即座に探る。待つのは嫌いだからだ。
しかし能力を使用して探し当てたその光景は、あまりに拍子抜けだった。
そう、実に拍子抜け。しかしながらよく見れば見る程、その原因は少しだけ理解出来る。もっと近くに寄ってくれれば、それは明確になるだろう。
「ああ、別に構わん。小さい女の子っぽいのが歩いてきてる素振りや。
ありゃツノか?エルフにしては耳もちょい短め。服なんてなんちゅーみすぼらしさ。
アメジスト、アレは誰や?」
軍曹に訊いても良かったが、この期に及んでまるで他人事な面をしているアメジストは何かを知っているのではとワイは思い、尋ねた。
軍曹は顔を引き攣らせているので、引っ叩いておく。
叩いた意味は特に無い。「なんで……」とか言っているが、意味は特にない。
「今から数年前、突如現れた謎の生命体です。見たことのない種族でしたので、兵士らが攻撃を加えた事があるのですが、まるで効きませんでした。そして敵意はなく、喋った姿を見たものは居らず、いつもは城下町の隅付近でウロウロしています。
食事を摂っているかさえ確認していません。大抵は気味悪がって放置していたし、私の父も興味を示さずで。なので、こうしてここまでやってきた事に驚きを隠せません」
「無表情で言うなや」
もう誰に訊いても、アメジストの言うような事しか教えてくれまい。
誰もがあの謎の生命体を理解したくなかったのだろう。ただただ怖かったのだろう。
つまり、触らぬ神に祟り無し。臆病者の多いエルフ族らしい判断だ。不明さえ放置し始めるとは、何とも一風変わった民族だとも言える。
少しすると目の前までやってきた少女。年端もいかない、とまでは言わないが、だいたい10歳とかそんな具合の外見。
茶色のような、黒のような色の短めの髪。茶色にしては赤みの強い瞳。額に生えた妙な形のツノ、長さ6インチ(約13㎝)くらいか。身長は約130㎝。女性的特徴は皆無。服装はワンピースのような、そうでないような、とりあえずボロボロのそれ。細い腕に細い足。エルフ族と同じくらい白い肌。
何故か睨みつけるようにワイを見ている。
「……」
しかも無言。最悪言葉を喋れない相手。いや、会話さえ通じないかもしれない。
それにしても、これはどういう生命体だろう。明らかにエルフではないが、心当たりのある近い生命体というか、妖魔の類は一応知っている。お目にかかった事は無いが、こういう存在だったような記憶がある。曖昧な知識でしかないワケだが。
「なんや糞ガキ。何か言わんかい」
とりあえず頭を掴んで撫で回してみるが、抵抗無し。ただ、睨みつけはより一層強くなった。
これではまるで目的不明。何をしにやってきたのかが分からない。
見たところ、敵意はない。あるとするならただただ不機嫌そうというか、あまりワイと仲良くしたくない、というような意思。
では何故やってきたのか。意味不明だ。それがただただ疑問だ。
「ベルデ様、危険です」
アメジストがそう言うが、アメジスト自身は別に何もしてこない。
恐らく一応程度の警告なのだろう。口実程度の警告。
それこそ、ワイがこれに負けるとは一切思っていないらしい。事実負けないだろう。とはいえ、何かしら危険な様子でもないし、アメジストもそれをなんとなしには理解しているのか。
だが、言っておく必要性はある。楽観視しているとあらば、言わなくてはなるまい。
「確かにコイツは強い。この国一つ潰すのは造作ないくらいに強いな。
んで、何か理由あってここに来たらしいのも違いない。その目的の方はともかく、目標はワイやろね。 仮に戦闘開始にしても、そうでないにしても、コイツを殺すのは簡単や。ワイなら出来る。とはいえ……、そんな雰囲気ではないな。
コイツ、多分やけど、鬼や」
「オニ?」
オウム返しするあたり、この世界にそんな概念はないのだろう。
となると、本格的にこの生命体は謎だ。この世の産物なのか、それともワイと同じく異世界からやってきた産物なのか。いまいちその判断さえ出来ない。個人的には後者な気がする。
どちらにせよ、妙に厄介そうな存在であるには違いない。手駒にするにも、手に余ると言った所か。あまり使い勝手は良さそうではないし、懐いてくれるとはとても思えない。
「ワイの世界にも鬼なんて伝承はないんやが、異世界には存在してたらしい。
悪魔のような質であり、オークのような存在であり、そんな奴やで。例えようがないな。
ただワイが知る限りの鬼とも違うらしい。マジでどっから来たんやろな」
「……」
急に、グイグイとワイの服を引っ張る鬼娘。ただそれだけを見たくらいでは意味が全然分からない行動になる。
だがワイは理解した。
引っ張る方向は、確か城壁にある正門の一つ。
この生命体は何かを伝えに来た。というよりは、頼まれて来たのか。いやどうだろう。コレに対して何かしら常識的な価値観を求めては駄目な気がする。この手の生物は、ワイの直感力や色々がまるでアテにならないのだ。
ともかく意味は分かった。能力を使用し、その方角、正門前を見れば一発で確信に変わる。
目的もハッキリした所で、現状の馬鹿さ加減もまた確認せねば。
ある意味で由々しき問題であり、ある意味で吉報であるからだ。
「今は見張り居らんのか?」
「ベルデ様が皆を集めるよう言ってしまったので、そのはずです」
この馬鹿な現状を作りだしてしまったのはワイだったらしい。とりあえず軍曹を引っ叩いておく。特に意味は無い。あるとするなら気分だ。「どうして……」とか言っている。
気分だ。それ以外に無い。諦めろ。
「なら、仕方ない。コイツはワイを呼びに来たらしい。誰かが門前でお待ちかねやとさ」
「では馬を連れてきます。ベルデ様、少々お待ちを」
誰が居るのかを聞かないあたりが流石アメジストだ。
とりあえず、その場で悶えて顔をうずめている軍曹を引っ張りあげておく。叩いても別に何も解消されないので、もうやめておこうと思った結果でもある。それに命令もある。手早く実行してもらおう。
「要らん。走ったほうが早い。
おい軍曹、警備をいち早く再開しとけ。あとは適当にしといてや」
「は、はあ……」
ワイは鬼娘もアメジストも放置で走る。アメジストは大急ぎでやってくるだろうが、どうあがいてもワイの速度には追いつけまい。鬼娘がついてくるかは知らないが、どちらでもいい。来るなら来るで、勝手にやってくればいい。
ともかくワイは、意外なようでそうでもない来訪人を相手にしようと思う。
来る事自体は意外ではなかった。ただ、あまりにも早い決断であったのは意外であったし、たった一人でやってきたと言うのも意外。最悪、死にに来たか。
だとしたら赦せたものではない。
エルフ達の間を縫うように走るワイは、そのうち家に駆け上がり、ある程度で一気に跳ぶ。
そのまま防壁に登ってある程度駆け、落下。門をまるで無視した縦横無尽っぷりに誰もが驚きそうな物だが、生憎誰もいないし、居たとしても気のせいで済まされそうな速度。
ジャンプしたり落下したりと、その影響で23秒の時間が経過。能力使用で空中での移動も容易くなる、つまり時間短縮こそ可能なのだが、ただイタズラに疲れるだけなので辞めておいた。そこまで頑張る意味はないし、やる気もまた無い。
ボコリと変な音を立てて足が地面に埋まる。一応石造りの部分ではあるのだが、さすがに速度が速度だったようだ。いちいち足を抜き取らなくては動けなくなってしまう。
ガボリと、これまた酷い音を立てて足が抜ける。少々痺れを感じる足を簡単に振って、首を鳴らし、指も鳴らして、相手を見据える。
見れば見るほど鋭い眼光だ。いい目をしている。
だが返事次第で、その評価は地にまで落ちるだろう。最悪、魂は地獄行きが確定する。
「驚きの速度で到着や。お前の目の中にワイは居ったか?
もしも見きれなかった、目で追えなかった、そう言うなら敢えてしたり顔で言ってやる。
お前は今の間に1度死んだ」
「………」
とんでもなくリアクションの薄いその相手は、ゲル国の傭兵、千疋狼、将軍ミゥ。
乗り物は馬ではなく、劣化したかのような竜。ようは爬虫類系の生物だ。鋭いクチバシに、爬虫類特有の目。鱗が備わっており、二足歩行型。
これでは竜というより、恐竜の外見が近いか。ミゥ将軍より大きいし、どの馬より大きい。
よほど飼いならされているようで、恐怖の対象であろうワイを前にしても逃げ出す素振り無し。襲ってくる様子もなし。不動を決め込んでいる。
それにしてもいい乗り物だ。流石はファンタジー世界といった所。ワイの世界にはモンスターらしい生物は居ないからして、中々新鮮でもある。
いや、それより目の前のミゥだ。相変わらずの鋭い眼光を向け続けるだけで、特に自ら会話する意思を見せない。コイツは本当に喋れるのだろうか。
「何しに来たんや?まさかホンマに死にに来たか?」
そう問えば、いきなりに跪く千疋狼。まるで君主を前にした騎士のように。
つまりは仲間にして欲しいという事になるのだろう。その鋭い眼光が見えないのは非常に残念だし、実に淡々としているところが妙に腹立たしい。
「首刎ねて欲しいって暗示か?」
脅してみるが、無言であり不動。
仮に武器を構えて見せれば、コイツは立ち上がって抵抗を開始こそするだろう。そんなありありな殺気を迸らせている。
だからこそ不服だ。コイツは何を考えてここにいるのか。死にに来たかのようにしか見えない。ワイを相手にそれは自殺行為。それくらいは理解しているだろうに。
いいや、理解してやっているのだから余計に質が悪いのだ。
人狼が1匹だろうが100匹だろうが、それ自体は厄介でも脅威でもない。
ただただ鬱陶しいのだ。邪魔でならない置物と同じくらいに。それは不要の産物であり、ただ邪魔。部屋が狭くなるだけ。
信頼出来ない製品とあらば、部屋には置くまい。信頼出来ない部下とあらば、切り捨てる他にあるまい。
そう、これではまるで同じだ。お前はオプバン伍長とまるで同じ、糞のような人狼だ。
掲げる誇りが糞であるという自覚が全然無い。自然を逸脱したそれをどうして自慢げに掲げられるのか。恥ずかしいとは思わないのか。
なんて滑稽な様だ人狼。どうして理解出来ない、この馬鹿者。
ワレ等が望むのは一体何だ。何故望むという真似をしでかすのだ。どうしてこのような馬鹿を平然とやってのけるのだ。一体何の得がある。どこにどのような正義がある。そこに何の満足があるのか。ひたすらお前の欲望は果てしないと言うつもりか。自分の価値観がそんなに大事だと言いのけるつもりか。命を賭けるに値する程大事だと言い切ってしまうのか。自然全てに抗う価値など、本当に、あるというのか。
……あるのだろう。お前達の中にはそれがあるのだろう。そしてそれを疑わないのだろう。
哀れ過ぎてならない。哀れでしかない。
生きるために人を殺し、心を壊さぬ為に言い訳する。そうして生き延びようとする事こそ、真にその魂が輝くのだ。
他者を負かせて生きようとする事に悪はない。寧ろ立派な正義にほかなるまい。正義というより、それが正しい自然の形、成り行き、成り立ちなのだ。
だがお前達は、圧倒的に強い存在に対し、ただ死ぬためだけに立ち向かい、心を壊してでもそれに浸かろうとしている。
そんな物に価値があってたまるか。
それはただの放棄だ。価値ある全ての放棄だ。だからお前達は間違えている。絶対に。
ここばかりは譲れない。一歩も下がる気はない。ワイは動かないぞ。前にも後ろにも。
「さっきの光景見せてやりたかったわ。
裏切り者の末路は凄惨。それは絶対であり、それは真実。お前はつまり、逃れられぬ運命に縛られた奴隷となる。国を裏切り、ワイの配下になる理由は分からんでもない。だがそれは本当に、お前の中で命を賭けるに値する行動なんか?」
「………」
「死にたがりめ。どうしようもない糞のような犬め。踏みつけられる為だけに生まれたかのような、まるで無意味な部分に生き甲斐を感じる歪んだ生命め。
人間のような自我という物を持つ存在は、自殺を覚えた。自滅を覚えた。だがな、それは自然からの逸脱。生命史上、最低最悪の特権や。思考出来る点は良しにしても、自我により個性を獲得した面は良しにしても、これらの使い道を間違えに間違えた、自滅という概念は、特に嫌悪すべき究極の汚点でしかない。
どんな動物も、本能に忠実な生命は絶対生きようとする。それは絶対にや。自ら死を選ぶ者はおらんといっても過言ではない。少なくともワイは、自我持たぬであろう生物が自殺しようとしたという話を聞いたことがない。相手に食われようとする馬鹿は居らんのと同じや。何が何でも生きようとするのが普通であり自然。死に抗おうとするのが生命の真髄、真実、理。
お前は本当にくだらんわ。糞のようだ。糞以下だ。その頭の中はキャベツが入っているのか?
そんなだから千疋狼、お前等一族は今まさに生命の中で高位に成り上がった筈だというのに、この体たらく、この様までまた自ら堕ちたのだ。お前の心は本格的なまでに腐りきって終わっていやがる。
誇り?正義?胸の高なり?綺麗?美徳?道徳?魂の形い?
巫山戯るな。所詮は生命でしかない、地球の一部でしかない、極小の粒風情め。
ワイ等は地球の為に綺麗に回って綺麗に死んで、それでこそやないのか。
生きる意思のないお前をワイがどうして面倒みてやらにゃならんのや。片腹痛いで」
「俺…元君主…殺す。俺…殺…のは…前だ…ドラグーン」
喋るというのは本当らしい。参謀シュンが嘘をついていたのかと思っていたが。
しかし聞き取りにくい。恐らく「俺は元君主を殺す、俺を殺すのはお前はドラグーン」と言ったのだろう。
糞め野菜めキャベツ頭め。やはり死にたがりだ。どうしても死にたがりでありたいらしい。そうでしか自らを語れぬ馬鹿な生命らしい。どうしようもない濁流らしい。全てを巻き添えて勝手に地面に吸い込まれて終わるような、ただの災害のような存在で在りたいらしい。
世の中をかき回して死にたいなど、どんだけ寂しがり屋のつもりだ。
似合わないぞ千疋狼。たった一人の千疋狼め。寂しければ勝手に一人で死ね。
「ボソボソボソボソ…、なんやねんお前。
つまりアレか?お前は目的のために生き、目的の為に死ぬと」
「俺は全…を殺…。強者…あるために」
「抜かせ小僧。お前は死に場所を求めてるワケでも、戦いに浸かりたいワケでもない。
進むべき道が分からないから、とりあえず前に進むしかないだけの、ただの愚かな獣やろ?
思考を放棄して楽して生きたいだけ。そしていずれはそのまま、楽に、死にたいだけ!全部誰かに丸投げして!そこにお前の意思など存在すると言うのかこのクソッタレ野郎!!」
「……俺は、お前を殺すつもりでいる」
「っは、笑わせるなよ一匹狼。お前は竜に対して戦い挑んで勝てる気でいるのか。たった一匹で何が出来る。台風相手に狼が何をするつもりや答えろ狼。
抗わず死ぬしかあるまいよ。嫌なら台風から離れようとするだろうよ。それが自ら向かっていって、放つ言葉が「殺すつもりでいる」とは、チャンチャラおかしいわ。
ようは格好良く死にたい、と、そう言いたいワケやな。お前はその程度か。ワレはその程度の覚悟しかないんか。死ねば楽になれると、後悔はないと、そう思う程度のド低脳。まるで生きる価値無し。ただの死にたがりの言い訳はこんなにも滑稽。よう分かった。勉強になったわ」
「……勝てばいい」
「……、アホかお前」
「……生き残れば、問題は無い」
もうどのように言い述べてやれば、その考え方が可怪しいのだと気がついてくれるだろうか。
生きる意志がない生命など、この地球には不要の産物でしかない。地球に存在する意味が無いに等しい。しかも自ら、地球に存在する理由を踏みにじって、そうであろうとしている。
何の為に、お前は一体何の為に、生を受けたか分からなくなってしまうではないか。お前は自分が無価値だと、そう言いたいのか。
ガッカリだ。失望した。だが、だがしかし、思う所はある。
進化に犠牲は付き物。人類は多大な犠牲を払い、増えた。知恵を手に入れ、世界を制した。
死の全てが無駄とは言うまい。その犠牲あってこその種族の繁栄もまたあるには違いないのだ。それでもワイはその考えを否定しよう。そうでなくてはならない。
ようは、アポトーシスとネクローシスの考えだ。
アポトーシスとは、細胞の自然死。プログラムされた細胞の死。細胞の塊の、手となる部分で説明すると、指と指の間の細胞が死ぬ事で、しっかり手の形が出来上がるような現象を言う。
これにより沢山が救われるのは事実。機能していくのは紛れもない事実。これを否定は出来ない。不要なものは殺され、取り除かれる。そこには意味が存在する。。
しかしネクローシスは、お前の事だ一匹狼。
ネクローシスは壊死。最善のために切り捨てられるではなく、どうしようもなくなって、余儀なく始められる細胞の死。これは本来、必要な死ではない。異常によって巻き起こる死。戦争のような物だ。場合によってはこれが邪魔になったりして、悪化さえする。全身を巡り、いずれは死ぬ。
お前はコレだ。勝手に細胞を巻き添えにして、根こそぎ捨てられる細胞。もう癌のようなものかもしれない。静かに暮らしていれば死ぬことのない細胞だというのに。
お前は死なずに済むというのに。
だが壊死など起こったらもう殺すしか無い。いずれ勝手にこの地球の意思で殺されるだろう。
だから、ワイが手を下すまでもない。いずれ死ぬ。最悪は手を下すしかないが、その時までは放置でいい。
地球もまた生命体だ。多くの病原菌を抱えて暮らす事を余儀なくされた生命体。
千疋狼のような存在も時には生まれるだろう。そしてそれを地球の意思が殺す。それもまた自然。
かのような存在もまた、自然が存在する以上は避けられぬ病原菌なのかもしれない。
なれば説得は不要。病原菌に何を求めても無駄だ。
だからもし、地球に対して多大な被害をもたらすと言うのであれば、
ワイはお前を、いずれ殺す。
これがワイの答えだ。地球の代弁者が決めた判決だ。逆らう事は許されない。
「……ま、考えようによっては自然的かもしれんな。
つまりはお前、どこの大陸においても生命体の頂点になりたいと。
ワイはその頂点やから、いずれ殺しにくるって事か。食物連鎖の階段どんどん登って、いずれ殺すって言いたいんやな。
そりゃエエな。欲望の方向性こそシンプル。それでいて無謀でいい。馬鹿らし過ぎて余計にいい。
付いてこい駄犬。お前は確かに惜しい。今殺すのは非常に惜しい。精々強く太らせてから食うとする。だが何も教えてやらんで。欲しいなら勝手に盗め。テメェの力で勝手に成り上がれ。
ワイは生憎、放任主義なんよ。
その腐った心、本能のままに行動していずれは元に戻しておきや?」
「………」
この手のタイプはどことなく苦手だ。
ギャンブラーにはとことん向いているだろうし、生死を賭けた戦いにおいても相当にやりにくい相手になるだろう。脅威となりえる馬鹿。駒としては最高。それが捨て駒としてでもそうでなくても、得られる戦果は大きいだろう。
だがそんな物、そんな物を見ていて気分が良いのはせいぜい漫画の中くらい。こうして目の前にその手の馬鹿が居るとなると、ワイの心境は穏やかと随分程遠い。
気味が悪いのだ。ただただ、そう感じる。嫌に緊張もするし、得体が知れず、思考が読みきれず、こうして力量差が圧倒的であるというのに、ワイに負ける要素がないというのに、心が押されるような、心臓に吐息がかかってきているような、頭のなかに水が入り込んで来るかのような、そんな不愉快な感触。仄かな不快感。薄気味悪い。実に。
と、そんな事を思っていると、後ろからいきなりに服を掴まれ引っ張られる。
随分と弱々しい力だった為、最初は気のせいかとさえ思った。しかし振り返れば、気のせいではないのだと知れる。
これもまた薄気味悪い。コイツもまた気色悪い。
敵意がまるで無い所為もあるが、それ以前にコイツからは気配が感じられない。
そこに確かにいて、目にすれば居ると認識出来るというのに、それまでの過程がすっ飛んでいるかのような、希薄性に富んだ存在。
実際にこれは、生物ではないのだろう。エルフ族とも人狼族とも人間族とも、他種族とも合致しない、完全なる非生物。しかし不思議と心音は聞こえるし、呼吸も聞こえる。構造こそ人間と大差ないらしい。
こうしてがっちり頭を撫でてやっても、手で分かる限りでは完全に人間と同じ感触。それも相まって、得体の知れなさで言えば、コイツに勝る奴はいない。
「よう鬼娘。お早い事や。アメジストさえ到着してないってのに」
「………」
「……」
鬼娘はワイのナデナデを鬱陶しいと思っているらしい。しかし抵抗はしない。
ミゥ将軍は何故か鬼娘を睨みつけているし、
「……なあ、何か喋って?こう、なんか、超息苦しい」
どっちも喋ってくれない事で、何故かワイの胃袋がはち切れそうになってきていた。
やはりこの二人は苦手だ。でもアメジストよりは全然マシだ。
いや、でも苦手だ。
…